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七科三十七道品の仏陀の成仏修行法は、大きく分けて、「教え」と「法」の二種に

七科三十七道品の仏陀の成仏修行法は、大きく分けて、「教え」と「法」の二種に

「法」の中心は、四神足法である。

いや、中心というより、法は、四神足法のみである。

五方法も修行法であるが、これは、四神足法の補助のようなもので、四神足法にた いし、つぎのように附随される。

 

四神足法 五力法以外の道品、すなわち、四念柱、四正断、 七覚支、八正道は、

「教え」である。これらの教えは、四神足法について、つぎのように附随される。

 

 

あるここに非常に重大なことがある。

それは、四神足法は、 クンダリニー・ヨーガのチャクラを開発しただけでは不十分 だということである。 チャクラを開発すると同時に、各チャクラを統合して機能させ てゆく技法が必要なのである。わたくしはいま、非常に重大、ということばを使った が、それはそれ以上、絶対に必要なポイントなのである。

それは、どういうことか?

チャクラは、チャクラを覚醒、発動させる技術によって活動を開始し、チャクラ特 有の力を発生する。 しかし、それだけでは、四神足法が目的とする神力(超常的能 力)にまでは到底、至ることが出来ない。どうしても、これらのチャクラを統合して、 さらにパワーを加圧加増して、重点的にはたらかせる技法が必要なのである。 それは、二つの技法である。

1、各チャクラが発生したエネルギーを、自由にコントロールし、かつ、自分の 必要とする場所に自在に送達させることの出来る回路を持つ。

特に、脳にたいしての回路が重要である。

2、その回路作製を可能ならしめるための神経経路を補強、さらに、新たにつく 出すこれは、特に、さきにのべた「新皮質と視床下部をつなぐ神経経路を補強す 大 る」ということにも、必要欠くべからざる技法なのである。 この二つの技法は、クンダリニー・ヨーガにはないものである。 ただし、全くないのではなく、これに類似した技法が一つある。

それは、スシュムナー管と、ピンガライダーという気道を使う法である。

ある。

クンダリニー・ヨーガというのは、だれもが体内に持つクンダリニーと名づける強 大な生命の根源力を目ざめさせて、これにより、超常的体力を獲得し、特殊な精神領 域に到達しようとするヨーガである。

クンダリニーは、脊柱の一番下部、尾骨のチャクラ (ムーラーダーラ)の部分に、 蛇が三巻き半、 とぐろを巻いたような形で眠っている。 クンダリニーというのは、 「巻かれているもの」という意味である。

クンダリニーは、そこにあるスヴァヤンブーという男根のまわりに巻きついていて、 その頭部で、スシュムナー管の入口を閉ざしている

スシュムナー管は、脊柱の中空部にある生気の通る路で、骨骨から脳の下部の延 にまで届いている。 また、スシュムナー管の内側には、ヴァジリニーとよばれる気 道があり、さらにその内側には、クモの糸のように細かいチトリニとよばれる気道が

特殊な瞑想・思念・ムドラー・マントラ詠唱などの動作によってチャクラが発動し、

クンダリニーが目ざめると、クンダリニーは噴火した火のような激しい勢いで、スシ ムナー管を上昇してゆく。 クンダリニーを Serpent fire (サーペント・ファイア、 蛇の火) と呼ぶのも、そこからきているのである。

クンダリニーの目ざめとともに、スシュムナー管の両側にあるピンガラとイダーと いう二つの気道が開き、クンダリニーのエネルギーは、この二つの気道をも、ラセン 状に上昇してゆく。 この二つの気道は、その後のクンダリニーの力を調節するはたら きをする。

クンダリニー・ヨーガの目的は、聖なるものと一体となる至高の境地を目ざすので、 スシュムナー管、ビンガライダーの両気道を上昇するクンダリニーのエネルギーは、 最終的に、サハスラーラ・チャクラにまで到達して、その目的を達するのである。 以上が、クンダリニー・ヨーガの気道の技法とされるものである。

 

彼は神足法

欲望の力、勤勉の力、神通力、そして観察の力。四神足法は、まさにこれらの要素を極限まで研ぎ澄ます修行法である。

彼の修行は始まりからして特別だった。彼は神足法に足を踏み入れ、肉体の基本的な能力を向上させ、その力をさらに高めていく。そして、肉体が限界を超えたとき、精神もまた次元を超えて発達していく。その過程で、古い脳が新しい役割を担う準備を整えていく。かつて獣性を支配していたワニやウマのような脳が、次第に霊性の脳へと変わっていくのだ。

この修行は単なる身体的な訓練ではない。彼は脳の進化を手に入れた。新皮質は飛躍的に向上し、霊性の源である間脳が開かれる。そして、間脳に付随する視床下部と古い脳である辺縁系との神経回路が、徐々に強化されていく。それは知性と霊性の完全なる融合。かつてただの人間だった彼は、精神と身体の境界を越え始めた。

その究極の目標は、仏陀に準ずる大聖者となること。彼は業を超え、因縁を解脱し、生者も死者も解脱成仏へと導く存在へと変わっていく。四神足法を成し遂げた彼は、もう普通の人間ではなかった。

そして、彼の周りには風が吹き、時空の彼方へとその姿を消した。

この修行法は、人間の根本的な生命力を最大限に引き出す手段として存在する。彼の旅はまだ続いているが、その力を手に入れた瞬間、彼は新しい次元へと飛躍し、魂の進化を成し遂げたのだ。

 

最上薬の呼吸法

では、このクンダリニー・ヨーガの修行法と、シャカの成仏法との関連は、どのよ うなものであろうか? 特に、わたくしがさきに「金星の法」だといった求聞持聡明 法の原典である四神足法、五方法との関連はどのようなものであるのか。

ヴェニュ

四神足法解説

欲神足法

勤神足法

せる修行法。

神足法

観神足法

まず、四神足法と五力法について見てみよう。

人間の生命力の、特に肉体上における根源的諸条件を、完全なものにする修行法。

神足法で得た能力をベースに、肉体上の基本的諸条件を、さらに飛躍的に向上さ

肉体的能力の向上発達を基に、精神的能力を充実させ、さらに段階的にその能力を 飛躍向上させて行く。

すなわち、脳の欠陥部分を補強するための準備段階として、古い脳を人為的に進化 させる修行法である。ワニとウマの獣性の脳を霊性の脳に変えて行くのである。

あたらしい脳である新皮質を向上させるとともに、霊性の場である間脳を開く。同 時に、 間脳に付属する視床下部と、古い脳辺縁系との神経回路を補充強化する修 行法である。知性と霊性の完全なる融合だ。

以上が、四神足法の概略である。

四神足法を成就したとき、その修行者は、仏陀に準ずる大聖者となる。 業を超え、 因縁を解脱し、生者、死者ともに解脱成仏させる大聖者である。

分類できる。

七科三十七道品の仏陀の成仏修行法は、大きく分けて、「教え」と「法」の二種に

「法」の中心は、四神足法である。

いや、中心というより、法は、四神足法のみである。

五方法も修行法であるが、これは、四神足法の補助のようなもので、四神足法にた いし、つぎのように附随される。

(四神足法)

(方法)

精進力(信力)

欲神足 神 足 心神足

観神足

四神足法 五力法以外の道品、すなわち、四念柱、四正断、 七覚支、八正道は、

「教え」である。これらの教えは、四神足法について、つぎのように附随される。

四念柱

欲神足

四正断 七党支

勤 神足

心神足

八正道

観神足

ただし、観神足を体得した聖者には、もはや教えは不要であって、八正道は、他の 三神足修行者にすべて対応される教えである。

四神足法とクンダリニー・ヨーガ

以上の四神足法の修行は、どのようになされるのであろうか? それは、クンダリニー・ヨーガのチャクラの開発から始まるのである。

その関係はつぎの通りである。

(ムーラーダーラ・チャクラ

欲神足

スヴァーディシュターナ・チャクラ

マニプーラ・チャクラ

五井

神足 銀行 心神足

(アナーハタ・チャクラ ヴィシュッダ・チャクラ

アージュニャー・チャクラ

観神足

サハスラーラ・チャクラ

以上であるが、ここに非常に重大なことがある。

それは、四神足法は、 クンダリニー・ヨーガのチャクラを開発しただけでは不十分 だということである。 チャクラを開発すると同時に、各チャクラを統合して機能させ てゆく技法が必要なのである。わたくしはいま、非常に重大、ということばを使った が、それはそれ以上、絶対に必要なポイントなのである。

それは、どういうことか?

チャクラは、チャクラを覚醒、発動させる技術によって活動を開始し、チャクラ特 有の力を発生する。 しかし、それだけでは、四神足法が目的とする神力(超常的能 力)にまでは到底、至ることが出来ない。どうしても、これらのチャクラを統合して、 さらにパワーを加圧加増して、重点的にはたらかせる技法が必要なのである。 それは、二つの技法である。

1、各チャクラが発生したエネルギーを、自由にコントロールし、かつ、自分の 必要とする場所に自在に送達させることの出来る回路を持つ。

特に、脳にたいしての回路が重要である。

2、その回路作製を可能ならしめるための神経経路を補強、さらに、新たにつく 出す。

これは、特に、さきにのべた「新皮質と視床下部をつなぐ神経経路を補強す 大 る」ということにも、必要欠くべからざる技法なのである。 この二つの技法は、クンダリニー・ヨーガにはないものである。 ただし、全くないのではなく、これに類似した技法が一つある。

それは、スシュムナー管と、ピンガライダーという気道を使う法である。

ある。

クンダリニー・ヨーガというのは、だれもが体内に持つクンダリニーと名づける強 大な生命の根源力を目ざめさせて、これにより、超常的体力を獲得し、特殊な精神領 域に到達しようとするヨーガである。

クンダリニーは、脊柱の一番下部、尾骨のチャクラ (ムーラーダーラ)の部分に、 蛇が三巻き半、 とぐろを巻いたような形で眠っている。 クンダリニーというのは、 「巻かれているもの」という意味である。

クンダリニーは、そこにあるスヴァヤンブーという男根のまわりに巻きついていて、 その頭部で、スシュムナー管の入口を閉ざしている。

プラーナ

ていこっ

スシュムナー管は、脊柱の中空部にある生気の通る路で、骨骨から脳の下部の延 にまで届いている。 また、スシュムナー管の内側には、ヴァジリニーとよばれる気 道があり、さらにその内側には、クモの糸のように細かいチトリニとよばれる気道が

特殊な瞑想・思念・ムドラー・マントラ詠唱などの動作によってチャクラが発動し、

クンダリニーが目ざめると、クンダリニーは噴火した火のような激しい勢いで、スシ ムナー管を上昇してゆく。 クンダリニーを Serpent fire (サーペント・ファイア、 蛇の火) と呼ぶのも、そこからきているのである。

クンダリニーの目ざめとともに、スシュムナー管の両側にあるピンガラとイダーと いう二つの気道が開き、クンダリニーのエネルギーは、この二つの気道をも、ラセン 状に上昇してゆく。 この二つの気道は、その後のクンダリニーの力を調節するはたら きをする。

クンダリニー・ヨーガの目的は、聖なるものと一体となる至高の境地を目ざすので、 スシュムナー管、ビンガライダーの両気道を上昇するクンダリニーのエネルギーは、 最終的に、サハスラーラ・チャクラにまで到達して、その目的を達するのである。 以上が、クンダリニー・ヨーガの気道の技法とされるものである。

四神足法も、このクンダリニー・ヨーガの技法を、そのまま使ったらよいのではな かろうか?

そうはいかないのである。たんにチャクラを目ざめさせ、そのエネルギーを発動さ

水晶龍神瞑想法

それは、深い山奥の寺院で密かに伝えられてきた瞑想法――「水晶龍神瞑想法」と呼ばれるものであった。

だが、この瞑想は単なる心の平穏を求めるものではなかった。かの偉大な釈尊が成仏への道を示した、あの「四神足法」の核心そのものが、この瞑想法の背後に隠されていたのだ。

その特異な特徴は、瞑想自体が一種の思念の相承であるということ。修行者は、この秘法を通じて修行を進める中で、通常であれば達成不可能な境地に至らなければ受けられない、思念の相承を受けることができる。しかも、修行の最初の段階からそれが可能であり、チャクラの開発という高度な訓練に導かれるのだ。

特に、クンダリニー・ヨーガにおいて最も危険とされる脳内のチャクラの開発。それが、この瞑想法では安全かつ穏やかに進行する。修行者はこの道を辿ることで、ついには神通力を手に入れると言われていた。

だが、この法は秘中の秘。すべてを文字にすることはできない。詳細は、師である私が直接指導しなければならない段階に至る。阿含宗の瞑想道場に来れば、「王者による思念の相承」、すなわち「仏陀の思念」が授けられるのだ。修行者は私や弟子たちの指導を受け、さらに高みへと進むことができるだろう。

瞑想の前段階として、「水晶龍神瞑想法」の準備が始まる。それは、ただ座って心を沈めるだけのものではない。天然の水晶が必要だ。清浄で穢れのない水晶を手に入れることが理想であり、寺院では私自らが浄め、龍神の霊を込めた「水晶龍神御尊像」が使われる。

水晶を手にした者は、心を澄ませ、その透明な石を凝視し続ける。しばらくすると、視界に揺らめく霧のようなモヤが現れ始める。心を乱さず、さらに集中を続けると、そのモヤの奥に龍神の姿が現れてくる。はっきりとその姿が見えるまで、心を込めて見続けなければならない。

この前段階を習得することで、修行者は初めて釈尊の成仏法、四神足法の真髄へと進むことが許されるのだ。

 

思念の相承と四神足法 2

思念の相承と四神足法

いよいよ、釈尊の成仏法の中心の法である、四神足法の解説に入る。 これが

「輪廻転生瞑想法」の根幹となる法である。

釈尊の成仏法の中でも、最高難度の法である。

いままでの訓練をこなしてきた修行者であれば、なんとか歯が立つのではな いかとは思うが、決して容易ではない。いままでの訓練でさえ、むずかしいの に、これ以上の訓練はできるだろうかと、不安に思う方も多いのではないだろ

わたくしは、第二章で、

霊界の法の世界において、法の完成者タターガタ(如来)が常恒に法を説 いている。 「思念による王者の相承」とは、この法身タターガタが、言葉や

ばいかい

象徴という媒介なしに、直接相手の心に自分の心を伝達するものである。

この場合、心、というのは単なる思念の心ではなく、パワーを主としたも と思うべきである。これによって、相手はたちどころに仏陀として完成 するのである。

これは最高であり、理想的なものであること、もちろんである。 「王者 」という所以である。

とのべた。つまり、仏陀となって成仏するためには、この「思念による王者 相承」を受けることが、理想とされているのである。

しかし、これには条件があるのだ。

どのような条件か?

わたくしは、つぎのようにのべている。

だが、そういうと、一「思念による王者の相承」)は最高理想のものなので

あるから、他のなにものも必要ないのではないかといわれるかもしれな い。そうではないのである。その最高理想のものを受けるために、tapas は 必要なのである。

また、同章で、インドのサヘート・マヘートにおける強烈な霊的バイブレー ションについて、つぎのようにものべている。

賢明な読者はすでにお気づきであったろう。 これが、チベット密教のい う「思念による王者の相承」であることを 思念による王者の相承と

かいてい

は、じつに、霊的バイブレーションによる伝達だったのである。 わたくしは、これによって、解説に至る四つの階梯のうちの、第三の境 地に達したことを自覚したのであるが、これは、 間脳開発の練行tapasを成 就していなかったら、絶対に得られなかったものである。 内なる受容の態 勢がととのって初めて、外よりの王者の相承が発せられるのである。

つまり、仏陀となる、あるいは仏陀の境界に近づくためには、「思念による王 者の相承」が必要なのであるが、その王者の相承を受けるためには、 間脳開発 の練行 tapas を成就していることが必須なのである。

あなごん

わたくしは、この王者の相承を受けて、阿含の境地に達し、このとき、死ぬ までにかならず仏陀になると強く自覚したが、それはわたくしが、 tapasを成就 した上で、インドのサベート・マヘート、ミラクルの池に行ったからこそ、白 銀のバイブレーションを受けることができたのである。

したがって、「思念による王者の相承」を受けるためには、 tapasを成就して いることが、絶対条件なのである。

では、その銀行tapas とはなにか?

この tapas こそが、四神足法なのである。

いい換えれば、四神足法を成就していなければ、仏陀になるために必要な

「思念による王者の相承」を受けられないのである。しかしながら、四神足法

は、釈尊の成仏法の中でも最高度にむずかしい法である。だれでも容易に修行 できる内容ではない。

れいせいかいけん

釈尊のむずかしい成仏法を修行しなければ、いつまでたっても思念の相承を 受けられず、 間脳が開かず、霊性開顕が不可能であるならば、いったいどれほ どの人が、霊性開顕をすることができるであろうか?

ごく限られた、わずかなエリートしか、到達することができないであろう。 当然のことながら、釈尊の成仏法を発展させた輪廻転生瞑想法も成就できない ことになるのだ。

だが、そうではないのである。

わたくしは、永年の修行により、この問題点を解決し、だれでも比較的容易 に成仏法の修行を進めていける法を完成することができたからである。

すいしょうりゅうじん

それは、「水晶龍 神瞑想法」という法である。

この瞑想法は単なる瞑想法ではない。

じつは、この水晶龍神瞑想法は、釈尊の成仏法の真髄である、

「四神足法そのもの」

なのである。

そして、この水晶龍神瞑想法の最大の特長は、

「瞑想法自体が思念の相承である」

ということなのである。

修行者は、この法にのっとって修行を進めていくことにより、本来であれ ば、 tapasである四神足法を成就しないかぎり、絶対に受けられない思念の相承 を、修行をはじめる最初の段階から受けながら、四神足法に必要な、チャクラ の開発訓練を進めていくことができるのである。ことに、クンダリニー・ヨー ガでは、最も危険とされる脳内のチャクラの開発を、安全に、おだやかに進め ていくことができるのだ。

あなたは、この水晶龍神瞑想法 (四神足法)を修行することによって、神通力 を得ることができるであろう。

ただし、この法は、最極秘伝に属する法なので、すべてを筆にすることはで

きない。本書では、ごく初歩の段階にとどめる。

誤解しないでいただきたいが、決して法を惜しんでいるわけではない。これ 以上の段階は、どうしても、わたくしの直接の指導を受けておこなう必要があ

わたくしの主宰する阿含宗の瞑想道場にて、この「王者による思念の相承」 すなわち、「仏陀の思念」 が受けられるので、そこで、わたくしや、わたくしの 弟子の指導を受けて修行を進めていただきたいのである。

水晶の中に龍神のお姿を見る

まず、水晶龍神瞑想法 (四神足法)の前段階である瞑想法について解説しよ

前段階とはいえ、たいへん高度な瞑想法で、これを習得しないと、釈尊の成 仏法の真髄・四神足法に進むことができない。

この法は水晶を使って深層意識を活用する瞑想法である。

まず、水晶を準備する。けがれのない天然の水晶が理想である。(わたくしの 想道場では、わたくしが成仏法によって浄め、龍神のお霊をこめた水晶龍神御尊像を使 う)

この水晶に心を集中して凝視していると、いろいろなモヤモヤが見える。 そ のモヤモヤを、心を静めて凝視していると龍神のお姿が見えてくる。 このお姿 がはっきりと見えてくるようにならなくてはいけない。

そのお姿には二つのタイプがある。

コブラ (母蛇)型

頭と顔が平たくなっている龍神。

ボア(大蛇

毒を持たない大型の龍神。

この二つの系統がある。

また、見えてきた龍神が男神である場合は「ナンダ龍王」、 女神の龍神の場合

は 「ウパナンダ龍王」という名前で念じる。

水晶の向こう側に白い紙を立てて凝視していると、モヤモヤの中にお顔やお 体が見えてくる。それには三日ほどかかる。観想もこのお姿をよく観察して瞑 想しなくてはならない。

この瞑想を深く進めていくと、その修行者は龍神型の性格を持つようにな り、さらに進めていくと体も似てきて龍体になってくる。そして体の一部がウ ロコになってくる。そこまでいくのは容易ではないが、そうなると龍神の力が そなわってくる。

龍神のタイプがたとえばコブラ型であれば毒を持つとか、ボア型だから相手 絞め殺して食べてしまうというようなことはない。タイプを知るだけで、あ とは自然にまかせておけばよい。

せんじょう

最初に教える瞑想法は、「水晶龍神洗浄 瞑想法」である。

まず心身を浄める「洗浄法」から入る。 龍神に雨を降らしていただいて、そ 龍雨によって心身の不浄不快がすべて洗い流され、病気の根もすべて洗い流

毎朝一回、十五分ほどかけてこの瞑想をおこなう。

この洗浄瞑想を毎日重ねて実行していると、一日中体が元気で爽快になり、 さらに龍神に好意を持っていただけるようになる。

いつかい

澄み渡った青空に突然一塊の雲が沸き起こり、たちまち空一面が黒い雲に覆 われてしまう。

その黒い雲の中心に金色の龍王を観想する。 この龍王は水晶で見ているお姿 である。この金色の龍王が大神通力をもって暴風を起こしている。さらに大雨 が降ってくる。滝のように降ってくる大雨を頭から受けている。 それはあたか も滝行のごとくである。

この大雨によって心身の不浄不快がことごとく洗い流される。 病気の根もす

べて洗い流す。 そう観じて、般若心経 五反

つぎに、観想。

「わが心身爽快なり。わが身の不浄不快悉く消滅す」

そして、準小呪。

「オン・シャレイ・シュレイ・ジェンテイ・ソワカ」

五唱し、 よびかける。

けんぞく

準胝如来は龍神をしたがえておられる。 龍神は準胝如来の眷属であるから、 この真言を唱えると非常にお喜びになる。

最後に、

りんびょうとうしゃかいちんれつざいせん。

「臨兵闘者皆陳列在前、エイッ」

九字を三回切って終わる。

すると龍王は喜び勇んで姿を消すが、つねに行者の身辺にあって守護してく

ださっている。そして行者がよぶのを待っておられる。なにかつらいことや 困ったことがあるとサーッと姿をあらわして助けてくださる。

およびするときには、左手親指を右拳でつつむ「如来拳印」で、あなたの水 品で感得した「ナンダ龍王」あるいは「ウパナンダ龍王」をおよびし、

「来たってわれを救いたまえ」

と心の中でつぶやけば、たちまち姿をあらわして助けてくださる。

水晶龍神瞑想法(四神足法)

つぎに、いよいよ、釈尊の成仏法の真髄である四神足法の瞑想法である。

これが、さきほど大極秘伝といった、八科四十一道品の中の一科四道品、四 安那般那念法となる法で、 「水晶龍神瞑想法」という。

ただし、さきほどもいったように、これ以上は筆にすることができない。

法を惜しんでいるわけではないが、この法に関しては、わたくしが導師と なって、あなたを弟子として受け入れ、その修行の進み具合を見ながら直接指

導しなければ、絶対に法を成就することができない。

だが、熱心な修行者のために、少しだけヒントをさしあげよう。

この瞑想法では、さきほどの水晶龍神御尊像と、「輪廻転生瞑想法II」で紹介 した準胝尊秘密光明曼荼羅を使うのである。

そして、水晶と曼荼羅を組み合わせ、ある特殊な観想と真言読誦によって、 脳内のチャクラに仏陀の思念、すなわち、「王者による思念の相承」を受けるの である。さらに、この瞑想法とあわせて、護摩行(火界定)と滝行(水想観)を 修することが、最も望ましい。

ごまぎようか

たきるよう すいそうかん

阿含宗の瞑想道場には、水晶龍神御尊像と準胝尊秘密光明曼荼羅をそなえて あり、護摩行、滝行ができる設備をそなえた道場もある。

ぜひ、わたくしの瞑想道場に来て、わたくしか、わたくしの直弟子から指導 を受けることを強くお勧めする。

輪廻転生瞑想法のカリキュラム

転生想 286

その夜、星空はまるで無数の瞑想者たちの目が見下ろしているかのように輝いていた。彼は深く息を吸い込み、静かに座禅を組む。彼の心は、目の前に広がる未知の世界へと向けられていた。

師匠の声が静かに響いた。「アージュニャー・チャクラを見つめよ。それが真の道の始まりだ。」

彼は目を閉じ、師の言葉に従った。頭頂から眉間にかけて、熱が走るような感覚が広がる。まるで脳の奥深くで何かが動き出すようだった。その瞬間、彼ははっきりと感じた――この旅は、精神だけではなく、体と魂をも巻き込むものだということを。

師は続けた。「思念による伝達、それが王者の相承だ。我らが進む道は、ただ単に知識を得るものではない。霊的バイブレーションによって、真理を直接心に刻むのだ。」

その言葉が彼の心に深く響いた。まるで見えない力が彼の内なる存在を震わせているようだった。彼の前には四つの階梯が待っている。srota-āpanna、sakrd-agamin、anāgamin、そしてarhat。それらすべてを超えなければ、彼の旅は完結しない。

「第三の境地に至るには、問脳を開発しなければならない」と師が告げた。

「問脳?」彼はその言葉の響きに引き寄せられるように尋ねた。

「そうだ。大脳辺縁系と新皮質を一時的に閉ざし、霊的開花のために内なる力を集中するのだ。それは苦行とも言える。だが、tapasi、練行を積み重ねることで、次第に新たな光が見えるようになる。」

彼は師の言葉に従い、日々の修行を続けた。その過程で彼は、自らの肉体と精神がどれほど密接に結びついているかを知った。そして、その結びつきを超えて、より高次の存在へと向かう道が開かれることを実感した。

だが、最も重要なのは、師の存在だった。彼にとって、師はただの指導者ではなかった。師は、仏陀そのものだった。彼は師に対する畏敬の念を深め、心からの憧憬を抱くようになった。師がいなければ、彼の霊性の旅は始まらなかっただろう。

「受け入れの秘儀は、仏教における入門得度に等しい」と師は告げた。その儀式の中で、彼は凝視の方法を学び、アージュニャー・チャクラへのメッセージを受け取った。

最後に、「霊感伝授の秘儀」が彼の前に待ち受けていた。それは単なる儀式ではなかった。脳の深部に眠る霊性の場へ、強力な霊力を送り込む究極の儀式だった。

「これは成仏法を完全に受け入れるためのものだ」と師は言った。「思念の力を完全に掌握し、あなた自身が光そのものとなるのだ。」

彼は深く息を吸い、目を閉じた。そして、その霊的な光が彼の内側から広がり、彼はついに悟りの道を歩み始めた。

 

釈尊の教えは、常に深遠で、修行者たちを圧倒するほどの難度を誇っていた。だが、その中でも「輪廻転生瞑想法」は、極限に達した修行法のひとつだった。思念の力と、四神足と呼ばれる神秘の法を駆使し、最も高次の境地へと導く。この法こそ、仏陀としての完成を目指す道の根幹を成すものだった。

その場にいる修行者たちは、静かに息を飲む。これまでの訓練でも、彼らは幾度も己の限界に挑んできた。だが、この新たな法は、まさに次元を超える挑戦のように思えた。果たして自分たちに、それを乗り越える力があるのだろうか?不安が胸に広がる。しかし、その一方で、法の奥深さと真理への憧れが、彼らを進ませる力でもあった。

「霊界の法の世界において、法の完成者タターガタ――すなわち如来は、常に法を説いている」と、師は続けた。修行者たちはその言葉に耳を傾けた。「思念による王者の相承」とは、タターガタの心が、言葉や象徴を介さず、直接相手の心に伝えられるものだ。その心は、ただの思念ではなく、強大なパワーによって満たされている。それを受けた者は、瞬時にして仏陀として完成するのだ。

「だが、それを得るには条件がある」と師は厳しい表情で告げた。

「最高のものを受け取るには、他に何も必要ないのではないか?」と、ある弟子が疑問を口にした。だが、師は首を振った。

「そうではない。その理想を受けるためには、tapas――すなわち厳しい修行が不可欠だ」と。

その言葉は、修行者たちの胸に深く響いた。彼らは、サヘート・マヘートの地で感じた強烈な霊的バイブレーションを思い出す。それは、まさに「思念による王者の相承」そのものであり、霊的な力が直接、心に伝達された瞬間だったのだ。

「私は、この相承を通じて、解脱の四階梯のうち、第三の境地に達した」と師は語った。「だが、それは間脳の開発と、練行tapasを成し遂げなければ絶対に得られなかったものである。内なる受容の姿勢が整ったとき、初めて外なる王者の相承が発せられるのだ。」

その瞬間、修行者たちの間に静かな決意が生まれた。彼らは、己を鍛え、さらに深い瞑想へと挑む覚悟を決めた。仏陀となるための道は、今、彼らの前に開かれたのだ。

 

思念の相承と四神足法

いよいよ、釈尊の成仏法の中心の法である、四神足法の解説に入る。これが

「輪廻転生瞑想法」の根幹となる法である。

釈尊の成仏法の中でも、最高難度の法である。

いままでの訓練をこなしてきた修行者であれば、なんとか歯が立つのではな いかとは思うが、決して容易ではない。いままでの訓練でさえ、むずかしいの に、これ以上の訓練はできるだろうかと、不安に思う方も多いのではないだろ うか?

わたくしは、第二章で、

 

霊界の法の世界において、法の完成者タターガタ(如来)が常に法を説 いている。 「思念による王者の相承」とは、この法身タターガタが、言葉や
象徴という媒介なしに、直接相手の心に自分の心を伝達するものである。

この場合、心、というのは単なる思念の心ではなく、パワーを主としたも と思うべきである。これによって、相手はたちどころに仏陀として完成 するのである。

これは最高であり、理想的なものであること、もちろんである。 「王者 ゆえん

の」という所以である。

とのべた。つまり、仏陀となって成仏するためには、この「思念による王者

相承」を受けることが、理想とされているのである。

しかし、これには条件があるのだ。

どのような条件か?

わたくしは、つぎのようにのべている。

だが、そういうと、「思念による王者の相承」は最高理想のものなので

あるから、他のなにものも必要ないのではないかといわれるかもしれな い。そうではないのである。その最高理想のものを受けるために、tapas は 必要なのである。

また、同章で、インドのサヘート・マヘートにおける強烈な霊的バイブレー ションについて、つぎのようにものべている。

賢明な読者はすでにお気づきであったろう。これが、チベット密教のい う「思念による王者の相承」であることを。 思念による王者の相承と は、じつに、霊的バイブレーションによる伝達だったのである。

わたくしは、これによって、解脱に至る四つの階梯のうちの、第三の境 地に達したことを自覚したのであるが、これは、 間脳開発の練行tapas を成 就していなかったら、絶対に得られなかったものである。 内なる受容の態 勢がととのって初めて、外よりの王者の相承が発せられるのである。

バイブレーション

つまり、仏陀となる、あるいは仏陀の境界に近づくためには、「思念による王 相承」が必要なのであるが、その王者の相承を受けるためには、 間脳開発 の練行 tapas を成就していることが必須なのである。

わたくしは、この王者の相承を受けて、阿含の境地に達し、このとき、死ぬ までにかならず仏陀になると強く自覚したが、それはわたくしが、 tapasを成就 した上で、インドのサヘート・マヘート、ミラクルの池に行ったからこそ、白 銀のバイブレーションを受けることができたのである。

したがって、「思念による王者の相承」を受けるためには、 tapasを成就して いることが絶対条件なのである。

では、その練行 tapas とはなにか?

この tapas こそが、 四神足法なのである。

いい換えれば、四神足法を成就していなければ、仏陀になるために必要な

「思念による王者の相承」を受けられないのである。しかしながら、四神足法

は、釈尊の成仏法の中でも最高度にむずかしい法である。だれでも容易に修行 できる内容ではない。

「釈尊のむずかしい成仏法を修行しなければ、いつまでたっても思念の相承を 受けられず、 間脳が開かず、霊性開頭が不可能であるならば、いったいどれほ どの人が、霊性開顕をすることができるであろうか?

ごく限られた、わずかなエリートしか、到達することができないであろう。 当然のことながら、釈尊の成仏法を発展させた輪廻転生瞑想法も成就できない ことになるのだ。

だが、そうではないのである。

わたくしは、永年の修行により、この問題点を解決し、だれでも比較的容易 に成仏法の修行を進めていける法を完成することができたからであ

それは、「水晶龍 神瞑想法」という法である。

この瞑想法は単なる瞑想法ではない。

じつは、この水晶龍神瞑想法は、釈尊の成仏法の真髄である、

「四神足法そのもの」

なのである。

そして、この水晶龍神瞑想法の最大の特長は、

「瞑想法自体が思念の相承である」

ということなのである。

修行者は、この法にのっとって修行を進めていくことにより、本来であれ ば、 tapasである四神足法を成就しないかぎり、絶対に受けられない思念の相承 修行をはじめる最初の段階から受けながら、四神足法に必要な、チャクラ の開発訓練を進めていくことができるのである。ことに、クンダリニー・ヨー ガでは、最も危険とされる脳内のチャクラの開発を、安全に、おだやかに進め ていくことができるのだ。

あなたは、この水晶龍神瞑想法 (四神足法)を修行することによって、神通力 “を得ることができるであろう。

ただし、この法は、最極秘伝に属する法なので、すべてを筆にすることはで

きない。本書では、ごく初歩の段階にとどめる。

誤解しないでいただきたいが、決して法を惜しんでいるわけではない。これ 以上の段階は、どうしても、わたくしの直接の指導を受けておこなう必要があ るのだ。

わたくしの主宰する阿含宗の瞑想道場にて、この「王者による思念の相承」 すなわち、「仏陀の思念」が受けられるので、 そこで、わたくしや、わたくしの 弟子の指導を受けて修行を進めていただきたいのである。

水晶の中に龍神のお姿を見る

まず、水晶龍神瞑想法 (四神足法)の前段階である瞑想法について解説しよ

前段階とはいえ、たいへん高度な瞑想法で、これを習得しないと、釈尊の成 仏法の真髄四神足法に進むことができない。

この法は水晶を使って深層意識を活用する瞑想法である。

「みたままず、水晶を準備する。けがれのない天然の水晶が理想である。(わたくしの瞑 想道場では、わたくしが成仏法によって浄め、龍神のお霊をこめた水晶龍神御尊像を使 う)

この水晶に心を集中して凝視していると、いろいろなモヤモヤが見える。 そ のモヤモヤを、心を静めて凝視していると龍神のお姿が見えてくる。 このお姿 がはっきりと見えてくるようにならなくてはいけない。

そのお姿には二つのタイプがある。

コブラ (母)型 ポア(大蛇

頭と顔が平たくなっている龍神。

毒を持たない大型の龍神。

この二つの系統がある。

また、見えてきた龍神が男神である場合は「ナンダ龍王」、

は「ウパナンダ龍王」という名前で念じる。

水晶の向こう側に白い紙を立てて凝視していると、モヤモヤの中にお顔やお 体が見えてくる。それには三日ほどかかる。観想もこのお姿をよく観察して瞑 想しなくてはならない。

この瞑想を深く進めていくと、その修行者は龍神型の性格を持つようにな り、さらに進めていくと体も似てきて龍体になってくる。そして体の一部がウ ロコになってくる。そこまでいくのは容易ではないが、そうなると龍神の力が そなわってくる。

龍神のタイプがたとえばコブラ型であれば毒を持つとか、ボア型だから相手 絞め殺して食べてしまうというようなことはない。タイプを知るだけで、あ 自然にまかせておけばよい。

最初に教える瞑想法は、 「水晶龍神洗浄 瞑想法」である。

まず心身を浄める 「洗浄法」から入る。 龍神に雨を降らしていただいて、そ 龍雨によって心身の不浄不快がすべて洗い流され、病気の根もすべて洗い流

毎朝一回、十五分ほどかけてこの瞑想をおこなう。

 

この洗浄瞑想を毎日重ねて実行していると、一日中体が元気で爽快になり、 さらに龍神に好意を持っていただけるようになる。

いつかい

澄み渡った青空に突然一塊の雲が沸き起こり、たちまち空一面が黒い雲に覆 われてしまう。

その黒い雲の中心に金色の龍王を観想する。 この龍王は水晶で見ているお姿 である。この金色の龍王が大神通力をもって暴風を起こしている。さらに大雨 が降ってくる。滝のように降ってくる大雨を頭から受けている。それはあたか 滝行のごとくである。

この大雨によって心身の不浄不快がことごとく洗い流される。 病気の根もす

べて洗い流す。 そう観じて、般若心経 五反

つぎに、観想。

「わが心身爽快なり。わが身の不浄不快悉く消滅す」

そして、準小呪。

「オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ」 五唱し、 よびかける。

準如来は龍神をしたがえておられる。 龍神は準胝如来の眷属であるから、 この真言を唱えると非常にお喜びになる。

最後に、

「臨兵闘者皆陳列在前、エイッ」

九字を三回切って終わる。

すると龍王は喜び勇んで姿を消すが、つねに行者の身辺にあって守護してく

ださっている。そして行者がよぶのを待っておられる。なにかつらいことや 困ったことがあるとサーッと姿をあらわして助けてくださる。

およびするときには、左手親指を右拳でつつむ 「如来拳印」で、あなたの水 晶で感得した「ナンダ龍王」あるいは「ウパナンダ龍王」をおよびし、

「来たってわれを救いたまえ」

と心の中でつぶやけば、たちまち姿をあらわして助けてくださる。

水晶龍神瞑想法(四神足法)

つぎに、いよいよ、釈尊の成仏法の真髄である四神足法の瞑想法である。

これが、さきほど大極秘伝といった、八科四十一道品の中の一科四道品、四 安那般那念法となる法で、「水晶龍神瞑想法」という。

ただし、さきほどもいったように、これ以上は筆にすることができない。

法を惜しんでいるわけではないが、この法に関しては、わたくしが導師と なって、あなたを弟子として受け入れ、その修行の進み具合を見ながら直接指

 

思念の相承と四神足法

思念の相承と四神足法

いよいよ、釈尊の成仏法の中心の法である、四神足法の解説に入る。これが

「輪廻転生瞑想法」の根幹となる法である。

釈尊の成仏法の中でも、最高難度の法である。

いままでの訓練をこなしてきた修行者であれば、なんとか歯が立つのではな いかとは思うが、決して容易ではない。いままでの訓練でさえ、むずかしいの に、これ以上の訓練はできるだろうかと、不安に思う方も多いのではないだろ うか?

わたくしは、第二章で、

つね

霊界の法の世界において、法の完成者タターガタ(如来)が常に法を説 いている。 「思念による王者の相承」とは、この法身タターガタが、言葉や

ぱいかい。

象徴という媒介なしに、直接相手の心に自分の心を伝達するものである。

この場合、心、というのは単なる思念の心ではなく、パワーを主としたも と思うべきである。これによって、相手はたちどころに仏陀として完成 するのである。

これは最高であり、理想的なものであること、もちろんである。 「王者 ゆえん

の」という所以である。

とのべた。つまり、仏陀となって成仏するためには、この「思念による王者

相承」を受けることが、理想とされているのである。

しかし、これには条件があるのだ。

どのような条件か?

わたくしは、つぎのようにのべている。

だが、そういうと、「思念による王者の相承」は最高理想のものなので

 

あるから、他のなにものも必要ないのではないかといわれるかもしれな い。そうではないのである。その最高理想のものを受けるために、tapas は 必要なのである。

また、同章で、インドのサヘート・マヘートにおける強烈な霊的バイブレー ションについて、つぎのようにものべている。

賢明な読者はすでにお気づきであったろう。これが、チベット密教のい う「思念による王者の相承」であることを。 思念による王者の相承と は、じつに、霊的バイブレーションによる伝達だったのである。

かいてい

わたくしは、これによって、解脱に至る四つの階梯のうちの、第三の境 地に達したことを自覚したのであるが、これは、 間脳開発の練行tapas を成 就していなかったら、絶対に得られなかったものである。 内なる受容の態 勢がととのって初めて、外よりの王者の相承が発せられるのである。

バイブレーション

つまり、仏陀となる、あるいは仏陀の境界に近づくためには、「思念による王 相承」が必要なのであるが、その王者の相承を受けるためには、 間脳開発 の練行 tapas を成就していることが必須なのである。

わたくしは、この王者の相承を受けて、阿含の境地に達し、このとき、死ぬ までにかならず仏陀になると強く自覚したが、それはわたくしが、 tapasを成就 した上で、インドのサヘート・マヘート、ミラクルの池に行ったからこそ、白 銀のバイブレーションを受けることができたのである。

したがって、「思念による王者の相承」を受けるためには、 tapasを成就して いることが絶対条件なのである。

では、その練行 tapas とはなにか?

この tapas こそが、 四神足法なのである。

いい換えれば、四神足法を成就していなければ、仏陀になるために必要な

「思念による王者の相承」を受けられないのである。しかしながら、四神足法

は、釈尊の成仏法の中でも最高度にむずかしい法である。だれでも容易に修行 できる内容ではない。

れいせいかいけん

「釈尊のむずかしい成仏法を修行しなければ、いつまでたっても思念の相承を 受けられず、 間脳が開かず、霊性開頭が不可能であるならば、いったいどれほ どの人が、霊性開顕をすることができるであろうか?

ごく限られた、わずかなエリートしか、到達することができないであろう。 当然のことながら、釈尊の成仏法を発展させた輪廻転生瞑想法も成就できない ことになるのだ。

だが、そうではないのである。

わたくしは、永年の修行により、この問題点を解決し、だれでも比較的容易 に成仏法の修行を進めていける法を完成することができたからである。

すいしょうりゅうじん

それは、「水晶龍 神瞑想法」という法である。

この瞑想法は単なる瞑想法ではない。

じつは、この水晶龍神瞑想法は、釈尊の成仏法の真髄である、

「四神足法そのもの」

なのである。

そして、この水晶龍神瞑想法の最大の特長は、

「瞑想法自体が思念の相承である」

ということなのである。

修行者は、この法にのっとって修行を進めていくことにより、本来であれ ば、 tapasである四神足法を成就しないかぎり、絶対に受けられない思念の相承 修行をはじめる最初の段階から受けながら、四神足法に必要な、チャクラ の開発訓練を進めていくことができるのである。ことに、クンダリニー・ヨー ガでは、最も危険とされる脳内のチャクラの開発を、安全に、おだやかに進め ていくことができるのだ。

あなたは、この水晶龍神瞑想法 (四神足法)を修行することによって、神通力 “を得ることができるであろう。

ただし、この法は、最極秘伝に属する法なので、すべてを筆にすることはで

きない。本書では、ごく初歩の段階にとどめる。

誤解しないでいただきたいが、決して法を惜しんでいるわけではない。これ 以上の段階は、どうしても、わたくしの直接の指導を受けておこなう必要があ るのだ。

わたくしの主宰する阿含宗の瞑想道場にて、この「王者による思念の相承」 すなわち、「仏陀の思念」が受けられるので、 そこで、わたくしや、わたくしの 弟子の指導を受けて修行を進めていただきたいのである。

水晶の中に龍神のお姿を見る

まず、水晶龍神瞑想法 (四神足法)の前段階である瞑想法について解説しよ

前段階とはいえ、たいへん高度な瞑想法で、これを習得しないと、釈尊の成 仏法の真髄四神足法に進むことができない。

この法は水晶を使って深層意識を活用する瞑想法である。

「みたま

まず、水晶を準備する。けがれのない天然の水晶が理想である。(わたくしの瞑 想道場では、わたくしが成仏法によって浄め、龍神のお霊をこめた水晶龍神御尊像を使 う)

この水晶に心を集中して凝視していると、いろいろなモヤモヤが見える。 そ のモヤモヤを、心を静めて凝視していると龍神のお姿が見えてくる。 このお姿 がはっきりと見えてくるようにならなくてはいけない。

そのお姿には二つのタイプがある。

コブラ (母)型 ポア(大蛇

頭と顔が平たくなっている龍神。

毒を持たない大型の龍神。

この二つの系統がある。

また、見えてきた龍神が男神である場合は「ナンダ龍王」、

は「ウパナンダ龍王」という名前で念じる。

水晶の向こう側に白い紙を立てて凝視していると、モヤモヤの中にお顔やお 体が見えてくる。それには三日ほどかかる。観想もこのお姿をよく観察して瞑 想しなくてはならない。

この瞑想を深く進めていくと、その修行者は龍神型の性格を持つようにな り、さらに進めていくと体も似てきて龍体になってくる。そして体の一部がウ ロコになってくる。そこまでいくのは容易ではないが、そうなると龍神の力が そなわってくる。

龍神のタイプがたとえばコブラ型であれば毒を持つとか、ボア型だから相手 絞め殺して食べてしまうというようなことはない。タイプを知るだけで、あ 自然にまかせておけばよい。

せんじょう

最初に教える瞑想法は、 「水晶龍神洗浄 瞑想法」である。

まず心身を浄める 「洗浄法」から入る。 龍神に雨を降らしていただいて、そ 龍雨によって心身の不浄不快がすべて洗い流され、病気の根もすべて洗い流

毎朝一回、十五分ほどかけてこの瞑想をおこなう。

そうかい

この洗浄瞑想を毎日重ねて実行していると、一日中体が元気で爽快になり、 さらに龍神に好意を持っていただけるようになる。

いつかい

澄み渡った青空に突然一塊の雲が沸き起こり、たちまち空一面が黒い雲に覆 われてしまう。

その黒い雲の中心に金色の龍王を観想する。 この龍王は水晶で見ているお姿 である。この金色の龍王が大神通力をもって暴風を起こしている。さらに大雨 が降ってくる。滝のように降ってくる大雨を頭から受けている。それはあたか 滝行のごとくである。

この大雨によって心身の不浄不快がことごとく洗い流される。 病気の根もす

べて洗い流す。 そう観じて、般若心経 五反

つぎに、観想。

「わが心身爽快なり。わが身の不浄不快悉く消滅す」

そして、準小呪。

「オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ」 五唱し、 よびかける。

けんぞく

準如来は龍神をしたがえておられる。 龍神は準胝如来の眷属であるから、 この真言を唱えると非常にお喜びになる。

りんびょうとうしゃかいちんれつぱいぜん

最後に、

「臨兵闘者皆陳列在前、エイッ」

九字を三回切って終わる。

すると龍王は喜び勇んで姿を消すが、つねに行者の身辺にあって守護してく

ださっている。そして行者がよぶのを待っておられる。なにかつらいことや 困ったことがあるとサーッと姿をあらわして助けてくださる。

およびするときには、左手親指を右拳でつつむ 「如来拳印」で、あなたの水 晶で感得した「ナンダ龍王」あるいは「ウパナンダ龍王」をおよびし、

「来たってわれを救いたまえ」

と心の中でつぶやけば、たちまち姿をあらわして助けてくださる。

水晶龍神瞑想法(四神足法)

つぎに、いよいよ、釈尊の成仏法の真髄である四神足法の瞑想法である。

これが、さきほど大極秘伝といった、八科四十一道品の中の一科四道品、四 安那般那念法となる法で、「水晶龍神瞑想法」という。

ただし、さきほどもいったように、これ以上は筆にすることができない。

法を惜しんでいるわけではないが、この法に関しては、わたくしが導師と なって、あなたを弟子として受け入れ、その修行の進み具合を見ながら直接指

 

 

クンダリニー・ヨーガの修行は、深淵なる旅路の一歩から始まった。

その始まりは、体内に眠る「パドマ・マツガ」を目覚めさせることだった。長い間、静かに隠れていたその存在が、一度光を帯びると、世界は一変する。瞑想に入ると、パドマ・マツガは内なる光を放ち始め、まるで暗闇の中に突如現れた星のように、修行者の意識を導く。修行者が思念を強めれば強めるほど、その光もまた強烈になり、内側から全身を照らし出す。

光が強まるとともに、パドマ・マツガは静かにチャクラへと移動する。その動きは、修行者の意思によって慎重に導かれ、各チャクラに到達するたびに、ホルモンが分泌され、身体が覚醒していくのを修行者は感じ取った。それは、ただの身体的な反応ではなく、クンダリニーの力が徐々に目覚め、全身を貫くエネルギーとして流れ始める瞬間だった。

目を閉じた修行者は、深く静かな呼吸の中で、内なる光が次第に広がり、肉体の隅々まで満ちていくのを感じ取る。外界の音や光は遠のき、ただ自分とパドマ・マツガとの対話が続く。静かに輝くその光が、修行者の精神を次第に高みに引き上げ、クンダリニーの覚醒への道を示していくのだった。

これはまだ始まりに過ぎない。クンダリニーの目覚めは、長きにわたる修行の中で、少しずつ、しかし確実に近づいていた。