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申忽林経 ―― 手のひらの葉と森の真理 The Sutra of the Handful of Leaves

 

 

阿羅漢の髑髏 ―― 霊鷲山の教え

阿羅漢の髑髏 ―― 霊鷲山の教え
The Skull of the Arhat — Teachings of Vulture Peak

 

霊鷲山に 朝日さし
王舎城を 照らしゆく
世尊は歩む 比丘とともに
墓地にひびく 法の声

 

髑髏は語る 生と死を
善趣悪趣の 道を示す
されど阿羅漢 跡もなく
無余涅槃の 風ぞ吹く

髑髏は語る 生と死を
善趣悪趣の 道を示す
されど阿羅漢 跡もなく
無余涅槃の 風ぞ吹く
南無仏 南無法 南無僧

 

来るところも 去るところも
東西南北 求めえず
生死を超えし 聖者には
行き先さえも 名は持たず

来るところも 去るところも
東西南北 求めえず
生死を超えし 聖者には
行き先さえも 名は持たず
南無仏 南無法 南無僧

 

鹿頭梵志 骨を取り
幾たび叩き 見つめても
阿羅漢なる その境地
智慧の外に 隠れたり

鹿頭梵志 骨を取り
幾たび叩き 見つめても
阿羅漢なる その境地
智慧の外に 隠れたり
南無仏 南無法 南無僧

 

南無仏 南無法 南無僧
無余涅槃に 帰命せん
生死を超える 智慧の道
霊鷲山より 今ひらく

南無仏 南無法 南無僧
無余涅槃に 帰命せん
生死を超える 智慧の道
霊鷲山より 今ひらく
南無仏 南無法 南無僧

 

阿羅漢の髑髏 ―― 霊鷲山の教え The Skull of the Arhat — Teachings

阿羅漢の髑髏 ―― 霊鷲山の教え
The Skull of the Arhat — Teachings of Vulture Peak

 

 

王舎城の空は澄み渡り、朝の光が霊鷲山の岩肌を黄金色に染めていた。
ある日、世尊は五百人の比丘たちとともに山を下り、一人の梵志を伴って歩いておられた。
その名は鹿頭梵志。
星宿の運行を知り、人の病を診る医術に長け、生き物の生死や行き先までも見分けると評判の人物であった。
二人がたどり着いたのは、町外れの大きな墓地であった。
風が吹くたびに草が揺れ、朽ちた骨がところどころに見える。生と死の境界を思わせる静かな場所である。
世尊は地面に転がる一つの髑髏を拾い上げると、鹿頭梵志に手渡された。
「梵志よ。この髑髏は男のものか、女のものか。」
鹿頭梵志は髑髏を手に取り、角度を変えながら眺めた。さらに指で軽く叩き、その響きを確かめる。
やがて顔を上げた。
「これは男の髑髏です。」
「その通りだ。」
世尊はうなずかれた。
「では、この者はどのように死んだのか。」
再び髑髏を調べた梵志は答えた。
「多くの病に苦しみ、全身の痛みに耐えきれず命を終えました。」
世尊はさらに尋ねられた。
「もし生きていたなら、どのような薬で治せたか。」
梵志は即座に答えた。
「呵梨勒の実を蜂蜜と合わせて飲ませれば回復したでしょう。」
世尊は微笑まれた。
「よく見抜いた。では、この者は死後どこへ生まれたか。」
梵志はしばらく髑髏を見つめた後、静かに言った。
「三悪趣です。」
世尊はうなずかれた。
「その通りである。」
こうして世尊は次々と髑髏を拾い上げ、梵志に渡された。
あるものは出産の途中で命を落とした女性。
あるものは暴飲暴食によって病を得た男。
あるものは飢えと衰弱の中で死んだ女性。
あるものは他人に害されて命を落とした男。
鹿頭梵志は、そのたびに骨を手に取り、叩き、観察し、生前の姿や死因、そして死後の行き先を語った。
世尊は時に認め、時に問いを重ねながら、梵志の知識の奥へと導いていった。
やがて梵志は気づき始めた。
人の死因や病を知ることはできる。
善趣や悪趣への生まれ変わりも推し量ることができる。
しかし、それらはすべて生死の流れの中にある。
まだ終わりではないのだ。
その時、世尊は静かに空を見上げられた。
遠く東方、普香山の麓で、一人の阿羅漢が入滅していた。
名を優陀延比丘という。
煩悩を尽くし、生死を超えた聖者であった。
世尊は神通力によって、その阿羅漢の髑髏を取り寄せ、鹿頭梵志の前に置かれた。
「梵志よ。この髑髏を見よ。」
鹿頭梵志は自信をもって手に取った。
いつものように観察し、軽く叩いた。
だが――
何も見えない。
何も分からない。
男か女かも分からない。
生まれた場所も分からない。
死んだ場所も分からない。
来た道も分からない。
行く先も分からない。
骨を叩いても、そこには何の響きもなかった。
梵志の額に汗が浮かんだ。
もう一度調べる。
それでも分からない。
ついに彼は頭を下げた。
「世尊よ。私は分かりません。」
墓地に静寂が流れた。
世尊は慈しみに満ちた眼差しで語られた。
「梵志よ。無理もない。」
「この髑髏は男でも女でもない。」
「来るところもなく、去るところもない。」
「生もなく、死もない。」
「東西南北にも、上下にも、その行き先を求めることはできない。」
鹿頭梵志は息を呑んだ。
世尊は続けられた。
「これは優陀延比丘の髑髏である。」
「阿羅漢の髑髏である。」
「彼は無余涅槃に入った。」
「もはや生まれ変わることはない。」
その言葉を聞いた瞬間、鹿頭梵志の胸を大きな衝撃が貫いた。
今まで自分は、多くのことを知っていると思っていた。
鳥や獣の声を聞けば雌雄を言い当てられる。
人の運命も死後の行き先も見分けられる。
九十六種の外道の教えも理解している。
しかし――
阿羅漢だけは分からない。
その境地だけは見えない。
そこには行き先がない。
来た場所もない。
生死そのものが終わっているのだ。
鹿頭梵志は深く頭を垂れた。
「世尊よ。」
「私はこれまで、多くを知っていると思っていました。」
「しかし如来の正法は、それをはるかに超えています。」
「どうか私を弟子としてお受けください。」
世尊は静かにうなずかれた。
「善いかな、梵志よ。」
「梵行を修めよ。」
「やがて誰にも知ることのできない境地へ至るであろう。」
鹿頭梵志は出家した。
山林の静かな庵に住み、昼も夜も修行に励んだ。
やがて智慧の光は完全に開かれた。
生死は尽きた。
なすべきことは成し遂げられた。
再びこの世に生まれることはない。
かつて阿羅漢の髑髏を見ても何も分からなかった梵志は、今や自らその境地に到達したのである。
霊鷲山には夕日が差していた。
黄金色の光の中で、仏陀は静かに微笑まれていた。
生死を見分ける知識よりも尊いものがある。
それは、生死そのものを超える智慧である。

第一義空の教え ―― 牛飼いの村にて The Teaching of Emptiness as the Ultimate Truth

第一義空の教え ―― 牛飼いの村にて
The Teaching of Emptiness as the Ultimate Truth — In the Herdsmen’s Village

牛飼いの村に 朝日さし
草原わたりて 風は吹く
世尊の御声 静かなる
第一義空の 法ひらく

縁により生じ 縁により滅す
空なる諸法を よく観ぜよ
我なる実体 求むるなかれ
南無仏 南無法 南無僧
第一義空に 帰命したてまつる

眼より色へと 識は生ず
耳より音へと 縁は巡る
生じては滅する 法の流れ
南無仏 南無法 南無僧
第一義空に 帰命したてまつる

無明の滅する その時に
行も識もまた 静まりぬ
老死の苦海を 離れゆく
南無仏 南無法 南無僧
第一義空に 帰命したてまつる

来ることもなく 去ることもなし
ただ因と縁の 道理のみ
執着離れて 解脱へ向かう
南無仏 南無法 南無僧
第一義空に 帰命したてまつる

諸行無常と 響く声
諸法無我と 風は告ぐ
縁起の真理を 胸に抱き
第一義空を 今ぞ讃えん

南無仏 南無法 南無僧
南無仏 南無法 南無僧
第一義空に 帰命したてまつる
第一義空に 帰命したてまつる

第一義空の教え ―― 牛飼いの村にて

第一義空の教え ―― 牛飼いの村にて

Th Teaching of Emptiness as the Ultimate Truth — In the Herdsmen’s Village

 

牛飼いの村に 朝風ふきて 草原の牛は 静かに遊ぶ 世尊の御前に 比丘ら集い 第一義空の 法を聞かん

眼は色にふれ 識は生まるる 耳は音を聞き 心は動く 鼻は香を知り 舌は味わい 身は触を受け 意は法を見る
縁なく生ずる ものなどはなく 縁なく滅する ものまたなし 一切の現れ 因縁によって 束の間に起こり 束の間に去る

無明によりて 行は生じ 行によりて 識は起こる 識より名色 六処と続き 苦の流れは 広がりゆく
されど智慧の 光現れ 無明の闇を 照らし尽くせば 苦の連なりは 静かに絶えて 寂静の岸へ 人は至らん

縁により生じ 縁により滅す 我なるものは どこにも見えず 無明の滅する その時こそは 涅槃の光 心に満つる
縁により生じ 縁により滅す 空なる真理を ありのまま見る 執着離れて 自在となれば 解脱の道は 目の前に開く

草木も人もまた 同じ理なり 種と土と水 日を受け育つ 一つに見えても 多くの縁の 支えによって 今ここにある
灯火の炎は 移ろいながら 絶えず燃えつつ 形を変える 同じにあらず 異にもあらず 命の流れも またその如し

来るところなく 去るところなし 眼耳鼻舌身 意もまた然り 現れては消え 消えては現る 因果の流れの ただ中にあり
空を知る者は 恐れを離れ 空を知る者は 惑いを離る 智慧の眼もて 世を観ずる時 安らぎの風は 胸に満ちゆく

縁により生じ 縁により滅す 我なるものは どこにも見えず 無明の滅する その時こそは 涅槃の光 心に満つる
縁により生じ 縁により滅す 空なる真理を ありのまま見る 執着離れて 自在となれば 解脱の道は 目の前に開く

白雲は流れ 朝日は昇り 村には静かな 風が吹きゆく 比丘ら歓喜し 法を受け持ち 第一義空を 深く味わう
縁により生じ 縁により滅す 縁により生じ 縁により滅す 空なる法に 帰依したてまつり 涅槃の彼岸を ともに目指さん

第一義空の教え ―― 牛飼いの村にて

第一義空の教え ―― 牛飼いの村にて

 

 

ある時、世尊は小さな牛飼いの村に滞在されていた。
村の周囲には緑の草原が広がり、牛たちがのどかに草を食んでいる。朝の風は穏やかで、木々の葉を静かに揺らしていた。
その日、多くの比丘たちが世尊のもとに集まり、教えを聞こうとしていた。
世尊は比丘たちを見渡し、静かな声で語り始められた。
「比丘たちよ。これから第一義空の法を説こう。よく聞き、深く考えなさい。」
比丘たちは合掌し、世尊の言葉に耳を傾けた。
世尊は続けられた。
「眼があり、色があり、その二つが縁となって眼識が生じる。耳と音、鼻と香り、舌と味、身と触れ合い、意と法についても同じである。」
比丘たちは静かにうなずいた。
世尊はさらに語られた。
「しかし比丘たちよ。よく観察しなさい。
眼そのものに固定した実体はない。色にも固定した実体はない。眼識にも固定した実体はない。
それらは因と縁によって一時的に現れ、因と縁が離れれば消えてゆく。」
朝の光が木々の間から差し込み、静寂の中に世尊の声だけが響いていた。
「この世のあらゆる現象は同じである。
これがあるから彼がある。 これが起こるから彼が起こる。
無明によって行が生じ、 行によって識が生じ、 識によって名色が生じる。
このようにして生老病死に至るまで、大いなる苦の集まりが現れるのである。」
比丘たちは縁起の法を思い浮かべながら、その言葉を心に刻んだ。
世尊は一本の草を手に取り、静かに示された。
「この草もまた、種と土と水と日光と多くの条件によって生じている。
それ自体で存在しているのではない。
人もまた同じである。」
そして世尊は、さらに深い真理を説かれた。
「無明が滅すれば行は滅し、 行が滅すれば識は滅する。
このように順次滅してゆき、ついには老いと死の苦しみも滅する。」
比丘たちは深い静けさの中で、その意味を味わった。
しばらくして、一人の若い比丘が尋ねた。
「世尊よ。もしすべてが空であるならば、行為をする者は誰なのでしょうか。また、その結果を受ける者は誰なのでしょうか。」
世尊は慈しみに満ちた眼差しで答えられた。
「比丘よ。
業はある。 その報いもある。
しかし、そこに永遠不変の作者を見いだすことはできない。
たとえば灯火の炎は、一瞬ごとに変化しながら燃え続けている。
昨夜の炎と今の炎は同一ではない。 しかし全く別のものでもない。
生命もまたそのようなものである。」
若い比丘は深く頭を下げた。
世尊は最後に語られた。
「眼は生じる時、どこから来るのでもない。
滅する時、どこかへ去るのでもない。
耳も、鼻も、舌も、身も、意もまた同じである。
ただ因と縁によって現れ、 因と縁によって滅する。
これをありのままに観る者は、執着を離れ、解脱へと向かうのである。」
村の上空には白い雲が静かに流れていた。
比丘たちは深い法悦に満たされながら、世尊の教えを受け止めた。
縁によって生じ、 縁によって滅する。
そこには「我」と呼ぶべき固定した実体はなく、ただ流れゆく因果の道理だけがある。
これこそが、世尊の説かれた「第一義空」の教えであった。
比丘たちは世尊の説法を聞き終えると、大いなる歓喜をもってこれを受け持ち、実践しようと心に誓った。