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桐山靖雄 ヒトを天才にする求聞持聡明法 To make humans intelligent and genius Demanding wisdom method 3

それによると、それは、″四神足“または、″四如意足″ともいわれる超能力開発法である。

ブッダは、菩提を成就するためには、単に、知性や理性をみがくだけでは不十分であると考え、知性や理性の限界をうち破る力が必要であると考えた。

そのために、彼は、そういう力を開発するための行法をつくりあげた。それは、彼が学んだ超能力開発法を加えて編成したものと見てよいであろう。
それは、三十七種の技法から成り立つもので、四神足というのは、その中心になる技術である。

神通、如意を得るための定を、四種類の手法に分けて説明している。

欲神足(願望、理想、創造のためのアプローチ)

勤神足(体と心のトレーニング法)

心神足(潜在意識のトレーニング法)

観神足(深層意識のトレーニング法)

きづまりを打破するために、大乗仏教のなかにとり入れられて体系化され、密教と呼ばれになったのである。いうわけで、密教は二つの面を持っている。

一つは、超能力の開発技術
一つは、大乗仏教の教義この二つである。

 

 

人が宗教的教えを必要とナるのは、知的能力が低いからである。要するに、愚かだからである。人の道徳意識が低いのは、知能、精神能力が低いからだ。ほんとうに知能が高くなれば、人は、いま人類の持っている程度の宗教意識などけるかに超えたもっと高い倫理観を持つ。

オリヴイエ教授のいう「無限に発展した道徳意識の保有」である。

教え(宗教)による人類の道徳意識の開発は、すでに限界に達してしまっている。

見よ。

 

地上にあまねくくりひろげられている人類のこの大愚行を。殺し合い、奪い合い、罵り合い。どこに「知恵あるヒト」のおもかげがあるか? 「大愚人類」そのものではないか?

要するに、バカにいくら結構な教えを説いてもだめなのだということだ。

もっと忌憚なくいわしてもらうならば、(これは私がいうのではない。みんな密教の神サマがおっしやるのであります)ちっとましなバカが、しょうのないバカに一心に教えを説いているというのが、いまの宗教のすがたというものではないのか?

宗教だけではない。科学と技術だってそうではないか。見さかいなくいい気になっていろんなものをつくり出し、あとで公害だ有害物質だと困っている。こういうおろかなことは、もう少し人類の知能が高くなったら、そんなバカなことはたのまれなくともしなくなる。要するに知能が低いからだ。

政治も、経済、思想も、みんなそうだと、あなたは真実思わないか?

要するに、すべて、″ヒトの知能が低い″ことに原因があるのである。

この世界を住みよく、たのしいものにするのには、革命ごっこよりもなによりもまず、ヒトの知能を高めることだ。そう、あなたは思わないか?

さて、話をもとにもどそう。
教えの限界とはヒトの知能の限界だ。
密教はその限界をうち破るのである。
技術によって超能力をあたえ、いっきょにヒトを改造して、宗教などという低い次元をいっぺんに飛び越し、想像を絶する叡智を持った、高い倫理的生物をつくり出そうというのだ。
それが、密教だ。求闘持法《明星》

 

According to it, it is a supernatural power development method also called “Iddhipada” or “Iddhipada”.

Buddha thought that simply brushing intellect and reason was not enough to fulfill the bodhi, and that he needed the power to break the limits of intellect and reason.

To that end, he created a method for developing such powers. It can be seen as an addition to the psychic development methods he learned.
It consists of thirty-seven kinds of techniques, and Iddhipada is the central technique.

He explains Shinto, the rule for getting the will, by dividing it into four types of methods.

Desire foot (desire, ideal, approach for creation)

Work God’s foot (body and mind training method)

Mind god foot (subconscious training method)

Kanjin foot (deep consciousness training method)

In order to break the stalemate, it was incorporated into Mahayana Buddhism and systematized, and became known as esoteric Buddhism. So esoteric Buddhism has two sides.

One is the development technology of supernatural powers.
One is the doctrine of Mahayana Buddhism.

 

 

 

People need religious teaching because of their low intellectual ability. In short, it’s stupid. People’s moral awareness is low because their intelligence and mental abilities are low. If the intelligence is really high, one will have a higher ethical sense that goes beyond the religious consciousness that human beings have now.

This is what Professor Oliveyer calls “the possession of an infinitely developed moral consciousness.”

The development of human moral awareness through teaching (religion) has already reached its limit.

Behold.

 

This great folly of mankind that is spread all over the earth. Killing, scrambling, and swearing. Where is the essence of “wisdom humans”? Isn’t it the “great fool” itself?

In short, no matter how much you teach a fool, you can’t.

To be more frank, (I’m not saying this, everyone is esoteric god Sama), a sardine idiot is preaching to a sardine idiot. But isn’t it the shape of the current religion?

It’s not just religion. Isn’t it the case with science and technology? I feel good about it and create various things, and later I am in trouble that it is a toxic substance that is a pollution. Such stupid things will not be uncommon if human intelligence becomes a little higher. In short, it has low intelligence.

Don’t you think it’s true that politics, economy, and thought are all the same?

In short, it’s all due to “low human intelligence”.

To make this world livable and enjoyable, first and foremost, to enhance human intelligence, rather than playing a revolution. Yeah, don’t you think?

Well, let’s get back to the story.
The limit of teaching is the limit of human intelligence.
Esoteric Buddhism breaks that limit.
They are trying to give supernatural powers by technology, remodel human beings together, jump over the low dimensions such as religion at once, and create highly ethical creatures with unimaginable wisdom.
That is esoteric Buddhism. Fighting possession method “Meisei”

桐山靖雄 ヒトを天才にする求聞持聡明法 To make humans intelligent and genius Demanding wisdom method 2

求聞持聡明法秘伝』平河出版社刊。まえがき”より

「等価変換展開理論」

そんなことがほんとうにできるのか? いったいどうやってそんなことができるのだ、と。
それもたしかにもっともなことで、私自身、身をもってこの密教の秘密に挑戦し、自分でこの
技術を解明するまでは、ぜったいに信ずることができなかった。私は単身、五〇〇〇年の間秘密
のヴェールにつっまれてきたこの不思議な技術にいどみ、その秘密を解いた。それは、信ずるこ
とのできないほど精緻微妙な生化学に立脚したおどろくべき技術の応用であった。
たとえば、
さきにもちょっとふれたが、市川亀久弥博士は、最近の著作のなかマ(≒柚計器)お得意の
「等価変換展開理論」にもとづき、イモ虫からサナギヘの変化を例にして未来社会への脱皮を説
いておられる。この理論はまことにみごとで、まさにほれぼれするほどあざやかである。こと
に、イモ虫がサナギに変身する理論的うらづけは、近来しきりに輩出する未来論のなかで、まさ
に出 色のものであるというべきである。
ただ、まことに残念なことに、それは理論と説明と期待にとどまり、それをいかにヒトに応用
して実現させるかという方法を示していない。それは、もちろん、氏自身、同書のはしがきのな
かで、これは、″単に人類のあるべき未来社会に関するソフトーウェアの主張の範囲にとどまる
ものである”とことわり、この。ソフトーウェアに対するハードーウェアの具体的な提唱″は
″旺い将七に公長する~定である″ということであるから、われわれはまさに刮目してそれを待、ぐに、その″ソフトーウにアに対するハード・
ウェアの具体的な技術″を持っているのである。密教は、その持つ技術のひとつに、この市川理
論の「イモ虫からサナギヘの脱皮」技術を持っていて、数千年も前から、それをヒトの変身技術
に応用、実践していたのである。
密教は、現代の創造理論の大家が提唱する未来に関する花形理論を、とうに実践していたので
ある。五〇〇〇年も前にI。
地を這いまわることしか知らぬ生物であるイモ虫が、サナギになり、そして、空を舞う生物に
変身することは、二次元の世界に生きる生物が三次元生物に変化したことを意味するものだ。密
教がおなじ技術をもってヒトを変身させることは、三次元生物であるヒトをそれより上の次元に
飛躍させることを意味する。密教の変身技術はそれなのである。その生物の次元を変えてしまう
のだ。
しかも、それは、今までいわれてきたように、ただ神秘的、神がかり的なアイマイな方法でな
く、適確な生化学の技術をもっておこなうのだ。そうしてそれは密教の持ついくつかの技術のな
かのひとつに過ぎない。
いったい、どんな智恵がそれをなしとげていたというのであろうか? 密教の技術を神秘とい
うのなら、その点をこそ神秘というべきだろう。しかし、それは、それこそまさに数千年生え出
現した超・ヒトが、孤独にたえつつ、その持つ人類最高の智恵「照明智」を駆使してつくり上げ
た未来人のためのカリキュラムにほかならぬのだというよりはかないであろう。

さて、それでは、密教の技術に関係のある市川理論「等価変換展開理論」とはどんな理論か?
それがどのように密教の技術と関連があるのか?
それを説くまえに、もう少し知っておいていただかねばならぬことがある。
ここで、私は、密教とヨーガという二つのことばについて述べておかねばならぬと思うのだ。
拙著「変身の原理」で、私は、密教についてっぎのように述べた。少し長いが引用してみる。
『真言宗という宗派仏教と、密教すなわち秘密仏教とは、ふかいつながりかおる。だが、それは
どこまでもふかいつながりという関係であって、普通考えられているように、密教即真言宗、真
言宗即密教というものではないのである。
真言宗とは、インドにおいて発生し、大成した密教を、ああいう独白の形に体系化し、組織化
したものであって、密教そのものではないのである。密教のひとつの体系ではあるけれども、密
教そのものではない。
それは、それまでにほぼ完成していたけれども、分派し、多様化していたインド密教を日本密
教の開祖空海が、独自の見識と叡智によって、ひとつの体系につくりあげたということである。
おなじように、天台宗においても、天台密教というひとつの密教体系を組織完成しており、こ
れもまた、密教のひとつの流れということである。
そういうわけで、密教というものを正しく理解するためには、どうしても、]度、密教の原点
に立ちもどって考えてみなければならないのである。
密教は、最初、ひとつの手法(技術)であった。
けっして、最初から密教というひとつの宗教があったわけではない。
ゴータマーブッダがあらわれて、仏教というあたらしい教えを説きはじめるはるか以前、バラ
モンの時代から、インドには、入に超能力をあたえるひとつの手法があった。そういう手法が完
成されて、一部の人たちの間につたえられていた。それは、精神と肉体のきびしい錬磨から得ら
れる神秘的な力で、彼らは、それを、ひとつの技術にまでっくりあげていた。
われわれは、その流れのひとつを、現在、ヨーガのなかに見ることができる。(ただしそれは、
いまの日本で行なわれているアクロバティックな体操のヨーガではない。ヒマラヤの奥地の聖者
たちの間に伝承されている正統ヨーガである)
ヨーガは、その手法のひとつの流れである。この超能力を開発する技術は、仏教があらわれる
以前においてはバラモンにとり入れられ、仏教があらわれると、仏教もまたこれをとり入れた。
ゴータマーブッダは、かれ自身、この手法をまなんで、これにより超能力を持ったが、弟子た
ちにはこれを学ぶことを禁じた。なぜかというと、この技法によって多少の力がつくと、かれら
はすぐにそれがブッダのいう「ホトケ」という境地に達したものと考えてしまい、修行のさまた

げになるからであった。
ただし一部の、素質のきわめてすぐれた弟子たちには、ひそかにこれを許した。
ゴータマーブッダは、普通、神秘的な力を信じたり、修行者がそういう力を持つことを願った
りするのを全く禁じたというように、仏教学者や仏教者は信じているようであるが、それは間違
いで、ブッダ自身、神足({乱石の教理、すなわち、仏道を完全に成就するためには超自然的な
力が必要であるとし、超人間的な能力開発の訓練法を説いているのである。これは、パーリ文献
によって容易に証明することができるのである。(略)
それによると、それは、″四神足“または、″四如意足″ともいわれる超能力開発法である。
ブッダは、菩提を成就するためには、単に、知性や理性をみがくだけでは不十分であると考
え、知性や理性の限界をうち破る力が必要であると考えた。
そのために、彼は、そういう力を開発するための行法をつくりあげた。それは、彼が学んだ超
能力開発法を加えて編成したものと見てよいであろう。
それは、三十七種の技法から成り立つもので、四神足というのは、その中心になる技術であ
る。神通、如意を得るための定を、四種類の手法に分けて説明している。
欲神足(願望、理想、創造のためのアプローチ)
勤神足(体と心のトレーニング法)
心神足(潜在意識のトレーニング法)
観神足(深層意識のトレーニング法)
きづまりを打破するために、大乗仏教のなかにとり入れられて体系化され、密教と呼ばれになったのである。いうわけで、密教は二つの面を持っている。
一つは、超能力の開発技術
一つは、大乗仏教の教義
この二つである。
この二つのものがむすばれることにより、大乗仏教よりさらに高度の教義が完成されて、「金
剛大乗」と呼ばれる新しい仏教が誕生した。これが密教である』
-との引用の文章でわかるように、「変身の原理Lにおいて語られている「密教」というコ
トバは、「秘密仏教」という意味での「密教」である。仏教のなかにとり入れられた、いわゆる
真言密教、あるいは真言宗密教の密教である。
しかし、本書において私がいう「密教」は、それらの密教、「変身の原理」のなかで使われて
いる密教とは全くちがうものであることを、読者はご承知ありたいのである。

本書における「密教」とは、真言密教以前、いうならば仏教にとり入れられる以前の、いや、
バラモンにさえもとり入れられる以前の、引用文でいえば4  R教は最初、ひとつの手法(技術)であった。ゴータマーブッダがあらわれて、仏教というあたらしい教えを説きはじめるはる
か以前、バラモン時代から、インドには、入に超能力をあたえるひとつの手法があった。そういう手法が完成されて、一部の人たちの間につたえられていた。それは、精神と肉体のきびしい錬磨から得られる神秘的な力で、彼らは、それを、ひとつの技術にまでっくりあげていた。と
あるその「技術」、つまり、いうならば、″古代マーガ″と″真言密教″と、この二つを結合したものであると承知していただきたいのである。即ち本書でいう密教とは、ヨーガと真言密教と、
この二つをむすびつけて生まれた新しい技術であるということである。
なぜ、そういうことをしなければならなかったのか、というその理由を語ることはそのまま、密教の法を解説することにもなるので、読者はここのところをよく知っておいていただきたいのである。
引用文のなかにしるされているごとく、行きづまった大乗仏教は、ヨーガの技術にその打開の道を求めた。さきの頃で述べたごとく、精神の高度の飛躍は、その前提に、感覚器官の高度の増幅がなければならぬ。しかし、大乗仏教には教えだけあって、なんの技術もない。大乗仏教という教えであり、教えをあきらかにするだけのもので、技術というべきものはなんにもない。つい
に行きづまることは当然であり、やがてヨーガの技術に救いをもとめるのはさらに当然というべ
きことであった。
かくして、金剛大乗、真言密教が生まれた。ヨーガには、さきにあげた通り、ジョルジューオリヴィエ教授の表現を借りていえば、五つの能力開発技術がある。それは、①第四次元の理解、合複雑な全体をとっさに把握する能力、③第六感の獲得、④無限に発展した道徳意識、⑤とくに
われわれの悟性には不可解な精神的特質、というものであるが、これらの能力開発の技術は、それがそのまま大乗仏教にとり入れられたわけではない。おのずから、ひとつの偏向傾斜があった。
それは当然のことで、大乗仏教の指導者たちは、この技術を彼らの信奉する仏教教義とその目的に沿って取り入れた。一般的でないと思われる技術は捨てられ、あるいはごく一部の指導者にだけつたえられ、あるいは変形された。こうして秘密仏教というあたらしい教義と体系が完成した。しかし、多くのすぐれた開発技術は、この仏教教義を完成させるための補助的技術に変容さ
せられてしまった。あるいは形骸だけがとどめられた。これが、秘密仏教の「行法」であった。
これを究極的に完成したのは、日本密教、すなわち真言宗の開祖空海であった。秘密仏教がインドから中国につたえられ、そのころ中国にわたった空海がそれに接した時点において、秘密仏教はまだ完全にはできあかっていなかった。その混沌たる素材を取捨選択して、これをいま見る
真言宗というかたちにまとめ上げ、整然たる宗教にしたのは空海であった。それはまさに大天才のみがなしとげることのできる偉業であったが、同時に、秘密仏教はあまりにも整然と様式化された日本的なものになってしまった。それまでかなり残っていた密教的な部分はほとんどかげにかくれ、一-法」は、様式化された宗教儀式になってしまった。
しかし、それは、当時の目本の国情や、文化水準を背景にしたとき、やむを得ないことであったのである。というよりもむしろ当然であったというべきだろう。そうしなければ宗教として存
立することができなかったのである。
だが、そのために、いまいった通り「法」はその力を失った。宗教的に様式化され、儀式化されてしまった「法」では、真の能力開発は困難である。というよりもそれは絶望に近い しかし、それはそれでいいのだ。真言密教というものが、宗教であって能力関発の技術ではな
く、仏教という信仰のワクのなかで教えを説き礼拝をつづけているだけでよいなら、それはそれでいいだろう。それに、ほとんど儀式化された「法」であっても、天分のある才能が懸命の努力を集中するなら、「法」の成就も不可能ではない。やってやれないことはないのである。けれども、それは何世紀にひとりというような稀有の才能を必要とするのではないのか。そういうすぐれた頭脳によれば、様式化された法のあとをたどって、ついにその源泉に到達し、そのなかに秘められた法の技術を発見し、体得することもできよう。あるいはまた、頭脳ではなく、熱烈な信仰が、そこへ導いていってくれることもあるかも知れぬ。だが、それは、万人に期待できることではない。
要するに、真言密教成立の当時と全く時代が変ってしまった現在、真言密教が、他の宗教と根本的にちがうその本来の任務をほんとうに果たそうと思うならば、真言密教は大吝く変わらねばならぬ。真言密教はナみやかにその原点に立ちもどり、「法」を技術としてシステム化しなければならぬ。そうして、だれでもが平易にまなべる体系を編成ナることである。
それは決して「法」を解体し、「法」を壊滅してしまうことではない。むしろ、そうすることによって法が生きるのである。また、それは決して宗教の解体ではない。
法によって高い知的能力を得たならば、人はおのずから高い道徳意識、倫理観を持つものである。

人が宗教的教えを必要とナるのは、知的能力が低いからである。要するに、愚かだからである。人の道徳意識が低いのは、知能、精神能力が低いからだ。ほんとうに知能が高くなれば、人は、いま人類の持っている程度の宗教意識などけるかに超えたもっと高い倫理観を持つ。オリヴイエ教授のいう「無限に発展した道徳意識の保有」である。
教え(宗教)による人類の道徳意識の開発は、すでに限界に達してしまっている。
見よ。

地上にあまねくくりひろげられている人類のこの大愚行を。殺し合い、奪い合い、罵り合い。
どこに「知恵あるヒト」のおもかげがあるか? 「大愚人類」そのものではないか?
要するに、バカにいくら結構な教えを説いてもだめなのだということだ。
もっと忌憚なくいわしてもらうならば、(これは私がいうのではない。みんな密教の神サマが
おっしやるのであります)ちっとましなバカが、しょうのないバカに一心に教えを説いているというのが、いまの宗教のすがたというものではないのか?
宗教だけではない。科学と技術だってそうではないか。見さかいなくいい気になっていろんなものをつくり出し、あとで公害だ有害物質だと困っている。こういうおろかなことは、もう少し人類の知能が高くなったら、そんなバカなことはたのまれなくともしなくなる。要するに知能が低いからだ。
政治も、経済、思想も、みんなそうだと、あなたは真実思わないか?
要するに、すべて、″ヒトの知能が低い″ことに原因があるのである。
この世界を住みよく、たのしいものにするのには、革命ごっこよりもなによりもまず、ヒトの知能を高めることだ。そう、あなたは思わないか?
さて、話をもとにもどそう。
教えの限界とはヒトの知能の限界だ。
密教はその限界をうち破るのである。
技術によって超能力をあたえ、いっきょにヒトを改造して、宗教などという低い次元をいっぺんに飛び越し、想像を絶する叡智を持った、高い倫理的生物をつくり出そうというのだ。
それが、密教だ。
求闘持法《明星》の秘密

私はこのことを念力の護摩の修得に際してさとった。
先年、私は、念力の護摩法の伝授を受け、悉地成就の修行に入った。けれども、その行法の次
第を、何十ぺん何百。へんくり返しても、念力の火は出なかった。煙さえたちのぼる気配はなかっ
た。私かそのままその法の次第を忠実にくりかえしていたら、永久に念力の火は出なかったであ
ろう。出るはずがないのである。念力の護摩法の次第を、いくらくりかえしたって火は出ない。
そんなことで出るのだったら、今日までに、何百人、何千人の阿闇梨が念力の護摩を焚いていた
だろう。真言密教の念力の護摩法だけでは、ぜったいに火は出ない、それは、密教の技術によっ
て、サマーナ気を克服したとき(274頁参照)、はじめて肉体から火焔を発することができ、念力の
護摩は完成するのである。絶望した私は真言密教をはなれ、身を転じて古代インドの秘密経典に
むかった。
私はそこでインドの聖典、バガヴァットーギータを続み、そこに念力の護摩の秘法がかたられ
ていることを知った(口絵写真参照)。そこから、ギータと不二の関係にあるヨーガに入った。ヨ
ーガに本当の念力の護摩があることを知った。ヨーガにおける私のいのちがけの修行がはじまっ
た。ヨーガの技術でなければ念力の火は出ないことがわかったからである。真言密教の念力の護摩法次第は、ほんの心おぼえ程度のものに過ぎず、これでは、だれがどうしたって火の出るはずがなかった。いや、この肉体が火となるための「法」としては心おぼえ程度のものですらなく、むしろ、バガヴァツトーギータの聖句のほうが、はるかに示唆に富んでいるといえた。ヨーガの念力の護摩は、ただ単なる観想の羅列ではなく、どの生理器官をどのように統御しどのように動かすという現実的具体的な「技術」があった。この技術によってトレーニングすれば、多少なりと素質のある者だったら、必死の修行によって念力の火を出すことは不可能ではない。真言密教の念力護摩法次第だけでは、大天才といえども不可能にちかい難事である。この秘密を知らずして、古来、いく人の密教修行者が、念力の護摩の次第と秘伝を前に、血と汗の絶望をくりかえしたことであったろう。思えばツミな″次第″である。
これと全くおなじことが、真言密教につたえる「求聞持聡明法」についてもいうことができる。求闘持とは、古書に、『見聞覚知のことを憶持して長く忘れず、師なくして天地の感応を待つ、これを″求″といい、教なくして真如妙理を覚る。これを″聞″といい、一度覚るとながく忘れない、
これを″持″という』とあるように、求闘持法とは、ヒトの大脳を強化して、博覧強
卸、比類なき記憶力と聡明さをあたえる秘法であるが、これをなん十。へんなん百ぺん行法の次第通りに修行したところで、その結果は、おそらく念力の護摩とたいしてかわらない結果におわるであろう。生命を賭して修法すれば、多少の効果はあろうが、宗祖が体験を以て示したような霊験を得ることはまず難い。なぜならば、真言密教の「虚空蔵菩薩求聞持法」には印信観想による
精神集中の「法」はあるけれども、現実に生理器官である大脳皮質そのものを動かす「技術」を持っていないのである。ヨーガの「聡明法」は、どの器官をどう使ってどのように大脳皮質を動かすかという「技術」がある。また、それだけではない。根本的にちがうものがあるのである。
’それは、まったく根本的にちがう。
拙著「変身の原理」で求闘持聡明法についてかたって以来、私は、十指を越える真言僧侶、阿閉梨がたから、手紙あるいは直接、この法の修行について相談をうけた。そのほとんどは、自分も一度ないし数度にわたって求聞持法を修したが、いっさい効験がみられなかった。修法の行じかた、あるいは心構えに越法のところがあったのであろうかというのであった。また、何度か修してみて、あの行法にそんな神秘的な力がひそんでいようとは思われぬというものがあった。なかにはお気の毒にも健康を害してしまって、再起不能になったと訴えてきた阿閉梨もおられた。
お気の毒であるが、当然なのである。
真言密教の阿開梨がたが、いくら求闘持法をくりかえしても、成就できないのは当然なのである。もちろん、絶対に、とはいわない。万人に秀いでる天才、英才であったら、その極に達することができるかも知れぬ。しかしまず、不可能にちかいというべきだろう。
私か発見した密教の「求闘持法」でなければ、まず不可能にちかいといってよいであろう。こ
の法については章をあらためてくわしく書くが、ここで、求聞持法の秘密の一端を明かそう。まず、最初、真言密教の求聞持法を述べてみる。
『比の法を修するには、東南西三方の晴れたるところを最上とする。東方のみでも悪くはない。

道場の東壁に小窓をつくる。これは虚空蔵の似沢である明星の光を道場にさし入れるためである。また、朝日夕月の光を本尊にあてる意もあり、あるいは小窓に絹を張り、黄色の種字の字を書いて、そこから、明星の光をとおして本尊にあてるためでもある』
とまず場所を制定し、つぎに、さだめられた本尊の印明を百万べん、五十目あるいは百日に読誦するのであるが、日蝕または月蝕の時に結願するよう開白(はじめること)しなければならぬとある。
けれども、密教の求聞持法では、べつに場所はえらばぬのである。静かな場所でありさえすればよい。また、いつはじめてもよいのである。明星を拝するのも、行のはじめに際して、あるひととき、星と月に対すればよいのである。
また、これこそが密教のもっとも奥義とするところなのだが、弘法大師空海は、求聞持法の成就の体験を、
『―阿国大滝の岳にのぼりよじ、土州室戸の崎に勤念ナ。谷響を惜しまず、明星来影す。
言々』
と語っている。すなわち、阿波の大滝にのぼり、土佐の室戸岬でこの法の修行にはげんだところ、谷はこだまし、明星があらわれるなど、法にいわれている通り現証があり、法が成就した、
というのであるが、これは、空海のひとつの表現であって、これをそのまま鵜呑みにしてしまうからいけないのである。これはどこまでもひとつの表現なのだ。
伝にいわく、
『明星来影す、とは、結願のときに、香に火を置き、明星を拝するに、四方が暗く明星が見えねば悉地就成ではない。暗くても星が現ずれば下品の成就であり、四方が少々晴れて星が現ずれば中品、天に暗なく、ことごとく晴れて星現ずれば成就、四方が晴れても星現ぜざれば悉地成せざるなり』
とあるが、これがちがうのである。まるっきりちがう。
こういう口伝や奥伝をたよりにいくら修行しても、気の毒だが、求聞持法は成就しない。
明星とは現実の明星ではないのである。
大脳のある部分をある方法で刺激すると、目の前に光が見えるのである。
その光は、かたちも色も大きさも、いろいろに見えるが、意識を記憶の座に向けて沈静させる
と、つめたい、やや黄色みを帯びた白銀色になって、しずかに目のなかでまたたく。それはちょうど明星そっくりに見えるのである。
これが明星なのだ!
268頁をもう一度、読みかえしていただこう。
″頭のかかの光明に日を向けるならば″
とある。これがそれなのである。
ある特殊なトレーニングにより、この部位(大脳の視床下部のあたり)の刺激が、目のなかに光を浮かばせるのである。目をある角度に向けると、目を開けていても閉じていても、ポッカリと光が浮かんで見える。
この光が見えるようになると、記憶の座が自由にあやっれるようになるばかりでなく、さまざまな、奇蹟としか思えぬような力がついてくる。
これが、「求聞持法」の明星の秘密である。大空を百年ながめて空中の明星を見つめていても、ムダだ。明星はわが大脳のなかにあるのだからI。
このことは、密教五〇〇〇年の歴史に、私がはじめてっかんだ秘密である。私以外にこれを知る者はついになかった。求闘持法の秘密を私はついにつかんだ。私はそれを誇りに思う。
これをもとにして、私は、私の「求闘持聡明法」を編成した。これは、今までの「法」などというアイマイなものではない。生化学と生理学をもとにした「技術」である。正しい指導のもとに訓練を積めば、必ず、だれでもできるようになる技術である。
本来ならば、こういうことは私の、「太極秘伝」として、ごくかぎられた者だけにひそかにつたえてゆくべきものなのだろう。だが、私はこれをひろく公開する。なぜならば、私は、世界中の人びとがこの法によって知能を高め、いっさいの愚行-殺し合い、奪い合い、罵り合い、にくみ合いから遠ざかってほしいのである。
求聞持聡明法は、人の知能を三倍にナる。
しかし、その半分でもよい。人類の知能が今の水準より平均一・五倍飛躍したら、この世
から、犯罪も戦争もいっさいなくなる。そういうものがあるのは、人間が愚かだからだ。求闘持法によって知能指数が倍加したら、そういうものがいかに愚かで馬鹿々々しいことか、大人が子
供のヶンカが馬鹿々々しくて見ていられないように、いっさい、しなくなる。
私や、私の周囲のごく一部の者が、この法によっていくら賢くなろうとも、それがなにになろう。世界の大勢にどれはどの影響があろう。よしんば、私か、この法によって、古今無比の大聖者と仰がれるほどの力を持とうとも、世界のどこかで、権力を握っている馬鹿が、核バクダンのボタンをひとつ押したら、それっきりなのである。世界中はふっ飛んでしまう、古今無比の大聖
者もいっしよに!
まあ、古今無比の大聖者ともなれば、事前にそれくらい察知して、安全な所に待避してしまうであろうが、世界中が壊滅して、助かった者も核の灰に汚染されて半死半生ばかりという世のなかに、自分とごく少数の一族だけが生き残ってなにになろう。ノアの方舟の時とは状況が全くちがうのである。
このままでゆけば、核戦争がはじまるのはぜったい確実である。私にははっきりそれがわかる。この大愚行だけはやめさせなければならぬ。
革命よりも、階級闘争よりも、人種闘争よりも、なによりも、いま、人類に必要なのはこれだ。これが根本的に人類を救う道だ、とそう私は思う。ヒトの知能が二倍になったら、いま、人類がかかえているあらゆる問題はすべて解決してしまう。そう、あなたも思わないか?
私か、この求聞持法を惜しげもなく公開し、ひとりでも多く、一目でも早く、修得してほしいとねがうのは、そのためなのだ。
さて、はなしが少々よこにそれたが、この大脳の部位のことは、インドのヨーガの指導者も知っており、ヨーガのほうでは、この部位のことを、
「頭のなかの光座の座」
とか、
「梵の座、梵の裂け目」(brahma randhro
とか、
「サハスララーチャクラ」
と名づけ、頭の中の光明がかがやいている部分であると考えている。しかし、これも解釈がちがっている。
頭のなかに光明がかがやいているのではない。私の発見した求闘持法とおなじ原理である。大脳のある部位を、あるエネルギーで刺激すると、あるひとつの物質が分泌され、それが脳の神経組織を刺激して、目に光を感じさせる。                  『- それが、頭と目の微妙な角度のちがい、刺激の相違で、目のなか、目の前、および、頭のなか、というように、光の浮かぶ場所がちがうのである。
求聞特法の湯合は、目の前の、やや上方、ニメートルから三メートルくらいのところに浮かんでみえる。目の角度と、瞳孔の絞りかたによっては、はるか遠くの空に小さくかがやくように
(ちょうど明星のように)見えないこともない。もし、人里はなれた山のなかであったら、明けの明星のように見えることもできるだろう。私の経験では、目のななめ上方一メートル内外のところに見えるようにするのが、一番、″上品″のようである。
目を閉じて、目の奥の上方、つまり、ヨーガでいう”梵の座”のあたりに、光明を感じさせる
技術は、頭の角度と、脳の刺激する揚所が、求聞特法と少しちがう。したがって、これは、求聞持法ではなく、ちがう力を発現する。また別な法である。この法については、またあとで別に章をもうけて説明しよう。

(サマーナ気統御の技術》と《護摩法》の合体
おなじような例がいくっもある。
たとえば″五相成身観”である。
これは、真言宗徒がかならずおさめねばならぬ金剛界法という法のなかにあり、密教門でもと
くに重要な観法とされる行法である。
凡夫がホトヶという超能力者になるまでの過程を五つに分け、修行者は、ひとつひとつその境界を体験してゆくのであるが、これが、いずれも密教の重要な修行課目になっており、あきらか
に密教から出たものであることがわかる。
しかも、真言密教では、印と観想の二つからなる”観法″であるが、密教においては、観法だ
けではなく、特殊な技術による鍛 練によって生理的器官を動かし、実際に五つの境界に対応す
る力をつける訓練となっている。
また、真言密教においてもっとも重要とされる金剛界九会マンダラもそうである。金剛界九会
マンダラは、凡夫がホトケになる九つの段階と、ホトケというものの力、ホトケのはたらきを図
像にえがきあらわしたものであるが、要するに、ホトケの説明である。
もっとも、真言密教は、このマンダラにもとづいて、前記した金剛界法という行法を編成し、
。観法″によってこれを修行者に体得させようとする。これは、一般仏教、顕教が、その修行方
法として、ただ、経典の読誦と、念仏、唱名題目しか持だないのに対し、一段と進歩したすぐれ
た修行方法であるというべきだが、しかし、これも、真言密教が″観法”だけであるのに対し、
密教は、九会マンダラにあらわされた九つの力を実際に体得させる訓練技術を持っている。
例をあげれば、微細会マンダラがそうである。これは九会マンダラのなかの東南方に位するマ
ンダラで、ホトケの微妙幽玄にして不可思議なる智恵の力とはたらきをあらわすものである。
密教には、実際にこの力を生ぜしめる訓練がある。
真言密教では、ただ、。観想″による″観法″しかない。現実にそういう″力″を持たせると
ころの″技術″がない。
276頁を見ていただこう。
。あきらかに、微細会マンダラは、ヨーガのこの訓練から出ている。ナくなくとも、この訓練に
よって得られる力を背景にしたものであることは間違いない。
これは、密教の技術で、胸の部分の或る部位に力を集中することによって得られる力である。
-こうしてみてくると、真言密教がとるべき道は、おのずから明らかであるといわねばなるまい。真言密教の行法は、密教の技法をとり入れることにより、本当の力が生ずるのではないのか?
そういうと、密教がそんなにすぐれたものであるというなら、密教は真言密教をはなれて、密教独自の道を歩んだらよいではないかという意見が出るかも知れない。その通りである。それでもよいのだ。そういう道もあると私も思う。
しかし、それにもかかわらず、私か真言密教にある価値を見出すのは、その表現様式である。おもしろいことだと思う。
様式だけになってしまっている(と私が思う)真言密教の、その様式が、なかなか貴重なのだ。
私が体得した密教の秘奥の技術を、さて、どのように表現しようかと、その様式を考えてゆくと、結局、真言密教の様式がいちばん便利なのである。たとえば、私の体得創案した「求聞持法」は、ヨーガの技術から発見したもので、真言密教の「求聞持法」とは全然ちがう。そのことは、前の項でおわかりになったことと思う。

 

Hirakawa Publishing Co., Ltd. From “Foreword”

“Equivalent transformation expansion theory”

Can you really do that? How can you do that?
That’s certainly true, and I myself challenged the secrets of this esoteric Buddhism myself, and this myself.
Until I clarified the technology, I couldn’t believe it at all. I’m alone, a secret for 500 years
I stumbled upon this mysterious technique that had been caught in the veil of the world, and unraveled its secret. It’s a belief
It was a surprising application of technology based on the delicate biochemistry that could not be achieved.
for example,
As I mentioned earlier, Dr. Kikuya Ichikawa is good at Ma (≒ Yuzu Keiki) in his recent writings.
Based on the “equivalent transformation expansion theory”, the theory of molting to the future society is explained by taking the change from hornworm to sanagi as an example.
I’m here. This theory is truly spectacular and just as brilliant as it should be. matter
In addition, the theoretical envy that the hornworm transforms into a pupa is truly in the future theory that is constantly being produced.
It should be said that it is a color that appears in.
But, unfortunately, it remains a theory, explanation and expectation, and how to apply it to humans.
It does not show how to make it happen. That is, of course, the preface of the book himself.
So, this is “just within the scope of software’s claims about the future society that humanity should be.
“This is a concrete advocacy of hardware for software.”
Since it is “to be the chief of the savage Shoshichi-it is fixed”, we just take a look at it and wait for it.
Esoteric Buddhism has one of the techniques of esoteric Buddhism.
We have the technology of “molting from hornworms to sanagi”, and we have been using it for thousands of years as a human transformation technology.
It was applied and practiced in.
Esoteric Buddhism was finally practicing the flower-shaped theory of the future advocated by the landlord of modern creative theory.
be. I. 500 years ago.
The hornworm, a creature that only knows to crawl on the ground, becomes a pupa and becomes a creature flying in the sky.
Transforming means that the creatures living in the two-dimensional world have transformed into three-dimensional creatures. Dense
Transforming humans with the same technology by teaching brings human beings, which are three-dimensional creatures, to a higher dimension.
It means to make a leap. That is the transformation technique of esoteric Buddhism. Change the dimension of the creature
It is.
What’s more, it’s just a mysterious, divine, and mysterious way, as it has been said.
It is done with appropriate biochemical technology. And that’s some of the techniques of esoteric Buddhism
It’s just one of them.
What kind of wisdom did it do? The technique of esoteric Buddhism is called mystery
If so, that point should be called mystery. But that’s exactly what happened for thousands of years.
The super-human beings who have emerged are lonely and created by making full use of the best wisdom of humankind, “lighting wisdom”.
It is more than a curriculum for future people.

By the way, what kind of theory is the Ichikawa theory “equivalent transformation expansion theory” related to esoteric Buddhism technology?
How does it relate to esoteric techniques?
Before I preach it, there is something I need to know a little more.
Here, I think I have to mention two words, esoteric Buddhism and yoga.
In my book, The Principles of Transformation, I described esoteric Buddhism like a sword. It’s a little long, but I’ll quote it.
“There is a connection between Shingon Buddhism, a denominational Buddhism, and esoteric Buddhism, that is, secret Buddhism. But that’s
It is a relationship of forever fluffy connection, and as is usually thought, esoteric Buddhism Immediate Shingon Buddhism, Shin
It is not a esoteric Buddhism.
Shingon Buddhism is the systematization and organization of esoteric Buddhism that originated in India and was completed in the form of such a monologue.
It is not the esoteric Buddhism itself. Although it is a system of esoteric Buddhism, it is esoteric
It is not the teaching itself.
It was almost completed by then, but it was split and diversified from Indian esoteric Buddhism to Japanese esoteric Buddhism.
It is said that Kukai, the founder of the religion, created a system by his own insight and wisdom.
Similarly, in the Tendai sect, one esoteric Buddhist esoteric Buddhism system called Tendai Esoteric Buddhism has been completed.
This is also a flow of esoteric Buddhism.
Therefore, in order to understand esoteric Buddhism correctly, it is absolutely necessary to] degree, the origin of esoteric Buddhism.
You have to go back and think about it.
Esoteric Buddhism was initially a technique.
By no means, there was no single religion called esoteric Buddhism from the beginning.
Roses long before the Gotamer Buddha appeared and began to preach the new teaching of Buddhism.
Since the days of Mon, India has had one method of giving psychic powers. Such a method is complete
It was made and was sung among some people. It comes from the rigorous training of the mind and body
With mysterious power, they turned it into a technique.
We can now see one of those trends in yoga. (However, it is
It is not the yoga of acrobatic gymnastics that is practiced in Japan today. Himalayan hinterland saint
It is an orthodox yoga that has been handed down among us)
Yoga is one of the methods. Buddhism appears in the technology to develop this supernatural power
Previously it was incorporated into the Brahmin, and when Buddhism appeared, Buddhism also incorporated it.
Gotamer Buddha himself was a disciple, although he himself had supernatural powers by following this technique.
He forbade learning this. The reason is that when this technique gives some power, they
Immediately thought that it had reached the state of “hotoke” that Buddha called, and he was trained.

It was because it was a mess.
However, he secretly allowed this to some of the most talented disciples.
The Gotama Buddha usually believed in mysterious powers and wished that the practitioners would have such powers.
Buddhist scholars and Buddhists seem to believe that they have forbidden to do anything, but that is a mistake.
Then, Buddha himself, Godfoot ({Random stone doctrine, that is, supernatural to fully fulfill Buddhism)
He says that power is needed and preaches a training method for superhuman skill development. This is the Pali literature
Can be easily proved by. (Omitted)
According to it, it is a supernatural power development method also called “Iddhipada” or “Iddhipada”.
Buddha thinks that simply brushing intellect and reason is not enough to fulfill the bodhi.
Well, he thought he needed the power to break the limits of intellect and reason.
To that end, he created a method for developing such powers. It’s the super he learned
It can be seen that it was organized by adding the capacity development method.
It consists of thirty-seven kinds of techniques, and Iddhipada is the central technique.
NS. Jintou explains how to get the decency by dividing it into four types of methods.
Desire foot (desire, ideal, approach for creation)
Work God’s foot (body and mind training method)
Mind god foot (subconscious training method)
Kanjin foot (deep consciousness training method)
In order to break the stalemate, it was incorporated into Mahayana Buddhism and systematized, and became known as esoteric Buddhism. So esoteric Buddhism has two sides.
One is the development technology of supernatural powers.
One is the doctrine of Mahayana Buddhism
These two.
By combining these two things, a higher doctrine than Mahayana Buddhism was completed, and “Kim”
A new Buddhism called “Go Mahayana” was born. This is esoteric Buddhism. ”
As you can see in the text quoted as “-“, “Esoteric Buddhism” spoken in the principle of transformation L
Toba is “esoteric Buddhism” in the sense of “secret Buddhism.” The so-called incorporated into Buddhism
Shingon Esoteric Buddhism, or Shingon Buddhist Esoteric Buddhism.
However, in this book, “esoteric Buddhism” as I say is used in those esoteric Buddhism, the “principle of transformation”.
Readers want to know that it is completely different from the esoteric Buddhism that exists.

“Esoteric Buddhism” in this book means before Shingon Esoteric Buddhism, so to speak, before it was incorporated into Buddhism.
Before even being incorporated into Brahmin, in terms of quotation, 4R religion was initially a method (technology). Gotama Buddha appears and begins to preach a new teaching called Buddhism
Earlier, from the Brahmin era, India had one method of giving psychic powers. Such a method was completed and was sought after by some people. It is a mysterious power that comes from the rigorous training of the mind and body, and they have turned it into a technique. When
Please be aware that a certain “technology”, that is, “Ancient Marga” and “Shingon Esoteric Buddhism”, is a combination of the two. That is, the esoteric Buddhism in this book is yoga, Shingon esoteric Buddhism, and
It is a new technology created by connecting these two.
Readers should be familiar with this point, as it also explains the law of esoteric Buddhism, as it is to explain the reason why we had to do such a thing.
As the quote says, Mahayana Buddhism, which had come to a standstill, sought a way out of yoga technology. As I mentioned earlier, the high leap of the mind must be premised on the high amplification of the sensory organs. However, Mahayana Buddhism has only teaching and no technique. It is a teaching of Mahayana Buddhism, it only makes the teaching clear, and there is nothing that should be called technology. unintentionally
It is natural to get stuck in, and it is even more natural to seek salvation from yoga technology in due course.
It was a big deal.
Thus, Kongo Mahayana and Shingon Esoteric Buddhism were born. As I mentioned earlier, yoga has five skill development techniques, in the words of Professor Georges Olivier. It is (1) understanding of the fourth dimension, ability to grasp the complicated whole at once, (3) acquisition of the sixth sense, (4) infinitely developed moral consciousness, (5) especially.
It is a spiritual characteristic that is incomprehensible to our enlightenment, but these skills of skill development were not directly incorporated into Mahayana Buddhism. Naturally, there was one deflection slope.
Not surprisingly, Mahayana Buddhist leaders adopted this technique in line with their belief in Buddhist doctrine and its purpose. Techniques that appear to be uncommon have been abandoned, or have been addressed or transformed by only a few leaders. In this way, a new doctrine and system called secret Buddhism was completed. However, many good development techniques have been transformed into auxiliary techniques to complete this Buddhist doctrine.
I was forced to do it. Or only the skeleton was kept. This was the “law” of secret Buddhism.
The ultimate completion of this was Japanese esoteric Buddhism, the founder of the Shingon sect, Kukai. By the time Secret Buddhism was sung from India to China, when Kukai, which spanned China, came into contact with it, Secret Buddhism was not yet complete. Select the chaotic material and see this now
It was Kukai who put together the Shingon sect and made it an orderly religion. It was a feat that only a great genius could accomplish, but at the same time, secret Buddhism became too orderly and stylized Japanese. Most of the esoteric part that remained until then was almost hidden, and the “one-law” became a stylized religious ritual.
However, it was unavoidable in the context of the national situation and cultural standards of the book at that time. Rather, it should have been natural. Otherwise it exists as a religion
I couldn’t stand.
However, because of that, the “law” has lost its power as it is now. True capacity development is difficult in the religiously stylized and ritualized “law.” I say

桐山靖雄 ヒトを天才にする求聞持聡明法 To make humans intelligent and genius Demanding wisdom method

ヒトを天才にする求聞持聡明法

ヒトを天才にする求聞持聡明法

求間持聡明法は、ヒトを聡明にし、天才にするという真言密教に伝わる秘法である。

弘法大師空海が、若くしてこれを修し、大天才となったということで、夙に知られている。また、新義真言宗の開祖、興教大師覚鏝(一〇九五1一一四二)が、七度、この法を修して成功せず、八度目に悉地を成じ、成功したと伝えられる。覚鏝上人ののこされた業績をみれば、上人もまた天才でめったことは疑いない。ただ残念なことに、十八歳で亡くりれている。

真言密教の求聞持聡明法には、三種の法がある。

虚空蔵求聞持
観音求聞持
如意輪求聞持

であるが、ふつう、求間持法といえば、空海が修して有名な虚空蔵求間持をさす。この
法を、具には「仏説虚空蔵菩薩能満諸願最勝心陀羅尼求聞持法」という。

しかし、わたくしがこのたびこの本で発表する求聞持聡明法は、これらのいずれでもない。わたくしが独白に創成した求聞持法で、わたくしはこれに、

、真言密教につたわる求聞持法とはまったくちがうものである。

駄都如意求聞持聡明法だとによいと名づけた.

 

この駄都如意求聞持聡明法は

つの特徴がある。

それは、
一、クンダリニー・ヨーガのチャクラを覚醒して、超人的千不ルギーを発生させる。

二、その超人的干1 ルギーを、中国・道教につたわる導引・気功の持つ生気ルートにのせて、体の各要所、要部にめぐらせ、行きわたらせる。殊に、大脳の中枢である間脳・視床下部に送りこむ。

この二つの方法を、独特の方法で完成したのである。これは、前人未踏の領域であるといってよいであろう。わたくしは、半生を、というより、一生をこの法の完成に注いだ。いまから約二〇年前に発行した『変身の原理』以来、わたくしの著書はこの本で四〇冊になるが、それらの著書のすべてが、この法の完成に至る道のりをあらわしたものであるといってよい。

わたくしは、この本で、わたくしの得たほとんどのものを、出来るかぎり、明らかにした。クンダリュー・ヨーガも、道教の導引・気功も、いずれも超人的能力を獲得するための最高の法である。この世界にこれ以上の超能力開発法ぱない。この二つの法の欠陥を補正して融合させ、さらにあらたな創案をくわえて完成したこの駄都如意求聞持聡明法は、ヒトにおける究極の超能力開発法であると自負するのである。

 

もちろん、。後世おそる、べし”という諺の通り、今後、これ以上の超能力開発法も出るかも知れないが、しかし、それも、クンダリュー・ヨーガと導引・気功を融合させたこの駄
都如意求間持聡明法のライン以外のものではないであろうと確信している。
この法を、指導通りに修行するならば、確実に、ヒトの知能は二倍に、体力は三倍に飛躍強化されるであろうことを断言する。

天才は不老長寿でなければならない

求聞持聡明法は、たしかにヒトを天才にする。
しかし、いくら天才になっても、そのために、病弱になったり、若死にしたりしたのでは、なんにもならない。天才は、いつまでも若々しく、健康で、世のため、人のため、その才能を発揮するものでなくてはならない。(寝たっきりの天才など、まっぴらである)

求聞持聡明法修得をこころざしたわたくしは、つねに、四十八歳という惜しむべき短命に終わった興教大師党員上人が念頭にあった。上人は、おそらく、過酷な求間持法修行のため、法は成就したものの、体を痛め、寿命を損じたのにちがいなかった。

このことは、年少、結核を病んで何年も病床に伏した苦しい経験を持つわたくしにとり、その恐れの念が特に深刻であった。

しかし、この憂慮は、幸いにして杷憂におわった。

道教の導引・気功の秘法をとり入れたことが、この心配を吹きとばしてくれたのである。

すなわち、道教の導引・気功は、仙道の流れを汲むものである。そして仙道の理想は、不老長寿、生きながら神仙に化することを目標とする。

駄都如意求聞持聡明法は、特に不老長寿を目ざすものではなかったのだが、結果はそうなってしまったのである。

期せずして、仙道の理想が実現されることになったのだ。

神仙に化することだけはちょっとむずかしいが、不老長寿はかならず達成される。 わたくしぱ断言してよい。仙選の秘法がとり入れられているこの駄都如意求聞持聡明法は、二十歳代の人ならば、三歳から五歳、中年以上の人ならば、十歳から十五歳、若返ることができるであろう。

あなたが高年者として修行に入り、年齢のために天才になれなかったとしても、いつまでも若々しい肉体と、そして決してボヶることのない求聞持脳だけは獲得できるであろう。

密教の「求聞持法」とは全然ちがう。そのことは、前の項でおわかりになったことと思う。

A genius that makes humans a genius

A genius that makes humans a genius

The esoteric Buddhist method is a secret method that is passed down to Shingon Esoteric Buddhism, which is to make humans wise and genius.

Kobo Daishi Kukai is known to be a great genius after he learned this at a young age. In addition, the founder of the Shingi Shingon sect, Kakuban Kokyo Daishi (19511142), reported that he did not succeed in learning this law seven times, but made a trowel for the eighth time and succeeded. Be done. Looking at the achievements of the trowel trowel, there is no doubt that the trowel was also a genius. Unfortunately, he died at the age of eighteen.

There are three types of Shingon Esoteric Buddhist esoteric Buddhist esoteric Buddhist esoteric Buddhism.

Kokuzo Gumonji
Kannon Gumonji
Gumonji
However, in general, the method of holding a sword is the famous Kokuzo sword that Kukai has repaired. this
The law is called “Buddhist theory Kokuzo Bosatsu Noman’s wishes most victorious Dharani Gumonji method”.
However, the scholarship method I am presenting in this book is neither of these. This is the Gumonji method that I created in my own confession.
, It is completely different from the Gumonji method of Shingon Esoteric Buddhism.

two

I named it good if it was a wise and wise method.

 

This bad city

There are two characteristics.

that is,
1. Awaken the Kundalini Yoga chakra and generate a superhuman thousand irritations.

2. Put the superhuman dried rugi on the animation route of the guidance and qigong related to Chinese Taoism, and let it go around and spread around each important part of the body. In particular, it is sent to the diencephalon / hypothalamus, which is the center of the cerebrum.

These two methods were completed in a unique way. It can be said that this is an unexplored area. I devoted half my life, rather than my life, to the completion of this law. Since “The Principle of Transformation” published about 20 years ago, I have 40 books in this book, and all of them show the way to the completion of this law. It can be said that there is.

In this book, I have revealed as much as possible what I have gained. Both Kundalyu Yoga and Taoist guidance and qigong are the best ways to acquire superhuman abilities. There is no more psychic development method in this world. We take pride in the fact that this psychic method, which was completed by correcting and fusing the deficiencies of these two methods and adding new ideas, is the ultimate psychic development method for humans.

 

of course,. As the saying goes, “I’m afraid of posterity,” there may be more psychic development methods in the future, but it’s also a combination of Kundalyu Yoga and Guidance / Qigong.
I am convinced that it will not be anything other than the line of the Toyo-Kai-Machi-Satoshi Law.
I assert that if this method is practiced as instructed, human intelligence will surely be doubled and physical strength will be tripled.

Genius must be immortal and longevity

Human beings are certainly geniuses.
However, no matter how genius you become, if you become sick or die young because of that, nothing will happen. A genius must be youthful, healthy, for the sake of the world, for the sake of others, and to demonstrate his talents. (A genius who sleeps completely, etc.)

I always had in mind a senior member of the Kokyo Daishi Party, who was 48 years old and had a regrettable short life. The superior must have been hurt and impaired his life, although the law was fulfilled, probably because of the harsh training of the quest.

This was especially afraid for me, a young man who had suffered from tuberculosis for many years and had a painful experience of lying in bed.

Fortunately, however, this concern was overwhelmed.

Incorporating the secrets of Taoist guidance and qigong has blown away this concern.

In other words, Taoist guidance and qigong follow the flow of Sendo. And the ideal of Sendo is to become an immortal and longevity, and to become a Shinsen while living.

The Dato Nyoseki Honmochi Satoshiho did not specifically aim for immortality and longevity, but the result was.

Unexpectedly, the ideal of Sendo was realized.

It is a little difficult to turn into a Shinsen, but immortality and longevity are always achieved. I may affirm. This method, which incorporates the secret method of Sensen, is 3 to 5 years old for people in their 20s, and 10 to 15 years old for middle-aged and older people. You will be able to rejuvenate.

Even if you train as an elderly person and cannot become a genius because of your age, you will only be able to acquire a youthful body and a never-ending brain.

It is completely different from the “Gumonji method” of esoteric Buddhism. I think you learned that in the previous section.

阿含  2600年前の真実 Agama: The truth 2600 years ago

 

阿合仏教を分析すると、それは二つの部分から成り立つ。

 

1 教えとして「縁起の教理」
2 修行法として「七科三十七道品」(三十七菩提分法”とも呼ぶ)
である。
これを、後世の分類法で呼ぶと、「縁起の教理」は「顕教」である。
解脱にいたる四つの階梯
「解脱にいたる四つの階梯」
だれでも、解脱にいたるためには、この四つの段階を経なければならない。
そしてこの四つの階梯を、すぐれたる聖師にしたがって歩んで行くならば、だ
れごも解脱に到達できるのである。もちろん、あなたにしてもその通りだ。
四つの階梯とは、
一、シュダオン(須陀垣)
二 シダゴン(斯陀含)
三、アナゴン(阿那含)
四、アルハット(阿羅漢)
である。
説明すると、
シュダオン  けがれをすべてとり除いた聖者
シダゴン   められた聖者
アナゴン   (次元を)飛躍した聖者
アルハット   仏陀
大次元を)超越し、完成した聖者、「ブッダ」ともいう。
は、この四つの階梯を、修行者はどのようにして歩んでゆくのだろうか。
霊性完成の方法と体系
シャカが残した霊性完成の修行法がそれである。これを、「成仏法」とよんでいる。成仏とは霊性を完成したことをいい、それを成就したヒトを「ブッダ」とよぶ。だから、わたくしはその方法を、「成仏法」とよぶのである。
それは七つのシステムと三十七種のカリキュラムから或る成仏のための方法
と体系である。の仏教用語である。

シャカがじっさい説かれたのは阿合経だけであるという、歴史的な事実のほ
かに、阿含経以外には、この「成仏法」がないから、わたくしはそう言うので
ある。「成仏法」のない経典など、わたくしは真実の仏教経典とみとめること
はできないのである。もちろん、それなりの存在意義なり存在価値はあろう
が、本流ではない。傍流というべきである。
七科三十七道品とはつぎのようなものである。
四念処法-‐―身念処法 受念処法 心念処法 法念処法
四正断法--断断法
律儀断法
四神足法一-―‐―欲神足法 勤神足法
随護断法
心神足法
修断法
観神足法
五根法ー一信根法 精進根法 念根法 定根法 慧根法
五力法l‐信力法 精進力法 念力法 定力法 慧力法
七覚支法-‐‐‐択法覚支法 精進覚支法 喜覚支法 軽安覚支法
定覚支法 念覚支法
捨覚支法
情賄法
正念法
正定法
以上である。
この七科目、三十七種のカリキュラムは、
―、瞑想
2、実践
3、tapas(練行)
に分類できる。
四念処法・五根法は、瞑想である。
四正断法・五力法・七覚支法・八正道は、実践と瞑想である。
四神足法は、特種なtapasである。
神足とは、神通力(超能力)のことで、この四神足法は、超自然的な神通力
を得るための四種の修行法である。前に述べたわたくしのtapasはこれに属
するものである。
この七つの科目のうち、taPasを中心に、瞑想と実践の科目をとり入れて修
行するのである。
どの科目をどうとり入れて、どのように訓練するかは、聖師が決定する。修
行者それぞれ、みな素質と因縁がちがうので、それをみて、グルがきめるので
ある。
この修行において、グルの果たす役目は大きい。グルについて、少しのべよ
霊性の洗礼
まちがいなく霊性を開顕したグルを見つけて、そのグルに受け入れて
にしへ、力修け八分通り成功したといっていいくらいである。それくらい重要なことであり、かつ、むずかしいということ
である。
グルなくして、ただしい霊性開顕の仏道修行は不可能である。ふつうの仏教
信心とはちがうのである。信心のしかたや、信仰のしかた、経典の講義や解釈
を教わるという程度のものならばとにかく、霊性開顕の仏道修行は、強力な霊
的能力を持つ聖師のたすけなくしては、ぜったいといっていいほど、できない
のである。
たとえば、インド近代の聖者ラーマナーマハリシが、入門者にたいして、
「凝視の方法」で受け入れの儀式を行なったとき、かれの両眼の輝きと力が相
手の心をつらぬいて、その雑念の流れを断ち切ってしまったといわれる。時と
しては、まるで電流が身の内に流れこんだように相手は感じたともいわれる。
こういう霊的体験によって、弟子はまず心をきよめられ、霊的なものにたい
するあこがれ、霊的向上心をいだくようになるのである。

 

 

Analyzing Aai Buddhism, it consists of two parts.

 

1 As a teaching, “the doctrine of auspiciousness”
2 As a training method, “Seven departments and thirty-seven dozens” (also called “37 Bodhipakkhi”)
Is.
If this is called by the classification method of posterity, “the doctrine of auspiciousness” is “religion”.
Four steps leading to liberation
“Four steps leading to liberation”
Anyone must go through these four steps to reach liberation.
And if you follow these four steps according to the excellent Holy Master,
The lever can also reach liberation. Of course, you are right.
What are the four ladders?
One, Shudaon (Sudagaki)
2. Sidagon (including this)
Three, Anagon (including Anagon)
Four, Arhat (Arhat)
Is.
To explain,
Shudaon The saint who removed all his injuries
Sidagon, the saint
Anagon (a dimension) a leap of saint
Alhat Buddha
It is also called “Budda”, a saint who transcends (large dimensions) and is completed.
How will the practitioner walk through these four steps?
Method and system of spiritual completion
That is the practice of spiritual completion left by Shaka. This is called the “Buddhahood Law”. The Buddhahood means the completion of spirituality, and the person who fulfills it is called “Budda”. That is why I call that method the “Buddhahood Law.”
It is a method for a certain Buddhahood from seven systems and thirty-seven curriculums
And system. Is a Buddhist term.
..
The historical fact that Shaka was actually told only by Agama
Since there is no such “Buddhahood method” other than Agama, I say so.
be. I consider it a true Buddhist scripture, such as a scripture without the “Buddhahood Law”.
Cannot be done. Of course, there will be some significance and value of existence.
However, it is not the mainstream. It should be called a sidestream.

The seven departments and thirty-seven dozens are as follows.
Satipatthana method — Satipatthana method, Satipatthana method, Satipatthana method, Satipatthana method
Four Right Exertions — Cutting Method
Law
Iddhipada Iddhipada ——– Iddhipada Iddhipada
Defensive law
Shinshin foot method
Cutting method
Kanjin foot method
Indriya method-Ichishinne method, Seishin root method, Nene method, Samadhi method, Keine method
Five-strength method l-credit method, devotion method, psychokinesis method, definite power method, morality method
Seven Factors of Awakening — Selective Factors of Awakening
Jokaku support method
Seven Factors of Awakening
Compensation law
Mindfulness
Orthodox method
That is all.
These seven subjects, thirty-seven kinds of curriculum,
-,meditation
2, practice
3, tapas (training)
Can be classified into.
The Satipatthana method and the Indriya method are meditations.
The Four Right Exertions, the Five Strengths, the Seven Factors of Awakening, and the Noble Eightfold Path are practices and meditations.
Iddhipada is a special tapas.
Iddhipada is a mythical power (supernatural power), and this Iddhipada method is a supernatural mythical power.
There are four types of training to obtain. My tapas mentioned earlier belongs to this
To do.
Of these seven subjects, meditation and practice subjects are taken into consideration, centering on tapas.
Do it.
The priest decides which subjects to take and how to train. Osamu
Each person has different qualities and ties, so when you look at it, the guru decides.
be.
Guru plays a major role in this training. A little about Guru
Spiritual baptism
Undoubtedly find a guru that reveals spirituality and accept it
It can be said that he was successful as he was able to improve his skills. It ’s that important and it ’s difficult.
Is.
Without a guru, proper spiritual manifestation of Buddhist training is impossible. Ordinary Buddhism
It is different from devotion. How to believe, how to believe, lectures and interpretations of scriptures
Anyway, the Buddhist training of spirituality is a powerful spirit.
You can’t do it without the help of a doctor of the church
It is.
For example, the modern Indian saint Ramana Maharishi, to his introductory
When performing the acceptance ritual in the “method of staring”, he combined the brilliance and power of his eyes.
It is said that he broke the heart of his hand and cut off the flow of thoughts. With time
It is said that the other party felt as if an electric current had flowed into his body.
This kind of spiritual experience first cleanses the disciple and wants to be spiritual.
You will have a longing to do it, and you will have a spiritual aspiration.

真正仏舎利を本尊とし、 釈尊直説の成仏法を修行する   Authentic Buddhist temple is the principal image Practice the Buddhahood method of Buddha’s theory

釈尊は、「七覚支」こそそ`の成仏法であるとおっしゃって、念覚支・択法覚支・精進究支・’喜

覚支・狩覚支・定覚支・捨覚支の七つの修行法をお説きになった。

  

 そしてでこの七覚支を修行すれば、阿羅漢果、阿那含果、斯陀含果、須陀百果が得られると解説された王で、阿那含果にも五種の涅槃の得かたがあるとくわしくお教えになられたのであった。

 釈尊の成仏法は、前にのべましたように、七科三十七道品といって、~七科目、三十七種類のカリキュラムから成り立っています。すなわち、四念処法、四正勤法、。四神足法、五根法、五力法、七覚文法、八正道です○         

 

このうちの七覚支法について、解説されたものです。

 

成仏法について質問した外道の出家に、釈尊がなぜ、七科目の中の一つである七覚支について解説したのかと申しますと、これはわたくしの体験からの推測ですが、この異比丘がもし釈尊のお弟子となっ▽て成仏法を修行するとしたら、j七覚支の修行が二番よいどお考えになったからだと思い支す。 

 

 というのは、ヽ釈尊の成仏法は、七科目三ナ七種の修行包全部やらなければならないどい ではないのです。七科目の中の、二科目位をやればいいわけです。というのは、七科目の修行法の中にはクおなじような修行法が、ダブつて入っております。それで、釈尊は、’お弟子の因縁をみてい七科目の中から、yおまえはこの修行をせよ、おまえはこれとこれの修行法がよい、という

 

ように選別されてあたえたのであろうと思われます。。時には、科目にに恥まわず、一三十七種の修行法の中から自由にいくつかえらび出して、修行者に課したものと思われます。 一

 そこで、この七覚支の修行法というのが、どんなものであるか、おはなしいたしまじきつ。念力をつよくしてバランスをたもつト知的にも非常に高度で、情結面においても、いわゆる情操がゆたかであるというように、芸術面などでもよく理解することができる。情操的な情のないひとというのは、無味乾燥にな’りやすいわけです。’芸術的なことは、なにもわからない、はなしをしてもちっともおもしろくない、シャレをいったって、ニコリともしない。今日きいたシ″レを、三日ぐらいたっ七急に笑。い出七て、「ああ、そうだうたのか」なんて(笑)、それじゃあおはなしにならんでしょダ。。

 

 

 意志がつよいのはけっこうだけれども、それが頑固になってしまうのではいけない

 だから、知・情・意の精神作用を、非常に強化し、八かめるという訓練をする。そしてそのいずれに右かたよらないということ。これがまず第一です。 

 しかし、それだけじゃない。

 

 念そのものの力を、神秘的にまで強化する。一点に集中したとき、火を発するほどの力を出す。ですから、この念覚支の修行には、クンダリニー・ヨトガの修行が入るわけです。   

 つぎに「空観」を体得する。ですから、この七覚支には、「四念処法」の修行が入っている。

 

この空観の体得により、諸法の実相がわかるようになけます。つまり、「縁起の法」を如実に‘さとることになるわけです。               」               

 この念覚支が、七覚支法の中の、目玉といってよいでしょう。いや、三十七道品の中でも、代表的な修行法です。                                

Sakyamuni says that “Seven Factors of Awakening” is the Buddhahood method of the Buddhahood.
He explained the seven methods of practice: the Kakuzoku, the Kakukakuzoku, the Jokakuzoku, and the Awakening.
Twice

And if you practice this Seven Factors of Awakening, you can get Arhat Han Guo, Ana Han Guo, Shida Fruit, and Suda Hyakuka. He taught me in detail that there was a person.

As mentioned earlier, Shakyamuni’s Buddhahood Law consists of seven subjects and thirty-seven types of curriculum, which are called seven departments and thirty-seven dojos. That is, the Satipatthana method, the Four Right Exertions method ,. Iddhipada method, Indriya method, Five strength method, Seven factors of Awakening, Noble Eightfold Path ○

 

This is an explanation of the Seven Factors of Awakening.

Twice

When I asked the Buddha’s priest who asked about the Buddhahood method, why did Buddha explain the Seven Factors of Awakening, which is one of the seven subjects, and this is a guess from my experience. If I became a disciple of Buddha and practiced the Buddhahood method, I think that it was because I thought that the practice of the Seven Factors of Awakening was the second best. Twice

 

This is because Buddha’s Buddhahood law is not the one who has to do all seven subjects, three na, and seven kinds of training packages. You only have to do two of the seven subjects. This is because the training methods of the seven subjects include the same training methods as in dub. So, Buddha said,’From the seven subjects, looking at the cause of the disciple, y you should practice this, and you should practice this and this.

 

It seems that it was selected and given in this way. .. At times, it seems that he was not ashamed of the subject, and freely selected some of the 137 types of training methods and imposed them on the practitioners. Ichi

Therefore, what kind of training method is this Seven Factors of Awakening? It is very intelligent and well-balanced, and it can be understood well in terms of emotions and arts, as if the so-called emotions were abundant. People who have no emotional feelings tend to be dry and tasteless. ’I don’t understand anything about art, it’s not interesting to talk about it, and it doesn’t make me smile. I laughed at the scene I heard today in a hurry for about three days. I laughed out and said, “Oh, that’s right?” ..

 

 

 

It’s fine to have a strong will, but it shouldn’t be stubborn

..

Therefore, the mental action of knowledge, affection, and will is greatly strengthened, and training is given to make it eight. And it doesn’t depend on either of them. This is first and foremost. Twice

However, that’s not all.

 

Strengthen the power of the mind itself to mystery. When you concentrate on one point, it gives off enough power to make a fire. Therefore, the training of Kundalini Yotoga is included in the training of this memorial service. Twice

Next, learn the “view of the sky”. Therefore, this Seven Factors of Awakening contains the practice of “Satipatthana”.

 

By learning this view of the sky, you will be able to understand the reality of various laws. In other words, the “law of auspiciousness” is clearly taken. “”

This consciousness can be said to be the centerpiece of the Seven Factors of Awakening. No, it is a typical training method among the thirty-seven dojos.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超能力開発のシステム ESP development system

 

超能力開発のシステム

 

 

 

チャクラを内分泌腺という近代医学、生理学の面からながめてみた。それでは、そのチャクラを、密教自身はどのように考え、どのように説明しているか、今度は密教の立場から見てみよう。

 

I ムラダーラーチャクラ

体力が非常に増進して、普通人の三?五倍の精力を持つようになる。三日、四目の徹夜くらい

平気になる。一切の病気を受けつけず、健康体そのものとなる。病弱だった者は、その悪いところがみな癒ってしまうのだ。このチャクラにを集中したとき瀕死の病人でも床を蹴って立ち上るだろう。男女ともに実際の年令より10歳以上若くなる。そのかわり、強烈な性欲と生殖力を持つようになるので、その干不ルギーを、オージャスという知能の干不ルギーに変える方法をあわせ教える。

 

2 スヴァジスターナーチャクラ

このチャクラにエネルギーを集中すれば、気力が充実し、勇敢になって、積極果敢な行動力をチャクラの発揮するようになる。なにものをも畏れず、なにごとにも惑わず、不動の信念をもってどんな困難にもひるまない。生死を超越した超人的手腕力量を発揮する。

 

3 マニピューラーチャクラ

ヨーガースートラの「臍輪に綜制をほどこすことによって、体内の組織を知ることができる」というのが、このチャクラである。体内の組織を知ることができるというのは、ただ知るということだけではなく、からだの組織を自由にコントロールすることができるということである。それも、自分のからだだけではなく、他人のからだも自由にコントロールする力を持つから、人の病気なども即座に癒してしまうのである。

このチャクラは、五気のうちの「サマーナの気」に属するものであるから、「サマーナ気を克服するならば、身体から火焔を発することができる」とあるように、このチヤクラを綜制することにより、火のエネルギーを出せるようになる。念力の護摩の火は、このチヤクラと、ヴィシュダー・チヤクラを使って出すのである。クンダリニー密教の奥義書には、「定に入って目を閉じているとき、このチャクラから、黄色味を帯びた白熱の火焔が水蒸気のように立ちのぼるのが見え、また、道を行くとき、同じ色をした火焔に腰から腹部のあたりがつつまれているのが見える。うすい煙か霧のように見えることもある」と記されている。このチヤクラが、ムラダーラーチヤクラで増強された生殖干不ルギーを、別な物質に変化させる。(どうしてそれができるかはあとで述べる)おなじように、体内に入ってきた毒物、毒素は、このチヤクラが分解したり、べつな物質に変えてしまう。だからPCB、DDT、などの毒物も、このチャクラの力で無害のものにしてしまうことができる。

はっきり火焔が出せるようになると、物質原素を変化させて、べつな物質に変えてしまう力を持ちはじめる。

4 アナハターチャクラ

他心通の力があらわれてきて、他人の心が手にとるように分るようになると同時に、他人の心を自由に動かす力が出てくる。

つづいて、目に見えぬものの高い心(聖霊、神霊、主導霊と表現する)と心を交流することができるようになる。自分にとって不可解な、理解できぬことなどを、天地にみちた、すぐれた心、智恵の干不ルギーに同化してそこから聞くことができる。つまり、人の肉体はほろびても、その人の持っていた心のエネルギーはこの空間に痕跡をとどめているので、このチヤクラでその心の波動と同じ波動になれば、その心が持っていたすべてのもの、意識も、知能もみな自分と同化して自分のものになるということである。そういう意味で、このチヤクラに十分熟達すると、霊界(四次元)の世界と交流の道がひらけるのである。

5 ヴィシュダー・チャクラ

超人的な聴力がそなわる。実際に、このチヤクラが使えるようになると、それまで全く聞こえていなかったある音響を聞くことができるようになる。これは私自身の体験であるが、

ことは、人の聴覚は、四〇、〇〇〇?五〇、〇〇〇キロサイクルの振動波しか聞くことができないが、このチヤクラを修得すると、その倍以上に聴覚の幅がひろがるということである。一〇〇メートルはなれて人の心臓の鼓動も聞くことができるということである。ちなみに、犬の聴覚は、八〇、〇〇〇?九〇、〇〇〇キロサイクルとされている。

また、いろいろな声を聞く。主導霊の声をはっきり耳にするようになる。

ヨーガースートラにある「あらゆる生きものの叫び声の意味がわかる」という能力が身にそなわる。仏教の天耳通である。

また、このチヤクラは、頭部、上肢(両腕)及び胸部の筋肉運動に深い関係を持つ。

 

6 アジナー・チャクラ

異常な透視力を持つようになる。ヨーガースートラにある「心の発現にそなわる光をあてることによって、どんなに微細なものでも、人目につかぬところにかくされているものでも、はるか遠くにあるものでも知ることができる」という能力である。

テレパシー能力が生ずる。ヨーガースートラにいう″大肌身″が可能になるのはこのチヤクラである。

このチヤクラは、また、命令のチヤクラ、願望成就のチヤクラ、自在力のチヤクラともいわれ、熟達すると、自然に命令してこれを自在に動かし、自由に支配ナることができるようになる。すなわち、八種の自在力をそなえるようになる。八種の自在力とは、前にも述べたように、

山身体を極限まで小さくして、岩などを自由に通り抜ける力 即からだを大空にいっぱいになるほど大きくする力 即蓮の糸や綿くずよりも軽くなる力 ㈲望みのままに、月にでも指をふれることができる力 即自分の意志するままに、どんなことがらでも実現できる力 世界を創造し、支配する力 閉万物を自分の意のままに従わせる力 大地のように身を重くすることのできる力、あるいは、自分の意欲の対象を必ず手に入れることのできる力、の八種でる。

 

7 サハスララーチャクラ

 

頭のなかの光明Murdhajyotioといわれるチヤクラである。Brahma randhra梵の座、梵の裂け目という頭蓋骨の接合するところの真下に位置する。梵の座、梵の裂け目とは、梵すなわち聖なるもの、と一体になる場所という意味である。

このチヤクラを目ざめさせると、この部位に光明があらわれて、燦然とかがやく。頭のなかの光明である。

このチヤクラはすべてのチヤクラを統合してこれを自由に制御する。すべてのチヤクラを自由に制御することができるようになると、彼は次第に変身する。昆虫が全身を覆うかたい表皮を次第に溶かし、しなやかな、しかし丈夫な羽翼を自然に身につけて、空飛ぶ蝶に変態するごとく、

彼はヒトからべつな生物に変身する。三次元生物のホモーサピエンスから四次元生物の超・ヒト、ホモーエクセレンスに変身する。ヨーガでは、これを聖なるものと一体になる、と形容した。

このチヤクラを、聖霊が宿り、聖霊と交流するところであるといっている。このチャクラを完成した修行者を、超人、大師、救済者と呼ぶ。超人は、物質世界を超越し、時間と空間の制限を受けない。ヨーガースートラにあるように、自由に自分の肉体を消失させ、一瞬のうちにヒマラヤ

の奥地から東京に飛来し、一刹那のうちにヨーロッパヘ去る。彼は、四次元世界の時間と空間の秘密を体得しているのである。二次元(平面)世界の生物にとって、三次元(立体)世界の生物の行動はナソとしか思えぬように、三次元生物のわれわれには、四次元世界に住む超人の動きは

全く理解できない。インドでは、仏陀が超人であるとして、このチャクラの完成者であることを、形を以て示している。その形を、おそらく、あなたも必ず目にしているはずなのであるが、あなたは多分そのことに気づいていないのであろうと思われる。

このことについて、「ザーチャクラス」の著者、Leadbeater氏は図を示して解説している。

、ジャワの寺院の仏像である。上は東大寺法草堂の仏像である。この二つの像の頭部がサハスララーチャクラの、二つの型を示しているのである。下の像は、チャクラによって発達した頭蓋をそのまま示している。この頭頂の盛りあがりは、多くの人びとが考えているように、マゲではないのである。これは、肉皆といって、仏陀の持つ「三十二相」のひとつで、頭骨がこのように発達して盛りあかっているのである。なぜ発達したかというと、このチャクラの修行によるもので、その盛りあがりはこの修行を完成したことをあらわしているのである。だから、修行中の仏陀の頭骨はこのように盛りあがりを見せず、普通人とおなじ頭蓋をしている。修行を完成して仏陀に変身したとき、彼の頭骨はこのように変化している。

Leadbeater氏によればこの像の頭部は、「最初に九六〇の花弁のように大きい盛り上り、それから、頂きに、それから上っている十二のより小さい盛り上りがある」といっている。このチャクラは、中心の幅が十二、その周囲の輪は、九六〇である。氏る。は、このかたちが、仏陀に象徴されるこのチャクラの二つの型のうちのひとつであるといってい

ESP development system

 

 

 

 

 

 

I looked at the chakra from the aspect of modern medicine and physiology called the endocrine gland. Now let’s look at how esoteric Buddhism itself thinks and explains the chakra from the standpoint of esoteric Buddhism.

 

I Muradara Chakra

Physical strength is greatly improved, three of ordinary people? You will have five times as much energy. About the third and fourth all night

I’m fine. It does not accept any illness and becomes a healthy body itself. Those who are sick will heal all their bad points. Even a dying sick person will kick the floor and stand up when concentrating on this chakra. Both men and women are 10 years or older younger than their actual age. Instead, he will have strong libido and fertility, so he will also teach you how to change that dryness into an intelligent dryness called Ojas.

 

2 Svaj Starner Chakra

If you concentrate your energy on this chakra, you will be full of energy, brave, and will be able to exert your aggressive and bold action. Don’t be afraid of anything, don’t be confused by anything, and with an unwavering belief, don’t be afraid of any difficulties. Demonstrate superhuman skill that transcends life and death.

 

3 Manipuler chakra

It is this chakra that Yoger Sutra “can know the tissues in the body by applying a sutra to the umbilicus”. Being able to know the tissues in the body means not only knowing but also being able to freely control the tissues of the body. It also has the power to freely control not only one’s own body but also the body of another person, so that one’s illness can be healed immediately.

Since this chakra belongs to the “Samana ki” of the five kis, it controls this chakra as it says, “If you overcome the Samana ki, you can emit a flame from your body.” By doing so, you will be able to generate the energy of fire. The fire of psychokinesis is ignited using this chakra and Vishda chakra. The mystery of the Kundalini Esoteric Buddhism says, “When I enter and close my eyes, I see a yellowish incandescent flame rising like steam from this chakra, and when I go down the road, it is the same. You can see the colored flames wrapping around the waist and abdomen. Sometimes it looks like light smoke or fog. ” This chakra transforms the reproductive drought ruggedness enhanced by the Muradara chakra into another substance. (I’ll explain why it can be done later.) As you can see, the toxins and toxins that have entered the body are decomposed by this chakra and converted into other substances. Therefore, even poisonous substances such as PCBs and DDT can be made harmless by the power of this chakra.

When it becomes possible to produce a clear flame, it begins to have the power to change the substance element and change it into a different substance.

 

4 Anahata chakra

The power of other minds will appear, and at the same time, the power to move the minds of others will come out.

Next, you will be able to interact with the high heart of the invisible (expressed as the Holy Spirit, the Holy Spirit, and the Leading Spirit). You can hear things that are incomprehensible to you, such as things that you cannot understand, assimilated into the heavenly and earthly, excellent heart, and the dryness of wisdom. In other words, even if a person’s body is unraveled, the energy of the person’s mind remains in this space, so if the vibration of this chakra becomes the same as the vibration of that mind, that mind would have. It means that all things, consciousness, and intelligence are assimilated with oneself and become one’s own. In that sense, if you become fully proficient in this chakra, you will be able to open the way to interact with the world of the spirit world (four-dimensional).

5 Vishda chakra

It has superhuman hearing. In fact, when this chakra becomes available, you will be able to hear certain sounds that you had never heard before. This is my own experience,

That is, human hearing is 40,000? You can only hear vibration waves of 500,000 kilocycles, but if you master this chakura, your hearing will be more than doubled. It means that you can hear the heartbeat of a person at a distance of 100 meters. By the way, the hearing of dogs is 80,000? It is said to be 90,000 kilocycles.

Also, listen to various voices. You will hear the voice of the leading spirit clearly.

You will be equipped with the ability of Yoga Sutra to “understand the meaning of the screams of all creatures.” It is a Buddhist heavenly ear connoisseur.

In addition, this chakra is closely related to the muscle movements of the head, upper limbs (both arms) and chest.

 

6 Ajina chakra

You will have abnormal clairvoyance. The ability of the Yoga Sutra to “by shining light on the manifestation of the mind, we can know even the smallest things, hidden in the dark, and far away.” Is.

Telepathic ability arises. It is this chakra that enables the “large skin” of the Yoga Sutra.

This chakra is also called a command chakra, a desire fulfillment chakra, and a free power chakra, and when you become proficient, you will naturally command and move it freely, and you will be able to control it freely. That is, it will have eight kinds of free power. As mentioned earlier, the eight types of free power are

The power to make the mountain body as small as possible and pass through rocks freely. The power to make the body bigger enough to fill the sky. The power to touch, the power to instantly realize anything as you wish, the power to create and control the world, the power to obey the closed things at your will, to make yourself heavy like the earth There are eight types of power: the power to be able to do it, or the power to always obtain the object of one’s motivation.

 

7 Sahasrara chakra

It is a chakura called Murdhajiyotio in my head. Brahma landhra is located just below the joint of the skull, which is the seat of the 梵, the rift of the 梵. The seat of the sword, the rift of the sword, means the place where one is united with the sword, that is, the sacred thing.

When you awaken this chakura, a light appears in this part and it shines brightly. The light in my head.

This chakra integrates all chakras and controls it freely. He gradually transforms when he is free to control all the chakras. As insects gradually melt the hard epidermis that covers the whole body, naturally wear supple but strong wings, and transform into flying butterflies,

He transforms from a human to a strange creature. He transforms from the three-dimensional creature Homo sapiens to the four-dimensional creature super-human, Homo Excellence. In yoga, this was described as being one with the sacred.

It is said that this chakra is where the Holy Spirit dwells and interacts with the Holy Spirit. The practitioners who complete this chakra are called superhumans, masters, and rescuers. Superhumans transcend the physical world and are not restricted by time and space. As in the Yoga Sutra, he is free to lose his body and in an instant Himalayan

He flew to Tokyo from the hinterland of Japan and left for Europe in a moment. He has mastered the secrets of time and space in the four-dimensional world. For the creatures in the two-dimensional (planar) world, the behavior of the creatures in the three-dimensional (three-dimensional) world seems to be nothing but the movement of superhumans living in the four-dimensional world for us as three-dimensional creatures.

I can’t understand at all. In India, the Buddha is a superhuman and shows in form that he is the perfector of this chakra. You’re probably seeing it, but you’re probably unaware of it.

Leadbeater, the author of “Zacha Class”, explains this with a diagram.

, A Buddha statue in a temple in Java. Above is the Buddha statue at Todaiji Hosodo. The heads of these two statues show the two types of Sahasrara chakra. The image below shows the skull developed by the chakras. This rise in the top of the head is not a mage, as many people think. This is one of the “32 phases” of the Buddha, and the skull is developed and heaped up in this way. The reason why it developed is due to the training of this chakra, and the excitement shows that this training has been completed. Therefore, the skull of the Buddha who is training does not show such a rise, and has the same skull as a normal person. When he completed his training and transformed into a Buddha, his skull changed in this way.

According to Leadbeater, the head of the statue “first has a large ridge like the petals of 960, then at the top, there are twelve smaller ridges rising from it.” .. This chakra has a central width of twelve and a ring around it of 960. Mr. Says that this shape is one of the two types of this chakra symbolized by the Buddha.

本当の瞑想は、「いま苦しんでいる問題の解決」からはじまるのである。

 

ただ苦しみ悩みを解決させるだけではダメなのである。解決すると同時に、そのひとを向上させるのでなければならない。また、向上することによって解決するという場合もある。これが、正しい瞑想なのである。

 だから、本当の瞑想は、「いま苦しんでいる問題の解決」からはじまるのである。

 瞑想はゴータマーブッダがさいごに到達されたように、すべての存在から超越し解脱するのであるが、超越・解脱する前に、現実を自由自在に処理し解決するだけ

の力を持たねばならない。その力を持たずして、超越とか解脱とかいったって、それは一種の「逃避」に過ぎない。その力を持つ瞑想法が「欲界定」と「第二の段階」の瞑想なのだ。

 が、ここでまちがってはならないのは、この力を持つことが、ただたんに自分の欲望を思うままにとげるということではないということである。この力を持つことによって、自分の望むことがその通り実現されることもあるし、バカげた野望・欲望のとりこになって、いたずらに苦しんでいるおろかさに突然気がつき、夢からさめたひとのようになる場合もある。

どちらにしても、すばらしいことではないか。

 

瞑想の原点としてのヨーガ

 瞑想は、インドにおいて非常に古くからおこなわれていた。それは、インド民族

の歴史とともにあったといってよい。

 瞑想に関する文献は、ヴェーダ、ウパニシャッドの時代(紀元前一〇〇〇年~六〇〇年)にまでさかのげって、目にすることができる。そのころから、すでに、瞑想は、インド特有の身心修練の道として、修道者必修の行法とされていたのである。

 それは、ヨーガあるいは三昧あるいは禅とよばれた。

 日本では、ヨーガというと、一般には、体操の一種のように思われているようであるが、それは元来、瞑想を主とするもので、体操は瞑想を助ける肉体の調整法だつたのである。

 さきに述べたように、ブッダもまた当時の修道者のならわしにしたがってヨーガの瞑想を修行せられたが、それには満足できず、さらにすすんでブッダ独特の(智

慧の)瞑想を完成れたのである。ここでは、伝統的なヨーガの瞑想について、かんたんに述べよう。

ヨーガにおける心の綜制

 ヨーガ修行者の聖典ともいうベキゝ『ヨーガースートラ』によると、瞑想における精神集中への心理的過程を、四つの段階に分けている。

 割感・凝念・静慮・三昧である。

 このなかで、凝念・静慮・三昧の三つの段階を一括して、「綜制」といっているが、もちろん、実際の修練の上では、以上の三つの段階の一つゴつが独立しているのではなくて、連続的に進行するわけである。

  ところで、いったいヨーガとはなにかというと、『ヨーガースートラ』はつぎの・ように定義している。「ヨーガとは心のはたらきを抑滅することである」。

  また『ヨーガースートラ』より古い文献である『ガターウパニシャッド』では、「ヨーガとは五つの知覚器官を不動に執特することである」と述べている。

 つまり、何らかの精神集中法によって、心の本体であるとりとめもない動きを、しっかりと抑制することがヨーガであるのです。そして、それを修練して

いく方法がヨーガ行法なのであります。

 これを現代的に分り易く表現すれば、我々の日常生活における意識の動きを抑制していくことによって、自己本来の姿を見つけ出していこうとすることが

ヨーガであり、それを求めて修練していく方法がヨーガ行法なのであります。

『ヨーガースートラ』の中では、瞑想という精神集中法によって心の働きを制していく心理的過程が、詳細に分析的に述べられています。そして、このよ

うに瞑想を中心とした心理的なヨーガが、ラージアーヨーガとよばれるものなのです。そして、この精神集中へ深まっていく心理的過程が、段階的に制感・

凝念・静慮・三昧と分けられているのであります

 

 

瞑想に環境に整える Prepare the environment for meditation

五法とは、一に飲食を調節すること。二に睡眠を調節すること。三には身を調えること。四に気息を調えること。五には心を調えることである。

 

 第一に、食を調えるというのはつぎのようなことである。

 食事はほんらいからだをたすけ正しい道にすすましめるためのものである。

それなのに、もし食べすぎているような状態でいると、気はあせり、からだけ

だるく、心がとぎれがちで、座禅をしても心は安らかになりにくい。

 だが、もし食べることが少なすぎて足りないと、からだけ疲れ、心は呆け、

思うところも考えることもしっかりとしない。この二つは、どちらも禅定を得る道にはならない。

 また、もしけがれたものやよごれたものを食べていると、ひとの心を悟くし、迷いやすくする。もしからだによくない刺激物を食べていると、かねてからの病が動いてくるし(持病が出ること)、からだの調子も悪くなる。だから禅定を修習しようとするなら、そのはじめにぜひとも深くこれらをつつしまなければならない。

 

第二に、睡眠を調えるというのは、眠とはこれ無明が心に覆いかぶさるので

あるから、これをほしいままにしてはならないということだ。

 もし眠ることが必要度を過ぎて多いときは、それだけ仏法を修習する時間が廃されるだけでなく、努力の心も失われがちで、しかも心をくらくし、善い心を沈没させる。まさに人生が無常であることをさとり、睡眠をよく調伏して、気分を清白に、心を明るくきよからしめるがよい。

 

 第三には、身を調え、第四には息を調え、第五には心を調えるのであるが、

この三つの条件は、まさに合わせて用うべきなので、べつべつに説明することはできない。以下これについて述べてみよう。

 第一に身を調えるとは、われわれが正しい瞑想をするためには、からだを正しく調えなければならないということである。 瞑想をはじめる前から、歩くときにも立ち止まるときにも、動くときも静かにしているときも、なにかをしているときでも、いちいちがみな注意深く綿密でなければいけない。

 

The five methods are to adjust food and drink in one. Second, regulate sleep. The third is to prepare yourself. To keep your breath in the fourth. The fifth is to adjust your mind.

 

First of all, preparing food is as follows.

Meals are for helping the body and recommending the right path.

And yet, if you’re eating too much, you’re rushed, just because

I tend to be sluggish and choppy, and even if I do zazen, my heart is hard to feel at ease.

However, if I eat too little and I don’t have enough, I get tired and my heart is stunned.

I don’t really think or think. Neither of these two is a way to get a meditation.

Also, if you eat something that is injured or dirty, you will realize the heart of the person and make it easier to get lost. If you eat a stimulant that is not good for your body, your illness will start to move (you will have a chronic illness) and your body will become ill. Therefore, if you want to learn Zen meditation, you must first deeply dig into these.

 

Secondly, adjusting sleep is because sleep is overwhelmed by avidyā.

So don’t leave this as you want.

If you sleep too much, not only will you lose the time to learn Buddhism, but you will also tend to lose your effort, and it will make you feel at ease and sink your good heart. It’s a good idea to take into account the fact that life is unrelenting, to sleep well, to refresh your mood, and to brighten your mind.

 

The third is to adjust the body, the fourth is to adjust the breath, and the fifth is to adjust the mind.

These three conditions should be used together, so they cannot be explained separately. Let’s talk about this below.

First of all, to be in good shape means that in order for us to meditate properly, we must be in good physical condition. Before starting meditation, every time you walk, stop, move, be quiet, or do something, you have to be careful and meticulous.

光明真言

発音と意味

oṃ amogha vairocana
オーン 不空なる御方よ 毘盧遮那仏(大日如来)よ
オン アボキャ ベイロシャノウ
唵 阿謨伽 尾盧左曩

mahāmudrā[1][2][3] maṇi padma
偉大なる印を有する御方よ 宝珠よ 蓮華よ
マカボダラ マニ ハンドマ
摩訶母捺囉 麼抳 鉢納麼

jvāla pravarttaya hūṃ
光明を 放ち給え フーン (聖音)
ジンバラ ハラバリタヤ ウン
入嚩攞 鉢囉韈哆野 吽

なお、amogha(アボキャ)は不空成就如来を、vairocana(ベイロシャノウ)は大日如来を、mahā-mudra(マカボダラ)は阿閦如来を、maṇi(マニ)は宝生如来を、padma(ハンドマ)は阿弥陀如来を指すと解釈され、金剛界五仏(五智如来)に対して光明を放つように祈願している真言である[4]

密教ではその神秘性を保つために梵字や陀羅尼を翻訳せずに、そのまま梵音を読誦するのが通例である。日本では、平安時代から光明真言法による加持が修されてきた

Anyone can be a genius   ヒトはだれでも天才になれる

ヒトはだれでも天才になれる

 

 あなたは信じられるだろうか?

 ヒトはだれでも、自分の持つ知能のわずか数パーセントしか使っておらず、あとの九〇なんパンーセットかは、まるでそのへんの押し入れにボロきれでもっっこんで忘れてしまったかのごと

く、ほうりっぱなしで、だれひとりこれを使おうともしないというのである。

 

 もちろん、あなたもそのひとりである。

 そこで、ギャラップ世論調査研究所のジョージーギャラップはこういうのだ。

 

 「これは脳生理学者の定説であるが、ヒトは、その持つ知能の、ニパーセントから五八Iセントしか使っていない。あとの九〇なんパーセントはほうりっぱなしで、だれひとりこれをとり出して活用しようと考える者がいない。まことに皮肉きわまるはなしではないか。いや、それはむしろナンセンスというべきである」

 と、この著名な情報研究家はふんがいナる。

 

 「この国の最も熟練した専門家たちが、最新の電子計算機の潜在能力を開発するために、日夜、研究、努力しているのに、その一方で、どんな巨大な電子計算機よりもけるかに偉大な機械であるこの人回の頭脳の潜在能力についてはなにひとつ知らず、研究しようという気さえも起こさないれわれがこれらの眠れるニューロンを目ざめさせ、使用するなら、これらの潜在的特質はその姿をあらわすであろう」

 

 では、いったい、われわれは、どれはどの。眠れるニューロン″を持っているのだろうか?

 

有名な大脳生理学者ラルフ・W・ジェラード博士はこう述べている。

 

「……脳神経系の単位はニューロンという個々の極微の細胞である。人間の頭脳のなかには百億以上のニューロンがあり、それぞれの比較的大きいものは、他のニューロンと平均一万個以上のシナプスという連結を持っている。それによって作り得るネットワークーパターツや、神経のインパルスを伝え得る道の数は、宇宙のなかの物質を作る粒子の総数よりもはるかに大きいのである。」」

 ニューロンの数は、正確にはおよそ一四〇億ある。

 

 ところが、われわれが実際に使っているのは、わずかにそのニパーセットから五八Iセットに過ぎないのである。もしも、われわれが、この眠れる脳細胞をゆり起こして、それをフルに利用することができたらI? どんなにすばらしい仕事ができることであろう/

 

 しかし、現実には、われわれはそのI〇〇分の二、三しか使っていないのである。

 

 私は、私自身にたいしてまことに残念でならない。

 

 それは、ちょうど、莫大な埋蔵量を持つ金鉱か、無尽蔵なダイヤモンド鉱を目の前にして、これを掘り出すことのできない口惜しさである あなたもそう感じないか?

 

われわれは、いまや、頭脳に関する迷信を即刻あらためなければならぬ。

 

 頭がいいとか、わるいとかいうのは間違いなのだ。

 問題は、人がどれだけのニューロンを使っているか、または使っていないかということなのである。

 

 Hが天才であるのは、ひとよりI、ニパーセントよけいにニューロンを動かしているというだけのことだ。Tの知能が低いのは、ひとよりI、ニパーセントよけいにニューロンが眠っているというだけのことだ。

 

 もしも君が天才であるなら傲るのはやめたまえ。たかが人よりわずかI、ニパーセントのニューロンかよけいにはたらいているというだけに過ぎない。たかがそれだけのことではないか。

 

 もしも君が頭がわるく、知能が低いと歎くなら、悲観ナるのはやめたまえ。人よりわずかに一、ニパーセント、ニューロンの動きが少ないというだけのことだ。ただそれだけのことに過ぎない。奮発して、五、六八Iセントもよけいにニューロンを動かしたらいいではないか。

 

 なに?

 

 そんなことは不可能だって?

 バカをいいたまえ、ここにちゃんとその方法がある。

 

知能開発、ニューロン覚醒、大脳皮質改造の技術がここにある。

 

 このシステムで訓練すれば、眠れる君のニューロンはたちまち目ざめ、君の知能は三倍にな

る。

 それは、ヒトを全くべっな生物に変えてしまう超技術だ。

 

その超技術がここにある。  

 

ヒトを改造する超技術

 

 もしも。

 ヒトの知能が倍増し、人類の知的水準が現在の二倍ないし三倍になったら、世界はどのように変わるであろうか? おそらく、人類は、いまかかえているあらゆる問題を、すべて解決してしまうであろう。 いやI、それよりも、全く新しい構造の社会が出現するのではないか?

 人類がいまかかえでいる問題を見てみよう。

 殺し合い、奪い合い、憎み合い、傷つけ合いIそして地球上に急速にひろがりつつある有害物質-。それらはどこに原因があるのであろうか? わかりきったことである。

 

 それは、ヒトが愚かなためである。

 

人類学者リンネは、人間を分類して「知恵あるヒト」と学名をつけた。

 生洲学者シャルルーリシエは、愚かなヒト、ホモースツルッスと名をつけた。ノーベル賞受賞者のリシエは、その著、「人間-この愚かなるもの」の序文で、人類のかずかずの愚行をつぎっぎとあげ、実にあきれかえったおろかな動物であるとして、超愚人類と呼びたいところだが、まあ、最上級の形容詞はがまんして、愚人類ぐらいでかんべんしておこうと書いている。

 

 たしかに、ヒトには、この二つの面かおる。賢い知恵ある面と、愚かで弱い面と、二つの面がひとつにまざり合っている矛盾した生物が、まさにヒトであるということなのだが、いま、われわれの周囲をながめてみると、ホモーサピエンスは全く影をひそめ、ホモースツルチッシムスが妖怪のごとく横行している。

 殺し合い、奪い合い、憎み合い、傷つけ合いI、

 

 それは次第にエスカレートしてゆく。科学と技術はヒトの力を無限に拡大したが、同時に、ヒトの殺戮と搾取と憎悪と闘争をも無限に増大させた。このままでは、問もなく、ホモーサピエンスは絶滅ナる。

 

 いま、人類にもっとも必要なものはなにか?

 それは高度の知能である。

 

 この地上に展開する恐るべき大愚行は、なによりもまず人類の知能が低いところに原因する。

 

いま、人類に必要なものは、科学でもなければ技術でもない。革命でもなければイデオロギーでもない。人種闘争でもなければ階級闘争でもない。そんなものはなんの役にも立たぬ。 何十回、革命を起こしても、何百回、闘争をくりかえしても、人類の知能がいまの水準にあるかぎり、それはむなしい儀式のくりかえしに過ぎぬ。

 

 歴史をみてみよう。機械と技術、科学と文明と称するものがいくら進歩発達しても、おろかな人間たちの行動パターンは少しも変わっていない。つねに、憎み合い、殺し合い、奪い合う、このパターンのくりかえしではないか。どこに変化が見られるか。

 

 若ものよ。エネルギーのむだな燃焼をやめたまえ。革命を思うなら、全人類の知能革命に前進せよ。

 

 ネアンデルタールの昔から、ヒトの知能は一歩も前進していない。なによりもまず人類の知能を高めねばならぬ。

 ホモースツルチッシムスを絶滅せよ。そうせぬかぎりわれわれにもはや未来はない。それはすでに秒読みの段階に入っている。

 このとき、ここに、ヒトを改造し、社会機構を一変させる技術がある。この技術は、ふるき社会体系をすべて解体し、そこから生まれるあたらしい文明は、次元をひとつ超えるだろう。この技術によってのみ、世界はよみがえり、この革命だけが全人類を破滅から救う。

 

若ものよ。

 

君たちはなぜこれに視線を向けぬのだ。

 

なぜ、君たちは、この、地上いまだかつて比類なき壮大にしてドラマチックな革命に情熱をたぎらせぬのだ。

 

 

Anyone can be a genius

 

Can you believe it?

Everyone uses only a few percent of their intelligence, and the remaining 90 pan-sets are as if they were smashed into the closet and forgotten.

It is said that no one will use it because it is left untouched.

 

Of course, you are one of them.

Therefore, George Gallup of the Gallup Polling Research Institute is like this.

 

“This is the dogma of brain physiologists, but humans use only two percent to fifty-eight penny of their intelligence. The other ninety percent are left alone, and no one takes it out. No one wants to take advantage of it. Isn’t it really ironic? No, it should be rather nonsense. ”

And, this prominent information researcher is shit.

 

“While the country’s most skilled professionals are researching and striving day and night to develop the potential of the latest computers, on the other hand, what a giant computer can do? Knowing nothing about the potential of this human brain, a great machine, and not even motivating to study, if we awaken and use these sleeping neurons, these potential qualities are theirs. Will show up. ”

 

Then, which one are we? Do you have “sleeping neurons”?

Twice

Dr. Ralph W. Gerrard, a well-known cerebral physiologist, said:

 

“… The unit of the cranial nerve system is an individual tiny cell called a neuron. There are more than 10 billion neurons in the human brain, and each relatively large one has an average of 10,000 or more synapses with other neurons. The number of network-patats and paths that can transmit nerve impulses that can be created by it is much larger than the total number of particles that make up substances in the universe. ”

To be exact, the number of neurons is about 140 billion.

 

However, what we are actually using is only the 58I set from that niper set. What if we could awaken these sleeping brain cells and make full use of them? How wonderful work can be done /

 

However, in reality, we use only two or three of that I.

 

I am really sorry for myself.

 

It’s just a gold mine with huge reserves or an inexhaustible diamond mine in front of you, and he can’t dig it out. Doesn’t he feel that way too?

Twice

We must now immediately renew superstitions about our brains.

 

It is a mistake to say that you are smart or bad.

The problem is how many neurons a person uses or does not use.

 

H is a genius only because he is moving neurons more than I and two percent. The only reason T’s intelligence is low is that neurons are sleeping more than I, two percent more than humans.

 

If you are a genius, don’t be angry. It’s just that I, or two percent of the neurons, work better than humans. Isn’t that the only thing?

 

If you are sick and have low intelligence, don’t be pessimistic. It’s just one or two percent less neuron than humans. It’s just that. Why don’t we inspire and move the neurons by 5 or 68 I cents?

 

what?

 

Is that impossible?

Say stupid, here is the way to do it properly.

Twice

Here are the technologies for intelligence development, neuron arousal, and cerebral cortex remodeling.

 

If you train with this system, your sleeping neurons will wake up instantly and your intelligence will triple.

NS.

It is a super technology that transforms humans into completely crappy creatures.

Twice

The super technology is here. Twice

 

Super technology to remodel humans

 

If.

How will the world change if human intelligence doubles and human intelligence doubles or triples the current level? Probably, human beings will solve all the problems they are having. No, I think a society with a completely new structure will emerge.

Let’s look at the problems that humankind is facing now.

Killing, scrambling, hating, hurting I and toxic substances spreading rapidly on the earth-. Where are they caused? It was obvious.

 

It is because humans are stupid.

Twice

Anthropologist Linne categorized humans and gave them the scientific name “wisdom humans.”

The Ikushu scholar Charlulicier named him a stupid human, Homo Sturuss. In the preface to his book, “Human-This Stupid,” Nobel Laureate Risier described the folly of mankind as a superlative animal, arguing that it was a foolish animal. I’d like to call it, but well, I’m writing that the superlative adjectives should be dismissed and that they should be used by fools.

 

Certainly, humans have these two aspects. It is said that the contradictory creatures, the wise and wise side, the stupid and weak side, and the two sides mixed together, are just human beings, but when we look around us now, Homo sapiens is Homosturtissimus is rampant like a youkai, completely hidden in the shadows.

Killing, scrambling, hating, hurt I,

 

It gradually escalated. Science and technology have infinitely expanded human power, but at the same time have infinitely increased human slaughter, exploitation, hatred and struggle. At this rate, Homo sapiens will be extinct without question.

 

What is the most necessary thing for humankind now?
It is a high degree of intelligence.

 

The terrifying folly that unfolds on this earth is caused by the low intelligence of humankind first and foremost.

Twice

What humankind needs now is neither science nor technology. It is neither a revolution nor an idealism. It is neither a racial struggle nor a class struggle. Such a thing is of no use. No matter how many dozens of revolutions or hundreds of struggles are repeated, as long as human intelligence is at the current level, it is just a repetition of vain rituals.

 

Let’s take a look at history. No matter how much progress is made in what we call machines and technology, science and civilization, the behavioral patterns of foolish humans have not changed at all. Isn’t this pattern of hate, kill, and scramble all the time? Where are the changes seen?

 

It’s a young one. Stop wasting energy burning. If you think of a revolution, move on to the intelligent revolution of all mankind.

 

Since ancient times in Neanderthals, human intelligence has not made any progress. First and foremost, we must improve the intelligence of humankind.

Extinct Homo stultissimus. Unless we do so, we no longer have a future. It is already in the countdown stage.

At this time, here is the technology to remodel humans and completely change the social mechanism. This technology will dismantle all the sifting social systems, and the new civilization that will emerge from it will go beyond one dimension. Only with this technology will the world be revived, and only this revolution will save all mankind from ruin.

Twice

You’re young.

Twice

Why don’t you guys look at this?

Twice

Why are you passionate about this epic and dramatic revolution that is still unparalleled on earth?

 

 

 

 

 

 

 

未来社会かあるとすれば

 

 教育?

 

それは無力である。

 

 それは知能を高めるものではなく、ただ、知識をひろげるだけのものに過ぎない。

 

 教育は、ただ、その人の本来持っているところの知識をひろげるだけで、知能そのものを高めぼしない。知能を高める技術とは、ものを教え、ものをおぼえさせることではなく、おぼえる能力そのものを高めるシステムでなければならない。馬鹿はいくら教育したって馬鹿である。馬鹿

に教育はまったく無力だ。馬鹿を利口にするためには特別の技術がなければならぬ。

 

 宗教?

 

 それは、知能ひくきものたちの愚行をなんとか良心にうったえて思いとどめさせようとするブレーキに過ぎず、知能を高めるためのなんの力も技術もない。念仏をとなえ、題目を高唱し、経典教学をそらんじ、神のみ名を呼んでも、心の安らぎ、なぐさめ、信念というたぐいのものは得られても、知能そのものが高くなるということはない。

 

 最高度に進化発達した知能を持つ未来社会に、宗教という特別な分野はなくなるだろう。高度の知能は高度に発達した倫理観、道徳意識をともなうから、現在の宗教や、宗教家あたりが説いている「教え」など、まったく低俗な、次元の低い幼稚なものとしてかえりみられず、宗教意識

はごくあたりまえの常識になってしまって、ことさらにカミやホトケを念ずることなどなくなるだろう。ヒトが、カミ、ホトケとびとしくなるのである。

 そういう未来社会が、すぐ足もとに来ていることに君は気づくべきだ。

 

今までとはまったく構造の変わった社会体系があらわれようとしていることを、君は知らねばならぬ。

 

 君はそれを疑うのか?ではいおう。

 

 もしも。

 そういう高度の知能が出現しないかぎり、世界は間もなく終わるだろう。ホモーサピエッスが今の知能水準であるかぎり、もはや、ヒトに未来はない。ホモーサピエッスの文明はすでに限界に達した。

 だから。

 未来社会があるとすれば、どうしてもそれは、高度なまったく新しい社会でなければならぬのだ。

 

超・ヒトF-脳発速

 

 もう間もなくやってくる未来社会で、人類は二つの種属にわかれるだろう。

 

 それは、二つの民族でもないし、二つの階級でもない。二つの種属である。

 

そうして、その二つの種属は、しばらくのあいだ共存するけれども、間もなくその一方はおとろえ、急速にこの世界からナがたを消してゆくだろう。

 そういうと、人類が二つの対立を示すのは、なにも未来社会にかぎったことではなく、いまだってそうではないかと、いくつかの例をあげる人がいるかも知れない。

 たしかに、それは、有色人種と白色人種、自由社会と共産圏社会、富める者と貧しき者、支配する者とされる者、と、いくつか、かぞえることができるだろう。

 だが、ちがうのだ。

 

 そういう分類とはまったく異質の区分が、ごく近い将来、われわれの世界にあらわれようとしている。そういう動きが、ナでに現在おこりつつある。

 

それは、二つのヒト属である。

 

 あたらしい人類とふるい人類-。

 ひとつは普通の現代人、ホモーサピエンスHomo sapiensである。これがふるい人類だ。

 

もうひとつは、特殊な能力を身につけた未来人、ホモーエクセレンスHomo eχcellens である。つまりあたらしい人類だ。

 

 ホモ・ピエンスとは、ほかならぬわれわれ自身のことであるが、ホモーエクセレンスとは、どういうヒトか?

 

 ホモーエクセレンスとは、ホモーサピエンスが持だない特別な能力を身につけた「優秀なるヒト」という意味である。ある人たちは、この未来人に、ホモーインテリダンス(聡明なるヒト)という名をつけている。

 

 では、この優秀なる未来人、ホモーエクセレンスは、どういう特殊な能力を持っているのか?

 

彼の持ついくつかの特長をあげてみよう。

 

 「未来の種属、超・ヒトは、おそらく、三・九という脳発速度係数を持つだろう」

 

と、世界的に著名な人類学者、パリ大学のジョルジューオリヴィエ教授は、その著「ヒトと進化、過去現在そして未来」のなかでこう語りはじめる。

 

「(こういうきわめてすぐれた生物の能力を、それよりはるかに劣ったわれわれが、あれこれいうことはできないが)とにかく、この超・ヒトの知的能力は、辛うじて想像することができる。

 

それは、たとえば、

  I 第四次元の理解。

  2 複雑な全体をとっさに把握する能力。

  3 第六感の獲得。

  1 無限に発展した道徳意諏の保有。

  5 とくにわれわれの悟性には不可解な精神的な特質。

 などである。

 

わたしは、脳発達度係数三・九をもつ生き物の体のかたちや、すばらしい知能や、われわれにはとうてい理解できない行動がどんなものであるかは、想像力のゆたかな人達にまかせることにする。われわれがメクラであるのに対して、われわれの後継者たちは千里眼の持ち主なのだろうから」(芦沢玖美訳・みすず書房刊)

 と述べている。

 

オリヴィエ教授は、出版社の紹介文によると″パリ大学理学部人類学教授であり、人類学、解剖学のかず多い論文のほかにいくつかの著書を持ち、そのなかでも「人類学的解剖学」はフランス学士院賞を受けた。自己の専門分野の研究に多くの業績をあげているばかりでなく、若い研究

者の育成にも心をそそぎ、フランス人類学の名実ともにすぐれた指導者である″と記されている。

 

まさに、当代一流の科学者であるといわねばならない。

 

 その科学者が未来人ホモーエクセレンスの出現を、このように予告しているのである。著者が、なんの根拠ももたず、ただいたずらに鬼面ひとをおどろかす筆をとっているのではないのだ。それはかならずやってくる。では、そのホモーエクセレンスは、いったい、どこから、いっやってくるのだろうか?

 

 未来人、ホモーエクセレンスの到来は、歴史の必然であるとオリヴィエ教授はいう。

 

では人類の歴史をたどってみよう。

 

 まずあらわれたのは、オレオピテクス、ラマピテクスから進化してきたオーストラロピテクス(猿人)であった。が、しばらくして、ピテカントロプスーエレクトス(原人)がこれにとって

かわった。しかし、まもなく、ネアンデルタール人(旧人)がやってきて、そのあとを継ぎ、彼らの時代はおよそ1〇万年ちかくっづく。

 

 けれども、今から四、五万年ほど前、かなり進んだ知能を持つクロマニョッ人(新人)が出現すると、彼らは急速に姿を消して絶滅してしまった。しかしそのクロマニョッ人も、今から一万年ほどまえに、オーストラロイド(ジャワ)、モンゴロイド(中国)、ネグロイド(アフリカ)、コーカソイド(ヨーロッパ)というあたらしい現世人類の種のなかにあわただしく消滅してしまった     れは、歴史のごく表面にあらわれているだけの事実で、このほかにも、いくつかの知られざるヒ

ト・属、あるいはその分枝が、無数にあらわれ、歴史をつくる間もなく消滅していったと考える学者はかず多い。

 

 ある著名な科学者は、ひとつの種の寿命は1〇〇万年だと語り、ホモーサピエッスは出現以来、間もなくこの年令に達するはずだという。そうして、オリヴィエ教授もまた「いま、われわれが、われわれの後継者であるっぎの人類のことを考えるのは、まったく筋みちの立ったことであるLといっているのだ。

―だが、

If there is a future society

 

Education?

Twice

It is helpless.

 

It does not enhance intelligence, it merely expands knowledge.

 

Education only spreads the knowledge that the person originally has, and does not enhance the intelligence itself. The technology to enhance intelligence must be a system that enhances the ability to remember things, not to teach and remember things. An idiot is an idiot no matter how much he educates. fool

Education is completely powerless. There must be special skills to be clever with idiots.

 

Religion?

 

It was just a brake that tried to discourage the folly of the intelligence-sucking ones with a conscience, and there was no power or skill to improve their intelligence. Even if you call the name of God by chanting the title, chanting the title, and calling the name of God, you will get peace of mind, comfort, and belief, but your intelligence will not increase. ..

 

The special field of religion will disappear in the future society with the highest evolution and development of intelligence. Since high intelligence is accompanied by highly developed ethics and moral consciousness, it cannot be seen as a completely vulgar, low-level childish religion, such as the current religion and the “teaching” that religions preach. Consciousness

It will become a common sense, and you will not have to worry about kami and hotoke. Humans become sick and sick.

You should be aware that such a future society is just around the corner.

Twice

You must know that a social system with a completely different structure is about to emerge.

 

Do you doubt it? Let’s go.

 

If.

Unless such a high degree of intelligence emerges, the world will soon end. As long as Human Human is at the current level of intelligence, humans no longer have a future. The civilization of Homeosa Pies has already reached its limits.

that’s why.

If there is a future society, it must be an advanced and completely new society.

 

Super-human F-brain activation

 

In the coming future society, human beings will be divided into two genera.

 

It is neither two races nor two classes. There are two species.

Twice

Then the two species will coexist for some time, but soon one of them will subside and rapidly erase Na from this world.

In that case, it is not only in the future society that human beings show two conflicts, but there may be some people who give some examples that it is still the case.

Certainly, it can be counted as colored and white races, free and communist societies, rich and poor, and rulers.

However, it is different.

 

A classification that is completely different from such a classification is about to appear in our world in the very near future. Such a movement is currently occurring in Na.

Twice

It is two Homo genus.

 

New human beings and sieving human beings-.

One is an ordinary modern person, Homo sapiens. This is the sieving human race.

Twice

The other is Homo excellence Homo eχcellens, a future person who has acquired special abilities. In other words, it is a new human race.

 

Homo sapiens is none other than ourselves, but what kind of person is Homo excellence?

 

Homo excellence means “excellent human being” who has acquired special abilities that Homo sapiens does not have. Some have named this future person Homo Intellidance (intelligent human).

 

Then, what kind of special ability does this excellent future person, Homo Excellence, have?

 

Here are some of his features.

 

“Future genus, super-human, will probably have a brain rate coefficient of 3.9”

Twice

In his book “Human and Evolution, Past, Present and Future,” Professor Georges Olivier of the University of Paris, a world-renowned anthropologist, begins to say:

Twice

“Anyway, this super-human intellectual ability can barely be imagined (although we, who are far inferior to these extremely good creatures, cannot do this or that).

 

It is, for example
I. Understanding the 4th dimension.
2 Ability to quickly grasp the complicated whole.
3 Acquisition of the sixth sense.

1. Possession of infinitely developed morality.
5: A spiritual characteristic that is incomprehensible to our enlightenment.
And so on.

Twice

I will leave it to those with a lot of imagination to decide what the body shape of a creature with a brain development coefficient of 3.9, its wonderful intelligence, and what behaviors we can hardly understand. While we are Mekura, our successors are probably the owners of clairvoyance. ”(Translated by Kumi Ashizawa, published by Misuzu Shobo)

It has said.

Twice

According to the publisher’s introductory text, Professor Olivier is a professor of anthropology at the University of Paris, and has several books in addition to his many papers on anthropology and anatomy. Received the French Academy Award. Not only has he made many achievements in research in his area of ​​expertise, but he is also a young researcher.

He is also enthusiastic about nurturing people and is an excellent leader in both name and reality of French anthropology. ”

Twice

He must say that he is a leading scientist of his time.

 

The scientist foretold the emergence of future human homo-excellence in this way. The author has no basis and is not just taking a brush that frightens the demons unnecessarily. It always comes. So where does that homo-excellence come from?

 

Professor Olivier says that the arrival of the future person, Homo Excellence, is an inevitable part of history.

Twice

Let’s trace the history of mankind.

 

The first thing that appeared was Australopithecus (monkey man), which evolved from Oreopithecus and Ramapitex. But after a while, Pitecantropus erectus (original) was for this

changed. However, shortly afterwards, Neanderthals (old men) arrived and succeeded, and their time was about 100,000 years old.

 

However, about 40,000 years ago, when the highly intelligent Cromanyo people (newcomers) appeared, they disappeared rapidly and became extinct. However, about 10,000 years ago, the Cromagnois also disappeared in a hurry among the new species of modern humans such as Australo-Melane (Java), Mongoloid (China), Negroid (Africa), and Caucasian (Europe). This is a fact that only appears on the very surface of history, and there are some other unknowns.

Many scholars think that the genus, or its branches, appeared innumerably and disappeared shortly after making history.

 

A prominent scientist said that one species has a lifespan of 100,000 years, and that Homo sapies should reach this age shortly after its appearance. Professor Olivier also said, “Now, it is quite sensible for us to think of our successor, the human race.

-But

 いったいその新しいヒトは、いっあらわれるのか?

 一万年さきか? 二万年?

 だいたい、ホモーサピエンスのつぎの人類なんて、それはちょうどあの太陽がいつか燃えつきてしまうぞ、というのと同じことで、空想ではないにしても、おそらくそれは天文学的数字のはるか未来の出来事にちがいなく、そんな心配をしているほどわれわれはヒマ人ではない、とあなたはいうかも知れない。

 

とんでもない・・‐・

そんなことをいっていたら、それこそあなたは、″間抜け″になってしまうぞ。

 オリヴィエ教授は、生物学の進化の法則の上に立ってこう予言するのだ。「……未来のヒトは間もなく不意に来ることになる」

 

 え? そんなに早く? とあなたはびっくりするだろう。だが、あなたはここでさらにもっとびっくりしなければならないのだ。

 というのは、

 この新しいヒト、ホモーエクセレンスは、。間もなく不意に来る″のではなく、それはもうすでにこの地上に来ているのである。この地球上に、はるか以前からすに出現しているのだ。

 

 いつから?

 

 いつからだとあなたは思うか?

 

昨日から?

 否!

 一昨日から?

 

 否!

 

 では、去年?

 否’

 

 それは五〇〇〇年よりもっと以前からなのである!

 

ホモーエクセレンスの資格

 

ここにひとつの技術がある。

その技術によって訓練すると、ヒトはだれでもいくつかのすぐれた力を持つようになる。

 

その力をあげてみよう。

極度に発達した知能‐―いちど目にふれ、いちど耳にしたことは、ぜったいに忘れることのないが協力。どのように複雑な構造でも組織でも、瞬間的に分析し、推理し、理解して、本質を把握してしまう演棒と帰納の力。コトバという間接思考を経ない純粋思考から発する超飛躍的な創造力。

   それは、ヒトの平均知能をI・〇とするならば、おそらく、二・五から三・五に達するであろう。このグループの最高の頭脳は、やすやすと四次元を理解する。

  感覚器官の増幅―彼は、不可視光線(赤外線、紫外線)を見ることができ、超音波を聞く

  ことができる。その異常感覚と高度の知能の結合からくる予知力。それらは、自分の肉体

  を思うままに統御する能力からくる。

三 環境の制御と創造―-思うままに自分を変え、他人を動かし、集団や環境を、自分の理念

  の通りに創造してゆく。

四 物質を超え、物質を自由に統御する力。

五 無限に発達した道徳意識。

 だいたい、以上の能力である。

 これを、前の項で述べたオリヴィエ教授の未来人、ホモーエクセレンスの持つ能力とくらべて

みよう。

 それは、おどろくほど酷似している、というよりも、そっくりそのままといったほうがよいのではないか?

 そういうと、あなたはいうかも知れぬ。それは、著者が、オリヴィエ説をそっくりそのままう

つし持ってきたのではないのか、と。

 そうではないのだ。それは、むしろ、私のほうがいいたいことだ。私は、最初、オリヴィエ教授がこの特殊技術の存在を知っていて、その技術の習得を未来人の資格にしたのではないかと思ったくらいなのである。もちろん、それは、そうではなく、オリヴィエ教授は学術的に、未来人

の能力をそのように予測したのにちがいないが、この暗黙の一致を、あなたはどのように考えるだろうか?

 

 もっとも、オリヴィエ教授は、実際にこの特殊技術の存在を知っていて、その上に立ってホモ・エクセレンスの能力を、このように書いたのである、ということも考えられないことではない。なぜならば、最近、この特殊技術は、この国でよりも、むしろ、アメリカやヨーロッパで知られ、高く評価されはじめているのだからI。

 しかし、それはとにかくとして、実際に、こういう能力をヒトにあたえる特殊な技術が、数千年も前からこの地上に存在し、それはそのまま現在も一部の人びとの間に伝えられているということは、まぎれもない事実である。いや、現に、その技術の訓練を受け、そういう能力を身につけた人びとがなん人かいる。

 つまり、にあらわれつつあるということである。それは、まだ、ごくわずかな数ではあるりれども。、ホモーエクセレンスは、これからさき、長い時間をかけて進化の結果あらわれてくる

 

のでもないし、突然変異体としてフランケンシュタインの怪物のごとく登場するのでもない。それは、ひとつの特殊な人間開発技術により、ホモーサピエンス自身が変身するのだ。それは自然に生まれてくるのではなく、つくられるのだ。

 

 もっとも、いちばん最初にあらわれたホモーエクセレンスは、あるいは一種のミュータントであったかも知れない。あるいは、未来社会への環境適応の結果あらわれた超・ヒトの先行者であったのかも知れぬ。ちょうど、ネアンデルタール人の群れのなかに出現した最初のクロマニョン人のように。

 

 ルーガリックの法則によると、すでに存在ナる属のなかでの新しい種の形成は、三〇〇年から六〇万年の時間を要するという。今から五〇〇〇年まえという数字は、ホモーエクセレンスの先行者があらわれて、ホモーサピエンスのなかに次第に新しい同族の種属を形成してゆくのにちょうど手頃な時間である。

 

 最初のホモーエクセレンスは非常に孤独であったろう。彼はその持てるナぐれた能力ゆえに、おのずと、予言者となり、指導者となり、教育者とならざるを得なかった。また、彼は、その持つ異常な能力によって、数千年さきの未来を洞察し、ヒトの歴史の上における彼自身の位置をさとったにちがいない。

 彼は、まだ低い段階のホモーサピエンスたちを教育するための「教え」を説くと同時に、これからやがて次第にあらわれてくる同 族たちを教育するためのカリキュラムもつくった。

 

 彼は、

 

このカリキュラムで訓練した。あるいは、その弟子たちのなかには、彼と同じホモーエクセレッスの先行者たちもいたであろう。こうしてこの技術はあとへ伝承された。だが、あまりにも高度りに離解で、人びとの進歩と熟成のため      彼は、周囲に何人かの崇拝者を持った。そのなかからすぐれた素質を持なその開発技術は、ひろく受け入れられるためにはあまりに難解で、なその開発技術昧ひろく回の時が必要であった。その長い間、この技術は、しばしば、誤解されたり、誹誘されたり、あるは分裂の危機を迎えた。けれども、その技術が滅亡しようとするたびに、すぐれたホモ・エクセレンスがあらわれて、これを継いだ。この技術は、このようにして、ひろく世にうけいれられる時を静かに待った。多くの人びとが、この技術を必要とし、受け入れようと努力しはじめる時

期を静かに待った。

 

いま、その時がきたようである。

 

 ホモーサピエンスは生物としてその限界に到達した。いま、この世界を覆う混乱と当惑と憎悪は、なによりも、それをものがたるものである。つぎにくるものは絶望でしかない。いまこのひろい世界に。一瞬たりとも生命の危険を感ぜずして生きている人間がひとりもいない。あなた白身そうであろう。

 今よではりねに機械と技術―科学がその危機を来り越えてきた。しかし、いまは、その機械と技術が先頭に立って人間に打撃を加えている。

 もう「さきは見えて」しまった。 ホモーサピエンスの知能がっくり出した文明は極限に達した。もしもこの世界が生き残ろうと望むならば、あらたな文明が生まれ出なければならない。ホモーサピエンスの生み出したものはすべて、科学も技術も宗教も、芸術さえも限界に達した。倫理も道徳も崩壊した。古い人類は必

死に古い文明にしがみついているけれども、これらはすべて過去の世界のものになった。

 

 限界に達した生物がさいごにえらぶ道は「集団自殺」である。いま、その集団自殺が地上に展開している。環境汚染と公害と戦乱-すべてホモーサピエンス自身がっくり出したものである。結局、ホモーサピエンスは集団闘争による集団自殺によって絶滅ナるであろう。 見よ。宗教ですら闘争の仲間に加わった。最も進歩的だと称するこの国の宗教団体は最も闘争的である。

 

 すべての生物がたどる最後の道を、ホモーサピエンスはついにたどりはじめたということであろう。

 

陶汰がはじまっているのである。滅びるべきものは滅び去るがよい。それでヒト・属は絶えはしない。あたらしい種の胎動がここにある。あたらしい文明と古い文明、ホモーサピエンスとホモーエクセレンスはしばらくのあいだ共存するであろう。それは三世代から七世代つづく。ネアンデルタールとクロマニョンの共存は、一〇〇世代から一五〇世代つづいた。ネアッデルタールが消滅するのにそれだけかかった。われわれの共存は、促進されてごくわずかの時間で完了す

りま威びるだろう。五〇年から一五〇年―、これだけの時間のうちに、滅びるべきものは滅びらしい芸術をつくり出す。それは、ホモーサピエンスとは比較にならぬ高度の知性と悟性が生みそのあとに、ホモーエクセレンスはあたらしい科学、あたらしい技術、あたらしい宗教、あた出したあたらしい次元のものである。

 ところでお聞きするのだが、あなたは、ネアンデルタールか、クロマニョンか?

 

What on earth will that new human appear?

Is it 10,000 years ago? 20,000 years?

For the most part, the next human beings of Homo sapiens are just like that sun will burn someday, and if not fantasy, it must be an event in the far future of astronomical numbers. You might say that we are not as free as we are worried.

Twice

No way··-·

If you say that, you’ll be “stupid”.

Professor Olivier predicts this based on the laws of evolution of biology. “… Future humans will soon come suddenly.”

 

picture? So fast? You will be surprised. But you have to be even more surprised here.

I mean,

This new human, Homo Excellence, is. Rather than “coming suddenly”, it has already come to this earth. It has appeared on this earth for a long time.

 

from when?

 

When do you think it started?

Twice

since yesterday?

no!

From the day before yesterday?

 

no!

 

Then last year?

no’

 

It was even before 500 years!

 

Homeo Excellence Qualification

 

Here is one technology.

When trained with that technique, every human will have some great power.

 

Let’s raise that power.

Extremely developed intelligence — I will never forget what I first saw and heard, but I cooperated. The power of induction and induction that instantly analyzes, infers, understands, and grasps the essence of any complex structure or organization. Super dramatic creativity that emanates from pure thinking that does not go through indirect thinking called Kotoba.

It will probably reach 2.5 to 3.5 if the average human intelligence is I. The best brains in this group easily understand the 4th dimension.

Amplification of sensory organs-he can see invisible light (infrared light, ultraviolet light) and listen to ultrasonic waves

be able to. Predictive power that comes from the combination of that abnormal sensation and high intelligence. They are their bodies

It comes from the ability to control as you wish.

3. Control and creation of the environment — Change yourself as you wish, move others, create a group or environment, your philosophy

Create according to the street.

4. The power to freely control substances beyond them.

Five moral consciousness that has developed infinitely.

Approximately, it is the above ability.

Compare this with the ability of Professor Olivier’s future, Homo Excellence, mentioned in the previous section.

let’s see.

Isn’t it better to just say it as it is, rather than surprisingly very similar?

In that case, you may say. That is, the author follows the Olivier theory exactly as it is.

I wonder if he brought it.

That’s not the case. Rather, it’s something I want to do better. At first, I wondered if Professor Olivier knew about the existence of this special technique and qualified the acquisition of that technique as a future person. Of course, that’s not the case, and Professor Olivier is academically a future person.

You must have predicted that ability, but what do you think of this implicit consensus?

 

However, it is not unthinkable that Professor Olivier actually knew the existence of this special technology and wrote the ability of Homo Excellence on top of it. Because these days, this special technology is becoming known and appreciated in the United States and Europe, rather than in this country.

However, anyway, in fact, a special technology that gives humans such abilities has existed on this earth for thousands of years, and it is still being passed on to some people today. It is an unmistakable fact. No, in fact, there are some people who have been trained in that technique and have acquired such abilities.

In other words, it is appearing. It’s still a very small number, though. , Homo excellence will appear as a result of evolution over a long period of time.

 

Nor does it appear as a mutant like Frankenstein’s monster. It is that Homo sapiens itself is transformed by one special human development technique. It is not born naturally, it is made.

 

However, the first homo-excellence that appeared may have been a kind of mutant. Alternatively, it may have been a super-human predecessor that appeared as a result of environmental adaptation to future society. Just like the first Cro-Magnon Man to appear in a Neanderthal herd.

 

According to Rugarick’s Law, the formation of new species within the already existing genus will take 300 to 600,000 years. The number 500 years ago is just the right time for the Homo excellence predecessor to emerge and gradually form a new family genus within Homo sapiens.

 

The first homo-excellence would have been very lonely. He was naturally forced to become a prophet, a leader, and an educator because of his insidious abilities. He must also have gained insight into the future thousands of years ago and taken his place in human history due to his extraordinary abilities.

He preached the “teaching” to educate the still low-level Homo sapiens, and at the same time created a curriculum to educate the family members who will gradually appear in the future.

 

Hello,

 

I trained in this curriculum. Or perhaps some of his disciples would have been the same homo-excellence predecessors as him. In this way, this technique was handed down later. However, it was too highly dissociated, and due to the progress and maturity of the people, he had some worshipers around him. His development technology, which has excellent qualities, was too difficult to be widely accepted, and it took a lot of time to develop the development technology. For a long time, this technology was often misunderstood, seduced, or in danger of division. However, every time the technology was about to be destroyed, excellent homo-excellence appeared and succeeded it. In this way, this technology quietly waited for the time to be widely accepted. When many people need this technology and begin to strive to accept it

I waited quietly for the period.

Twice

It seems that time has come.

 

Homo sapiens has reached its limit as a living thing. The turmoil, embarrassment, and hatred that now covers this world are, above all, worthy of it. What comes next is nothing but despair. In this wide world now. No one lives without feeling the danger of life even for a moment. You look white.

Nowadays, machinery and technology-science has come over the crisis. But now, the machines and technology are at the forefront of hitting humans.

I have already seen “Saki”. The civilization that the intelligence of Homo sapiens was surprised at reached the limit. If this world wants to survive, a new civilization must be born. Everything that Humanity has produced has reached its limits in science, technology, religion, and even art. Ethics and morality have collapsed. Old humanity is a must

Although clinging to an old civilization to death, these are all from the past world.

 

The way for creatures that have reached their limits to choose is “mass suicide”. Now, the mass suicide is spreading on the ground. Environmental Pollution, Pollution and War-All Homo sapiens themselves have come up with. Eventually, Homo sapiens will be extinct by mass suicide in a mass struggle. Look. Even religions have joined the struggle. The country’s religious groups, which they claim to be the most progressive, are the most struggling.

 

It seems that Homo sapiens has finally begun to follow the last path that all living things follow.

Twice

The pottery has begun. What should be destroyed should be destroyed. Therefore, humans and genus do not cease. Here is a new kind of fetal movement. New and old civilizations, Homo sapiens and Homo excellence will coexist for some time. It lasts from three to seven generations. The coexistence of Neanderthals and Cro-Magnon continued from 100 to 150 generations. It took that much for the Nea Deltaar to disappear. Our coexistence is promoted and completed in a very short time

Rima will be intimidating. From fifty to fifty years, in this amount of time, what should be destroyed creates a perishable art. It produces a high degree of intelligence and intellect that is incomparable to Homo sapiens, after which Homo Excellence is a new science, a new technique, a new religion, a new dimension.

By the way, are you Neanderthal or Cro-Magnon?

 

ホモーエクセレンスのカリキュラム

 

 

 ホモーエクセレンスのカリキュラムとはなにか?

 いまからI〇〇万年まえに出現したピテカントロプスーエレクトスの大脳のなかには、こんにちのホモーサピエンスの知恵が秘められていた。しかし、それがホモーサピエッスになるまでに、一〇〇万年の時が必要だった。自然の進化にまかせたからだ。 いま、進化したホモーサピエンスが、ホモーエクセレンスの能力を獲得すのに、それはどなかい時間は必要でない。

 

Homeo Excellence Curriculum

 

 

 

What is the Homo Excellence curriculum?

The wisdom of today’s Homo sapiens was hidden in the cerebrum of Pitecantropus erectus, which appeared I million years ago. However, it took 100,000 years before it became Homo sapiess. This is because it was left to the evolution of nature. It does not take any time for the evolved Homo sapiens to acquire the ability of Homo Excellence.