心理学 ユング  

カール・グスタフ・ユング
19世紀〜20世紀 スイスで活躍した分析心理学の創始者。三大学者に数えられる。
ペルソナ、影、タイプ論、コンプレックス、集合的無意識等、さまざまな新しい概念を発表する。

 

 

「心理学」が学びやすい日本

心理学。

それは、人の心の中身、人の心の「仕組みや動きの法則」を知ろうとする学問です。つまりは、人の心を研究する「科学の一ジャンル」です。

だから私たちは、心理学によって、「なるほど。『人間の心』とは、元はこういうもので(元型)、こういうふうに育ってきて(過去)、こういうふうにできあがったのか(現在)。そして、これから、こういうふうになっていくのだな(未来)」と、理解できます。それは、取りも直さず、

「なるほど。私の心は、こういうものだったのか。そして、私はこれから、こういうふうになっていく可能性があるのだな」

という「今の自分に対する、より深い理解」と「自分の未来の発見」に、つながります。それは、まさしく「自分にとっての、本当の幸せ」を見つける道標となります。

だから、心理学とは、誰にとっても「知る価値のあるもの」です。そして、誰にとっても「興味深いもの」です。

近代の心理学は、1870年代に、ドイツのヴィルヘルム・ヴント、アメリカのウィリアム・ジェームズという二人の学者がそれぞれ、本格的な研究を始めました。そのため、この二人は「心理学の父」とも呼ばれています。

そして、ほどなく、こんにちに言う「3大心理学者」の登場によって、心理学は大きく発展し、確立したのです。

その「3大心理学者」こそが、

オーストリアのジークムント・フロイト(1856~1939)、
同じくオーストリアのアルフレッド・アドラー(1870~1937)、
そしてスイスのカール・グスタフ・ユング(1875~1961)、

の3人です。

この3人は、20世紀前半から半ばにかけて旺盛な研究活動を続けました。ただし、フロイトとアドラーは当初、共同研究をしていた仲間でしたが、ユングは、初めフロイトに師事していましたので、2人より若干「後輩」扱いになるでしょうか。

3人の心理学は、まさしく三者三様です。それぞれに独自のアプローチで「人の心」を見極めようとし、「人が幸せになるには、人生をどのようにとらえるべきか」を説きました。

そして、それぞれの方法で、「心の病」に苦しんでいる人々の治療に、献身的にあたりました。つまり彼らは、学者であり医者でした。彼らの治療は、それぞれの方法で、患者当人も自覚しきれていない「心の病の原因」を探り、それに合った治療を施すというものです。この「心の病の原因を探る」という医療行為を、「精神分析」と呼びます。

ところで意外なことに、この3人の心理学を、それぞれに詳しく学べる環境にあるのは、全世界でも、日本が一番なのです。

欧米では、ユング心理学に関する良い入門書は、ほとんど見かけられません。

フロイト心理学などは、むしろ否定的にとらえられて、十分な理解がされていない傾向さえ、あります。欧米において、三者の中で比較的広く知られているのは、アドラー心理学くらいでしょうか。それさえも「誰もが知っている」というレベルとは、とても言えません。

日本で、この三大心理学が一様に学びやすいのは、古くから日本人の心理学研究者に優れた人物が多く、彼らの尽力によって、良質の日本語翻訳書や研究書が、数多く生み出されてきたからです。フロイト心理学、アドラー心理学、ユング心理学それぞれの学会・研究会も、日本では、活発な活動がなされています。

私たち日本人は「心理学を知る」という点において、じつはかなり「恵まれた環境」にいるのです。

中でも、古くから日本人に親しまれ、知られてきたのはユング心理学でしょう。

筆者もまた、3人の心理学の中では、ユング心理学が「一番シックリくる」気がします。そこで筆者は、現在の日本のより多くの方に、ユング心理学を、まずは知っていただきたくて、『心のトリセツ「ユング心理学」がよくわかる本』を執筆しました。

 

アドラーとユングの違い

ところで、21世紀も十年以上が過ぎた2010年代のこんにち、それまで私たち日本人にあまり知られていなかったアドラー心理学が、ある意味で「現代日本人への啓蒙の教え」として、にわかに脚光を浴びたのは、誰もが記憶に新しいことでしょう。つい最近、2017年の1月からは、アドラー心理学を解説した名著『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健、共著)のタイトルをそのまま使った刑事ドラマが、テレビで放映される。―─といった「珍現象」まで起きたほどでした(もっとも、このドラマのアドラー心理学に対する理解は、はなはだ浅薄なものでしたが)。

『心のトリセツ「ユング心理学」がよくわかる本』はもちろん、あくまでもユング心理学を説明したものです。したがって、ユングと師弟関係にあったフロイトには若干触れていますが、ユングと直接の接点がほとんどなかったアドラーについては、まったく触れていません。そこで、上掲書の「文庫版まえがき」の中で、アドラー心理学とユング心理学を比較して、少し述べておきました。本項ではそれを紹介しましょう。

じつは、この2つを比べることで、「日本人には、ユング心理学が一番シックリくる」という筆者の考えも、よりよく解っていただけることにつながる。─―と思うのです。

まず、両者の違いを端的に述べると、次のような表現になるでしょう。

アドラー心理学では、「自分の心は、自分だけのものだ」と示す。対してユング心理学では、「自分の心は、自分のものであると同時に、人類すべてのものだ」

と示すのです。

どういうことでしょうか。

アドラー心理学では、「人の心は『その人だけのもの』であり、他の何人からも、他のどんな力からも、振り回されたり左右されたり、ましてや蹂躙されたりしない。過去の経験に縛られることもなければ、周りの人間に心の中へ踏み込まれることも、ない」と述べます。まさしく「個人の尊厳」というものを、高らかに述べるのです。アドラーは、自らの心理学を「個人心理学」と呼んでいましたが、じつに的を得たネーミングでしょう。

そしてアドラーは、「だから人の心は、自分の努力次第で、今、自分が『こうなりたい』と目指せる姿に、きっとなれる」と、強く主張します。人の心の可能性というものを、どこまでも認めます。

アドラーのこの説は、「人の心は、過去に存在した『他者からの影響』によってねじ曲げられたり押しつぶされたりは、しないはずだ」という結論に行き着きます。「現在にまで強く影響している過去の心の傷」を、心理学では「トラウマ(日本語で表現すると『心的外傷』)」と言いますが、アドラー心理学では、この「トラウマ」を完全否定するのです。

対して、ユング心理学は(フロイト心理学と同様)、「トラウマ」の存在を認め、言ってしまえば「人の心は現在も、過去の経験と密接につながっている」と考えます。だから人は、「現在の自分ばかりを見るのではなく、過去の自分も見ることで、自分の心の本当の姿が見えてくる」と、説くのです。

そしてユングは、その考えをさらにダイナミックに、大きなスケールにまで広げました。すなわち、「現在の心に影響を与えている『人の過去』とは、その人個人の過去だけではない。それは『全人類の過去』でもあるのだ。つまり、人の心とは、個人を超えて、過去の全人類、そして現在の全人類の心と、つながっているのだ」とまで、考えを発展させたのです。

この発想は、「個人心理学」と銘打ったアドラー心理学とは、まったく対照的なものです。

このユングの説では、確かに「人は、過去に縛られている」とも言えます。けれど、同時に「人は、過去と、ともにある。過去とは、今の自分の仲間・共同体なのだ」という「無限の味方」を得ることにも、つながります。そんな頼もしさを感じさせてくれる考え方です。

そして、この両者の説では、「人間関係」のとらえ方にも、大きな違いを生みます。

アドラー心理学では「心は自分だけのもの」ですから、他人には理解できません。したがって、人同士が解り合うためには、「相手を理解しようとする努力」と「相手に自分を解ってもらおうとする努力」が、求められます。つまり、互いの思いやり、互いへの「相手の心を大切にする気配り」が、求められるのです。

人間社会は、そうやって「互いを大切にする優しさ」を「意識する」ことで、成立します。

対して、ユング心理学では、そこまで「他人に対する意識」を重視しません。

人の心とは、過去も現在も「全人類で結び合っているもの・共有しているもの」なのですから、「他人を解ろう・他人に解らせよう」としなくとも、ごく自然に解り合えるはずなのです。

それが解らないとしたら、その原因は「他人が解らないから─―なのではなく、自分で自分が解っていないから」なのです。そしてその結果、すれ違いや誤解が生まれ、現実として「自分で自分を苦しめる」ことになってしまいます。

つまり「自分を知れば、他人も知ることができて、人間関係・社会は、すばらしい共同体になれる」というのが、ユング心理学の教えです。

筆者は、私たち日本人の心は、ユング心理学によって、より理解されやすい。―─と、考えます。

私たち日本人の歴史は、欧米の歴史と違い、穏やかで豊かな「日本列島の自然の恵み」の中で、温かく支え合って育まれてきました。ごく自然に、互いに解り合う共同体として、日本人は生きてきました。

私たち日本人の誰もが共感する、あの有名な宮沢賢治の詩「春と修羅・序」の冒頭を、思い起こしてみてください。

「わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です」

「風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です」

まさしく「わたくしの心」とは「みんな」の中の「ひとつ」。その「ひとつ、ひとつ」が集まって「みんな」の心という、大きな灯火になっている。――と、宮沢賢治は述べているのです。

この意味は、ユング心理学の教えにつながるものだ。─―と、筆者は感じずにはいられません。

だからユング心理学は、私たち日本人の心を解いてくれるものだと、筆者は思います。

 

心理学  集合的無意識とは? 人の意識は繋がっている!?深層心理学

1.集合的無意識といえば「ユング」です
2.全世界の人類に共通する感覚
2-1.音階から想像するイメージの共通性
2-2.ブーバ/キキ効果とは?
3.「100匹目の猿現象」に見る集合的無意識
4.いづれ、世界中の全ての人の意識は繋がる方向へ向かっている

 

ユング心理学の基礎

集合的無意識

 

ユング心理学で最もメジャーな概念といえば、「集合的無意識」
心理学以外の分野の本にも度々登場するキーワードですので、

みなさんも一度や二度は目にしたことがある言葉ではないでしょうか。

 

これを理解するためには、まずはユング心理学の基礎について
ざっくりと知っておく必要があります。

 

まず、「元型」(アーキタイプ)という言葉。
これは、人の心の中に普遍的に存在していると考えられる

「イメージパターン」です。

 

例えば、ふっくらした体型の女性を象った土偶などに
母親的なものを感じるのは、「母親元型」が働くからです。

 

同様に、厳しく教え諭してくれる賢者のイメージは
「父親元型」の表れです。

 

これらのイメージは、は古代から伝わる神話や伝説、芸術、
個人が見る夢の中にも見られることから、

人類の心の中で脈々と受け継がれてきたものである
ユングは考えたのです。

 

そして、その元型を生みだす元になっている
「何か」が根底にあるハズと考えて…。

結論として導き出されたのが、「集合的無意識」という概念。
これは、私たちの無意識の深層に存在するもので、

国や民族を超えて人類全体に共通して存在するものだと考えられています。

普遍的に存在する「無意識」

全ての人類に共通して存在すると言われている「集合的無意識」。
でも、ユングはなぜ、

「人類に共通して」と言い切る自信があったのでしょうか?

 

その答えの一つが、「マンダラ」です。
マンダラは、仏教の世界観を表現した円形の絵。

祈祷の道具に使われたりもしますので、
みなさんも1度くらいは目にしたことがあるのではないでしょうか?

 

そのマンダラと、ユング自身が描いていた絵との間に
大きな共通点があったのです。

この発見を機に、ユングは東洋哲学の研究にのめり込んでいきます。

 

また、西洋と東洋それぞれに伝わる神話や伝説には
共通したテーマを扱った物も多いことから、

洋の別を問わず人類の心の奥深くには
「共通した何か」があると考えたのです。

 

例えば、「太陽を崇拝する」というテーマや
自然に「母性」を見出すというテーマ…etc。

これらのテーマを生みだす根底にあるもの、
それが「集合的無意識」なんですね。

 

図のように、意識や個人的無意識よりもさらに深いところにある層で、
民族や国家、人種を問わず普遍的に存在しています。

集合的無意識の役割とは?

ユングによれば、私たちが「自分」を認識できるのもまた、
この「集合的無意識」が存在するからなのだとか。

 

確かに、無意識・普遍的に共有できる「何か」がなければ、
自分が生きる価値を見いだすこともできないでしょうし、

他人と話をしても通じないような気がしますよね。

 

遠い昔の民話や伝説から学ぶことが多いのも、
世代が違う人と会話できるのも、

国籍が違う人との間に会話が成立するのも、
(言語の壁をクリアすれば、の話ですが…)

普遍的に共有できているものがあるからなのかもしれません。

 

そういったベースがなければ、会話は全く噛み合わないでしょう。
「集合的無意識があるからこそ、

人は自分自身とも他者とも対話・理解し合えるのだ」
と言うユングの説はごもっともですね。

今日の運勢 11月25日  Today’s fortune November 25

 

七赤金星の日

人より協力の依頼を受けたりする日。金運、喜び事あるも調子に乗って酒色に乱れぬよう心すべき日。小利に迷わず自他喜びを共にする心掛けも大切

再生の週  壊の日
何事も控えめに慎重に過ごしたい日。
トラブルに発展しがちなので、冷静に落ち着いて物事に対処することが大切です。
自分の事よりも他人のために尽くしてあげることで、災難は回避できます。

Seven Red Venus Day

The day when a request for cooperation is received from a person. It’s a day when you should be careful not to get disturbed by the color of sake, even if you have good luck and joy. It is also important to keep in mind to share the joy of self and others without hesitation

Week of rebirth
A day when you want to spend everything modestly and carefully.
It’s easy to get into trouble, so it’s important to stay calm and deal with things.
You can avoid disasters by doing more for others than for yourself.

今日の運勢 11月24日 Today’s fortune November 24

 

八白土星の日

内輪もめが起こりやすい。格別慈悲心が大切の日。もうけ話は損失となりやすい。

再生の週  成の日
過去の積み重ねが達成される日。
さらに新しいことへの興味が芽生える日でもあるので、実現に向けたプランを立てたり、イメージをふくらませるとよいでしょう。
周囲からの助けに恵まれる日でもあるので、小さな情報でもキャッチする積極的な姿勢を心がけてください

Yashiro Saturn Day

Inner ring wrinkles are likely to occur. A day when special mercy is important. Making money is easy to lose.

Rebirth Week
The day when the past accumulation is achieved.
It’s also a day when interest in new things grows, so it’s a good idea to make a plan for realization and expand your image.
It is also a day when you are blessed with help from those around you, so please be proactive in catching even small information.

今日の運勢 11月23日 Today’s fortune November 23

 

●九紫火星の日
金銭問題、女性にかかわる苦労あり。人に背反されることあり。派手な苦労をする日
再生の週  危の日
吉凶混合の日。
仕事運と対人運は概ね好調で、周囲からの評価も期待できます。
健康には注意が必要で、思わぬ怪我や事故に巻き込まれる可能性が高い日です。
何事も調子に乗りすぎると痛い目に遭うでしょう
● Kyushu Mars Day
There are financial problems and difficulties related to women. It may be contrary to people. A day of flashy hardship
Week of Rebirth Dangerous Day
Anniversary of good and bad.
Work luck and interpersonal luck are generally strong, and we can expect evaluations from those around us.
It is a day when you need to be careful about your health and you are likely to be involved in an unexpected injury or accident.
If you get too sick, you will get hurt.

今日の運勢 11月21日 Today’s fortune November 21st

二黒土星の日

仕事の事、旅行の事、病人の事、などが出やすい日。こみいった事が多い。いそがしい割に成果は少ない。 短慮は禁物。いやな仕事も進んで引き受ける位の気持ちが大切。

再生の週  衰の日
決断力の鈍る日。
交渉事や契約は避けて、先送りしたほうがよいでしょう。
悩みや迷いがあっても、ひとりで答えをだそうとせずに、相談できる人に打ち明けることで、正しい解決の糸口が見つかります

Nikuro Saturn Day

A day when work, travel, sick people, etc. are easy to come out. There are many things that are complicated. Although it is busy, there are few results. Don’t be short-sighted. It is important that you are willing to take on unpleasant work.

Rebirth Week Decline Day
A day when determination is slow.
You should avoid negotiations and contracts and postpone them.
Even if you have a problem or hesitation, you can find a clue to the correct solution by telling the person who can consult without trying to answer by yourself.

集中(止)と瞑想(観)   Concentration (stop) and meditation (view)

集中(止)と瞑想(観)

 

 

 

 では瞑想に入ろう。

 坐は半珈鉄坐。坐蒲をもちいる。瞑想の手印を組もう。これが初歩的瞑想の

基本姿勢である。(図5参照。ただし、この図では法界定印であるが、後出のアーカー

シャームドラーをもちいる場合もある。瞑想の基本姿勢については『輪廻転生瞑想法

H』に、くわしく解説しているので、かならず読んでいただきたい)

 瞑想の修行は、二つの領域から成り立つ。

 ひとつは精神集中法(・o9~ほ回忌、ひとつは瞑想法(ヨー’且~)である。

心を集中するとは

 これについて少し解説しよう。まず、シャマタ(止)である。

、禅における公案、また、祈りを捧げるとか、経

文を読む、真言を唱えるなども、精神集中法のひとつである。要はひとつのこと

に心を集中し、そこに〃止”まり、動かないことである。

これは、ひとっのことに心を集中するのである。

数息観がそ‘の代表であるが、、とで’‐ ことてことに意識を集申し、他のものに心

を向けない、これを積極的に意識的におこなうのであるひこれは修行のはじめの

過程として、だれでも通るものである。

この精神集中の状態は二つに分けることができる。

ひとつはこ息識的精神集中」で、ひとつのことにw

 つぎの段階が、「無意識的精神集中しの状態である。これは、高度のもので、

意識的精神集中をつづけているうちに、習練によって条件づけられ、ついに、と

くに意識しないでもひとつのことに心を集中することができるようになる。

 これによって無意識の意識層をコットロ’Iルし、2 つうでは絶対に統御でき

ない無意識の意識を、ある特定の対象に向けることができるようになるのである。

心の流れにまかせるとは

 つぎに、ビパシャナ(観)である。

 これは、ひとつのことに注意をとどめない。心の動きのひとつひとつに心を

向けていくが、ひとつのことにとどまっていない。心の流れにまかせるのであ

る。

 これにも、「意識的瞑想」と「無意識的瞑想」がある。

 「意識的瞑想」は、表面意識が心の流れを観ている。

 「無意識的瞑想」は、深層意識の心の流れそのものになっている。

 では、その深層意識の流れを観ているものはなにか? だれが深層意識の流

れを観ているのか? それは「無意識的精神集中」の心である。

 だから、「止」と「観」は密接な関係があるのである。いまおこなわれている

瞑想のほとんどは、「止」か「観」か、どちらかにかたよっている。禅は「止」

にウェイトがかかり、瞑想(としてやっているもの)は、「観」が主である。しか

し、「止」を完成した「観」でなければほんとうの瞑想ではなく、「止」でとど

まって「観」に入らない定は、これまたほんとうの瞑想ではないのである。

 「止」と「観」はおなじように修せられなければならない。そうして、非常に

高度の瞑想(観)をするためには、おなじように非常に高度の巣中(止)が体得

されていなければ不可能なのである。

 では「意識的瞑想」と「無意識的瞑想」とはどうちがうのか?

 ひと口でいうならば、

 意識的瞑想は「個の世界」を観、

 無意識的瞑想は「全の世界」を観る。 ・

 といったらよいであろう。

 意識的瞑想は「自分だけの世界の流れ」を観るのである。

 無意識的瞑想は「人類そのものの(世界の)流れ」を観るのである。いや、

もっと拡大した世界だ。「宇宙そのものの流れを観る」といったらよいであろう。

無意識の意識層には、原初からの人類の記憶がすべておさめられている。い

 

や、人類以前からの記憶がすべて秘められている。

 わたくしは、『輪廻転生瞑想法I』で、このことについてのべている。「個体発

生」と「系統発生」の意識と記憶について語った第二章を、もう一度読み返して

みていただきたい。

 

 

Concentration (stop) and meditation (view)

Let’s get into meditation.

The seat is a half-iron seat. Use zafu. Let’s set up a meditation sign. This is rudimentary meditation

This is the basic posture. (See Fig. 5. However, although it is a legal seal in this figure, the later-mentioned Aker

In some cases, a shahmdler is used. For the basic posture of meditation, see “Reincarnation Meditation Method”.

Please be sure to read it because it is explained in detail in “H”)

Meditation practice consists of two areas.

One is the mental concentration method (・ o9 ~ Holy memorial, one is the meditation method (Yo’and ~).

To concentrate on

Let’s explain this a little. First is Shamata (stop).

, Koan in Zen, prayer, sutra

Reading sentences and chanting mantras are also one of the methods of concentration. The point is one thing

Focus on, stay there, and don’t move.

This focuses on one thing.

The view of a few breaths is the representative of that, but at the same time, I focused on that and focused on other things.

Do not turn to, do this positively and consciously. This is the beginning of training.

As a process, anyone goes through.

This state of mental concentration can be divided into two.

One is “concentration of breath”, and one thing is w

The next stage is “a state of unconscious mental concentration. This is an advanced one.

As I continued to concentrate my consciousness, I was conditioned by practice, and finally

You will be able to concentrate on one thing without being conscious of it.

By doing this, the unconscious consciousness layer can be controlled by Cottro’I, and 2 can be absolutely controlled.

It becomes possible to direct the unconscious consciousness to a specific object.

To leave it to the flow of the heart

Next is Bipashana (view).

This does not pay attention to one thing. Put your heart into each movement of your heart

I’m going, but it’s not just one thing. Leave it to the flow of your heart

To.

There are also “conscious meditation” and “unconscious meditation”.

In “conscious meditation”, surface consciousness is watching the flow of the mind.

“Unconscious meditation” is the flow of the mind of deep consciousness itself.

Then, what is watching the flow of deep consciousness? Who is the flow of deep consciousness

Are you watching this? It is the mind of “unconscious concentration”.

Therefore, “stop” and “view” are closely related. Now being done

Most meditations depend on either “stop” or “view.” Zen is “stop”

The weight is applied to, and meditation (what you are doing as) is mainly “view”. Shika

However, if it is not a “view” that completes the “stop”, it is not a true meditation, but a “stop”.

The fact that it doesn’t fit into the “view” is not really meditation either.

“Stop” and “view” must be mastered in the same way. And very

In order to perform advanced meditation (viewing), you must acquire a very advanced nest (stop) in the same way.

It is impossible if it is not done.

Then, what is the difference between “conscious meditation” and “unconscious meditation”?

In a nutshell,

Conscious meditation sees the “individual world”,

Unconscious meditation sees the “whole world”.・ ・

It would be nice to say.

Conscious meditation sees “the flow of your own world”.

Unconscious meditation sees the “flow of mankind itself (in the world)”. Disagreeable,

It’s a more expanded world. It would be nice to say, “Watch the flow of the universe itself.”

The unconscious conscious layer contains all the memories of humankind from the beginning. I

And all the memories from before humankind are hidden.

I mentioned this in “Reincarnation Meditation I”. “Individual departure

Reread Chapter 2, which talks about the consciousness and memory of “life” and “phylogenetics”

I want you to see it.

釈迦なに説いたか? 解脱に至る四つの階梯     ホモーエクセレンスとは?   What did you preach to Buddha? Four steps leading up to liberation What is homo-excellence?

ポストコロナにおける大きな潮流は「GAFAの次に来るもの」の模索

新型コロナウイルス感染拡大の収束に依然目途が立たない中、コロナショックを契機として私たちの生活や働き方が変化している。

例えば、厚生労働省は、新型コロナウイルスを想定した「新しい生活様式」の実践例を示し、ショッピング、食事、娯楽・スポーツなどの日常生活、勤務形態や会議といった働き方について新しいスタイルを提唱する。また、「Withコロナ」に対応するために採用したリモートワークを、ポストコロナでも恒久化するという企業も出てきている。

コロナショックはどのように世界を変えてしまうのだろうか。この問題意識に対して、筆者が考える方向性の一つは、コロナショック以前から顕在化し始めていた本質的な変化がそのスピードを加速度的に高め、ポストコロナにおいて大きな潮流になる、ということである。では、本質的な変化とは何か。筆者は、それは「GAFAの次に来るもの」と交差してくるのではないかと考えている。

コロナショック以前に起きていたこととして、まず指摘すべきが「プラットフォーマー資本主義」である。米国のGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)や中国のBATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)といったプラットフォーマー企業が覇権を握っていた。彼らは私たち消費者にとっては優れたサービスの提供者であり続け、各産業において破壊的ともいえる影響力を持つに至っている。「Withコロナ」でも彼らプラットフォーマー企業はデジタル・テクノロジーを利活用し様々な対策・施策を打ち出すことで、コロナショックをテクノロジーの社会実装の機会へと転じるとともに、業績を伸ばしている。

しかしその反面、批判が高まっていることも事実である。例えば、データ独占が競争を阻害する問題やプライバシー漏洩問題にかかわる批判が主に挙げられる。筆者自身、GAFAがリードする米国式のデジタル資本主義、そして「株式会社中国」による中国式のデジタル資本主義が物質的な豊かさを求めるあまり、損なわれているものがあるのも確かと考えている。そうであるならば、もともとの長所を活かしながら、GAFAの次、「株式会社中国」の次が模索されるべきであろう。

 

 

解脱に至る四つ

「解脱に至る四つの階梯」といった。

 だれでも、解脱に至るためには、この四つの段階を経なければならない。そしてこの四つの階梯を、すぐれた聖師にしたがって歩んでいくならば、だれでも解脱に到達できるのである。もちろん、あなたにしてもそのとおりだ。 そこで、この四つの階梯について、のべてみよう。

 

四つの階梯とは、

 

一、Srota aPanna 須陀おん

二、sakrd agamin 斯陀含

三、anagmin               阿那含

四、arhat        阿羅漢  仏陀

である。

 

説明すると、

須陀逼--きよめられた聖者

斯陀含 ーー められた聖者

阿那含ーー(次元を)飛躍した聖者

阿羅漢ーー(次元を)超越し、完成した聖者、「仏陀」ともいう。

 

では、この四つの階梯を、修行者はどのようにして歩んでいくのだろうか。

 

脳辺縁系・新皮質脳を殺す修行

 

 それはひと口にいって、大脳辺縁糸・新皮質脳を殺す修行である。

 大脳辺縁糸と新皮質脳を殺さなければ、間脳は作動せず、第三の目は開かないのである。

 ただし、誤解してはいけない。大脳辺繰系・新皮質脳を殺すということは、究極において、大脳辺繰糸、ことに新皮質脳を生かすということなのである。新皮質脳は「創造の座」であるといわれる。しかし、ほんとぅの創造の座は間脳に

あるのである。間脳はこれまでくり返し説いてきたように、霊性の場であり、霊 感の座なのである。ここが開発されることにより、ほんとうのインスピレーションが発生するのである。

 ただし、間脳を開発するためには、しばらくの間、大脳辺縁系と新皮質脳を閉ざさなければならないのである。間脳が開発されたとき、新皮質脳は新しくよみがえる。新しくよみがえった新皮質脳こそ、霊性を基盤とした超人的なインスピレーションと創造力を持つ頭脳となるのである。

 

 ではそれはどんな修行か?

 

霊性完成の方法と体系

 釈尊が残した霊性完成の修行法がそれである。これを、わたくしは、「成仏法」とよんでいる。成仏とは霊性を完成したことをいい、それを成就した人を「仏陀」とよぶ。だからわたくしはその方法を、「成仏法」とよぶのである。

 くわしくは、『輪廻転生瞑想法H』でのべたとおりであるが、それは七つのシステムと三十七種のカリキュラムから成る成仏のための方法と体系である。これを、阿含経では「七科三十七道品」あるいは「三十七菩提分法」とよぶのである。この二つの名称は、わたくしが勝手につけたのではない。古来からの仏教用語である。

 

 阿含経以外のお経―-法華経、阿弥陀経をはじめすべてのお経をいささか激しい表現で批判するのは、阿含経以外のお経には、どの経典に

も、この成仏法がないからである。釈尊がじっさい説かれたのは阿合経だけであるという歴史的な事実のほかに、阿含経以外には、この「成仏法」がないか

ら、わたくしはそういうのである。「成仏法」のない経典など、わたくしは真実の仏教経典と認めることはできないのである。もちろん、それなりの存在意義なり存在価値はあろうが、本流ではない。傍流というべきである。このことに関しては、わたくしの他の著書を読んでいただきたい。

 

七科三十七道品とはつぎのようなものである。

 

四念住法身念住法 受念住法 心念住法 法念住法

以上である。

この七科目、三十七種のカリキュラムは、

 一、瞑想

 二、実践

 三、tapas(練行)

 

 ホモーエクセレンスとは?

あたらしい人類だ。

 

 

ホモーサピエンスとは、ほかならぬわれわれ自身のことであるが、ホモーエクセレッスとは、どういうヒトか?
ホモーエクセレンスとは、ホモーサピエンスが持だない特別な能力を身につけた「優秀なるヒ
ト」という意味である。ある人たちは、この未来人に、ホモーインテリダンス(聡明なるヒト)と
いう名をつけている。
では、この優秀なる未来人、ホモーエクセレンスは、どういう特殊な能力を持っているのか?
彼の持ついくつかの特長をあげてみよう。
「未来の種属、超・ヒトは、おそらく、三・九という脳発速度係数を持つだろう」
と、世界的に著名な人類学者、パリ大学のジコルジューオリヴィエ教授は、その著「ヒトと進
化、過去現在そして未来」のなかでこう謡りはじめる。
「(こういうきわめてすぐれた生物の能力を、それよりはるかに劣ったわれわれが、あれこれい
うことはできないが)とにかく、この超・ヒトの知的能力は、辛うじて想像することができる。

それは、たとえば、
1 第四次元の理解。
2 複雑な全体をとっさに把握する能力。
3 第六感の獲得。
4 無限に発川した泄徳心識の保有。
5 とくにわれわれの悟性には不可解な精神的な特質。

などである。
わたしは、脳発達度係数三・九をもっ生き物の体のかたちや、すばらしい知能や、われわれにはとうてい理解できない行動がどんなものであるかは、想像力のゆたかな人達にまかせることにする。われわれがメクラであるのに対して、われわれの後継者たちは千里眼の持ち主なから(芦沢玖美訳・みすず書房刊)
と述べている。
オリヴィエ教授は、出版社の紹介文によると″パリ大学理学部人類学教授であり、人類学、解剖学のかず多い論文のほかにいくつかの著書を持ち、そのなかでも「人類学的解剖学」はフランス学士院宣を受けた。自己の専門分野の研究に多くの業績をあげているばかりでなく、若い研究者の育成にも心をそそぎ、フランス人類学の名実ともにすぐれた指導者である″と記されている。
まさに、当代一流の科学者であるといわねばならない。
その科学者が未来人ホモーエクセレンスの出現を、このように予告しているのである。

 

ホモーエクセレンスの資格

桐山 請雄 師

 

ここにひとつの技術がある。
その技術によって訓練すると、ヒトはだれでもいくっかのすぐれた力を持つようになる。その力をあげてみよう。

一 極度に発達した知能――いちど目にふれ、いちど耳にしたことは、ぜったいに忘れることのない削憶力。どのように複雑な構造でも組織でも、瞬間的に分析し、推理し、理解して、本質を把握してしまう演鐸と帰納の力。コトバという間接思考を経ない純粋思考から発する超飛躍的な創造力。
それは、ヒトの平均知能をI・〇とするならば、おそらく、二・五から三・五に達するであろう。このグループの最高の頭脳は、やすやす理解する。

ニ 感覚器官の増幅―彼は、不可視光線(赤外線、紫外線)を見ることができ、超音波を間く
ことができる。その異常感覚と高度の知能の結合からくる予知力。それらは、自分の肉体を思うままに統御する能力からくる。

三 環境の制御と創造―思うままに自分を変え、他人を動かし、集団や環境を、自分の理念の通りに創造してゆく。

四 物質を超え、物質を自由に統御する力。
五 無限に発達した道徳意識。

 

The big trend in post-corona is the search for “what comes next to GAFA”

While the spread of the new coronavirus infection remains uncertain, the corona shock has changed our lives and working styles.

For example, the Ministry of Health, Labor and Welfare presents practical examples of a “new lifestyle” that assumes the new coronavirus, and proposes new styles for daily life such as shopping, eating, entertainment and sports, and working styles such as work styles and meetings. In addition, some companies are making the remote work adopted to support “With Corona” permanent even in post-corona.

How will the corona shock change the world? One of the directions I think about this awareness of the problem is that the essential changes that began to manifest before the corona shock will accelerate its speed and become a major trend in the post-corona. .. So what is the essential change? The author thinks that it may intersect with “what comes after GAFA”.

The first thing that should be pointed out before the corona shock is “platformer capitalism.” Platformers such as GAFA (Google, Apple, Facebook, Amazon) in the US and BATH (Baidu, Alibaba, Tencent, Huawei) in China were in control. They continue to be excellent service providers for us consumers and have come to have devastating influence in each industry. Even in “With Corona,” these platformer companies are using digital technology to come up with various measures and measures, turning the corona shock into an opportunity for social implementation of technology and improving their business performance.

However, on the other hand, it is also a fact that criticism is increasing. For example, criticisms related to the problem of data monopoly hindering competition and the problem of privacy leakage are mainly mentioned. The author himself thinks that the American-style digital capitalism led by GAFA and the Chinese-style digital capitalism by “China Co., Ltd.” are undermined because they seek material affluence. There is. If this is the case, then GAFA and then “China Co., Ltd.” should be sought while taking advantage of their original strengths.

Four leading to liberation
“Four steps leading to liberation”.

Anyone must go through these four stages in order to reach liberation. And anyone can reach liberation by walking along these four steps according to a good priest. Of course, you are right. Therefore, let’s take a look at these four steps.

What are the four stairs?

One, Srota a Panna Sudaon
2. Sakrd agamin including this
3, anagmin, including Ana
Four, arhat, Arhat, Buddha

Is.

To explain,

Suda 逼 — A cleansed saint

Including the saint

A saint who made a leap (in dimension)

Arhat (transcendental dimension), also known as the completed saint, “Buddha”.

So how do practitioners walk through these four steps?

Training to kill the limbic system and neocortical brain

It is a practice to kill the limbic thread and neocortical brain in a bite.

Unless the limbic thread and neocortical brain are killed, the diencephalon will not operate and the third eye will not open.

However, don’t get me wrong. Killing the limbic system / neocortical brain ultimately means making use of the limbic system, especially the neocortical brain. The neocortical brain is said to be the “seat of creation.” However, the true position of creation is in the diencephalon.

There is. The diencephalon is a place of spirituality and a seat of inspiration, as I have repeatedly explained. The development of this place is a real inspiration.

However, in order to develop the diencephalon, the limbic system and neocortical brain must be closed for a while. When the diencephalon is developed, the neocortical brain is revived. The newly revived neocortical brain is the brain with superhuman inspiration and creativity based on spirituality.

Then what kind of training is it?

Method and system of spiritual completion

That is the practice of completing spirituality left by Buddha. This is what I call the “Buddhahood Law.” The Buddhahood means the completion of spirituality, and the person who fulfills it is called the “Buddha”. That is why I call that method the “Buddhahood method.”

The details are as described in “Reincarnation Meditation Method H”, which is a method and system for the Buddhahood consisting of seven systems and thirty-seven curriculums. In Agama, this is called “Seven departments and thirty-seven dojos” or “37 Bodhipakkhi”. These two names were not given by me. It is an ancient Buddhist term.

Sutras other than Agama — The sutras other than Agama are the ones who criticize all sutras, including the Lotus Sutra and Amida sutras, with a rather intense expression.

However, this is because there is no Buddhahood law. In addition to the historical fact that Buddha was only preached by Agama, is there any other “Buddhahood method” other than Agama?

That’s what I am. I cannot recognize it as a true Buddhist scripture, such as a scripture without the “Buddhahood Law.” Of course, it has its own significance and value, but it is not the mainstream. It should be called a sidestream. Please read my other books on this subject.

The seven departments and thirty-seven dozens are as follows.

Satipatthana Law, Satipatthana Law, Satipatthana Law, Satipatthana Law, Satipatthana Law

That is all.

These seven subjects, thirty-seven kinds of curriculum,

1. Meditation
Second, practice
Three, tapas (training)

What is Homo Excellence?
It’s a new human race.

Homo sapiens is none other than ourselves, but what kind of person is Homo excelence?
Homo Excellence is an “excellent person” who has acquired special abilities that Homo sapiens does not have.
It means “to”. Some say that this future person is a homo-intelligent dance (intelligent human).
It is named.
So what special abilities does this excellent future man, Homo Excellence, have?
Here are some of his features.
“Future species, super-humans, will probably have a brain rate coefficient of 3.9.”
Said the world-renowned anthropologist, Professor Gicorju Olivier of the University of Paris,
It begins to sing in “Chemicalization, past, present and future”.
“(We, who are far inferior to the ability of these extremely good creatures, are all about it.
Anyway, this super-human intellectual ability can barely be imagined.

It is, for example
1 Understanding the fourth dimension.
2 Ability to quickly grasp the complicated whole.
3 Acquisition of the sixth sense.
4 Possession of infinitely eruptive spirit of virtue.
5 Especially the spiritual qualities that are incomprehensible to our enlightenment.

And so on.
I will leave it to those with a lot of imagination to decide what the shape of the creature’s body, the wonderful intelligence, and the behavior that we can hardly understand with the brain development coefficient of 3.9. While we are Mekura, our successors are clairvoyant (translated by Kumi Ashizawa, published by Misuzu Shobo).
It has said.
According to the publisher’s introductory text, Professor Olivier is a professor of anthropology at the Faculty of Science, University of Paris, and has several books in addition to many articles on anthropology and anatomy, among which “anthropological anatomy”. Received a French Bachelor’s degree. Not only has he made many achievements in research in his field of specialization, but he is also enthusiastic about training young researchers, and he is an excellent leader in both name and reality of French anthropology. ”
It must be said that he is a leading scientist of the time.
The scientist has thus foretold the emergence of the future Homo Excellence.

Homeo Excellence Qualification

Kiriyama, Master

Here is one technology.
When trained with that technique, everyone will have some great power. Let’s raise that power.

Extremely developed intelligence-what I first saw and heard was the memorable power that I will never forget. The power of induction and induction that instantly analyzes, infers, understands, and grasps the essence of any complex structure or organization. Super dramatic creativity emanating from pure thinking that does not go through indirect thinking called Kotoba.
It will probably reach 2.5 to 3.5 if the average human intelligence is I. The best brains in this group are easy to understand.

D. Amplification of sensory organs-he can see invisible light (infrared rays, ultraviolet rays) and intersperses ultrasonic waves.
be able to. Predictive power that comes from the combination of that abnormal sensation and high intelligence. They come from the ability to control one’s body at will.

3. Control and creation of the environment-Change yourself as you wish, move others, and create groups and environments according to your own philosophy.

4. The power to freely control substances beyond them.
Five moral consciousness that has developed infinitely.

 

収穫加速の法則  Accelerating change law

収穫加速の法則(しゅうかくかそくのほうそく、The Law of Accelerating Returns)とは、アメリカの発明家レイ・カーツワイルが提唱した、一つの重要な発明は他の発明と結び付き、次の重要な発明の登場までの期間を短縮し、イノベーションの速度を加速することにより、科学技術は直線グラフ的ではなく指数関数的に進歩するという経験則である。また、彼がこの法則について言及したエッセイの表題でもある。伝統的な収穫逓減あるいは限定的な収穫逓増と対比する概念として提唱している。

収穫加速の法則と技術的特異点の到来編集

カーツワイルの唱えた収穫加速の法則は、技術革新のスピードに関する法則性だけを射程に入れたものではなく、広義の有用な情報量と定義される秩序とカオスと時間の関係の一般法則の下位法則として位置づけられている。これはエントロピー増大の法則を考慮にいれたもので、宇宙の秩序増大に関する法則性を射程に入れたものである。カーツワイルの定義によれば、収穫加速の法則は

両対数グラフで示された、15の独立したリストでの人類史上のパラダイムシフトとなった重要な出来事。リストはカール・セーガン、ポール・D・ボイヤー、ブリタニカ百科事典、アメリカ自然史博物館、アリゾナ大学他。レイ・カーツワイル編集。
秩序が指数関数的に成長すると、時間は指数関数的に速くなる — つまり、新たに大きな出来事が起きるまでの時間間隔は、時間の経過とともに短くなる。

というものである。

また収穫加速の法則は、生命進化のプロセスにも適用されており、DNAの成立、生殖という発明、発明を作る発明としての人間の誕生などを一元的に捉え、ムーアの法則によって示されたような秩序を増大させる技術革新はトランジスタ製造技術の枠を超えて継続するという主張を展開した。

前項で述べた、「収穫加速の法則」においてパラダイムが定義されていないという問題も無視しがたいものですが、けれども、実際のところ、歴史的な事象の発生頻度が指数的な分布を示していることは、ある意味では真実です。そのため、宇宙、生命、人類の歴史とテクノロジーを一つの対数グラフ上にまとめて掲載してしまえば、成長曲線が今後進んでいく方向が、誤差として完全に覆い隠されてしまいます。

よって、注目するべきは、直近の過去において成長曲線がどこへ向かっているかです。

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図1: 指数関数の進む方向

 

そして、私が「収穫加速の法則」とその帰結であるシンギュラリティに対して懐疑的になったそもそもの理由は、「収穫加速の法則」から予想される加速度的な変化が、過去20年ばかりの私の生活実感において全く感じられないことにあります。

と言うよりも、さまざまな現象を虚心坦懐に取り上げてみれば、指数関数的な成長ではなく、むしろ減速、停滞が、あらゆるところで観察できます

 

カーツワイル氏は、「収穫加速の法則」を根拠として、20世紀の100年間全体で起きた「パラダイム・シフト」と同等のものが、2000年から2014年までの14年間に発生する、と2005年に予測していました。2017年現在では更に「20世紀全体と同等のパラダイム・シフト」が起こるまでの期間は短くなっているはずです。

わたしのモデルを見れば、パラダイム・シフトが起こる率が10年ごとに2倍になっていることがわかる。(中略) 20世紀の100年に達成されたことは、西暦2000年の進歩率に換算すると20年で達成されたことに相当する。この先、この西暦2000年の進歩率による20年分の進歩をたったの14年でなしとげ(2014年までに)、その次の20年分の進歩をほんの7年でやってのけることになる。別の言い方をすれば、21世紀では、100年分のテクノロジーの進歩を経験するのではなく、およそ2万年分の進歩をとげるのだ(これも今日の進歩率で計算する)。もしくは、20世紀で達成された分の1000倍の発展をとげるとも言える。*1

 

この時間間隔は、私が恣意的に設定したものではなく、カーツワイル氏自身が主張している時間間隔です。

やはりここでもカーツワイル氏は「達成された進歩の総量」が一体何を表すのかを定義しておらず、定量的な議論は不可能です。けれども、私自身の生活実感と社会の変化を考えても、科学的発見や技術革新を考えても、あるいはそれ以外のいかなる意味においても、20世紀の1世紀全体と2000年からの14年間では、前者における進歩が大きいと考えます。

生活水準の比較

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図2: 1920年代の日本の風景

 

まずは、人々の生活水準の観点から20世紀の100年間と、21世紀最初の16年間を比較してみます (近年の進歩をやや保守的に捉えます)。

1900年の日本人は、現在の私たちが「健康で文化的な最低限度の生活」と考える水準を下回る生活を送っていました。

近代的な上下水道、電気、電話などは19世紀末ごろに商用化が始まり、20世紀後半の高度成長期にようやく日本全国へと普及しました。移動手段としての馬匹は、実は戦後まで利用されており、自家用車の世帯普及率は1960年代でも10%を下回っていました。1900年代の日本人は9割以上が農業に従事しており、平均寿命は40歳程度でした。その後、1999年の平均寿命は81歳と、40年以上増加しています *2

現在の私たちの生活を物質面で定めるもの、水道、電気、電話、自動車などは、ほぼ全てが19世紀に始まり、20世紀後半に普及したものです。

また、日本における商用インターネットの開始は1990年代であり、一般家庭への普及のきっかけとなったのは1995年のWindows95発売ですから、インターネットの発明と実用化も20世紀の出来事に含むことができるでしょう。

1900年と2000年の生活の違いを考えると、物質的な側面においては2000年と2016年の違いはそれほど大きくないように感じます。

もちろん、2000年にはスマートフォンは存在せず、携帯電話の普及率はようやく50%を超えた程度でした。フェイスブックツイッターなど、名だたる有名IT企業もまだ存在していませんでした。

けれども、1900年と2000年の間にある相違と比較すれば、2000年と2016年はほぼ同じ種類の社会であると言えます。そこで、ある二人のタイムトラベラーを想像してみてください。

 

二人のタイムトラベラー

一人は1880年の生まれで1900年に20歳を迎えた青年であり、その後タイムマシンでいきなり2000年に連れて来られてしまったのです。

おそらく彼は、生活と労働のあらゆる側面で非常な困難を覚えるだろうことは疑いの余地がありません。電話やテレビは魔術であり、馬も無しに高速で進む鉄の馬車に怯え、家業の農業を続けるにしても化学肥料やトラクターやらの使い方は分からず、お金を稼ぐどころか銀行の使い方ですら学ぶことは難しいかもしれません。

そもそも、共通日本語が日本全国でおおむね普及したのは戦後のテレビの普及後であり、もしも彼が九州や東北の出身であった場合、現代では会話すら不可能である可能性もあります。

もう一人は、1980年に生まれ高卒で就職し、2000年に成人していた青年です。彼もまた、2000年から現在の2017年に連れられてきたタイムトラベラーなのです。

彼は、テレビ、冷蔵庫、洗濯機や炊飯器など大体の家電を使うことができ、自分のPCや携帯電話は持っていなかったかもしれませんがどういうものかは知っており、おそらくPCで事務仕事をすることも、スマートフォンを使ってSNSに自撮りを投稿することもすぐに学べるだろうと思います。運転免許は失効しているでしょうが、車の構造は変わっていないので、運転技能それ自体に問題はないでしょう。

近年の世情を知らないことから来る混乱はあるかもしれませんが、仕事と住居を探して、必要な商品を購入し、友人や恋人を見つけ、その後生きていくことにさほどの難しさはないだろうと思います。

数年後には、自分から申告しなければ、彼が2000年からのタイムトラベラーであることは誰からも気付かれないかもしれません。

 

この二人の架空のタイムトラベラーがその後辿るであろう人生を考えてみると、20世紀全体の100年間と、2000年からの16年間では、確実に前者の進歩が質・量の両面でより大きいと断言できます。

日本において、生活水準の指数関数的な成長が発生したのは20世紀です。そして、生活水準の指数関数的な成長は既に高度成長期には停滞を迎えています

もちろん、将来予測としては、今後何らかのブレイクスルーが発生し、核融合や高効率のソーラー発電が実用化されることで無尽蔵のエネルギーが供給され、寿命がいきなり何百年も延長される可能性はあります。

けれども、カーツワイル氏の「収穫加速の法則」の言葉を素直に読めば、新たな発明が他の発明と組み合わされ発明の頻度が増加し連続的に継続され、継続的な「パラダイム・シフト」が続き、ますます高密度に加速していくはずであり、全体としては停滞を挟む不連続で劇的なジャンプは想定されていません。(なお、私が本節で検証しているのは、過去実際に発生した事象に対して「収穫加速の法則」を適用することであり、法則から得られる将来予測は対象としていないことに注意してください。)

生活水準について言えば、「収穫加速の法則」は過去を説明することに失敗しています。

科学技術に関する比較

次はもう少し真面目に、科学的な発見および工学的なテクノロジーの発明について検討してみます。世界全体の科学的発見と発明は、一様に指数関数的に加速して進歩しているわけではなく、実際のところ、減速ないしは停滞していると主張する研究が存在しています。

大停滞

大停滞

たとえば、アメリカの経済学者タイラー・コーエンは著書『大停滞』の中で、1955年前後から情報技術以外の分野におけるイノベーションの生産性が低下したことが、先進国の経済的成長率の鈍化の原因である可能性を示しています。

コーエンによれば、「人口当たりのイノベーション件数は1873年を境に減少に転じている。これは、電気と自動車の時代への移行が始まった時期とほぼ一致する *3」とされています。イノベーションが最も活発だった時代は、実は情報テクノロジーの発展前であったと言うのです。

また、アメリカの歴史家ジョセフ・テインターによる『複雑な社会の崩壊 (The Collapse of Complex Societies)』(邦訳未刊)では、研究ヘの資金投入に対する特許申請数、および合衆国の保健システムの生産性が、定常的に低下していることが示されています*4

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図3: 研究への資金投入に対する特許申請数

 

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図:4 米国の保健システムの生産性 (生産性指標 = (寿命)/(GNPに占める保健支出)により産出)*5

 

この期間内には、ムーアの法則が完全に機能しており、情報テクノロジーが指数関数的な成長を遂げていました。けれども、情報テクノロジーの発展は、他分野のテクノロジーの発展に結びついていないと言うことができるでしょう。

更に、研究成果の内容を詳細に検討します。20世紀には、基礎科学と応用科学、技術において、真に「パラダイム・シフト」と呼べるような革新的な新発見と発明が多数存在しました。

トムソンが電子を発見した1897年以来、量子力学、核物理学は20世紀に長足の進歩を遂げ、原子爆弾原子力発電所も実用化されました。
天文物理学と宇宙論について言えば、特殊相対性理論は1905年に発表されています。1920年代にはハッブルが宇宙は膨張していることを発見し、20世紀後半にはその理論的な説明として、ビッグバン理論が科学者の間でも受け入れられました。意外なことに、「宇宙に始まりがある」という考え方は、あまりに宗教じみているとして、多くの科学者は最初拒否感を示したと言われています。
化学では、高分子化学が発達しプラスチックやナイロンなどが開発され、ペニシリンなどの抗生物質の製薬も開始されました。有史以来、人間の死因リストの最上位に位置していたのは感染症であり、それに対抗する抗生物質の発明こそが人間の健康と幸福に対する最大の貢献者です。

また、生物学では分子生物学が進化を遂げ、DNA二重らせん構造の発見があり、近代的な遺伝子学も始まりました。

そして、半導体トランジスタの発明も挙げられます。1947〜1948年に相次いでトランジスタが開発され、その後現在まで続く半導体産業の幕開けとなりました。

飛行機、ロケット、人工衛星など、空と宇宙を利用する技術の開発も進みました。

 

ひるがえって、2000年以降現在の2017年までの科学的な進歩を考えてみます。
クローン羊の誕生(2000年)、ヒトゲノム計画の完了(2003年)、iPS細胞の発見(2006年)、ヒッグス粒子の発見(2008年)、ディープラーニング(2006年〜) などが挙げられるでしょうが、科学的な原理における大発見は少ないように見えます。

というよりも、量的には、2000年から2014年までの間において「パラダイム・シフト」と呼べるほどの巨大な発見は決して多くありません。

もちろん、私は21世紀に入ってからは科学が停滞している、と言うつもりはありません。近年でも論文出版数は増加し続けています。けれども、カーツワイル氏が主張するように「20世紀全体と同量の進歩が起きるスピードが加速している」とはとても言えません。

 

次に、質的な意味で科学的発見を検討します。科学的な発見の意義を比較することは困難ですが、20世紀における相対性理論、原子物理学、ビッグバン理論、あるいは不確定性原理不完全性定理のように、私たちの世界観・人間観・宇宙観全てを根本から変えるほどの巨大で原理的な発見は21世紀には存在しておらず、どちらかと言えば微小で応用的な分野における発見が続いているように見えます。

思想家である内山節は、著書『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』において、豊かな自然と動物との交流に彩られた日本人の世界観が、近代的な科学教育とメディアの影響によって、1965年ごろを境として劇的に変化したことを記しています。それに先立って19世紀ごろから、欧米・中東の一神教文明世界においても、中世から続くネオプラトニズム的世界観は科学的機械論的な世界観の影響により、修正を迫られました。そのような大規模かつ根本的な世界観・人間観の変化は、21世紀の科学からは発生していません。

21世紀の科学的発見や、近年に発達した技術についても、原理自体は20世紀に発見されているものも少なくありません。

たとえば、量子コンピュータの原理が発明されたのは1980〜90年代であり、またブレインマシンインターフェイス (BMI) についても、基礎となる非侵襲的な脳モニタリングは、1990年代には既に実用化されています。ヒトゲノム計画、動物クローン技術も、計画自体は前世紀から開始されていました。ヒッグス粒子の理論的予測は1960年代に遡ります。そして、ディープラーニングに至っては、原理であるニューラルネット自体は1950年代に既に開発されています。

おそらく、真に21世紀に発生した科学的な「パラダイム・シフト」と間違いなく呼べるものは、「幹細胞の発見と再生医学」だけなのではないかと思います。この分野は、近年のSTAP細胞に関する騒動を見ても分かる通り、まだトーマス・クーンのパラダイム論における「変則事例 (アノマリー)」の発見と「異常科学」の状態が続いています。

つまり、科学者たちが既存の理論に当てはまらない新たな現象を発見し、次の新たなパラダイムを探している段階です。

もちろん、私は2000年以降になされた科学的な発見を軽視するつもりはありません。今後、これまで報道されていない科学研究が脚光を浴びることもあるでしょう。もちろん言うまでもなく、前世紀からずっとコンピュータ技術の進歩は続いています。おそらく、機械学習に限って言えば、21世紀には既に20世紀よりも大きな進歩を遂げたと言えます。

けれども、「収穫加速の法則」とカーツワイルの言葉を素直に受け止めれば、コンピュータや機械学習ごときの、単独のテクノロジーの成長を対象としているわけではありません。宇宙と生命とテクノロジーの進歩、その全てを視野に捉えた壮大な指数関数的な歩みが存在していなければおかしいはずです。

けれども、カーツワイル氏が言う「進歩の総量」をいかなる意味で捉えるにせよ、パンフォーカスの広い視野の中で20世紀と21世紀を捉えてみると、21世紀最初の16年間には20世紀全体の100年間と同等の変化、同等の進歩、同量の科学的発見は発生していません。

まとめ

以上のことから、過去、実際に起きた歴史的事象を対象とすると、「収穫加速の法則」は過去発生した現象を説明できず、モデルとしての妥当性を欠いています。過去の事象を説明できないモデルは、当然のことながら未来の予測に対しても不適切です。

実際のところ、「収穫加速」どころか、21世紀には20世紀と比べて情報テクノロジーの発展以外は減速している、と主張することさえ可能であり、それを裏付けるデータも存在しています。このように、最初急速に指数関数的な成長を遂げ、次第に成長が穏やかになる現象を、よく説明し予測できるモデルがあります。

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図5: S字曲線

 

The Law of Accelerating Returns (English: The Law of Accelerating Returns) was advocated by American inventor Ray Kurzweil, and one important invention was linked to another, and the next important invention. It is an empirical rule that science and technology advance exponentially rather than linearly by shortening the time to the emergence of a new invention and accelerating the speed of innovation. It is also the title of an essay he mentioned about this law. It is advocated as a concept to contrast with traditional diminishing returns or limited increasing returns.
Ander Korotayev, Artemy Malkov, Daria Khaltourina “Microdynamics of Society: Growth of World Systems and Compact Macromodels”, Journal of Information Sociology, Vol. 2, No. 1, 2007.

Accelerating change law and the arrival of the technological singularity Edit
Kurzweil’s law of acceleration of harvest does not only cover the law of speed of technological innovation, but is a subordinate law of the general law of the relationship between order, chaos and time, which is defined as useful information in a broad sense. It is positioned as. This takes into account the law of increasing entropy, and takes into account the law of increasing order in the universe. According to Kurzweil’s definition, the law of accelerated harvest is

An important event that became a paradigm shift in human history with 15 independent lists, shown in a log-log graph. Listed include Carl Sagan, Paul D. Boyer, Encyclopaedia Britannica, American Museum of Natural History, University of Arizona and others. Edited by Ray Kurzweil.
“As order grows exponentially, time becomes exponentially faster — that is, the time interval between new major events becomes shorter over time.”

That is.

The law of accelerated harvest is also applied to the process of life evolution, and it seems that Moore’s law centrally grasps the formation of DNA, the invention of reproduction, the birth of human beings as the invention that makes the invention, etc. He argued that technological innovations that would increase the order would continue beyond the boundaries of transistor manufacturing technology.

The problem that the paradigm is not defined in the “accelerating change” mentioned in the previous section cannot be ignored, but in reality, the frequency of occurrence of historical events shows an exponential distribution. Being is, in a sense, true. Therefore, if the history and technology of space, life, and humankind are posted together on one logarithmic graph, the direction in which the growth curve will advance will be completely obscured as an error.

So what should be noted is where the growth curve is heading in the last past.

Figure 1: Direction of exponential function

And the reason why I became skeptical about the “accelerating change” and its consequent singularity is that the accelerating changes expected from the “accelerating change” have been around for the past 20 years. There is something I can’t really feel in my life.

Rather, if you take up various phenomena in a vain manner, you can observe slowdowns and stagnations everywhere, rather than exponential growth.

Kurzweil said that on the basis of the “accelerating change”, the equivalent of the “paradigm shift” that occurred throughout the 100 years of the 20th century will occur in the 14 years from 2000 to 2014, 2005. I was expecting it. As of 2017, the period until the “paradigm shift equivalent to the entire 20th century” should occur is shorter.

If you look at my model, you can see that the rate of paradigm shifts doubles every 10 years. (Omitted) What was achieved in 100 years of the 20th century is equivalent to what was achieved in 20 years when converted to the progress rate of 2000 AD. In the future, 20 years of progress based on the progress rate of 2000 AD will be achieved in only 14 years (by 2014), and the next 20 years of progress will be achieved in just 7 years. In other words, in the 21st century, instead of experiencing 100 years of technological progress, we will make about 20,000 years of progress (again, calculated at today’s rate of progress). Or it can be said that it will achieve 1000 times the development achieved in the 20th century. * 1

This time interval is not something I set arbitrarily, but Kurzweil’s own claim.

Again, Kurzweil does not define what the “total amount of progress achieved” represents, and quantitative discussion is impossible. But in the whole 1st century of the 20th century and in the 14 years since 2000, whether I think of my own feelings of life and social changes, scientific discoveries, technological innovations, or in any other sense. , I think that the progress in the former is great.

Comparison of living standards

Figure 2: Landscape of Japan in the 1920s

First, let’s compare the 100 years of the 20th century with the first 16 years of the 21st century from the perspective of people’s living standards (a somewhat conservative view of recent progress).

The Japanese in 1900 lived below what we now consider to be a “healthy and culturally minimal life.”

Modern water and sewage systems, electricity, telephones, etc. began to be commercialized around the end of the 19th century, and finally spread throughout Japan during the high-growth period of the latter half of the 20th century. Horses as a means of transportation were actually used until after the war, and the household penetration rate of private cars was less than 10% even in the 1960s. More than 90% of the Japanese in the 1900s were engaged in agriculture, and their average life expectancy was around 40 years. Since then, life expectancy in 1999 was 81 years, an increase of more than 40 years * 2.

Almost all of the things that define our lives today, such as water, electricity, telephones, and automobiles, began in the 19th century and became widespread in the latter half of the 20th century.

In addition, the commercial Internet started in Japan in the 1990s, and it was the release of Windows 95 in 1995 that triggered the spread to general households, so the invention and practical application of the Internet can be included in the events of the 20th century. Let’s do it.

Considering the difference in life between 1900 and 2000, I feel that the difference between 2000 and 2016 is not so big in terms of materiality.

Of course, in 2000, smartphones did not exist, and the penetration rate of mobile phones finally exceeded 50%. Well-known IT companies such as Facebook and Twitter didn’t exist yet.

However, when compared to the differences between 1900 and 2000, 2000 and 2016 are about the same kind of society. So imagine two time travelers.

Two time travelers

One was a young man who was born in 1880 and turned 20 in 1900, and was suddenly brought to 2000 by a time machine.

There is no doubt that he will experience great difficulties in every aspect of life and labor. Telephones and televisions are magic, scared of fast-moving iron carriages without horses, and even if you continue to farm your family, you don’t know how to use fertilizers or tractors, and even learn how to use banks instead of making money That can be difficult.

In the first place, common Japanese became popular all over Japan after the spread of television after the war, and if he was from Kyushu or Tohoku, it may not even be possible to speak in modern times.

The other is a young man who was born in 1980, got a job with a high school diploma, and was an adult in 2000. He is also a time traveler brought from 2000 to the present 2017.

He can use most appliances such as TVs, refrigerators, washing machines and rice cookers, and he may not have his own PC or cell phone, but he knows what it is, and probably offices on his PC. I think you’ll soon learn to work and post selfies on social media using your smartphone. Your driver’s license will have expired, but the structure of the car hasn’t changed, so your driving skills themselves shouldn’t be a problem.

There may be some confusion that comes from not knowing the world in recent years, but it’s not too difficult to find a job and a place to live, buy what you need, find friends and lovers, and then live. I think it will be.

A few years later, no one may notice that he is a time traveler since 2000, unless he declares himself.

Considering the life that these two fictitious time travelers will follow, in the 100 years of the entire 20th century and the 16 years from 2000, the progress of the former is definitely better in terms of both quality and quantity. I can assure you that it is big.

Exponential growth of living standards occurred in Japan in the 20th century. And the exponential growth of living standards has already stagnated during the high-growth period.

Of course, as a future forecast, there is a possibility that some kind of breakthrough will occur in the future, and the practical application of nuclear fusion and high-efficiency solar power generation will supply inexhaustible energy and suddenly extend the life span by hundreds of years. ..

However, if you read Kurzweil’s “Accelerating Change” straightforwardly, new inventions will be combined with other inventions, and the frequency of inventions will increase and continue continuously, resulting in a continuous “paradigm shift.” It should continue to accelerate more and more densely, and overall no discontinuous and dramatic jumps across the stagnation are expected. (Note that what I am verifying in this section is to apply the “accelerating change law” to the events that actually occurred in the past, and not to the future predictions obtained from the law. please.)

When it comes to living standards, the “accelerating change” fails to explain the past.

Comparison of science and technology

Next, let’s take a closer look at scientific discoveries and inventions of engineering technology. Scientific discoveries and inventions throughout the world are not uniformly exponentially accelerating and advancing, and in fact there are studies claiming that they are slowing or stagnant.

Great stagnation

Authors: Tyler Cowen, Masazumi Wakatabe, Chiaki Ikemura
Publisher / Manufacturer: NTT Publishing
Release date: 2011/09/22
Media: Book
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For example, American economist Tyler Cowen wrote in his book The Great Stagnation that the decline in innovation productivity in areas other than information technology from around 1955 caused the slowdown in economic growth in developed countries. Indicates the possibility of

According to Cohen, “The number of innovations per capita has been declining since 1873. This is almost the same as the time when the transition to the era of electricity and automobiles began * 3.” It is said that the time when innovation was most active was actually before the development of information technology.

Also, in The Collapse of Complex Societies by American historian Joseph Teinter, the number of patent applications for funding research and the productivity of the US health system are discussed. It has been shown to be steadily decreasing * 4.

Figure 3: Number of patent applications for research funding

Figure: 4 Productivity of the US health system (productivity index = (lifetime) / (produced by health expenditure in GNP)) * 5

During this period, Moore’s Law was fully functional and information technology was growing exponentially. However, it can be said that the development of information technology is not linked to the development of technology in other fields.

In addition, we will examine the content of the research results in detail. In the 20th century, there were many innovative new discoveries and inventions in basic science, applied science, and technology that could truly be called a “paradigm shift.”

Since 1897, when Thomson discovered the electron