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密教の仏たち 17 弥勒菩薩

弥勒菩薩

弥勒菩薩(みろくぼさつ)、maitreyaマイトレーヤ)、metteyyaメッテイヤメッテッヤ)は仏教において、釈迦牟尼仏の次に現われる未来仏であり、大乗仏教では菩薩の一尊である。

 

弥勒は音写であり、「慈しみ」(maitrīmettā)を語源とするため、慈氏菩薩(“慈しみ”という名の菩薩)とも意訳する。

三昧耶形は蓮華上の塔、賢瓶(水瓶)。種子(種子字)はयु(yu)BonjiYu.png

 

弥勒は現在仏であるゴータマ・ブッダ(釈迦牟尼仏)の次にブッダとなることが約束された菩薩(修行者)で、ゴータマの入滅後56億7千万年後の未来にこの世界に現われ悟りを開き、多くの人々を救済するとされる。それまでは兜率天で修行(あるいは説法)しているといわれ、中国・朝鮮半島・日本では、弥勒菩薩の兜率天に往生しようと願う信仰(上生信仰)が流行した。

前述のように弥勒の下生は56億7千万年後とされているが、この気の遠くなる年数は、弥勒の兜率天での寿命が4000年であり、兜率天の1日は地上の400年に匹敵するという説から、下生までに4000×400×12×30=5億7600万年かかるという計算に由来する。そして、後代になって5億7600万年が56億7000万年に入れ替わったと考えられている。

 

仏教の中に未来仏としての弥勒菩薩が登場するのはかなり早く、すでに『阿含経』に記述が見える。この未来仏の概念は過去七仏から発展して生まれたものと考えられている。

弥勒菩薩が出現するまでの間、現世に仏が不在となってしまう為、その間、六道すべての世界に現れて衆生を救うのが地蔵菩薩であるとされる。

 

真言編集

オン・マイタレイヤ・ソワカ(oṃ maitreya svāhā)

弥勒菩薩

遠い未来に人々を救うことが約束されている釈迦を継ぐ者

弥勒菩薩(みろくぼさつ)とは?

弥勒とは古代インドではマイトレーヤと呼ばれ、慈悲から生まれた者を意味しています。仏となることを約束されているため、弥勒仏・弥勒如来と呼ばれることもあります。釈迦が亡くなられてから56億7千万年後に仏となりこの世に現れ、釈迦の教えで救われなかった人々を救済するといわれています。ちなみに56億7千万年後とは、地球を含む太陽系が消滅する余命とほぼ一致しています。

 

現在は仏教世界の中央にそびえる須弥山(しゅみせん)の上空にある兜率天(とそつてん)という天界で修行をしています。

弥勒菩薩(みろくぼさつ)の像容

右足を曲げて左膝の上に乗せ、右手の指を頬に当てて物思いにふけるような半跏思惟像(はんかしいぞう)が多く造られました。これは将来どのようにして人々を救えばよいか思い悩んでいる姿とされています。

密教の仏たち 16 普賢菩薩

普賢菩薩

普賢菩薩

普賢菩薩(ふげんぼさつ、 samantabhadra [サマンタバドラ]、: ཀུན་ཏུ་བཟང་པོ་ [kun tu bzang po])は、大乗仏教における崇拝の対象である菩薩の一尊。文殊菩薩とともに釈迦如来脇侍として祀られることが多い(参照:釈迦三尊)。法要では四七日の仏とされる。

 

三昧耶形は剣、五鈷杵種子(種子字)はアン (aṃ)BonjiAm.png

 

梵名のサマンタバドラとは「普く賢い者」の意味であり、彼の世界にあまねく現れ仏の慈悲と理智を顕して人々を救う賢者である事を意味する。また、女人成仏を説く法華経に登場することから、特に女性の信仰を集めた。[要出典]密教では菩提心(真理を究めて悟りを求めようという心)の象徴とされ、同じ性格を持つ金剛薩埵と同一視される。そのため普賢菩薩はしばしば金剛薩埵の別名でもある金剛手菩薩(こんごうしゅぼさつ)とも呼ばれる。

 

オン・サンマヤ・バン(Om samayas tvaṃ)

 

普賢菩薩

あらゆる場所に現れ、命あるものを救う慈悲を司る菩薩

普賢菩薩(ふげんぼさつ)とは?

普賢とは「全てにわたって賢い者」という意味で、あらゆるところに現れ命ある者を救う行動力のある菩薩です。

 

文殊菩薩とともに釈迦如来の右脇侍として三尊で並ぶことが多いですが、独尊で祀られる場合もあります。文殊菩薩の智慧とともに修行を司る菩薩として、明晰な智慧で掴み取った仏道の教えを実践していく役割を果たすとされています。また、女性の救済を説く法華経の普及とともに女性に多く信仰を集めました。

 

ちなみに普賢菩薩から派生した仏に延命のご利益のある普賢延命菩薩があります。

ご利益

女性守護、修行者守護、息災延命、幸福を増やす増益のご利益があるとされています。また、辰・巳年の守り本尊です。

普賢菩薩(ふげんぼさつ)の像容

白象に乗っている姿が一般的です。3つや4つの頭の象に乗っている場合は普賢延命菩薩像の可能性が高いです。

 

 

密教の仏たち 15 般若菩薩

 

般若菩薩

仏教用語般若(はんにゃ)とは、サンスクリット語प्रज्ञाprajñāプラジュニャー)、パーリ語पञ्ञाpaññāパンニャー)に由来し、全ての事物や道理を明らかに見抜く深い智慧のこと[1]

『般若心経』(はんにゃしんぎょう)、正式名称『般若波羅蜜多心経』(はんにゃはらみったしんぎょう、प्रज्ञापारमिताहृदयPrajñā-pāramitā-hṛdaya、プラジュニャーパーラミター・フリダヤ)は、大乗仏教の空・般若思想を説いた経典で、般若経の1つともされる。僅か300字足らずの本文に大乗仏教の心髄が説かれているとされ、複数の宗派において読誦経典の一つとして広く用いられている。 — ウィキペディア日本語版般若心経」より。

 

密教の仏。14 馬頭観音

馬頭観音

 

観音菩薩の変化身(へんげしん)の1つであり、いわゆる「六観音」の一尊にも数えられている。観音としては珍しい忿怒の姿をとる。

梵名のハヤグリーヴァは「馬の首」の意である。これはヒンドゥー教では最高神ヴィシュヌの異名でもあり、馬頭観音の成立におけるその影響が指摘されている[2]。 他にも「馬頭明王」、「大持力明王」など様々な呼称がある。衆生の無智・煩悩を排除し、諸悪を毀壊する菩薩である。「師子無畏観音」ともいう。

他の観音が女性的で穏やかな表情で表されるのに対し、一般に馬頭観音のみは目尻を吊り上げ、怒髪天を衝き、牙を剥き出した憤怒(ふんぬ)相である。このため、密教では「馬頭明王」と呼ばれて仏の五部で蓮華部の教令輪身(きょうりょうりんじん)であり、すべての観音の憤怒身ともされる[3]。それゆえ柔和相の観音の菩薩部ではなく、憤怒相の守護尊として明王(みょうおう)部に分類されることもある。

また「馬頭」という名称から、民間信仰では馬の守護仏としても祀られる。さらには、馬のみならずあらゆる畜生類を救う観音ともされていて、『六字経』を典拠とし、呪詛を鎮めて六道輪廻の衆生を救済するとも言われる「六観音」においては、畜生道を化益する観音とされる。

 

経典によっては馬頭人身の像容等も説かれ、胎蔵界曼荼羅にも描かれるが、日本での仏像の造形例はほとんどない。立像が多いが、坐像も散見される。頭上に馬頭を戴き、胸前では馬の口を模した「根本馬口印」という印相を示す。剣や斧、棒などを持ち、また、蓮華のつぼみを持つ例もある。剣は八本の腕のある像に多い。

 

真言・三昧耶形・種子・手印編集

真言

  • おん あみりと どはんば うんはった そわか[11]
  • おん あみりとどはば うん はった (天台宗系) [12]
  • Oṃ amṛtodbhava hūṃ phaṭ [13]

三昧耶形

  • 「白馬頭」。
  • 「碧馬頭」[14]
  • 三角形の中の「棍棒」。

種字

  • हूं (ウーン、hūṃBonjiHuum2.png[11]または हं(カン、haṃ)Bonji-Ham.png[15][16]

  • 「馬頭観音印」[11]

馬頭観音

動物達の守護仏であり、怒りの形相で悪を粉砕する観音菩薩

馬頭観音(ばとうかんのん)とは?

ヒンドゥー教の最高神・ビシュヌが馬の頭に変化して敵を倒したとされる神話を起源とされています。

 

他の観音様は女性的な美しい表情であることが多いですが、馬頭観音は憤怒の形相で表され、馬頭明王と呼ばれることもあります。怒りの激しさによって苦悩や諸悪を粉砕し、馬が草を食べるように煩悩を食べ尽くし災難を取り除くとされています。

 

六観音の一つに数えられ、畜生道に迷う人々を救済します。また家畜の安全と健康を祈ったり、旅の道中を守る観音様として信仰されました。昔は武家や農民にとって、馬は生活の一部となっており、馬を供養する仏としても信仰されました。レース中の事故で亡くなった馬を供養するために、競馬場の近くにもよく祀られています。

ご利益

無病息災、動物救済、厄除け、旅行安全のご利益があるとされています。

馬頭観音(ばとうかんのん)の像容

忿怒形で表現されます。頭の上に馬の頭を冠のように乗せていますが、これは衆生の煩悩を食い尽くすことを表現しています。3面や4面のお顔に2本の腕や8本の腕など様々な姿があります。また、人差し指と薬指を伸ばして中指を折る馬口印(ばこういん)を結んでいます。手には煩悩を打ち砕く剣や斧、棒を持っている姿が多いです。

有名寺院と

密教の仏たち 13 千手観音

千手観音

サハスラブジャ」とは「千の手」あるいは「千の手を持つもの」の意味である。この名はヒンドゥー教ヴィシュヌ神やシヴァ神、女神ドゥルガーといった神々の異名でもあり、インドでヒンドゥー教の影響を受けて成立した観音菩薩の変化身(へんげしん)と考えられている。六観音の一尊でもある。

三昧耶形は開蓮華(満開のハスの花。聖観音の初割蓮華と対をなす)、蓮華上宝珠種字はキリーク(ह्रीः hrīḥ)[1]

 

千本の手は、どのような衆生をも漏らさず救済しようとする、観音の慈悲と力の広大さを表している。観音菩薩が千の手を得た謂われを述べた仏典としては、伽梵達摩訳『千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無礙大悲心陀羅尼經』がある。この経の中に置かれた『大悲心陀羅尼』は現在でも中国や日本の天台宗禅宗寺院で読誦されている。六観音の一尊としては、六道のうち餓鬼道を摂化するという。また地獄の苦悩を済度するともいい、一切衆生を済度するに、無礙の大用あることを表して諸願成就・産生平穏を司るという。

 

千手観音(せんじゅかんのん)とは?

別名 千手千眼観自在菩薩(せんじゅせんげんかんじざいぼさつ)とも言い、生きとし生けるものすべてを漏らさず救う、大いなる慈悲を表現する菩薩です。千の手と手のひらの千の眼によって悩み苦しむ衆生を見つけては手を差し伸べる広大無限な功徳と慈悲から「大悲観音」、または観音の王を意味する「蓮華王」とも称されます。阿修羅や金剛力士などが属する二十八部衆を配下とします。

 

観音の中でも功徳が大きく、観音の中の王という意味で「蓮華王」と呼ばれることもあります。阿修羅や金剛力士などの二十八部衆を配下にしています。また六観音の一つに数えられ餓鬼道に迷う人々を救うといわれています。

ご利益

災難除け、延命、病気治癒などあらゆる現世利益を網羅し、特に夫婦円満、恋愛成就に功徳があるとされています。子年の守り本尊でもあり、子年生まれの人の開運、厄除け、祈願成就を助けるとされます

明密教の仏たち 12 如意菩薩

如意菩薩


如意輪観音(にょいりんかんのん、Cintāmaṇicakra[1]、チンターマニチャクラ)は、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。観音菩薩の変化身(へんげしん)の一つであり、六観音の一尊に数えられる。

 

三昧耶形如意宝珠、紅蓮華。種字はキリーク(ह्रीः、hrīḥ)[2]

 

  • オン・バラダハンドメイ・ウン[2]
  • オン・ハドマ・シンダマニ・ジバラ・ウン[3]

如意とは如意宝珠(チンターマニ)、輪とは法輪(チャクラ)の略で、如意宝珠の三昧(定)に住して意のままに説法し、六道の衆生の苦を抜き、世間・出世間の利益を与えることを本意とする。如意宝珠とは全ての願いを叶えるものであり、法輪は元来古代インドの武器であったチャクラムが転じて、煩悩を破壊する仏法の象徴となったものである。六観音の役割では天上界を摂化するという。

 

 

 

密教の仏たち 11 不動明王

不動明王

 

(ふどうみょうおう、अचलनाथ acalanātha[2])は、仏教の信仰対象であり、密教特有の尊格である明王の一尊。大日如来の化身とも言われる。また、五大明王の中心となる明王でもある。

密教の根本尊である大日如来の化身であると見なされている。「お不動さん」の名で親しまれ、大日大聖不動明王(だいにちだいしょうふどうみょうおう)、無動明王、無動尊、不動尊などとも呼ばれる。アジアの仏教圏の中でも特に日本において根強い信仰を得ており、造像例も多い。

 

真言編集

不動明王の真言には以下のようなものがある。 一般には、不動真言の名で知られる、小咒(しょうしゅ)、一字咒(いちじしゅ)とも呼ばれる真言が用いられる。

「ノウマク サンマンダ バザラダン カン」
namaḥ samantavajrānāṃ hāṃ
(すべての諸金剛に礼拝する。ハーン。)

また、長い真言には、火界咒(かかいしゅ)と呼ばれる真言がある。

「ノウマク サラバタタギャテイビャク サラバボッケイビャク サラバタタラタ センダマカロシャダ ケンギャキギャキ サラバビギナン ウンタラタ カンマン」
namaḥ sarvatathāgatebhyaḥ sarvamukhebhyaḥ sarvathā traṭ caṇḍamahāroṣaṇa khaṃ khāhi khāhi sarvavighanaṃ hūṃ traṭ hāṃ māṃ

その中間に位置する、慈救咒 (じくじゅ)と呼ばれる真言も知られる。

「ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダ ソハタヤ ウンタラタ カンマン」[3]
namaḥ samantavajrānāṃ caṇḍa-mahāroṣaṇa sphoṭaya hūṃ traṭ hāṃ māṃ. [4]
(すべての諸金剛に礼拝する。怒れる憤怒尊よ、砕破せよ。フーン、トラット、ハーン、マーン。)

種子編集

種子(種子字)はカンहांhāṃBonji-hāṃ.png、あるいはカンマンह्म्मांhmmāṃBonjiHaammaam.png

印相編集

  • 不動根本印
  • 不動剣印

三昧耶形編集

三昧耶形は利剣(倶利伽羅剣)、あるいは羂索。

不動明王
ふどうみょうおう

ヒンドゥー教のシバ神異名で、アチャラナータAcalanātaといい、漢音で阿遮羅嚢他(あしゃらのうた)とあてる。アチャラは無動尊の意。大日如来(だいにちにょらい)の命を受けて忿怒(ふんぬ)相に化身(けしん)したとされる像で、密教では行者に給仕して菩提(ぼだい)心をおこさせ悪を降(くだ)し、衆生(しゅじょう)を守る。五大明王、八大明王では中央に位置する主尊。709年(中国の景竜3)に訳出された菩提流支(ぼだいるし)訳『不空羂索神変真言経(ふくうけんさくじんべんしんごんきょう)』第9巻によると、右手に剣を持ち、左手)を持つ不動使者としての所説を初出とする。しかし図像化の原型となったものは、725年(開元13)の善無畏(ぜんむい)訳『大日経(だいにちきょう)』の所説「不動如来使者は慧刀(えとう)、羂索を持ち、頂髪が左肩に垂れ、〔目は〕一目(いちもく)にして明らかに見、威怒身(いぬしん)で猛炎あり。磐石(ばんじゃく)上に安住し、額に水波の相があり、充満した童子形もある」による。不動明王像は9世紀初め空海によりわが国に伝えられたが、不動信仰が盛んになったのは円珍(えんちん)以降である。円珍自身も金人(きんじん)といわれる黄不動を感得し、また図像も請来(しょうらい)した。不動明王の図像は火生三昧(かしょうざんまい)(火の燃えるような境地)に入った状態を表現したもので、いっさいの罪障を摧破(さいは)し、動揺しないので、姿勢は不動を表す。不動明王を中心に矜迦羅(こんがら)・制吒迦(せいたか)童子を脇侍(わきじ)に配した三尊形式が多く、坐像(ざぞう)・立像とも一面二臂(にひ)像が主流。一面四臂像などの異形も図像(『図像抄』『覚禅(かくぜん)抄』など)として伝わっている。形像については、淳祐(しゅんにゅう)(890―953)の著『要尊道場観』によると、不動明王像には、十九観(十九想観ともいう)が表現されていると説く。(1)大日如来の化身。(2)明(みょう)(真言)のなかにアa、ロro、ハームhām、マームmāmの四字がある。(3)火生三昧に住する。(4)童子形で肥満。(5)頂に七莎髻(しちしゃけい)がある。(6)左に弁髪(べんぱつ)あり。(7)額に皺文(しゅうもん)あり。(8)左目を閉じ、右目を開く。(9)下歯、上の右唇を噛(か)み、下の左唇、外に翻じて生ずる。(10)その口を閉じる。(11)右手に剣をとる。(12)左手に索を持つ。(13)行人の残食を喫す。(14)大磐石に坐(ざ)す。(15)色醜くして青黒い。(16)奮迅忿怒する。(17)遍身に迦楼羅(かるら)炎がある。(18)変じて倶利迦羅(くりから)となり、剣を繞(めぐ)る。(19)変じて二童子となり、行人に給仕する。一を矜迦(こんが)羅、二を制吒迦という。十九観は『大日経』と『大日経疏(しょ)』によってつくられたという。

 

 

 

 

密教の仏たち 10 准胝観音

准胝観音

 

密教においては七倶胝仏母(しちくていぶつも)[1]とも呼ばれる。密号は最勝金剛、降伏金剛

日本では「准胝仏母」、「准胝観音菩薩」、「准胝観世音菩薩」、「天人丈夫観音」などさまざまな呼称がある。

中国では密教、この後も広く禅宗や浄土宗、道教等でも信仰されるが、かつてインドから東南アジアでも信仰された[注 3][19]

日本の真言宗の開祖である空海高野山の開基の際に、僧房の次にまず准胝堂を建立し、准胝観音を弟子たちの得度の本尊としてお祀りしたのは有名で、のちに高野山が荒廃した際にも僧俗の手によって庫裡にこの准胝観音を安置し守り続けられた。それゆえ、准胝堂の補修が行なわれた昭和の時代になるまで、高野山では准胝堂で僧侶となるための得度の儀式が執り行なわれていた[20]。また、真言宗醍醐派の開祖・聖宝尊師がこれに倣って醍醐寺の開基に准胝観音を勧請し、その孫弟子の仁海は六観音に准胝観音を加え、その後も長く民衆の信仰を集めている

 

准胝観音の功徳編集

  • 善無畏三蔵の訳による『七仏倶胝仏母心大准提陀羅尼法』(大正蔵№1078)には、「仏いわく、この准胝仏母の真言と印契の密法によって、十悪罪五逆罪等の一切の重い罪を滅して、よく一切の善法を成就し、さらには戒律を具足し、清廉潔白の身となって、速やかに心の清浄を得る。もし、在家の行人がいて飲酒や肉食を断つことなく、たとえ妻子があったとしても、ただ、この准胝仏母を本尊とすることで、あらゆる仏法・密法を成就することができる」と説かれている。
  • 地婆訶羅三藏の訳による『仏説七倶胝仏母心大准提陀羅尼経』(大正蔵№1077)には、「もし、在家の善男善女らが『准胝真言』を唱え、これを日々に保つことがあれば、その人の家には災難や事故、病気等による苦しみが無く、あらゆる行いには行き違いや望みが果たせないということも無く、その人の言葉は皆が信用して、よく聞いてくれるようになる。また、幸福に恵まれず、才能にも恵まれない人があって、密教の才覚もなく、侶の修行である『三十七菩提分法』という釈迦の教えに廻りあうことができない人がいたとしても、この准胝観音の『陀羅尼法』の伝授を受けることができたならば、速やかに無上の覚りを得ることができる。更には、『准胝真言』を常に記憶にとどめ、よくこの真言を唱えて善行となる戒律を守ることができれば、あらゆる願いも成就する」と説かれている。[23]

 

准胝観音(じゅんていかんのん)とは?

准胝仏母(じゅんていぶつも)・七倶胝仏母(しちくていぶつも)ともいいます。もとはヒンドゥー教の女神であるドゥルガーで、シヴァ神の妃とされています。とても美しい姿ですが、神々の武器を持って魔族を倒した戦いの女神です。そのため本来は女尊であり、観音ではないという指摘もあります。しかし、ここでは観音として紹介しますね。

 

仏教に取り入れられてからは慈悲深い清浄をもたらす神とされ、七倶胝仏母(しちぐていぶつぼ)ともいわれています。これは遙か過去より多くの仏を誕生させた仏の母という意味です。そのため、真言宗系では人道を救済する六観音(聖観音・千手観音・十一面観音・如意輪観音・馬頭観音・准胝観音)に数えられますが、天台宗系では准胝仏母といわれ如来に分類されています。不空羂索観音と合わせて七観音と呼ばれることもあります。

ご利益

修道者守護、無病息災、延命のご利益があり、安産や子供が授かるなどの功徳があります。

 

空海の孫弟子にあたる理源大師(りげんだいし)聖宝は修験の僧として知られ、自ら霊木を刻んで祀ったのが准胝観音と如意輪観音でした。経典には、修験者が准胝陀羅尼を唱えれば身が清浄となり成仏できると説かれています。また聖宝は醍醐天皇の皇子誕生を准胝観音に祈願し、のちの朱雀、村上両天皇が誕生したといいます。そのため一般的には子授け、安産としての功徳が知られています。

准胝観音(じゅんていかんのん)の像容

手は18本で3つ目の姿であることが多いです。中央の手は説法印と施無畏印をとります。また持ち物は武器や数珠、蓮華などを持っています。

准胝観音(じゅんていかんのん)の真言

オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ

密教の仏たち 9 多羅菩薩


多羅菩薩

 

ターラー])は、仏教で信仰される女性の尊格(チベット語名:སྒྲོལ་མ་ sgrol ma [ドゥルマ]、漢字名:多羅,多羅仏母、救度仏母)。手に青い蓮の花を持つ。種字は、チベット仏教ではターン(tāṃ ཏཱཾ་)[1]、日本仏教ではタン (taṃ तं)等

 

 

誕生(大乗仏教〜中期密教)編集

この菩薩は、観音菩薩が「自分がいくら修行しても、衆生は苦しみから逃れられない」と悲しんで流した二粒の涙から生まれた。右目の涙からは白ターラーが、左目の涙からは緑ターラーが生まれた。 彼女たちは「衆生の済度を助ける」と発願し、菩薩は悲しみを克服したという[5]

誕生(後期密教)編集

過去仏である鼓声如来という仏に信仰を持つナツォク・オ(彩光、sna tshogs ‘od)国の王女イェシェ・ダワ(慧月、ye shes zla ba)が、鼓声仏の弟子たちによって男身に変身するよう説得されるも、それを断り、女身のまま衆生に利益するという誓願を立てる。[6]これにより彼女は「度母」と呼ばれるようになった。数多の時を経て成果を得たとき、「十方の衆生の苦しみを除く」という新たな誓願を立てて、昼夜を問わず幾多の悪魔(māra)、人ならざるもの(amanuṣya)を調伏したため「救度速勇母」とも呼ばれるようになる[6]。また、あるオ・キ・ナンワ(‘od kyi snang ba)という名の堅固に戒律を守る一人の比丘が、十方の諸仏から灌頂を受けて観世音菩薩になった。蓮華を持った観世音菩薩の心際中からは、仏父と仏母の化身が現れた。その仏母の化身が多羅尊であり、この時から多羅菩薩は観世音菩薩との間に強い因縁を持つようになった。また彼女は様々な幻身を以って、さまざまな法相を示現し、無数の衆生を救い、すべての苦しみから逃れしめ、解脱を得させた。[7]

 

チベット音による真言編集

ཨོཾ་ཏཱ་རེ་ཏུཏྟཱ་རེ་ཏུ་རེ་སྭཱཧཱ། (oṃ tāre tuttāre ture svāhā)

オーム・ターレー・トゥッターレー・トゥレー・ソーハー[14]
オン・タレ・トゥタレ・トリ・ソーハー[15][信頼性要検証]

中天音(日本真言宗)による真言編集

ノウボウ・オン・タレイ・トタレイトレイ・ソワカ[16]
オン・ビホラ・タレイ・ウム[17]
オン・タム・キヤロデイ・ドバン
ベイ・タレイタリニ・ソワカ[18]

 

 

密教の仏たち 8 大せいし菩薩

 


勢至菩薩(せいしぼさつ)、梵名マハースターマプラープタ (महास्थामप्राप्त [mahāsthāmaprāpta])は、仏教における菩薩の一尊。「大勢至菩薩」、「大精進菩薩」、「得大勢菩薩」の別名がある。現在日本では年の守り本尊、十三仏一J周忌本尊として知られている。三昧耶形は未敷蓮華(ハスの蕾)。種子(種子字)はサク(सः saḥ)。

 

 

勢至菩薩
せいしぼさつ

大乗仏教における菩薩の名。サンスクリット語でマハースターマプラープタMahāsthāmaprāpta(偉大な勢力を得たもの)といい、大(だい)勢至、得(とく)大勢などと訳し、その名が勢至である。観世音(かんぜおん)菩薩とともに阿弥陀(あみだ)仏の脇侍(わきじ)(脇に随侍するもの)とされる。智慧(ちえ)の光をもってすべてのものを照らし、もろもろの苦難を離れさせ、無上なる力を得させるので、この名があるという。阿弥陀三尊の一つとして広く尊崇されたが、対比される観世音菩薩の信仰に比べるとそれほど盛んではない。形像は、普通、肉髻(にくけい)(頭頂の肉の隆起)に宝瓶(ほうびょう)を頂き、合掌や来迎印(らいごういん)の姿で示されているが、密教では手に蓮華(れんげ)を持つなど種々あり一定していない。