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四種の呼吸法  Four types of breathing

 

四種の呼吸法

 

 瞑想の呼吸法は、四種の呼吸法から成り立つ。

 一、長出入息呼吸法

 二、長山息呼吸法

 三、反式呼吸法

 四、強短息呼吸法(火の呼吸法)

 である。

 簡単に説明すると、

長出大息呼吸法は、出る息、入る息、どちらも、で きるだけ細く長く深く呼吸する。一呼吸に二十秒から三十秒、一分くらい、時 間をかける。

 

の長出息呼吸法は、出る息のみをできるかぎり細く長く吐いて、吸う息は  つうに吸うつうに吸う。

3の反式呼吸法は、ふつうの呼吸とちかって、息を吸うとき、腹部をひっこ め、息を吐くとき、腹部をふくらませる。ちょうど逆になるわけである。

4強短息呼吸法は、「火の呼吸法」とよび、片方の鼻孔を指で押さえて閉 じ、片方の鼻孔で強く短く呼吸する。

Four types of breathing

 

The meditation breathing method consists of four types of breathing methods.
1. Long breathing breathing method
2. Nagayama breathing method
Third, anti-breathing method
4. Strong and short breathing method (fire breathing method)

It is.

To briefly explain,

1
The long-breathing breathing method is to breathe as thin, long and deep as possible for both out and in. Take 20 to 30 seconds, 1 minute, or so for each breath.

 

In the long-breathing breathing method of 2, exhale only the exhaled breath as thin and long as possible, and inhale as much as possible.
The counter-breathing method of 3 is different from normal breathing, in which the abdomen is retracted when inhaling and the abdomen is inflated when exhaling. It’s just the opposite.
The 4 strong short breath breathing method is called “fire breathing method”, and one nostril is pressed with a finger to close it, and one nostril is used for strong and short breathing.

 

 

 それでは、四種の呼吸法の訓練を説明しよう。

 

長出入息呼吸法の訓練

 鉄坐、あるいは椅子坐、いずれにしても、頭部、頚部をごく自然に、まっすぐ、きちんとした姿勢をとる。ただし、あまり緊張しすぎて力んだり、硬直したりしてはいけない。ゆったりと、リラックスすることが大切である。

 そのためには、頭部、頚部の緊張を解くために、前頭部を心もち前に出し、の顎を少し中へ引くようにして、頭部をやや下げるようにするとよい。同時に、前胸部も少しひっこめるようにし、腹部は少し前に出し、両肩は力を入れず、自然な姿勢をとる。背中は心もち前に曲げ、腹部の容積を大きくするようにする。

Now let’s explain the training of four types of breathing.

 

Long breath breathing training

Whether it is an iron seat or a chair seat, the head and neck should be in a very natural, straight and neat posture. However, don’t be too nervous and stiff or stiff. It is important to relax and relax.

For that purpose, in order to relieve tension in the head and neck, it is advisable to bring the frontal region forward and pull the chin slightly inward to lower the head slightly. At the same time, the precordium should be slightly retracted, the abdomen should be slightly forward, and both shoulders should be relaxed and take a natural posture. Bend your back forward to increase the volume of your abdomen.

仏教  人は死んだら「霊魂」にならないし、「死者の世界」も存在しない…仏教がそう“断言”する意外なワケ

橋爪 大三郎仏教にある「思想の自由」

仏教はインドで始まり、中国に伝わり、日本にも広まりました。仏教では、人間は死んだらどうなると考えるのでしょう。仏教は、一神教と違って、思想の自由があります。どう考えてもいいのです。そこで、死んだらどうなるかについても、いろいろの考え方がある。順にみていきましょう。

 

photo by iStock

ゴータマが修行して、真理を覚った。ここから仏教が始まります。何を覚ったのでしょう。生老病死、四苦八苦など、人間のあり方がこの世界の因果法則に従っていること。つまり、インドの人びとの考え方と同じです。

仏教がユニークな点は、ゴータマがバラモン(瞑想する資格のある人びと)ではないことです。

ゴータマは、王家に生まれたクシャトリヤ。ヒンドゥー教によれば、王となって務めを果たし、来世でバラモンに生まれて修行すべきです。

でもゴータマは、現世で真理を覚りたいと思った。そして、出家して修行し、覚ってしまった。「カーストと関係なく、誰でも修行して覚ってよい」が、仏教の大事な主張なのです。

ヒンドゥー教への挑戦

これは、ヒンドゥー教への挑戦です。ヒンドゥー教は言います。現世では善行を積み、修行は来世で、バラモンになってからやってください。あなたがたに瞑想する資格はないはずです。

photo by iStock

これに対して、仏教は言います。人間なら誰でも、修行して覚ることができる。カーストに関係なく。現に、ゴータマが覚ったではないか

ゴータマが覚ったと信じ、ゴータマに従う人びとが集まって、仏教のグループを形成しました。

仏教のグループが、修行し瞑想して、覚る資格があるのかどうか、疑問がくすぶりました。そこで仏教は、「出家して、異性と交わらない清らかな生活を送っているので、資格がある」、と主張しました。家族を営むバラモンよりも清らかだ、という理屈です。

覚ったゴータマは、仏(覚った人)となって、輪廻を脱け出ているので、バラモンよりも上である、とも主張しました。

死んだらどうなるか

こうして成立した仏教は、死んだらどうなるかについて、つぎのように考えるようになりました。

・ 仏(覚った人)は、輪廻を脱け出ているので、死んだあと、もうほかの生き物に生まれることがない。けれども、因果のネットワークのなかにはあるので、 宇宙と一体化している。
・ ふつうの人間(覚っていない人)は、因果のネットワークのなかで、輪廻する。

いずれにせよ、人間は死んだら、霊魂になるわけでもなく、死者の世界もありません。これが仏教です。

このあと仏教は、さまざまな考え方を発展させて行きます。

主流の仏教は、ゴータマが大昔から輪廻を繰り返し、修行を続けて仏になった、と信じるようになりました(ゴータマは、こんなことは言っていないはずです)。ならば、仏教の修行者や一般の信徒は、仏になるまで、輪廻を繰り返すことになります。

仏を拝み、輪廻を繰り返す。

これでは、神を拝み、輪廻を繰り返すヒンドゥー教とほとんど同じです。そのうち、仏は神の化身だとヒンドゥー教が言い出し、 仏教はヒンドゥー教に吸収されてしまいます。

独自に発展した日本の仏教

中国や日本に伝わった仏教は、独自に発展しました。浄土宗、禅宗、真言宗、に注目しましょう。

浄土経典は、釈迦仏(ゴータマ)のほかに、西方に阿弥陀仏というブッダがいると説きます。そして、阿弥陀仏のいる極楽浄土に往生すれば、容易に仏になれると教えます。よって、死んだら輪廻にして、またこの世界にまた生まれるのではなく、「死んだら、往生して極楽に生まれる」と考えます。

修行しなくても、往生して仏になれるのは、魅力的です。平安時代には大流行りになって、貴族は往生を願いました。やがて庶民にも広まって、念仏宗になります。

「死んだらどうなるか、気にしない」

禅宗は、中国で盛んになって、日本に伝わりました。経典を読むよりも、坐禅と瞑想を重視します。

ゴータマは、経典など読まず、坐禅をすることで仏になった。禅宗は、その坐禅のやり方をインドから伝えている。坐禅をしている人間は、仏である。仏なら、生死を超越している。ーーという具合に、禅宗では考えます。

誰でも坐禅ができ、誰でも仏になれる。仏なら、生き死にを超越しているのだから、死んだらどうなるか気にしなくてよい。「死んだらどうなるか、気にしない」、が禅宗の考え方です。

死者の世界がある、とは考えない

あと、変わった考え方をするのは、真言宗です。

真言宗は、密教です。密教は、ブッダの秘密の教えを重視します。それは、人間が実はもう仏であること。仏になることを目指して輪廻を繰り返し、長い修行を続けることができるのは、人間がもう仏だからというのです。

修行して仏になるのが仏教のはずなのに、密教は、もう仏であると教える。それなら、仏教と言えるのか、きわどい考え方です。ほとんどヒンドゥー教と言ってもよい。

真言宗も、人間はもう仏なのですから、「死んだらどうなるか、気にしなくてよい」、という考え方になります。

このように、仏教は、死んだらそのあとどうなるか、さまざまに考えます。ただし、死者の世界がある、とは考えません。この点は、インド文明の考え方に従っています。

死の講義

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今日の運勢 1月3日 Today’s fortune January 3

 

四緑木星の日

縁談、商談の来訪者あり。言動をつつしみ話を進めると良い。いつも良い日、皆良い人。こんな心境を養いたい

 

過去の自分の行動が原因で失敗やトラブルにつながりやすい日。
この日を正念場だと捉えて、諦めずにやりぬくことが大切です。
さらに大きな怪我や病気にも注意が必要です。
持病を持っている人は突然の発作などに備えて薬の携帯を忘れずに。
甘露日
あらゆることで良い結果が得られる日。
特に物事のスタートや大きな決断に向いています。

Four green Jupiter day

There are visitors for marriage and business negotiations. It is good to proceed with the story while saying and acting. Always good days, good people. I want to cultivate such a feeling

 

A day when your past actions can easily lead to failure or trouble.
It is important to regard this day as a crucial moment and do not give up.
Beware of even bigger injuries and illnesses.
If you have a chronic illness, don’t forget to carry your medicine in case of a sudden attack.
Sweet dew day
A day when you can get good results in everything.
Especially suitable for starting things and making big decisions.

今日の運勢  1月2日  Today’s fortune January 2nd

 

五黄土星の日

小さな自我は破れやすい。絶望的な思いの人の来訪を受けたりする。名利を離れ天を相手にの心境を養え。

人間関係が悪化する日。
特に身近な人からあらぬ疑いをかけられたり、誤解や勘違いをされやすい日です。
意地になって反発しても逆効果なので、落ち着いて冷静に対応することを心がけてください。

 

Five Yellow Saturn Day

The small ego is easy to break. We receive visits from people who are desperate. Leave your name and cultivate your feelings toward heaven.

The day when relationships deteriorate.
In particular, it is a day when people close to you can easily make you suspicious, misunderstand or misunderstand.
Even if you are stubborn and repulsive, it will have the opposite effect, so please be calm and calm.

今日の運勢 1月1日 Today’s fortune January 1st


Today’s fortune January 1st
六白金星の日
新しい企画を持った人との接触あり。気が高ぶり争いが起りやすい。負けるは勝ち。怒ったら損、自己を誇るなかれ。心豊かにほのぼのと。
人間関係の悪化する日。
普段は楽しいはずの交流でもストレスを感じる事が多い日です。
人から恨みや反感を買うことがないよう、控え目に過ごすことが大切です。
金剛峯日
甘露日に次ぐ吉日で、勝負事や交渉事で大きな成果が得られる日です。
神社仏閣への参拝にも最適です。

Today’s fortune January 1st
Six Platinum Star Day
There was contact with a person who had a new project. It’s easy to get upset and fight. Losing is winning. If you get angry, lose yourself, don’t be proud of yourself. Heartwarming and heartwarming.
A day when relationships deteriorate.
It’s a day when you often feel stressed even in exchanges that should normally be fun.
It’s important to be conservative so that you don’t get a grudge or annoyance from others.
Kongobuji
It’s a good day after Kanro Day, and it’s a day when you can get great results in games and negotiations.
It is also ideal for visiting shrines and temples.

チャクラを「動かす」「刺激する」 ”Move” and “stimulate” the chakra

 

意念を行逆させるためには、ひとつの物理的な「力」が必要であることも明白である。

意念はかたちなきものであり、物理的な力は、ないことはないけれども、非常に微弱なものである。強化する必要がある。それも、ただ単に行らすだけではなく、最終的には、チャクラを「動かす」「刺激する」ところまで強力なものにし
なければならぬのである。

つまり、心理作用を、物理作用にまで高めるための、一種の変換作業がなされなければならない。

変換といってオーバーだというのならば、強化といってもよい。ここに、「行息」の秘密があるのである。

意念と呼吸によって生じた力を、どこへ、どのようにめぐらし、どのようにとどめるかこれが、釈尊のクンダリニー・ヨーガの極意である。
それは行道づくりからはじまる

まず、チャクラエネルギーのルートを示す。

この基本ルートは、中国医学の「経絡」のルートを使う。

 

By the way, one physical “force” is needed to reverse the intention.
It is also clear that there is.

The intention is intangible, and the physical force is not without it, but it is very weak. Needs to be strengthened. It’s not just about doing it, it’s about making it powerful enough to “move” and “stimulate” the chakras in the end.
You have to.

In other words, a kind of conversion work must be done to enhance the psychological action to the physical action.

If conversion is over, it can be said to be strengthening. Here is the secret of “breathing”.

Where, how, and how to retain the power generated by will and breathing is the secret of Shakuson’s Kundalini Yoga.
It starts with making a path

First, the route of chakra energy is shown.

This basic route uses the “meridian” route of Chinese medicine.

 

 

今日の運勢  12月31日  Today’s fortune December 31st

 

七赤金星の日

人より協力の依頼を受けたりする日。金運、喜び事あるも調子に乗って酒色に乱れぬよう心すべき日。小利に迷わず自他喜びを共にする心掛けも大切

自信を持って物事に取り組む日。
少々の失敗は気にせず、色々なことに積極的にチャレンジしましょう。
多少強引でも、自分の思ったように進めることで結果が表れます。
前後の凌犯期間の不運を振り払うためにも、ポジティブに、アクティブに行動したい日です

 

Seven Red Venus Day

The day when a request for cooperation is received from a person. It’s a day when you should be careful not to get disturbed by the color of sake, even if you have good luck and joy. It is also important to keep in mind to share the joy of self and others without hesitation

A day to work on things with confidence.
Don’t worry about a few mistakes, let’s actively challenge various things.
Even if it is a little forcible, the result will appear if you proceed as you wish.
It is a day when I want to act positively and actively in order to shake off the bad luck of the violence period before and after.

ソンディ・テストについて  About Szondi test

Szondi Test ソンディ・テスト

無意識の欲求や衝動を見出します

 ハンガリーの精神科医レオポルド・ソンディが考案した投影法検査。マニュアルと48枚の顔写真、テストシートで構成された人格診断検査です。精神疾患や心身症の病型診断、犯罪者の鑑別診断に大変有効です。また、一般的なカウンセリングなどあらゆる臨床場面での活用も可能です。

 

それぞれ下の一組8枚の写真の中から最も好きな顔の写真と嫌いな顔の写真をそれぞれ2枚選びます。対応する番号のボタンを一度ずつ押してください。6組繰り返しましたら最後に診断ボタンを押してください。あなたのタイプが出ます。

 

Find unconscious desires and urges

Projection test devised by Hungarian psychiatrist Leopold Szondi. It is a personality diagnostic test consisting of a manual, 48 facial photographs, and a test sheet. It is very effective for type diagnosis of mental illness and psychosomatic disorder, and differential diagnosis of criminals. It can also be used in all clinical situations such as general counseling.

 

From each of the 8 photos in the set below, select 2 photos of your favorite face and 2 photos of your disliked face. Press the button with the corresponding number once. After repeating 6 sets, please press the diagnostic button at the end. Your type will come out.


好きな顔
   
   嫌いな顔
   
   

好きな顔
   
   嫌いな顔
   
   

好きな顔
   
   嫌いな顔
   
   

好きな顔
   
   嫌いな顔
   
   

好きな顔
   
   嫌いな顔
   
   

好きな顔
   
   嫌いな顔
   
   

選びおわったらしたの診断ボタンを押してください

 

 

Szondi Test ソンディ・テスト

ソンディ・テストの全貌
 

富樫 橋

およそあらゆる心理テストは、「人間の心の状態を測定する道具」であると定義することができる。それならば、測定しようとする「心の状態」は、テスト製作者の意図によって種々異なってくるのは当然である。つまり、テスト製作者が関心を抱き、測定しようと欲する心の状態というものは、彼の考えの基礎にある「心の構造」の内容によって全く異なってくるのである。

それゆえ、現在、いろいろな心理テストが存在し、使用されているが、それらのテストが測定しようとするものの内容の違いは、製作者が個人的に依って立つ「心の構造の概念」、すなわち「心理学」ないし「思想」の違いから生まれてくるのである。しかし、いかなる理由からか、この「依拠心理学」ないし「依拠している思想」を明確に表明したテストは極めて少なく、あっても極めて曖昧である。1)筆者がなぜこの点を強調するかと言うと、思想のないところに構造は生まれず、構造のないところには測定すべき確固とした物差しも生まれないと思うからである。したがって、思想なき心理テスト、心理学に基づかない心理テストは文学に過ぎない。したがって、思想なき心理テスト、心理学に基づかない心理テストは、文学に過ぎない。

また、ほとんど全ての心理テストは、それぞれ独自に考案された「刺激材料」を設定している。そして、その刺激材料を被検者に示して得られた反応「一次情報(言語,数値,記号など)」を、製作者が考えた「心の構造」に合わせて「二次情報(言語など)」に翻訳する。その後でそれを解釈し、製作者が推定しようとする「心の状態」を、説明・診断するための「判定情報」に変換するという構造をもっている。

このような心理テストにおける、テスト結果の解釈・判定体系について、利用者が注意すべき重要な点は、「刺激→反応の因果的直接性」と、得られた結果の「解釈の単純性」である。なぜなら、前者は、間接性の要素が混じる程、後者は、複雑さが増える程、客観性が希薄になるからである。客観的でないものは科学的ではなく、普遍性がない。普遍的でないものは、多くの心理学徒の共通概念・共通言語の一部として利用することができない。

したがって、我々はどんな心理テストでも、この因果的直接性と解釈単純性の水準を、「テストの妥当性」とともに考慮しておく必要があると考える。

さらに、測定の対象である「心」は、瞑想のような特別な状態にある場合を除き、常に絶え間なく流動し、決して固定することはない。それゆえ、全ての1回法テストは、原理的に、「風邪をひいた受験生の失敗」と同じく、普段の精神状態とは異なるテスト結果を示す可能性が強いのである。とくに何らかの緊張状態があるとき、被検者の常ならぬ心の状態を一般化し固定化して理解してしまう危険性がある、ということに留意すべきである。要するに全ての1回法テストは、人間の精神や魂を測定しようとするにはふさわしくないのである。

次は、「意識テスト」と「無意識テスト」の違いの問題である。あるテストが、刺激にたいする被検者の意識領域の反応を予想したものであれば、それは単なる意識テストである。それに対して、特別な無意識の領域の反応を得るために、材料や方法が吟味されたものは、無意識テストと呼ばれる。

ここで、無意識の内容を把握するテストとして知られている、代表的な二つのテストを比較しておこう。

                       代表的な無意識テストの比較
========================================================================
Test       刺激材料   依拠心理学  1次情報  2次情報  3次情報  4次情報
                        方  法
========================================================================
Rorschach  インクの   知覚心理学?  言語     言語の    記号     心理的
 Test      染み        (  ?  )               意味を              解釈?
(1回法)              印象の表現             解釈
------------------------------------------------------------------------
Szondi     衝動病     衝動心理学    記号    衝動病理   --      --
Test       患者の顔    ソンディ             学的解釈
(10回法)             好き嫌い選択
------------------------------------------------------------------------

ソンディ・テストは、個人的無意識、集合的無意識、遺伝する家族的無意識の、全ての無意識の領域の反応を、「衝動心理学」という特別な心理学理論に基づいて明確に意識し、意図して作られた。それは、極めて「因果的直接性・解釈単純性」に優れた10回法のテストであることが上表から読みとれるであろう。ソンディ・テストは、言葉による陳述を求めないので、いきなりロールシャッハの4次情報に相当するものが、2段階で得られるのである。

Szondi Test Szondi Test

The whole picture of the Szondi test

 

Togashi Bridge

Almost any psychological test can be defined as a “tool for measuring the state of the human mind.” In that case, it is natural that the “state of mind” to be measured varies depending on the intention of the test maker. In other words, the state of mind that the tester is interested in and wants to measure depends entirely on the content of the “structure of the mind” that underlies his ideas.

Therefore, various psychological tests currently exist and are used, but the difference in the content of what they try to measure is the “concept of the structure of the mind” on which the creator personally stands. In other words, it is born from the difference between “psychology” and “idea.” However, for whatever reason, there are very few tests that clearly state this “reliant psychology” or “reliant thought”, and even if they are, they are extremely vague. 1) The reason why the author emphasizes this point is that no structure is created where there is no idea, and no solid measuring rod to be measured is created where there is no structure. Therefore, psychological tests without thought and psychological tests that are not based on psychology are nothing more than literature. Therefore, psychological tests without thought and psychological tests that are not based on psychology are nothing more than literature.

In addition, almost all psychological tests set their own “stimulating materials”. Then, the reaction “primary information (language, numerical value, symbol, etc.)” obtained by showing the stimulating material to the subject is matched with the “mental structure” considered by the creator, and “secondary information (language, etc.)” ) ”. After that, it has a structure that interprets it and converts the “state of mind” that the producer tries to estimate into “judgment information” for explanation and diagnosis.

Regarding the interpretation / judgment system of test results in such psychological tests, the important points that users should pay attention to are “causal directness of stimulus-> reaction” and “simplicity of interpretation” of the obtained results. Is. This is because the former becomes less objective as the elements of indirectness are mixed, and the latter becomes more complex. What is not objective is not scientific and has no universality. Those that are not universal cannot be used as part of the common concept / language of many psychologists.

Therefore, we believe that in any psychological test, this level of causal directness and interpretation simplicity needs to be considered along with “test validity”.

Moreover, the “mind” to be measured is constantly flowing and never fixed, except in special conditions such as meditation. Therefore, in principle, all one-time tests are likely to show test results that are different from the usual mental state, similar to “failure of a student who has a cold”. It should be noted that there is a risk of generalizing, immobilizing and understanding the subject’s unusual state of mind, especially when there is some tension. In short, all one-time tests are not suitable for trying to measure the human mind or soul.

Next is the question of the difference between the “consciousness test” and the “unconsciousness test”. If a test predicts the subject’s area of ​​consciousness response to stimuli, it is just a consciousness test. On the other hand, a test in which materials and methods are examined in order to obtain a reaction in a special unconscious area is called an unconscious test.

Here, let’s compare two typical tests known as tests for grasping the unconscious content.

Comparison of typical unconscious tests
================================================== ======================
Test Stimulation material Reliance psychology Primary information Secondary information Tertiary information Fourth information
Method
================================================== ======================
Rorschach Ink Perceptual Psychology? Language language symbol psychological
Test Stain (?) Interpret the meaning?
(One-time method) Expression and interpretation of impression
————————————————– ———————-
Szondi Impulsivity Impulsivity Psychology Symbol Impulsivity Pathology ----
Test Patient’s face Sondy interpretation
(10 times method) Like / dislike selection
————————————————– ———————-

The Sondy Test clearly recognizes and intends the reactions of all unconscious areas, personal unconscious, collective unconscious, and inherited family unconscious, based on a special psychological theory called “impulsive psychology.” Was made. It can be seen from the above table that it is a 10-step test with extremely excellent “causal directness / interpretation simplicity”. Since the Szondi test does not require a verbal statement, the equivalent of Rorschach’s quaternary information is suddenly obtained in two steps.

光明真言 こうみょうしんごん  Mantra of Light Koumyo Shingon

 

不空大灌頂光真言(ふくうだいかんぢょうこうしんごん)という密教真言である。

It is a esoteric Buddhist mantra called Amoghavajra Abhisheka Shingon.

 

23の梵字から成り、最後の休止符「ウン」を加えて、合計24の梵字を連ねる。

Mantra of Light-Siddham(CBETA font).png
発音と意味

oṃ amogha vairocana
オーン 不空なる御方よ 毘盧遮那仏(大日如来)よ
オン アボキャ ベイロシャノウ
唵 阿謨伽 尾盧左曩

mahāmudrā maṇi padma
偉大なる印を有する御方よ 宝珠よ 蓮華よ
マカボダラ マニ ハンドマ
摩訶母捺囉 麼抳 鉢納麼

jvāla pravarttaya hūṃ
光明を 放ち給え フーン (聖音)
ジンバラ ハラバリタヤ ウン
入嚩攞 鉢囉韈哆野 吽

Pronunciation and meaning

oṃ amogha vairocana
Orn, Amoghavajra, Vairocana Buddha (Vairocana)
On Avoca Beiro Shannow
Harabaritaya  Om Roza

mahāmudrā maṇi padma
Those who have great marks, jewels, lotus flowers
Makabodara Mani Handma
Mother Mother

jvāla pravarttaya hūṃ
Give off the light Hoon (sacred sound)
Zimbara Harabaritaya Eun

なお、amogha(アボキャ)は不空成就如来を、vairocana(ベイロシャノウ)は大日如来を、mahā-mudra(マカボダラ)は阿閦如来を、maṇi(マニ)は宝生如来を、padma(ハンドマ)は阿弥陀如来を指すと解釈され、金剛界五仏(五智如来)に対して光明を放つように祈願している真言である

密教ではその神秘性を保つために梵字や陀羅尼を翻訳せずに、そのまま梵音を読誦するのが通例である。日本では、平安時代から光明真言法による加持が修されてきた。

なお、上記は真言宗(智山派以外)の唱え方であり、真言宗智山派および天台宗では異なっている。

おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はらはりたや うん(真言宗智山派の場合)

 

In addition, amagha is Amoghasiddhi, vairocana is Dainichi Nyorai, mahā-mudra is Aksho Nyorai, maṇi is Hosho Nyorai, and padma is Amida. It is interpreted as referring to Nyorai, and is a true word that prays for the five Buddhas of the Kongokai (Gochi Nyorai) to shine light.

In esoteric Buddhism, in order to maintain its mystery, it is customary to read the Sanskrit as it is without translating the Sanskrit or Dharani. In Japan, since the Heian period, adhi by the Mantra of Light has been practiced.

The above is how to sing the Shingon sect (other than the Chiyama sect), and it differs between the Shingon sect Chiyama sect and the Tendai sect.

On Abokya Beirosha no Umakabodara Mani Handoma Jinbara Hararitaya Yeah (in the case of the Shingon Buddhist Chiyama school)

驚愕! 日本海軍が搭乗員適性試験で採用した人相見の驚異の的中率 あの戦争の開戦と終戦も予見していた

知能、身体検査の後に、手相、人相、骨相を見る

「昭和18(1943)年9月13日、土浦海軍航空隊に仮入隊し、次の日から連日、搭乗員としての適性検査や知能検査、身体検査が続きました。驚いたのは、最後に手相と人相、骨相(頭の形)まで見られたことです。実際に、この手相・人相の結果は搭乗員の適否にはよく当たるという話でしたが、中年の人が5~6人列んでいる部屋で、じろじろ見られるのは、あまりいい気持ちではありませんでした。私は幸い合格したので文句は言いませんが、これで不適にされる者もいるとは、何か割り切れないものを感じました。合理的が売り物のような海軍にも、こんなことがあったのは不思議ですね」

と、豊島師範学校から海軍飛行専修予備学生十三期生として海軍に入り、のちに零戦搭乗員として沖縄戦や本土防空戦で出撃を重ねた土方敏夫(大尉。1922‐2012)は回想する。

土方敏夫大尉(零戦搭乗員。戦後、成蹊学園中高校教頭)

土方だけではない。海軍では、支那事変(日中戦争)が始まる前年の昭和11(1936)年から、全ての飛行機搭乗員の適性検査に、当時としてもおよそ時代遅れに思えた手相や人相、骨相による性格鑑定を導入していた。

海軍航空本部が決めたさまざまな検査項目の理由が、現場、ましてや受験者に説明されることはないから、検査する側の航空隊幹部にも、今川福雄大佐のように、

「予科練の三重海軍航空隊飛行長の頃、よく彼と接していましたが、『なんだ、易者が』と軽視していた」

と率直に打ち明ける人もいるし、検査された側にも、

「海軍兵学校の入校式では、校長の松下元少将が訓示で、兵学校教育の目標について、『科学者たる武人を養成するにあり』と明言されたのが印象的でした。海軍兵科将校は、単なる文武の人ではなく、科学の知識を備え、その粋を集めた兵器を合理的に活用できなければならない、ということです。ところが、飛行学生となり、操縦、偵察に分ける適性検査に人相見が出てきて、海軍はなんと古くさいことをやるのかと驚きましたよ」

と回想する、黒澤丈夫(少佐、1913‐2011。戦後、群馬県上野村村長)のような人もいた。

黒澤丈夫少佐(零戦搭乗員。戦後、群馬県上野村村長)

ではなぜ、海軍は、当時の科学の粋を集めた飛行機の搭乗員の選考に「人相見」を導入したのか――。

きっかけは、事故多発による殉職者の増大

アメリカで、ライト兄弟が初めて動力飛行機による飛行に成功したのが1903(明治36)年。7年後の明治43(1910)年、徳川好敏、日野熊蔵の両陸軍大尉が、代々木練兵場で日本で初めての飛行に成功した。その後、日本の陸海軍では航空機を戦力として育てようとする動きが徐々に動き始め、海軍では明治43年から45年にかけ5人の士官を海外に派遣、操縦を習わせたのを皮切りに、大正元(1912)年には「航空術研究委員」の肩書きで、年に数名ずつ操縦員の養成を開始する。

航空術研究委員時代の草分け的パイロットのなかには、本稿でのちに登場する桑原虎雄大尉(4期。のち中将)や、「特攻生みの親」とも呼ばれる大西瀧治郎大尉(6期、のち中将)らがいた。大正5(1916)年に横須賀海軍航空隊が開隊されると、航空術研究委員は「航空術学生」(のち飛行学生)となり、また、大正3(1914)年、当初は士官のみだった講習員に下士官を試験的に採用したことをきっかけに、大正9(1920)年には、正式に下士官兵パイロットを養成する部内選抜の「操縦練習生」、昭和5(1930)年には全国から学力、適性ともに優秀な少年を集めて搭乗員として育てる「予科練習生」(予科練)制度が発足した。

桑原虎雄中将。海軍航空の草分け的な存在だった(昭和11年当時は大佐)
桑原に水野義人を引き合わせた大西瀧治郎中将(昭和11年当時は大佐)

黎明期の日本海軍航空部隊は、大正3(1914)年、第一次世界大戦が始まると、連合国の一員として、商船を改装した水上機母艦(当時の類別は二等海防艦)「若宮」をドイツの租借地で、東洋における軍事拠点でもあった中国の青島沖に派遣、搭載機をもって爆撃に参加している。だが、当初は砲弾を改造した爆弾を飛行機にくくりつけ、投下点に達すれば紐をナイフで切断して爆弾を落とす、といった具合で、何もかもが手探りの状態だった。

第一次世界大戦後の大正10(1921)年から11年にかけ、日本海軍は航空先進国だったイギリスより、ウィリアム・フォーブス・センピル大佐を団長とする教育団を招聘し、以後、急速に近代化が進むことになるのだが、当時の飛行機は技術的にも未熟で、とにかく事故が多かった。事故が起これば、かなりの確率で人命が失われる。これは、由々しき事態だった。

防衛省防衛研究所所収の海軍航空殉職者の名簿によると、大正4(1915)年から支那事変(日中戦争)が始まる前年、昭和11(1936)年までの22年間の殉職者総数は362名にのぼっている。なかには、第1期航空術研究委員(4名のうち2名)、第10期航空術学生(10名のうち6名)のように、クラスの半数前後を事故で失った例もあった。パイロットの養成人数が増えるにつれ事故も増え、昭和9年には51名、11年には100名と、いずれも過去最高を記録している。殉職者が100名ということは、当時の二つの航空隊が戦わずして全滅したようなものである。いかに事故を減らすか、ということは、航空部隊を戦力化するためにもぜひとも必要で、切実な問題であったのだ。

ここで登場するのが、昭和10(1935)年12月の異動で、海軍航空本部長に就任した山本五十六中将(のち大将)である。もともとは海軍の本流といえる鉄砲屋(砲術専攻)だった山本は、大正8(1919)年から10年にかけてと、大正15(1926)年から昭和3(1928)年にかけての二度にわたるアメリカ在勤、大正12(1923)年の欧米視察などの経験を通じて、日本に足りない石油資源の問題と、航空機の可能性に早くから着目していた。大正13(1914)年12月から1年間、霞ケ浦海軍航空隊副長を務めたのをはじめ、昭和3(1928)年12月から4(1929)年10月まで、空母「赤城」艦長、5(1930)年12月から8(1933)年10月までは海軍航空本部技術部長、8年10月から9(1934)年9月までは、第一航空戦隊司令官も務めている。

水野義人の採用を決めた山本五十六大将(昭和11年当時は中将)

殉職者の氏名を書き込んだ手帳をこっそり出して眺めては、涙を浮かべていたという山本にとって、航空事故の対策は悲願だった。事故原因については、機体そのものや整備の問題もあるが、搭乗員の適性問題も無視できない。飛行学生も操縦練習生も、予科練習生でも、採用するさい、学科試験や身体検査のあと、相当時間をかけて適性検査をするが、それでも事故はなくならない。東大の心理学教室に依頼して、実験心理学による適性検査も行ったが、結果は芳しいものではなかった。

関東大震災、支那事変を予見した25歳の青年

この頃、山本の下で航空本部教育部長を務めていたのが、大西瀧治郎大佐である。桑原虎雄中将の回想によると、昭和11(1936)年の夏のある日、霞ケ浦海軍航空隊副長だった桑原(当時大佐)のもとへ、大西が電話をかけてきた。

「自分の妻の父親が神田の順天中学校(注:順天堂大学とは無関係)の校長で、その教え子に少し変わった青年がいるから、会ってみてもらえませんか」

その青年は、水野義人といい、子供の頃から手相骨相の研究ばかりやっていて、日本大学文学部史学科の卒業論文のテーマも「太占(ふとまた)について」、飛行機の操縦が上手にできるような人は、手相骨相にどこか変わったところがあるはずだが、飛行機がよく墜ちるのは、十把ひとからげに搭乗員を採用するからではないか、と言っているという。

航空事故について、藁をもつかみたい心境でいた桑原が承知して待っていると、約束の日に水野が、大西の添え状を持ってやってきた。桑原は、航空隊の教官、教員120数名を集合させ、自らは彼ら一人一人の技倆を記した名簿を用意し、水野に、

「彼らの飛行機乗りとしての適格性を、甲、乙、丙の三段階に分けてもらいたい」

と申し渡した。水野は、一人一人の顔を5~6秒ずつ、じっと見つめると、次々に甲、乙、丙をつけていった。それを桑原が名簿と突き合わせると、驚いたことに83パーセントもの的中率を示していた。その後、練習生たちを集めて観相を行わせたが、このときも87パーセントが当たっていたという。

筆者が出会った元戦闘機搭乗員たち1。全員が水野義人の観相を受けた。激戦を生き抜いた人たちだが、顔相に共通項は見出せるだろうか。左上から時計回りに志賀淑雄少佐、岩下邦雄大尉、小町定飛曹長、佐々木原正夫少尉、渡辺秀夫飛曹長、田中國義少尉

桑原はこの結果について、「脅威に感じた」と回想している。航空隊のプロが、何ヵ月も何年もかけて評定したことを、航空のことなど何も知らない25歳の青年が、8割以上の確率で同じ判断をくだしてしまったのだ。冷やかしのつもりで集まった士官たちは、真剣に受け止めざるを得なくなった。

その晩、桑原は水野を霞ケ浦に泊めて、航空隊の士官たちと語り合わせた。水野はこのとき、戦闘機の名パイロットだった花本清登大尉(のち中佐)の結婚の悩みを言い当て、さらに、

「もう1年ぐらいすると、戦争が始まるんじゃないでしょうか」

と、予言を口にした。水野の言葉どおり、翌昭和12(1937)年7月、支那事変が始まった。予言が事実になったあと、桑原が聞くと、水野は、

「手相骨相に興味を持ち始めた子供の頃、東京で死相が現れている人が多く見られた。大阪に行くとそれがないので不思議に思っていたら、関東大震災が起きた。こんどの場合は、東京の街に、ここ1~2年の間に夫を失う、いわゆる『後家相』をした婦人がひどく目につく。これは天災ではなく、戦争であろうと判断した」

と答えたという。事実、事変が始まって間もなく、東京で編成された第百一師団が上海に派遣され、多くの戦死者を出している。

桑原は、すぐに大西に電話をかけ、水野を航空本部の嘱託に採用し、操縦員選考の参考にすることを提案した。大西としても、自分がとりもった縁であるから異存はない。さっそく大西が、桑原が書いた上申書を持って海軍省人事局や軍務局に赴いて交渉したが、

「いやしくも海軍ともあろうものが、人相で搭乗員の採否を決めることなどできるものか」

と、誰からも相手にされない。それで、桑原と大西が二人で、山本航空本部長の部屋を訪ね、水野の話をしたところ、山本はニコニコと話を聞きながら、

「よし、それじゃ、俺が会おう」

と水野を海軍省に呼んだ。山本の部屋には、軍令部や海軍省軍務局、人事局、航空本部の士官20人あまりが集められている。山本が水野に、手相骨相を見るというのはどういうことか、と尋ねると、水野は、「一種の応用統計学」だと答えた。

「それでは、ここに20名ばかり人がいるが、誰と誰が飛行将校かわかるか?」

山本が試すと、水野はたちどころに、星一男少佐(のち大佐)と三和義勇少佐(戦死後少将)、二人の海軍きっての戦闘機パイロットを言い当てた。このとき、一同は思わず顔を見合わせたという。そこへ、

「私も飛行機乗りだがね」

と、名乗り出た士官がいた。軍令部参謀の田口太郎少佐(のち少将)。水野は、改めて田口の手相を見て、

「あなたは飛行機乗りかもしれませんが、あまり上手なほうではありません」

と言った。ここで一瞬の沈黙ののち、一座の人たちが笑い出した。田口少佐は飛行艇のパイロットだったが、しばしば飛行機をぶつけて壊し、いつか大怪我をするぞ、と言われていた。それで搭乗配置を外され、軍令部に着任したばかりだったからである。

筆者が出会った元戦闘機搭乗員たち2。左上から時計回りに、宮崎勇少尉、大原亮治飛曹長、日高盛康少佐、長田利平一飛曹、橋本勝弘中尉、藤本速雄上飛曹

それからも何人かの士官の手相、骨相を見て、それがことごとく当たっていたことから、その場で水野の採用は決まった。

論文に書かれた操縦員適性の相とは?

水野によれば、操縦の適、不適の人の相には、統計的にみても一定の特徴があるという。その特徴を観相によって見分け、これを5段階に分類し、下の2段階の者を不適格とする方法で、選抜を実施していた。「観相」や「占い」という呼称では、海軍部内での説得力に欠けるということで、水野が確立した観相による適性検査は、「形態性格学」と呼ばれることになる。

「形態性格学」を利用した搭乗員選考は、学術甲、体格甲で、なおかつ水野が甲をつけた者を最優先するというものだった。

水野は、単なる「嘱託」という地位を受け入れ、搭乗員の適性検査のため、助手二人をともなって、全国いたるところに新設された航空隊を訪ね、多忙な日々を送った。太平洋戦争が始まって採用人数が急増すると、しまいには謄写版インクで取った手相まで見させられ、終戦までに23万名以上の搭乗員としての適、不適を判断した。海軍航空本部は、水野にちゃんとした官吏としての待遇を与えたかったが、大学文系卒の水野は法令上「技師」にはなれない。受け入れる側が、適当な肩書きを用意できなかったのだ。昭和17年、部内限りの奏任官(士官相当)待遇となり、終戦のときになってようやく、水野は「海軍教授」に任用された。

筆者が出会った元戦闘機搭乗員たち3。左上から時計回りに、角田和男中尉、原田要中尉、新庄浩大尉、柳井和臣中尉、小野清紀中尉、内藤祐次中尉

水野が書いた論文が、防衛省防衛研究所に残っている。

「昭和16年12月26日 操縦員適性検査ニ関スル相学的研究 海軍航空本部教育部 昭和16年」

と題したもので、内容は、観相学成績と卒業成績、航空事故との関係、各部位の形状と卒業成績、航空事故、機種別との関係などを、データを主に、グラフを用いて説明したものである。

その内容を一部抜粋すると、

1.前頭部 発達せし者……直観的判断良。成績良好なる者に発達不良の者多きも、操縦に起因する事故多し。 2.後頭部 突出せる者……鈍なれど確実。平坦なる者……敏感。左右高低ある者……技倆にむらあり。成績良好なる者に後頭左低の者多きも、操縦に起因する事故多し。
左低の者……艦攻、陸攻。 右低の者……飛行艇。 突出せる者……戦闘機。 平坦なる者……艦爆。
3.眼瞼 一重、二重、左右不同とあり、左右不同の者は感情にむらあり。成績不良者に左一重多く、且操縦に起因する事故多し。
4.鼻骨 鼻骨隆起せる者……性急。成績不良の者に隆起する者多く、且殉職者多し。
5.拇指(親指)根 大なる者……作業力大、耐久力大。成績不良の者に小なる者多く、又操縦に起因する事故多し。

筆者が出会った元戦闘機搭乗員たち4。左上から時計回りに、中村佳雄飛曹長、進藤三郎少佐、藤田怡與藏少佐、吉田勝義飛曹長、伊藤清飛曹長、中島三教飛曹長

その他、水野による分析は血液型や掌紋などもふくめ多岐にわたるが、この四半世紀の間に筆者が出会った(ということは、戦争を生き抜いた)数百名におよぶ元海軍搭乗員の顔を思い返してみるに、確かに左右の瞼が不同の人、鼻骨の隆起していた人はほぼいなかったように思う。水野は、顔のバランスを特に重視していた。左右非対称の度合いが強い者ほど事故率が高く、適性に欠けるのだという。

終戦を予見した意外な根拠

昭和11年に100人だった航空事故による殉職者数は、水野が航空本部嘱託に採用された翌年、昭和12(1937)年には53名、13(1938)年79名、14(1939)年71名と、戦時で搭乗員の養成人数が加速度的に増えつつあったにもかかわらず、全体の割合は下がっている。その後、殉職者の人数は、昭和15(1940)年107名、16(1941)年165名、17(1942)年160名、18(1943)年308名、19(1944)年488名、20(1945)年611名とふたたび増加に転じるが、昭和11年、全部で300名ほどだった養成人数が、19年には18000名超と、じつに60倍以上に膨らんでいることを考えると、事故率は確実に下がっていると言える。

――もっともこれが、技術や訓練方法の進歩によるものか、水野の採用が功を奏したのかどうかは、なおも検証が必要だろう。ただ、養成すべき人数が増えると、多少危なっかしいと思われても採用せざるを得なくなってくる。水野が「飛行適だが事故を起こす可能性あり」と判定した者の名前にマークをつけて名簿を金庫にしまってあったが、その3分の2は事故で死んだという話も残っている。

水野のことを「なんだ、易者が」と軽視していたという今川福雄大佐は、戦況が悪化した昭和19(1944)年7月、トラック島の第九〇二海軍航空隊司令として南方に赴任する前、

「このときだけは気にかかったので、ついに彼に手相を見てもらいました。すると氏は長考の末に、『じつにめずらしい手相です。不死身の手相です。どうか自決だけはなさらないように』と注意してくれました」

と回想している。今川大佐はのち、戦地で編成された第九五五海軍航空隊司令となり、フィリピンの戦いで配下の飛行機を全て失ったのちはルソン島クラーク地区の山岳地帯で陸戦の指揮をとり、飢餓や風土病とも戦わなければならない極限の戦場で、米軍の大部隊に包囲されながらも終戦まで持ちこたえた。クラークに立てこもった海軍部隊は約1万5400名、うち生きて終戦を迎えたのは約450名にすぎず、指揮官のなかには自決した人もいるから、水野の予言と忠告は当たっていたと言えるのかもしれない。

米内光政海軍大臣、井上成美海軍次官のもとで、海軍省で先任副官を務めていた横山一郎大佐(のち少将)は、昭和20(1945)年4月、海軍大臣官邸に水野を招いたさいに、

「あなたはどこか海岸で生まれましたね」

と横須賀生まれであることを当てられるとともに、性格なども的を射た評を受けたことに驚いて興味を持ち、

「水野に、勉強したいから何か教科書を貸してほしいと所望したところ、英語の本を2冊持ってきた。易学は中国由来のものだとばかり思っていたから驚いた」

と回想している。井上成美中将(のち大将)も、水野に興味を持って手相を本格的に勉強し、次官室には手相学の分厚い洋書が置かれていたという。

横山一郎少将。昭和20年9月2日、米戦艦「ミズーリ」艦上での降伏調印式には、海軍を代表して参加している
井上成美大将。合理主義者だったが、手相を熱心に研究していた

水野は、太平洋戦争の開戦と終戦の時期も言い当てた。昭和16(1941)年、桑原虎雄に、「戦争は今年中に始まります」と予言した話が伝わっている。

「はじめは順調にいきます。あとのことはわかりませんが……」

理由を訊ねる桑原に、

「書類を持って歩いている軍令部の人たちの顔の相がどうもよくありません」

と、水野は答えた。そして4年後、沖縄も陥落し、本土決戦の掛け声が現実味を帯びていた昭和20年7月、軍需省で監理官になっていた桑原は、ふたたび水野に戦争の先行きを訊ねた。

「来月中に終わりますよ」

というのが、水野の答えだった。

「最近、特攻基地をひと回りしてきましたが、特攻隊の若い搭乗員で、死相が出ている者がきわめて少なくなりました。これは、戦争が終わる兆候でしょう」

8月14日、日本政府が連合国のポツダム宣言を受諾、降伏することを決定し、8月15日、国民に終戦を告げる天皇の玉音が放送されたのは、これまた周知のとおりである。

戦後は銀座で占いで身を立てる

終戦後、昭和20(1945)年11月30日をもって陸海軍が解体されると、「第二復員省」と名を変えたかつての海軍省のもとに、復員者や遺族援護の窓口として横須賀地方人事部東京支部が設立された。支部長は、昭和19年、大西瀧治郎中将率いる第一航空艦隊の先任参謀として、フィリピンで特攻作戦の中枢にいた猪口力平大佐である。

復員軍人、なかでも若くして海軍を志願した元将兵は社会経験がほとんどなく、たとえ飛行機の操縦が上手くても、大砲や機銃の射撃に通じていても、職業的なつぶしは全くきかない。猪口は、差し当たっての仕事や将来の進路について相談にくる復員者のために、週に一度、東京・芝の焼け跡の安蓮社というバラックのような小さな寺に水野を招き、「形態性格学」による進路相談会を行った。安蓮社の住職は猪口と旧知の間柄で、この寺では、平成17(2005)年まで「神風忌」と称する特攻戦没者の慰霊法要も営まれている。

戦後、第二復員省で水野を復員者の相談員に起用した猪口力平大佐

猪口大佐の手記によると、水野はすでに、昭和20年5月には、各地の特攻基地で死相の現れている者がいなくなったことから、どんな形にせよ、近く戦争が終わることは予期していたという。水野はまた、猪口に、

「終戦早々に大阪、東京などの都市を歩いてみると、大阪を中心にした関西方面の若者に、関東よりも活気の相が著しいから、日本の景気は関西の方から起こってくるでしょう」

とも言った。

その頃から水野は、司法省の嘱託となり、府中刑務所に通って犯罪者の人相を鑑定し、なかでも窃盗犯と観相の相関関係を研究。猪口大佐には「今後、少なくとも10万人ぐらいの受刑者と直接接したい」と意欲を語っていたというが、GHQの鶴の一声で免職となってしまった。

その後しばらく、水野は銀座に小さな和室のオフィスを構え、占いで身を立てていたらしい。終戦の数年後、元零戦搭乗員・坂井三郎(中尉。1916‐2000)が、東京・両国に新たに謄写版印刷の会社を設立するにあたり、大切な社名について相談しようと、3つの候補を持って、評判を聞いて知った水野のオフィスを訪ねた。

「かなり繁盛しているようで、先客が5~6人いました。呼ばれてふすまを開けて座ったとたん、水野さんは私の顔をじっと見て、『あなたは海軍の戦闘機パイロットですね』と言う。

私は操縦練習生の適性検査で水野さんのことを覚えているけど、水野さんにとっては23万分の1だから、びっくりしましてね。『その通りですが、どうしてわかるんですか?』と聞くと、『坂井さんと言いましたね。何期かは知らないが、私があなたの人相、骨相を見て戦闘機パイロットと決めたんですよ』。それに、『あなたは何度も死地に陥ったはずだが、なかなか死なないんですよ、そうなんですよ』……これには二度びっくりでした』

と、坂井は筆者に語っている。坂井が用意した3つの社名を見せたところ、「これがよいでしょう」と水野が選んだのは、坂井としても一番の候補と考えていた「香文社」だった。

香文社は、坂井が全額を出資し、終戦時、特攻隊員の後を追って自決した大西瀧治郎中将の夫人・大西淑惠を名目上の取締役社長、大西瀧治郎と親交のあった笹川良一を発起人代表として発足した。大西のクラスメートで、それぞれ特攻隊を出撃させた司令長官だった福留繁中将、寺岡謹平中将も発起人に名を連ねている。大西淑惠に社長就任を頼んだのは、淑惠が、坂井がもっとも敬愛する零戦隊の分隊長だった笹井醇一中尉(戦死後少佐)の叔母という縁があったことと、笹川良一や旧海軍の人脈で仕事がつながると考えたからである。

坂井三郎中尉。戦後の再出発にあたって、水野義人に会社の命名を相談した

水野はその後、銀座の小松ストアー社長・小坂武雄の知遇を得、その誘いで同社の社員採用を担当するようになり、小松ストアーが経営していた千鳥ヶ淵のフェヤーモントホテル(2002年廃業)の取締役、相談役を務めて、昭和47(1972)年、61歳で亡くなった。

おそらく日本海軍独特だった「人相見」による搭乗員の適性検査が、つまるところどういうものだったか。どの程度までが応用統計学で、心理学的要素をも含んでいたのかどうか、マジック的な要素はなかったのか、手相学にも骨相学にも疎い門外漢にはよくわからない。

しかし、凡人の日常においても、ときに人智を超えた何かの力を感じることはあるものだし、現に旧日本海軍で23万人もの搭乗員の適性検査に採用された事実がある以上、これをはなから無視したり、一笑にふすことはできないと思われる。