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薬師瑠璃光如来 Medicine Buddha — Bhaisajyaguru

 

薬師瑠璃光如来

Medicine Buddha — Bhaisajyaguru

東の空が 瑠璃にほどける
眠りと痛みの あわいで
名を呼ばれぬ夜の底
小さな薬壺が 息をする
On Bekandze Bekandze
Maha Bekandze
Radza Samudgate Soha
On Bekandze Bekandze
Maha Bekandze
Radza Samudgate Soha

治れと 命じない
ただ 生きていいと
On Bekandze Bekandze
Maha Bekandze
Radza Samudgate Soha
痛みの名を 抱いたまま
今ここで あなたと在る

On Bekandze Bekandze
Maha Bekandze
Radza Samudgate Soha
On Bekandze Bekandze
Maha Bekandze
Radza Samudgate Soha

The eastern sky loosens into lapis blue
Between sleep and pain
At the bottom of a night where no name is called
A small medicine jar begins to breathe
On Bekandze Bekandze
Maha Bekandze
Radza Samudgate Soha
On Bekandze Bekandze
Maha Bekandze

Radza Samudgate Soha
I do not command you to be healed
I only say: it is all right to live
On Bekandze Bekandze
Maha Bekandze
Radza Samudgate Soha

Holding the name of your pain
Just as it is
Here, now, I remain with you
On Bekandze Bekandze
Maha Bekandze
Radza Samudgate Soha
On Bekandze Bekandze
Maha Bekandze
Radza Samudgate Soha

 

弥勒は、まだ来ない 弥勒菩薩―― Maitreya — the Buddha of the future

 

弥勒は、まだ来ない
弥勒菩薩――

Maitreya — the Buddha of the future

弥勒は まだ来ない
約束だけが 空に残る
終わらない夜を 抱えたまま
人は今日も 立っている

On Maitareya Sowaka

मैतारेया सोवाका पर

弥勒が来ない この世界で
誰かが 代わりに灯を持つ
名もなく 祈りも掲げずに
ただ 生きることで救ってる

On Maitareya Sowaka

मैतारेया सोवाका पर

オン・マイタレイヤ・ソワカ
未来は まだ降りてこない
だから今 この手の中に
慈しみは 生まれている
On Maitareya Sowaka

मैतारेया सोवाका पर

 

Maitreya has not yet come,
Only the promise remains in the sky.
Holding an endless night within their hearts,
People are still standing today.

On Maitareya Sowaka

In a world where Maitreya does not appear,
Someone carries the light in his place.
Without a name, without raised prayers,
They save others simply by living.

On Maitareya Sowaka

The future has not yet descended.
So now — within these hands,
Compassion is being born.

On Maitareya Sowaka

On Maitareya Sowaka

弥勒は、まだ来ない 弥勒菩薩――

 

弥勒は、まだ来ない
弥勒菩薩――

 

梵にマイトレーヤ、慈しみから生まれた者。
釈迦の次に現れると約束された未来仏。
五十六億七千万年後、この世界に再び仏が立つと、人は言う。
だが、その時間はあまりに遠い。
太陽が燃え尽き、地球が静かに死を迎えるのと、ほぼ同じ長さだという。
つまり――

弥勒は「来ない仏」である。
少なくとも、今を生きる者の時間には、現れない。
この状態を、後になって人は「死神がつく」と呼ぶのだと知った。

解決という語は、すでに意味を失っていた。
残っていたのは、「死ぬ」という単語だけだった。
それは意志ではなく、重力のように身体を下へ引いていた。
夜明け前、わたくしは梁を見上げていた。
――ここだな。
そう思った瞬間、視界の隅で、棚の端がわずかに揺れた。
いや、揺れたのではない。
こちらの視線が、偶然そこへ触れただけだ。
棚から、小さなものがはみ出していた。
理由もなく、わたくしは立ち上がった。
その立ち上がりが、どれほど異様な行為であったかを、
そのときのわたくしは知らなかった。
それは経巻だった。
指先に乗るほどの、あまりに小さな経。
古びてもおらず、かといって主張もなく、
ただ、そこに「在った」。
死は、そこで止まった。
消えたのではない。
ただ、次の一歩を踏み出さなかった。
――生きよう。
そう思ったのではない。
そういう状態に、戻されたのである。
東の山の端が、わずかに白み始めていた。
わたくしは朝日に向かって合掌した。
祈りというより、確認だった。
「もし、これが虚ではないなら」
「わたくしを、もう一度、使ってほしい」
声に出した誓いは、空気の中でひどく頼りなかった。
その後の三年間、わたくしは働いた。
必死に、という言葉は正確ではない。
ただ、止まらなかった。
気がつけば、負債は消えていた。
経の功徳を、信じたからではない。
信じてしまった、という方が近い。
人に伝えようとは思わなかった。
宗教を始めるなど、思考の外にあった。
ただ、生きていた。
弥勒菩薩は、今も兜率天にいるという。
須弥山の上空、仏教世界の中央で、
次に救うべき衆生のことを思い続けている。
右足を曲げ、左膝に乗せ、
右手の指を頬に当てて思惟する半跏思惟像。
あれは、未来を思い悩む姿だと言われる。
だが、わたくしには、こう見える。

――まだ来られないのではない。
――来なくてよいように、誰かが生きているのだ。

弥勒が現れない世界で、
弥勒の役目を引き受ける人間が、
名もなく、静かに立ち上がる。

それが、慈しみの正体なのかもしれない。

オン・マイタレイヤ・ソワカ。
弥勒は、まだ来ない。

だから今日も、この世界は――
人の手に、委ねられている。

地蔵菩薩 すべての生命を育む大地 Kṣitigarbha

 

地蔵菩薩
すべての生命を育む大地
Kṣitigarbha

あなたは ひとりじゃない
そう言えたら 楽なのに
代わりに ここに立ってる
何もせず ただそばで

Ong kakaka bisammaei sowa

ओङ्ग काकाका बिसममेई सोवा

オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ
オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ
泣いても 進めなくても
それでも 道は消えない
Ong kakaka bisammaei sowa

ओङ्ग काकाका बिसममेई सोवा

You’re not alone
If I could say it so easily
Instead, I stand here in your place
Doing nothing—just staying close
Ong kakaka bisammaei sowa

You’re not alone
If I could say it so easily
So instead, I remain right here
Silent—only by your side
Ong kakaka bisammaei sowa
Ong kakaka bisammaei sowa

Even if you cry
Even if you can’t move forward
Still, the road does not disappear
Ong kakaka bisammaei sowa

人道 ―― 迷いの重さを知る地蔵

人道 ―― 迷いの重さを知る地蔵

私は、人の道に立っている。
泣く者の声は、ここでは大きい。
願いは言葉になり、後悔は理由を欲しがる。
人は、自分の苦しみに意味を与えなければ耐えられない。
墓前で手を合わせる者の多くは、死者のためではない。
生き残った自分を、許してほしいのだ。
私は何も言わない。
ただ、重さを受け取る。
その重さを、少しだけ軽くするために。
錫杖は鳴らさない。
人は音がすると、答えを探してしまうから。
二、天道 ―― 満ち足りた者を見送る地蔵
私は、天の道を見ている。
ここでは人々は、苦しんでいるとは思っていない。
幸福は当たり前で、時間は無限だと信じている。
だから私は、立っているだけだ。
警告もしない。
引き留めもしない。
落ちるときは、音がしない。
気づいたときには、もう地に近い。
そのとき、私は下で待っている。
誇りも、光も、すべてを失った姿を、
それでも拒まないために。
三、修羅道 ―― 怒りを燃料に歩く者の前で
私は、争いの道に立つ。
ここでは、正しさが刃になる。
勝った者だけが、正義を名乗る。
剣を振るう者は、皆、何かを守っているつもりだ。
だが守っているのは、ほとんどが「自分の像」だ。
私は、怒りを止めない。
怒りは止められないものだから。
ただ、その先に立つ。
怒りが尽きた場所で、
「それでも歩くか」と、黙って問うために。
四、畜生道 ―― 言葉を持たぬ命のそばで
私は、言葉のない世界にいる。
ここでは、理由は存在しない。
生きるか、死ぬか。
追うか、逃げるか。
それでも、恐怖はある。
安心もある。
人が「下等」と呼ぶこの世界で、
私は最も多く、触れられる。
撫でる手。
叩く手。
抱きしめる腕。
どれも、私は拒まない。
命は、評価されるために生きてはいないから。
五、餓鬼道 ―― 満たされぬ渇きの中で
私は、飢えの道にいる。
口に入れても、砂になる。
手に入れても、失われる。
欲は、罰ではない。
だが、終わりを忘れた欲は、牢になる。
私は施さない。
施しは、渇きを深くすることがある。
代わりに、宝珠を見せる。
光らない宝珠を。
「満ちるとは、こういうことだ」
そう言わずに、ただ持つ。
六、地獄道 ―― 炎の中で代わりに立つ地蔵
私は、最も下にいる。
叫びは意味を失い、
苦しみは時間になる。
裁きは行われる。
だが、私は裁かない。
私がするのは、身代わりだ。
苦しみの一部を、引き受ける。
一度でも、
思い出されたなら。
一度でも、名を呼ばれたなら。
私は、その炎の前に立つ。
オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ
これは救済の言葉ではない。
約束でもない。
ただ、
「あなたは、ひとりではない」
という、大地の声だ。