- お釈迦さまの不思議な問い
「雜阿含経・申恕林産』(以下、『申紀林経』)の講義をいたします。これは短いお経ですが、内容は非常に重要です。まずは経文を読んでみましょう。
如是我聞。一時仏在摩竭国人間遊行。
王舎城波羅利弗。是中間竹林聚落大王。於中作福徳舎。爾時世尊。与諸大衆。於中止宿。爾時世尊告諸比丘。 汝等当行共至申恕林。爾時世尊。与諸大衆。到申恕林。坐樹下。爾時世尊。手把樹葉。告諸比丘。此手中葉為多耶。大林樹葉為多。
髪の気く戦れ聞きぬ。一時、似、摩場国の人間に在して遊行したまえり。王舎城と波羅利弗の、是の中間の竹林聚落に、太田、中に於て福徳舎を作れり。爾の時世尊、 『諸の太熟と中にがて止宿したまえり。雨の時世尊、諸のビ丘に告げたまわく「※」等当に行きて共に申怒械にいた至るべし」と。雨の時世尊、諸の大衆と申恕林に到り、 樹の下に坐したまえり。雨の時世尊、手に樹の葉を把りて、諸の比丘に告げたまわく「此の手中の葉多しと為す耶、大林の樹葉多しと為すや」と
現代語訳
解説
このように私は聞きました。ある時、仏さまはマガダ国の村々で布教伝道しておられました。
このマガダ国のラージャガハとパータリプッタの中間にある竹林精舎の中には、ビムビサーラ王が建立した福徳舎があり、仏さまはマガダ国で布教している間は、多くの弟子たちと共にここに滞在されておられました。その時、世尊はもろもろの弟子たちに、
「私はこれから申怨林に行くから、おまえたちもついてきなさい」
とおっしゃいました。そして、仏さまは弟子たちと共に申恕林へ向かわれました。
申恕林に到着すると仏さまは大きな木の下に座られ、木の葉を二、三枚ちぎると、それを弟子
たちに見せながら、
「今、私の手の中にある木の葉の方が多いでしょうか? それとも、この林中の木に生えている葉の方が多いでしょうか?」
とお尋ねになりました。
難しい語句がいくつかありますから、その説明から始めましょう。
摩国とはマガダ国のことです。マガダ国というのは、お釈迦さまがいらっしゃった当時のインドの十六大国の一つで、現在のビハール州のガンジス河南部付近にあったとされており
次に、「人間道行」というのは、人々の間を遊行、つまり布教伝道するということです。なぜわざわざこのようにいうのかと申しますと、お釈迦さまたちは雨季の二カ月間と雨季が終わった後の一カ月間の計三カ月間は、洞窟などで安居されていたからです。インドは雨季になると豪雨が続きますから、この間は外に出て布教することはできません。日本の梅雨のような雨ならばまだよいのですが、インドの雨季の雨は本当に凄い土砂降りで、ふだんは小さな川でも水かさが増して大洪水を起こします。外に出て布教をして歩くことなど、とてもできません。
ですから雨季の間は、比丘たちは一カ所に集まって安居し、乾季の間の修行の懺悔や反省、そ
してこれからどのように布教・修行していくかを勉強しました。
また、雨季が終わった後も、だいたい一カ月間は安居したようです。雨季が明けた直後は、草木がどんどん新芽を出し、虫や小動物がたくさん発生します。もし比丘たちがそこを歩き回ると、 当然のことながら虫たちを踏み殺してしまい、不殺生戒を破ることになります。そこで、この雨季後の約一カ月間も、比丘たちは洞窟などで安居したのです。要するに、合計三カ月間は安居したわけです。そして、残りの九ヵ月間は布教して歩いていました。
王舎城はマガダ国の首都で、パーリ語ではラージャガハと呼びます。現在のラジギールです。 このラージャガハとパータリブッタというところの中間に竹林聚落がありました。竹林聚落とは別名を竹林精舎といい、パーリ語ではヴェールヴァナ・カランダカニヴァーパと呼びます。これはコーサラ国の祇園精舎と並ぶ仏教の聖地で、ギッジャクータ(霊鷲山)の麓にあります。
経中にある大王とは、マガダ国のビムビサーラ(観察沙羅)王のことを指します。この王はお釈迦さまに深く帰依しており、仏典にもしばしば登場します。このビムビサーラ王は竹林聚落の
中に福徳舎という、宿泊施設の整った公民館のようなものを造っておられました。お釈迦さまと弟子たちは、マガダ国で布教している間、ここに滞在されていたわけです。 このお経は、大変興味深い内容です。
お釈迦さまほどのお方が突然に、自分の手の中にある木の葉と林の木々に生えている葉とどちらが多いか、と訊かれたわけですから、比丘たちはびっくりしたことでしょう。みな、お釈迦さまはなにをおっしゃっているのだろうか?と考えたと思います。
暑い中をテクテク歩いて涼しい林にきたわけですから、居眠りを始めた者もいたかもしれません。ところが、お釈迦さまが急に木の葉を手にとって、この手の中にある葉と林中の木に生えている葉とどちらが多いかという、分かりきったことをおっしゃったのですから、居眠りをしていた連中も目を皿のようにして、お釈迦さまを注目したことでしょう。
さて、そのお釈迦さまの不思議な質問に対して、弟子たちはどのように答えたのでしょうか?
成仏に役立つ教え
比丘白仏。世尊。手中樹葉甚少。彼大林中樹葉無量。百千億万倍。乃至
大林の中に樹葉は無量百千万側にして、乃至菓飲響比丘仏に白さく「世尊よ、手中の樹葉は割だ少く、彼の
釈迦さまに深く帰依しており、仏典にもしばしば音場します ニ
中に福徳舎という、宿泊施設の整った公民館のようなものを造っておられました。お釈迦さまと弟子たちは、マガダ国で布教している間、ここに滞在されていたわけです。
このお経は、大変興味深い内容です。
お釈迦さまほどのお方が突然に、自分の手の中にある木の葉と林の木々に生えている葉とどちらが多いか、と訊かれたわけですから、比丘たちはびっくりしたことでしょう。みな、お釈迦さまはなにをおっしゃっているのだろうか? と考えたと思います。
暑い中をテクテク歩いて涼しい林にきたわけですから、居眠りを始めた者もいたかもしれません。ところが、お釈迦さまが急に木の葉を手にとって、この手の中にある葉と林中の木に生えていろ葉とどちらが多いかという、分かりきったことをおっしゃったのですから、居眠りをしていた連中も目を皿のようにして、お釈迦さまを注目したことでしょう。
さて、そのお釈迦さまの不思議な質問に対して、弟子たちはどのように答えたのでしょうか?
成仏に役立つ教え
比丘白仏。世尊。手中樹菜甚少。彼大林中樹葉無量。百千億万倍。乃至
比丘仏に白さく「世尊よ、手中の樹葉は割だ少く、彼の大林の中に樹葉は無量で、ぜ万側にして、乃至算数響
奉行
算数響類不可為比。如是諸比丘。我
成等正覺。自所見法。為人定説者。
如手中樹葉。所以者何。彼法義饒益。
法饒益。梵行饒益。明慧正覚。向於
涅槃。如大林樹葉。如我成等正觉。
自知正法。所不說者。亦復如是。所
以者何。彼法非義饒益。非法饒益。
非梵行饒益。明慧正覚。正向涅槃故。
是故。諸比丘。於四聖諦。未無間等
者。当勤方便起增上欲。学無間等。
仏説此経已。諸比丘聞仏所説。歓喜
現代語訳
比丘たちは仏さまに、
一二六
麗もてピを為す可からず」と。「是の如く諸の比丘よ、 我れ等正覚を成じて自ら見し所の法をば人の器に宣するに手中の樹葉の如し。所以は何ん。彼の法は義もて益し、法もて饒益し、燃行もて饒益し、明感もて正
ぜして、理製に向えばなり。大林の樹葉の如くなる、我とう
が等正覚を成じて自ら正法を知りて説かざる所の如きは、ボ復是の如し。所以は何ん。彼の法は義もて饒益するに恥ず、法もて饒益するに非ず、梵行もて饒益し、明慧もて正覚して、正しく涅槃に向うに非ざるが故なり。
是の故に、諸の比丘よ、四聖諦に於て、未だ無間等ならずんば、当に眺め方便して増上欲を起こして無間等を学ぶべし」と。仏此の経を説きじりたまいしに、諸のそうじようよく比丘、仏の説かせたまう所を聞きて、歓喜し奉行しき。
比丘たちは仏さまに。
「世尊よ、世尊の手の中の木の葉は非常に少ないですが、この大きな林の中の木の葉は一つ、二つと数えられるような数量ではありません。おそらく、手の中の葉の無量百千億万倍はあるでしょうから、比べものにさえならないと思います」
と申し上げました。すると、仏さまは、
「まさにそのとおりです。そのことは、私の説法にもいえるのです。私は等正覚を得て仏陀になり、この大きな林中の木の葉のようなさまざまな知識や智慧を得ました。しかし、私が人に説いているのは、その無数の知識や智慧の中のごく一部なのです。たとえるならば、この手の中の木の葉くらいのものです。しかし、それらはどれも法の意義を以て利益を与え、法を以て利益を与え、梵行を以て利益を与え、明らかな智慧を以て、正しい悟りを得ることができ、完全解脱(涅槃)に至ることができるものばかりなのです。
このほかにも、私はたくさんの知識を修行によって得ています。それは、おまえたちに説いているものとは比べものにならないほど多量にありますが、あえて説いていません。なぜならば、 これらの法の意義を以て利益を与えられるものでもなく、法を以て利益を与えられるものでもなく、梵行を以て利益を与えられるものでもなく、明らかな智慧を以て正しい悟りを得ることも、 また完全解脱に至ることもできないからです。
そのようなわけですから、おまえたちの中で四聖諦の悟りを体得していない者は、一生懸命に精進して、増上欲を起こして学び、実践して、正しい悟りが早く得られるように心がけなさい」 とおっしゃいました。仏さまのこの教えを聞き、弟子たちは大いに喜びました。
解説
ここにも難しい言葉がいくつか出てきます。
映益という言葉が何度も出てきますが、これは大いに役立つという意味です。明慧正覚とは、 明らかな智慧と正しい悟りのことです。無間等とは正しい智慧のことで、増上欲とは強い求道心をいいます。非常に傲慢な人を増上慢と呼びますから、増上欲と聞くとなにか悪いことのように思われるかもしれませんが、これは自分をよい方向に引き上げ高めようとする、よい欲なのです。 この増上欲を仏道修行者は必ず持たなければいけません。
お釈迦さまはここで弟子たちに対して、自分の説く法は自分の持っている知識や智慧のごく一帯だが、それらは涅槃を得るのに役立つことばかりであり、説いていない残りの多くの知識は、 涅槃を得るためには役立たないものばかりなのだ、とおっしゃったわけです。
わたくしはこれを読んだ時に、お釈迦さまがおっしゃっていることとは別の意味で、なるほどなとつくづく思いました。
それはこういうことです。毎月いくらかの人が仏縁を頂戴して、阿含宗に入信いたします。しかし、せっかく入信して修行を始めても、途中で脱落していく人が多少なりともあるわけです。 阿含宗をやめる理由を見ていくと、だいたい二つのタイプに分けられます。一つは、わたくし
るのだが、 の説くことをよく理解していない人たちです。もう一つは、わたくしの説くことを理解はしてい
「管長の説くことはこのくらいのものだ。この程度ならば、自分はみな理解してしまった」
と考える人たちです。
と考える人たちです。
この二つのタイプのうちで、わたくしは特に後者を気の毒に思います。たとえば、わたくしはいくつかの著書で、高度の瞑想法や特殊な密教の法を紹介しておりますが、それを読んで、
「自分もこの法を学びたい。超能力を持ちたい」
と考えて、阿含宗の門を叩く人が少なからずいます。
しかし、わたくしがそれらの人々を霊視してみると悪因縁だらけであり、霊障のホトケが何体もいるわけです。これでは高度の密法や瞑想法は、とても伝授するわけにはいきません。たとえ伝授をしても、悪因縁や霊障のホトケが障害となって身につけることができませんし、もしも百歩譲って身につけることができたとしても、正しく使うことはできません。ともすると、それが原因で不幸になってしまうことさえあります。
となるわけです。
そのようなわけで、まず因縁解脱の行をさせて解脱供養を勧めるのですが、辛抱できずにやめてしまって、
「桐山靖雄は、すばらしい法があると本に書くだけで、実際には伝授してくれない。きっと本当は自分も知らないのだ」
などといいふらす人がいます。ところがしばらくしてから、その法の伝授を始めると、
「ああ、やっぱり続けていればよかった」
たしかに、わたくしはお釈迦さまの足もとにもおよばない存在です。しかし、お釈迦さまがおっしゃるのと同じで、わたくしが今説いていることや本に書いたことは、わたくしが持っている
もののすべてではありません。わたくしは現在説いていることの、何十倍もの知識や法を得ています。その中から、今はこれを教えるのがよいだろう、と考えて指導しているわけです。その背後には何十、何百倍というものを持っています。はたして一生のうちに、これらのすべてを教えされるだろうか、とさえ考えてしまうほどの量です。
だいたい、知識を詰め込んで教えるだけでは仕方がありません。役に立つものを必要な時に教え、さらにそれらを身につけることができるように指導をする。これが、師匠としていちばん大切なことです。そうでなければ師匠とはいえません。
そのような理由で、わたくしは「申思林経」を読んだ時に、お釈迦さまがおっしゃったのとは違う意味で、なるほどなと思ったわけです。
四諦の法門
さて、お釈迦さまは自分が説くものはわずかなものではあるが、どれもこれも解脱に役立つものばかりなのだから、絶対にこれは吸収しなければいけないぞとおっしゃってから、「諸の比丘よ、四聖諦に於て、未だ無間等ならずんば、当に勤め方便して増上欲を起こして無間等を学ぶべし」と説かれております。
悟りをまだ十分に体得していない者は、四聖を一生命に修行し、勉強してこれを
す。 完全に身に備えなさいという意味ですが、ここがこのお経の最も重要な部分です。この『申恕林経」は、四聖諦は仏の教えの中で最高のものである、とお釈迦さまがお説きになったお経なので
四聖諦は四語、あるいは四諦の法門とも呼びますが、お釈迦さまの悟りの教学的な部分の根底をなすものです。このことについては『阿含密教いま』(平河出版社)で詳しく書いておりますので見てみましょう。
この縁起の法からみちびかれて出てきたのが、有名な四つの図式です。
これあるによりてこれあり
これ生ずればこれ生ずこれなきによりてこれなくこれ滅すればこれ滅す
この四つの図式を、人間(の苦)にあてはめたのが「四諦」です。四諦が最初にあったのではなく、最初にあったのは、殺起の法のこの四つの図式です。いうならば、「存在の構造に関する四つの図式」といってもよいでしょう。苦があるとか、なにがあるとかいうのではなく、ものの存在に関する構造を四つにあらわしたものです。なにがある、かにがあると、 限定したものはなにも出していないのです。原理なのです。この原理を人間に即し、人間に
あてはめて説かれたとき、人間における最大のテーマ、「苦」を主題にして述べられたので
す。それが「四歸」です。そう解釈しなければいけません。
この四蹄がどう説かれたかというと、アーガマの一つの経によれば(相応部経典五六・三一
「申思、漢訳の同本雑阿含経一五・四五「申恕林」)つぎのようなものです。
一、こは苦なり
(Idam dukkhan)
二、こは苦の生起なり
(Ayam dukkhasamudaya)
三、こは苦の滅尽なり
(Ayam dukkhanirodha)
四、こは苦の滅尽にいたる道なり
(Ayam dukkhanirodhagamini pațipadā)
これが時により、別の経ではつぎのように説かれたと記されています。
比丘たちよ、苦の聖諦とはこれである。
比丘たちよ、苦の生起の聖諦とはこれである。
比丘たちよ、苦の滅尽の聖諦とはこれである。
出正たちよ、苦の生態の意識とはこれで見る出臣たちよ、哲の満足その空とはこれである。
比丘たちよ、苦の足にいたる道の聖とはこれである。
これを、訳者たちが、陽的に、
とし、さらに簡潔に、
と、してしまったのです。これが四時です。
これはわたくしが、「阿含経は苦を実在と見るから低い教えである」という大乗仏教の意見に対する反論という形で着いた文章です。大乗仏教の人たちは、「阿含経」で尊ぶ四時の最初に苦があることから、「会話」は男を実在と見る低い小東の教えだといいました。しかし、これは明らかに間違いです。
良いておりますが、さまは最初の法では「苦」ということと」
っていません。引用部分にあるように、四語はものの存在の原理である縁起の法を、人間にあてはめて頂いたものなのです。ものの存在の構造を原理的に説いているわけです。
一三四
これあるによりてこれあり
これ生ずればこれ生ず
これなきによりてこれなく
これ読すればこれ滅す
実に簡単明瞭な教えです。この縁起の法を人間において考えたとき、「これあるによりて」の 「これ」という言葉に「苦」をあてはめざるをえません。なぜかといえば、人間存在は「苦」によって代表されるからです。たしかに人間には、楽しいこともたまにはありますが、苦しいことの方が多いものです。小説家の林芙美子さんが好んだ言葉に、
「花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき」
という名句を記しております。もちろん花の中には、牡丹・与薬のようにたいへんきれいな花もあれば、道端に咲く小さな花もあります。しかし、どのような花でも苦しいことに耐えて生きています。人間も同じで、なにかしらの苦に耐えて生きているのです。人間も花を咲かせるために、苦に耐えています。ですからお釈迦さまは、あるいはお釈迦さまの直弟子たちは、「苦」
というものが人間の存在を表わす代表的なものだ、とお考えになられたのです。
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