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今日の九星盤 2026年1月19日

今日の九星盤

2026119

乙巳 二黒土星 歳
己丑 九紫火星 節
癸巳 三碧木星 日
三碧木星の日
望み事を持った人が来訪する。思い掛けない事が起こる。善因善果。神、親、社会、衆生、物のご恩をかみしめ精神本位で行動すべき日 今まで9日間の行動の善悪によって思いがけない吉凶が生じます。

再生の週 栄の日

困難な事にもチャレンジできる日

気分が晴れ、モチベーションもアップするので、何かを始めるのに適した日です。リスクのあることや、躊躇していたことにも果敢にチャレンジすることで、良い結果が現れます。全く未知の分野であっても積極的に挑戦してください。破壊の週の作用を引きずっているようでは、せっかくの運気が鈍ってしまいます。自分に自信をもって、少しオーバーなくらいの気持ちで臨むとよいでしょう。

 

普賢菩薩

あらゆる場所に現れ、命あるものを救う慈悲を司る菩薩

名サマンタバドラ (Samanta bhadra) の「サマ 「タ」は「く」、「バドラ」は「賢」と漢訳しま す。 「賢」とは具体的には「さとりを求める心か 起こる、成仏しようとする願いと行ない」のこ とです。それが、ときとところを選ばず在して いるということを象徴したのがこの菩薩です。 で すから、菩薩行を実践する者をつねに守護するほ とけでもあります。

白象に乗り、文殊菩薩とともに釈迦如来 の脇侍をつとめます。 文殊菩薩のに対して、 (行)をつかさどります。

なお、密教では、堅固不壊の菩提心を象徴する

金剛薩埵と同体とします。

と巳年生まれの人の守り本尊とされていま

 

普賢菩薩(ふげんぼさつ)とは?

普賢とは「全てにわたって賢い者」という意味で、あらゆるところに現れ命ある者を救う行動力のある菩薩です。

 

文殊菩薩とともに釈迦如来の右脇侍として三尊で並ぶことが多いですが、独尊で祀られる場合もあります。文殊菩薩の智慧とともに修行を司る菩薩として、明晰な智慧で掴み取った仏道の教えを実践していく役割を果たすとされています。また、女性の救済を説く法華経の普及とともに女性に多く信仰を集めました。

 

ちなみに普賢菩薩から派生した仏に延命のご利益のある普賢延命菩薩があります。

ご利益

女性守護、修行者守護、息災延命、幸福を増やす増益のご利益があるとされています。また、辰・巳年の守り本尊です。

普賢菩薩(ふげんぼさつ)の像容

白象に乗っている姿が一般的です。3つや4つの頭の象に乗っている場合は普賢延命菩薩像の可能性が高いです。

 

 

優婆塞

 

優婆塞

 

その日、迦毘羅衛国の空は、どこか柔らかい光を帯びていた。
ニグローダの林――バニヤンの巨樹が幾重にも枝を垂らし、静かな影をつくるその園の奥に、ひとつの精舎があった。風はほとんど音を立てず、葉のざわめきだけが、時の流れをそっと知らせていた。

そこに、お釈迦さまはおられた。
遠く離れた異国の聖地ではない。ここは、かつて王子シッダールタとして過ごした故郷、カピラヴァットゥ。幼き日々の記憶が眠るこの地で、仏は今、静かに人々を迎えていた。
やがて林の奥から、数人の在家信者を伴った一人の男が現れた。
その名はマハーナーマ。釈尊の従兄弟にあたり、在家の弟子として深く教えを信じる人物であった。

彼は仏の前に進み出ると、両膝をつき、深く頭を垂れ、仏足に礼拝した。やがて身を起こし、慎み深く、しかし確かな声で問いを投げかけた。
「世尊。――優婆塞とは、いかなる人に対して名づけられるものなのでしょうか。」
その問いは、ただの言葉の意味を尋ねるものではなかった。
優婆塞――ウパーサカ。

それは在家の男性信者を指す言葉であり、女性であれば優婆夷、ウパーシカーと呼ばれる。そんなことは、マハーナーマほどの人であれば、当然、知っていた。
だが彼は、あえて問うたのだ。
それは、名の背後にある「生き方」を問うためであり、在家にあって仏の弟子として生きるとは、いかなる心構えをもつことなのか――その核心を、あらためて仏の口から聞きたかったからであった。

林の風は止まり、鳥の声も遠のいたように思えた。
すべてが静まり、ただ仏の沈黙だけが、重く、しかし慈しみ深く、場を包んでいた。
その沈黙の中にこそ、マハーナーマの問いの深さが、すでに答えとして響いていたのである。

如是我聞と「阿含経」 婆塞証知我。 如是我聞

如是我聞と「阿含経」

婆塞証知我。 如是我聞。一時仏住迦毘羅衛国尼拘律園中。爾時釈氏摩訶男来詣仏所。 稽首仏足退坐一面。白仏言。世尊。 者在家清白。乃至尽寿帰依三宝為優館

云何名優婆塞。仏告摩訶男。優婆塞

、至『寿尽くるまで三宝に帰依し、優婆塞とんらん是の如く我れ聞きぬ。一時、仏、迦毘羅衛国尼拘律園中に住まりたまえり。爾の時釈氏摩訶男、仏の所に来識し、仏の足に稽首したてまつり退いて一面に坐し、仏に白して言さく、「世敷よ、云館が愛で窓と名づくるや」 ど。仏、摩訶男に告げたまわく、「優婆塞とは在家清我れを証知したまえ」」と。

現代語訳

このように私は聞きました。ある時、仏さまがカビラヴァットゥ(迦毘羅衛国)のニグローダ (尼拘律)園におとどまりになっておられました。そこへ、在家の弟子であり、仏さまの従兄弟でもあるマハーナーマ(摩訶男)が、数人の在家信者を引き連れて現われ、仏足頂礼の礼をして仏さまの前に座り、質問いたしました。

「世尊よ、優婆塞(在家仏教徒)とは、どのような人に対して名づけられたものでありましょう

か?」

仏さまはマハーナーマに、

「在家の者が仏や卵となる僧侣のもとに行き、『自分が生きているかぎり、死ぬまでの今後一生を通して三宝に帰依いたします。私を優要塞としてお認めください』と申し出て、仏や僧侶がそれを認めるならば、その者は優婆塞となります」

と告げられました。

まず、最初に「如是我聞(是の如く我れ聞きぬ)」という言葉があります。ほとんどのお経がこの言葉で始まっておりますが、「私はこのように仏さまからうかがいました」という意味です。 この「私」とはだれか?

記憶力第一といわれたアーナンダ(阿難)であるとこれは、お釈迦さまの十大弟子の一人で、記憶力第一といわれたアーナンダ( されております。アーナンダという方は、二十五年間にわたってお釈迦さまのおそば近くに仕え、 その説法の一言一句を残らず記憶していました。お釈迦さまがお亡くなりになった直後、このアーナンダや大長老のマハーカッサパ(摩訶迦葉)を含めた五百人の仏弟子たちがラージャガハ

(王舎城)の七葉窟に集結し、お釈迦さまの教法の編纂を始めたわけです。

マハーカッサバが座長になり、アーナンダが自分の聞き憶えていたものを口述し、それを弟子

この社員で義論していくという形で、教法はまとめられていきました。

たち全員で議論していくという形で、教法はまとめられていきました。

たとえばアーナンダが、

「私は園精舎でこのような教えを拝聴しました」

と話すと、それに異論のある者は手を挙げて、

「それは私の記憶とは違う・・・・・・」

と自分の記憶している内容を述べたわけです。すると座長のマハーカッサパが、

「みなさんはどのように記憶しておられますか?」

と、他の弟子たちに諮り、それぞれが記憶をたどりながら、正しい答えを導き出してまとめていったわけです(『南伝律』「小品」十一抄)。そのようにして編纂されていった経典が「阿含経」 です。

ですから、「阿含経」に「如是我聞」という言葉が使われているのは当然です。ところが、仏滅後数百年経ってから創作された経典、たとえば『宏華経』や『聖戦」などの大乗経典も、 「阿含経」の形式をまねて「如是我聞」の四文字から始まっています。これは言語道断です。ほとんどの経典がこの「如是我聞」から始まるために、後世の人たちはすべてのお経はお釈迦さま一代の教説である、と思い込んでしまったのです。さらには、間違った教相判釈が立てられ、 「阿含経」は小乗経典という、まったく見当違いの評価を受けるようになってしまいました。

「如是我聞」はたった四文字の言葉ですが、これほど重要な意味を持っています。わたくしたちは、「如是我聞」を使うことのできるお経は「阿含経」だけなのだという真実をよく理解すると

共に、それを世間に広めていかなければなりません。

優婆塞とはなにか

それでは、お経の内容を解説いたしましょう。

ある時、お釈迦さまがカビラヴァットゥ(迦毘羅衛国)のニグローダ(尼拘律)園におられました。カピラヴァットゥというのはお釈迦さまの故郷で、現在のネパールのタライ地方付近であるといわれております。そのカビラヴァットゥにニグローダ(サンスクリット語ではニヤグローダ。 バニヤンの樹)という樹木がたくさん生えている林があり、その中の精舍、つまり道場にお釈迦

た。 さまは滞在されておられました。 そこへ、在家の弟子であり、またお釈迦さまの従兄弟でもあるマハーナーマ(摩訶男)が、数人の在家信者を引き連れて現われ、仏足頂礼の礼をしてお釈迦さまの前に座り、質問いたしまし

しゃくし仏門に帰依した者はすべてお釈迦さまの子であるという考えから、仏教徒を釈子あるいは釈氏といいます。しかし、ここに登場するマハーナーマはお釈迦さまと同じ釈迦族の人ですから、ここでいう釈氏は「仏教徒の」と訳すだけではなく、「釈迦族の」と訳してもよいでしょう。

「仏の足に精首したてまつり」とは仏足頂礼といい、五体を地につけてお釈迦さまのおみ足を額にいただく礼拝のことです。インドではこれがいちばん丁寧で、心からの帰依を表す礼とされております。仏足頂礼は五体を地につけて礼拝するので、五体投地とも呼びます。スリランカなどの南伝仏教の国では、パーリ語で「ブッダム サラナム ガッチャーミ〈われ、仏に帰依したて

自えて仏足頂礼の礼をします。わたくしたちは動行の時に膝をかがめて、

ております。仏足頂礼は五体を地につけて礼拝するので、五体投地とも呼びます。スリランカなどの南伝仏教の国では、パーリ語で「ブッダム サラナム ガッチャーミ(われ、仏に帰依したて

まつる)」と唱えて仏足頂礼の礼をします。わたくしたちは動行の時に膝をかがめて、

「オンザラバタタギャタ ハンナマンナノウ キャロミ」 と花押いたしますが、これは五体投地を簡略化したものです。

しかし、形の上では簡略化してありますが、心の中では五体を地につけてお釈迦さまのおみ足

をいただいてる、と観想して礼拝しなければいけません。

マハーナーマもこの時、仏足を頂礼してお釈迦さまにご挨拶し、

「世尊上、優婆塞とは、どのような人に対して名づけられたものでありましょうか?」

と質問したわけです。

優要塞とはパーリ語・サンスクリット語のウバーサカを漢字に音写したもので、普通は男性の在家信者を指します。これに対して女性の在家信者は優婆夷と呼び、同じくパーリ語・サンスクリット語でウバーシカーといいます。

か? それでは、マハーナーマはそのようなことも知らなかったのか、というとそうではありません。 逆に、彼は優婆塞の深い意味をよく知った上で、質問しているのです。それは、なぜでしょう

たとえば「音」 マハーナーマ自身は優婆塞についてよく知っているけれども、自分が連れてきた者たちはまだよく分かっていない。そこで、優婆塞の心構えを知ってもらうために、わざと自分自身も知らないふりをしてお釈迦さまに質問しているわけです。このような質問の仕方を起櫻間と呼びます。 仏教経典の中には、時々こういう起機問が出てきます。

の時に、無意痛、傷を以て問うて日さく、世尊は紗短期わりたまえり、歌今重ねて彼を問いたてまつる、仏子飲の因縁あってか名づけて観世音とかすや、と)」

と無尽意菩薩が仏さまに、観世音菩薩の名の由来についてお尋ねするところがあります。無尽意菩薩とは、無尽蔵の智慧による功徳と救済を象徴した菩薩ですから、そのくらいのことを知らないはずはない。

しかし、そばにいる者たちは知らないから、それについて仏さまから直接説明をしていただいて、皆に聞かせてあげようということで、無知な人たちになりかわって質問をしているのです。 マハーナーマもこれと同じなのです。

マハーナーマの赴機間に対して、お釈迦さまは「優婆塞とは、在家清白、乃至『寿尽くるまで三宝に帰依し、優婆塞と為らん我れを証知したまえ』」とお答えになられました。

「在家清白」とは、お釈迦さまに帰依して、仏教を信仰しようという清らかな心を持っている在家の人、ということです。「寿尽くるまで三宝に帰依し」とは、自分が生きているかぎり、死ぬまでの今後一生を通じて三宝に帰依いたします、という意味です。三宝とは仏・法・僧、つまり仏さまと仏さまの教法、そしてお釈迦さまの教法を実践する僧伽(教団)のことです。その三宝に対して、自分は死ぬまで帰依いたしますから、私を優婆塞としてお認めください、とお釈迦さまや師となる僧侶に申し上げ、それが認められれば優婆塞になるというわけです。 そうぎゃ

っれると道場にきて、わたくしと一

諸君も、

に対して、自分は死ぬまで帰依いたしますから、私を優婆塞としてお認めください、とお釈迦さまや師となる僧侶に申し上げ、それが認められれば優婆塞になるというわけです。

阿含宗に入行する時も同じですね。誓約書を提出して認められると道場にきて、わたくしと一緒にお護摩を焚く。続いて、ご本尊・真正仏舎利尊との仏縁を結ぶ灌頂を受け、これから一生懸命に仏舎利宝珠尊解脱宝生行(以下、解脱宝生行)をやっていきます、と仏さまにお誓いを立ててからご宝塔をいただきます。これも、このお経に則っているわけです。

そういうと、

「一生涯、修行するのですか?」

と聞く人がいるかもしれない。しかし、ひとたび入行して本当の仏さまの修行を始めたならば、 やはり一生涯にわたって仏さまの教えを守っていく、という気持ちが生ずるのは当然です。もしも、そういう気持ちが起きないならば、解脱宝生行を完全に修行したとはいえません。本当に修行をしたならば、必ずこの修行を持続させようという気持ちが起きるのです。それが起きないならば、本当に修行したとはとても考えられません。

「自分は生涯をかけて修行をする、というつもりで信仰をしているだろうか?」

と、よく考えてごらんなさい。もしもそういう気持ちがなければ、因縁を切ることなどとてもできません。もう一度それについて、自分の心に問いかけてごらんなさい。

出家仏教と在家仏教

出家仏教と在家仏教

「阿含経講義」の第一回目として、「雑阿含経・一切事経』(以下『一切事経』)の講義を行いま

「佛教語大辞典」(中村元著・東京書籍)で「阿含経」を引くと、

る。 【阿含經】あごんきょう 原始仏教の経典をいう。実際に釈尊が説いたと思われることばが数多く含まれている。南方系仏教では、長部(Digha-nikāya)・中堀(PMajjhima-nikāya). 相部 Samyutta-nikāya)・増支部(Anguttara-nikāya)・小部(PKhuddaka-nikāya)の五部に分けているが、北方系仏教では、長阿含・中阿含・増壱阿含・雑阿含という四種を数える。 漢訳の『長阿含経』には三十経が含まれ、『中阿含経』は二百二十二経、『増壱阿含経』は五十一巻、法数によって内容をまとめ、一法から十一法に至るまでを一まとめにしたので、この名がつけられた。『雑阿含経』は他の阿含経に収められない短い多数の経典を集録してあ

とあります。このように「阿含経」は、たくさんのお経が集まってできているわけですが、その中から特に重要なものを十経選ぶならば、わたくしはこの『一切事経』を迷わずその一つに挙げます。特に、在家として仏道修行を実践する人にとっては、いちばん重要なお経といえるでし

げます。特に、在家として仏道修行を実践する人にとっては、いちばん重要なお経といえるでし

ょう。それほど大切なお経です。

それはなぜでしょうか?

ふつう。 このお経に基づいて修行するならば、在家の者であっても出家以上の存在になり、現世で成仏することも可能である、と説かれているからです。

「お釈迦さまの仏教は出家仏教である」

と、仏教学者も一般の僧侶も考えております。仏教を出家仏教と在家仏教に区別する分類方法がありますが、出家仏教とは世を捨てて家族と離れ、僧侶として修行を進めていく、要するにお坊さんを主体とした仏教です。それに対して、出家しないで世俗で生活をしながら仏教を信心・ 修行していく、在家の人を主体とするのが在家仏教です。仏教学者や僧侶たちのほとんどは、 「お釈迦さまの仏教はすばらしいが、一つだけ欠陥がある。それは出家仏教だということだ。お釈迦さまの説く仏法は在家の者には修行できない」

と、主張してきたわけです。

ですから、わたくしが阿含宗を立宗して、

「阿含経に基づいた、お釈迦さまの真の仏法を修行しなければいけない」 と叫び始めた時に、学者やたくさんの僧侶たちがこのように批判しました。

「今さら、どうして釈迦仏教などを説くのか? なぜ阿含経という、小乗仏教のお経を今ごろ持

ち出してくるのか?」

というように。小乗仏教とは、自分の救済だけしか考えない仏教という意味です。

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「お釈迦さまの弟子たちは、自分が救われるために出家をして、いろいろな修行をしたのではないか。お釈迦さまはそのような弟子たちに法を説いたのだから、その説法をまとめた阿含経は小乗経典である」

と、わたくしは非難されました。

ですから、在家の方が「阿含経」の教えを世の中に広めていこうとする時、まず反対されるの

はその点だと思います。

「お釈迦さまの仏教は出家仏教ではないか。あなたは出家なのか?」

そういわれるでしょう。

それに対してどう答えればよいのでしょうか?

「ああ、そうですか。それは知りませんでした」

というようなことではしかたがない。

逆に、お釈迦さまの仏教を出家仏教と考えるのはまったくの間違いであり、勉強不足なのだと

教えてあげなければいけません。

お釈迦さまの仏教は出家仏教でもなければ小乗仏教でもなく、在家の者でも成仏できると説かれているのだ、ということがはっきり示されているのが、この『一切事経』なのです。 経文を読んでみましょう。

一切事経』を、令和の都市を舞台にした仏教小説風に翻案します。 🌆都市の中の静かな灯 ――マハナーマの問い――

『一切事経』を、令和の都市を舞台にした仏教小説風に翻案します。
🌆都市の中の静かな灯 ――マハナーマの問い――

 

 

その夜、東京の片隅にある小さな寺は、雨上がりの街灯に照らされていた。
コンクリートとネオンの隙間に残されたその場所は、まるで時間から取り残されたように、静かだった。
マハナーマは、仕事帰りのスーツのまま、境内の石畳を踏みしめていた。
スマホをポケットにしまい、深く息を吸ってから、本堂の前に立った。
そこには、年老いた僧がひとり、ほうきを持って立っていた。
だが、その眼差しは、年齢を超えた深さを湛えていた。
「……住職。」
僧は、ゆっくりと顔を上げた。
「どうしたのですか、マハナーマさん。」
マハナーマは一礼し、言葉を探すように、しばし沈黙した後、口を開いた。
「毎日、仕事に追われ、家庭を持ち、社会の中で生きています。
それでも……仏の道を歩んでいると言えるのでしょうか。」
住職は、ほうきを立てかけ、静かに答えた。
「家庭を持ち、社会で働きながらも、
仏と教えと僧のつながりを信じて生きようとする人。
その人こそが、現代の“優婆塞”なのですよ。」
マハナーマは、胸の奥に、わずかな安心が灯るのを感じた。
「では……在家の身で、仏の道を本当に生きるとは、どういうことなのでしょうか。」
住職は、境内の奥に見える高層ビルの灯りを見つめながら語り始めた。
「まず、信じる心だけでは足りません。
行いが伴ってこそ、信は現実の力になります。
正直に働き、他人を傷つけず、
自分の行動に責任を持つこと――それが“戒”です。
けれど、正しく生きるだけでも、まだ足りません。
分け合う心――時間、言葉、思いやり、そして必要ならお金――
それが“布施”です。」
マハナーマは、日々の忙しさの中で忘れがちなことを思い出すように、ゆっくり頷いた。
「信と戒と布施があっても、
教えを学ばなければ、方向を見失います。
だから、こうして寺に来るのです。
本を読み、話を聴き、静かに心を整えるために。」
住職は続けた。
「しかし、ただ聴くだけでは足りません。
心を込めて聴き、
それを覚え、
意味を考え、
日々の選択の中で生かしてこそ、
教えは“生きた智慧”になります。」
マハナーマは、スマホの通知音に心を奪われていた日々を思い出し、苦笑した。
「……なるほど。」
少し間を置いて、彼はもう一つの疑問を口にした。
「でも、住職……
自分の心は少し落ち着いてきましたが、
周りの人は相変わらず苦しんでいます。
自分だけが救われるような生き方で、いいのでしょうか。」
住職は、ほうきを手に取り、落ち葉を掃きながら、静かに答えた。
「それは、自分の心は整えられても、
他人の心に寄り添えない人の姿です。
自分だけは正しく生きているが、
誰かを正しい道へ支えることができない。
自分だけは学んでいるが、
誰かの迷いに光を手渡すことができない。
それは、“自分は安らぐが、他を安らがせられない”生き方です。」
マハナーマは、胸の奥が少し痛んだ。
「……では、自分も、周りの人も、共に安らぐ生き方とは、どんなものでしょうか。」
住職は、ゆっくりと掃く手を止め、まっすぐに彼を見た。
「それは――
自分が信じるだけでなく、
誰かの信を育てる生き方。
自分が正しく生きるだけでなく、
誰かが正しく生きるのを支える生き方。
自分が与えるだけでなく、
人にも与える喜びを教える生き方。
自分が学ぶだけでなく、
人にも学びの場を開く生き方。
自分が実践するだけでなく、
人を実践へ導く生き方です。」
夜風が、境内の木々を揺らした。
「そのような人のもとには、
職業も立場も違う人々が、自然と集まってきます。
その人の存在そのものが、
朝も、昼も、夜も、変わらず人を照らす灯となるからです。
そのような在家の仏弟子は、
この時代にあっても、決して多くはありません。」
マハナーマは、しばらく黙って空を見上げた。
ビルの谷間に、かすかに星が見えていた。
「……住職。」
「はい。」
「僕は、まだ何も成し遂げていません。
でも……今日から、少しずつ、生き方を変えていこうと思います。」
住職は微笑んだ。
「それで十分です。
仏の道は、完成ではなく、歩み続けることそのものなのですから。」
マハナーマは深く一礼し、夜の街へと戻っていった。
だが、その背中には、
ネオンにも負けない、静かな光が宿り始めていた。