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密教の仏たち 10 准胝観音

准胝観音

 

密教においては七倶胝仏母(しちくていぶつも)[1]とも呼ばれる。密号は最勝金剛、降伏金剛

日本では「准胝仏母」、「准胝観音菩薩」、「准胝観世音菩薩」、「天人丈夫観音」などさまざまな呼称がある。

中国では密教、この後も広く禅宗や浄土宗、道教等でも信仰されるが、かつてインドから東南アジアでも信仰された[注 3][19]

日本の真言宗の開祖である空海高野山の開基の際に、僧房の次にまず准胝堂を建立し、准胝観音を弟子たちの得度の本尊としてお祀りしたのは有名で、のちに高野山が荒廃した際にも僧俗の手によって庫裡にこの准胝観音を安置し守り続けられた。それゆえ、准胝堂の補修が行なわれた昭和の時代になるまで、高野山では准胝堂で僧侶となるための得度の儀式が執り行なわれていた[20]。また、真言宗醍醐派の開祖・聖宝尊師がこれに倣って醍醐寺の開基に准胝観音を勧請し、その孫弟子の仁海は六観音に准胝観音を加え、その後も長く民衆の信仰を集めている

 

准胝観音の功徳編集

  • 善無畏三蔵の訳による『七仏倶胝仏母心大准提陀羅尼法』(大正蔵№1078)には、「仏いわく、この准胝仏母の真言と印契の密法によって、十悪罪五逆罪等の一切の重い罪を滅して、よく一切の善法を成就し、さらには戒律を具足し、清廉潔白の身となって、速やかに心の清浄を得る。もし、在家の行人がいて飲酒や肉食を断つことなく、たとえ妻子があったとしても、ただ、この准胝仏母を本尊とすることで、あらゆる仏法・密法を成就することができる」と説かれている。
  • 地婆訶羅三藏の訳による『仏説七倶胝仏母心大准提陀羅尼経』(大正蔵№1077)には、「もし、在家の善男善女らが『准胝真言』を唱え、これを日々に保つことがあれば、その人の家には災難や事故、病気等による苦しみが無く、あらゆる行いには行き違いや望みが果たせないということも無く、その人の言葉は皆が信用して、よく聞いてくれるようになる。また、幸福に恵まれず、才能にも恵まれない人があって、密教の才覚もなく、侶の修行である『三十七菩提分法』という釈迦の教えに廻りあうことができない人がいたとしても、この准胝観音の『陀羅尼法』の伝授を受けることができたならば、速やかに無上の覚りを得ることができる。更には、『准胝真言』を常に記憶にとどめ、よくこの真言を唱えて善行となる戒律を守ることができれば、あらゆる願いも成就する」と説かれている。[23]

 

准胝観音(じゅんていかんのん)とは?

准胝仏母(じゅんていぶつも)・七倶胝仏母(しちくていぶつも)ともいいます。もとはヒンドゥー教の女神であるドゥルガーで、シヴァ神の妃とされています。とても美しい姿ですが、神々の武器を持って魔族を倒した戦いの女神です。そのため本来は女尊であり、観音ではないという指摘もあります。しかし、ここでは観音として紹介しますね。

 

仏教に取り入れられてからは慈悲深い清浄をもたらす神とされ、七倶胝仏母(しちぐていぶつぼ)ともいわれています。これは遙か過去より多くの仏を誕生させた仏の母という意味です。そのため、真言宗系では人道を救済する六観音(聖観音・千手観音・十一面観音・如意輪観音・馬頭観音・准胝観音)に数えられますが、天台宗系では准胝仏母といわれ如来に分類されています。不空羂索観音と合わせて七観音と呼ばれることもあります。

ご利益

修道者守護、無病息災、延命のご利益があり、安産や子供が授かるなどの功徳があります。

 

空海の孫弟子にあたる理源大師(りげんだいし)聖宝は修験の僧として知られ、自ら霊木を刻んで祀ったのが准胝観音と如意輪観音でした。経典には、修験者が准胝陀羅尼を唱えれば身が清浄となり成仏できると説かれています。また聖宝は醍醐天皇の皇子誕生を准胝観音に祈願し、のちの朱雀、村上両天皇が誕生したといいます。そのため一般的には子授け、安産としての功徳が知られています。

准胝観音(じゅんていかんのん)の像容

手は18本で3つ目の姿であることが多いです。中央の手は説法印と施無畏印をとります。また持ち物は武器や数珠、蓮華などを持っています。

准胝観音(じゅんていかんのん)の真言

オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ

密教の仏たち 9 多羅菩薩


多羅菩薩

 

ターラー])は、仏教で信仰される女性の尊格(チベット語名:སྒྲོལ་མ་ sgrol ma [ドゥルマ]、漢字名:多羅,多羅仏母、救度仏母)。手に青い蓮の花を持つ。種字は、チベット仏教ではターン(tāṃ ཏཱཾ་)[1]、日本仏教ではタン (taṃ तं)等

 

 

誕生(大乗仏教〜中期密教)編集

この菩薩は、観音菩薩が「自分がいくら修行しても、衆生は苦しみから逃れられない」と悲しんで流した二粒の涙から生まれた。右目の涙からは白ターラーが、左目の涙からは緑ターラーが生まれた。 彼女たちは「衆生の済度を助ける」と発願し、菩薩は悲しみを克服したという[5]

誕生(後期密教)編集

過去仏である鼓声如来という仏に信仰を持つナツォク・オ(彩光、sna tshogs ‘od)国の王女イェシェ・ダワ(慧月、ye shes zla ba)が、鼓声仏の弟子たちによって男身に変身するよう説得されるも、それを断り、女身のまま衆生に利益するという誓願を立てる。[6]これにより彼女は「度母」と呼ばれるようになった。数多の時を経て成果を得たとき、「十方の衆生の苦しみを除く」という新たな誓願を立てて、昼夜を問わず幾多の悪魔(māra)、人ならざるもの(amanuṣya)を調伏したため「救度速勇母」とも呼ばれるようになる[6]。また、あるオ・キ・ナンワ(‘od kyi snang ba)という名の堅固に戒律を守る一人の比丘が、十方の諸仏から灌頂を受けて観世音菩薩になった。蓮華を持った観世音菩薩の心際中からは、仏父と仏母の化身が現れた。その仏母の化身が多羅尊であり、この時から多羅菩薩は観世音菩薩との間に強い因縁を持つようになった。また彼女は様々な幻身を以って、さまざまな法相を示現し、無数の衆生を救い、すべての苦しみから逃れしめ、解脱を得させた。[7]

 

チベット音による真言編集

ཨོཾ་ཏཱ་རེ་ཏུཏྟཱ་རེ་ཏུ་རེ་སྭཱཧཱ། (oṃ tāre tuttāre ture svāhā)

オーム・ターレー・トゥッターレー・トゥレー・ソーハー[14]
オン・タレ・トゥタレ・トリ・ソーハー[15][信頼性要検証]

中天音(日本真言宗)による真言編集

ノウボウ・オン・タレイ・トタレイトレイ・ソワカ[16]
オン・ビホラ・タレイ・ウム[17]
オン・タム・キヤロデイ・ドバン
ベイ・タレイタリニ・ソワカ[18]

 

 

密教の仏たち 8 大せいし菩薩

 


勢至菩薩(せいしぼさつ)、梵名マハースターマプラープタ (महास्थामप्राप्त [mahāsthāmaprāpta])は、仏教における菩薩の一尊。「大勢至菩薩」、「大精進菩薩」、「得大勢菩薩」の別名がある。現在日本では年の守り本尊、十三仏一J周忌本尊として知られている。三昧耶形は未敷蓮華(ハスの蕾)。種子(種子字)はサク(सः saḥ)。

 

 

勢至菩薩
せいしぼさつ

大乗仏教における菩薩の名。サンスクリット語でマハースターマプラープタMahāsthāmaprāpta(偉大な勢力を得たもの)といい、大(だい)勢至、得(とく)大勢などと訳し、その名が勢至である。観世音(かんぜおん)菩薩とともに阿弥陀(あみだ)仏の脇侍(わきじ)(脇に随侍するもの)とされる。智慧(ちえ)の光をもってすべてのものを照らし、もろもろの苦難を離れさせ、無上なる力を得させるので、この名があるという。阿弥陀三尊の一つとして広く尊崇されたが、対比される観世音菩薩の信仰に比べるとそれほど盛んではない。形像は、普通、肉髻(にくけい)(頭頂の肉の隆起)に宝瓶(ほうびょう)を頂き、合掌や来迎印(らいごういん)の姿で示されているが、密教では手に蓮華(れんげ)を持つなど種々あり一定していない。

密教の仏たち 7 聖観音菩薩

 

聖観音菩薩

観音経』などに基づいて広く信仰・礼拝の対象となっている。また、『般若心経』の冒頭に登場する菩薩でもあり、般若の智慧の象徴ともなっている。浄土教では『観無量寿経』の説くところにより阿弥陀如来の脇侍として勢至菩薩と共に安置されることも多い。観音菩薩は大慈大悲を本誓とする。中国では六朝時代から霊験記(『観世音応験記』)が遺され、日本では飛鳥時代から造像例があり、現世利益と結びつけられて、時代・地域を問わず広く信仰されている。

観音の在す住処・浄土は、ポータラカ(Potalaka補陀落)といい、『華厳経』には、南インドの摩頼矩吒国の補怛落迦であると説かれる。

 

 

聖観音は、梵名アーリヤ・アヴァローキテーシュヴァラと呼ばれます。その真言は「オン・アロリキヤ・ソワカ」。これを唱えるとあらゆる災難から逃れられ、運気を好転させるというご利益があります。さすが、全ての観音さまの基本形となる観音さまだけあって、オールラウンドなご利益はありがたいですね。

密教の仏たち 6 仏眼仏母

仏眼仏母

 

 

真理を見つめる眼を神格化したものである。 なお、所依の経典によって、大日如来所変、釈迦如来所変、金剛薩。、

所変の三種類の仏眼仏母が説かれる。

 

 

三昧耶形は如来眼(肉髻と微笑む両目)、金剛眼(独鈷金剛杵の両側に微笑む眼)、あるいは如意宝珠種子はギャ(ga)、またはシリー(zrii)。 その姿は、日本では一般に装身具を身に着けた菩薩形で、喜悦微笑して法界定印の印相をとる姿に表される。

人は真理を見つめて世の理を悟り、仏即ち「目覚めた者」となる。これを「真理を見つめる眼が仏を産む」更に「人に真理を見せて仏として生まれ変わらせる宇宙の神性」という様に擬人化して考え、仏母即ち「仏の母」としての仏眼信仰に発展した。

また『大日経疏』では、「諸々の仏が人々を観察し、彼らを救うために最も相応しい姿を表す」という大乗仏教の下化衆生思想に基づく解釈も行われている。

密教においては「目を開いて仏として生まれ変わらせる」その役割から、仏像の開眼儀式でその真言が唱えられる。

また、仏眼仏母は胎蔵界大日如来が金剛界月輪三昧という深い瞑想の境地に至った姿ととも解釈され、一字金輪仏頂とは表裏一体の関係にあるとされる。例えば、一字金輪仏頂がその輪宝で悪神を折伏するとすれば、仏眼仏母は悪神を摂受によって教え導くという。 そのため仏眼仏母の曼荼羅には必ず一字金輪仏頂も描かれ、一字金輪仏頂曼荼羅にも必ず仏眼仏母が描かれる。

真言 おん ぼだろしゃに そわか。

密教の仏たち 5 薬師如来

 

 

薬師如来(やくしにょらい、Bhaiṣajyaguru[1]バイシャジヤグル)、あるいは薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)は、大乗仏教における如来の一尊。大医王医王善逝(いおうぜんぜい)とも称する。

三昧耶形薬壺、または丸薬の入った種字は尊名のイニシャルのバイ

 

 

十二誓願編集

十二の誓願は以下の通り[3]

  1. 自身の光明照耀こうみょうしょうように依って、一切衆生をして三十二相八十随形ずいぎょうを具せしむるの願。
  2. 衆生の意に随うて光明を以て種々の事業を成弁せしむること。
  3. 衆生をして欠乏を感ぜしめず、無尽の受用を得せしむること。
  4. 邪道を行ずる者を誘引して皆な菩提道に入らしめ、大乗の悟りを開かしむること。
  5. 衆生をして梵行を修して清浄なることを得、決して悪趣に堕せしめざること。
  6. 六根具足して醜陋しゅうろうならず、身相端正しんそうたんせいにして諸の病苦なからしむること。
  7. 前述の如く諸病悉除。
  8. にょを転じてなんと成し、丈夫の相を具して成仏せしむること。
  9. 外道邪見に捕らえられて居る者を正見ふくせしめ、無上菩提を得せしむること。
  10. もろもろの災難さいなん刑罰けいばつを免れしめ、一切の憂苦を解脱せしむること。
  11. 飢渇きかつに悩まされ、食を求むる者には、飯食ばんじきを飽満せしめ、
  12. 又、法味ほうみを授けて安楽を得せしむること。
  13. 所求満足の誓いで、衆生の欲するに任せて衣服珍宝等一切の宝荘厳ほうしょうごんを得せしめんとすること。

小咒編集

オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ(oṃ huru huru caṇḍāli mātaṅgi svāhā)[注釈 2][注釈 3][4]

中咒(台密)編集

オン ビセイゼイ ビセイゼイ ビセイジャサンボリギャテイ ソワカ(Oṃ bhaiṣajye bhaiṣajye bhaiṣajyasamudgate svāhā[注釈 4]

大咒(東密)編集

ノウマク バギャバテイ バイセイジャ クロ ベイルリヤ ハラバ アラジャヤ タタギャタヤ アラカテイ サンミャクサンボダヤ タニヤタ オン バイセイゼイ バイセイゼイ バイセイジャサンボリギャテイ ソワカ(Namo bhagavate bhaiṣajyaguru vaiḍūryaprabharājāya tathāgatāya arhate samyaksambuddhāya tadyathā oṃ bhaiṣajye bhaiṣajye mahābhaiṣajya-samudgate svāhā[

 

 

 

薬師如来(やくしにょらい)とは?

東方浄瑠璃世界の教主で、正式名を薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)といいます。

 

病気を治して衣食住を満たすという「十二の大願」を立て、生きている間に願いを叶えてくれます。阿弥陀如来のように死んだ後にやすらぎを与えるのではなく、現世にやすらぎを与えてくれるのが特徴です。昔の作例はとくに病気平癒を願ったものが多数存在します。

 

日光菩薩と月光菩薩を脇侍として三尊として並ぶことが多いです。さらに、7体の薬師如来で息災・増益を祈願する修法の本尊である七仏薬師というものも存在します。また、眷属として十二神将を従えています。

ご利益

病気治癒(特に目病)、健康長寿、災難除去、安産祈願、現世利益

薬師如来(やくしにょらい)の像容

薬壺(やっこ)を左手に持っており、右手の薬指を前に出しています。他の装飾品等は持ちません。ただし、奈良時代までの造形は薬壺を持たない場合が多く釈迦如来と区別がつきにくいです

密教の仏たち 4 不空成就如来

 

不空成就如来(ふくうじょうじゅにょらい)、梵名アモーガシッディ (अमोघसिद्धि [amoghasiddhi

三昧耶形羯磨金剛(かつまこんごう、十字に組み合わされた三鈷金剛杵)。種子(種子字)はअः(アク、aḥ)。

密教における金剛界五仏の一尊で、金剛界曼荼羅では大日如来の北方(画面では大日如来の向かって右方)に位置する。仏の悟りの境地のうち、唯識思想で言う「成所作智(じょうしょさち)」を具現化したものである。これは、何物にもとらわれず実践するという意である。原語の「アモーガ」は「空(むな)しからず」という意味で、この如来が何事も漏らさず成し遂げることを示す。 印相は、左手は腹前で衣を掴み、右手は胸の高さに上げて手のひらを前に向けた施無畏印(せむいいん)を結ぶ。

胎蔵界の北方、天鼓雷音如来(てんくらいおんにょらい)と同体であると考えられている。また釈迦如来と同一視されることもある。

 

不空成就如来(ふくうじょうじゅにょらい)とは?

語源は「空しからず」という意味があり、充実していることを指します。目的を達成させる為に成すべき事を成就させる智慧を授けるといわれいます。何事にも囚われず、成すべくことを成し遂げるという「成所作智(せいじょうさち)」と呼ばれる智慧を具現化した仏です。

 

密教における大日如来の5つの智慧を表す五智如来の一尊で、釈迦如来と同一視される場合があります。

不空成就如来(ふくうじょうじゅにょらい)の像容

左手で衣の端を握り、右手は手の掌を正面に向け胸の前に上げる施無畏印(せむいいん)を結んでいます。 これは、恐怖を相手に与えないことを表しています。不空成就如来の単独の造像はほとんどありません。

密教の仏たち 3 宝生如来

宝生如来(ほうしょうにょらい、रत्नसम्भव [ratnasambhava]、ラトナサンバヴァ

 

 

三昧耶形三弁宝珠種子(種子字)はत्राः(タラーク、trāḥ)。

密教における金剛界五仏の一で、金剛界曼荼羅では大日如来の南方(画面では大日如来の向かって左方)に位置する。唯識思想における仏の悟りの境地のひとつ「平等性智」(びょうどうしょうち)を具現化したものである。これは、全ての存在には絶対の価値があるということを示す。 印相は、左手は腹前で衣を掴み、右手は手の平を前に向けて下げる「与願印」(よがんいん)を結ぶ。

 

オン・アラタンノウ サンバンバ・タラク (oṃ ratnasambhava trāḥ

 

宝生如来(ほうしょうにょらい)とは?

語源は「宝よりうまれたもの」を意味し、財宝を生み出し人々に福徳を授けるといわれています。一切の垣根を取り払い、あらゆる全ての現象・事物を平等に観るという意味で「平等性智(びょうどうしょうち)」と呼ばれる智慧を具現化した仏です。

 

密教における大日如来の5つの智慧を表す五智如来の一尊です。

ご利益

病気治癒、無病息災、滅罪の功徳があるとされています。

宝生如来(ほうしょうにょらい)の像容

左手は衣服の端を握り、右手は手の掌を前に向けて下げる与願印(よがんいん)を結んでいます。願いを聞き入れ、望むものを与えようとする身振りを表しています。宝生如来の単独の造像はほとんどありません

 

 

 

密教の仏たち 3 阿閦如来

阿閦如来

阿閦如来(あしゅくにょらい)、梵名アクショーブヤ(अक्षोभ्य [Akṣobhya])は

阿閦如来は密教における金剛界五仏の一で[1]金剛界曼荼羅では大日如来の東方(画面では大日如来の下方)に位置する。唯識思想でいう「大円鏡智」(だいえんきょうち)を具現化したものとされる。また胎蔵界の東方、宝幢如来と同体と考えられている。印相は、右手を手の甲を外側に向けて下げ、指先で地に触れる「触地印」(そくちいん)を結ぶ。これは、釈迦が悟りを求めて修行中に悪魔の誘惑を受けたが、これを退けたという伝説に由来するもので、煩悩に屈しない堅固な決意を示す。

語源は「揺るぎないもの」を意味し、物事に動じず迷いに打ち勝つ強い心を授けるといわれています。阿閦如来は「大円鏡智(だいえんきょうち)」と呼ばれる智慧を具現化した仏です。「大円鏡知」は知識や経験のない純粋な心、鏡のようにありのままを映し出す清らかな心という意味を持っています。

 

オン・アキシュビヤ・ウン