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例示

13

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カタカナ ひらかな

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ローマ字

二つに一つである。

友よ、

た。 いまや、人類は二つの道を選択するギリギリの時点にさしかかっ

一九八四年, 武道館で開催したオーラの祭典において、 会場を埋め尽くした聴衆に対し、次のように呼びかけた。

「友よ、

核ミサイルによる地獄の業火か、

シャカの仏法によるきよらかな霊光か、 オーラ

1武道館

武道館

人類よ、

なのだ。 全人類がすべてこのすきとおったきよらかなオーラを身にとも か し、この地球を霊光にかがやく天体と化そう。それが21世紀の地球

地獄の業火でこの地球を焼きつくしてはならない。

友よまずあなたがオーラをともせ! 聖者になれ!」

これは、当日、日本武道館にいた人びとだけではなく、世界に向 けて呼びかけたのだ。

あれから四十年を経た今、世界はどうなったか?

2

 

The Three Times of the Shozo Period

The air was cool and clear in the cowherd village before dawn. This small village was located on the outskirts of the detention country, and the peaceful scene of cows of all colors grazing leisurely spread out before us. However, in this silence, there was a particularly shining presence.

The Buddha was standing in the shade of a tree on the outskirts of the village, eyes closed and lost in deep contemplation. Dozens of monks sat quietly in front of him, listening to every word of the Buddha. Their eyes reflected a thirst for learning and respect.

The Buddha quietly opened his eyes, smiled gently, and began to speak.

“Bhikkhus, I have been able to eliminate all omissions with knowledge. This is not due to ignorance. You may wish to know what knowledge is. Then listen. This color, this collection of colors, this destruction of colors – the same is true for feeling, thinking, action, and consciousness. They gather and disappear. If you do not understand this principle, no matter how hard you try, you will not be able to attain liberation from the omission of all, no matter how hard you try.”

The monks gasped. It felt as though those words contained the essence of life.

The Buddha continued. “You must practice expedient means and achieve them in due course. If you neglect to do so, you will never reach the truth. It’s like a chicken hoping that the chicks will hatch on their own without incubating the eggs. It would be impossible.”

The monks nodded deeply at the Buddha’s words. The truth is strict, but merciful. The wisdom the Buddha spoke purified their hearts and illuminated the path to further training.

On that day, sixty monks opened their hearts to the Buddha’s teachings and achieved the state of emptiness. The Buddha finished speaking, and silence returned. But a new light was lit in the hearts of the monks. It was the glow of their desire and determination for the truth.

The Buddha then smiled again and looked up into the distant sky. His gaze seemed to be fixed on a future in which he would save even more lost people.

予告された如来の復活

諸比丘を集めて、このようにお説きになられた。

わたしは、諸法の実相を如実に見ることの出来る真実の智慧、すなわち阿都

三藐三菩提を得て、すべての煩悩の根を断ち切り、カルマの束縛から脱出して

この智慧を持たぬかぎり、ニルヴァルヴァーナに入ることができたのである。

を獲得することはできないのである。

そうおっしゃって、諸法の生滅の原理を説かれ、ついで、じつに大変なことをお口に されたのである。もっとも、大変なことといっても、釈尊や、釈尊のお弟子の比丘たち にとっては、べつにごくあたりまえのことなのであるが、これをはじめて目にしたと き、わたくしは、これは大変なことだぞ、と、心の底からびっくりしたのである。

いや、これはわたくしだけではない、あなたがたもそうであろうと思われる。いや、 日本中の人びとがびっくりするであろう。中で一番びっくりするのは仏教のお坊さんで あろう。

「成仏」に関することで、釈尊はじつに大変なことをおっしゃったのである。

どんなことをおっしゃられたのか?

かの比丘はついに漏尽解脱を得ることあたわず。

福尽解説(成仏)を得ること能わず。所以は何ん。修習せざるが故なり。何 等か修習せざる。調ゆる念処・正勤・如意足・根・力・覚・道を修習せざるなり」

自分、ゴータマにたいして、いくら成仏を求めても、その比丘はどうしても成仏は得 られないのである。それはなぜか? 修行しないからである。なにを修行しないという のか。いわゆる、四念処・四正勤・四如意足・五根・五力・七覚支・八正道の、道品法 を修行しないからだ。

こう、はっきりと断言しておられるのである。

もっとも、これは当然といえば当然しごくのことである。釈尊が成道して、阿耨多羅 三酸三菩提を得、涅槃に入られた時点で、釈尊は、道品法を定められたのではなかった か。自分とおなじように涅槃を得ようと思ったら、このように修行するしかない、と、 信行法を定められたのである。その修行法を修行しなかったら、目的を果たせないのは あたりまえのはなしである。

しかし、この道品法というものを知らない坊さんや、道品法を修行しない修行者たち にとっては、大変なはなしである。そういうひとたちはいったいどうしたらよいのか。 わたくしは、ときどき、内輪の法話で、

「むかしから今にいたるまで、日本の坊さんで一人でも成仏した人はいない」

ということを、半分冗談のように、半分真剣でいっている。信徒のひとたちは、おそ ちく、管長はずいぶん思い切ったことを言うなあ、興奮のあまりオーバーに言ってしま うんだろうが、そんな放言、というより、暴言をはいていいんだろうか、と思うひとも あるかも知れない。しかし、それはわたくしが勝手に言っているんではないんだ、とい うことである。釈尊がここでおっしゃっておられるのである。わたくしはただそれを、 おとりつぎしているだけにすぎない。

The monks were gathered in a quiet corner of the forest. The Buddha stood before them and looked at them all with a calm gaze. Then he began to speak in a deep voice.

“The true wisdom that allows one to see the true nature of all phenomena – that is, Anuttara-samyaksambodhi. To obtain this, one must cut off the roots of worldly desires and be liberated from the bondage of karma. Without this, one cannot reach Nirvana.”

The monks present were listening quietly. The Buddha’s words seemed calm, but there was an unshakable power within them. To them, it was part of the teachings they were accustomed to hearing every day, but the contents carried the weight of an enormous truth.

However, there was one person among them who held his breath in his heart. The moment I heard the Buddha’s words, I couldn’t help but be astonished. The Buddha spoke calmly. However, beyond his words was a world so high that it was impossible for ordinary people to reach it.

“That monk was not able to attain the state of complete liberation.”

The Buddha’s voice rang out again. A murmur arose among the monks. The state of complete liberation – the complete elimination of worldly desires. What does it mean that he was unable to attain this? The Buddha immediately explained the reason.

“It is because he did not practice. One must practice the four foundations of mindfulness, the four right efforts, the four willful desires, the five roots, the five powers, the seven awakenings, and the eightfold path. Without these, one cannot attain Buddhahood.”

This declaration was a very natural teaching to the monks who took the Buddha’s words at face value. However, it felt like a heavy declaration of truth to me. And I muttered to myself.

“Isn’t this really something serious?”

However, when I looked around, I noticed that the Buddha’s disciples did not seem surprised at all. No, perhaps this story was just an everyday teaching to them. But for me, it was the biggest shock I could ever imagine.

“How surprised would the people of Japan be to hear this teaching? And the most surprised would be the monks who serve Buddhism.”

I muttered to myself. Then I remembered the words of the Buddha. “Without practice, you cannot attain enlightenment.” This simple and strict truth continued to resonate within me.

A certain thought was urged in my mind. I wanted to tell someone here the words that have long been my favorite phrase.

“Has there been even one monk in Japan who has attained enlightenment from ancient times to the present?”

This question is often asked half-jokingly. But now that I have heard the Buddha’s teachings directly, I thought it seriously and not jokingly. The path to enlightenment is difficult. I deeply felt that we should not talk about this state of mind lightly.

 

 

 

 

予告された如来の復活

道品のこと。

[結縛・使・塩・経」いづれも煩悩の異名。

これは、釈尊が、クル国の雑色牧牛聚落 (Kammāsadamma) というところにで

になっておられたときの説法である。

諸比丘を集めて、このようにお説きになられた。

わたしは、諸法の実相を如実に見ることの出来る真実の智慧、すなわち阿都

三藐三菩提を得て、すべての煩悩の根を断ち切り、カルマの束縛から脱出して

ルヴァーナに入ることができたのである。この智慧を持たぬかぎり、ニルヴァ

 

なぜか?

を獲得することはできないのである。

そうおっしゃって、諸法の生滅の原理を説かれ、ついで、じつに大変なことをお口に されたのである。もっとも、大変なことといっても、釈尊や、釈尊のお弟子の比丘たち にとっては、べつにごくあたりまえのことなのであるが、これをはじめて目にしたと き、わたくしは、これは大変なことだぞ、と、心の底からびっくりしたのである。

いや、これはわたくしだけではない、あなたがたもそうであろうと思われる。いや、 日本中の人びとがびっくりするであろう。中で一番びっくりするのは仏教のお坊さんで あろう。

「成仏」に関することで、釈尊はじつに大変なことをおっしゃったのである。

どんなことをおっしゃられたのか?

かの比丘はついに漏尽解脱を得ることあたわず。

 

 

丘は許に福尽解説(成仏)を得ること能わず。所以は何ん。修習せざるが故なり。何 等か修習せざる。調ゆる念処・正勤・如意足・根・力・覚・道を修習せざるなり」

自分、ゴータマにたいして、いくら成仏を求めても、その比丘はどうしても成仏は得 られないのである。それはなぜか? 修行しないからである。なにを修行しないという のか。いわゆる、四念処・四正勤・四如意足・五根・五力・七覚支・八正道の、道品法 を修行しないからだ。

こう、はっきりと断言しておられるのである。

もっとも、これは当然といえば当然しごくのことである。釈尊が成道して、阿耨多羅 三酸三菩提を得、涅槃に入られた時点で、釈尊は、道品法を定められたのではなかった か。自分とおなじように涅槃を得ようと思ったら、このように修行するしかない、と、 信行法を定められたのである。その修行法を修行しなかったら、目的を果たせないのは あたりまえのはなしである。(もしも七科三十七道品以外にも成仏法があるとしたら、 その成仏法もかならず釈尊は道品法のなかにとり入れているはずであるから、とにかく

えのはなしである。) 一届仏法以外のものではぜったいに成仏できないというのは、あたりま

しかし、この道品法というものを知らない坊さんや、道品法を修行しない修行者たち にとっては、大変なはなしである。そういうひとたちはいったいどうしたらよいのか。 わたくしは、ときどき、内輪の法話で、

「むかしから今にいたるまで、日本の坊さんで一人でも成仏した人はいない」

ということを、半分冗談のように、半分真剣でいっている。信徒のひとたちは、おそ ちく、管長はずいぶん思い切ったことを言うなあ、興奮のあまりオーバーに言ってしま うんだろうが、そんな放言、というより、暴言をはいていいんだろうか、と思うひとも あるかも知れない。しかし、それはわたくしが勝手に言っているんではないんだ、とい うことである。釈尊がここでおっしゃっておられるのである。わたくしはただそれを、 おとりつぎしているだけにすぎない。

彼の比丘は終に漏尽解脱を得ること能わず

199

予告された如来の復活

着となすことを得たり。不知見 にかざるなり。会所が知見を見ての敵にをなすことを得、不知見にかざるか。 る死れは他なり、どれは他の楽なり、どれは色のどなり、此れは・・・なり、 武れは気・想・行・識のどなりと。君しか気をしぼ態じ恵観せずして匹も心を階で、

然として尽き、常認すると押せしめんと裏むるもぎさに知るべし、彼のどだに に解説を得ること思わず。所髪はがん、旅置でざるが数なり。何等の指でざる。 ゆる然態・動、新意思・・か・覚・道を習ぜざるなり。えば家のだめるぞ 発かにして、応時に常宿消息冶屋することわずして、雨も子をして愛を見て、私を比 て戦をぽき目ら生れ愛蔵に殻を出でしめんと観するも、当さに知るべし、彼の子育かも 定くだ飲して舞を見て応を見て安題に数を出づるに増ゆること有ること無きが如し。デ ばはん。彼の時に家冷して子を長要することわざるを以ての数なり。 の近く比丘、勤めて傷し感じ応ぜずしても習解能を得せしめんと訳するも髪 の有ること無し。

所以は何ん。修習せざるが説なり。同等をか傷ぜざる。ゆる然態・正意・ 機・力・覚・道を歩せざるなり。若しど丘、修習しに感じ成就する者は習解説せしめ んと訳せずとも目も彼の比丘、自然に習足した解読を得ん。所以はん。蓄するを 以ての故なり。帳をか修習する所なる。ゆるが気・正動、新意足・・が・・酒を 旅すること、彼の低解の善く実の子を要い、時に居所を得

し、彼の時に電所を得るを以ての故

ただしく変た細胞を訳せざるも前も愛の比正、 ん、はがんめて信部するを以ての故なり。何をか修習 する・・・・か・紫・道をするなり。(中略)増えば をみて風日に暴れなば藤く献ずるが如く、是の如く比 「して、しば「歌の・・・悪より漸く解脱すること へえるがなり。柳をか劇部する所なる。恥ゆる念処・正 ・・・・・制限するなり」と。是の法を説きたまえる時、六十の比 り。仏、此の経をべきじり縮えるに、謝。の比丘、仏の脱 あせいえる所を聞きて、歓喜し本行しき。 20

ほってん

如来の福音

この経典こそ、二六〇〇年もむかしに、釈尊が、未来社会のために
予言されていたおどろくべきお経であったことがわかったのである。     ド
どうしてわかったのか?
如来がおすがたをあらわして、これを証明されたのである。
まず、このお経の要旨を説明しよう。
このお経の要旨はこうである。
聖者になる三つの方法がある。この方法によって、かならずニルヴ″Iナに到達して
完全解脱することができる。
その三つの方法とは、
一、如来のもとにおいて功徳をうえる。
二、正法の仏法において功徳をうえる。
三、聖師とその聖なる弟子たちのグループに入って功徳をうえる。
この三つの方法により、必ず、須陀筥・斯陀含・阿那合の聖者に到達できるのであ
る。これが、この経典の要旨である。

 

涅槃に到達、とあれば、阿羅漢であるが、涅槃界と
なると、須陀肛・斯陀含・阿那含・阿羅漢の。四沙門果”の境界をさすことになる。

そこで、こういう場合、他の阿含経ではどうなっているかと調べてみると、他の阿含
経では、略さずに記していることがわかった。たとえば、おなじ『増一阿含経・壱入道
品』では、
『……亦、須陀原・斯陀含・阿那含の三乗の道を成じ……』
とあり、三宝品では、
『現法の中に於て漏尽きて阿那含を得ん』
とあり、火滅品では、
において比丘、五下分結を滅して即ち彼に般涅槃して云々』
とある。つまり、この三供養品は、ここのところを略しているわけである。そういう
経は他にもある。
そこで、意を通ずるために、この略している部分を、これらの経からとって「自須陀
原至阿那合断五下分結」と入れたのである。これによって、誤解を招くことを避けたわ
けである。)
しかしいずれにしてもこんな魅力的なことはない。これが事実であれば、とくにすぐ
れた資質がなくても、また、苦難にみちた修行をしなくても、仏道をきわめることがで
きるのである。こんなすばらしいことはない。
だがI、待てよ、とわたくしは考えた。
これは、ひょっとしたら、後世の、ごく初期の大乗経典がまぎれこんだのではなかろ
うかと考えたのである。というのは、これまでのべてきた通り、大乗仏教は釈尊の成仏
法を捨て去って、そのかわり、仏の慈悲にすがれば成仏できる、と教えている。する
と、この経も結局それとおなじで、阿弥陀経、法華経となんら変わりはないことになっ
てしまうのではないか、おかしい、そう考えた。
しかし、れっきとした阿合部の経典である。やはり、釈尊のおことばと信じたい。い
や、信ずべきだ。至難きわまる成仏法を修行せずして、成仏する! いや、なんとか信
じたい!

そう思って、何百ぺん、何千ぺんも、この経典に目を凝らした。このお経を信じた
い一心で、一心ふらんに目を凝らしたのである。

上根と下根の成仏法

わたくしは、このお経を、
「下根の成仏法L
さきにあげた応説経を、
「上根の成仏法」
と考えた。

末世成仏本尊経

末世成仏本尊経

末世成仏本尊経
じよし が ぶん いつし ぶつざいしやえいこくぎじゆきつこ どくおん じ し せそんこくあなん
如是我聞。一時仏在舎衛国祇樹給孤独園。爾時世尊告阿難。
ゆうさんぷくどう ふ か ぐじん ぜんしね はんがい い が い さん しよい お によらいしよ
じしゆく どく しふくふ か ぐうじん おしようほう じしゆくどく
而種功徳。此福不可窮尽。於正法。而種功徳。
おせいしゆう じしゆくどく しふくふ かぐうじん ぜ い あなん
於聖衆。而種功徳。此福不可窮尽。是謂阿難。
`しふくふ かぐうじん
此福不可窮尽。
しさんぶくどうふ か
此三福道不可
ぐうじん じしゆだおんしあ なごん だんごげぷんけつ さんぶくどうそくし ね はんかい
窮尽。自須陀恒至阿那含。断五下分結。三福道即至涅槃界。
ぜ こ あなん とうぐ ほうべんきやくしふ か ぐうじんし ふく じよし あなん とうさぜ がく
是故阿難。当求方便獲此不可窮尽之福。如是阿難。当作是学。
じしあなんもんぷつしよせつ かんきぶぎよう
爾時阿難聞仏所説。歓喜奉行。
ぞういちあごんきよう
(増一阿含経。三供養品)
〔和訳〕
き    かく ごと  いちじほとけ しゃえいこくぎじゅきっこどくぉん おわ    そ  ときせそん あなん つ
聞くこと是の如し。一時仏、舎衛国祇樹給孤独園に在しき。爾の時世尊、阿難に告げ
たまわく、「三福道あり、窮尽す可からずして、漸く涅槃界に至る。云何が三と為す
や。所謂如来の所に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。正法に於て功徳を種う。
此の福窮尽すべからず。聖衆に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。是れを阿
難、此の三福道は窮尽すべからず。須陀原より阿那含に至りて五下分結断ず。即ち涅槃
界に至る福道なり。是の故に阿難、当に方便を求めて比の窮尽す可からざるの福を獲べ
ごと     まさ    がく な         そ       ほとけしよせつ さ   かんぎぷ
し。此の如く阿難、当に比の学を作すべしLと、爾の時阿難、仏の所説を聞きて歓喜奉
〔註解〕
〔三福道〕福を受ける三つの道・方法。この場合の。福’とは、霊性開顕して聖者になること。一書には
「三善根」「三福業Lとあり。阿含宗は「三福道Lをとる。また、「自須陀鯉至阿那含断五下分
結」の十三句は、のちにのべる通りの理由により、同意の他の阿含経からとり入れた。
〔涅槃界〕ニルヴァーナのこと。完全に霊性開顕したブッダの境地。
〔五下分結〕須陀疸・斯陀含・阿那含の三聖者がそれぞれ断ち切る五種類の煩悩。

阿含宗が「証明仏現形の聖典Lとおよびする奇蹟の経典である。
そういうと、なあんだ、と失望の声をもらす読者もおられるかも知れない。
第一に、まことに短い。
第二に、見たところ、奇想天外、驚天動地、というような不可思議のことがしるされ
ているようにも思えない。
どこが奇蹟の経典なんだといわれるかも知れない。

じつは、わたくしも、最初そう思ったのだ。
しかし、のちに、この経典こそ、二六〇〇年もむかしに、釈尊が、未来社会のために
予言されていたおどろくべきお経であったことがわかったのである。     ド
どうしてわかったのか?
如来がおすがたをあらわして、これを証明されたのである。
まず、このお経の要旨を説明しよう。
このお経の要旨はこうである。
聖者になる三つの方法がある。この方法によって、かならずニルヴ″Iナに到達して
完全解脱することができる。
その三つの方法とは、
一、如来のもとにおいて功徳をうえる。
二、正法の仏法において功徳をうえる。
三、聖師とその聖なる弟子たちのグループに入って功徳をうえる。
この三つの方法により、必ず、須陀筥・斯陀含・阿那合の聖者に到達できるのであ
る。これが、この経典の要旨である。
この経典を、最初、手にしたときIそれは十年以上も前のことだがIわたくしは
非常な魅力と、つづいて、それに正比例する落胆を味わったのである。
非常な魅力とはなにかというと、七科三十七道品の成仏法を、修行せずして五下分結
(前の章に解説した)を断じ、須陀逼から阿那含にまで到達できる、ということである。
(ただし、原文では、
『この三福道は窮尽すべからず、涅槃界に至ることを得と謂うなり』
とある。「自須陀逼至阿那含断五下分結」はない。
しかし、考えてみると、功徳を種えるという梵行だけで最終的な涅槃にまで到達して
しまうというのは、おかしいのである。それでは、道品法の否定になってしまう。そこ
のところはどうなっているのか。
ナゾはすぐ解けた。釈尊は、”涅槃に至る‘とはおっしゃっていないのである。涅槃
界に至ると表現しているのである。涅槃に到達、とあれば、阿羅漢であるが、涅槃界と
なると、須陀肛・斯陀含・阿那含・阿羅漢の。四沙門果”の境界をさすことになる。

そこで、こういう場合、他の阿含経ではどうなっているかと調べてみると、他の阿含
経では、略さずに記していることがわかった。たとえば、おなじ『増一阿含経・壱入道
品』では、
『……亦、須陀原・斯陀含・阿那含の三乗の道を成じ……』
とあり、三宝品では、
『現法の中に於て漏尽きて阿那含を得ん』
とあり、火滅品では、
において比丘、五下分結を滅して即ち彼に般涅槃して云々』
とある。つまり、この三供養品は、ここのところを略しているわけである。そういう
経は他にもある。
そこで、意を通ずるために、この略している部分を、これらの経からとって「自須陀
原至阿那合断五下分結」と入れたのである。これによって、誤解を招くことを避けたわ
けである。)
しかしいずれにしてもこんな魅力的なことはない。これが事実であれば、とくにすぐ
れた資質がなくても、また、苦難にみちた修行をしなくても、仏道をきわめることがで
きるのである。こんなすばらしいことはない。
だがI、待てよ、とわたくしは考えた。
これは、ひょっとしたら、後世の、ごく初期の大乗経典がまぎれこんだのではなかろ
うかと考えたのである。というのは、これまでのべてきた通り、大乗仏教は釈尊の成仏
法を捨て去って、そのかわり、仏の慈悲にすがれば成仏できる、と教えている。する
と、この経も結局それとおなじで、阿弥陀経、法華経となんら変わりはないことになっ
てしまうのではないか、おかしい、そう考えた。
しかし、れっきとした阿合部の経典である。やはり、釈尊のおことばと信じたい。い
や、信ずべきだ。至難きわまる成仏法を修行せずして、成仏する! いや、なんとか信
じたい!

そう思って、何百ぺん、何千ぺんも、この経典に目を凝らした。このお経を信じた
い一心で、一心ふらんに目を凝らしたのである。

上根と下根の成仏法

わたくしは、このお経を、
「下根の成仏法L
さきにあげた応説経を、
「上根の成仏法」
と考えた。
上根というのは、すぐれた機根ということで、機根とは、教法をまなんで、よく修行
し得る能力をいう。だから、上根とは、この場合、釈尊の成仏法を修行して、よく証果
を得ることができるだけのすぐれた能力の持ちぬしをいうわけである。プロの出家修行
者がそれであろう。
下根とは、釈尊の成仏法を、ストレートには修行するにたえられない能力の持ちぬし
である。おもに在家の修行者、信者をさすものと思われる。もちろん出家修行者もいる
であろう。

そこで、わたくしは、釈尊が、下根の弟子や信者たちをあわれんで、むずかしい成仏
法を修行せずとも成仏できるという道を、下根の成仏法として示されたのであろうと考
えたのである。

しかし、それにしてもおかしいところがある。
如来のもとにおいて功徳をうえよ、というのは、さきにあげた「出家経Lのように、
釈尊のもとで、在家者としての梵行をせよ、という意味であろう。それならば、どうし
てこの経典だけ、梵行という表現を使わず、功徳をうえよ、という表現になっているの
か。梵行という表現には、功徳をうえる行だけではなく多少なりとも、他に修行法が加
味されているのである。どうしてこの経だけ、こういう表現になっているのか?
つぎに、。正法において”というのも妙である。第一の。如来のみもとにおいて”と
いう如来が、釈尊であるとすると、釈尊が説かれるのは当然、正法にきまっているので
あるから、わざわざ、”正法においてへとことわる必要はないはずである。どうもおか
如来の現形のホトケLということばがある。

しい。
このように、あれこれ考えているうち、最後に、
「これはだめだ」
と投げ出さざるを得ない致命的な難点にゆきあたったのである。
それはなにか?                                ‘
一番目の、。如来のみもとにおいて″という項目である。
この、如来、というのは、釈尊でないことは明らかである。
釈尊が、ここでいう如来なら、いまのべたように、わざわざ。正法において”などと
おっしゃるはずがない。だからこの如来は、釈尊以外の如来ということになる。
すると、この如来は、どの如来なのか?
如来といえば、どこのお寺でも、一体や二体の如来をおまつりしている。しかし、そ
れは「如来」そのものではなく、如来の像である。如来像は、いまさらいうまでもな
く、如来そのものではない。如来の模型にすぎない。如来の模型ではない如来そのもの
を、さがさねばならぬ。
しかし、いまの世に、自称如来はべつとして、真正の如来がいらっしゃるはずはない
のである。
「これはだめだL
わたくしは、落胆その極に達したのである。
ところが-J、
思いがけなくも、この如来が、突如、おすがたをあらわされたのである。
どんなホトケか?
法爾とは自然のまま、自然そのものの、という意味。無作とは、作られたものではな
い、という意味で、要するに、「作りものではない自然のままの生きたホトケLという

意味である。ホトケが、なにかの物によってそのすがたをあらわすことである。あらわ
すといっても、特定の人間だけが見るというのではなく、だれの目にもそれとわかるよ
うにすがたをあらわすのでなければ、意味がない。
わたくしは、むかし、この法爾無作のホトケという仏教用語を目にしたとき、かるい
興奮をおぼえた。そんなことがじっさいにあり得るのだろうかと思った。わたくしたち
が目にし、おがむホトケは、すべて人の手になる作りものである。どんな名匠の手にな
ろうとも、どんな高価なものであろうとも、しょせん、人の手によって作られたもので
ある。それは、ホトケそのものではない。要するにホトケの模型である。密教の修行で
は、「観想」といって、いろいろなホトケの尊形をこころの中に想いうかべて瞑想する。
しかし、それらもまた、経典や儀軌を読んで想像するだけである。
もしも、じっさいに生きた存在としてのホトケーー法爾無作のホトケがおすがたをあ
らわし、それをおがむことができたら、なんとすばらしいことかと、わたくしはこころ
おどらせたものである。                             }
その後、密教の荒行中、何度かホトケのおすがたを目にし、そのお声を耳にしたこと
がある。しかし、それは、荒行中という一種の極限状態における幻影、幻聴であったか
も知れず、法爾無作のホトケの出現とはいえないのである。
そんな奇蹟はあるはずなく、法爾無作のホトケとはただコトバの上だけの存在であ
る、そうわたくしは思っていた。
ところがI、
その奇蹟があらわれたのである。
昭和五十四年二月四日、それは阿含宗創建の翌年のことであった。
京都東山花山の、総本山道場建立予定地において、「節分星まつり大柴燈護摩供」奉
修中、一陣の霊気が結界内を走ったかと思うと、突然、焚き上げている大護摩の火炎
が、巨大なホトケのご尊体と変わったのである。
その炎の高さは、およそ六、七メートル、それまで、風速七、八メートルの山風に、
右に左に大きくゆれていた火炎が、一瞬、ピタリと静止したかと思うと、突如、如来の
おすがたをあらわしたのである。
その寸前、修法中のわたくしは、思わず、あ! と思ったのである。というのは、そ

のとき、燃えあがっている火炎の火のいろが、一瞬、変わったからである。それまでの
赤みを帯びたふつうの火の色が、輝くばかりの黄金色となったのである。あ! と思っ
たつぎの刹那、火炎がピタリと静止し、巨大なホトケの尊形となった。……次の瞬間、
火はもとのいろにもどり、ごう″と吹く山風に大きく揺れ、なびいていた。その間、お
よそ二、三秒、わたくしは、残念だと思った。結界内にはおよそI〇〇人を越す山伏が
厳修中であり、結界の外にはおよそ一万人ちかくの参詣者が、お護摩の火をおがんでい
る。しかし、いずれも霊眼を持たぬ悲しさ、おそらくこのホトケを、それと拝した者は
一人もおるまい。まさしく法爾無作のホトケと確信するが、拝したのはわたくしI’人と
いうのでは、どうにもならない。心から残念だなと思った。
修法が終わって道場に帰り、ご霊示を仰いだ。
「われは応供の如来である。供養を受けるぞL
というご霊示がさがった。この経緯は、昭和五十四年十二月発行の『修行者座右宝
鑑』(阿含宗総本山出版局)その他にくわしくのべているので、ここでははぶくが、要す
るに、「応供の如来」とは、「(信者の)供養を受けて、その供養を功徳として(信者に)
返すLという意味である(如来の十号参照)。わたくしは、その瞬間、この総本山建立
地が霊界と直結した霊地となったことを確信した。しかし、わたくしは、これを一部の
幹部の者のみに伝えるにとどめた。ご霊体を拝さぬ者にいっても仕方ないと思ったから
である。
ところが、数日後、当日の修行者の一人が、
「これは霊写真ではないでしょうか」
といって一葉の写真を届けてきたのである。一見して、わたくしは、息を呑んだ。ま
さしく、あの刹那、わたくしが拝した法爾無作の如来のおすがたである。その黄金色に
かがやく色も、かたちも、寸分ちがわない。わたくしは思わず、おしいただいた。
「如来の現形……L
わたくしはつぶやいた。
現形、ということばがある。おもに神道のほうのことばだが、仏教のほうでも使う。
カミ、ホトケが、その、ヵQZ Sホトケご自身の意志によってすがたをあらわし、その
おすがたをとどめるのである。これを現形という。これは、だれか一人がそのおすがた
を目にしたというのでは現形とはいわない。万人、だれでもそのおすがたを拝せるよ
う、すがたかたちをとどめなければいけないのである。神道のほうでは、石、樹木、
剣、ときには一つの山そのものがカミのすがたを現形することがある。三輪山(奈良)
などは、山そのものがカミの現形として有名である。
この霊写真は、まさしく、法爾無作の如来の現形であった。如来が、如来のご意志
で、密教の護摩の火という、最も清浄なる仏法の火をもってわがすがたを荘厳され、フ
イルムにそのおすがたをとどめさせられたのである。なんという奇蹟であろうか。わた
くしの胸は、ただ感激にふるえるのみであった。そして、なんのためにこの如来の現形
があったのか、その真の意義にはまだ気がつかなかったのである。まさか、この現形の
如来が、そのむかし、わたくしがあれほど一心にさがし求めたあの三供養品の如来であ
ったとは、まったく気がつかなかったのである。
そのことにわたくしが気づいたのは、その翌年、インドの仏蹟巡拝の旅から帰っての
ことであった。
サヘトーマヘト、あの祇園精舎の遺跡(奇しくも三供養品が講ぜられた舎衛国祇樹給
孤独園である)で、わたくしは、ほとけの強烈な霊的洗礼を浴びた。(『一九九九年カル
マと霊障からの脱出』平河出版社参照)
帰国して、最初の護摩を修したとき、わたくしは、修法壇の上で、それとおなじバイ
プレーションを感じたのである。その刹那、なんの脈絡もなく、ぱっと念頭に浮かんだ
のが、十年も前に捨て去り忘れ去っていたあの三供養品の経典であった。
「そうか
わたくしは、護摩を修しつつ、心の中で叫んでいた。
このほとけだ。この如来が、三供養品の、生ける如来であったのだ。あの三供養品の
釈尊のおことばは真実であり、いまここに出現した如来のみもとにおいて功徳を積むこ
とが、末法の世である現代唯一の成仏法であることをお示しになったのだ、そのために
この如来は出現されたのだ、一瞬のうちに、それがわかったのである。
ただたんに奇蹟をあらわすために如来は出現されたのではないのだ。末世成仏の本尊
として出現されたのだ。
キリスト教では、「キリストの復活という奇蹟があった。

この如来の出現は、決して単なる現形ではないのだ。これは「仏陀の復活」-いなのだ。
キリストの復活に比すべき現代の奇蹟である。仏界において、時間と空間を越えて仏陀
は生きつづけている。そしていま、仏教の危機、世界の危機に際して復活されたのであ

一瞬のうちに、わたくしはさとったのである。
聖者への飛躍
わたくしがなによりも感激し、かつうれしかったのは、わが阿含宗が正法を行ずる教
団であることを、ほとけさまによって証明されたことである。
阿含宗と、桐山靖雄にたいする批判は、さまざまなかたちでおこなわれ、時に、それ
は、批判という範囲を越えて、卑劣きわまる中傷・廃膀というところまできている。
あたまから、邪師、邪教よばわりである。わたくしはひたすら、それに耐えて、努力
に努力をかさねてきた。わたくしの説くところ、わたくしのおこなうところ、ぜったい
に正しいという信念があったからである。
しかし、ときに、一沫の不安の生ずることもないことはなかった。ほんとうにおれは
正しいのだろうか? ほとけさまの前にぬかずいて、考えに沈むことI時にあった。
だがI-I、如来が、正法であることを証明してくださったのである。
釈尊のおことばの第一の項目、’如来のみもとにおいて’はすでに実現した。この復
活した如来こそ、この如来であったのだ。
第二の項目、”正法において″は、この如来の出現した阿含宗こそ、正法を行ずる教
団であることの証明そのものではないか。
古来、幾多の祖師・開祖があらわれたが、ほとけさまがおすがたをあらわして、正師
・正法であることの証明をなされたということは、ほとんど聞かない。(伝説のたぐいは
別として)

人間どもがなにをわめこうと、ほとけさまの証明にはかなわないのである。わたくし
にとって、この”証明仏の現形”ほど、ありがたく、かつ、うれしいものはないのである。
さて、第三の項目、”聖衆において”についてのべよう。
聖衆とは、聖なるグループ、という意味である。正法を説く聖師と、それを行ずる聖
なる弟子たちの集
い、つまり、教団のことである。
釈尊が、わざわざ、。聖衆において”と説かれたのはどういうわけかと、その意義に
ついて考えてみると、たいへん重大な意味のあることがわかるのである。
わたくしは、さきに、「成仏法を持つことの意義」(~`ページ参照)で、成仏法を持つこ
とが、どんなに重要なことであるかを、つぎのように説明した。
成仏法を持つことが、どんなに重要なことであるか。その意義をご存じであろう
か。
成仏法を持つたからといって、もちろん、そうかんたんに完全成仏できるという
ものではない。しかし、最も重要なことは、成仏法を持った瞬間から、仏界に通ず
る「縁」が生ずるのである。これは筆舌につくしがたいほど貴重なものである。
成仏法を持たなければ、どんなに修行しても仏界には行かれない。なぜならば、
成仏法を持つことにより、はじめて、われわれは仏界に縁ができるのであって、成
仏法がなければ、最初から最後までまったくぷ」縁がない”のである。
成仏法を持つと、ただちに仏界に縁が生じ、仏界の加護をうけて、わが身、わが
家が霊的にきよめられ、高められて、やがて必ず仏界に到達するのである。道が通
ずる成仏法がないと、これができない。
と。
まず、成仏法を持つ聖なるグループに入って、仏界にご縁を持つことである。それが
なによりも大切なのだ。生ける如来にご縁をつなぐことである。そのことがすでに仏道
修行であり、成仏法の第一歩なのである。
釈尊が、″聖衆において”とおっしゃった意義は、ここにあるのである。まず、あな
たは、聖なるクルー・プ、聖衆の一員になることである。その瞬間から、あなたは仏界に
縁が生ずる。そこから、あなたの聖なる向上・因縁解脱がはじまるのである。
さいごに、『正像末三時正法経』と、この経との関連についてのべておきたい。

まず、し阿含宗が、なぜ、このお経を末世成仏のお経とするかというと、これまでもの
べてきた通り、どの観点からながめてみても、現代は末法の時代といわざるを得ない。
ひとびとの生活レベルは向上し、物質科学の知識は豊富である。しかし、精神的、霊的
には極度に堕落しており、釈尊の道品法・成仏法など、とうていストレートに修行でき
るレベルではない。
‐道品法の修行で、成仏にいたる階梯は四段階ある。
このうち、最もむずかしいのは、第一の段階である須陀逼であるといっていい。
ほんとうに最もむずかしいのは、阿羅漢である。なにしろ、仏陀そのものになるのだ
から、阿羅漢になるのがいちばんむずかしいのは当然である。
しかし、わたくしは、それを承知で、あえて、須陀逼がもっともむずかしい、という
のである。なぜならば、須陀厄というのは、もう聖者の領域に入っているのである。凡
夫が聖者になる、この第一段階の飛躍がむずかしいのである。凡夫と聖者は、連続した
線ではないのだ。大きな断層を一つ飛び越さねばならぬのだ。それがむずかしいのであ
る。凡夫というこちらの岸から、聖者という向こう側の高い岸に、飛躍しなければなら
ぬ、凡夫にとってはじめての経験である。
須陀原になってしまえば、あとは阿那含まで連続している。阿那含から阿羅漢には、
もう一度、大飛躍が必要とされるが、これは時間の問題である。
いちばんむずかしいのは、凡夫が須陀厄になることだ。
自分の修行体験で、わたくしはそう思う。
ところが、この経典では、如来への功徳の行で、阿那含にまで到達できるのである。
阿那含からは、『正法経』に説く、念処・正勤・如意足・根・力・覚・道の成仏法に
よって、阿羅漢への道をたどることになる。
これはなによりも福音である。末法時代の衆生にとって、これ以上の福音はない。
わたくしは、世のひとすべてを須陀逼にしたい。これがわたくしの誓願である。そし
てそれはまた釈尊の念願でもあったのではなかろうか。さればこそ、この末法の時代、
釈尊のそのおこころが如来となって出現され、末世成仏の法を説かせ給うたのであろ
う。それはまた、末法の衆生への警告である。如来の警告と福音、これがこの経の本旨
である。

三福道の教え

三福道の教え

静かな月明かりが堂内を照らし、世尊は深い慈愛に満ちたまなざしで阿難を見つめていた。阿難は師の言葉を待ちながら、瞑想の中に心を落ち着けていた。世尊が口を開き、柔らかな声で語り始める。

「阿難よ、世には三善根、すなわち三福道というものがある。それは、無限の功徳を生み出し、涅槃の境地に至る道である。聞きなさい、この三福道とは何であるのかを。」

阿難は姿勢を正し、深い敬意を込めて耳を傾けた。

「第一に、如来のもとで功徳を種えること。これによって無限の善根が生まれるのだ。
第二に、正法の中に功徳を種えること。これもまた限りない福徳をもたらす。
第三に、聖衆、すなわち清らかな僧たちに功徳を施すこと。この善根も計り知れぬ力を持つ。阿難よ、この三善根を修める者は、涅槃の境地にたどり着くことができるのだ。」

世尊の言葉は、一つひとつが阿難の心に染み入るようだった。その穏やかな声の中には、果てなき慈悲と導きの力が感じられる。

「したがって、阿難よ、三福道を修行し、この無限の福を手に入れなさい。そして、この教えを深く学び、実践するのです。」

阿難は深く頷き、感謝の念で胸が満たされた。彼の目には光が宿り、心には新たな決意が燃え始めた。

「世尊よ、この貴い教えに心から感謝いたします。私はこの三福道を修め、涅槃の境地を目指すことを誓います。」

それからというもの、阿難は日々修行に励み、如来への敬愛と正法への献身、聖衆への施しを通じて善根を積んでいった。その姿は、他の弟子たちにも大きな影響を与え、三福道の教えは次第に多くの人々に広がっていったという。

静寂の中、阿難の修行を見守る月光が彼の決意を優しく包み込んでいた。

 

準胝觀音

準胝觀音

準紙功德聚。寂静にして心常に誦
十れば一切諸諸の大難能く是の人
を侵すこと無し。
天上及び人間福を受くること佛の如く等し。此の如意珠に遇はば定んて無等等を得 ん。若し我れ誓願大悲の裡一人とて二世の願を成ぜずんば我れ虚 妄罪過の裡に堕して本覺に歸らず 大悲を捨てん。

 

准胝観音の物語

遥か昔、世界のあらゆる存在が調和を求めていた時代。山奥の秘境にて、母なる慈悲と戦いの力を宿した女神が降り立った。名を准胝観音(じゅんていかんのん)という。彼女はヒンドゥーの女神ドゥルガーとして知られ、無数の魔族と戦い、多くの生命を救った。その美しさは神々をも魅了し、持つ武器は闇を一掃するほどの力を秘めていた。

しかし、彼女の物語はそこで終わらない。仏教の地にその姿が伝わると、准胝観音は慈愛に満ちた母性の象徴として人々に崇められるようになる。「仏の母」として、無数の仏を生み出し、清浄なる心と安らぎをもたらす存在へと変容したのだ。七倶胝仏母(しちぐていぶつぼ)とも呼ばれ、修行者や人々を守護する役割を担うこととなった。

山中の修験者の祈り

時は移り、山深い霊地に一人の修験僧が住んでいた。その名は理源大師(りげんだいし)聖宝。彼はある夜、夢で准胝観音の啓示を受ける。霊木を削り、その姿を彫り上げれば、天の加護が授けられるというのだ。聖宝は日夜木を削り、心を込めて准胝観音像を作り上げた。

ある日、醍醐天皇の后が皇子を授かるための祈願を行うことになった。聖宝は准胝観音に祈りを捧げた。「母なる観音よ、この願いを叶えたまえ。」その祈りは天に届き、やがて朱雀天皇、そして村上天皇が生まれることとなる。准胝観音の力は、子授けと安産の功徳として広く知られるようになった。

十八本の手と三つの目

准胝観音の像容は、見る者を畏怖させる。十八本の手はそれぞれ武器、数珠、蓮華を持ち、慈悲と力を表している。その中央の手は説法印と施無畏印を示し、恐れや迷いを取り除く。その三つの目は過去、現在、未来を見通す力を持ち、すべての存在を導く。

静かに佇む准胝観音の姿は、祈る者の心を癒し、希望を灯す。彼女は戦いの神でありながら、母としての愛と慈悲を抱き、人々を救う。山中の風が吹き渡る中、その神秘的な姿は今もなお語り継がれている。