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- 子(ねずみ):千手観音菩薩 (せんじゅかんぜおんぼさつ)
- 丑(うし)・寅(とら):虚空蔵菩薩 (こくうぞうぼさつ)
- 卯(うさぎ):文殊菩薩 (もんじゅぼさつ)
- 辰(たつ)・巳(へび):普賢菩薩 (ふげんぼさつ)
- 午(うま):勢至菩薩 (せいしぼさつ)
- 未(ひつじ)・申(さる):大日如来 (だいにちにょらい)
- 酉(とり):不動明王 (ふどうみょうおう)
- 子(ねずみ):千手観音菩薩 (せんじゅかんぜおんぼさつ)
- 戌(いぬ)・亥(いのしし):阿弥陀如来 (あみだにょらい)
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今日の運命 Today’s Fate 今日缘分 2025年12月10日
乙巳 二黒土星 歳
戊子 一白水星 節
癸丑 二黒土星 日
二黒土星の日
仕事の事、旅行の事、病人の事、などが出やすい日。こみいった事が多い。いそがしい割に成果は少ない。 短慮は禁物。いやな仕事も進んで引き受ける位の気持ちが大切



虚空蔵とは、無尽の寶庫であり、智慧や財寶を入れる蔵の意味です。虚空蔵菩薩は、はかり知れない智慧と 福徳を具え、常に人に与えて願いを満たす菩薩であられます。
頭に寶冠を付け、左手に福徳を表す如意寶珠を持ち、右手は与願印をされています。これがお姿の特色です。昔から、十三詣りといって、男女が十三才になると美しく着飾り虚空蔵菩薩の智慧をいただきに、お詣りをする習慣があります。
虚空蔵菩薩の功徳智慧を得んと浴せば智慧を、人に好かれたいと思えば衆の愛着を、役職や昇進、種々の資財、名声を得んと浴せば、それらみなことごとく適えられる。当寺の虚空蔵菩薩像総丈2m58cm(金銅造)虚空蔵菩薩のお詣りの仕方合掌礼拝し「南無虚空蔵菩薩」(又は真言「なうぼう、あきゃしゃ、ぎゃらばや、おんあり、きゃまり、ぼり、そわか」)と称え祈願する。丑年生れの人生指針虚空蔵菩薩を信仰し努力すれば、温順であるが内心は極めて夢想家であり、人々に愛され 大成することができる。
真言宗の開祖・弘法大師は虚空蔵菩薩の真言を100万遍唱えるという虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)を行ったそうですよ。無限の記憶力がつき、仏の智慧を体得することができるといわれています。求聞持法の本尊像のほかに、増益(ぞうやく)や除災を願って行う修法の本尊である五大虚空蔵菩薩があります。これは虚空蔵菩薩の持つ智慧を5方に配し、金剛界五仏の変化した姿としたものです。
成績向上、記憶力増進、頭脳明晰、商売繁盛、技芸向上のご利益があります。また、丑・寅年の守り本尊です。丑・寅年に生まれた人々の開運、厄除け、祈願成就を助けるといわれています。
1つの顔に2本の腕を持つ、菩薩形の像です。右手に剣、左手に如意宝珠を持っているのが一般的です。五仏宝冠を戴いた坐像として表現されます。
虚空蔵菩 智慧と慈悲 Kokuzo Bodhisattva Wisdom and Compassion
夜の鐘が静寂を裂き
揺れる灯明、心を照らす
剣と宝珠、智慧を抱いて
無限の慈悲が空に溶ける
百万遍の声よ響け
星空が今、証人となる
虚空の蔵に願い託して
未来の光、ここに生まれる
IntrThe night bell shatters the silent air,
Flickering lights, a heart laid bare.
Sword and jewel, wisdom held tight,
Infinite mercy dissolves in the night.
A million chants, let the echoes soar,
The starlit sky bears witness once more.
To the void, our hopes and prayers we send,
A future’s light begins to ascend.
金剛の夜明け
Vajra Dawn
静寂の闇に ひとつ灯る息
揺らめく焔は まだ名を持たず
夜明け前の空が 魂を映して
震える心は ただ真実を待つ
Namosattanan
sanmyaksanmodaktinan
taniyata
on shaley shurei juntei
sowaka
恐れよ燃えろ 倶利迦羅の剣のように
嘘なき誓いは 護法尊の眼に問われ
この身が砕けても 逃げずに歩むなら
闇すら光となり 刃(やいば)となる
Namosattanan
sanmyaksanmodaktinan
taniyata
on shaley shurei juntei
sowaka
In the silent darkness, a single breath ignites,
A trembling flame with no given name,
Before the dawn, the sky reflects the soul,
A waiting heart quivers, longing only for truth.
Namo sattanan
Sanmyak sanmodak tinan
Taniyata
Om shale shurei juntei
Svaha
Burn, o fear—like the blazing Kurikara blade,
A vow with no falsehood stands before the Dharma Guard’s gaze.
Even if this body shatters, I will not turn away—
For even darkness can become light, and light become the sword.
Namo sattanan
Sanmyak sanmodak tinan
Taniyata
Om shale shurei juntei
Svaha
―――これは、ある冬の朝の出来事である。
道場の空気は張りつめ、寒さの奥にかすかな香木の匂いが漂っていた。天井から吊るされた法輪の影が灯明に揺れる。その静けさの中で、師はゆっくりと立ち上がった。
青年・湧真は自然と息をのみ、姿勢を正した。
「――諸君。」
師の声は大声ではなかった。しかし、一言一言が深い井戸に落ちる石のように、心の底に響いた。
「『五成品・四』『有無品・三』『有無品・五』……いずれも短い経である。だが、その短さの奥には、仏弟子としての根本が説かれている」
湧真の胸の奥で、なにかがゆっくりと軋んだ。
最近の彼は祈りの多くを――心願成就、成功、癒し――そうした“欲”に向けていた。
それがいけないとは教わらなかったが、どこか不安が残っていた。
師は続けた。
「お釈迦さまは言われた。――『此の衆中に於て我一法を見ず』と」
炎の弾む音だけが聞こえた。
「修行に励む者は多い。しかし……広施の行をしている者は、はたしてどれほどいるだろうか?」
湧真の手が膝の上で強く握りしめられた。
「諸君。お導きはしているか? 法を広めているか? 宝珠尊宝生行を人に勧めているか? 真言行を伝えているか?」
青年の胸に針が刺さるようだった。
――自分は、自分の願いばかり祈っていた。
師は少し歩み、祭壇の前で立ち止まった。
「広施の行とは、法を惜しまず、人に分け与える行である。それは布施の中でも最も尊い行であり、仏弟子としての証である」
静かに火が躍り、その炎が黄金の仏像を照らした。
「ただ願いを叫ぶだけでは、法の世界には生きられない。百年、千年勤行を続けても、法施なくしては法の喜びに触れることはできない」
青年の目の奥に熱いものが溢れた。
――自分は、受け取ることしかしていなかった。
与える喜びを知らないまま、仏の道を語ろうとしていたのだ。
師は、柔らかく、しかし確信をもって言い切った。
「やってごらんなさい。
広く法を施したとき――あなたは悟る。
ああ、自分は法の世界に生きているのだ、と。」
湧真の心に静かな灯がともる。
それは炎のようにゆらめきながら、しかし確かに――
誰にも奪えない光として燃えはじめていた。
その日、青年は合掌したまま決意した。
願うだけの修行者では終わらない。
与える者として生きよう――法の世界に、歩み入るために。
法の世界に生きる広施の行
「五成品,四」「有無品,三」「有無品・五」のいずれも、じつに短いお経です。しかし、わたくしたち仏教徒のあり方、修行への臨み方の根本について説かれている、非常に大切なお経です。 お釈迦さまは「五成品・四」で弟子たちに、「此の衆中に於て我一法を見ず」とおっしゃっておりましたが、阿含宗においても同じであるといわざるを得ません。
信徒諸君はいずれも熱心に勤行をし、熱心に道場修行をしています。しかしながら、はたしてお釈謝さまのご期待どおりに、広施の行をやっているでしょうか? 報恩謝徳の行をやっているでしょうか? いかがですか、やっておりますか?
広施の行、報恩謝の行をせずに、自分のお願いごとばかりしてはいませんか?
もしもそうならば、それは仏弟子のあるべき姿ではありません。
広施の行、法施の行を具体的な修行でいえば、まず挙げられるのがお導き行です。仏舎利宝珠尊宝生行をお勧めする修行です。また、準監尊真言行から勧めていくという方法もあります。
しかも広権なのですから、多くの人にそれらを勧めていくことが肝要です。それから、チラシま
*阿含五品有無品
七四
きや護摩木勧進も広施の行であり、法施の行であります。
諸君はお釈迦さまの弟子なのですから、「阿含経」でお釈迦さまがおっしゃっているように、
広く法を施す行をしなさい。わたくしたちはお釈迦さまに代わって、布教伝道の聖業を行っています。その認識を深く深く胸の中に叩き込みなさい。
法権の行をすることによって初めて、人は法の世界に生きる喜びと意義を得ます。法施をすることによって初めて、法の世界に生きる喜びと意義をあなた方は体験できるのです。それをやら
なかったならば、百年、千年と勤行をしても、法の世界に生きることはできません。やってごらんなさい。法施をすることによって、法の世界に生きる喜びと意義をあなた方は肌身を通して感じることができるのです。もしもそれをやらなかったならば、法の世界に生きることの喜びは、 諸君のものにはならないでしょう。
そのことをよく理解して、そしてすぐに実践してください。
これで『五戒品』『有無品』の講義を終わります。
一法について、「 *一阿含経訳四阿含の一つ。五十一巻で、数によって教説を整理し、
〇七三