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仏教

阿弥陀如来

阿弥陀如来

命あるものすべてを救うべく誓いを立て、極楽浄土に導く

阿弥陀如来(あみだにょらい)とは?

無限の寿命を持つことから無量寿如来ともいいます。限りない光(智慧)と限りない命を持って人々を救い続けるとされており、西方極楽浄土の教主です。四十八願(しじゅうはちがん)という誓いを立て、その中には「南無阿弥陀仏」と唱えたあらゆる人々を必ず極楽浄土へ導くとあり、広く民衆から信仰されました。ちなみに他力本願も四十八願の誓いから来ており、本来は阿弥陀様にすがって極楽に行こうという意味です。

阿弥陀三尊として聖観音と勢至菩薩と並ぶ姿が多いです。さらに二十五菩薩を従え、雲に乗って往生者を迎えにやってくるといわれています。そのほか来迎の様子をあらわす場合もあります。

ご利益

極楽往生、現世安穏のご利益があります。また、戌・亥年生まれ守り本尊です。

阿弥陀如来(あみだにょらい)の像容

釈迦如来と同じく装飾品は一切ないです。来迎印という印は、極楽浄土に迎えに来たことを意味していますよ。この印相は施無畏・与願印に似ていますが、第1指ともう1本の指をねじるのが特徴です。

特殊な例としては、宝冠阿弥陀像、裸形阿弥陀像、斜めうしろを振り返る姿をしている見返り阿弥陀などがあります。

有名寺院と像

・神奈川県:高徳院
・京都府:浄瑠璃寺
・京都府:平等院

阿弥陀如来(あみだにょらい)の真言

オン・アミリタ・テイ・ゼイ・カラ・ウン

阿弥陀如来(あみだにょらい)は、大乗仏教における信仰対象である如来の一尊(報身仏)。

概略

阿弥陀如来は諸仏の中で最も光明が優れていて、唯一どんなに罪の重い衆生でも無条件で救うことのできる如来である。西方にある極楽浄土という仏国土(浄土)の教主とされる(東方は薬師如来)。大乗仏教は多元的な世界観であるが現世から西方に十万億仏土過ぎた先に阿弥陀如来の教化する極楽浄土があるとする。悟りを得て如来になった者は仏々相念という神通力(現代的に言えばテレパシー)を使用できるようになり他の如来と意思疎通ができるようになるが、釈迦如来は阿弥陀如来と意思疎通し、阿弥陀如来の功徳を説いたという。『阿弥陀経』は釈迦が阿弥陀如来と西方浄土について説くという内容だが、阿弥陀如来への帰依を最重視する浄土真宗では、釈迦は阿弥陀如来の存在を説くために現れた存在だと解釈する。

浄土教系の仏教では、阿弥陀如来は自らの名を称える者(「南無阿弥陀仏」と称名念仏をする者)を必ず極楽浄土に迎え入れるという誓いを立てたとし、阿弥陀如来への帰依で浄土に往生し輪廻から解脱できると説く。浄土教系諸宗派の教義によれば、六道輪廻で生まれ変わることのできる最上位の天界の天人(天の人々)は清浄であるが不老不死ではなく寿命を迎えれば六道のいずれかに転生するのに対して、阿弥陀如来の教化する極楽浄土に往生した者は永遠の生命と至福が得られるという。『往生要集』では現世の人間より遥かに楽欲を受ける天人でも最後は天人五衰の苦悩を免れないと説いて、速やかに阿弥陀如来に帰依して六道輪廻から解脱し浄土に往生すべきと力説している。

浄土教系諸宗派の来世観は「浄土に行ったきりの来世観」になり事実上輪廻転生を否定する内容だが、浄土に往生した者が他の人々を救済するために再び現世に戻ってくるとする教義(還相回向)によって輪廻転生を一部肯定する教派もある。

名称

梵名アミターバ(अमिताभ, Amitābha)、あるいはアミターユス (अमितायुस्, Amitāyus)といい、それを阿弥陀と音写する。阿弥陀仏(阿弥陀佛)ともいい、また略して弥陀仏ともいう。

梵名のアミターバは「量はかりしれない光を持つ者」[1]、アミターユスは「量りしれない寿命を持つ者」[1]の意味で[2]、これを漢訳して・無量光仏無量寿仏ともいう。

成立年代

阿弥陀如来(あみだにょらい)は、大乗仏教における主要な如来の一尊で、「無限の光」と「無限の寿命」を持つ仏様です。西方にある極楽浄土の教主であり、すべての人々を救い、浄土へ導くという強い願い(本願)を持つことで知られています。

主な特徴と呼び名

梵名(サンスクリット名): アミターバ(無限の光)およびアミターユス(無限の寿命)。これらを音写して「阿弥陀」となりました。

別名: 無量光仏(むりょうこうぶつ)、無量寿仏(むりょうじゅぶつ)。

梵字: キリーク(種字)。

信仰と利益(ご利益)

阿弥陀如来は、自らの力で悟りを開くのが難しい人々でも、「南無阿弥陀仏」と唱えることで必ず救うという「四十八願」を立てたとされています。

極楽往生: 死後、極楽浄土へ生まれ変わること。

現世安穏: この世での安らかな暮らし。

守り本尊: 戌(いぬ)・亥(い)年生まれの人の守護仏。

主な宗派

浄土宗、浄土真宗

ャン革命」と「秘密」の対・

のかはっきりわからない。霊的障害は、霊的能力を持たないとわからないのです」

「なるほど」

「そのようにして、ここ十年ほどのあいだに急速に生じてきた四大悪因縁の増加は、その大半が

生まれついての因縁によるものではなく、生まれてからのちに生じたものであることがわかってきた。では、その原因はなにか?

霊的世界と現象世界のバランスが急激にくずれたためです。これは、ホロンの原理で説明すると一番よくわかる。先生は、さきほどホロンの説明の中で、こうおっしゃいましたね?

『ケストラーは、ホロンが構成する階層構造に、『ホラーキー』という名称をあたえました。

そしてあるホラーキーが健全に機能するかどうかは、それを構成しているホロンの二面性が、よくバランスをたもっているかどうかによる、としました。

たとえば、人体ホラーキーは細胞内小器官、細胞、組織、器官など、さまざまなホロンで構成されていますが、そのうちたとえば、細胞ホロンの二面性のバランスがくずれ、細胞が異常に自己主張傾向を強めたりすると、そこで細胞の異常増殖がおこり、ガンなどの病気がおこる、というわけです」

このケストラーの理論道り、それぞれヒト・ホラーキー、家庭ホラーキー、社会ホラーキーが

あるわけです。そのそれぞれが、震内ホロンと、現象的ホロンの二面から成り立っている。それが健全に機能するためには、この両ホロンがよくバランスをたもっていなければならない。それが、ここにきて急激に別れたわけです。新皮質脳による現象世界の発達が極限に達し、霊的世界、 霊的ホロンの崩壊という現象が起きた。それがいま一挙にこの社会を襲ったのですね。原因はここにあったのです。これを、わたくしはかねてから、『霊障』というわかりやすい言葉でいっているわけです」

「なるほど。そうですか」

「いまあげた四つの悪い因縁の急増は、この『霊障」から生じたものなのです。このままでは行

「ふうむ」 きつくところは知れていますね。ヒーの崩壊から、家庭の崩壊、そしてこの世界の崩壊です。そしてこの三つは、同時進行なのです」

霊的世界を認識するための器官・間脳現象世界を認識するための器官・新皮質脳

「結論を中しましょう。

97を認識するための現象を認識するための器官・皮質

人類は、新皮質世界にたいしては下型配となったが、間脳世界にたいしては盲目となってしまった。おそるべきアンバランスです。

われわれが住むこの世界は、霊的世界と現象世界が共存しているのです。そのためにこそ、霊的世界を認識するための器官として間脳があり、現象世界を認識するための器官として新皮質脳があった。この二つの世界は、共存しているけれども階層をなしているので次元がちがう。そのために一つの器官でその両方を認識することができないのです。そこで、問脳、新皮質脳と、べつべつの器官があったわけです。

ところが、その一方が失われてしまった。

その結果、どうなったか。

霊的世界を認識する器官が失われてしまったため、人類の多くは、霊的世界など『無い』と思うようになってしまったのです。それも無理はないことで、たとえその世界が眼前にあってもそれを感知する器官(能力)が全くないのだから、そんなものは『無いのだ」と思ってしまうわけです。しかし、その結果は、霊的世界への無知、霊性の欠如となってあらわれてきました。たいへんなアンバランスです。これがケストラーのいう『狂った状態』です。『理性と情緒、あるいは合理的な思考と感情に縛られた不合理な信念。その間の精神分裂症まがいの慢性的分離』です。 つまり、わたくしのいう霊性に根ざした叡智の欠如、ということです。

人気の中で

『人間性を同復せよ!』

だが、これほどおろかなことはないのです。

人間性の回復?

人間ほど残慮でおそろしい生物はいないのです。さきにあげた『変身の原理』でのべておりますように、“人。髪は、『おなじ種に属するものは殺さない』という本能が欠如している点で、 動物界でもきわめて特異な存在です。『ジャングルの掲」は、相手を殺すことの正当な動機として、前えた時の捕食の術動だけを許し、しかもその相手はかならず別な種に属するという前提があります。おなじ種どうしの一対一の闘い、あるいはグルーブ用の抗争は、象徴的な威嚇か、一方が逃げ、または降伏の意志を示す銀度で終りを告げ、相手に致命的な傷を負わせるということはほとんどないのです。おなじ人間という種どうしで殺し合う動物は、人間だけです。じつに、 永遠にくりかえされる同一種内の『戦争』こそ、人間の条件の中心的特徴というべきでしょう。

人間性の回復、など呼ぶのは、人間の本質をまったく知らぬひとのいうことです。

人間性を捨てろ!

でなければならぬのです。そして、

99

・霊的世界を認識するためこめの言間話/現象世界現象世界を認識するための器官

当性をとりもどせ!

と呼ぶべきなのです。

ところが、そう呼ばなければならぬ宗教家や、坊さんまでもが、霊的感性を失い、霊を否定して、物思思に走っているのです。もちろん、すべての宗教家や坊さんがそうだとは申しません。しかし、一生けんめい霊性の尊さを説く者を、迷信、邪教よばわりし、あるいは、写割、中傷のかぎりを尽くし、聖職者としてのみずからの欠陥を恥じることさえ知らぬ一部のひとのありさまは、表現することばさえ見あたりません。わたくしは、わたくしのいう「霊」ということばの中のいちばんの置障は、このひとたちのことではないかとひそかに思っております。

人間が異性を失ったとき、この世界がどうなるか、また、ひとはどのような状態になるか、む K先生、

かしから、聖者や霊覚者が、口をきわめて、つよい警告を発しております。

K氏はうなずいた。 その代表として、わたくしは、ぜひとも、大震覚者ゴータマ・ブッグ、すなわちシャカのお説きになったところのものを、読んでいただきたいと思うのです」

「わかりました。ぜひ、勉強させていただきましょう。しかし、そこで、その前におたずねしたいのは、いま、宗教ということばが出ましたが、宗教といえば、宗教こそ霊性と最もふかいかか

わりがあるものでしょう。なぜ、この世界にはかぞえきれないほどの宗教がありながら、人類は慣を失ってしまったのか、という経も根本的な問題です。先生のこれまでのご解説は、脳を理学の国からのもので、それはぼくにもまだよく理解できない点もありますけれども。一応,首育できるものでした。人間が異性を失って物的・物的になってしまったのは、新皮質が間弱の当性のせをしてしまったからだ、という理論、それはわかります。しかしながら、定数というものがありながら、なぜ、それを抑止することができなかったのか、ということです。いったい。これまでの宗教はなにをしていたのですか?」

わたくしはうなずいた。

大乗経典は新皮質脳の経典阿含経は間脳開発の経典

これまで数はなにをしていたのか、というご質問は、まことにきわまるものですが、それは、これまでの宗教のほとんどがみなその方向を誤っていたからです。

というのは、そのほとんどが、に訴えるものばかりだったからです。だから、すこし友にいえば、きです、第三の目を、 場を圧縮する方向に走るものだった

わけです。

すぐれた宗教の開祖は、みな、高い霊性の輝きをもって、その宗教をひらいたのですが、弟子たちがみな、それを、新皮質がなっとくする『教え』に変えてしまったのです。すぐれた開祖は、高い霊性の輝きと霊力を持っていた。それは、すぐれた間脳から発するもので、人間の間脳を刺激し、霊性の場を開発するものだったのです。ところが、弟子たちは、それを、新皮質脳に訴え、新皮質脳に追随する『教え』の宗教に変えてしまったのです。『力の宗教』を『教えの宗教」に変えてしまった」

「といいますと?」

「霊性を開発するためには、教えや理論ではだめなのです。『方法』でなければならぬのです。 いま有る宗教は、ほとんど、教義と理論から成り立っています。しかし、教養・理論はすべて新皮質と大脳辺縁系にたいするものばかりです。同脳を刺激し、霊性の場をひらくためには、それだけの力を持った『方法』でなければならぬのです。わかりやすくいえば、『技法』『技術』でなければならない。ところが、その『技法』『技術』を持つ宗教を、人類は失ってしまったのです」 「なるほど」

「最もすぐれた宗教であるシャカの仏教でさえ、そうでした」

「そうですか」

「そうなのです。阿含経というお経をご存じですね?」

「先生のご著書を読んで、存じております。シャカ直説の唯一の経典ですね?」

「そうです。仏教の経典といわれるものはおびただしい数にのぼっておりますが、その中で、ほんとうにシャカが説いた教えと法をしるしたお経は、阿含経ただ一つなのです。ほかのお経、たとえば有名な法華経、アミグ経などをはじめ、すべてのお経は、みな、シャカの説いた経典ではない。どこのなにものとも知れないひとたちの手になった、よくいえば創作経典、率直にいえば偽作経典なのです。シャカがじっさいに説いた経典は、阿含経だけです。

ところが、その阿含経は、これまで、『小乗経典』としていやしめられ、まったく世の中に出なかった。仏教の世界から抹殺されていたのです。仏教の開祖シャカが説いたただ一つの経典という、最も尊ばれなければならないこのお経が、なぜ、仏教の世界で抹殺されていたのか、まったく考えられないことなのですが、日本において、千数百年のあいだ、そうだったのです。いまでもそうです」

「ふしぎですね、ぼくなども、朝山先生のご著書を読んで、シャカの説いた経典が阿含経だけで、法京経もアミダ経も、その他の経典すべて、シャカの没後、何百年もたってどこのなにものとも知れぬ人たちの手によって創作されたものだとは、最初、信じられなかった。法華経、アミダ経、その他すべて大乗経典といわれる経典は、みな、シャカの説いたものだとばかり信じてい

「ふうむ、なるほど、そうですか。それで、阿含経にしるされている間脳開発の「方法」とは、 どういうものなのですか?」

間脳の霊性の場をひらく七つのシステム

三十七種のカリキュラム

「阿含経にしろされている『七科三十七道品」あるいは『三十七要提分法」とよばれるものが、 それです。これは、阿含経以外には、他のどんなお経にもしるされていない、七科目三十七種類の旅行法です」

「先生が、ご著書でいっておられる『成仏法」ですね?」

「そうです。ヒトが雪性を開発して高い霊能力を身につけ、ブッダ、ホトケとよばれる人にな

る七つのシステム・三十七種類のカリキュラムです」

「そんなすばらしい方法があったのですね?」

「あります。現実に、シャカ自身がブッダになり、その方法を弟子たちに教えた。それが、この七科三十七道品です。だから、これこそがほんとうのシャカの仏教であり仏法である、ということなのです。いや、これだけが、です。これだけが、ほんとうのシャかの仏教であり仏法なのです」

305

のの場をひらく七つのシステム三十七種のカリキュラム

 

 

 

 

 

 

0000000

103大東証は/阿含経は開発の経

 

 

 

第一章 「ホロン革命』と『密教・超能力の秘密』の対論・ -102

第一「ロン』との対

100

 

第一章「ホロン革命』と『密数・超能力の』の対98

 

 

 

第一章ャン革命」と「秘密」の対・

第一章ャン革命」と「秘密」の対

 

第一章ャン革命」と「秘密」の対・

第一章ャン革命」と「秘密」の

大日如来 — Mahāvairocana The Buddha who is the root of all living things

 

大日如来 — Mahāvairocana

The Buddha who is the root of

all living things

夜明け前 群青の空
静かにひらく 根源の光
星を戴く 尊き御姿
宇宙は今 息をする

On Bazaradatban
On Ambilaunken

बजारदतबन् पर
अम्बिलाउङ्केन् इत्यत्र

大日よ 大いなる日輪
すべての命は あなたの光
金剛の智慧 胎蔵の慈悲
この身のままで 成仏する

On Bazaradatban
On Ambilaunken

बजारदतबन् पर
अम्बिलाउङ्केन् इत्यत्र

Mahāvairocana

 

Before the dawn, the indigo sky,
Silently opens to the primal light.
Crowned with stars, the sacred form appears,
The universe itself begins to breathe.

On Bazaradatban
On Ambilaunken

 

O Great Sun, boundless radiant wheel,
All living beings shine from Your light.
Diamond wisdom, womb of compassion—
In this very body, we awaken as Buddha.

On Bazaradatban
On Ambilaunken

大日如来 すべての生き物の根本となる仏 Mahāvairocana

 

大日如来

すべての生き物の根本となる仏

Mahāvairocana

 

――夜明け前。
まだ空が群青に沈むころ、山の稜線の向こうから、かすかな光がにじみ始めた。
それは太陽の光ではない。
もっと静かで、もっと深い――
まるで宇宙そのものが呼吸するような、根源の輝きだった。
その中心に、ひとりの尊き姿があった。
大日如来――梵名、Mahāvairocana。

宝冠は星々のきらめきを宿し、首飾りは銀河の流れのように胸元へと垂れている。
如来でありながら、菩薩のように華麗な装い。
それは、ただ一人――宇宙の真理そのものを体現する存在だからであった。
「大いなる日輪」
その名のとおり、智慧と慈悲の光は永遠に滅びることがない。
すべての命は、この光から生まれ、再びこの光へと帰っていく。

――そのとき、虚空に二つの曼荼羅が広がった。
一つは、鋭く澄みわたる光の世界。

金剛界。
大日如来は、左手の人差し指を立て、それを右手の拳で包み込む。
智拳印。
堅固なる智慧。
金剛のように砕けぬ真理。
迷いの闇を断ち切る、揺るがぬ覚醒。
「智慧は、壊れぬ。
真理は、決して傷つかぬ。」
その声は雷鳴のようでありながら、同時に心の奥底にそっと触れる囁きでもあった。
もう一つは、やわらかな光に満ちた世界。

胎蔵界。
大日如来は両手を重ね、静かに定印を結ぶ。
まるで母の胎内のように、すべてを包み込む無限の慈悲。
怒りも、悲しみも、過ちも。
善も悪も、光も影も。
すべてはこの大いなる存在の内に抱かれている。
「あなたもまた、わたしの光。」
その言葉とともに、森羅万象がひとつに溶け合った。
釈迦も、薬師も、阿弥陀も。
あらゆる仏は、この大いなる存在のはたらきの一面にすぎない。

宇宙は分かれているのではない。
ただ、光が無数の形をとって現れているだけなのだ。
やがて、東の空に本物の太陽が昇る。
だが、その光さえも――

大日如来の智慧の輝きの一滴にすぎない。
あなたが今、息をしていること。
迷いながらも歩いていること。
願いを抱き、祈ること。
それ自体が、すでに大日如来の中にある。

そして静かに、声が響く。
「即身成仏――
この身、このままでよい。」
光は広がり続ける。
終わりも始まりもなく。
宇宙そのものとして。

勢至菩薩   偉大な智慧の光を持つ菩薩 Mahāsthāmaprāpta Bodhisattva

勢至菩薩   偉大な智慧の光を持つ菩薩

Mahāsthāmaprāpta Bodhisattva

Bearer of the great light of wisdom

 

 

朝霧を裂いて 光がひらく
音なき声が 心に届く
迷いの影を そっと溶かす
智慧の灯が いま灯る

On Sanzansaku Sowaka
सन्जान्साकु सोवाका पर

恐れることは 何もない
あなたの道は ここへ続く
胸の奥に 目覚める光
オン・サンザンサク・ソワカ

On Sanzansaku Sowaka
सन्जान्साकु सोवाका पर

 

Bearer of the great light of wisdom

 

Breaking through the morning mist, the light unfolds
A voiceless call reaches deep into the heart
Gently dissolving the shadows of doubt
The lamp of wisdom now begins to glow

On Sanzansaku Sowaka
सन्जान्साकु सोवाका पर

There is nothing left to fear
Your path has always led you here
In your heart, the light awakens

On Sanzansaku Sowaka
On Sanzansaku Sowaka
सन्जान्साकु सोवाका पर