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仏教

普賢菩薩と文殊菩薩 Samantabhadra & Manjushri

 

普賢菩薩と文殊菩薩
Samantabhadra & Manjushri

 

夜明け前 世界は息をひそめ
色を持たない空が 名を失う
坐す者と 立つ者と 問う者が
言葉の前で ただ在った

On Sanmaiya Satban

On Alahasha Now

 

सनमैया सतबन् पर

On Alahasha Now

救いは 与えられるものじゃない
誰かの胸で 目を覚ますだけ
問いは剣になり 歩みは道になり
沈黙が 今を生きている

On Sanmaiya Satban

On Alahasha Now

 

सनमैया सतबन् पर

On Alahasha Now

 

智慧は ここに坐し
慈悲は 今日へ向かい
切られぬ真理が 呼吸する
――この世界の底で

On Sanmaiya Satban

On Alahasha Now

 

सनमैया सतबन् पर

On Alahasha Now

 

Before dawn, the world holds its breath
A colorless sky lets go of its name
One who sits, one who walks, one who questions
All simply are before words
On Sanmaiya Satban
On Alahasha Now
सनमैया सतबन् पर
On Alahasha Now

 

Salvation is not something given
It only awakens in someone’s heart
Questions become a sword, footsteps become a path
Silence itself is living now
On Sanmaiya Satban
On Alahasha Now
सनमैया सतबन् पर
On Alahasha Now

 

Wisdom sits here, unmoving
Compassion turns toward today
An uncut truth continues to breathe
—at the very bottom of this world
On Sanmaiya Satban
On Alahasha Now
सनमैया सतबन् पर
On Alahasha Now

 

普賢菩薩と文殊菩薩

 

普賢菩薩と文殊菩薩

 

――三尊・沈黙
夜明け前。
空はまだ色を持たず、世界は呼吸だけをしていた。
菩提樹の下に、釈迦如来は坐している。
何かを待つ姿ではない。
待つという概念そのものが、すでにほどけている。
その右に、白象が静かに膝を折る。
普賢は地に降り、両足で土の冷たさを受け止めた。
左には、獅子の影。
文殊は剣を抜かず、ただそこに在る。
三者の間に、言葉はない。
必要がないからだ。
風が吹く。
葉が揺れ、闇がわずかに後退する。
その動きのすべてが、釈迦の呼吸の中にある。
文殊が、視線を上げる。
剣は膝の上に横たえられたまま。
切るべきものは、今は存在しない。
普賢は、足元を見つめる。
ここから、無数の道が分かれていることを知っている。
どの道も、正しく、どの道も、苦を含む。
釈迦は、目を閉じているのか、開いているのか、
誰にもわからない。
沈黙の中で、問いが立ち上がる。
誰のものでもない問い。
――なぜ、救うのか。
文殊の指が、わずかに剣の柄に触れる。
問いを切れば、答えは出る。
だが、その答えは誰も背負えない。
普賢の胸に、歩みの衝動が生まれる。
だが、まだ動かない。
今は、坐す時間だ。
釈迦は、何も言わない。
だが、その沈黙は、拒絶ではない。
――救いは、外から与えられるものではない。
その理解が、言葉にならぬまま、場に満ちる。
夜が、完全に明ける。
鳥が一声、鳴く。
その瞬間、釈迦が、ほんのわずかに息を吐いた。
それだけで、すべてが整う。
文殊は剣を取り上げ、しかし振るわない。
切るべきは、常に「今」だと知っているからだ。
普賢は立ち上がる。
歩くべき時が来た。
釈迦は、二人を見送らない。
見送るという行為すら、すでに分離だからだ。
ただ、在る。
智慧は、沈黙として坐し、
慈悲は、行いとして立ち、
真理は、切られず、壊されず、
世界の底で静かに呼吸する。
三尊は、そこで解ける。
形を失い、役割だけが残る。
そして人の世界では、
ある者は問いを持ち、
ある者は歩き、
ある者は、理由もなく坐す。
それでいい。
悟りとは、完成ではない。
この沈黙が、今も続いていること。
ただ、それだけなのだ。

愛染明王 愛欲を仏の悟りに変える力を持つ The One Who Transforms Desire into Awakening

 

愛染明王
愛欲を仏の悟りに変える力を持つ

The One Who Transforms

Desire into Awakening

愛は 煩悩の姿をした炎
捨てるほど 心は渇いていく
罪と呼ばれた この鼓動こそ
悟りへ続く 最初の熱

On Makaragya Bazaroushunisha Bazarasatba Jakuun Bangkok

मकरग्य बजरौशुनिषा बजरसत्बा जकुन बैंकॉक पर

金剛の智慧を戴く浄化の存在、
金剛薩埵よ。
あらゆる穢れを断ち、
この身この心に、
すべての世界において、
完全なる覚醒の力を成就せしめよ

 

燃えろ 愛染の赤い火よ
欲を抱いたまま 目を開け
逃げるな この愛から
オン・マカラギャ・バザロウシュニシャ
バザラサトバ・ジャクウン・バンコク

On Makaragya Bazaroushunisha Bazarasatba Jakuun Bangkok

मकरग्य बजरौशुनिषा बजरसत्बा जकुन बैंकॉक पर

金剛の智慧を戴く浄化の存在、
金剛薩埵よ。
あらゆる穢れを断ち、
この身この心に、
すべての世界において、
完全なる覚醒の力を成就せしめよ

 

 

 

 

Love is a flame shaped like desire
The more you deny it, the drier the heart becomes
This pulse once called a sin
Is the first heat on the path to awakening

 

On Makaragya Bazaroushunisha
Bazarasatba Jakuun Bangkok
मकरग्य बजरौशुनिषा
बजरसत्बा जकुन बैंकॉक पर

O Vajrasattva,
Bearer of adamantine wisdom,
Pure and purifying one.
Cut through all defilements,
In this body, in this mind,
In every realm of existence.
Fulfill the power of perfect awakening.

 

Burn, O crimson fire of Aizen
Open your eyes while holding desire
Do not run from this love
On Makaragya Bazaroushunisha
Bazarasatba Jakuun Bangkok

 

On Makaragya Bazaroushunisha
Bazarasatba Jakuun Bangkok
मकरग्य बजरौशुनिषा
बजरसत्बा जकुन बैंकॉक पर

 

O Vajrasattva,
Embodiment of indestructible wisdom,
Sever all impurity.
Within this body, within this heart,
Across all worlds,
Bring forth the power of complete awakening.

 

チャクラ覚醒 Chakra Awakening

 

チャクラ覚醒

Chakra Awakening

それは 祈りではなかった
それは 言葉でもなかった
沈黙の奥で 脳がひらき
世界と 震えが接続する

Noubou Akyashakarabaya
Onarikya Mariborisowaka

नौबौ अक्यशाकरबया ओनारिक्य मरिबोरिसोवाक

 

受け取れ 怨念の震えを
放て 悟りそのものを
名も 声も 超えた場所で
ただ 縁起が 鳴りひびく

Noubou Akyashakarabaya
Onarikya Mariborisowaka

नौबौ अक्यशाकरबया ओनारिक्य मरिबोरिसोवाक

受信する 眉間の闇
発信する 頭上の空
人が救われるのではない
迷いが ほどけて消える

Noubou Akyashakarabaya
Onarikya Mariborisowaka

नौबौ अक्यशाकरबया ओनारिक्य मरिबोरिसोवाक

 

Chakra Awakening

 

It was not a prayer
It was not made of words
In the depth of silence, the mind unfolds
And the world connects with vibration
Noubou Akyashakarabaya
Onarikya Mariborisowaka
नौबौ अक्यशाकरबया
ओनारिक्य मरिबोरिसोवाक

Receive the trembling of restless souls
Release awakening itself
Beyond all names, beyond all voices
Only dependent arising resounds
Noubou Akyashakarabaya
Onarikya Mariborisowaka
नौबौ अक्यशाकरबया
ओनारिक्य मरिबोरिसोवाक

The darkness between the brows receives
The sky above the crown transmits
It is not people who are saved
Delusion unravels—and fades away
Noubou Akyashakarabaya
Onarikya Mariborisowaka
नौबौ अक्यशाकरबया
ओनारिक्य मरिबोरिसोवाक

 

最上深秘の呼吸法

 

 

て、やはりこれはピンガラとイダーであって、仏陀がこのように変えられたのであろ

うと思っている。したがって、この二つの気道を、やはり、ピンガラとイダーという名称で呼ぶことにする。

いま、この二つの気道の機能からして、といったが、どういう機能を持っているの

ビンガラ気道は、クンダリニー・エネルギーにたいし、発動・昂揚の機能を持つ。

 

 

 

くしは明確に指示することが出来る。髪をたどったその航跡が気道になるのである。

この法によれば、少々鈍感な修行者でも、気道の経路を知ることが出来るであろう。 ピンガラ、イダーの両気道も、そのようにして開発、形成される。

この秘法を知らぬ修行者たちは、持たず、星座で航路を読むことも知らない昔の航海者のように、闇夜の海にただようのみである。

もうお分りであろう。前の節でのべた体内の強い振動エネルギーが、星から星をたどって、ピンガラ、イダーの気道を形成してゆくのである。

これで、最大の難関は突破された。やれやれ、と、ひと息つきたいところであるが、 じつは、もう一つ、越さねばならぬ関があるのである。

オにむずかしいのだそれは、このようにして、形成されたビンガラ、イダーの気道に、どのようにして、 前にのべた、アクセメンデレーキの前を持たざるか、ということである。これが

はなされるのか?

イダーの気道は、沈静・凝縮の機能を持つ。

つまり、さきにいったように、アクセルとブレーキの役目を果たすのだ。

それは、つぎのように使われる。

二本のスシュムナー管

さきにのべた通り、クンダリニー・ヨーガでは、尾骨部分から延盤にかけて、脊住を真っ直ぐ、スシュムナー管が通っている。目ざめたクンダリニーは、ここを上昇

する。

仏陀の法では、スシュムナー管がもう一本ある。つまり二本あるのだ。クンダリニ ―・ヨーガと正反対、尾骶骨から会陰を通って、腹部の正中線を真っ直ぐ、臍輪を経て咽喉に至る気道である。目ざめたクンダリニーは、背部のスシュムナー管とともに、 この腹部スシュムナー管をも上昇する。(上昇するというより、上昇させるのだ)

この腹部スシュムナーのクンダリニー・エネルギーを、コントロールしつつ、各チャクラを開発、覚醒するのが、仏陀のビンガラ、イダーの両気道である。

つまり、臍輪から約五ないし八センチ(人によって個人差がある)ほど下の辺で、 腹部スシュムナーから分岐し、各チャクラおよび関連臓器、神経を行って上昇し、また、下降する。あるいは、咽喉からさらに脳の内部を、鼻柱の奥ふかく、眉間の深部へと上昇し、脳のチャクラ、神経経路等を行り、延髄の小脳部分で、背部スシュムナ ―管と合流する。 めぐ

この二つの気道の技法は、チャクラの開発・覚醒にぜったい必要で、これなくしてチャクラの完全な開発・覚醒は不可能といってもいいであろう。殊に、視床下部、間

脳の辺の神経経路の増強には、不可欠の技法である。

まさに、神技というしかない微妙きわまる技法である。

では、この神技ともいうべき仏陀の法の修行は、どのようになされるのであろうか。

それは大別して、三つの法から成り立つ。

1、クンダリニーを覚醒する修行法

2、チャクラを開発する修行法

3、ビンガラ、イダーの気道を開発する修行法

である。

それは、特殊な呼吸法、独特な瞑想・観想、マントラ詠唱、ムドラー(手印、ポー )などから構成される。その一つ一つについて解説しよう。ただし、本書は教習書ではないので、実技の詳細については、著者の別の本(『求聞持聡明法秘伝』その他) を参照、または、著者に就いて実際に習得してほしい。

クンダリニー覚醒法

まず、修行者は、クンダリニー覚醒の予備チャクラの場所を、正確に知らねばならない。さきに、わたくしが、始動用小型モーターだといった経だである。

これを導師から教示してもらう。チャクラの場所は、個人差があるので、導師から教えてもらうしかないのである。

この予備チャクラにムドラーと共に思念を集中して特殊な観想をつづけていると、 チャクラに独特の感覚が生じてくる。これに、さらに物理的な或る刺激を加えると、 完全に覚醒する。

覚醒してしだいにエネルギーが生ずるようになると、このエネルギーを、気道によってクンダリニーの部位に送りこみ、また、その周囲に行らせる。指導の通り、正しく修行すれば、時間的な違いはあるが、だれでもクンダリニーは目ざめるようになる。

クンダリニー・ヨーガのやりかたでは、クンダリニーの覚醒は非常に困難であり、

したがって成功した例は稀であるとされているか。仏陀の法では、予備チャクラを使

うので、それはど至難なものではないのである。仏陀の法のすぐれたところである。

むずかしいのは、ピンガラ、イダーの両気道の開発である。

これはたいへんむずかしい。しかし、どうしてもなしとげなければならぬ修行である。

というのは、仏陀の法におけるピンガラ、イダーの気道は、ただたんなる気道では

なく、前にのべたように、アクセルとブレーキの機能を持つものである。この両気道を開発しなければ、各チャクラを目ざめさせることも出来なければ、コントロールすることも出来ない。脳のチャクラ、神経経路の増強なども、このピンガラ、イダーのその法について解説しよう。

はたらきによるものであるから、これは仏陀の法の眼目ともいうべき法である。

ピンガラ、イダーの開発法

そのテクニックをひと口でいうと、特殊な振動を体内につくり出して、これを

 

ライラす。ムドラー、飲むもこれに加わる。

この形態は、各行、声帯を使う。声帯で、正しい振動を声として発生させる。この参数、、、所へと響かせてゆく。胸、腹症は、いうならば太郎である。ア鳴させ、増幅させるのである。

正しい無動を起こせるようになったら、今度は、発育しないで、おなじ振動を起こす前後に入る。無音声になるが、振動は起こしているのである。というのは、体の内毎に向けて発育しているのである。体の内部に向けて振動を送っているわけだ。体の内部どは、いまのべたように、胸、腹能である。まず、胸腔が、送りこまれた振動を、筋肉で共鳴させ増幅させる。

さらにこれを、横隔膜が、腹腔の中で増幅させる。

非常に強いエネルギーが、体内に生じることを理解されるであろう。この強いエネルギーが、ピンガラ、イダーの気道を開発し、形成するのである。