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末世成仏の教典
**イントロ
**
山中の灯り、ひとりで読む経(きょう)
求めるは真理、心に染みる言葉
現代の闇に、光を探し
凡夫の道を、歩む修行者
**サビ**
須陀厄(しゅだよく)の道、飛び越える断層
如来の教え、心に響く福音
末法の世に、救いの道を
空覚(くうがく)の誓い、広がる希望
「なぜ、この経が末世成仏のお経とされるのか…」
空覚は経文に書かれた言葉を読み返しながら、静かに思索を巡らせる。現代は末法の時代、物質的な豊かさは溢れているが、精神や霊的な部分では堕落の一途を辿っている。世の中の多くの人々は、釈尊が示した成仏の道を歩むには、あまりに遠いところにいる。特に、道品法の修行の第一段階である「須陀オン)」は、聖者の領域に踏み込む初めの一歩であり、凡夫が成すには何よりも困難なものであシユダヲンるとされていた。
「凡夫から聖者へ…」
空覚は深く息を吸い込んだ。自らの修行を振り返り、彼はこの第一段階こそが最大の試練であることを実感していた。聖者への道は連続したものではなく、そこには大きな断層があり、その断層を越えることが求められている。凡夫である自分が、その断層を飛び越え、聖者へと至ることがどれほど難しいか、痛感せざるを得なかった。
しかし、この経典では、如来への功徳の行を積むことで、阿那含(あなごん)にまで至ることができると説かれていた。その道を進む者は、正法経に説かれた成仏法に従い、さらに阿羅漢への道を進むことができるのである。これは、末法の時代に生きる衆生にとって、まさに福音であると空覚は感じた。
「この時代、これほどの救いの道があろうとは…」
空覚の胸に、熱いものが込み上げてきた。彼は、世のすべての人々を須陀厄へと導きたいという願いを、心の奥底で強く抱いていた。それは彼自身の誓いであり、同時に釈尊の願いでもあったのだろうと、彼は思った。
「釈尊の心は、末法の時代に如来となって現れ、成仏の法を説いてくださった…」
その言葉が頭を過ぎると、空覚は思わず手を合わせ、深い祈りを捧げた。この経典の本旨は、如来の警告と福音であり、それが彼の心を貫いていた。
「末法の世に、この教えを広めなければ…」
空覚の瞳には、決意の光が宿った。彼は、この教えを携え、広く人々に伝え、そして彼らを導くことを己の使命と感じた。やがて、空が白み始め、山中の寺院には静かな朝が訪れたが、空覚の心には新たな決意と希望が溢れていた。
その夜、山中の小さな寺院に、ひとりの修行僧が灯火の前で書物をめくっていた。彼の名は空覚(くうがく)。仏道の真理を求め、数々の経典を学び続ける彼であったが、その中でも、ある一つの経典が彼の心を捉えて離さなかった。それは、末世成仏の教えが説かれたものであった。
「なぜ、この経が末世成仏のお経とされるのか…」
空覚は経文に書かれた言葉を読み返しながら、静かに思索を巡らせる。現代は末法の時代、物質的な豊かさは溢れているが、精神や霊的な部分では堕落の一途を辿っている。世の中の多くの人々は、釈尊が示した成仏の道を歩むには、あまりに遠いところにいる。特に、道品法の修行の第一段階である「須陀オン)」は、聖者の領域に踏み込む初めの一歩であり、凡夫が成すには何よりも困難なものであシユダヲンるとされていた。
「凡夫から聖者へ…」
空覚は深く息を吸い込んだ。自らの修行を振り返り、彼はこの第一段階こそが最大の試練であることを実感していた。聖者への道は連続したものではなく、そこには大きな断層があり、その断層を越えることが求められている。凡夫である自分が、その断層を飛び越え、聖者へと至ることがどれほど難しいか、痛感せざるを得なかった。
しかし、この経典では、如来への功徳の行を積むことで、阿那含(あなごん)にまで至ることができると説かれていた。その道を進む者は、正法経に説かれた成仏法に従い、さらに阿羅漢への道を進むことができるのである。これは、末法の時代に生きる衆生にとって、まさに福音であると空覚は感じた。
「この時代、これほどの救いの道があろうとは…」
空覚の胸に、熱いものが込み上げてきた。彼は、世のすべての人々を須陀厄へと導きたいという願いを、心の奥底で強く抱いていた。それは彼自身の誓いであり、同時に釈尊の願いでもあったのだろうと、彼は思った。
「釈尊の心は、末法の時代に如来となって現れ、成仏の法を説いてくださった…」
その言葉が頭を過ぎると、空覚は思わず手を合わせ、深い祈りを捧げた。この経典の本旨は、如来の警告と福音であり、それが彼の心を貫いていた。
「末法の世に、この教えを広めなければ…」
空覚の瞳には、決意の光が宿った。彼は、この教えを携え、広く人々に伝え、そして彼らを導くことを己の使命と感じた。やがて、空が白み始め、山中の寺院には静かな朝が訪れたが、空覚の心には新たな決意と希望が溢れていた。
三善根
末世成仏本尊経
末世成仏本尊経
末世成仏本尊経
じよし が ぶん いつし ぶつざいしやえいこくぎじゆきつこ どくおん じ し せそんこくあなん
如是我聞。一時仏在舎衛国祇樹給孤独園。爾時世尊告阿難。
ゆうさんぷくどう ふ か ぐじん ぜんしね はんがい い が い さん しよい お によらいしよ
じしゆく どく しふくふ か ぐうじん おしようほう じしゆくどく
而種功徳。此福不可窮尽。於正法。而種功徳。
おせいしゆう じしゆくどく しふくふ かぐうじん ぜ い あなん
於聖衆。而種功徳。此福不可窮尽。是謂阿難。
`しふくふ かぐうじん
此福不可窮尽。
しさんぶくどうふ か
此三福道不可
ぐうじん じしゆだおんしあ なごん だんごげぷんけつ さんぶくどうそくし ね はんかい
窮尽。自須陀恒至阿那含。断五下分結。三福道即至涅槃界。
ぜ こ あなん とうぐ ほうべんきやくしふ か ぐうじんし ふく じよし あなん とうさぜ がく
是故阿難。当求方便獲此不可窮尽之福。如是阿難。当作是学。
じしあなんもんぷつしよせつ かんきぶぎよう
爾時阿難聞仏所説。歓喜奉行。
ぞういちあごんきよう
(増一阿含経。三供養品)
〔和訳〕
き かく ごと いちじほとけ しゃえいこくぎじゅきっこどくぉん おわ そ ときせそん あなん つ
聞くこと是の如し。一時仏、舎衛国祇樹給孤独園に在しき。爾の時世尊、阿難に告げ
たまわく、「三福道あり、窮尽す可からずして、漸く涅槃界に至る。云何が三と為す
や。所謂如来の所に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。正法に於て功徳を種う。
此の福窮尽すべからず。聖衆に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。是れを阿
難、此の三福道は窮尽すべからず。須陀原より阿那含に至りて五下分結断ず。即ち涅槃
界に至る福道なり。是の故に阿難、当に方便を求めて比の窮尽す可からざるの福を獲べ
ごと まさ がく な そ ほとけしよせつ さ かんぎぷ
し。此の如く阿難、当に比の学を作すべしLと、爾の時阿難、仏の所説を聞きて歓喜奉
〔註解〕
〔三福道〕福を受ける三つの道・方法。この場合の。福’とは、霊性開顕して聖者になること。一書には
「三善根」「三福業Lとあり。阿含宗は「三福道Lをとる。また、「自須陀鯉至阿那含断五下分
結」の十三句は、のちにのべる通りの理由により、同意の他の阿含経からとり入れた。
〔涅槃界〕ニルヴァーナのこと。完全に霊性開顕したブッダの境地。
〔五下分結〕須陀疸・斯陀含・阿那含の三聖者がそれぞれ断ち切る五種類の煩悩。
阿含宗が「証明仏現形の聖典Lとおよびする奇蹟の経典である。
そういうと、なあんだ、と失望の声をもらす読者もおられるかも知れない。
第一に、まことに短い。
第二に、見たところ、奇想天外、驚天動地、というような不可思議のことがしるされ
ているようにも思えない。
どこが奇蹟の経典なんだといわれるかも知れない。
じつは、わたくしも、最初そう思ったのだ。
しかし、のちに、この経典こそ、二六〇〇年もむかしに、釈尊が、未来社会のために
予言されていたおどろくべきお経であったことがわかったのである。 ド
どうしてわかったのか?
如来がおすがたをあらわして、これを証明されたのである。
まず、このお経の要旨を説明しよう。
このお経の要旨はこうである。
聖者になる三つの方法がある。この方法によって、かならずニルヴ″Iナに到達して
完全解脱することができる。
その三つの方法とは、
一、如来のもとにおいて功徳をうえる。
二、正法の仏法において功徳をうえる。
三、聖師とその聖なる弟子たちのグループに入って功徳をうえる。
この三つの方法により、必ず、須陀筥・斯陀含・阿那合の聖者に到達できるのであ
る。これが、この経典の要旨である。
この経典を、最初、手にしたときIそれは十年以上も前のことだがIわたくしは
非常な魅力と、つづいて、それに正比例する落胆を味わったのである。
非常な魅力とはなにかというと、七科三十七道品の成仏法を、修行せずして五下分結
(前の章に解説した)を断じ、須陀逼から阿那含にまで到達できる、ということである。
(ただし、原文では、
『この三福道は窮尽すべからず、涅槃界に至ることを得と謂うなり』
とある。「自須陀逼至阿那含断五下分結」はない。
しかし、考えてみると、功徳を種えるという梵行だけで最終的な涅槃にまで到達して
しまうというのは、おかしいのである。それでは、道品法の否定になってしまう。そこ
のところはどうなっているのか。
ナゾはすぐ解けた。釈尊は、”涅槃に至る‘とはおっしゃっていないのである。涅槃
界に至ると表現しているのである。涅槃に到達、とあれば、阿羅漢であるが、涅槃界と
なると、須陀肛・斯陀含・阿那含・阿羅漢の。四沙門果”の境界をさすことになる。
そこで、こういう場合、他の阿含経ではどうなっているかと調べてみると、他の阿含
経では、略さずに記していることがわかった。たとえば、おなじ『増一阿含経・壱入道
品』では、
『……亦、須陀原・斯陀含・阿那含の三乗の道を成じ……』
とあり、三宝品では、
『現法の中に於て漏尽きて阿那含を得ん』
とあり、火滅品では、
において比丘、五下分結を滅して即ち彼に般涅槃して云々』
とある。つまり、この三供養品は、ここのところを略しているわけである。そういう
経は他にもある。
そこで、意を通ずるために、この略している部分を、これらの経からとって「自須陀
原至阿那合断五下分結」と入れたのである。これによって、誤解を招くことを避けたわ
けである。)
しかしいずれにしてもこんな魅力的なことはない。これが事実であれば、とくにすぐ
れた資質がなくても、また、苦難にみちた修行をしなくても、仏道をきわめることがで
きるのである。こんなすばらしいことはない。
だがI、待てよ、とわたくしは考えた。
これは、ひょっとしたら、後世の、ごく初期の大乗経典がまぎれこんだのではなかろ
うかと考えたのである。というのは、これまでのべてきた通り、大乗仏教は釈尊の成仏
法を捨て去って、そのかわり、仏の慈悲にすがれば成仏できる、と教えている。する
と、この経も結局それとおなじで、阿弥陀経、法華経となんら変わりはないことになっ
てしまうのではないか、おかしい、そう考えた。
しかし、れっきとした阿合部の経典である。やはり、釈尊のおことばと信じたい。い
や、信ずべきだ。至難きわまる成仏法を修行せずして、成仏する! いや、なんとか信
じたい!
そう思って、何百ぺん、何千ぺんも、この経典に目を凝らした。このお経を信じた
い一心で、一心ふらんに目を凝らしたのである。
上根と下根の成仏法
わたくしは、このお経を、
「下根の成仏法L
さきにあげた応説経を、
「上根の成仏法」
と考えた。
上根というのは、すぐれた機根ということで、機根とは、教法をまなんで、よく修行
し得る能力をいう。だから、上根とは、この場合、釈尊の成仏法を修行して、よく証果
を得ることができるだけのすぐれた能力の持ちぬしをいうわけである。プロの出家修行
者がそれであろう。
下根とは、釈尊の成仏法を、ストレートには修行するにたえられない能力の持ちぬし
である。おもに在家の修行者、信者をさすものと思われる。もちろん出家修行者もいる
であろう。
そこで、わたくしは、釈尊が、下根の弟子や信者たちをあわれんで、むずかしい成仏
法を修行せずとも成仏できるという道を、下根の成仏法として示されたのであろうと考
えたのである。
しかし、それにしてもおかしいところがある。
如来のもとにおいて功徳をうえよ、というのは、さきにあげた「出家経Lのように、
釈尊のもとで、在家者としての梵行をせよ、という意味であろう。それならば、どうし
てこの経典だけ、梵行という表現を使わず、功徳をうえよ、という表現になっているの
か。梵行という表現には、功徳をうえる行だけではなく多少なりとも、他に修行法が加
味されているのである。どうしてこの経だけ、こういう表現になっているのか?
つぎに、。正法において”というのも妙である。第一の。如来のみもとにおいて”と
いう如来が、釈尊であるとすると、釈尊が説かれるのは当然、正法にきまっているので
あるから、わざわざ、”正法においてへとことわる必要はないはずである。どうもおか
如来の現形のホトケLということばがある。
しい。
このように、あれこれ考えているうち、最後に、
「これはだめだ」
と投げ出さざるを得ない致命的な難点にゆきあたったのである。
それはなにか? ‘
一番目の、。如来のみもとにおいて″という項目である。
この、如来、というのは、釈尊でないことは明らかである。
釈尊が、ここでいう如来なら、いまのべたように、わざわざ。正法において”などと
おっしゃるはずがない。だからこの如来は、釈尊以外の如来ということになる。
すると、この如来は、どの如来なのか?
如来といえば、どこのお寺でも、一体や二体の如来をおまつりしている。しかし、そ
れは「如来」そのものではなく、如来の像である。如来像は、いまさらいうまでもな
く、如来そのものではない。如来の模型にすぎない。如来の模型ではない如来そのもの
を、さがさねばならぬ。
しかし、いまの世に、自称如来はべつとして、真正の如来がいらっしゃるはずはない
のである。
「これはだめだL
わたくしは、落胆その極に達したのである。
ところが-J、
思いがけなくも、この如来が、突如、おすがたをあらわされたのである。
どんなホトケか?
法爾とは自然のまま、自然そのものの、という意味。無作とは、作られたものではな
い、という意味で、要するに、「作りものではない自然のままの生きたホトケLという
意味である。ホトケが、なにかの物によってそのすがたをあらわすことである。あらわ
すといっても、特定の人間だけが見るというのではなく、だれの目にもそれとわかるよ
うにすがたをあらわすのでなければ、意味がない。
わたくしは、むかし、この法爾無作のホトケという仏教用語を目にしたとき、かるい
興奮をおぼえた。そんなことがじっさいにあり得るのだろうかと思った。わたくしたち
が目にし、おがむホトケは、すべて人の手になる作りものである。どんな名匠の手にな
ろうとも、どんな高価なものであろうとも、しょせん、人の手によって作られたもので
ある。それは、ホトケそのものではない。要するにホトケの模型である。密教の修行で
は、「観想」といって、いろいろなホトケの尊形をこころの中に想いうかべて瞑想する。
しかし、それらもまた、経典や儀軌を読んで想像するだけである。
もしも、じっさいに生きた存在としてのホトケーー法爾無作のホトケがおすがたをあ
らわし、それをおがむことができたら、なんとすばらしいことかと、わたくしはこころ
おどらせたものである。 }
その後、密教の荒行中、何度かホトケのおすがたを目にし、そのお声を耳にしたこと
がある。しかし、それは、荒行中という一種の極限状態における幻影、幻聴であったか
も知れず、法爾無作のホトケの出現とはいえないのである。
そんな奇蹟はあるはずなく、法爾無作のホトケとはただコトバの上だけの存在であ
る、そうわたくしは思っていた。
ところがI、
その奇蹟があらわれたのである。
昭和五十四年二月四日、それは阿含宗創建の翌年のことであった。
京都東山花山の、総本山道場建立予定地において、「節分星まつり大柴燈護摩供」奉
修中、一陣の霊気が結界内を走ったかと思うと、突然、焚き上げている大護摩の火炎
が、巨大なホトケのご尊体と変わったのである。
その炎の高さは、およそ六、七メートル、それまで、風速七、八メートルの山風に、
右に左に大きくゆれていた火炎が、一瞬、ピタリと静止したかと思うと、突如、如来の
おすがたをあらわしたのである。
その寸前、修法中のわたくしは、思わず、あ! と思ったのである。というのは、そ
のとき、燃えあがっている火炎の火のいろが、一瞬、変わったからである。それまでの
赤みを帯びたふつうの火の色が、輝くばかりの黄金色となったのである。あ! と思っ
たつぎの刹那、火炎がピタリと静止し、巨大なホトケの尊形となった。……次の瞬間、
火はもとのいろにもどり、ごう″と吹く山風に大きく揺れ、なびいていた。その間、お
よそ二、三秒、わたくしは、残念だと思った。結界内にはおよそI〇〇人を越す山伏が
厳修中であり、結界の外にはおよそ一万人ちかくの参詣者が、お護摩の火をおがんでい
る。しかし、いずれも霊眼を持たぬ悲しさ、おそらくこのホトケを、それと拝した者は
一人もおるまい。まさしく法爾無作のホトケと確信するが、拝したのはわたくしI’人と
いうのでは、どうにもならない。心から残念だなと思った。
修法が終わって道場に帰り、ご霊示を仰いだ。
「われは応供の如来である。供養を受けるぞL
というご霊示がさがった。この経緯は、昭和五十四年十二月発行の『修行者座右宝
鑑』(阿含宗総本山出版局)その他にくわしくのべているので、ここでははぶくが、要す
るに、「応供の如来」とは、「(信者の)供養を受けて、その供養を功徳として(信者に)
返すLという意味である(如来の十号参照)。わたくしは、その瞬間、この総本山建立
地が霊界と直結した霊地となったことを確信した。しかし、わたくしは、これを一部の
幹部の者のみに伝えるにとどめた。ご霊体を拝さぬ者にいっても仕方ないと思ったから
である。
ところが、数日後、当日の修行者の一人が、
「これは霊写真ではないでしょうか」
といって一葉の写真を届けてきたのである。一見して、わたくしは、息を呑んだ。ま
さしく、あの刹那、わたくしが拝した法爾無作の如来のおすがたである。その黄金色に
かがやく色も、かたちも、寸分ちがわない。わたくしは思わず、おしいただいた。
「如来の現形……L
わたくしはつぶやいた。
現形、ということばがある。おもに神道のほうのことばだが、仏教のほうでも使う。
カミ、ホトケが、その、ヵQZ Sホトケご自身の意志によってすがたをあらわし、その
おすがたをとどめるのである。これを現形という。これは、だれか一人がそのおすがた
を目にしたというのでは現形とはいわない。万人、だれでもそのおすがたを拝せるよ
う、すがたかたちをとどめなければいけないのである。神道のほうでは、石、樹木、
剣、ときには一つの山そのものがカミのすがたを現形することがある。三輪山(奈良)
などは、山そのものがカミの現形として有名である。
この霊写真は、まさしく、法爾無作の如来の現形であった。如来が、如来のご意志
で、密教の護摩の火という、最も清浄なる仏法の火をもってわがすがたを荘厳され、フ
イルムにそのおすがたをとどめさせられたのである。なんという奇蹟であろうか。わた
くしの胸は、ただ感激にふるえるのみであった。そして、なんのためにこの如来の現形
があったのか、その真の意義にはまだ気がつかなかったのである。まさか、この現形の
如来が、そのむかし、わたくしがあれほど一心にさがし求めたあの三供養品の如来であ
ったとは、まったく気がつかなかったのである。
そのことにわたくしが気づいたのは、その翌年、インドの仏蹟巡拝の旅から帰っての
ことであった。
サヘトーマヘト、あの祇園精舎の遺跡(奇しくも三供養品が講ぜられた舎衛国祇樹給
孤独園である)で、わたくしは、ほとけの強烈な霊的洗礼を浴びた。(『一九九九年カル
マと霊障からの脱出』平河出版社参照)
帰国して、最初の護摩を修したとき、わたくしは、修法壇の上で、それとおなじバイ
プレーションを感じたのである。その刹那、なんの脈絡もなく、ぱっと念頭に浮かんだ
のが、十年も前に捨て去り忘れ去っていたあの三供養品の経典であった。
「そうか
わたくしは、護摩を修しつつ、心の中で叫んでいた。
このほとけだ。この如来が、三供養品の、生ける如来であったのだ。あの三供養品の
釈尊のおことばは真実であり、いまここに出現した如来のみもとにおいて功徳を積むこ
とが、末法の世である現代唯一の成仏法であることをお示しになったのだ、そのために
この如来は出現されたのだ、一瞬のうちに、それがわかったのである。
ただたんに奇蹟をあらわすために如来は出現されたのではないのだ。末世成仏の本尊
として出現されたのだ。
キリスト教では、「キリストの復活という奇蹟があった。
この如来の出現は、決して単なる現形ではないのだ。これは「仏陀の復活」-いなのだ。
キリストの復活に比すべき現代の奇蹟である。仏界において、時間と空間を越えて仏陀
は生きつづけている。そしていま、仏教の危機、世界の危機に際して復活されたのであ
一瞬のうちに、わたくしはさとったのである。
聖者への飛躍
わたくしがなによりも感激し、かつうれしかったのは、わが阿含宗が正法を行ずる教
団であることを、ほとけさまによって証明されたことである。
阿含宗と、桐山靖雄にたいする批判は、さまざまなかたちでおこなわれ、時に、それ
は、批判という範囲を越えて、卑劣きわまる中傷・廃膀というところまできている。
あたまから、邪師、邪教よばわりである。わたくしはひたすら、それに耐えて、努力
に努力をかさねてきた。わたくしの説くところ、わたくしのおこなうところ、ぜったい
に正しいという信念があったからである。
しかし、ときに、一沫の不安の生ずることもないことはなかった。ほんとうにおれは
正しいのだろうか? ほとけさまの前にぬかずいて、考えに沈むことI時にあった。
だがI-I、如来が、正法であることを証明してくださったのである。
釈尊のおことばの第一の項目、’如来のみもとにおいて’はすでに実現した。この復
活した如来こそ、この如来であったのだ。
第二の項目、”正法において″は、この如来の出現した阿含宗こそ、正法を行ずる教
団であることの証明そのものではないか。
古来、幾多の祖師・開祖があらわれたが、ほとけさまがおすがたをあらわして、正師
・正法であることの証明をなされたということは、ほとんど聞かない。(伝説のたぐいは
別として)
人間どもがなにをわめこうと、ほとけさまの証明にはかなわないのである。わたくし
にとって、この”証明仏の現形”ほど、ありがたく、かつ、うれしいものはないのである。
さて、第三の項目、”聖衆において”についてのべよう。
聖衆とは、聖なるグループ、という意味である。正法を説く聖師と、それを行ずる聖
なる弟子たちの集
い、つまり、教団のことである。
釈尊が、わざわざ、。聖衆において”と説かれたのはどういうわけかと、その意義に
ついて考えてみると、たいへん重大な意味のあることがわかるのである。
わたくしは、さきに、「成仏法を持つことの意義」(~`ページ参照)で、成仏法を持つこ
とが、どんなに重要なことであるかを、つぎのように説明した。
成仏法を持つことが、どんなに重要なことであるか。その意義をご存じであろう
か。
成仏法を持つたからといって、もちろん、そうかんたんに完全成仏できるという
ものではない。しかし、最も重要なことは、成仏法を持った瞬間から、仏界に通ず
る「縁」が生ずるのである。これは筆舌につくしがたいほど貴重なものである。
成仏法を持たなければ、どんなに修行しても仏界には行かれない。なぜならば、
成仏法を持つことにより、はじめて、われわれは仏界に縁ができるのであって、成
仏法がなければ、最初から最後までまったくぷ」縁がない”のである。
成仏法を持つと、ただちに仏界に縁が生じ、仏界の加護をうけて、わが身、わが
家が霊的にきよめられ、高められて、やがて必ず仏界に到達するのである。道が通
ずる成仏法がないと、これができない。
と。
まず、成仏法を持つ聖なるグループに入って、仏界にご縁を持つことである。それが
なによりも大切なのだ。生ける如来にご縁をつなぐことである。そのことがすでに仏道
修行であり、成仏法の第一歩なのである。
釈尊が、″聖衆において”とおっしゃった意義は、ここにあるのである。まず、あな
たは、聖なるクルー・プ、聖衆の一員になることである。その瞬間から、あなたは仏界に
縁が生ずる。そこから、あなたの聖なる向上・因縁解脱がはじまるのである。
さいごに、『正像末三時正法経』と、この経との関連についてのべておきたい。
まず、し阿含宗が、なぜ、このお経を末世成仏のお経とするかというと、これまでもの
べてきた通り、どの観点からながめてみても、現代は末法の時代といわざるを得ない。
ひとびとの生活レベルは向上し、物質科学の知識は豊富である。しかし、精神的、霊的
には極度に堕落しており、釈尊の道品法・成仏法など、とうていストレートに修行でき
るレベルではない。
‐道品法の修行で、成仏にいたる階梯は四段階ある。
このうち、最もむずかしいのは、第一の段階である須陀逼であるといっていい。
ほんとうに最もむずかしいのは、阿羅漢である。なにしろ、仏陀そのものになるのだ
から、阿羅漢になるのがいちばんむずかしいのは当然である。
しかし、わたくしは、それを承知で、あえて、須陀逼がもっともむずかしい、という
のである。なぜならば、須陀厄というのは、もう聖者の領域に入っているのである。凡
夫が聖者になる、この第一段階の飛躍がむずかしいのである。凡夫と聖者は、連続した
線ではないのだ。大きな断層を一つ飛び越さねばならぬのだ。それがむずかしいのであ
る。凡夫というこちらの岸から、聖者という向こう側の高い岸に、飛躍しなければなら
ぬ、凡夫にとってはじめての経験である。
須陀原になってしまえば、あとは阿那含まで連続している。阿那含から阿羅漢には、
もう一度、大飛躍が必要とされるが、これは時間の問題である。
いちばんむずかしいのは、凡夫が須陀厄になることだ。
自分の修行体験で、わたくしはそう思う。
ところが、この経典では、如来への功徳の行で、阿那含にまで到達できるのである。
阿那含からは、『正法経』に説く、念処・正勤・如意足・根・力・覚・道の成仏法に
よって、阿羅漢への道をたどることになる。
これはなによりも福音である。末法時代の衆生にとって、これ以上の福音はない。
わたくしは、世のひとすべてを須陀逼にしたい。これがわたくしの誓願である。そし
てそれはまた釈尊の念願でもあったのではなかろうか。さればこそ、この末法の時代、
釈尊のそのおこころが如来となって出現され、末世成仏の法を説かせ給うたのであろ
う。それはまた、末法の衆生への警告である。如来の警告と福音、これがこの経の本旨
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無意識
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仏
瞑想 実践的
天才の人
Agon`methodology English
agon
般若波羅蜜多菩薩
真言
密教
般若心経
金剛界の法
梵字2
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末世成仏本尊経
末世成仏本尊経
じよし が ぶん いつし ぶつざいしやえいこくぎじゆきつこ どくおん じ し せそんこくあなん
如是我聞。一時仏在舎衛国祇樹給孤独園。爾時世尊告阿難。
ゆうさんぷくどう ふ か ぐじん ぜんしね はんがい い が い さん しよい お によらいしよ
じしゆく どく しふくふ か ぐうじん おしようほう じしゆくどく
而種功徳。此福不可窮尽。於正法。而種功徳。
おせいしゆう じしゆくどく しふくふ かぐうじん ぜ い あなん
於聖衆。而種功徳。此福不可窮尽。是謂阿難。
`しふくふ かぐうじん
此福不可窮尽。
しさんぶくどうふ か
此三福道不可
ぐうじん じしゆだおんしあ なごん だんごげぷんけつ さんぶくどうそくし ね はんかい
窮尽。自須陀恒至阿那含。断五下分結。三福道即至涅槃界。
ぜ こ あなん とうぐ ほうべんきやくしふ か ぐうじんし ふく じよし あなん とうさぜ がく
是故阿難。当求方便獲此不可窮尽之福。如是阿難。当作是学。
じしあなんもんぷつしよせつ かんきぶぎよう
爾時阿難聞仏所説。歓喜奉行。
ぞういちあごんきよう
(増一阿含経。三供養品)
〔和訳〕
き かく ごと いちじほとけ しゃえいこくぎじゅきっこどくぉん おわ そ ときせそん あなん つ
聞くこと是の如し。一時仏、舎衛国祇樹給孤独園に在しき。爾の時世尊、阿難に告げ
たまわく、「三福道あり、窮尽す可からずして、漸く涅槃界に至る。云何が三と為す
や。所謂如来の所に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。正法に於て功徳を種う。
此の福窮尽すべからず。聖衆に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。是れを阿
難、此の三福道は窮尽すべからず。須陀原より阿那含に至りて五下分結断ず。即ち涅槃
界に至る福道なり。是の故に阿難、当に方便を求めて比の窮尽す可からざるの福を獲べ
ごと まさ がく な そ ほとけしよせつ さ かんぎぷ
し。此の如く阿難、当に比の学を作すべしLと、爾の時阿難、仏の所説を聞きて歓喜奉
〔註解〕
〔三福道〕福を受ける三つの道・方法。この場合の。福’とは、霊性開顕して聖者になること。一書には
「三善根」「三福業Lとあり。阿含宗は「三福道Lをとる。また、「自須陀鯉至阿那含断五下分
結」の十三句は、のちにのべる通りの理由により、同意の他の阿含経からとり入れた。
〔涅槃界〕ニルヴァーナのこと。完全に霊性開顕したブッダの境地。
〔五下分結〕須陀疸・斯陀含・阿那含の三聖者がそれぞれ断ち切る五種類の煩悩。
阿含宗が「証明仏現形の聖典Lとおよびする奇蹟の経典である。
そういうと、なあんだ、と失望の声をもらす読者もおられるかも知れない。
第一に、まことに短い。
第二に、見たところ、奇想天外、驚天動地、というような不可思議のことがしるされ
ているようにも思えない。
どこが奇蹟の経典なんだといわれるかも知れない。
じつは、わたくしも、最初そう思ったのだ。
しかし、のちに、この経典こそ、二六〇〇年もむかしに、釈尊が、未来社会のために
予言されていたおどろくべきお経であったことがわかったのである。 ド
どうしてわかったのか?
如来がおすがたをあらわして、これを証明されたのである。
まず、このお経の要旨を説明しよう。
このお経の要旨はこうである。
聖者になる三つの方法がある。この方法によって、かならずニルヴ″Iナに到達して
完全解脱することができる。
その三つの方法とは、
一、如来のもとにおいて功徳をうえる。
二、正法の仏法において功徳をうえる。
三、聖師とその聖なる弟子たちのグループに入って功徳をうえる。
この三つの方法により、必ず、須陀筥・斯陀含・阿那合の聖者に到達できるのであ
る。これが、この経典の要旨である。
この経典を、最初、手にしたときIそれは十年以上も前のことだがIわたくしは
非常な魅力と、つづいて、それに正比例する落胆を味わったのである。
非常な魅力とはなにかというと、七科三十七道品の成仏法を、修行せずして五下分結
(前の章に解説した)を断じ、須陀逼から阿那含にまで到達できる、ということである。
(ただし、原文では、
『この三福道は窮尽すべからず、涅槃界に至ることを得と謂うなり』
とある。「自須陀逼至阿那含断五下分結」はない。
しかし、考えてみると、功徳を種えるという梵行だけで最終的な涅槃にまで到達して
しまうというのは、おかしいのである。それでは、道品法の否定になってしまう。そこ
のところはどうなっているのか。
ナゾはすぐ解けた。釈尊は、”涅槃に至る‘とはおっしゃっていないのである。涅槃
界に至ると表現しているのである。涅槃に到達、とあれば、阿羅漢であるが、涅槃界と
なると、須陀肛・斯陀含・阿那含・阿羅漢の。四沙門果”の境界をさすことになる。
そこで、こういう場合、他の阿含経ではどうなっているかと調べてみると、他の阿含
経では、略さずに記していることがわかった。たとえば、おなじ『増一阿含経・壱入道
品』では、
『……亦、須陀原・斯陀含・阿那含の三乗の道を成じ……』
とあり、三宝品では、
『現法の中に於て漏尽きて阿那含を得ん』
とあり、火滅品では、
において比丘、五下分結を滅して即ち彼に般涅槃して云々』
とある。つまり、この三供養品は、ここのところを略しているわけである。そういう
経は他にもある。
そこで、意を通ずるために、この略している部分を、これらの経からとって「自須陀
原至阿那合断五下分結」と入れたのである。これによって、誤解を招くことを避けたわ
けである。)
しかしいずれにしてもこんな魅力的なことはない。これが事実であれば、とくにすぐ
れた資質がなくても、また、苦難にみちた修行をしなくても、仏道をきわめることがで
きるのである。こんなすばらしいことはない。
だがI、待てよ、とわたくしは考えた。
これは、ひょっとしたら、後世の、ごく初期の大乗経典がまぎれこんだのではなかろ
うかと考えたのである。というのは、これまでのべてきた通り、大乗仏教は釈尊の成仏
法を捨て去って、そのかわり、仏の慈悲にすがれば成仏できる、と教えている。する
と、この経も結局それとおなじで、阿弥陀経、法華経となんら変わりはないことになっ
てしまうのではないか、おかしい、そう考えた。
しかし、れっきとした阿合部の経典である。やはり、釈尊のおことばと信じたい。い
や、信ずべきだ。至難きわまる成仏法を修行せずして、成仏する! いや、なんとか信
じたい!
そう思って、何百ぺん、何千ぺんも、この経典に目を凝らした。このお経を信じた
い一心で、一心ふらんに目を凝らしたのである。
上根と下根の成仏法
わたくしは、このお経を、
「下根の成仏法L
さきにあげた応説経を、
「上根の成仏法」
と考えた。
上根というのは、すぐれた機根ということで、機根とは、教法をまなんで、よく修行
し得る能力をいう。だから、上根とは、この場合、釈尊の成仏法を修行して、よく証果
を得ることができるだけのすぐれた能力の持ちぬしをいうわけである。プロの出家修行
者がそれであろう。
下根とは、釈尊の成仏法を、ストレートには修行するにたえられない能力の持ちぬし
である。おもに在家の修行者、信者をさすものと思われる。もちろん出家修行者もいる
であろう。
そこで、わたくしは、釈尊が、下根の弟子や信者たちをあわれんで、むずかしい成仏
法を修行せずとも成仏できるという道を、下根の成仏法として示されたのであろうと考
えたのである。
しかし、それにしてもおかしいところがある。
如来のもとにおいて功徳をうえよ、というのは、さきにあげた「出家経Lのように、
釈尊のもとで、在家者としての梵行をせよ、という意味であろう。それならば、どうし
てこの経典だけ、梵行という表現を使わず、功徳をうえよ、という表現になっているの
か。梵行という表現には、功徳をうえる行だけではなく多少なりとも、他に修行法が加
味されているのである。どうしてこの経だけ、こういう表現になっているのか?
つぎに、。正法において”というのも妙である。第一の。如来のみもとにおいて”と
いう如来が、釈尊であるとすると、釈尊が説かれるのは当然、正法にきまっているので
あるから、わざわざ、”正法においてへとことわる必要はないはずである。どうもおか
如来の現形のホトケLということばがある。
しい。
このように、あれこれ考えているうち、最後に、
「これはだめだ」
と投げ出さざるを得ない致命的な難点にゆきあたったのである。
それはなにか? ‘
一番目の、。如来のみもとにおいて″という項目である。
この、如来、というのは、釈尊でないことは明らかである。
釈尊が、ここでいう如来なら、いまのべたように、わざわざ。正法において”などと
おっしゃるはずがない。だからこの如来は、釈尊以外の如来ということになる。
すると、この如来は、どの如来なのか?
如来といえば、どこのお寺でも、一体や二体の如来をおまつりしている。しかし、そ
れは「如来」そのものではなく、如来の像である。如来像は、いまさらいうまでもな
く、如来そのものではない。如来の模型にすぎない。如来の模型ではない如来そのもの
を、さがさねばならぬ。
しかし、いまの世に、自称如来はべつとして、真正の如来がいらっしゃるはずはない
のである。
「これはだめだL
わたくしは、落胆その極に達したのである。
ところが-J、
思いがけなくも、この如来が、突如、おすがたをあらわされたのである。
どんなホトケか?
法爾とは自然のまま、自然そのものの、という意味。無作とは、作られたものではな
い、という意味で、要するに、「作りものではない自然のままの生きたホトケLという
意味である。ホトケが、なにかの物によってそのすがたをあらわすことである。あらわ
すといっても、特定の人間だけが見るというのではなく、だれの目にもそれとわかるよ
うにすがたをあらわすのでなければ、意味がない。
わたくしは、むかし、この法爾無作のホトケという仏教用語を目にしたとき、かるい
興奮をおぼえた。そんなことがじっさいにあり得るのだろうかと思った。わたくしたち
が目にし、おがむホトケは、すべて人の手になる作りものである。どんな名匠の手にな
ろうとも、どんな高価なものであろうとも、しょせん、人の手によって作られたもので
ある。それは、ホトケそのものではない。要するにホトケの模型である。密教の修行で
は、「観想」といって、いろいろなホトケの尊形をこころの中に想いうかべて瞑想する。
しかし、それらもまた、経典や儀軌を読んで想像するだけである。
もしも、じっさいに生きた存在としてのホトケーー法爾無作のホトケがおすがたをあ
らわし、それをおがむことができたら、なんとすばらしいことかと、わたくしはこころ
おどらせたものである。 }
その後、密教の荒行中、何度かホトケのおすがたを目にし、そのお声を耳にしたこと
がある。しかし、それは、荒行中という一種の極限状態における幻影、幻聴であったか
も知れず、法爾無作のホトケの出現とはいえないのである。
そんな奇蹟はあるはずなく、法爾無作のホトケとはただコトバの上だけの存在であ
る、そうわたくしは思っていた。
ところがI、
その奇蹟があらわれたのである。
昭和五十四年二月四日、それは阿含宗創建の翌年のことであった。
京都東山花山の、総本山道場建立予定地において、「節分星まつり大柴燈護摩供」奉
修中、一陣の霊気が結界内を走ったかと思うと、突然、焚き上げている大護摩の火炎
が、巨大なホトケのご尊体と変わったのである。
その炎の高さは、およそ六、七メートル、それまで、風速七、八メートルの山風に、
右に左に大きくゆれていた火炎が、一瞬、ピタリと静止したかと思うと、突如、如来の
おすがたをあらわしたのである。
その寸前、修法中のわたくしは、思わず、あ! と思ったのである。というのは、そ
のとき、燃えあがっている火炎の火のいろが、一瞬、変わったからである。それまでの
赤みを帯びたふつうの火の色が、輝くばかりの黄金色となったのである。あ! と思っ
たつぎの刹那、火炎がピタリと静止し、巨大なホトケの尊形となった。……次の瞬間、
火はもとのいろにもどり、ごう″と吹く山風に大きく揺れ、なびいていた。その間、お
よそ二、三秒、わたくしは、残念だと思った。結界内にはおよそI〇〇人を越す山伏が
厳修中であり、結界の外にはおよそ一万人ちかくの参詣者が、お護摩の火をおがんでい
る。しかし、いずれも霊眼を持たぬ悲しさ、おそらくこのホトケを、それと拝した者は
一人もおるまい。まさしく法爾無作のホトケと確信するが、拝したのはわたくしI’人と
いうのでは、どうにもならない。心から残念だなと思った。
修法が終わって道場に帰り、ご霊示を仰いだ。
「われは応供の如来である。供養を受けるぞL
というご霊示がさがった。この経緯は、昭和五十四年十二月発行の『修行者座右宝
鑑』(阿含宗総本山出版局)その他にくわしくのべているので、ここでははぶくが、要す
るに、「応供の如来」とは、「(信者の)供養を受けて、その供養を功徳として(信者に)
返すLという意味である(如来の十号参照)。わたくしは、その瞬間、この総本山建立
地が霊界と直結した霊地となったことを確信した。しかし、わたくしは、これを一部の
幹部の者のみに伝えるにとどめた。ご霊体を拝さぬ者にいっても仕方ないと思ったから
である。
ところが、数日後、当日の修行者の一人が、
「これは霊写真ではないでしょうか」
といって一葉の写真を届けてきたのである。一見して、わたくしは、息を呑んだ。ま
さしく、あの刹那、わたくしが拝した法爾無作の如来のおすがたである。その黄金色に
かがやく色も、かたちも、寸分ちがわない。わたくしは思わず、おしいただいた。
「如来の現形……L
わたくしはつぶやいた。
現形、ということばがある。おもに神道のほうのことばだが、仏教のほうでも使う。
カミ、ホトケが、その、ヵQZ Sホトケご自身の意志によってすがたをあらわし、その
おすがたをとどめるのである。これを現形という。これは、だれか一人がそのおすがた
を目にしたというのでは現形とはいわない。万人、だれでもそのおすがたを拝せるよ
う、すがたかたちをとどめなければいけないのである。神道のほうでは、石、樹木、
剣、ときには一つの山そのものがカミのすがたを現形することがある。三輪山(奈良)
などは、山そのものがカミの現形として有名である。
この霊写真は、まさしく、法爾無作の如来の現形であった。如来が、如来のご意志
で、密教の護摩の火という、最も清浄なる仏法の火をもってわがすがたを荘厳され、フ
イルムにそのおすがたをとどめさせられたのである。なんという奇蹟であろうか。わた
くしの胸は、ただ感激にふるえるのみであった。そして、なんのためにこの如来の現形
があったのか、その真の意義にはまだ気がつかなかったのである。まさか、この現形の
如来が、そのむかし、わたくしがあれほど一心にさがし求めたあの三供養品の如来であ
ったとは、まったく気がつかなかったのである。
そのことにわたくしが気づいたのは、その翌年、インドの仏蹟巡拝の旅から帰っての
ことであった。
サヘトーマヘト、あの祇園精舎の遺跡(奇しくも三供養品が講ぜられた舎衛国祇樹給
孤独園である)で、わたくしは、ほとけの強烈な霊的洗礼を浴びた。(『一九九九年カル
マと霊障からの脱出』平河出版社参照)
帰国して、最初の護摩を修したとき、わたくしは、修法壇の上で、それとおなじバイ
プレーションを感じたのである。その刹那、なんの脈絡もなく、ぱっと念頭に浮かんだ
のが、十年も前に捨て去り忘れ去っていたあの三供養品の経典であった。
「そうか
わたくしは、護摩を修しつつ、心の中で叫んでいた。
このほとけだ。この如来が、三供養品の、生ける如来であったのだ。あの三供養品の
釈尊のおことばは真実であり、いまここに出現した如来のみもとにおいて功徳を積むこ
とが、末法の世である現代唯一の成仏法であることをお示しになったのだ、そのために
この如来は出現されたのだ、一瞬のうちに、それがわかったのである。
ただたんに奇蹟をあらわすために如来は出現されたのではないのだ。末世成仏の本尊
として出現されたのだ。
キリスト教では、「キリストの復活という奇蹟があった。
この如来の出現は、決して単なる現形ではないのだ。これは「仏陀の復活」-いなのだ。
キリストの復活に比すべき現代の奇蹟である。仏界において、時間と空間を越えて仏陀
は生きつづけている。そしていま、仏教の危機、世界の危機に際して復活されたのであ
一瞬のうちに、わたくしはさとったのである。
聖者への飛躍
わたくしがなによりも感激し、かつうれしかったのは、わが阿含宗が正法を行ずる教
団であることを、ほとけさまによって証明されたことである。
阿含宗と、桐山靖雄にたいする批判は、さまざまなかたちでおこなわれ、時に、それ
は、批判という範囲を越えて、卑劣きわまる中傷・廃膀というところまできている。
あたまから、邪師、邪教よばわりである。わたくしはひたすら、それに耐えて、努力
に努力をかさねてきた。わたくしの説くところ、わたくしのおこなうところ、ぜったい
に正しいという信念があったからである。
しかし、ときに、一沫の不安の生ずることもないことはなかった。ほんとうにおれは
正しいのだろうか? ほとけさまの前にぬかずいて、考えに沈むことI時にあった。
だがI-I、如来が、正法であることを証明してくださったのである。
釈尊のおことばの第一の項目、’如来のみもとにおいて’はすでに実現した。この復
活した如来こそ、この如来であったのだ。
第二の項目、”正法において″は、この如来の出現した阿含宗こそ、正法を行ずる教
団であることの証明そのものではないか。
古来、幾多の祖師・開祖があらわれたが、ほとけさまがおすがたをあらわして、正師
・正法であることの証明をなされたということは、ほとんど聞かない。(伝説のたぐいは
別として)
人間どもがなにをわめこうと、ほとけさまの証明にはかなわないのである。わたくし
にとって、この”証明仏の現形”ほど、ありがたく、かつ、うれしいものはないのである。
さて、第三の項目、”聖衆において”についてのべよう。
聖衆とは、聖なるグループ、という意味である。正法を説く聖師と、それを行ずる聖
なる弟子たちの集
い、つまり、教団のことである。
釈尊が、わざわざ、。聖衆において”と説かれたのはどういうわけかと、その意義に
ついて考えてみると、たいへん重大な意味のあることがわかるのである。
わたくしは、さきに、「成仏法を持つことの意義」(~`ページ参照)で、成仏法を持つこ
とが、どんなに重要なことであるかを、つぎのように説明した。
成仏法を持つことが、どんなに重要なことであるか。その意義をご存じであろう
か。
成仏法を持つたからといって、もちろん、そうかんたんに完全成仏できるという
ものではない。しかし、最も重要なことは、成仏法を持った瞬間から、仏界に通ず
る「縁」が生ずるのである。これは筆舌につくしがたいほど貴重なものである。
成仏法を持たなければ、どんなに修行しても仏界には行かれない。なぜならば、
成仏法を持つことにより、はじめて、われわれは仏界に縁ができるのであって、成
仏法がなければ、最初から最後までまったくぷ」縁がない”のである。
成仏法を持つと、ただちに仏界に縁が生じ、仏界の加護をうけて、わが身、わが
家が霊的にきよめられ、高められて、やがて必ず仏界に到達するのである。道が通
ずる成仏法がないと、これができない。
と。
まず、成仏法を持つ聖なるグループに入って、仏界にご縁を持つことである。それが
なによりも大切なのだ。生ける如来にご縁をつなぐことである。そのことがすでに仏道
修行であり、成仏法の第一歩なのである。
釈尊が、″聖衆において”とおっしゃった意義は、ここにあるのである。まず、あな
たは、聖なるクルー・プ、聖衆の一員になることである。その瞬間から、あなたは仏界に
縁が生ずる。そこから、あなたの聖なる向上・因縁解脱がはじまるのである。
さいごに、『正像末三時正法経』と、この経との関連についてのべておきたい。
まず、し阿含宗が、なぜ、このお経を末世成仏のお経とするかというと、これまでもの
べてきた通り、どの観点からながめてみても、現代は末法の時代といわざるを得ない。
ひとびとの生活レベルは向上し、物質科学の知識は豊富である。しかし、精神的、霊的
には極度に堕落しており、釈尊の道品法・成仏法など、とうていストレートに修行でき
るレベルではない。
‐道品法の修行で、成仏にいたる階梯は四段階ある。
このうち、最もむずかしいのは、第一の段階である須陀逼であるといっていい。
ほんとうに最もむずかしいのは、阿羅漢である。なにしろ、仏陀そのものになるのだ
から、阿羅漢になるのがいちばんむずかしいのは当然である。
しかし、わたくしは、それを承知で、あえて、須陀逼がもっともむずかしい、という
のである。なぜならば、須陀厄というのは、もう聖者の領域に入っているのである。凡
夫が聖者になる、この第一段階の飛躍がむずかしいのである。凡夫と聖者は、連続した
線ではないのだ。大きな断層を一つ飛び越さねばならぬのだ。それがむずかしいのであ
る。凡夫というこちらの岸から、聖者という向こう側の高い岸に、飛躍しなければなら
ぬ、凡夫にとってはじめての経験である。
須陀原になってしまえば、あとは阿那含まで連続している。阿那含から阿羅漢には、
もう一度、大飛躍が必要とされるが、これは時間の問題である。
いちばんむずかしいのは、凡夫が須陀厄になることだ。
自分の修行体験で、わたくしはそう思う。
ところが、この経典では、如来への功徳の行で、阿那含にまで到達できるのである。
阿那含からは、『正法経』に説く、念処・正勤・如意足・根・力・覚・道の成仏法に
よって、阿羅漢への道をたどることになる。
これはなによりも福音である。末法時代の衆生にとって、これ以上の福音はない。
わたくしは、世のひとすべてを須陀逼にしたい。これがわたくしの誓願である。そし
てそれはまた釈尊の念願でもあったのではなかろうか。さればこそ、この末法の時代、
釈尊のそのおこころが如来となって出現され、末世成仏の法を説かせ給うたのであろ
う。それはまた、末法の衆生への警告である。如来の警告と福音、これがこの経の本旨
である。
末世成仏本尊経
じよし が ぶん いつし ぶつざいしやえいこくぎじゆきつこ どくおん じ し せそんこくあなん
如是我聞。一時仏在舎衛国祇樹給孤独園。爾時世尊告阿難。
ゆうさんぷくどう ふ か ぐじん ぜんしね はんがい い が い さん しよい お によらいしよ
じしゆく どく しふくふ か ぐうじん おしようほう じしゆくどく
而種功徳。此福不可窮尽。於正法。而種功徳。
おせいしゆう じしゆくどく しふくふ かぐうじん ぜ い あなん
於聖衆。而種功徳。此福不可窮尽。是謂阿難。
`しふくふ かぐうじん
此福不可窮尽。
しさんぶくどうふ か
此三福道不可
ぐうじん じしゆだおんしあ なごん だんごげぷんけつ さんぶくどうそくし ね はんかい
窮尽。自須陀恒至阿那含。断五下分結。三福道即至涅槃界。
ぜ こ あなん とうぐ ほうべんきやくしふ か ぐうじんし ふく じよし あなん とうさぜ がく
是故阿難。当求方便獲此不可窮尽之福。如是阿難。当作是学。
じしあなんもんぷつしよせつ かんきぶぎよう
爾時阿難聞仏所説。歓喜奉行。
ぞういちあごんきよう
(増一阿含経。三供養品)
〔和訳〕
き かく ごと いちじほとけ しゃえいこくぎじゅきっこどくぉん おわ そ ときせそん あなん つ
聞くこと是の如し。一時仏、舎衛国祇樹給孤独園に在しき。爾の時世尊、阿難に告げ
たまわく、「三福道あり、窮尽す可からずして、漸く涅槃界に至る。云何が三と為す
や。所謂如来の所に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。正法に於て功徳を種う。
此の福窮尽すべからず。聖衆に於て功徳を種う。此の福窮尽すべからず。是れを阿
難、此の三福道は窮尽すべからず。須陀原より阿那含に至りて五下分結断ず。即ち涅槃
界に至る福道なり。是の故に阿難、当に方便を求めて比の窮尽す可からざるの福を獲べ
ごと まさ がく な そ ほとけしよせつ さ かんぎぷ
し。此の如く阿難、当に比の学を作すべしLと、爾の時阿難、仏の所説を聞きて歓喜奉
〔註解〕
〔三福道〕福を受ける三つの道・方法。この場合の。福’とは、霊性開顕して聖者になること。一書には
「三善根」「三福業Lとあり。阿含宗は「三福道Lをとる。また、「自須陀鯉至阿那含断五下分
結」の十三句は、のちにのべる通りの理由により、同意の他の阿含経からとり入れた。
〔涅槃界〕ニルヴァーナのこと。完全に霊性開顕したブッダの境地。
〔五下分結〕須陀疸・斯陀含・阿那含の三聖者がそれぞれ断ち切る五種類の煩悩。
阿含宗が「証明仏現形の聖典Lとおよびする奇蹟の経典である。
そういうと、なあんだ、と失望の声をもらす読者もおられるかも知れない。
第一に、まことに短い。
第二に、見たところ、奇想天外、驚天動地、というような不可思議のことがしるされ
ているようにも思えない。
どこが奇蹟の経典なんだといわれるかも知れない。
じつは、わたくしも、最初そう思ったのだ。
しかし、のちに、この経典こそ、二六〇〇年もむかしに、釈尊が、未来社会のために
予言されていたおどろくべきお経であったことがわかったのである。 ド
どうしてわかったのか?
如来がおすがたをあらわして、これを証明されたのである。
まず、このお経の要旨を説明しよう。
このお経の要旨はこうである。
聖者になる三つの方法がある。この方法によって、かならずニルヴ″Iナに到達して
完全解脱することができる。
その三つの方法とは、
一、如来のもとにおいて功徳をうえる。
二、正法の仏法において功徳をうえる。
三、聖師とその聖なる弟子たちのグループに入って功徳をうえる。
この三つの方法により、必ず、須陀筥・斯陀含・阿那合の聖者に到達できるのであ
る。これが、この経典の要旨である。
この経典を、最初、手にしたときIそれは十年以上も前のことだがIわたくしは
非常な魅力と、つづいて、それに正比例する落胆を味わったのである。
非常な魅力とはなにかというと、七科三十七道品の成仏法を、修行せずして五下分結
(前の章に解説した)を断じ、須陀逼から阿那含にまで到達できる、ということである。
(ただし、原文では、
『この三福道は窮尽すべからず、涅槃界に至ることを得と謂うなり』
とある。「自須陀逼至阿那含断五下分結」はない。
しかし、考えてみると、功徳を種えるという梵行だけで最終的な涅槃にまで到達して
しまうというのは、おかしいのである。それでは、道品法の否定になってしまう。そこ
のところはどうなっているのか。
ナゾはすぐ解けた。釈尊は、”涅槃に至る‘とはおっしゃっていないのである。涅槃
界に至ると表現しているのである。涅槃に到達、とあれば、阿羅漢であるが、涅槃界と
なると、須陀肛・斯陀含・阿那含・阿羅漢の。四沙門果”の境界をさすことになる。
そこで、こういう場合、他の阿含経ではどうなっているかと調べてみると、他の阿含
経では、略さずに記していることがわかった。たとえば、おなじ『増一阿含経・壱入道
品』では、
『……亦、須陀原・斯陀含・阿那含の三乗の道を成じ……』
とあり、三宝品では、
『現法の中に於て漏尽きて阿那含を得ん』
とあり、火滅品では、
において比丘、五下分結を滅して即ち彼に般涅槃して云々』
とある。つまり、この三供養品は、ここのところを略しているわけである。そういう
経は他にもある。
そこで、意を通ずるために、この略している部分を、これらの経からとって「自須陀
原至阿那合断五下分結」と入れたのである。これによって、誤解を招くことを避けたわ
けである。)
しかしいずれにしてもこんな魅力的なことはない。これが事実であれば、とくにすぐ
れた資質がなくても、また、苦難にみちた修行をしなくても、仏道をきわめることがで
きるのである。こんなすばらしいことはない。
だがI、待てよ、とわたくしは考えた。
これは、ひょっとしたら、後世の、ごく初期の大乗経典がまぎれこんだのではなかろ
うかと考えたのである。というのは、これまでのべてきた通り、大乗仏教は釈尊の成仏
法を捨て去って、そのかわり、仏の慈悲にすがれば成仏できる、と教えている。する
と、この経も結局それとおなじで、阿弥陀経、法華経となんら変わりはないことになっ
てしまうのではないか、おかしい、そう考えた。
しかし、れっきとした阿合部の経典である。やはり、釈尊のおことばと信じたい。い
や、信ずべきだ。至難きわまる成仏法を修行せずして、成仏する! いや、なんとか信
じたい!
そう思って、何百ぺん、何千ぺんも、この経典に目を凝らした。このお経を信じた
い一心で、一心ふらんに目を凝らしたのである。
上根と下根の成仏法
わたくしは、このお経を、
「下根の成仏法L
さきにあげた応説経を、
「上根の成仏法」
と考えた。
上根というのは、すぐれた機根ということで、機根とは、教法をまなんで、よく修行
し得る能力をいう。だから、上根とは、この場合、釈尊の成仏法を修行して、よく証果
を得ることができるだけのすぐれた能力の持ちぬしをいうわけである。プロの出家修行
者がそれであろう。
下根とは、釈尊の成仏法を、ストレートには修行するにたえられない能力の持ちぬし
である。おもに在家の修行者、信者をさすものと思われる。もちろん出家修行者もいる
であろう。
そこで、わたくしは、釈尊が、下根の弟子や信者たちをあわれんで、むずかしい成仏
法を修行せずとも成仏できるという道を、下根の成仏法として示されたのであろうと考
えたのである。
しかし、それにしてもおかしいところがある。
如来のもとにおいて功徳をうえよ、というのは、さきにあげた「出家経Lのように、
釈尊のもとで、在家者としての梵行をせよ、という意味であろう。それならば、どうし
てこの経典だけ、梵行という表現を使わず、功徳をうえよ、という表現になっているの
か。梵行という表現には、功徳をうえる行だけではなく多少なりとも、他に修行法が加
味されているのである。どうしてこの経だけ、こういう表現になっているのか?
つぎに、。正法において”というのも妙である。第一の。如来のみもとにおいて”と
いう如来が、釈尊であるとすると、釈尊が説かれるのは当然、正法にきまっているので
あるから、わざわざ、”正法においてへとことわる必要はないはずである。どうもおか
如来の現形のホトケLということばがある。
しい。
このように、あれこれ考えているうち、最後に、
「これはだめだ」
と投げ出さざるを得ない致命的な難点にゆきあたったのである。
それはなにか? ‘
一番目の、。如来のみもとにおいて″という項目である。
この、如来、というのは、釈尊でないことは明らかである。
釈尊が、ここでいう如来なら、いまのべたように、わざわざ。正法において”などと
おっしゃるはずがない。だからこの如来は、釈尊以外の如来ということになる。
すると、この如来は、どの如来なのか?
如来といえば、どこのお寺でも、一体や二体の如来をおまつりしている。しかし、そ
れは「如来」そのものではなく、如来の像である。如来像は、いまさらいうまでもな
く、如来そのものではない。如来の模型にすぎない。如来の模型ではない如来そのもの
を、さがさねばならぬ。
しかし、いまの世に、自称如来はべつとして、真正の如来がいらっしゃるはずはない
のである。
「これはだめだL
わたくしは、落胆その極に達したのである。
ところが-J、
思いがけなくも、この如来が、突如、おすがたをあらわされたのである。
どんなホトケか?
法爾とは自然のまま、自然そのものの、という意味。無作とは、作られたものではな
い、という意味で、要するに、「作りものではない自然のままの生きたホトケLという
意味である。ホトケが、なにかの物によってそのすがたをあらわすことである。あらわ
すといっても、特定の人間だけが見るというのではなく、だれの目にもそれとわかるよ
うにすがたをあらわすのでなければ、意味がない。
わたくしは、むかし、この法爾無作のホトケという仏教用語を目にしたとき、かるい
興奮をおぼえた。そんなことがじっさいにあり得るのだろうかと思った。わたくしたち
が目にし、おがむホトケは、すべて人の手になる作りものである。どんな名匠の手にな
ろうとも、どんな高価なものであろうとも、しょせん、人の手によって作られたもので
ある。それは、ホトケそのものではない。要するにホトケの模型である。密教の修行で
は、「観想」といって、いろいろなホトケの尊形をこころの中に想いうかべて瞑想する。
しかし、それらもまた、経典や儀軌を読んで想像するだけである。
もしも、じっさいに生きた存在としてのホトケーー法爾無作のホトケがおすがたをあ
らわし、それをおがむことができたら、なんとすばらしいことかと、わたくしはこころ
おどらせたものである。 }
その後、密教の荒行中、何度かホトケのおすがたを目にし、そのお声を耳にしたこと
がある。しかし、それは、荒行中という一種の極限状態における幻影、幻聴であったか
も知れず、法爾無作のホトケの出現とはいえないのである。
そんな奇蹟はあるはずなく、法爾無作のホトケとはただコトバの上だけの存在であ
る、そうわたくしは思っていた。
ところがI、
その奇蹟があらわれたのである。
昭和五十四年二月四日、それは阿含宗創建の翌年のことであった。
京都東山花山の、総本山道場建立予定地において、「節分星まつり大柴燈護摩供」奉
修中、一陣の霊気が結界内を走ったかと思うと、突然、焚き上げている大護摩の火炎
が、巨大なホトケのご尊体と変わったのである。
その炎の高さは、およそ六、七メートル、それまで、風速七、八メートルの山風に、
右に左に大きくゆれていた火炎が、一瞬、ピタリと静止したかと思うと、突如、如来の
おすがたをあらわしたのである。
その寸前、修法中のわたくしは、思わず、あ! と思ったのである。というのは、そ
のとき、燃えあがっている火炎の火のいろが、一瞬、変わったからである。それまでの
赤みを帯びたふつうの火の色が、輝くばかりの黄金色となったのである。あ! と思っ
たつぎの刹那、火炎がピタリと静止し、巨大なホトケの尊形となった。……次の瞬間、
火はもとのいろにもどり、ごう″と吹く山風に大きく揺れ、なびいていた。その間、お
よそ二、三秒、わたくしは、残念だと思った。結界内にはおよそI〇〇人を越す山伏が
厳修中であり、結界の外にはおよそ一万人ちかくの参詣者が、お護摩の火をおがんでい
る。しかし、いずれも霊眼を持たぬ悲しさ、おそらくこのホトケを、それと拝した者は
一人もおるまい。まさしく法爾無作のホトケと確信するが、拝したのはわたくしI’人と
いうのでは、どうにもならない。心から残念だなと思った。
修法が終わって道場に帰り、ご霊示を仰いだ。
「われは応供の如来である。供養を受けるぞL
というご霊示がさがった。この経緯は、昭和五十四年十二月発行の『修行者座右宝
鑑』(阿含宗総本山出版局)その他にくわしくのべているので、ここでははぶくが、要す
るに、「応供の如来」とは、「(信者の)供養を受けて、その供養を功徳として(信者に)
返すLという意味である(如来の十号参照)。わたくしは、その瞬間、この総本山建立
地が霊界と直結した霊地となったことを確信した。しかし、わたくしは、これを一部の
幹部の者のみに伝えるにとどめた。ご霊体を拝さぬ者にいっても仕方ないと思ったから
である。
ところが、数日後、当日の修行者の一人が、
「これは霊写真ではないでしょうか」
といって一葉の写真を届けてきたのである。一見して、わたくしは、息を呑んだ。ま
さしく、あの刹那、わたくしが拝した法爾無作の如来のおすがたである。その黄金色に
かがやく色も、かたちも、寸分ちがわない。わたくしは思わず、おしいただいた。
「如来の現形……L
わたくしはつぶやいた。
現形、ということばがある。おもに神道のほうのことばだが、仏教のほうでも使う。
カミ、ホトケが、その、ヵQZ Sホトケご自身の意志によってすがたをあらわし、その
おすがたをとどめるのである。これを現形という。これは、だれか一人がそのおすがた
を目にしたというのでは現形とはいわない。万人、だれでもそのおすがたを拝せるよ
う、すがたかたちをとどめなければいけないのである。神道のほうでは、石、樹木、
剣、ときには一つの山そのものがカミのすがたを現形することがある。三輪山(奈良)
などは、山そのものがカミの現形として有名である。
この霊写真は、まさしく、法爾無作の如来の現形であった。如来が、如来のご意志
で、密教の護摩の火という、最も清浄なる仏法の火をもってわがすがたを荘厳され、フ
イルムにそのおすがたをとどめさせられたのである。なんという奇蹟であろうか。わた
くしの胸は、ただ感激にふるえるのみであった。そして、なんのためにこの如来の現形
があったのか、その真の意義にはまだ気がつかなかったのである。まさか、この現形の
如来が、そのむかし、わたくしがあれほど一心にさがし求めたあの三供養品の如来であ
ったとは、まったく気がつかなかったのである。
そのことにわたくしが気づいたのは、その翌年、インドの仏蹟巡拝の旅から帰っての
ことであった。
サヘトーマヘト、あの祇園精舎の遺跡(奇しくも三供養品が講ぜられた舎衛国祇樹給
孤独園である)で、わたくしは、ほとけの強烈な霊的洗礼を浴びた。(『一九九九年カル
マと霊障からの脱出』平河出版社参照)
帰国して、最初の護摩を修したとき、わたくしは、修法壇の上で、それとおなじバイ
プレーションを感じたのである。その刹那、なんの脈絡もなく、ぱっと念頭に浮かんだ
のが、十年も前に捨て去り忘れ去っていたあの三供養品の経典であった。
「そうか
わたくしは、護摩を修しつつ、心の中で叫んでいた。
このほとけだ。この如来が、三供養品の、生ける如来であったのだ。あの三供養品の
釈尊のおことばは真実であり、いまここに出現した如来のみもとにおいて功徳を積むこ
とが、末法の世である現代唯一の成仏法であることをお示しになったのだ、そのために
この如来は出現されたのだ、一瞬のうちに、それがわかったのである。
ただたんに奇蹟をあらわすために如来は出現されたのではないのだ。末世成仏の本尊
として出現されたのだ。
キリスト教では、「キリストの復活という奇蹟があった。
この如来の出現は、決して単なる現形ではないのだ。これは「仏陀の復活」-いなのだ。
キリストの復活に比すべき現代の奇蹟である。仏界において、時間と空間を越えて仏陀
は生きつづけている。そしていま、仏教の危機、世界の危機に際して復活されたのであ
一瞬のうちに、わたくしはさとったのである。
聖者への飛躍
わたくしがなによりも感激し、かつうれしかったのは、わが阿含宗が正法を行ずる教
団であることを、ほとけさまによって証明されたことである。
阿含宗と、桐山靖雄にたいする批判は、さまざまなかたちでおこなわれ、時に、それ
は、批判という範囲を越えて、卑劣きわまる中傷・廃膀というところまできている。
あたまから、邪師、邪教よばわりである。わたくしはひたすら、それに耐えて、努力
に努力をかさねてきた。わたくしの説くところ、わたくしのおこなうところ、ぜったい
に正しいという信念があったからである。
しかし、ときに、一沫の不安の生ずることもないことはなかった。ほんとうにおれは
正しいのだろうか? ほとけさまの前にぬかずいて、考えに沈むことI時にあった。
だがI-I、如来が、正法であることを証明してくださったのである。
釈尊のおことばの第一の項目、’如来のみもとにおいて’はすでに実現した。この復
活した如来こそ、この如来であったのだ。
第二の項目、”正法において″は、この如来の出現した阿含宗こそ、正法を行ずる教
団であることの証明そのものではないか。
古来、幾多の祖師・開祖があらわれたが、ほとけさまがおすがたをあらわして、正師
・正法であることの証明をなされたということは、ほとんど聞かない。(伝説のたぐいは
別として)
人間どもがなにをわめこうと、ほとけさまの証明にはかなわないのである。わたくし
にとって、この”証明仏の現形”ほど、ありがたく、かつ、うれしいものはないのである。
さて、第三の項目、”聖衆において”についてのべよう。
聖衆とは、聖なるグループ、という意味である。正法を説く聖師と、それを行ずる聖
なる弟子たちの集
い、つまり、教団のことである。
釈尊が、わざわざ、。聖衆において”と説かれたのはどういうわけかと、その意義に
ついて考えてみると、たいへん重大な意味のあることがわかるのである。
わたくしは、さきに、「成仏法を持つことの意義」(~`ページ参照)で、成仏法を持つこ
とが、どんなに重要なことであるかを、つぎのように説明した。
成仏法を持つことが、どんなに重要なことであるか。その意義をご存じであろう
か。
成仏法を持つたからといって、もちろん、そうかんたんに完全成仏できるという
ものではない。しかし、最も重要なことは、成仏法を持った瞬間から、仏界に通ず
る「縁」が生ずるのである。これは筆舌につくしがたいほど貴重なものである。
成仏法を持たなければ、どんなに修行しても仏界には行かれない。なぜならば、
成仏法を持つことにより、はじめて、われわれは仏界に縁ができるのであって、成
仏法がなければ、最初から最後までまったくぷ」縁がない”のである。
成仏法を持つと、ただちに仏界に縁が生じ、仏界の加護をうけて、わが身、わが
家が霊的にきよめられ、高められて、やがて必ず仏界に到達するのである。道が通
ずる成仏法がないと、これができない。
と。
まず、成仏法を持つ聖なるグループに入って、仏界にご縁を持つことである。それが
なによりも大切なのだ。生ける如来にご縁をつなぐことである。そのことがすでに仏道
修行であり、成仏法の第一歩なのである。
釈尊が、″聖衆において”とおっしゃった意義は、ここにあるのである。まず、あな
たは、聖なるクルー・プ、聖衆の一員になることである。その瞬間から、あなたは仏界に
縁が生ずる。そこから、あなたの聖なる向上・因縁解脱がはじまるのである。
さいごに、『正像末三時正法経』と、この経との関連についてのべておきたい。
まず、し阿含宗が、なぜ、このお経を末世成仏のお経とするかというと、これまでもの
べてきた通り、どの観点からながめてみても、現代は末法の時代といわざるを得ない。
ひとびとの生活レベルは向上し、物質科学の知識は豊富である。しかし、精神的、霊的
には極度に堕落しており、釈尊の道品法・成仏法など、とうていストレートに修行でき
るレベルではない。
‐道品法の修行で、成仏にいたる階梯は四段階ある。
このうち、最もむずかしいのは、第一の段階である須陀逼であるといっていい。
ほんとうに最もむずかしいのは、阿羅漢である。なにしろ、仏陀そのものになるのだ
から、阿羅漢になるのがいちばんむずかしいのは当然である。
しかし、わたくしは、それを承知で、あえて、須陀逼がもっともむずかしい、という
のである。なぜならば、須陀厄というのは、もう聖者の領域に入っているのである。凡
夫が聖者になる、この第一段階の飛躍がむずかしいのである。凡夫と聖者は、連続した
線ではないのだ。大きな断層を一つ飛び越さねばならぬのだ。それがむずかしいのであ
る。凡夫というこちらの岸から、聖者という向こう側の高い岸に、飛躍しなければなら
ぬ、凡夫にとってはじめての経験である。
須陀原になってしまえば、あとは阿那含まで連続している。阿那含から阿羅漢には、
もう一度、大飛躍が必要とされるが、これは時間の問題である。
いちばんむずかしいのは、凡夫が須陀厄になることだ。
自分の修行体験で、わたくしはそう思う。
ところが、この経典では、如来への功徳の行で、阿那含にまで到達できるのである。
阿那含からは、『正法経』に説く、念処・正勤・如意足・根・力・覚・道の成仏法に
よって、阿羅漢への道をたどることになる。
これはなによりも福音である。末法時代の衆生にとって、これ以上の福音はない。
わたくしは、世のひとすべてを須陀逼にしたい。これがわたくしの誓願である。そし
てそれはまた釈尊の念願でもあったのではなかろうか。さればこそ、この末法の時代、
釈尊のそのおこころが如来となって出現され、末世成仏の法を説かせ給うたのであろ
う。それはまた、末法の衆生への警告である。如来の警告と福音、これがこの経の本旨
である。
準胝観音 チュンディー
On Sharay Shuray Juntei Sowaka
**イントロ:**
無数の手が舞い踊り
慈悲の光を届ける
遥かなる時を越え
すべての魂を守るため
**サビ:**
準胝観音よ、清浄の光
七倶胝仏母、永遠の母
全ての命を救うため
その慈悲は無限の愛
On Sharay Shuray Juntei Sowaka
On Sharay Shuray Juntei Sowaka
On Sharay Shuray Juntei Sowaka
On Sharay Shuray Juntei Sowaka
On Sharay Shuray Juntei Sowaka
On Sharay Shuray Juntei Sowaka
On Sharay Shuray Juntei Sowaka
仏の母といわれ母性を象徴する安産・子授けの観音菩薩
准胝観音(じゅんていかんのん)とは?
准胝仏母(じゅんていぶつも)・七倶胝仏母(しちくていぶつも)ともいいます。もとはヒンドゥー教の女神であるドゥルガーで、シヴァ神の妃とされています。とても美しい姿ですが、神々の武器を持って魔族を倒した戦いの女神です。そのため本来は女尊であり、観音ではないという指摘もあります。しかし、ここでは観音として紹介しますね。
仏教に取り入れられてからは慈悲深い清浄をもたらす神とされ、七倶胝仏母(しちぐていぶつぼ)ともいわれています。これは遙か過去より多くの仏を誕生させた仏の母という意味です。そのため、真言宗系では人道を救済する六観音(聖観音・千手観音・十一面観音・如意輪観音・馬頭観音・准胝観音)に数えられますが、天台宗系では准胝仏母といわれ如来に分類されています。不空羂索観音と合わせて七観音と呼ばれることもあります。
ご利益
修道者守護、無病息災、延命のご利益があり、安産や子供が授かるなどの功徳があります。
空海の孫弟子にあたる理源大師(りげんだいし)聖宝は修験の僧として知られ、自ら霊木を刻んで祀ったのが准胝観音と如意輪観音でした。経典には、修験者が准胝陀羅尼を唱えれば身が清浄となり成仏できると説かれています。また聖宝は醍醐天皇の皇子誕生を准胝観音に祈願し、のちの朱雀、村上両天皇が誕生したといいます。そのため一般的には子授け、安産としての功徳が知られています。
准胝観音(じゅんていかんのん)の像容
手は18本で3つ目の姿であることが多いです。中央の手は説法印と施無畏印をとります。また持ち物は武器や数珠、蓮華などを持っています。
未来社会の安心”
あんじん
いまやわれわれは二つの危機的な問題をかかえているわけである。
一つは、われわれをとりかこむ環境から生ずる抑圧と葛藤、
もう一つは、生まれながらにして自分自身の深奥に持つところの、祖先の抑圧意識による葛藤で
この二つは、今後ますますエスカレートしてゆくのにちがいないのである。
われわれはこれにどう対応してゆくべきか。
二つの能力を持つよりほか、方法がない。
一つは、増大する情報を迅速機敏に処理し解決してゆく知的能力である。
もう一つは、情報処理にあたって生ずる心情的ひずみ、つまり、潜在意識・深層意識に生ずる 抑圧と葛藤を消滅する情・意(こころ)の能力である。
この二つの能力を持つよりほか、この危機を乗り越えることはできない。そうでなければ、ひと 落伍し、社会は崩壊するよりほかないであろう。
では、われわれは、どのようにしたらこの二つの能力を持つことができるのか?
教育がそれを果たし得ないことは、すでに現実が証明している。 科学もそれをなし得ない。いや、
教育も科学も、むしろ、抑圧や葛藤を深める源泉であることは、いまさらフロイトの言葉を引用す るまでもないことだ。宗教がそれをなすよりほかないのである。
しかし、それも、いままでのような、念仏をとなえ、題目を唱して仏にすがり、あるいはひた すら神にいのりをささげるといったパターンの宗教では、まったく問題にならない。今後こういう パターンの宗教は、急速にその存在価値を失ってゆくであろう。いままでは、こういうパターンの 宗教でも、存在価値はあった。 辛うじて、情意の面においてひとびとに慰安と鼓舞をあたえ、いわ ゆる“安心”という名のこころの安定をあたえてきた。
けれども、未来社会に生きる人びとの真の“安心”は、いままでとまったくちがって、単に情意 の面だけにはたらきかけるだけのものでは得られないのである。 未来社会に生きる人びとの“安 心”は、高い知的能力がともなうことにより、はじめて得られるのである。 それは、飛躍的に増加 するあらゆる情報を的確迅速に処理してはじめて得られる“安心”である。
あらゆる情報を的確迅速に処理するとは、どういうことか? それは、あらゆる問題を的確迅速 に「解決する」ということである。それには、自分自身がより高度の知能を持つということ以外 方法がないではないか。考えて見たまえ。 殺倒する人生の諸問題 仕事・職場の問題、学業の間 題、経済的な問題、家庭の問題、健康の問題、その他人間関係全般に関する問題、等々、すべて、 自分自身が処理・解決しないで、いったいだれが解決してくれるのか? それらの問題を解決でき ないで、あるいはしないで、ひたすら題目をあげ、念仏をとなえ、神にいのりをささげているのは、 現実以外のなにものでもあるまい。だが、神サマや仏サマがなんとかしてくださるというなぐ
さめは、しかしそう長くはつづくまい。やがてきびしい現実といやでも直面せざるを得なくなる。
そのとき現実はまったく破局的な様相を以て君に迫るだろう。
わたくしはこれまでの章で、情報を処理するときに生ずる心理的抑圧といってきたが、これか らは、処理するときに生ずる抑圧ではなく、処理できないために生ずる抑圧
くるだろうと思うのだ。(いや、すでに現在そうなりつつある)
これを解決するためには、どうしても、知能そのものを高めるよりほかないのである。ところが、 いままでのいかなる宗教も、この、知能そのもの、いうならば知能の場そのものを拡大増強すると いう方法手段を持っていなかったのである。いや、それどころか、いままでの宗教のほとんどが、 それとまったく正反対のことをおこなってきていたのである。
すなわち、古いパターンの宗教は、ヒトから知的能力 知的要素を奪うことにより、安心”を あたえてきたのである。 せまい排他的・独善的な教義を押しつけ、社会的に盲目にさせることによ
安心”をあたえた。 その宗教集団でしか通用しない閉鎖的な世界観や価値観で目かくしして、 その中で、救われつつある”という錯覚を起こさせているのである。だから、その信者は、その 集団の群れの中にいるとき、あるいはそれを背景にしているときには強く有能に見えるが、そこか らはなれた場合、全く無力となり、ひいては劣等感を持つようなことになる。もしあるひとがその 宗教に入って高い知能や才能を発揮したとすれば、それは、その宗教のシステムによってあたえら れたものではなく、もともとそのひと自身が持っていた知能であり、才能である。それが、その宗 教により、情意の面の抑圧がとれて表面に出てきたものなのである。
ニー壊滅した修行の場”
こういう現実の上に立って、あきらかに密教でなければなし得ない大きな一つの力がある。 それは、密教が、ヒトの知能を飛躍的に増加拡大する求聞持明法というシステムを持っている ことである。 それは、同時に、深層意識の抑圧・葛藤をも除去する力を持つ。ということは、つま り、この章の冒頭にかかげた、いまわれわれが直面している二つの危機的な問題を解決する方法手
密教が現実に持っているということである。 未来社会において密教がはたす最大の役割りと して、わたくしが密教に大きな期待をよせるのも、この点なのである。わたくしは、密教こそ、 におし流されつつある人類に投げかけられた、最後の救いのロープのように思われてならない。 われわれは、力を寄せ合って、このロープをもっと強く、もっと太く、全人類がこれにすがってひ き上げられる強大なものにしなければならない。それにはいくつかの問題がある。
その最大のものが、修行する〝場〟の問題である。
はっきりいって、 求聞持法をするのに適した修行場は、現在、ほとんど無くなってしまった。 なんとかがまんできる程度のものが、わずかに一、二かぞえることができるが、これとても、いつ まで持つか知れないのである。あるいは、こうしてペンをとっている間にも、その環境は破壊され てしまっているのかも知れないのだ。
さきにもちょっと述べた通り、求聞持法の修得に最も大切なものは、修行する 「場」である。
行の場が不適当であったら、ぜったいに法は成就しない。 わたくしが、さきに、自分はラッキーで あったといったのは、偶然にもわたくしはその修行場にめぐり合えたからである。すこしオーバー ないいかただが、求聞持法の体得には、師よりも場のほうが重要だといってもいいほどなのである。 これは、伝統を守る密教のかたがたからみたら暴言だといわれるかも知れないが、わたくしの体験 である。ぜったいに師がなければ法が体得できないとしたら、いちばん最初に法を体得成就したひ とはいったいどうしたのかということになる。かれには師がいなかったのだから。
法を完全に成就した師がいれば、師が場の役をはたすことができる(くわしくは言わないが、だい たいおわかりになるだろう)。わたくしが師なくして体得できたのは、最高の修行の場を、偶然に得た ことと、それを感じ得た特異体質のおかげである。しかし、わたくしのこの貴重な修行の場も、い
昔日のおもかげはない。此処でひとにぎりの、すぐれた素質を持つ弟子たちを訓練することは できるが、それはそれこそほんのわずかな、ごくかぎられた人数であって、わたくしがかねて念願 とする、すべてのひとにあまねく密教の法をゆきわたらせようとすることは不可能である。 それに それにふさわしいべつな修行の場を見いださればならぬ。しかし、この地上、いずれのところに、 そんな場所があるであろうか。いまもなお聖者が住むという、ヒマラヤの奥地にでもいくよりほか あるまい。だが、そのヒマラヤの奥地さえ、最近は、海抜三千メートルの頂上附近にリゾートホテ ルが建ち、ヘリコプターが観光客を運んでいるという。ましてや、この過度に開発のすすんだ日本 列島のいずこにも、とうてい見あたりそうにはないのである。絶望である。
と、そういうと、どうしてそんなに修行の場にこだわるのか、なぜにそんなに修行の場所が重要
なのか、わからないというひとがいるかも知れない。 よろしい、 それでは、わかりやすい例をあげ 説明してみよう。 それはこういうことなのだ。
三新しい〝場〟の理論
ナイル川の西岸にあるピラミッドは、王たちのミイラを収容する墓として、ファラオたちによっ 築かれたものである。それは紀元前三〇〇〇年にさかのぼり、最も有名なものはギザにあるもの で、第四王朝の時代に建てられた。その中の最大のものは、ケオプスという名によってよく知られ クフ王を収容したものである。これは、現在では、大ピラミッドとよばれている。
数年前、ボビという名のフランス人がそこをおとずれ、真昼の燃えるような太陽からのがれるた め、ファラオの部屋に入った。 その部屋はピラミッドの中心にあって、その墓からちょうど三分 の一だけ上に位置していた。かれはそこが異常に湿っぽいことを知ると同時に、かれを非常におど ろかせ、かつ興味をいだかせるものをそこに発見した。それは、その湿っぽい場所に、カラカラに 乾いた小動物たちの半ミイラ状の死体がいくつかあったのである。それは、ピラミッドの中に迷い こんで死んだネコやその他の砂漠の小動物たちの死体で、旅行者たちが捨てるくず入れのカンの中 に投げこまれていた。 非常な湿気があるにもかかわらず、それらはまったく腐敗しておらず、古い ものはミイラのように乾ききっていた。これを見たかれは、周囲に手厚く葬られたファラオたちが、 完全なミイラ状を保っているのは、当時のミイラ製造技術者たちの特殊な技術によるものか、それ
それはどのように修せられるかというと、一つの特徴として、一旦、定に入ると、外界になにが 起こってもそれに気がつかないのである。かれはこころの深奥においてべつな次元のものと結合し ているので、一切の感覚器官は内奥に向けられており、いかなる外界の出来ごとにも感応しないの
「昔、修行者アーラーマ・カーラーマは大道を歩んでいたが、道からそれて、ほど遠からぬとこ ろにある一樹のもとに、昼の休息のために座し、しばらくして定に入った。そのとき、 隊商の五百 台の車がアーラーマ・カーラーマの近くを通り過ぎた。 そこで、かの隊の車の後につき従って行 った一人の男が、アーラーマ・カーラーマに近づいた。近づいてから、アーラーマ・カーラーマに このようにいった。
『尊い方よ、五百台の車が通り過ぎたのを、あなたは見ましたか?』
「友よ、わたくしは見ませんでした』
では、尊い方、音を聞きましたか?』
「友よ、わたくしは音も聞きませんでした』
「では、尊い方よ、あなたは眠っておられたのですか?』
『友よ、わたくしは眠っていたのではありません』
「では、尊い方よ、あなたは意識を持っておられたのですか?』
友よ、その通りです」
三つの明知とは、
『それでは、尊い方よ、あなたは意識を持っていて、覚醒しておられても、五百台の車が近くを 通り過ぎたのを見られもせず、音を聞かれもしなかったのです。尊い方よ、あなたの上衣は (いっぱい) 塵におおわれていますね」
友よ、その通りです』」 (Digha-Nikaya, 130)
ところが、仏陀の定はそれ以上であった。 電光が閃き、雷電がとどろいて、二人の農夫と四頭の 牛が殺されたけれども、定に入っていた仏陀はそれに気がつかなかった。そこで、アーラーマ・カ ーラーマの弟子ブックサは感嘆していった。「ああ、実に不思議なことです。ああ、実に稀有なこ とです。ああ、実に出家者が心静かなすがたで定にし、実に意識を持っていて覚醒していな がらも、天が雨降らし、天が雷鳴し、電光閃き、雷電が裂けたとき、それを見ず、音をも聞かなか ったとは」 (Digha-Nikaya 132)
この瞑想法は、智慧の行とあわせおこなわれなければ効がないのである。効がないだけではなく、 有害な現象を起こすことがしばしばある。 その理由はまたあとで述べよう。 この瞑想法の一部の技 法が現代においてもおこなわれているが、かれらは智慧の行を知らぬため、効をあげ得ず、かつ、 いろいろな障害を克服できずにいる。
さて、智慧の行と、このシャマタ・ビバシャナの法により、修行は完成する。修行が完成すると、 「三つの明知」を体得する。
前世のありさま(とそこから生ずる現世における運命)を知ること(宿命通)
である。
死後の世界を見通すこと(すなわちこの次の生命の状態を知る) (天眼通)
生存の尽きてなくなることを確認する (完全に人間としての因縁を解脱し、涅槃に入る智を持
つ、聖人のみが持つ通力とされる) (福尽通)
しかし、ある場合には「三つの明知」として他のものをかぞえている場合もある。
仏陀の弟子であって三つの明知をそなえ、神通を得、他人の心のありさまを知り、
のけがれなくなった尊敬さるべき人は多い」
これは、後世の仏教語でいうと、1神足通と2他心通と編尽をあげているわけである。 世 においては、前にあげた三明知とこの三明知と(福尽通は重複) これに「天耳通」をくわえて「六 「大神通」という通力になった。
いずれにしても、仏陀の教団において修行を「完成した人」はすべてこういう超常的能力を持つ ようになったのである。このような能力は実際に当時の苦行者や修行者が大なり小なり具現してい たものであり、それらは仏教が究極的に目ざす『涅槃』そのものではないが、そこに到達するため にはぜったいに必要な力だったのである。
仏陀自身は「偉大なる苦行者」 「偉大なるヨーガの達人」としてそういう修行を完成しており、 を慕って集まってきた修行者たちは、仏陀のそういう修行の指導を期待したであろうが、それ 修行者たちの機根や素質は千差万別であり、仏陀はその差異に応じてあるいは教えを説き、ある いは修行の方法を指導したであろうと思われる。
だれにでも理解されやすい平易な教理や生活上の実践が、比較的能力の劣った弟子たちのために 説かれ、そうしてそういう弟子たちは多かったであろう。(八正道はそういう弟子たちに説かれた) 言葉では表現できぬ高度な方法は、ごく少数のすぐれた弟子たちにうけつがれたであろう。
では、その高度な方法はどうなったか?
それはずっとはるかのちに、仏陀のこの修行法を完全に理解しマスターし、同時に、文字による 表現の才能をあわせ持つ三人の天才があらわれるまで、世の表面から隠れたまま静かに流れつづけ ていたのである。
では、三人の天才とはだれであろうか?
それは、ナーガールジュナ(樹。 紀元一五〇~二五〇。のちに中観哲学とよばれた「空」の思想体系 づけた始祖中観)、アサンガ(無着。紀元四、五世紀 唯識思想を大成した人あるいは行 それに空海の三人である。
ナーガールジュナは『涅槃」を「空」としてとらえたのではない。涅槃にいたる「方法」を「空」 という面からとらえ示したのである。同じようにアサンガは「識」の面から涅槃に到達する方法を 示したのである。
では空海は『涅槃』をどうとらえたか。この天才はずばり「即身成仏」ととらえたのである。
ところで、いま、仏陀の教示した涅槃を、ナーガールジュナは「空」、アサンガは「空海は 「即身成仏」としてとらえたといったが、この三者の中で、仏陀の説く「涅槃』に最も近いものは 空海の即身成仏であろう。 最も的確にとらえているというべきだろう。ただし、空海のこの把握の 背景には『大日経』の出現がある。
といったほんきよう
「空」と「唯識」はそれぞれ中観派と瑜伽唯識派という二つの学派を生じたが、 七世紀の半ばに いたって、この二つの学派は融合し「瑜伽行中観派」となって『大日経』という後期大乗経典を 生んだ。そのなかだちをしたのが『勝』『大般涅槃経』などの如来蔵経典、あるいは唯識系中 大乗経典の『解深密経』であった。この時点で、仏陀の「秘密の教説」は世に出なければならぬ 機運をむかえたのである。
間もなく『金剛頂経』があらわれ、『大日経』とともにこの二つの経典はあらためて「密教経典」 という名で呼ばれることになった。この二つの密教経典の出現から間もなく『カマラシーラの修習 次第』がチベットで編まれた。空海が渡唐するわずか五十年ほど前のことである。 『カマラシーラ 修習次第』 真言宗密教のかかわりについて言及するひとはあまりいないが、これは、空海がシ ナから伝えた『阿字観』の原書ともいうべき重要な書であるとわたくしは見ている。(これについ てはまたべつな機会に筆をとる)
空海こそは、仏陀の秘密教説を世に出すための最も天運にかなった天才だったといえるであろう。
十一 アサンガの現身説法
かぼすぽんず ほうし でん
五四六年に中国に渡って、 『倶舎論』や、唯識如来蔵思想系の論書かず多く翻訳した西イン ド出身の僧パラマールタ(真)の著した『婆豆法師伝』には、ヴァスパンドゥの伝記ととも に、その兄アサンガの伝記も語られている。 それによると、アサンガは、インド北西境ガンダーラ 国のブルシャプラ(現在の西パキスタン、ペシャワール)に住む門カウシカの三人の子の長男に生 まれた。次男がヴァスバンドゥで、末子はヴィリンチヴァッサと名づけられた。 この末子について は、説一切有部(上座部系)において出家し、のちに阿羅漢になったという以外しるされていない。 アサンガはすぐれた素質にめぐまれ、かれも僧院仏教である説一切有部において出家し、定を めて間もなく欲望を離れた境地に達することができた。 しかし、かれは「空」の教理を理解し得ず、 絶望のあまり自殺をはかった。その時、東方のヴィデーハ国から来た阿羅漢ビンドーラ(賓頭) が、かれに小乗の空観を教えたので、かれはそれを実して、直ちに修得することができた。それ でもアサンガは満足できず、すでに体得した神通力によって兜率天にのぼり、そこに住むマイトレ ヤ菩薩に教えを乞うた。 マイトレーヤ菩薩から大乗の空観を教えられたアサンガは、再び地上に もどって、教えに従って悪し、やがて空の教理を悟ることができた。かれが思惟するとき、大地 六種に異動したという。
サンガはその後もしばしば兜率天にのぼってマイトレーヤに大乗経の教理をたずね、地上にも
どって人々に教えられたところを伝えたが、人々はその教えを信じなかった。そこで、かれは、マ イトレーヤにみずから地上にくだって大乗を解説し、人々に大乗の信を起させることを願った。 そ の願いをいれたマイトレーヤ菩薩は、中天竺阿陀国(現在の中インド Ayodhya, Faizabod) の大講 堂にくだり、夜ごとに大光明を放って、多くの聴衆を前に『十七地経』を出し、その趣旨を解説 した。その状景を、原書では、「有縁の大衆同じく一堂に会し法を聴き弥勒に近づくことを得るも、 見ることわざるあり。 或いは光明のみを見て相好を見ず教授を聞かざるあり。或いは相好を見る 法を聞かざるありと伝う」とある。
こうして夜はマイトレーヤの説法を一同で聞き、昼はアサンガが説法の内容について人々に解説 することがつづけられ、四か月かかって『十七地経』の説法は完了した。その結果、人々は大乗の 教えを信ずるようになった。アサンガはさらにマイトレーヤから日光三味を教えられて、それを 得し、その後は従来理解することができなかった教義をことごとく理解し、見聞することをよく記 して忘れないようになった。晩年のアサンガは、弟のヴァスバンドゥが小乗を信じて大乗を しているのに心を痛め、病にことよせて弟をアヨーデイヤーから呼びよせ、大乗の教義を説いて弟 大に誘引した。
以上が、『藪豆法師伝』にあらわれるアサンガの伝記の略であるが、アサンガが兜率天に のぼって、そこでマイトレーヤ菩薩から『瑜伽師地論』 その他の教えを授けられたことは、チベッ 伝にも語られている。また、アサンガ自身、当来仏(将来仏位をつぐ者として天にいる菩薩で
あるマイトレーヤから『瑜伽師地論』を聴講したと記し顕
ンドゥも、アサンガがマイトレーヤに事したと述べている。大論』帰敬) マイトレーヤとアサンガについてはむかしからいろいろな説がある。 マイトレーヤという名の実 在人物が数人いたという説、それが信仰上のマイトレーヤ菩薩(赤菩薩と混同したのだという 解釈、あるいはアサンガが弥勒菩薩の霊を受けて執筆をしたという説など、むかしから学者の間 論争されてきた。わたくしはいずれをもとらない。弥勒菩薩とアサンガとは同一人物で、弥勒菩 薩の説法は、アサンガが弥勒に変身して説法した「現身説法」であるとわたくしは断定する。この 技法がのちに空海につたわって、空海の「即身成仏」となってあらわれるのである。
仏陀ナーガールジュナーアサンガ 空海とつづく密教のこの特殊な技法の流れの経緯は、 またべつな機会に筆をとろう。
十二ー仏教復興運動としての密教
ナーガールジュナ アサンガと流伝して、空海にいたって大成した仏陀の秘密教説は、空海没し ここに一千二百年、時代の変化は、天才空海の確立した法に、きびしい変革を迫っている。
教はどのように変革されねばならぬか? わたくしは、密教の実践指導者としてわたくしなりの一 つの方向を本書で示した。それは、密教を以て世に立つ者として、だれしも一度は果たさなければ ならぬ義務であると感じたからである。
科学と技術の発達によって、物質的な能力を無限に拡大してきた人類は、いまや、科学と技術に 対する制御力を全く失った。科学と技術の持つパワーが、人間の持つパワーをはるかに超えてしま ったのである。このままでは、遠からず人類は機械の一部として生存をつづけることになろうと危 供されている。 人間の回復は能力の回復でなければならぬ。人類の持つパワーをはるかに超えてし まった科学と技術を確実に制御する、 あたらしい高度の力を人類はすみやかに身につけねばならぬ。 それなくしていくら「愛」を説き慈悲」を叫んでも、所詮は自己満足の域を脱せず、結局は口舌 の具に過ぎない。愛と慈悲を叫びつつ人類はすさまじい機械と技術と環境破壊の嵐の中に散り散り に散ってゆかねばならぬのか。
そうではないのである。
このとき、人間のワクを破るための、的確なシステムを持つ密教の再発見がある。これこそ、人 類の未来をきりひらくための唯一の宗教でなければならぬとわたくしは確信する。しかし、そのた めには、密教は一千年まえの古代仏教から脱皮せねばならない。このままでは、密教は、古代仏教 における一つの伝統形式として、過去の歴史の中に埋没してゆくよりほかないであろう。
このわたくしの考えかたを、あるいは、あまりにも便宜主義・能力主義であるとして、反発、批 難されるかたもおられるかも知れない。
わたくしは、密教を決して能力開発の面からのみ見て、これを便宜的に利用しようとしている のではないのである。また、密教を、ただたんに密教として説き布教しているのではないのである。 仏陀の根本教説の復興運動としての密教布教活動なのだ。
いままでにわたくしの述べてきたことをもう一度思い返していただきたい。
大乗仏教成立のあとをうけて密教が登場したのは、行法を欠いた仏教を是正するための仏教復 興運動であった。
その第一次復興運動の推進者はアサンガであった。 ナーガールジュナは、どちらかといえば理論 面における完成者であり、方法を完成に導いたのはアサンガである。
第二次の復興運動は、日本において空海がそれをなした。余談だが、わたくしは、空海をそのよ うに評価する。わたくしは、空海を、その宗門のひとびとがなしているように、単なる日本真言宗 密教の創始者としてあがめているのではない。 仏陀の根本仏教の第二次復興者として高く評価する のである。もっとも、空海自身はそれを意識せずにしたのであろうけれど。
しかし、この空海の仏教復興も、鎌倉時代にいたって、ふたたび大乗仏教教団にとってかわられ てしまった。歴史的にいうなら、これは仏教の後退である。なぜなら、『法華経』『無量寿経』を主 とする在家仏教教団にとってかわられてしまったからである。以来、密教は傍におしやられ、そ の位置に甘んじたまま、今日にいたった。
現在、日本仏教の主流は鎌倉仏教であり、それは重ねていうが、修行法を欠落した大衆部系の をよりどころにした仏教である。決して仏陀の正統な仏教とはいえない。
仏陀の行法を中心に編成された密教が、いまこそ出現しなければならぬ時期である。
第三次仏教復興運動としての密教の登場を、わたくしは叫んでいるのである。密教が仏教の主流 になることが仏教史的にいっても正しいのである。
である。
とはいえ、わたくしは、決して大乗仏教をいたずらに批難話しているのではない。 大乗仏教の 唯一の欠点は修行法を欠落していることである。しかしそれは密教にある。密教の修行法を、 大乗 仏教はとり入れればよいのである。そうしてそれはすでに上代において、賢明なる中観派、瑜伽 識派の大先輩たちがなしていることをひとびとは知らねばならない。(中観唯識派の成立)
すなわち、『法華経』の教義に密教の修行法をとり入れて成ったのが『大日経』であり、「胎蔵界 法」である。
『華厳経』の思想に密教の修行法をとり入れて成ったのが『金剛頂経』であり、「金剛界の法」
たいへん大雑把ないいかただが、これは決して間違いではないと確信する。
密教法を中心に、大乗の教えがあまねく地上全土にひろまってゆくすがたこそ、仏陀の根本教 説のまことのありかたであり、それが娑婆即浄土の実現であると確信し、その実現にわたくしは身 命をささげているのである。意のあるところを汲みとっていただければ幸甚である。
念力の原子炉
にすぐれた潜在意識の用い方をしても、自分だけの力はタカが知れている。 法のシステムに
乗せてこそ、それは人間の力の何十倍という力を発揮するのだ。
このことを、弘法大師空海の師、恵果阿闍梨はこう表現している。
「顕教は長い道中を自分の足でトコトコ歩いてゆく。密教は法という大変な力と速度 を持つ乗り物に乗って忽ちのうちに目的地に着いてしまう。この法の乗り物を金剛 「乗”と言う」
といっている。密教の修行者が人間ばなれのした能力を発揮するのは、法のきびしい鍛練 によるものであることもちろんであるが、それ以上に、その秘密はここにあるのであって、 個人の能力を法というシステムで何倍にも拡大するのである。個人の力だけでは、磨り減り 消耗してしまうのだ。
まあ、そこで、クリスチャン・サイエンスや、「○○の家」では、全知全能のカミを想定 し、それをイノルことにより、それをまぬがれようとするのであろうが、それもまた漠然と したものであり、とうていシステムというようなものではない。密教における整然として 密に構成された近代的技法には較ぶべくもない。
とはいうものの、私は、けっして、クリスチャン・サイエンスや「○○の家」をけなして
いるのではない。低級なものだといっているのではないのである。むしろ、それは、心の使 い方の重要性をとり、それを説いているだけ、従来のどの宗教よりも密教に近く、すぐれ 教えだと思っている。それだけに、クリスチャン・サイエンスや「○○の家」で学んだ 人々は、普通の人々よりも心の使い方について理解があり、ある程度その力を身につけてい るものと思われるので、ねがわくば、密教の行法を修得して、その力をより高度に、より拡 大して、システムに乗せ、大いに発現してもらいたいものだと思うのである。
このことは、潜在意識だけではない。
深層意識の場合にも、そっくりそのままあてはまる。
深層意識を動かし、大随求法を修することにより、強烈な念力が生じてくる。
だが、その念力も、ただそれだけでは、それだけのものである。しょせん、限られたもの
また、大随求法の修行によらず、他の方法なり、あるいは先天的な素質などによってある
を終わろう。
程度の念力を持つようになった人もいる。だが、これもまた、それだけでは、ただ単なる強
念力の持ち主というだけにとどまったり、あるいは、せっかくの念力の使い方を知らず、 「念写」をしたり、物品引き寄せという手品みたいなことをしてみせるのにとどまってしま う。さらにまた、いたずらに執念、我執のつよい人間をつくり出すというマイナスの結果を 生じやすい。
密教は、大随求法というシステムで正しい念力を持たせると同時に、それで得た念力を 「念力の護摩法」というシステムでさらに十数倍も拡大強化し、その上で、 願望成就の行法 をおこなうのである。 いくら強い念力でも、それだけではタカが知れている。 そこで、金剛 乗という乗りものに便乗して活用するわけである。
念力の護摩は、火のエネルギーによって「個」の念力を拡大するのである。念のエネルギ 燃えあがる火のエネルギーに同化同調させて、無限に拡大させてゆく。
私は、念力の護摩は一種の原子炉だと思っている。 いや原子炉そのものに相違ない。 密教の学匠たちは、護摩法を、このようには説かない。それは、バラモン教のカーリー神 供養の秘儀から伝承したもので、仏教は、それを、加を焼きつくす法儀に変えたと説明す たしかにそれはその通りであるが、それはどこまでも、歴史的・学問的解釈で、修法の
上ではまったくべつな深い意義を持つのである。
ぼんのう
第一に、それは、いまいったように、念力を無限に拡大する機能を持つ。
第二に、護摩によって深層意識の開発をする。
さきの章で述べたごとく、護摩の火は、人々の深層記憶にひそむ太古原始の火と同調して、 深層意識をひき出すヒキガネの役を果たす。 護摩の大以外、深層意識に手をかける方法手段 はおそらく無いと私は思うのだ。大随求法の護摩は、まさに、そういうシステムの上に立っ て組まれている。みごとな条件反射の応用である。 パブロフが知ったら、色を失うにちがい ないのである。
指導霊・守護霊を持つ
そこで、これから密教修得に乗り出すあなたに、最良のアドバイスを二、三して、 この節
まず、念の使い方を体得することであるが、そのもっともよい方法として、導師の護摩行 には必ず参加して、導師の念力、念の波動をできるだけ吸収するように心がけることである。
法力ある導師は、護摩行によって念力を高め、法力を強める。その方法として、いま述べ たように、護摩の火の中に自分の力をたたきこみ、火のエネルギーが念力を高め、 拡 大 拡大した念力をわが念の中にとり入れ、それをまた火に投げこみ、さらに拡大してふ たたびわが念の中にとり入れる。これを数回くりかえすのである。
念力さかんな導師の修法中は、道場内が、念のエネルギーと火のエネルギーで震撼する。 法のなんたるかをまったく知らぬはじめての者でも、敏感な人は、その強烈な波動に圧倒さ
茫然自失、しばらくはバカみたいに立ちすくんでしまうことがよくあるのである。ガ アーンと頭を打ちのめされたようになって、軽い目まいをおこす者は毎度のことである。 道
おし
場内が、轟々たる心の波動の大暴風なのである。
最初は、師のできるだけそばにあって、波を吸収する。 ピリピリと全身で感ずる。その うちに、念の強弱、種類がわかってくるようになり、最後に、念力の使い方がだんだん呑み こめてくる。これは、修行者だけでなく、なにかの願望成就を願う者は、導師のそばに座し、 導師の念力を受けるようにするのがよい。 導師の念力念波に便乗するわけである。
つぎに、法力のある導師が修法をはじめると、最初に、導師の指導霊、あるいは守護霊が 火焔になってあらわれる。 火焔がその形になるのである。指導神・守護神といってもよい。
つづいて、そのつぎに、導師がその修法の時に召請でいる本尊のすがたが火焔になってあら われる。
スピリット
これは気のせいとか、目のせいでそのように見えるというようなものではなく、その瞬間 カメラを向ければチャンと写るだけの客観性を持っている。一種の精霊である。
ろうぎんぎょう
天台宗の高僧方が、籠山行でホトケを見る修行を一心にする話を読んだことがあるが、 自分ひとりホトケを見奉るのもたいへん結構あるが、密教には、自分だけがホトケを見る だけでなく、他の第三者にもホトケを見せるだけの法と力があるのである。
その導師の指導霊・守護霊の分身をいただくように心がけるのである。もちろん、ただボ カンと見とれていただけては、分身、分霊はいただけない。火焰にあらわれる精霊が見え るようになったら、導師におねがいして分身をいただく行法を教えてもらうのである。 そう すれば、あなたも、背後にあって指導してくれる精霊を持つことができ、その後の進歩は目 ざましいものになる。
時には、導師が、自分の指導霊ではなく、あなた自身にもっとも縁のある、 というのはあ なたに適応したということであるが、そういう菩薩の精霊をさずけてくれることもある。
指導の精霊を持つようになると、護摩行のとき、(自分がかずに脇導師の場合でも)火焰
未来宗教
**イントロ:**
静寂の夜に祈る影
心の奥、深く潜る
抑圧された想いを抱き
密教の教えに導かれる
**サビ:**
昇華される魂の力
未来を照らすその技法
言葉を超えて触れる真実
即身成仏への道しるべ
その夜、静かな寺院の中で、僧侶たちは心を鎮め、深い瞑想にふけっていた。古くから伝わる密教の教えが、この場を包み込んでいる。外の世界では、社会の慣習や圧力によって抑圧された感情が、時に戦争や迫害、あるいはささやかな日常の中で思いがけない形で表れる。しかし、ここでは、それらのエネルギーが別の形で扱われていた。
僧侶たちは、静かに座し、深い意識の層に触れるための特別な技術を使っていた。密教の技法は、新皮質を使わずに、直接大脳辺縁系の深い層へと働きかける。彼らはその技術を通じて、抑圧された欲望を昇華させ、そのエネルギーを即座に変化させることができる。これこそが、密教の本質であり、「即身成仏」として知られる境地だった。
「大随求法」と呼ばれるこの技法は、言葉や理屈を超越し、深層意識と直結する技術である。そのため、それは単なる「教え」ではなく、「技術」そのものであった。密教の僧侶たちは、この技術を駆使して、深層記憶や深層意識を自由にコントロールし、社会の中で抑圧されたエネルギーを昇華させることができた。
「密教は、未来を見据えた宗教だ」と、師は静かに語った。「単なる祈りや儀式ではなく、他に類を見ない高度な組織と技法を持っている。これこそが、真の『即身成仏』の道であり、人々が探し求めるべき未来への鍵であるのだ。」
その言葉に、若い僧侶たちは深い理解と敬意を感じた。彼らは、密教が持つ力とその可能性を目の当たりにし、その道を進むことを決意した。
外の世界では、社会の中で抑圧された感情がさまざまな形で現れるが、密教の僧侶たちは、静かにその力を内なる世界で昇華させることを選んだ。これこそが、密教の持つ「方法」であり、その先にある真の悟りへの道であった。
この文章をの作詩ください。
歌詞はイントロ4行、サビ4行してください
その夜、静かな寺院の中で、僧侶たちは心を鎮め、深い瞑想にふけっていた。古くから伝わる密教の教えが、この場を包み込んでいる。外の世界では、社会の慣習や圧力によって抑圧された感情が、時に戦争や迫害、あるいはささやかな日常の中で思いがけない形で表れる。しかし、ここでは、それらのエネルギーが別の形で扱われていた。
僧侶たちは、静かに座し、深い意識の層に触れるための特別な技術を使っていた。密教の技法は、新皮質を使わずに、直接大脳辺縁系の深い層へと働きかける。彼らはその技術を通じて、抑圧された欲望を昇華させ、そのエネルギーを即座に変化させることができる。これこそが、密教の本質であり、「即身成仏」として知られる境地だった。
「大随求法」と呼ばれるこの技法は、言葉や理屈を超越し、深層意識と直結する技術である。そのため、それは単なる「教え」ではなく、「技術」そのものであった。密教の僧侶たちは、この技術を駆使して、深層記憶や深層意識を自由にコントロールし、社会の中で抑圧されたエネルギーを昇華させることができた。
「密教は、未来を見据えた宗教だ」と、師は静かに語った。「単なる祈りや儀式ではなく、他に類を見ない高度な組織と技法を持っている。これこそが、真の『即身成仏』の道であり、人々が探し求めるべき未来への鍵であるのだ。」
その言葉に、若い僧侶たちは深い理解と敬意を感じた。彼らは、密教が持つ力とその可能性を目の当たりにし、その道を進むことを決意した。
外の世界では、社会の中で抑圧された感情がさまざまな形で現れるが、密教の僧侶たちは、静かにその力を内なる世界で昇華させることを選んだ。これこそが、密教の持つ「方法」であり、その先にある真の悟りへの道であった。