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仏舎利宝珠尊和讃

和讃とは

仏舎利宝珠尊和讃の講義をいたします。

ぎょう和識には非常にやさしいことばで、教え、行の仕方、信仰の心がまえなどが説かれております。やさしいことばですので、うっかりして、和識が説いているところの深い意味を汲み取れないでいる人がいるかもしれません。また、やさしいことばだからということて、その意味をあまり深く味わおうとしない人も多いかもしれない。

しかし和讃というのは、やさしいことばの中に、たいへん重要な内容が込められております。毎日読誦するものですから、この講義で深い意味を知り、読誦するたびにその内容をかみしめて、行の懼どくじゅ

つも時が動

にしなければなりません。

※ごんぎょうまた、もう暗記してしまっているから、と勤行のときも口先だけて和讃を唱えている人もいるかもしれませんが、それでは本当の勤行にならない。やはり、暗記していても聖典をおしいただきながどくじゅら、その内容を深く心にめぐらせて、読誦しなければいけない。それが本当のお経の読み方です。

仏教の本道を歩む阿含宗

さて、内容に入りましょう。

世の中には、さまざまな仏教教団があり、さまざまな信仰の仕方が説かれています。どれが本当の仏教信仰なのか迷ってしまうほど

スリットの 15419油ので、広者ののこ

てまいります。 しゅっけおいけですが、仏教信仰の源流を。遡っていきますと、出家はお釈迦さまが説かれた七科三十七道品の成仏法を修行し、在家の者は仏舎利を信仰することが、本当の仏教信仰の在り方であることがわかっ

お釈迦さまが仏界にお帰りになられてからは、在家の信者たちは、 まいお釈迦さまの舎利(御聖骨)が納められた塔にお参りし、そして功徳を積んて信仰を続けていったわけです。その塔を仏舎利塔と呼びます。サンスクリット語ではストゥーパと申しますので、それを漢字に音写して卒塔婆ともいいます。

これまでたくさんの仏教徒が仏舎利(塔)の供養によって、多くのご利益、霊験を頂いてきました。現在、日本の仏教に奇蹟がなくなったのは、本来、仏教徒が本劇として信仰すべき仏舎利を礼拝せ

です。 ず、まちがった信仰の仕方をしているからだ、とわたくしは思うの

しんせい阿含宗は、一九八六年四月七日、スリランカ国から真正仏舎利(真しん

身舎利)を拝受し、以来、これを本尊として信仰しております。こ

れは、インドの正統仏教としての根本仏教の信仰を日本に弘めるために、お釈迦さまがお手配してくださったのだとわたくしは確信しております。決して偶然に真正仏舎利が、日本の、それも阿含宗とい

う一宗派にくるようになったのではない。これは必然だったのです。

お釈迦さまの本当の御聖骨を戴くというようなことは、どれほど希望し、計画を立てても、人間業でできるものではありません。と

ころが、それが自然に実現したということは、阿含宗が「阿含経」

を世の中に弘めている功徳によるものだ、と確信せざるを得ないの

です。 要するに、阿含宗こそ仏教の本道を歩んでいる教団である、とお

釈迦さまが自らお認めくださったということにほかならない。これをみなさんに、まず最初によく認識していただきたいと思います。

礼拝の正しい心がまえ

うちょ

ただ和識というのは、日本語でできた、仏さまを讃える歌という意味です。讃というのは、文字どおり、誉め讃えるということですね。 ふつう仏教で誰という場合、たいてい漢文のものをさしますので、 日本語でできた讃を和讃と呼ぶわけです。キリスト教でいう讃美歌と思えばよいでしょう。

みょうちょうり心 「帰命頂礼仏舎利尊」

じまっております。 さて、どのような和讃ても、たいてい帰命頂礼ということばでは

まず帰命というのは、「南無」の意訳で、命をかけて帰一する、 きいつ

つか仏さまに心からお仕えする、という意味です。阿含宗の聖典に「南だいだいひほっしんだとにすいほうじゅそん無大慈大悲法身駄都如意宝珠尊」とありますが、あの南無です。この南無というのはサンスクリット語の「ナマス」をそのまま漢字に音写したもので、さきほどお話ししたように、仏さまへの深い帰依をあらわすことばです。

それから頂礼というのは、『頂に礼するという意味で、正体投地

のことです。仏教のいちばん下重な、仏さまの拝み方は五体投地というものですが、これは右足、左足、右手、左手、額の順に五体を地面につけて、そして自分の額に仏さまのおみ足をいただいていると観想して行なう礼のことで、またの名を仏足頂礼といいます。

みなさんが毎日の勤行のときに、

「オン サラバタタギャタ ハンナマンナノウ キャロミ」

と中腰で礼拝するのは略式であって、本来は、五体を地につけて

礼拝しなければいけない。現在は略式になってしまい、少し腰をかがめる程度で礼拝しておりますが、みなさんは五体投地の礼もとき

にはきちんとやらなければいけませんね。

いまでも南伝仏教の人たちは、五体投地て礼拝しております。チベットなどでも、ラサの周囲何キロというところを、五体投地の礼

をしながら三十回あるいは百回まわると誓願を立て、何か月もかけて巡る修行者を見かけます。

せいかんをしながら三十回あるいは百回まわると誓願を立て、何か月もかけて巡る修行者を見かけます。

南無、五体投地、仏足頂礼、そういったものをすべて含めて、「帰命頂礼仏舎利尊」とあらわしているのです。わたくしたちは、仏舎利尊を生けるお釈迦さまとして礼拝信仰しておりますから、その生きたお釈迦さまのおみ足を額に受けて礼拝しているのだ、仏舎利尊さまに命懸けで帰一するのだ、という気持ちで、「帰命頂礼仏舎利尊」とお唱えしなければいけません。

「宝生解脱のそのカ

功徳のほどを伝うべし」

智徳宝生の徳と因縁解脱の徳、この二つを仏舎利尊さまはご利強として、わたくしたちにくださる。それはインドの昔から、数限りない体験談によって証明されています。ですから「功徳のほどを伝うべし」とあるのです。

像法の時代から末法の時代へ

まほうとう 「そもそも祀る宝塔は

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まっせ仏の慈悲のかぎりなくほうべんや大悲方便止まずして末世の衆生救わんと舎利をとどめ置き給う」

 

舎利をとどめ置き給う」

これは、お釈迦さまのご慈悲は実に限りないものであり、涅槃に入られたのちもなお、末世の衆生を救うために、この世に仏舎利をとどめ置かれたのてある、という意味です。つまり、仏舎利こそが仏教の本尊であることを示したものです。ことに末法の世の本尊は、仏舎利しかありません。 よっぱらニルヴァーナ

仏舎利の功徳に末法の世界の人間を救う、というのがあります。

しょうぼうぞうほう昔から仏教では、正法の時代、像法の時代、末法の時代、この三

つがあると説かれております。正法というのは、お釈迦さまのお説

きになった教法が、そのまま、まちがいなく行なわれている時代です。お釈迦さまがおなくなりになって五百年は、この正法の時代である、とされております。

それが過ぎますと、像法の時代です。像というのは、鏡に写る影

像のことですから、そのように真実ではない形ばかりの彫像の時代

が、像法の時代です。実物ではないわけです。像法の時代は、お釈 「細さまの教えや法が行なわれているように見えるけれども、その内

「容はまったく違ったものというわけです。

わたくしは、いまの世は、像法の時代から末法の時代に入ってきていると思います。たとえばこれまでの日本の仏教が像法の仏教でしたね。仏教といってはいますが、お釈迦さまがお説きになった真実の仏法・七科三十七道品は影も形もない。またそれが説かれた「阿

介軽」は、まったくかえりみられない。そうして、そういうものが

仏教という名前で説かれているのですから、まさに像法です。

この像法の千年が経つと、末法に入ります。末法の時代というの

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もつま、 は、もう像法でさえ行なわれない時代ということです。仏舎利尊は、 この木法の世界の人たちを救う本尊なのです。末法時代の人という

仏教という名前で説かれているのですから、まさに像法です。

この像法の千年が経つと、末法に入ります。末法の時代というの

は、もう像法でさえ行なわれない時代ということです。仏舎利尊は、 この末法の世界の人たちを救う本尊なのです。末法時代の人という

ものは、仏の教えなど真剣に聞こうとしませんから、とにかく、理くつ抜きに救いの手に掬い上げてやらなければいけない。ですから

まず、信じさえすれば必ずそれだけの力をストレートにくださる、

という仏舎利尊でなければ末法の世は救われないのです。

けどょう現形された法爾無作の仏

本来は仏寺の異名でのもが、転じて、本尊の宿りやらきすようになっ

のど

へんげほっしん 「変化法身仏舎利尊

それいし

納め祀れる霊柄なり」

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2月朔日縁起宝生護摩

2/1(月)は、関東別院において12月朔日縁起宝生護摩が執り行われ、 北海道本部・各道場へ中継されます。
北見サテライトではライブビューイングを行います。
今年最後の朔日護摩となります。参拝して、良いご縁と強い運気をいただきましょう。

★午前6:50中継開始
https://agon-tuitachilive.com/
再配信:当日午前10時から72時間

[おしらせ]
■各道場で初護摩札を受付中です。
令和8年度版「開運虎の巻」は、各道場でお分けしてます(ご志納200円)
また、11/8に放映された「初護摩セミナー2026」ライブ配信は12/31まで延長でご視聴いただけます。

★初護摩セミナー2026録画配信(12/31まで視聴可能)
https://agon-live.com/26lis/

来年の運気を知るための大事な行事です。参加できなかった方は、どうぞご拝聴覧ください
(ライブ配信を見られない方は、各道場でDVDにてご視聴ください)

■12/7(日)13時より、北海道本部において、阿含宗本山 森靖洋中教範を導師に「出世開運疾駆け集財 走り大黒天護摩法要」が開始されます。
第二部では森中先達による「2026年開運・財運セミナー」も開催されます。
道場中継、ライブ配信もございます。どうぞ、周りの方もお誘い合わせの上ご参拝ください。

■12/13(土)・14(日)は、北海道本部の大掃除が行われます。
最後まで参加できなくても、途中参加でもOKです。
年に一度の大掃除は、大変良い梵行となります。
今年一年お世話になった道場を皆で綺麗にしましょう。
参加お待ちしております。

※各お知らせの詳細は12月会報をご覧ください。

それでは皆様のご参拝お待ちしております。 合掌
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阿含宗 北海道本部
住所:札幌市厚別区厚別中央3−3
TEL:(011)892-9891
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今日の運命 Today’s Fate 今日缘分  2025年12月1日

今日の運命 Today’s Fate 今日缘分  2025年12月1日 

乙巳 二黒土星 歳
丁亥 二黒土星 節
甲辰 二黒土星

二黒土星の日

仕事の事、旅行の事、病人の事、などが出やすい日。こみいった事が多い。いそがしい割に成果は少ない。 短慮は禁物。いやな仕事も進んで引き受ける位の気持ちが大切。

再生の週 友の日

友人や恋人との時間を大切にする日

一人で過ごすよりも、仲間や恋人、家族と過ごすことを優先したい日です。一緒に行動することで、楽しい時間を過ごすことができます。また、新しい出会いに恵まれる日でもあり、この日に出会った人とは後々まで続く良縁の可能性があります。イベントなどには積極的に参加しましょう。恋愛面も好調なので、気になる人にはこちらからコンタクトをとるなど積極的に行動しましょう。仕事面も新しい事を始めるチャンスです。有志を募って新たなプロジェクトを開始したり、温めていたアイディアをプレゼンテーションするのも良いでしょう。

Today’s Fate Today’s Fate Today’s Yin/Yin: Earth Star of Two Black (Year)
Ding Hai: Earth Star of Two Black (Year)
Jia Chen: Earth Star of Two Black (Day of Earth Star of Two Black)

A day when work, travel, and illnesses are likely to come up. Things will often be complicated. Despite your busy schedule, you will achieve little. Don’t be hasty. It’s important to be willing to take on unpleasant tasks.

Week of Regeneration: Friends’ Day

A day to cherish time with friends and loved ones

This is a day when you should prioritize spending time with friends, loved ones, and family over spending time alone. Doing things together will allow you to have a great time. It’s also a day where you’ll be blessed with new encounters, and there’s a chance that the people you meet on this day will lead to lasting good relationships. Be proactive and participate in events. Your love life is also going well, so take the initiative and contact people you’re interested in. This is also a chance to start something new at work. You could also recruit volunteers to start a new project or give a presentation on an idea you’ve been working on.

अद्यतनं भाग्यं अद्यतनं भाग्यं अद्यतनं यिन/यिन्: द्वयोः कृष्णयोः पृथिव्याः तारा (वर्षम्)
डिंग है: द्वयोः कृष्णयोः पृथिवीतारकम् (वर्षम्) .
जिया चेन् : द्वयोः कृष्णयोः पृथिवीतारकम् (द्वयोः कृष्णयोः पृथिवीतारकस्य दिवसः)

यस्मिन् दिने कार्यं, यात्रा, रोगाः च उपरि आगमनस्य सम्भावना भवति। प्रायः विषयाः जटिलाः भविष्यन्ति। व्यस्ततायाः अभावेऽपि भवतः अल्पं साधयः भविष्यति । मा त्वरितम्। अप्रियकार्यं कर्तुं इच्छुकः भवितुं महत्त्वपूर्णम्।

पुनर्जन्मसप्ताहः मित्रदिवसः

मित्रैः प्रियजनैः सह समयं पोषयितुं दिवसः

एषः दिवसः यदा भवन्तः एकान्ते समयं व्यतीतुं अपेक्षया मित्रैः, प्रियजनैः, परिवारैः सह समयं व्यतीतुं प्राधान्यं दद्युः । एकत्र कार्याणि कृत्वा भवतः महत् समयं व्यतीतुं शक्यते। इदमपि एकः दिवसः अस्ति यत्र भवन्तः नूतनसमागमैः धन्याः भविष्यन्ति, अस्मिन् दिने भवन्तः ये जनाः मिलन्ति ते स्थायिरूपेण सुसम्बन्धं जनयिष्यन्ति इति संभावना अस्ति। सक्रियः भवतु, आयोजनेषु भागं गृह्णातु च। भवतः प्रेमजीवनमपि सम्यक् प्रचलति, अतः उपक्रमं कृत्वा भवतः रुचियुक्तैः जनानां सम्पर्कं कुर्वन्तु।एषः अपि कार्ये किमपि नूतनं आरभ्यतुं अवसरः अस्ति। भवन्तः नूतनप्रकल्पस्य आरम्भार्थं स्वयंसेवकान् अपि नियोक्तुं शक्नुवन्ति अथवा भवन्तः यस्मिन् विचारे कार्यं कुर्वन्ति तस्य विषये प्रस्तुतिम् अपि दातुं शक्नुवन्ति।

普賢菩薩 あらゆる場所に現れ、命あるものを救う慈悲を司る菩薩

名サマンタバドラ (Samanta bhadra) の「サマ 「タ」は「く」、「バドラ」は「賢」と漢訳しま す。 「賢」とは具体的には「さとりを求める心か 起こる、成仏しようとする願いと行ない」のこ とです。それが、ときとところを選ばず在して いるということを象徴したのがこの菩薩です。 で すから、菩薩行を実践する者をつねに守護するほ とけでもあります。

白象に乗り、文殊菩薩とともに釈迦如来 の脇侍をつとめます。 文殊菩薩のに対して、 (行)をつかさどります。

なお、密教では、堅固不壊の菩提心を象徴する

金剛薩埵と同体とします。

と巳年生まれの人の守り本尊とされていま

 

普賢菩薩(ふげんぼさつ)とは?

普賢とは「全てにわたって賢い者」という意味で、あらゆるところに現れ命ある者を救う行動力のある菩薩です。

 

文殊菩薩とともに釈迦如来の右脇侍として三尊で並ぶことが多いですが、独尊で祀られる場合もあります。文殊菩薩の智慧とともに修行を司る菩薩として、明晰な智慧で掴み取った仏道の教えを実践していく役割を果たすとされています。また、女性の救済を説く法華経の普及とともに女性に多く信仰を集めました。

 

ちなみに普賢菩薩から派生した仏に延命のご利益のある普賢延命菩薩があります。

ご利益

女性守護、修行者守護、息災延命、幸福を増やす増益のご利益があるとされています。また、辰・巳年の守り本尊です。

普賢菩薩(ふげんぼさつ)の像容

白象に乗っている姿が一般的です。3つや4つの頭の象に乗っている場合は普賢延命菩薩像の可能性が高いです。

 

 

 

 

 

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仏陀舎利への信仰

仏陀舎利への信仰

薄曇りの空に、微かな風が吹いていた。山門の苔むした石段を登るたびに、遥か昔の祈りが胸へ降り積もるようだった。
青年は息を整えながら、静かに目の前の古塔を見上げた。

それは――仏陀の舎利を奉安する宝塔。
時を超え、戦も疫病も、幾度の文明の滅びを見守ってきた小さな塔である。

塔の中央には、淡く光を湛える珠が置かれていた。宝珠――如意宝珠。
ただの石ではない。
「願いを叶える玉」。
だがその意味は、欲望を満たす道具などではなく――魂の因縁を浄め、迷いの世界を超えさせる法の象徴だった。

僧は青年の横に立ち、穏やかに口を開いた。

「舎利というものはな、ただ見るためのものではない。その威徳に触れた心が、自然と何かを捧げたいと思う――そこに供養のはじまりがあるのだ」

青年は問うた。

「……捧げる、とは?」

僧は静かに微笑む。

「財でも、食でも、花でもよい。しかしもっとも尊いのは――迷いを捨てる決意だ」

塔の前には、色褪せた経文が刻まれている。

その一節が風に揺られ、青年の胸へ深く沈み込む。

「まごころを込めて礼拝し、心を仏の心とし、自らの持てるものを捧げよ。
その時、悪業は断ち切られ、福徳果報は限りなく満ちる。」

青年は手を合わせた。
そのとき、宝珠がかすかに光ったように見えた。

僧は続ける。

「宝塔が護りとなるのは、塔そのものが力を持つのではない。
そこに集う祈りが、因縁を変えるからだ。
災いとは天から突然降るものではない。
心と行いが呼び寄せるものだ。」

青年は僧の言葉を飲み込みながら、遠い都市の景色を思い浮かべる。
病院の灯、泣き叫ぶ救急車、知らせの絶えない病名――エイズ。
世界を覆う恐怖。
若者たちの死――理不尽な「横変死」。

「……なぜ、この時代はこんなにも死が多いのですか?」

青年の問いに、僧は長い沈黙ののち、低く呟いた。

「いま世界では、横変死の因縁と刑獄の因縁を持つ者が急増しておる。
それは、争いの思想、奪い合いの業、心の荒れが積み重なった結果だ。
人類が今のままなら――
戦争か、地変か、疫病によって――
世界は試される。」

風が強く吹き、木々がざわりと震えた。

僧は最後に、低く響く声で真言を唱えた。

オン カラバン ソレホロ キエイ ソワカ

その声が響いた瞬間、塔の宝珠はふたたび淡い光を放ち、青年の胸の奥深くへ染みわたった。

青年は目を閉じる。
恐れでも絶望でもない。
静かで揺らぎない――託された感覚だった。

「行者は忘れるな。
宝塔の供養を。
祈りを絶やすな。
そのとき疫病も災難も、心ある者には及ばず。」

やがて青年はそっと目を開いた。
その瞳には、迷いではなく――決意が宿っていた。
真言行と覚醒

山の夜は早かった。
陽が沈むと同時に冷気が降り、世界は静まり返る。虫の声さえ遠のき、ただ月だけが凍った光を地上へ注ぎ続けていた。

青年は宝塔の前に座していた。
僧から伝えられたのは、ただ一つの行法――真言行。

「真言は音ではない。祈りでもない。
それは“響き”であり、宇宙の律動だ。
その響きに己の心を合わせる時、迷いの自我はほどけ、真実の眼が開く。」

青年は足を組み、背を伸ばし、静かに目を閉じた。
呼吸は浅く、しかし澄んでいる。
世界が止まったかのような静寂――その中心に自分がいる。

やがて、口が自然と動く。

「オン カラバン ソレホロ キエイ ソワカ……」

その真言は、意味の言葉ではない。
理解ではなく――魂が記憶している響き。

唱えるたび、胸の奥に沈んでいた闇が揺れ、何かが剥がれ落ちていく。
それは恐れ、怒り、執着、嫉妬――生きながら積み重ねてきた影。

青年は息を整えながら、再び唱えた。

「オン カラバン――」

すると――周囲の空気が変わった。
世界が内側へ吸い込まれていくような感覚。
遠くの木々が呼吸し、月が脈動し、宝塔が静かに光を帯びはじめる。

その光はやがて、青年の胸へと流れ込んだ。

心臓の鼓動が変わる。
不安や迷いではなく――確信。

青年の脳裏に、一瞬、稲妻のような気づきが走った。

「言葉とは形ではなく、波。
波は心に触れ、心は現実を変える。」

真言はただの音ではなく、世界の根源に触れる鍵だった。

呼吸と真言がひとつになった瞬間――
青年の意識は、自分の身体の境界を超えた。

木の葉の震える音が、自分の脈拍と同じリズムで響く。
月光が肌ではなく、魂に触れている。

そして青年は悟る。

「すべては分かたれていない。
私は世界であり、世界は私なのだ。」

そのときだった――宝塔の宝珠が強く発光した。

白金の光が夜空を満たし、青年の影が消える。
まるで存在そのものが光に溶けていくようだった。

意識の最後の縁で、青年は静かに呟いた。

「これは……覚醒か……
それとも――始まりか。」

光はその答えの代わりに、ただ温かく包み込む。

青年は眠るように意識を手放した。

だが――
その胸に灯った微かな光明は消えていなかった。

師との対話 ― 真言の秘密

夜は明け、山肌に薄金色の朝日が差し込みはじめていた。
昨日までと同じはずの空なのに、青年の目には世界がまるで異なるものとして映っていた。

風はただ吹くのではなく、意志を持って触れてくる感覚。
鳥の声は、音ではなく響きとして胸の奥に届く。

青年はゆっくりと呼吸した。
その一息すら――世界と繋がっているようだった。

やがて、宝塔の裏手にある古い庵から、師が姿を現した。
白髪混じりの僧。
その歩みは老いではなく、山そのものが動いているような静謐さをまとっていた。

青年は姿勢を正し、深く頭を下げた。

「……師よ。昨夜、私は――」

僧は手で制し、柔らかく微笑んだ。

「言わずともよい。
その目が語っている。
お前は“響き”に触れたのだ。」

青年は息を呑んだ。

「……あれは幻ではなかったのですか?」

僧は宝塔を振り返り、淡く光る宝珠に目を細めた。

「幻ではない。だが、実体でもない。
真言とは、境界を越える鍵だ。
迷いと悟り、生と死、過去と未来――
そのすべてを隔てている幕を揺るがす。」

青年の胸の奥に、昨夜の感覚がふたたび蘇る。
身体が溶け、世界とひとつになった瞬間――。

青年は問うた。

「真言とは……ただの言葉ではないのですね?」

僧は静かに首を振った。

「言葉は耳で聴くもの。
だが真言は――魂で響くものだ。
それは宇宙の初めから存在していた韻律であり、
形あるものが生じる以前の“法”の波。」

青年は思わず呟く。

「では、唱える者の心が濁っていれば……その響きも濁るのでしょうか。」

僧は微笑しながら、地に落ちた小石を拾い上げた。

「水が濁っていれば、月は映らぬ。
だが月がそこに存在しないわけではない。
必要なのは――心を澄ませること。」

青年は深く頷いたが、ひとつだけ胸に残る疑問を抑えきれなかった。

「師よ……なぜ、今この時代に真言行が必要なのですか?
世界は騒がしく、争いと病が広がり、人々は心を失いつつある……。
それと真言にどんな関わりがあるのです?」

その問いに、師の表情から微笑が消えた。
まるで長い間胸に秘していたものを語る覚悟を決めたように。

僧はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「いま、世界は“因縁の転換期”にある。
人々が積み続けた恐れ、欲望、怒り、争いの業が閾値に達した。
その反応として、疫病と災禍が顕れている。」

風が止まり、世界が息を潜めた。

僧は青年の目をまっすぐに見つめる。

**「真言とは、“因縁を断ち、魂を正す響き”だ。
ただ救われるためではない。
世界を滅びではなく、目覚めへ導くために唱えるのだ。」

青年の胸が熱くなる。

「私が……その役目を?」

僧は首を振る。

「まだ早い。
だが――その道の前に立ったことは確かだ。
そして、選んだのは私ではない。
真言そのものだ。」

宝塔の宝珠が、再び淡く光った。

それは祝福か、予兆か、あるいは警告か――
青年には判別できなかった。

だが確かに感じた。

この道を歩む者は、もう後戻りできない。

青年は静かに目を閉じ、深く息を吸った。

そして――ゆっくりと唱えはじめた。

オン……カラバン……ソレホロ……

師は黙して聞いていた。

その声がまだ未熟であることを知りながらも――
確かに火が灯りはじめたことを、誰より深く感じていた。

使命の告知 ― 宝珠との対話

その夜、山はふたたび深い闇に沈んでいた。
空には雲ひとつなく、無数の星々が無言のまま世界を見下ろしている。
青年は宝塔の前に座していた。
昼の修行を終え、わずかな疲労と静かな集中が胸の奥に残っていた。

師は今夜、そばにいない。
その理由を青年は悟っていた。

――今夜は、言葉では届かぬものが訪れる。

月光が塔を照らすと、宝珠が淡く脈動を始めた。
まるで心臓の鼓動のように、一定の間隔で光が明滅する。

青年は思わず息を飲んだ。
その光は、ただの輝きではなかった。
胸奥――いや、魂の底に響く呼び声だった。

青年は静かに目を閉じる。
すると、声が聞こえた。

――いや、音ではない。
思考でもない。
それは「意味」が直接、意識に流れ込んでくる感覚だった。

≪よくここまで来た。≫

青年は答えるべきか迷ったが、言葉を発する前に光がもう一度強く瞬き、続けて語った。

≪そなたは“聞く者”となった。
今より先は、ただ修行する者ではない。
そなたは“運ぶ者”となる。≫

青年の胸にざわりと波が走る。

「運ぶ者……?」

光が静かに揺れ、さらに深い響きが降りてきた。

≪世界は転換の縁(ふち)にある。
恐れが人の心を喰い、争いが国を裂き、
疫病が魂の業を暴きはじめている。
いずれ、見えぬ恐怖が形を持ち、
人々の心を闇へと沈めるだろう。≫

空気が冷え、青年の背筋が震えた。
しかし逃げたいとは思わなかった。
ただ、聞くべきことがある――そう感じていた。

宝珠は続けた。

≪だが滅びは道ではない。
此度の試練は、“覚醒か崩壊か”――
世界に問われる大いなる選択である。≫

青年の唇が乾いた。
しばらく沈黙が落ちたあと、かすかに声を絞り出す。

「……では、私は何をすればよいのです?」

宝珠の光が変わった。
先ほどの静かな光ではなく、星の誕生にも似た強烈な輝き。

≪真言を伝えよ。
それは祈りではない。
目覚めの響き――意識を正し、因縁をほどく法。≫

世界がゆっくりと形を変えていくような感覚。
青年は震えながら問う。

「私に……そんなことができるのでしょうか?」

宝珠は、優しく包み込むように応えた。

≪選ばれたのではない。
そなたが、思い出したのだ。
遠い過去、生まれる前、魂がまだ形を持たぬとき――
そなたは誓った。
“闇が満ちし時、私は光の響きを携えて再び行こう”と。≫

青年の心臓は激しく鼓動し、視界が滲んだ。

その瞬間、胸の奥で何かが開いた。
恐れではない。
逃れられぬ使命への拒絶でもない。

――これは、生まれる前から知っていた感覚。
思い出すべきものが、ただ戻ってきた。

宝珠の光が最後に静かに語る。

≪歩め。
迷う日も、倒れる日もあろう。
だが忘れるな。
真言はそなたを導き、そなたは世界を導く。
これより先、そなたは――“灯(ともしび)の者”である。≫

光がすっと消えた。
夜の闇が戻る。

しかし青年の胸には、もう暗闇ではなかった。
深く強く燃える――ひとすじの火が灯っていた。