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仏陀の法のメカニズム

ノストラダムスが「日の国によって保たれる」と予言したのは、まさにこのことをいっているのだ。

日の国の法と金星の法が競いあう

予言のエスプリをわがものとしながら

双方たがいに耳をかたむけないが

偉大なるメシアの法は日の国によって保たれるだろう

日の国の法と金星の法が競いあう、という。この競い合うということばを、衝突す

る、争う、という意味に解いているひとがほとんどだが、前にのべたように、競いあ

って目的に進む、協力し合う、という意味にもとれるのである。

つまり、日の国の法と金星の法が、競いあってメシアの法を完成する、という意味に解釈できる。

「予言のエスプリをわがものとしながら

双方たがいに耳をかたむけないが、

ということばは、前の詩句の、日の国の法と金星の法、にかかるのではなく、そのあとの、偉大なるメシアの法、にかかるのである。

つまり、こうなる。

日の国の法と金星の法が競いあう

予言のエスプリをわがものとしながら双方たがいに耳をかたむけないが偉大なるメシアの法は日の国によって保たれるだろう

これで、意味が通ずるようになる。

大体、メシアの思想というのは、他の宗教にもないことはないが、ユダヤ教、キリスト教に最も顕著のものである。そこで、双方たがいに、というのは、ユダヤ教とキリスト教のことと思われる。この双方は、おなじ根から出ていて、『おなじ予言のエスプリ。すなわち、ともにメシアの救済の予言を持っている。それでいて、たがいにあい容れないでいる。たがいに自己主張をしていて、双方、耳をかたむけようとしな

い。

この二行の句の意味は、ユダヤ教もキリスト教も、メシア救済を説くが、どちらにもメシアは期待できない、偉大なメシアの法は、日本によって保たれ、日本から出現するであろう。

という意味なのである。

われわれはすでに、このことを知っている。

日の国の法と、金星の法が一つになって、仏陀の成仏法の中心である四神足法が完成される。その過程をあなたはつぶさに見てきた。

つよこのままでは、確実に地球は潰され、人類は滅亡するだろう。われわれは、つい昨日、神の名を口にする人たちによって大量の殺し合いがおこなわれ、すさまじい環境破壊がおこなわれるのを目にしてきた。そしてそれはいまもつづいている。

いまがギリギリのタイムリミットだ。

起て! 日の国の、メシアの法の使徒たちよ。

191 仏陀の法のメカニズム

 

准胝観音

 

准胝観音

 

准胝とは、梵名チュンディー (Cundi) の音写で

「清浄無垢」という意味があり、さとりの道を歩ませる観音です。

別名、准胝仏母、七俱胝仏母とも呼ばれます。

七俱胝とは「無量」を意味しますから、多くの諸仏の母となります。そのため観音菩薩ではないとの説もあります。経軌にも観音として説かれていないことから、天台密教では准胝如来として仏部の尊としますが、真言密教では観音の一つとして六観音の中に加えます。

まんだら求児・安産の本尊としてもまつられます。もとは水の神で、その姿は女身といわれています。

なお、胎蔵曼荼羅中台八葉院の観音の種子は、 この准低観音のブ(bu)字が記されています。

提寺にある

根本陀羅尼

oṁ sarva tathāgata uṣṇīṣa śāntiḥ
mudrāṇi tathāgataṁ
svaḥ tuḥ uṣṇīṣa ājñā siddhi te
jñāk huṁ vaṁ hūṁ hūṁ svāhā

一切の如来の仏頂の平安に帰依します

印 如来
天上において、仏頂の光明は満ち、
悟りの命が成就せん。
智慧の力よ現れよ。

 

根本陀羅尼

oṁ sarva tathāgata uṣṇīṣa śāntiḥ

🔤 分解と意味

サンスクリット語日本語の意味oṁ (おん)聖音。宇宙の根源の響き。「帰依します」「敬礼します」の意。sarva (さらば)「一切の」「すべての」tathāgata (たたーがた)「如来」「真理に到達した者」uṣṇīṣa (うしゅにー/うしゆにー)「仏頂」「仏の頭頂にある智慧の光」śāntiḥ (しゃーんてぃ/しやだと)「平安」「安寧」「静寂」

🌸 全体の意味

「おん さらば たたーがた うしゅにー しゃーんてぃ」
🕊️「一切の如来の仏頂の平安に帰依します」
すなわち――
「すべての如来の智慧と平安を讃嘆し、守護と安寧を願う真言」
という意味になります。

むどらに(mudrāni)

サンスクリット:mudrāṇi(मुद्राणि)

意味:印(いん)・手印・しるし

サンスクリット:tathāgataṁ(तथागतं)

意味:如来(にょらい)
「かくのごとく来たる者」「真理のままに来たる者」という意味。
仏陀自身を指す語です。

🪷訳:「如来」「真理を得た者」

svaḥ tuḥ uṣṇīṣa ājñā siddhi te
jñāk huṁ vaṁ hūṁ hūṁ svāhā

🔤 語義の分解と意味

サンスクリット語(推定)音写意味svaḥ (さは/そわ)さは・そわ「天界において」「光明あれ」などの意。しばしば「栄光あれ」と訳される。tuḥ / puṣṭa / bhūṣitaひぷしゆた「荘厳された」「満たされた」「飾られた」などの意。uṣṇīṣa (うしゆた/うしゅにーしゃ)仏頂。仏の智慧・光明を象徴する。ājñā (あじ)「命」「智慧」「悟りの力」。サンスクリットで「命令」「意志」の意味も。siddhi (しつち)「成就」「功徳」「霊験」。ヨーガでも「成就力」を指す重要語。te (てい)「あなたに」「汝の」。敬語的な呼びかけ。jñāk(じゃく)「智慧」「認識」「覚知」に関わる語根 jñā(知る)から。huṁ(うん)護身・断除の種字(種子)。煩悩や悪縁を断つ力。vaṁ(ばん)水輪・浄化の種字。清め、調和、慈悲を象徴。hūṁ(こく/うん)強力な守護・憤怒の波動。悪を砕く音。svāhā(そわか/そわかさ)「成就あれ」「この祈りを完成せしめたまえ」。真言の締めくくり語。

🌸 全体の意訳

「天上において、仏頂の光明は満ち、
悟りの命が成就せん。
智慧の力よ現れよ。
フーン・ヴァン・フーン――
あまねく守護と浄化の法よ、成就あれ。」

svaḥ tuḥ uṣṇīṣa ājñā siddhi te jñāk huṁ vaṁ hūṁ hūṁ svāhā 🔤 語義の分解と意味

svaḥ tuḥ uṣṇīṣa ājñā siddhi te
jñāk huṁ vaṁ hūṁ hūṁ svāhā

🔤 語義の分解と意味

サンスクリット語(推定)音写意味svaḥ (さは/そわ)さは・そわ「天界において」「光明あれ」などの意。しばしば「栄光あれ」と訳される。tuḥ / puṣṭa / bhūṣitaひぷしゆた「荘厳された」「満たされた」「飾られた」などの意。uṣṇīṣa (うしゆた/うしゅにーしゃ)仏頂。仏の智慧・光明を象徴する。ājñā (あじ)「命」「智慧」「悟りの力」。サンスクリットで「命令」「意志」の意味も。siddhi (しつち)「成就」「功徳」「霊験」。ヨーガでも「成就力」を指す重要語。te (てい)「あなたに」「汝の」。敬語的な呼びかけ。jñāk(じゃく)「智慧」「認識」「覚知」に関わる語根 jñā(知る)から。huṁ(うん)護身・断除の種字(種子)。煩悩や悪縁を断つ力。vaṁ(ばん)水輪・浄化の種字。清め、調和、慈悲を象徴。hūṁ(こく/うん)強力な守護・憤怒の波動。悪を砕く音。svāhā(そわか/そわかさ)「成就あれ」「この祈りを完成せしめたまえ」。真言の締めくくり語。

🌸 全体の意訳

「天上において、仏頂の光明は満ち、
悟りの命が成就せん。
智慧の力よ現れよ。
フーン・ヴァン・フーン――
あまねく守護と浄化の法よ、成就あれ。」