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十二支

種類

十二支は、「」の12種類からなっている。

西暦2025年の十二支は巳である。

十二支

各国での名称

十二支 日本語 中国語 広東語 台湾語 韓国語 ベトナム語 植物的解釈[4]
音読み[注 1] 訓読み 拼音 粤拼 白話字 ハングル 字国語
シ( zi2 chú 자 (ja) 「孳」(し:「ふえる」の意味)。新しい生命種子の中に萌し始める状態を表しているとされる。
チュウ(チウ/漢・呉) うし chǒu cau2 thiú 축 (chuk) sửu 「紐」(ちゅう:「ひも」「からむ」の意味)。芽が種子の中に生じてまだ伸びることができない状態を表しているとされ、 指をかぎ型に曲げて糸を撚ったり編んだりする象形ともされる。
イン(漢・呉) とら yín jan4 în 인 (in) dần 「螾」(いん:「動く」の意味)。が来て草木が生ずる状態を表しているとされる。
ボウ(バウ/漢) mǎo maau5 báu 묘 (myo) mão/mẹo 「冒」、『史記』律書によると「茂」(ぼう:「しげる」の意味)。草木が地面を蔽うようになった状態を表しているとされる。
シン(漢) たつ chén san4 sîn 진 (jin) thìn 「振」(しん:「ふるう」「ととのう」の意味)。草木の形が整った状態を表しているとされる。
シ(漢・呉) zi6 chī 사 (sa) tỵ 「已」(い:「止む」の意味)。草木の成長が極限に達した状態を表しているとされる。
ゴ(漢・呉) うま ng5 ngó͘ 오 (o) ngọ 「忤」(ご:「つきあたる」「さからう」の意味)。草木の成長が極限を過ぎ、衰えの兆しを見せ始めた状態を表しているとされる。
ビ(漢) ひつじ wèi mei6 미 (mi) mùi 「昧」(まい:「暗い」の意味)。植物が鬱蒼と茂って暗く覆う状態を表しているとされる。 『説文解字』によると「味」(み:「あじ」の意味)。

果実が熟して滋味が生じた状態を表しているとされる。

シン(漢・呉) さる shēn san1 sin 신 (sin) thân 「呻」(しん:「うめく」の意味)。果実が成熟して固まって行く状態を表しているとされる。
ユウ(イウ/漢・呉) とり yǒu jau5 유 (yu) dậu 「緧」(しゅう:「ちぢむ」の意味)。果実が成熟の極限に達した状態を表しているとされる。
ジュツ( いぬ seot1 sut 술 (sul) tuất 「滅」(めつ:「ほろぶ」の意味)。草木が枯れる状態を表しているとされる。
ガイ(

九星盤と宿曜

覚醒の蛇 ― 仏陀の四神足法

覚醒の蛇 ― 仏陀の四神足法

夜明け前の山は、まだ息をしていなかった。
谷に沈む霧が、静かに光を孕む。
その中央に、修行者は座していた。

呼吸ではない。
彼が動かすのは、もっと深いところ――
肉体と霊魂の境で、燃えようとするものだった。

導師は低く告げた。
「息を見よ。息に非ず。
汝が動かすは、生命の根に眠る龍である。」

弟子は、目を閉じたまま、ただその言葉に従った。
呼吸は止まり、時間の流れも止まる。
体の奥で、二筋の光が絡み合う。
一本は太陽の気脈――ピンガラ。
もう一本は月の気脈――イダー。

師の声が、風に乗って響く。
「この二つを結べ。だが急ぐな。
毒龍は、急けば牙をむく。」

背骨の下方、静かに眠るものがある。
それは、炎のようであり、蛇のようでもあった。
古の経では、それを「毒龍」と呼ぶ。
だが仏陀は、その龍を恐れなかった。
むしろ、調伏し、友とした。

師は掌をかざし、弟子の背へと微細な気を送る。
それは道家のツボ――微かな門から放たれる力。
「まず、気を起こす。
道家はここまでしか行かぬ。
だが仏陀は、この気を更なる深淵へ送った。」

弟子の体内で、流れが変わった。
気が、背骨の奥を上昇する。
燃えない炎、光なき光。
その軌跡を、クンダリニーと呼ぶ。

師は言葉を結ぶ。
「仏陀は龍を使わず、龍を行らせた。
己の意でなく、法の意によりて。」

その瞬間、弟子の背が微かに震えた。
冷たくも温かい気が、骨の内側をゆっくりと登っていく。
頭頂に近づくと、世界の音が消えた。
ただ、無限の沈黙の中で――
ひとつの声が、内なる虚空に響いた。

「我は、汝の中に在る。」

クンダリニーは、覚醒していた。
だが、それは破壊ではなく、静寂だった。
怒れる毒龍が、仏陀の掌の中で眠る。

――それが、四神足法の真髄である。
意念を超え、呼吸を超え、
生命そのものを法へと帰す道。

山の端から、朝日が差した。
その光は、まるで龍の息のように、
弟子の額を柔らかく照らしていた。

153 最上深秘の呼吸法

わたくしは、すきに、仏陀が弟子たちにクンダリニー・ヨーガを用いさせなかったのは、過激すぎるからだといったけれども、それはそれだけではなかったのである。

クンダリニー・ヨーガのチャクラ開発法は、不安定であり、不確実だったのである。

仏陀は成仏法を作製して、弟子たちに教えたのである。

仏陀の修行法はまだつづく。

グンダリニー・ブラーナ

いった。 わたくしは、さきに、仏陀は修行法にクンダリニー・ヨーガをとり入れなかったと

たしかにその通りである。仏陀は四神足法にクンダリニー・ヨーガをとり入れなかった。しかし、クンダリニー・エネルギーはとり入れていたのである。

人間の持つエネルギーで、クンダリニーほど強大なエネルギーはない。人間を改造する原動力として、これに匹敵するものはない。いや、このエネルギーを使わなかっ

 

たら、人間の改造など不可能といっていいだろう。だから、仏陀はこれを用いた。

仏陀が四神足法において用いる気息、すなわちプラーナとは、クンダリニーから生ずるエネルギーなのである。単なる呼吸の息、あるいは意念だけではない。

初期の瞑想の段階では、意念による瞑想である。修行者が、クンダリニーを覚醒するに十分なだけの意念を持つと、強力になった意念の力は、クンダリニー覚醒に向けられる。クンダリニーを覚醒するための部位が二カ所ある。そこに正しい刺激があたえられると、クンダリニーは目ざめる。この修行は、導師にしたがって、細心大胆に

おこなわれなければならない。

阿含経の中に、いくつか、仏陀が毒龍、あるいは毒蛇を調伏して偉大な力を発揮する教説が出てくるが、その毒龍、毒蛇は、クンダリニーをあらわしているものと思ってよい。古来、クンダリニーは、三つの頭を持った龍、あるいは九つの頭を持った蛇の姿で表現されているのである。阿含経で語られる毒胞調伏の説話は、単純な毒蛇退治の物語ではなく、仏陀が、強烈で、だれもが手を焼くクンダリニー・エネルギーのコントロール化に成功したことを明かしているのである。

153 最上深秘の呼吸

だから、仏陀のクンダリニー・エネルギーの使いかたは、クンダリニー・ヨーガの手法とまったく異なり、クンダリニーを完全にコントロールしつつ使うのである。つまり、クンダリニー・エネルギーを「行らせる」という手法である。

それはどのようにして、なされるのだろうか?

ピンガラとイダーを使う仏陀の秘法

いい気持で眠っているゴジラを叩き起こすようなバカな真似はしないほうが賢明であろう。

どのように?

るのである。 モンスター仏陀の法では、怪物クンダリニーを、ごくおだやかに、上機嫌(?)に目ざめさせ

道教はクンダリニーを知らない。しかし、クンダリニーには到底およばないけれども超常的な強い「気」のエネルギーを呼び起こす経穴(ツボ)を知ってこれを使って

いる。

これは道教の最極秘伝になっていて、これを知る人はごく稀である。(アンリ・マスペロがその著書で、ちょっとこれにふれている)

この経穴(中国でツボと呼ぶ部位は、チャクラの一種であるとわたくしは考えている)は、クンダリニーのチャクラから、少し離れたところにある。道教は、いまいったように、このチャクラを使って強い「気」を呼び起こすのである。クンダリニーの代わりといってよいだろう。クンダリニーそのものは、知らないのである。

仏陀の四神足法では、この道教のチャクラを使って、まず、強い「気」のエネルギ ―を呼び起こす。次いで、この「気」を本命のクンダリニー・チャクラに送りこむ。 クンダリニーの眠る部位の周囲に、この「気」をゆるやかに行らせてゆくのである。 クンダリニーは、徐々に、おだやかに目ざめはじめる。 めぐ

わたくしは思うのだが、道教は、この「気」を使ってクンダリニーを目ざめさせる

という秘法を落としてしまって、「気」だけを使う法を完成したのではなかろうか。

或いは、これは仏陀の極秘の法として、ごく一部の高弟だけに伝え、外部に洩らさず、

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最上深秘の呼吸法