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Mac

間腦思考

oo

作用をいとなむ「脳幹・背髄系」とがあるわけだが、以上がこれまで大脳生理学によっ

て知られている大脳における生のいとなみである。

わたくしは、このほかに、これまでほとんどその機能が知られていない間脳が、霊性 の部位であるとのべたのである。の部位を開発訓練することにより、ヒトはしだいに 高度の霊性を持つようになり、や霊的世界を認識把握することができるようにな

る。その局限の異なる霊的世界への飛翔であろう。

ひしよう

わたくしは、三十七道品

時に開発練磨してゆ

この間脳と、それに新皮質系の特殊な部位とを同 であると断定したのである。

古代、精神的にすぐれていたひとびとは、 間脳が極度に発達し、 間脳に通ずる霊的視 覚器官である「第三の目」を持っていたのである。いま、第三の目は退化し、ほとんど 閉鎖されてしまった。しかし、その痕跡は科学的に証明されつつある。 ごく稀れだが、 この眼を持つヒトもじっさいにいる。 間脳も退化してその果たす機能もわからなくなっ てしまったが、近来、大脳生理学も、なにか特殊なはたらきをするらしいとして、「ブ ラックボックス」とよび、追究をはじめているようである。それに先立ちわたくしは、 十数年も前からこの間脳に注目していたのである。

これからのあたらしい人類文化は、この間脳の開発からはじめられなければならぬ、 と、わたくしは「間脳思考』で主張した。 では、いまから二千数百年もむかしの古代に 説かれたシャカの教法である七科三十七道品→阿耨多羅三藐三菩提→涅槃→成仏 という古めかしい構図と、ハイテクノロジーの現代に生きるわれわれとの接点はいった

どこにあるのか?

わたくしはここで、どうしても「間脳思考』を見ていただかねばならぬと思うのであ

す」

はっすい

る。すこし長いが、抜粋しよう。著名なジャーナリストであり、プロデューサーである K氏と、わたくしとの対談の部分である。

ヒトは脳に「霊性」の部位を持つ

では、いよいよ本論に入りましょう。 アーサー・ケストラーはこう言っていま

K氏は『ホロン革命』のページをひらいた。

ホモ・サピエンスは進化論に適合しない病に冒された異常な生物種で、 人類の過去の記録をみても、また現代の脳科学からいっても、ホモ・サビ エンスが最後の爆発段階に達したある時点で何かに狂いが生じたことは、そし

もともと人間の体には(もっと具体的に言えば、神経回路には致命的な工学 上の欠陥が誤って組み込まれ、それがために人類の妄想傾向が歴史を通して脈 脈と流れていることは、否定すべくもない。これは恐ろしくも当然の仮定であ り、人間の条件を真摯に追求しようとすれば、これから目をそらすことはでき ない」

「ゆえに、『種』として人類は絶滅するのだ、とかれはいっております。 桐山先生 は、これにたいしてどうお考えですか?

人類はケストラーのいうように、脳に致命的な設計ミスを持った異常な生物種で あるとお考えになりますか?」

「いや、わたくしはそう思いません。設計はほとんど完全に近かったと思います」 すると、設計は完全に近かったが、設計通りに進行しなかったということです J

そうです。ですから、ケストラー自身もいっているように、もう一つのほうの推

『ホモ・サピエンスが最後の爆発的段階に達したある時点で何かに狂いが生じ

たことは』といっているのが正しいのです。設計ミスではなかった。設計はほとん 完全だったが、進化の途中で方向が狂ってしまったのです。わたくしは、すで に、それを「密教・超能力の秘密』で指摘しています」

「具体的にお示しください」

「人間は脳に霊性の部位を持っているのです。 これはそのように設計されているの です。だから、この部位がその設計の通りに活動していたら、人類は、 ケストラー のいうように「狂気」の症状をあらわさなかったでしょう。 したがって、いまのよ うな破滅に直面するようなことにはならなかったのです。 この部位が進化の途中で 閉鎖されてしまった。そのために、人類は、“超””人になってしまったのです」 「ふうむ、これはおどろくべき発想ですね」

「発想じゃないのです。事実なのです」

「その霊性の部位はどこですか?」

しょう

「大脳の最も中心である脳の視床下部です。 このいちばん奥に、その部位があ

ります。ただし、これがはたらくためには、そのすぐそばにある松果腺という内分 腺の特殊なはたらきが必要です」

「それは大脳生理学者の説ですか?」

というのです。

「いいえ、そうじゃありません。わたくしの修行体験による発見です。 インドのク ンダリニー・ヨーガ、チベット密教の修行などを参考に、わたくしが把握したもの です。脳生理学はまだそこまで到達しておりません。ただし、アメリカのホルモン 分泌学の権威・D・ラトクリフという学者は、その著書『人体の驚異』(小学館) の中で、おもしろいことを言っております。

『その機能がようやくわかりかけてきた松果腺は、脳の下側にくっついている 小さなので、人間が原始時代の祖先から受けついできた第三の目の残 跡と推定されている』

第三の目というのをご存じですか?」

ずうっと以前に、そういう題名の本を読んだことがあります。 なんとかいう英国

なるほど」

ます。この視床下部が第三の目と連撃して活動するとき、人間は霊性を顕現するのです。その究極において、「密教・超能力の秘密』でいっているように、カミ、 ホ トケにまで到達するのです。人間は、知性・理性の場である新皮質と、本能の座である辺縁系との中間にある『間脳』に、霊性の場を持っていたのです。これにより、 人間はバランスがとれるのです。ところが、この間脳にある霊性の場を、人間は失 ってしまった」

しかし、それを知っているひとたちがいた。その代表が、 シャカです。 シャカ は、「成仏法』という名で、この霊性の場を再開発するシステムを完成した。 古代 密教が、それを受けついだ」

「古代密教、とおっしゃるのはどういうわけですか?」

後世の密教は、大乗仏教の影響を受けて、 シャカがつたえたシステムを様式化し てしまったのです。まったくちがったものにしてしまった」

「しかし、仏像とか、仏画とかは、古代密教の表象をそのままつたえています。 密 教の仏像の多くが、第三の目を持っているのはこのためです」

「あの、眉間のところにある目ですね?」

「そうです。 その密教の代表ともいうべき仏像が、摩醯首羅です。 これは、梵語の Maheśvara (ヘーシュヴァラ)を音写したもので、これを「大自在天』と漢訳し、 宇宙の大主宰神とされております。眉間に第三の目があって、合計、三つの目を持 っています。われわれは、目が二つです。その二つの目の一つは、辺縁系の脳に通 ずる目であり、もう一つは新皮質の脳に通ずる目で、この二つが一対になって、現 世界(物質世界)を見るのです。このほかに、じつはもう一つの目があった。そ れは間脳の視床下部の脳に通ずる霊性の目で、霊的世界を見る目です。 これが、第 三の目とよばれるものなのです」

「で、その第三の目が、『残跡』となると同時に、先生のおっしゃる霊性の『場』 もはたらかなくなってしまったということですか?」

「そうですね。しかし、それは、霊性の『場』が閉ざされてはたらかなくなってし

まったから、第三の目もはたらかなくなって、たんなる「残痕』になってしまったのだともいえるでしょう。 要するに、密接な相関関係にあるものですから」

K氏はしばらく考えこんでいたが、

と首をかしげた。

「なぜ、人間は、その霊性の『場』を失ってしまったのですか? 退化、とは考え られませんねえ。人間の精神活動は原始時代から非常なスピードで進化し、進歩し ているわけですから、退化などとは考えられない」

その理由ですか?」

わたくしは言った。

「第三の目」はなぜ消えてしまったか?

「第三の目が閉じられてしまったのには、もちろん、大きな理由があります。 わた くのいう霊性の『場』は、 間脳の視床下部にありますが、 それは、要するに、物 質的な欲望や本能を制御し、時には否定して、より崇高なるものにあこがれる精神 領域です。そういうと、それは新皮質系の領域じゃないかといわれるかも知れませ ん。そうじゃないのです。

新皮質系の知性は、神を考え(分析し演繹して)仏を理解しようとするものです が、霊性は、神と一体になり、仏と同化しようとする題性です。 明らかに新皮質系 のものとはちがうのです。

新皮質が生む知性は、時実博士の表現によれば「より良く生きる」こと、「より 高く生きることを目ざします。 そのための創造行動をいとなみます。その結果、 どういうものが生み出されたかといいますと、精神的には哲学 (および倫理・道徳)、

物質的には科学と技術)です。 ことばを変えていうと、「より良く生きる』が科 学と技術を生み出し、より高く生きる』が哲学・倫理を生み出した。ところが、 哲学・倫理はいままったく行きづまって、人類がいまかかえる問題に、大声で警告 は発するけれども、なんの答も出すことができない。

一方、新皮質の『より良く生きる』という目標は、『より便利に』『より速く』 の追求になってしまった。 ごらんなさい。 現代社会は、新皮質文明であり、新皮質 の産物ですが、現代社会の目標は、『より便利に』『より速く」がモットーでしょう。 地球上のすべての企業が、それを目ざして狂気のごとく活動しています。 それが結 局は自分の首をしめることを新皮質は知りながら、止まることができない。 なぜな らば、それをおしとどめる間脳のはたらき、霊性の『場』を、はるか以前に、新皮 質自身が押さえこんでしまっていたのです」 大京

「そんなことがあり得るのですか?」

「こういう現象は、大脳においてつねにおこなわれるものです。 たとえば、動物が 高等になるにつれて新皮質が発達してくるために、旧皮質はしだいに大脳半球の

面へ押しやられ、古皮質は大脳半球内部へ押しこまれるようになります。 これは大 脳生理学の定説で、これとおなじ現象が、人間の大脳においておこなわれたので す。

新皮質は、それが人類の進歩と進化であり、平和と繁栄につながるのだというが 義名分のもとに、 間脳を押さえこんでしまったのです。 そういう理くつを考え出す のは、新皮質の得意ちゅうの得意ですから。

霊性とは物質的な欲望や本能を制御し、時には否定さえして、より崇高なるもの にあこがれる精神領域だと、さきにわたくしは申しましたが、そういうものは、新 皮質の生み出す物質文化にブレーキをかけるものです。考えようによっては、新皮 質の敵といっていい。だから、新皮質は全力をあげて、霊性の場を押しつぶしにか かった。人間のすべての欲望 (大脳辺縁系)がこれにくわわった。これが、人間の

『葉』というものでしょう。

だから、知性と称するものは、霊的なものを、いまでも、迷信といって敵視する でしょう。知性の持ちぬしだと自称するひとたちが、『霊』ということばを聞くと、たちまち歯をむき出して噛みついてくるのは、そのためです」

「は、はぁはぁ、なるほど、なるほど」

K氏は大声で笑ったが、

「それはつまり、新皮質脳が脳を押しつぶしてしまったのは、人類の歴史 で、いつごろのことでしょうか?」

知性(新皮質脳)と霊性(間脳)が一時に花ひらいた時代

わたくしは、逆にK氏に質問した。

「K先生は、さきほど、人間の精神活動は原始時代から非常なスピードをもって、 進化し、進歩してきたとおっしゃいましたが、はたしてそうでしょうか?」 「といいますと?」

「わたくしは、ずうっと古いある時代から、すこしも進歩していないのじゃないか

と思うのです。むしろ、退化しているのじゃないかと考えます」

「どういう意味ですか?」

「わたくしは、人類の精神文化は、いまから数千年前に、その進歩がおわってしま って、その後は、なんらあたらしいものを生み出すことなく、ただ先人のあとをな ぞっているのにすぎないのではないかと思うのです。高い精神文化は、すべて紀元 前に完成されてしまっている。ことに、霊性にもとづいた叡智の文化がそうです」 「ふうむ」

たとえば、人類の知的産物としての古典を考えてみるとき、ごくおおざっぱにい って、三つのグループに分けられるでしょう。 中国の古典、ギリシャの古典 イン ドの古典です。いま、手もとに参考とするものがありませんから、ごくおおざっぱ ないいかたですが、中国においては、西紀前五世紀に孔子が生まれて儒教を説き、 以後、ざっと、墨子、 荘子、 から、孟子、司馬遷にいたるまで、すべて紀元前のひ とたちです。

ギリシャでは、紀元前八世紀に、 ホメロスが、『イリアス』 『オデッセイア』を書き、前七世紀には、イソップが生まれ、前五世紀には数学のピタゴラス、哲学者のヘラクレイトス、悲劇作家のアイスキュロス、ソフォクレス、前四世紀ごろには、 有名なソクラテス、プラトン、 ついでアリストテレスが活動しています。このひと たちが、のちのヨーロッパ知的文化のもとをなしたことはご承知の通りです。 いま 西洋文明の知的産物は、これらのひとたちの芸術や思想を抜きにしては考えられ ず、さらには、後世から現代まで、はたしてこれら世紀前のひとたちを凌駕するだ あたらしい知性的産物を生み出しているといえるかどうか」

「インドではもっと古く、紀元前一〇〇〇年、すなわち、 前十世紀にすでに「リグ・ ヴェーダ』が成立しています。 前八世紀にはバラモン教が活動しはじめています。 前七世紀には『ウパニシャッド』が完成し、 前五五六年にはシャカが生まれていま

「西アジアでは、モーゼの出エジプトが紀元前十三世紀ですし、 前八世紀には、預イザヤが活動し、前七世紀にはゾロアスター教が成立、同時に預言者エレミア が活躍している。そして、中央アジアでキリストが生まれ、紀元元年をむかえるわ けです 。

K氏は無言のままうなずいた。

「じつに、百花乱ともいうべき華やかさでありませんか。人類の精神文明の頂点これは、見かたによれば、知性=新皮質と、霊性=間脳が一時に花ひらいた時代 とみてよいでしょう。 このあと、急速に新皮質は発達します。 新皮質はギリシャに おいて哲学を生み、これが科学へと進んでゆくのです。 そして遂には太陽のエネル ギーを手中にし、人間を月に送りこむまでになったのです。

しかし、そのように急速に爆発的に発達した新皮質は、第三の目を閉ざし、霊性 の場である視床下部をふさいでしまった。人類は、霊性の目を閉じ、霊性の場をふ さぐことにより、科学という名の物質的欲望をみたしてきたのです。 そのためにはう言っています。

「わたしは生化学戦争の恐怖について、何もふれなかった。人口爆発、公害に ついてもふれなかった。それらはたしかに脅威ではある。 しかしそうした問 題ゆえに、社会の意識はひとつの重大な事実から不当にそらされてきたといっ てよい。その事実とは? 一九四五年以降、人類は自らを絶滅させる悪魔の力 を身につけてきた。そして過去の事実から判断するかぎり、そう遠くない将 来、 ある危機のなかでその力を行使する可能性は大きい。そうなれば、宇宙船 地球号は死に絶えた乗組員を乗せて星間を漂流する幽霊船と化すにちがいな い』

要するに、世界の危機を核爆弾ひとつにしぼって論じているわけです。

これにたいし、わたくしも、わたくしなりの危機にたいするデータを持っていま す。決して、 ノストラダムスやその他のひとたちのシリ馬に乗ってさわいでいるわ けではない。 わたくしはわたくし独自の見地から、この世界の破滅崩壊を予感しているのです。 最初に申し上げたと思いますが、核爆弾とか、環境汚染とか、人口 増加、大地震、移動というように、ひとつひとつのデータではない、ヒト自身の 上に起こったホラーキー崩壊の現象から、 どういうアクシデントでかは別として、 とにかく、 間脳を失ったヒトから成り立つこの世界は崩壊するよりほかない、と予 「感しているのです」 (以下略)

以上で、成仏ということばのほんとうの意味が、ご理解いただけたことと思う。同時 に、釈尊の説かれた成仏法と現代社会、そしてそこに生きるわれわれとのふかいかかわ りもまた、ご理解いただけたことと思う。われわれの社会がいまやあらゆる面で行きづ まり、崩壊の危機に直面しつつあることは、アーサー・ケストラーの警告を待つまでも ないことである。この、お

毎日のように報じられるこどもの自殺出ひとつみても、この社会が異常化し崩壊し つつあることがうかがわれる。健康的に正しく成長しつつある社会では、こどもはつね に希望にみちている。 決して自殺などはしないのである。こどもたちは敏感にこの社会

2024年9月11日 九星  今日の運命 Today’s Fate 今日缘分

2024911日 今日の運命

七赤金星の日

人より協力の依頼を受けたりする日。金運、喜び事あるも調子に乗って酒色に乱れぬよう心すべき日。小利に迷わず自他喜びを共にする心掛けも大切

凌犯期間 胎の日

誘惑に負けないよう冷静な判断をする日

凌犯期間の作用により凶日となります。この日は特に対人関係で災難がおこります。人に騙されたり、裏切られたりする日です。甘言や誘いはまず疑ってかかるくらいの気持ちで、冷静で慎重な判断を心がけてください。さらに、この日に立てた予定や計画は、ダメになってしまったり良くない結果となるので、日を改めて立案しましょう。

September 11, 2024 Today’s Destiny

Seven Red Gold Star Day

A day when you will receive requests for cooperation from others. Although you will have good luck with money and happy events, you should be careful not to get carried away and get drunk and drunk. It is also important to be mindful of sharing your own and others’ joy without being swayed by small profits.

Period of Violence – Day of the Womb

A day to make calm decisions and not succumb to temptation

This is an unlucky day due to the influence of the period of violating the crime. Disasters will occur on this day, especially in interpersonal relationships. It is a day when you will be deceived or betrayed by others. Be suspicious of sweet words and invitations, and try to make calm and careful decisions. Furthermore, any plans or plans made on this day will be ruined or will have bad results, so make them on a different day.

2024年9月11日今日运势

七红金星日

这一天你会收到别人的合作请求。虽然你会有财运和喜事,但要小心不要得意忘形,喝得酩酊大醉。同样重要的是要谨记要分享自己和他人的喜悦,不要被小利所左右。

暴戾时期-胎神日

冷静做决定,不要屈服于诱惑的一天

这是受暴戾时期影响的不吉利的一天。这一天会发生灾难,尤其是在人际关系方面。这一天你会被别人欺骗或背叛。对甜言蜜语和邀请要保持怀疑,尽量冷静谨慎地做出决定。此外,在这一天制定的任何计划或方案都将毁于一旦或会产生不好的结果,所以要另找其他日子制定。

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虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)とは?

  • 虚空蔵とは宇宙のような無限の智慧と慈悲の心が収まっている蔵(貯蔵庫)を意味し、人々の願えを叶えるために蔵から取り出して智慧や記憶力、知識を与えてくれるとされています。

 

真言宗の開祖・弘法大師は虚空蔵菩薩の真言を100万遍唱えるという虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)を行ったそうですよ。無限の記憶力がつき、仏の智慧を体得することができるといわれています。求聞持法の本尊像のほかに、増益(ぞうやく)や除災を願って行う修法の本尊である五大虚空蔵菩薩があります。これは虚空蔵菩薩の持つ智慧を5方に配し、金剛界五仏の変化した姿としたものです。

ご利益

成績向上、記憶力増進、頭脳明晰、商売繁盛、技芸向上のご利益があります。また、丑・寅年の守り本尊です。丑・寅年に生まれた人々の開運、厄除け、祈願成就を助けるといわれています。

 

虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)の像容

1つの顔に2本の腕を持つ、菩薩形の像です。右手に剣、左手に如意宝珠を持っているのが一般的です。五仏宝冠を戴いた坐像として表現されます。

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2024年9月10日 九星  今日の運命 Today’s Fate 今日缘分

2024年9月10日 九星  今日の運命 Today’s Fate 今日缘分

 

 

八白土星の日

 内輪もめが起こりやすい。格別慈悲心が大切の日。もうけ話は損失となりやすい。

凌犯期間 親の日

自分のペースで真摯に取り組む日

自分のペースで穏やかに過ごしたい日です。新しいことを始めたり交友関係を広げるには適していません。自分にできるベストを尽くして、何事にも真摯に取り組む姿勢を心がけましょう。

 

2024年9月10日 九星  今日の運命 Today’s Fate 今日缘分

 

September 10, 2024 Nine Stars Today’s Fate Today’s Fate Today’s Fate

 

 

Eight White Earth Star Day

Internal disputes are likely to occur. A day when compassion is especially important. Profit-making deals are likely to become losses.

 

Period of Violence Parents’ Day

A day to work sincerely at your own pace

A day when you want to spend your time calmly at your own pace. It is not a good time to start something new or expand your circle of friends. Do your best and be sincere in everything you do.

2024年9月10日 九星 今日运势 今日运势 今日运势

八白土星日

容易发生内部纷争。同情心特别重要的一天。获利交易容易变成亏损。

 

暴力时期 父母日

以自己的节奏真诚工作的一天

想以自己的节奏平静地度过时光的一天。这不是开始新事物或扩大朋友圈的好时机。尽最大努力,真诚地做每一件事。

千の手と千の目で一切の衆生を救う観音菩薩

千手観音(せんじゅかんのん)とは?

別名 千手千眼観自在菩薩(せんじゅせんげんかんじざいぼさつ)とも言い、生きとし生けるものすべてを漏らさず救う、大いなる慈悲を表現する菩薩です。千の手と手のひらの千の眼によって悩み苦しむ衆生を見つけては手を差し伸べる広大無限な功徳と慈悲から「大悲観音」、または観音の王を意味する「蓮華王」とも称されます。阿修羅や金剛力士などが属する二十八部衆を配下とします。

 

観音の中でも功徳が大きく、観音の中の王という意味で「蓮華王」と呼ばれることもあります。阿修羅や金剛力士などの二十八部衆を配下にしています。また六観音の一つに数えられ餓鬼道に迷う人々を救うといわれています。

ご利益

災難除け、延命、病気治癒などあらゆる現世利益を網羅し、特に夫婦円満、恋愛成就に功徳があるとされています。子年の守り本尊でもあり、子年生まれの人の開運、厄除け、祈願成就を助けるとされます。

千手観音(せんじゅかんのん)の像容

十一面四十二臂(ひ)で表されることが多く、四十二本の手のうち四十本それぞれが二十五の世界を救うことを示します。手には宝剣、髑髏杖、水瓶など実に様ざまな持物(じもつ)を持ち、多種多様な徳を表しています。

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三善根(三福道

 

 

このように聞きました。仏さまがーサラ国の祇園精舎にご滞在の時のことです。ある日、世尊は、阿難にこのようにお告げになられました。

「三善根(三福道)というものがありますが、その功徳は無限であり、涅槃界に至ることができるものです。なにをもって三つの善根 (福)とするのでしょうか。

(第一に)いわゆる如来の所において功徳を種える、この善根 (福)の功徳は無限です。(第二に) 正法において功徳を種える、

この善根(福)の功徳は無限です。(第三に)聖衆において功徳を種える、この善根(福)の功徳は無限です。阿難よ、この三善根(三福道)の功徳は無限であり、涅槃界に入ることができるの
です。

したがって阿難よ、三善根(三福道)を修行して、この無限の福を得なさい。このように阿

真正仏舎利

 

– 仏教の仏舎利は、釈迦仏の遺骨や遺物を指し、信者にとって非常に重要な存在です。
– 仏舎利は、釈迦仏の遺骨を細かく砕いて作られ、異なる地域の寺院に分布されました。
– 信者は寺院や舎利堂で仏舎利を参拝し、供養を行います。
– 仏舎利は信仰の対象としてだけでなく、仏教の歴史や伝統の一部としても重要視されます。
– 仏舎利は美術的価値もあり、一部は美術品として評価されています。
– 阿含宗では、釈迦仏の聖霊が宿る「真正仏舎利尊」が本尊として崇拝されています。
– 密教では、「変化法身の釈迦」が生身のシャカの本体とされ、三重の釈迦が存在すると説かれています。
– 密教において、「駄都法」と「如意宝珠法」は最奥の秘法とされ、修法において重要な位置を占めています。
– 修法の中で、「如意宝珠立」は本尊を如意宝珠の三昧に引入れて修する法を指します。
– 信者が真正仏舎利を持ち、修法し祈ることで奇蹟的な霊験が生じるとされています。
– 信者は真正仏舎利をいただき、それを本尊にして祈りを捧げることで奇蹟が起きるとされています。

– In Buddhism, sariras refer to the remains and relics of Shakyamuni Buddha, and are of great importance to believers.
– Buddha’s ashes were made by crushing the remains of Buddha Shakyamuni into small pieces and distributed to temples in different regions.
– Believers visit the Buddha’s ashes and make offerings at temples and reliquaries.
– Buddha’s ashes are valued not only as objects of worship but also as part of Buddhist history and tradition.
– Buddha’s ashes also have artistic value, and some are valued as works of art.
– In the Agon sect, the “Genuine Buddha Sharison”, in which the holy spirit of Shakyamuni Buddha dwells, is worshiped as the principal image.
– In esoteric Buddhism, the “Shakyamuni of the changing Dharmakaya” is considered to be the real body of Shaka, and it is said that there are three Buddhas.
– In esoteric Buddhism, “Datoho” and “Nyoi Hojuho” are considered to be the deepest secrets and occupy an important position in training.
– Among the practices, “Nyoihojuri” refers to the method of cultivating the principal image by bringing it into the Samadhi of Nyoihoju.
– It is said that miraculous experiences will occur when believers hold authentic Buddha’s ashes, practice Dharma, and pray.
– It is said that miracles will occur when believers receive authentic Buddha’s ashes and offer prayers using them as their principal image.

<img class=”alignnone wp-image-13373″ src=”http://cyber-price.com/buddha/wp-content/uploads/2023/06/名称未4455fff4455設定.jpg” alt=”” width=”159″ height=”142″ />

仏教の仏舎利(ぶっしゃり)は、仏教徒にとって非常に重要な寺院や仏教寺院における聖なる遺物です。仏舎利は、釈迦(しゃか)仏の遺骨や遺物、あるいはその一部を指すことが一般的です。

釈迦仏が入滅(にゅうじゅう)した後、彼の遺骨は細かく砕かれ、多くの仏舎利が作られました。これらの仏舎利は、仏教の教えを広めるために異なる地域に分布され、多くの寺院に安置されました。

仏舎利は、信仰の対象として大切にされ、仏教徒はそれに敬意を払います。寺院や仏教寺院では、仏舎利を保管するための特別な舎利堂が建てられ、信者はそこで参拝や供養を行います。また、仏舎利は仏教の信仰の中で、功徳を得るために寄進や寄贈されることもあります。

仏舎利は、信仰心の象徴としてだけでなく、仏教の歴史や伝統の一部としても重要視されています。一部の仏舎利は、歴史的な価値や美術的価値を持ち、美術品としても評価されています。

仏教の仏舎利は、信者にとっては聖なる存在であり、信仰の対象として大切にされています。それらは、仏教の教えや価値観を具体的に表すものとして、多くの人々にとって心の支えとなっています。

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<strong>仏</strong>
その宗旨における信仰の絶対対象である仏を「本尊」と呼びます。阿含宗の本尊は、釈迦の聖霊(せいれい)が宿る聖物(せいもつ)として、昔から仏教徒の間で深く尊崇されている「真身舎利(しんじんしゃり)」です。
阿含宗では、これを「真正仏舎利尊(しんせいぶっしゃりそん)」と呼んでいます。
仏教徒にとって、ゴータマ・ブッダ=お釈迦さまのご聖骨である真正仏舎利は「生いける釈迦」そのものであり、仏教では唯一最高の本尊です。
想像や概念上の仏ではなく、木像や図像の仏でもなく、ブッダとして実在した釈迦の聖骨であり、仏教における最高の本尊です。

Buddhist relics are sacred relics in temples and Buddhist temples of great importance to Buddhists. Butsushari generally refers to the remains or relics of Shakyamuni Buddha, or parts thereof.

After Shakyamuni Buddha passed away, his bones were broken into small pieces and many Buddha ashes were made. These Buddha relics were distributed in different regions and enshrined in many temples to spread the teachings of Buddhism.

Buddha relics are treasured as objects of faith, and Buddhists pay respect to them. In temples and Buddhist temples, special reliquary halls are built to store the relics of the Buddha, and devotees visit and hold memorial services there. In addition, Buddhist relics are sometimes donated or donated to obtain merit in the Buddhist faith.

Buddha’s ashes are considered important not only as a symbol of faith, but also as part of the history and tradition of Buddhism. Some Buddhist relics have historical and artistic value, and are also valued as works of art.

Buddhist reliquary is a sacred existence for believers and is valued as an object of faith. They serve as emotional support for many people as they concretely represent the teachings and values of Buddhism.

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Buddha
The Buddha, which is the absolute object of faith in that sect, is called the ‘honzon’. The principal image of the Agon sect is the “Shinjinshari”, which has been deeply revered by Buddhists since ancient times as a sacred object in which the Holy Spirit of Shakyamuni resides.
In the Agon sect, this is called “Shinsei Bussharison”.
For Buddhists, the Gautama Buddha, which is the sacred bones of Buddha, is the “living Buddha” itself, and is the only and highest principal image of Buddha in Buddhism.
It is not an imaginary or conceptual Buddha, nor a wooden or iconographic Buddha, but the sacred bones of Shakyamuni who actually existed as Buddha, and is the supreme principal image of Buddhism.
<h2>三重の釈迦。</h2>
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密教では、シャカの御遺骨、御遺身を「変化法身の釈迦」といって、生身のシャカ の本体とするのである。 遺骨、御身が生きているシャカの本体なのである。

仏の本質を緻密に芸術化し、象化して表現する点で、密教はもっともすぐれてその密教では、シャカに三重あることを説いている。これを「三重の釈迦」とい

第一重のシャカは、胎蔵界マンダラ中台にまつられている四仏の一つで

鼓雷音仏」という名前でまつられている。

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この名前は、涅槃の智慧を、天(雷) のような法音をもって衆生にさとらせる仏という意味で、つまりシャカの説いた教法を、仏として表現したのである。

自性身の仏ともいう。

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第二重のシャカは、胎蔵界マンダラ釈迦院のシャカで、これが、生身のシャカの本体とされる。本尊としてえがかれているのが、如来、如来舌など、生身のシャカの ゆいにつ御遺骨、御身である。

第三重のシャカは、ボードガヤの菩提樹の下でさとりをひらかれ、仏陀になられた説いている教義と関係なく、突然、仏舎利の霊験功徳が飛び出してきたりする。思う に、これは、その霊験功徳の偉大さに感激して思わずそういうかたちでほとばしり出 たものとみてよいのではなかろうか。

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経論のほかに、奇蹟的な体験談もかず多く残されている。 それを集めたら、それだ

けで大部の書物ができあがるほどである。

それらのなかから、代表的なお経を一、二のせてみよう。

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「宝悉地成仏陀羅尼経』唐・不空訳 (抄)

その時仏は、金剛手虚空蔵等の大菩薩に、つぎのようにおっしゃった。

「あらゆる人々と如来とは、ともに法において平等に法身である。 ところが多く

の衆生は妄執にとらわれて、相依相関に依る縁起の世界を、実存の世界と誤り考えてしまう。そのために、常に、地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・・天の六のい ずれかの、貧しく賤しい家に生まれ、法に親しむ善き友には近づかず、真理を説 智慧ある人には親しまず、悪い行いを犯して迷いの世界に漂流し、さとりを得られず、永遠に迷いの世界を脱することができないのである。

私はこれらの人々をさとりに至らせるために、大宝陀羅を説こうと思う。

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これを、法身駄都如意宝珠甘露薬王金剛精進 常住真如宝王太郎という。 末法のこの世界の人々が、仏舎利の一粒を手に入れて信仰し奉持するならば、 その人こそ本当の仏の弟子である。 なぜならば、この舎利は法身釈迦牟尼如来の 常住不変の本体だからである。

そのようにして仏舎利を持し信仰してこの大宝陀羅尼を一心に唱えれば、大 なる智慧を得て、すべてに巧みなる菩薩となることができるであろう。 また、人が、この真言をとなえ、仏性を求めて仏舎利を礼拝すれば、妊戒・盗・大妄語戒を破る四重罪と、五逆罪、仏法を誹謗した越三昧耶の罪な

どあらゆる重罪はことごとく消滅し、よき望みごとがすべて達成されるであろ

貧乏や病気に苦しみ、あるいはさまざまな不運不幸に見舞われて、地獄のよう絶望の世界をさまよう者は、前世における悪い行為を懺悔し、仏法僧の三もしも仏舎利を得たら、その浄穢を論ぜず、そのまま一心に礼拝供養せよ。 そして心の底から仏の徳を念じてやまなければ、その身そのままに仏の清浄心を得て、金剛頂に住するであろう。この人を、仏身を持する者、金剛(のさとり)をれである。

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持するもの、宝法を持する者というのである。すなわちこの人こそ大菩薩摩訶 なのである。

『大般涅槃経』後分唐・若那跋陀羅訳

天界に住む神々と、僧侶、在家の仏教徒は、仏舎利を得たら七つの宝でできて いる瓶に盛り、これを都城の内なる道地において、七宝でできている塔を建立し 仏舎利を供養するならば、生きとし生ける一切衆生に大いなる功徳をもたら し、三界に生存する三有の苦しみを離脱し、涅槃の安楽にいたらせるであろう。 仏舎利を供養するということは、まさに生ける仏を供養することなのである。

以上のこれらの経論と、わたくし自身の得たる霊験奇蹟により、わたくしは、仏舎

利を守護仏とおよびするのである。守護仏とは、仏舎利のことなのである。 それは当然のことで、仏教の始祖たる仏陀シャカこそ、すべての仏教徒の一心の祈 りにこたえて、救いの手をさしのべてくださる守護仏なのである。

<b>密教最極最奥の秘法-</b>

-「駄都法」「如意宝珠法」

さて、わたくしは、さきの章で、密教が、盛大な仏舎利信仰をマンダラにとり入れ たとのべたが、密教が仏舎利信仰をとり入れたのは、マンダラだけではなかったので ある。

密教にとってもっとも重要な修法の上にもとり入れたのである。

「駄都法」 「如意宝珠法」と名づける、密教において最極最奥とされる深秘の法がそ

つまり、インドの仏教徒たちが得た霊験功徳を修法としてとり入れたわけだ。

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Mie Buddha.

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In esoteric Buddhism, Shaka’s bones and body are called “Shakyamuni’s body of transmutation,” and are regarded as the body of the living Shaka. Remains, you are the body of the living Shaka.

Esoteric Buddhism is the best in articulating and symbolizing the essence of Buddha, and it preaches that there are three types of Shaka. This is called “Mie no Shaka”

The first layer, Shaka, is one of the four Buddhas enshrined in the Womb Realm Mandala Chudai.

It is enshrined under the name Koraionbutsu.

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This name means a Buddha who awakens the wisdom of Nirvana to sentient beings with a dharma sound like heaven (thunder), in other words, it expresses the Dharma taught by Shaka as a Buddha.

It is also known as the Buddha of the Self.

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The second Shaka is the Shaka of the Womb Realm Mandala Shaka-in Temple, which is considered to be the main body of the Shaka in the flesh. The main object of worship is the remains of a living Shaka, such as Nyorai and Nyoraitongue, which are related to him.

The third-level shaka is enlightened under the bodhi tree of Bodgaya and becomes a Buddha. In my opinion, it is possible to regard this as something that burst out involuntarily in such a way as a result of being deeply moved by the greatness of the miraculous merit.

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In addition to his treatises, there are also many accounts of his miraculous experiences. Collect it and that’s it

A large number of books can be completed in just one.

Let’s list one or two representative sutras from among them.

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“Treasure of the Land of Buddha Dharani Sutra” Translated by Tang Fuku (excerpt)

At that time, the Buddha said to the great bodhisattvas, such as Kongote Kokuzo, as follows.

“Both all people and Tathagatas are equal Dharma Bodies in the Dharma.

The sentient beings are obsessed with delusions and mistakenly think of the world of dependent origination, which depends on interdependence, as the world of existence. For this reason, one must always be born into a poor and humble family in one of the six realms of Heaven: Hell, Hungry Ghosts, Beasts, Asuras, etc., and stay away from good friends who are familiar with the Dharma, and away from those who preach the truth and are wise. , committing bad deeds and drifting into a world of delusion, unable to attain enlightenment, and forever unable to escape from the world of delusion.

In order to bring these people to enlightenment, I will preach Daihodara.

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This is called Hoshindato Nyoi Hoju Honeydew Medicine King Kongo Shojin Joju Shinnyohou Taro. If people in this world of the Latter Day of the Dharma acquire a piece of Buddha’s ashes and believe in it and hold it, that person is a true disciple of the Buddha. This is because this reliquary is the eternal and unchanging body of the Dhamma Shakyamuni Tathagata.

If you hold the sarira in this way, believe in it, and chant this Great Hodharani with all your heart, you will gain great wisdom and become a bodhisattva who is adept at all things. In addition, if a person recites this mantra and worships the Buddha’s ashes in pursuit of the Buddha nature, he will commit the four serious offenses of violating the precepts of pregnancy, theft, and blasphemy, the five treasonous offenses, and the crime of slandering Buddhism.

May all felonies be extinguished, and all good wishes fulfilled.

Those who suffer from poverty and illness, or suffer from various misfortunes, and wander in a hellish world of despair, should repent of their bad deeds in their previous lives, and discuss the purification of the Buddha’s ashes. Instead, let us devote ourselves wholeheartedly to the worship service. And if one does not cease to meditate on the Buddha’s virtue from the bottom of one’s heart, one will acquire the Buddha’s pure mind and live at the top of Vajra. This person is the one who has the body of Buddha, the vajra (no satori).

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Those who have it, those who have the treasure law. In other words, this person is the Great Bodhisattva Maka.

“Great Prairie Nirvana Sutra” Translated by Wakana Tang

When the gods, monks, and lay Buddhists who live in the heavens obtain the Buddha’s ashes, they place them in jars made of the Seven Treasures, and build a pagoda made of seven treasures in the inner road of the city to place the Buddha’s ashes. If it is offered, it will bring great merit to all living beings, free them from the suffering of the three beings living in the three worlds, and bring them to the comfort of nirvana. To hold a memorial service for the relics of the Buddha is to hold a memorial service for the living Buddha.

Based on these sutras and the miraculous miracles that I myself have experienced, I am able to

Tori is regarded as a guardian buddha. Guardian Buddha is the relic of Buddha. It is only natural that Buddha Shaka, the founder of Buddhism, is the guardian Buddha who answers the single-minded prayers of all Buddhists and extends a helping hand.

Esoteric Buddhism’s deepest secret method-

– “Datoho” “Nyoihojuho”

Now, in the previous chapter, I said that Esoteric Buddhism incorporated the great worship of Buddhist relics into mandalas.

It was incorporated into the most important rituals of esoteric Buddhism.

The most profound and most secret method of esoteric Buddhism, called “Dadoho” and “Nyoihojuho”

In other words, they adopted the miraculous merits obtained by Indian Buddhists as training.

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如意宝珠立

これを発見して、これを修行し、成仏法として、ほぼ完成した。霊障を発したホ トケを成仏させ得るのは、この「釈尊の成仏法」しかないのである。

もちろん、「如 意宝珠法」自体のなかに、成仏法が入っているが、 霊障まで発しているホトケを完全 成仏させるためには、「釈尊の成仏法」を併修して、万全を期すべきだと考えたので ある。霊障が少しでもあると、福徳宝生の徳は得られず、たとえ得ても、かえって自 分をきずつけることになるからである。

そして、それは、わたくしの考えた通りの結 果を得ることになったのである。

修法のしかた

「如意宝珠立」というのである。わたくしが勝手にいっていると思われては困るの で、『密教大辞典』を見ていただこう。こうある。

略して宝珠立ともいう、所修の本尊を如意宝珠の三昧に引入れて修する法を如 意宝珠立の法という。

わたくしの場合は、すこし違うが、こういう修法のしかたが、密教にはあるのであ

さて、生身の釈迦如来である真正仏舎利を本尊に、「如意宝珠法」と「成仏法」を 併修する。この法を、わたくしは「守護仏法」と名づけたのである。

なぜかというと、この法こそ、わたくしは、全仏教徒の総守り本尊を生み出す法で あると考えたからである。

この守護仏法をもって修法し、守護仏となった仏舎利尊を宝塔に奉安して、信徒にこのご宝塔を前に、一心に祈りをささげるとき、奇蹟的霊験が生ずるのは当然であそういうと、真正仏舎利がそんなにたくさんあるのか、おかしいじゃないか、とい

なぜ奇蹟が続出するのか?

われるかもしれない。そうではないのである。 「駄都法」の口伝によると、真正仏舎 利を本尊として、仏舎利をかたどった霊石・霊木に法を修するとき、これら霊石・霊 木は、ただちに真正仏舎利と同等になるのである。(ただし、本尊はかならず真正の 仏舎利でなければならない)

信徒は、ひとりひとり、真正仏舎利をいただいて祈るのである。 本尊・法、ともに 最高のものである。奇蹟が起きてあたりまえ、

「私」がいっさいないからだ。すべて、本尊・法、ともに、仏さまの御意志によ って成ったものだからである。 どこにも、「私」がないのだ。すべて「仏意」によ って成ったのである。

奇蹟ということばを使うならば、まず第一に、阿含宗が真正仏舎利を奉戴すること になったそもそものはじまりから、奇蹟が起きていたのである。

この真正仏舎利は、さきにちょっとのべたように、スリランカ国から拝受したので あるが、これは、わたくしのほうからお願いしたのではないのである。 スリランカ国 のほうから、お申し出があったのである。 最初、わたくしは信じなかった。 いや、信 じられなかった。 一笑にふしたのである。 それまで、わたくしは、スリランカにはいかなる知己もなかったのだ。寝耳に水、 一笑にふした。 しかし、真実と知って呆然と し、次いで、狂喜した。真実と知ってからも、何度か疑った。 どうして、こういうこ とになったのだろうか? ふしぎでふしぎでならなかった。

しばらくして、その事情らしいものを耳にして、なるほどと思った。 くわしくは知 おわらないが、最初、ある思惑を持った大教団が関係し、さいごにその思惑が外れて結 局、阿含宗がいただくことになったということらしいのだ。それを聞いた刹那、 わた くしは、「仏意だ」と感じた。いろいろなことがあったようだが、その経緯に、仏さ まのご意志を感じたのである。 わが教団に真正仏舎利がおまつりされるようにとの すべて仏さまのご配慮であると思った。

第二の奇蹟は、さきにのべた小田慈舟大僧正猊下の、「如意宝珠法」伝授である。

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守護仏とはどういう仏か?

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Nyoi Hoju Stand

I discovered this, practiced this, and almost completed it as a Buddhist law. It is only this “Shakyamuni Buddha’s law” that can make his toke, who has given off spiritual obstacles, attain Buddhahood.

Of course, the “Nyoi Hojuho” itself contains the method for attaining Buddhahood, but in order to completely attain Buddhahood even for those who are even suffering from spiritual disturbances, it is necessary to take all possible measures by simultaneously practicing the “Shakyamuni Buddha’s method for attaining Buddhahood.” I thought he was. This is because if one has even the slightest psychic disorder, one cannot obtain the virtues of happiness and good fortune, and even if one does, it will only harm oneself.

And it turned out to be exactly what I had envisioned.

How to repair

It is called ‘Nyoi Hojuryu’. I don’t want him to think that I’m saying this on my own, so let’s take a look at the “Esoteric Buddhism Encyclopedia”. There is this.

It is also called Hojuryu for short.

My case is a little different, but there is this way of training in Esoteric Buddhism.

By the way, we will practice “Nyoihojuho” and “Jobutsuho” at the same time, with the true Buddha reliquary, which is the living Shaka Nyorai, as the principal image. I named this law “Protective Buddhism”.

The reason for this is that this is the law that he believes is the one that creates the total guardian deity of all Buddhists.

It is only natural that miraculous miracles will occur when believers pray in front of this treasured pagoda, enshrining the Buddha Sharison, who has become a guardian Buddha, in a treasured pagoda. I wondered if it was strange that there were so many Buddha relics.

Why do miracles keep happening?

may be It is not so. According to oral traditions of the Dadoho, when the Buddha’s reliquary is the principal object of worship and a sacred stone or tree resembling the Buddha’s reliquary is used to perform the ritual, these relic stones or trees will immediately become equivalent to the genuine Buddha’s relic. . (However, the principal image must be a genuine Buddhist reliquary.)

Each believer receives a genuine Buddha relic and prays. Both the honzon and the Dharma are the highest. Miracles happen naturally,

Because there is no “I”. This is because both the principal image and the Dharma were created by the will of the Buddha. There is no “I” anywhere. Everything was created by the “Buddhist intention.”

If we use the word miracle, first of all, miracles have been occurring from the very beginning when the Agon sect came to enshrine genuine Buddha relics.

As I mentioned earlier, he received this genuine Buddha reliquary from Sri Lanka, but I did not ask for it. There was an offer from Sri Lanka. At first I didn’t believe it. I couldn’t believe it. I laughed at it. Until then, I had no acquaintances in Sri Lanka. I fell asleep and burst into laughter. But when he learned the truth, he was stunned, and then he was overjoyed. Even after knowing the truth, I doubted it several times. How did he end up like this?

After a while, I heard something that seemed to be the circumstances, and I thought I see. I don’t know the details, but it seems that at first it was related to a large cult with a certain purpose, but in the end, that purpose was lost, and in the end, the Agon sect was awarded. The moment I heard it, I felt that it was the Buddha’s intention. It seems that many things happened, but in the circumstances, I felt the will of the Buddha. He thought that it was all the consideration of the Buddha to have a genuine Buddha enshrined in our sect.

The second miracle is the teaching of the Nyoihoju method by His High Priest Jishū Oda, mentioned earlier.

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What kind of Buddha is the guardian Buddha?

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