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阿閦如来

阿閦如来

物事に動じず、迷いに打ち勝つ強い心を授ける仏

阿閦如来(あしゅくにょらい)とは?

語源は「揺るぎないもの」を意味し、物事に動じず迷いに打ち勝つ強い心を授けるといわれています。阿閦如来は「大円鏡智(だいえんきょうち)」と呼ばれる智慧を具現化した仏です。「大円鏡知」は知識や経験のない純粋な心、鏡のようにありのままを映し出す清らかな心という意味を持っています

 

大円鏡智」とは、天ほどの大きな鏡(大円鏡)は、あらゆるものの影をありのままに映す、特に人の世の「煩悩」や「汚れ」に惑わされずにすべてのものを映し、照らす、この鏡のような智慧のことを「大円鏡智」といいます。この智慧は「仏」になって、はじめて得られるもののようです

ご利益

密教における大日如来の五つの智慧を表す五智如来の一尊で、薬師如来と同等と考えらました。そのため病気治癒、無病息災、滅罪の功徳があるといわれています。

阿閦如来(あしゅくにょらい)の像容

左手は衣服の端を握り、右手は指を下に伸ばす降魔印(ごうまいん)を結んでいます。これは恐怖や誘惑に打ち勝つ強い心を表しています。阿閦如来の単独の造像はほとんどありません。

有名寺院と像

・京都府:東寺
・奈良県:西大寺

阿閃如来(あしゅくにょらい)の真言

オン・アキシュビヤ・ウン

十三仏

十三仏と法要の早見表

 

 

 十三仏 法要 命日から
不動明王(ふどうみょうおう) 初七日 7日目
釈迦如来(しゃかにょらい) 二七日 14日目
文殊菩薩(もんじゅぼさつ) 三七日 21日目
普賢菩薩(ふげんぼさつ) 四七日 28日目
地蔵菩薩(じぞうぼさつ) 五七日 35日目
弥勒菩薩(みろくぼさつ) 六七日 42日目
薬師如来(やくしにょらい) 七七日(四十九日) 49日目
観世音菩薩(かんぜおんぼさつ) 百箇日 100日目
勢至菩薩(せいしぼさつ) 一周忌 1年目
阿弥陀如来(あみだにょらい) 三回忌 2年目
阿閃如来(あしゅくにょらい) 七回忌 6年目
大日如来(だいにちにょらい) 十三回忌 12年目
虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ) 三十三回忌 32年目

命日を1日目とし、百箇日までは実際の日数が法要となります。
三回忌からは数え年になります。そのため【亡くなった年数+1】の数字を使用した法要名となっています。

阿弥陀如来

命あるものすべてを救うべく誓いを立て、極楽浄土に導

 

西方の果て、彼方の彼方――人の目には映らぬが、心の奥底では誰もが知っている場所がある。それは「極楽浄土」。苦しみも悲しみも消え去り、ただ穏やかな光が降り注ぐ世界。その教主にして、人々の永遠の救い手がいた。名を阿弥陀如来(あみだにょらい)という。

彼の存在は、限りない寿命――無量の命を持つことから「無量寿如来」とも呼ばれる。光の如き智慧、そして果てしなき慈悲を持つ彼は、かつて誓いを立てたのだ。数多の命を救い、すべてを苦悩から解き放つという壮大な誓い。四十八願――その一つに、「南無阿弥陀仏」と唱える者は、いかなる者であろうとも必ず極楽浄土へ導く、と記されている。

その誓いは、時の流れに飲まれず、やがて民衆の心に深く根付いた。「南無阿弥陀仏」という言葉は、生きる者の最後の拠り所となり、道を見失った者たちの祈りへと変わった。それは、他力に頼ること――すなわち「他力本願」の真意でもある。人は自身の力のみではなく、阿弥陀如来の慈悲にすがって、穏やかな浄土への道を見出すのだ。

阿弥陀如来の姿が現れるとき、彼の傍らには必ず二人の菩薩が控えている。一人は、蓮華の光を手にした聖観音(しょうかんのん)。もう一人は、智慧の象徴たる勢至菩薩(せいしぼさつ)。三尊の調和した姿は、揺るぎない救済の約束を表している。そして、時に彼らは二十五菩薩を従え、雲に乗り、往生を願う者の前へと現れるという。

遠く彼方から流れてくるのは、静謐な法音と、柔らかな光。それは来迎の兆し――阿弥陀如来が、迷える魂を迎えにくる姿だ。

すべての者を救わんとする誓い。その無限の光と無限の寿命は、終わりなき慈悲の象徴であり、人の希望そのものなのだ。