それでは、第二章のつづき――
第二章 正思惟 ―― 正しき意志を生む
– 第二節:問いの種子 –
秋の夕暮れ。
寺の庭に、ほのかに沈む陽が差し込んでいた。
石畳の端に腰をおろし、蒼は何かを考え込んでいた。
「……どう在りたいか、なんて。
考えれば考えるほど、分からなくなってきました」
ぽつりとこぼした声に、凌山は枝を箒で掃く手を止め、言った。
「それでよい。正思惟とは、問いを持つことから始まる。
答えはすぐに見つからぬものだが、
問いを抱いた者は、もう旅路にいる」
蒼は枝の影に手をかざしながら、ゆっくりと呟いた。
「どう在りたいか……たとえば、“怒らない人”になりたいって思ったとします。
でも、実際はすぐにイライラしてしまうんです。
思っても、現実の自分とのギャップがつらくて……」
凌山はそっと石に腰かけ、落ち葉を見つめながら言った。
「それは“問いの種子”じゃ。
君の中に、“怒らずにいたい”という願いが芽吹いた証。
たとえ今は実現しておらずとも、
種子を蒔かなければ、芽も出ぬ。
まず、その問いを大切に持ち続けるのだ」
蒼はふと、ポケットの中にあるメモ帳を取り出した。
最近、少しずつ感じたことや気づいたことを、短く書くようになっていた。
「“今ここにある感情を、敵としない”……これ、昨日書いた言葉です」
「うむ。よいな」
「怒りや不安があると、それを“悪い”と思って押し殺してました。
でも、それも自分の一部なんだって……少し思えるようになったんです」
「それが、思惟の力だ。
意志とは、“否定する力”ではない。
むしろ、“受け入れたうえで選ぶ力”なのじゃよ」
しばらく二人は黙って、空を見上げていた。
西の空が、柔らかな橙に染まっていた。
風が吹き、どこからか金木犀の香りがした。
「凌山さん……」
「なんじゃな?」
「たとえば“優しい人になりたい”っていうのも、正思惟ですか?」
「優しさとは“与える心”だ。
与えようとする願いは、まさに正思惟の花だ。
だがそれは、“誰かのため”というよりも、
“自分の在り方として”育てるものなのじゃ」
蒼は、その言葉を少しのあいだ胸の中で転がした。
「俺は、誰かに優しくされたいって思ってた。
でも、優しさって、自分から選ぶことでもあるんですね」
凌山は立ち上がり、庭の灯籠のそばへ歩いた。
その灯籠の穴に小さな蝋燭を差し込み、火を灯した。
「そう。思いは、心の蝋燭。
火をつければ、他を照らす。
だが、まず“火をつけたい”という願いが必要なのじゃ」
蒼はその灯りを見つめながら、ゆっくりと呼吸をした。
冷え始めた風のなかで、自分の奥底にひとつの種があることを、確かに感じていた。
「俺も……小さな灯りを持っていたい」
「それでよい」
「優しさを、思い出せるように」
「その思いが“正しき意志”の根となる」
――問いは、時に痛みを伴う。
だが、真に大切な問いは、人を内側から目覚めさせる。
蒼の胸にいま、たしかにその種子は根を下ろし始めていた。
【第二章「正思惟」完】
(※次章「第三章:正語 ―― 言葉が現実を形づくる」へ続きます)
次に「第三章:正語」へ進めることができます。
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