UA-135459055-1

Mac

四神足 ― 息の門 Shinjin-soku –

四神足 ― 息の門
Shinjin-soku – Gate of Breath

 

霧に包まれ 庵は眠る
灯りもなく 風も止む
ひとり坐して 問いを抱き
夜明けを待つ 無言の影

願え、渇け、この身を賭けよ
四つの門が 魂を試す
欲も勤めも 心を越えて
真理の光に 至るまで

Wrapped in mist, the hermitage sleeps
No light remains, the wind is still
Alone he sits, embracing questions
A silent shadow, waiting for dawn

Pray, thirst, stake your very soul
The four gates test the heart’s true call
Beyond desire, beyond all will
To reach the light where truth stands tall

 

 

romantic k-pop、Acoustic guitar

Male Vocalist

Acoustic guitar

 四神足法 ― 仏陀に至る道

 誰も知らぬ山奥、霧深き庵の中で、ひとりの修行者が静かに坐していた。時の流れさえ忘れたその姿は、まるで岩に根を下ろした古樹のように動かない。彼のまなざしは閉じられたまま、しかしその奥では燃えるような問いが灯っていた。

 ――苦しみは、なぜ尽きぬのか。
――迷いは、なぜ繰り返すのか。

 古より伝わる一つの法がある。
四神足法(しじんそくほう)――それは、ただの瞑想や技ではなかった。生命の根源にまで及び、苦悩の因縁を根こそぎ断ち切る、仏陀への道。選ばれし者がその四つの門をくぐり抜けたとき、彼は覚者ではなく、“仏陀に準ずる存在”、すなわち大聖者となる。

 だが、その道は決して優しくはない。
肉体を鍛え尽くし、精神を燃やし、魂までも浄めなければならぬ、過酷きわまりない修行であった。

 人の欲を燃料に変える欲神足(よくじんそく)
行動と集中を極限まで高める勤神足(ごんじんそく)
心の底を見つめ抜く心神足(しんじんそく)
そして、真理を観るまなざし――観神足(かんじんそく)

 この四つを成就したとき、人は神通を得る。仏のごとき力と智慧を、その身に宿すという。

 修行者は知っていた。
この道に、半端な心で挑むことはできない。
だが、それでも進まねばならぬ。人々の苦しみを、その根から断つために――。

 夜明け前、闇に沈む山の空気のなかで、彼の吐く白い息が、ひとすじの光となって静かに揺れていた。

章想の呼吸

四種の呼吸法

この本で教える瞑想の呼吸法は、四種の呼吸法から成り立つ。

ちょうしゆつにゆうそく

一、長出入息呼吸法

二、長出息呼吸法

はんしき

三、反式呼吸法

である。

きょうたんそく四、強短息呼吸法(火の呼吸法)

簡単に説明すると、一の長出入息呼吸法は、出る息、入る息、どちらも、 きるだけ細く長く深く呼吸する。一呼吸に二十秒から三十秒、一分くらい、時間をかける。 で

二の長出息呼吸法は、出る息のみをできるかぎり細く長く吐いて、一ふつうに吸う。

三の反式呼吸法は、ふつうの呼吸とちがって、息を吸うとき、腹部をひっこ

 

め、息を吐くとき、腹部をふくらませる。ちょうど逆になるわけである。

四の強短息呼吸法は、「火の呼吸法」とよび、片方の鼻孔を指で押さえて閉じ、片方の鼻孔で強く短く呼吸する。

それでは、四種の呼吸法の訓練を説明しよう。

長出入息呼吸法の訓練

にする。 そのためには、頭部、頸部の緊張を解くために、前頭部を心もち前に出し、 下駅を少し中へ引くようにして、頭部をやや下げるようにするとよい。同時に、前胸部も少しひっこめるようにし、腹部は少し前に出し、両肩は力を入れず、自然な姿勢をとる。背中は心もち前に曲げ、腹部の容積を大きくするよう

りきぐ、きちんとした姿勢をとる。ただし、あまり緊張しすぎて力んだり、硬直したりしてはいけない。ゆったりと、リラックスすることが大切である。

趺坐、あるいは椅子坐、いずれにしても、頭部、頸部をごく自然に、まっす

173 第四章

輪転生联想の呼吸法

 

る。 大事なことは、呼吸法をはじめるときには、かならず、まず最初に息を吐くことである。まず吐いて、つぎに吸うときから第一回の呼吸がはじまるのであ

口と唇はごく自然に軽く閉じる。両眼も軒の目にる程度にひとすじの隙間を残す。すなわち半眼にして、視線は、鼻の先、鼻頭に持っていく。

肛門をきゅっと締め、上へ引き上げるようにする。

まず、最初、軽く息を吸い、ついで口をすぼめ開き、力いっぱい吐き出す。

下腹部に力をこめ、上体を少し前に折りかがめるようにしながら、吐いて吐いて吐き尽くす。このとき、前に書いたように、体中の悪気、不浄の気をことごとく吐き出してしまう気持ちで、鳩尾が背骨にくっついてしまうくらいに、吐くのである。吐き尽くしたら、また大きく吸い、二、三回、これをくり返す。

歯は軽くかみ合わせて、かみ合わせた歯の間を通して、ゆっくりと息を吐く。歯は上下が軽くふれるかふれない程度で、決して強くかみ合わせてはいけ

ない。

自然に、長出入息呼吸法に移る。

まず、軽く息を吸う。

あるのである。 びこう少しずつ、時間をかけて、鼻から空気を吸う。このとき、鼻から入ってくる空気の量をできるだけ少なくするために、鼻をすぼめて鼻腔をせまくする。こうすると、入ってくる空気の量が少なくなるだけではなく、せまくなった鼻腔の壁が空気でマサツされて、その刺激が脳に伝わり、脳の興奮を静める効果も

歯の間を通してゆっくりと息を吐き終わったら、今度は唇を閉じ、歯をきちんと合わせて、鼻からゆっくりと吸うのである。

じろうがくぶまた、息を吸い込むとき、舌の先を、上顎部(上の正面の歯ぐきのやや上部、つまり、智能ルートの解交のところである)につける。なぜつけるのかというと、わたくしは、さきに、任脈と督脈のニルートは、元来一本の線であるとのべた。

しかし、じつは、口のところでとぎれているのである。これを、舌の先で接続

させるのである。これによって、じっさいに、任肌のルートとなるのである。(ここから意念との共同訓練に入っていくのだ)

そこで、ごく自然に息を吸い込んでいく。

もゆうかんしんけつこのとき、息を吸い込む鼻の奥から、(任脈ルートの)鳩尾、中院、神開(勝) かんげんを通って、男性は気涙(勝の下約四センチ)、女性は関元(勝の下約八センチ)のところまで、一本の気管(プラーナ管)が通じていると観想せよ。太さは細めのストローくらいで、赤色である。

こんかんほうのうほうきゆうこの気管の根本、つまり根管部(気海、関元)に、胞宮という三センチ四方くらいの特殊な細胞の場のあることを意識せよ。胞嚢という、うすいオレンジ色を帯びた透明の袋と考えてもよい。鍛錬によって収縮・拡大するから、糞と考えたほうが把握しやすい。

静かに深く息を吸い込んでいく。気管を通じて息はまっすぐに胞嚢に吸い込みぞおち 「まれていく。吸い込む最初、鳩尾は軽くひっこみ、このとき、胞宮に強く意識をかけ、少し力を入れる。息が吸い込まれるにしたがって、鳩尾はふくらみ、 みぞおち

 

ن

POWER

収縮していた胞嚢もふくらんでいく。(注意。あとでのべる「反式呼吸法」のときは、この逆になる)

みぞおち息を吸い終わったら、もう一度、軽く息をのみ、鳩尾は十分に落とし、肛門をぐっと閉じ、胞宮にウムと力を入れる。この力を入れるとき、同時にかならず鼻からちょっと息を漏らす。これが非常に大切で、これをやらないと、胸から頭部にかけて圧がかかり、体を痛めるおそれが出てくる。腹式呼吸をやって、頭痛を起こしたり、内臓下垂で苦しんだりするのは、これを知らないからである。禅宗の原田祖岳老師が、原垣山和尚の極端な下腹入力禅をやったとこに書いておられる。注意が必要である。 はらたんざん

ろ、頭が鳴って苦しくなった。また腸の位置が変則的になって難病をしたと本

この肛門を締めて、胞宮にウムと力を入れる動作を、二、三回おこなう。

つぎに、長出息呼吸に移る。

胞宮に一段と力をこめ、下腹部を収縮させながら、どこまでも腹の力をもって静かに息を吐き出していく。ふくらんでいた胞嚢がしだいにしぼられ、収縮

していく。

「オン」 真言を誦しながら息を吐き出していく。静かに、ゆっくりと、できるだけ細く長く吐き出していく。息がすっかり出てしまうと、下腹はくぼみ、腹壁が背骨にくっつくような気持ちになる。つまり、そうなるような気持ちで吐き出していくのである。

マントク真言はつづいて、

このとき、息を吐き出しながら、それまで、上顎部につけていた舌を離し、 吐き出す息に乗せるような気持ちで、低い声で真言を調する。

吐き出し終わったら、また、静かに鼻で吸う。吸うときは、舌を上顎につけること。前とおなじである。

吸い込んだら、前と同じ動作で吐き出していく。前とおなじように、吐き出マントラしながら、真言を誦する。

「シンタマニ」

 

「ダト」

「ウン」

で、これを、それぞれ、吐くひと息ごとに、一句ずつ、唱える。

「オン、シンタマニ、ダト、ウン」

マントラよつしゃり そんこの真言は、守護仏、仏舎利尊 仏舎利尊(輪廻転生瞑想法の本尊、準低尊の本体)の真言である。深く念ずることにより、守護仏の加護を得て、魔境に陥ることなく、 無事、修行を成就するのである。

この長出入息呼吸法は、一呼吸についての時間は問わない。できるだけ細く長く、長出入息させるのである。

長出息呼吸法の訓練

前の、長出入息呼吸法は、出る息、入る息、ともにできるだけ長く細く呼吸するものである。できるだけ細く長く、というだけで、どれほどの時間をかけて細く長く呼吸するのか、という時間は問わない。

179

章想の呼吸

 

第二章 クンダリニー・ヨーガと成仏法の真翻「四神足法」

四神足法

欲神足法

人間の生命力の、とくに肉体上における根源的諸条件を、完全なものにする修行法。

勤神足法

欲神足法で得た能力をベースに、肉体上の基本的諸条件を、さらに飛躍的に向上させる修行法。

心神足法

 

力を飛躍向上させていく。 すなわち、脳の欠陥部分を補強するための準備段階として、古い脳を人に進化

観神足法

肉体的能力の向上発達を基に、精神的能力を充実させ、さらに目がたし

させる修行法である。ワニとウマの獣性の脳を霊性の脳に変えていくのである。

新しい脳である新皮質を向上させるとともに、霊性の場である間脳を開く。

同時に、間脳に付属する視床下部と、古い脳辺縁系との神経回路を補充強化する修行法である。知性と霊性の完全なる融合だ。

以上が、四神足法の概略である。

四神足法を成就したとき、その修行者は、仏陀に準ずる大聖者となる。業を超え、因縁を解脱し、生者、死者ともに解脱成仏させる大聖者である。

七科三十七道品の釈尊の成仏修行法は、大きく分けて、「教え」と「

種に分類できる。

「法」の中心は、四神足法である。

いや、中心というより、法は、四神足法のみである。

五力法も修行法であるが、これは、四神足法の補助のようなもので、四神足法

に対し、つぎのように付随される。

欲神足

動神足念力

心神足

(四神足法)(五力法)

精進力(信力)

定力

観神足慧力

四神足法、五力法以外の道品、すなわち、四念住、四正断、七覚支、八正道

 

れる。

は、「歌え」である。これらの教えは、四神足法について、つぎのように付随さ

(なお、五根法は、五力法のベースとなる瞑想と実践である)

四念住欲神足

四正断動神足

七覺支

八正道

心神足

観神足

ただし、観神足を体得した聖者には、もはや教えは不要であって、八正道は、 他の三神足修行者にすべて対応される教えである。

四神足法とクンダリニー・ヨーガ

さて、以上の四神足法の修行は、どのようになされるのであろうか?

それは、クンダリニー・ヨーガのチャクラの開発からはじまるのである。

その関係はつぎのとおりである。

ムーラーダーラ・チャクラ

欲神足

スヴァーディシュターナ・チャクラ

動神足

マニプーラ・チャクラ

アナーハタ・チャクラ

ヴィシュッダ・チャクラ

心神足

アージュニャー・チャクラ

觀神足

・サハスラーラ・チャクラ

以上であるが、ここに非常に重大なことがある。

それは、四神足法は、クンダリニー・ヨーガのチャクラを開発しただけでは不十分だということである。チャクラを開発すると同時に、各チャクラを統合して

機能させていく技法が必要なのである。わたくしはいま、非常に重大といっ葉を使ったが、それはそれ以上、絶対に必要なポイントなのである。

それは、どういうことか?

必要なのである。 あくせい はつどうチャクラは、チャクラを覚醒、発動させる技術によって活動を開始し、チャクラ特有の力を発生する。しかし、それだけでは、四神足法が目的とする神力(超常的能力)にまではとうてい、至ることができない。どうしても、これらのチャクラを統合して、さらにパワーを加圧、加増して、重点的にはたらかせる技法が

それは、二つの技法である。

くり出す。

1、各チャクラが発生したエネルギーを、自由にコントロールし、かつ、自分の必要とする場所に自在に送達させることのできる回路を持つ。

とくに、脳に対しての回路が重要である。

2、その回路作製を可能ならしめるための神経経路を補強、さらに、新たにつ

しんかしつししょうかこれは、とくに、「新皮質と視末下部をつなぐ神怪怪格を補強す

くり出す。

これは、とくに、「新皮質と視床下部をつなぐ神経経路を補強する」ということにも、必要欠くべからざる技法なのである。

この二つの技法は、クンダリニー・ヨーガにはないものである。

ただし、まったくないのではなく、これに類似した技法がひとつある。

ナデそれは、スシュムナー管と、ピンガラ、イダーという気道を使う法である。

クンダリニー・ヨーガというのは、だれもが体内に持つクンダリニーと名づける強大な生命の根源力を目ざめさせて、これにより、超常的体力を獲得し、特殊な精神領域に到達しようとするヨーガである。

びていこう

クンダリニーは、脊柱のいちばん下部、尾骶骨のチャクラ(ムーラーダーラ) の部分に、蛇が三巻き半、とぐろを巻いたようなかたちで眠っている。クンダリ

ニーというのは、「巻かれているもの」という意味である。

クンダリニーは、そこにあるスヴァャンプーという男根のまわりに巻きついて

 

節するはたらきをする。 クンダリニーの目ざめとともに、スシュムナー管の両側にあるピンガラとイダーという二つの気道が開き、クンダリニーのエネルギーは、この二つの気道をも、螺旋状に上昇していく。この二つの気道は、その後のクンダリニーの力を調

いて、その頭部で、スシュムナー管の入口を閉ざしている。

スシュムナー管は、脊柱の中空部にある生気の通る路で、尾骶骨から脳の下部

の延髄にまで届いている。また、スシュムナー管の内側には、ヴァジリニーとよばれる気道があり、さらにその内側には、クモの糸のように細かいチトリニとよばれる気道がある。

特殊な瞑想・思念・ムドラー・マントラ詠唱などの動作によってチャクラが発動し、クンダリニーが目ざめると、クンダリニーは噴火した火のような激しい勢いで、スシュムナー管を上昇していく。クンダリニーを Serpent fire (サーペント・ファイア、蛇の火)とよぶのも、そこからきているのである。

クンダリニー・ヨーガの目的は、聖なるものと一体となる至高の境地を目ざすね

 

 

はなかろうか? 四神足法も、このクンダリニー・ヨーガの技法を、そのまま使ったらよいので

ので、スシュムナー管、ピンガラ・イダーの両気道を上昇するクンダリニーのエ

ネルギーは、最終的に、サハスラーラ・チャクラにまで到達して、その目的を達するのである。

ナデイ以上が、クンダリニー・ヨーガの気道の技法とされるものである。

そうはいかないのである。単にチャクラを目ざめさせ、そのエネルギーを発動させただけでは、四神足法の目的を達成することはできないのである。各チャクラを統合し、そのエネルギーをさらに増幅して目的のものに集中する方法が、どうしても必要なのである。

では、クンダリニーを覚醒させ、これを使ったらいいではないか。

わたくしは、阿含経はもとより、釈尊にまつわるさまざまな伝説に至るまで、 あらゆるものを分析した結果、釈尊の成仏法には、クンダリニー・ヨーガのクンダリニー覚醒法がもちいられた形跡を発見することができなかった。(彼自身は、

それを完全に成就していたであろうが) なぜか?

クンダリニーの覚醒は、あまりにも激烈、過激すぎて、完全な脳を新しくつくりあげるのには適切でないのである。クンダリニー・ヨーガは、人間の脳の欠陥を是正する方法ではなく、そこを通り抜けて一挙に、別次元の高度の意識領域に突入してしまう方法なのである。

これは危険すぎるし、かつ、ごく限られた特殊な人にしかもちいられない方法であった。

釈尊は、だれでもが実行できる修行法を教えた。一心に修行さえすれば、だれでもが成仏できる方法を教えたのである。だから、チャクラを使うことはとり入れたが、クンダリニー・ヨーガの覚醒法はとり入れなかったのである。クンダリニー・エネルギーは使ったけれども、その方法はまったくちがっていたのであ

では、どのようにしたのであろうか?

準胝観音経

捨てん。 じゅんていくとくじゅじゃくじようこころっねずいつさいもろもろ だいなんよ準低功德聚。寂静にして心常に誦すれば一切諸諸の大難能く是の人を優すこと無し。天上及び人間福を受くること仏の如く等し。此のがむとうどうせいがんだいひうちいちにん意味に置はは定んて無等等を得ん。若し求れ誓願大悲の裡一人としてこもうざいか うも 22 ほんがく かもだいひ二世の願を成ぜずんば我れ虚妄罪過の裡に堕して本覚に帰らず大悲をひとにー

じゅんて

準胝観音経

準胝尊真言

ノウバ・サッタナン・サンミャクサンボダクチナン・ター

ン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ