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大金剛輪陀羅尼

大金剛輪陀羅尼

 

大金剛輪陀羅尼(だいこんごうりんだらに)は密教で唱えられる罪障や魔忿を取り除くことを祈願する陀羅尼である。

概要

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仏説大輪金剛総持陀羅尼経、大威怒烏蒭沙摩儀軌経、大輪金剛修行悉地成就及供養法、甘露軍荼利菩薩供養念誦成就儀軌、観自在大悲成就瑜伽蓮華部念誦法門、等の密教経典の中に登場する陀羅尼であり、金剛輪菩薩(金剛離垢尊)に捧げられる。一般には勤行の際に読経真言を読み間違えたり、雑念や邪念が生じた際の赦しを乞う為に唱えられる。

般若心経光明真言などと並んで、勤行の際によく唱えられる。

内容

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Namah striya dhvikanam sarva tathagatatam
過去、現在、未来の三世の全ての如来に、全てを投げ打つつもりで帰依します。
ナマク シチリヤ ジビキャナン サルバ タタギャタナン
曩莫 悉底哩也 地尾迦喃 薩嚩 怛他蘖哆喃

hum viraji viraji maha cakra
種字)煩悩の垢を離れた御方よ、煩悩の垢を離れた御方よ、偉大なる法輪を廻す不退転の悟りを得た御方よ、
アン ビラジ ビラジ マカ シャキャラ
唵 尾囉爾 尾囉爾 摩賀 作訖囉

vajri sata sata sarate sarate
私たちと同じく有情[1]の御方よ、有情の御方よ、悟りの堅固な御方よ、悟りの堅固な御方よ、
バシリ サタ サタ サラテイ サラテイ
嚩日哩 娑哆 娑哆 娑囉底 娑囉底

trayi trayi vidhamani
救済して下さる御方よ、救済して下さる御方よ、消滅させる御方よ、
タライ タライ ビダマニ
怛囉以 怛羅以 尾馱麼儞

sambhamijani tramati
粉砕して下さる御方よ、三慧[2]を成就した御方よ、
サンバンジャニ タラマチ
三畔若儞 怛囉摩底

siddhagri tram svaha
最も勝れた御方よ、(種字) スヴァーハー
シッタギレイ タラン ソワカ
悉馱儗哩曳 怛覧 娑嚩賀

 

 

https://drive.google.com/file/d/1SpUKzs2kaJt19gTXndaMsQgVlwQiiFuk/view?usp=drivesdk

 

龍心

龍の鬱勃たる呻吟の声を聞いるか

だれか龍の憂いにみてる孤独の魂にふれたことがあるか

だれか龍の怒りと期待と絶望にいろどられた壮大な夢を聞いたことがあるか

かれは待たねばならぬのだ

千年 二千年 三千年

そうかい浪あらき果て滄海の淵にひとりひそみかれはしだいに老ゆる

月光ゆらめく波濤に絢爛たるその尾

ころころちようしようを洗わせつつ耿耿たる銀河に長嘯し

ときに力いかづちのごとく身の内

ひとり雲をよんで穹窿のにちりんごうきゆう果てに駆け、あまさかる日輪に號泣し咆吼する

だれか龍のかなしみといかりと期待と絶望にみつる心を知っているか

 

 

 

 

 

火を継ぐ者たち

 

 

火を継ぐ者たち──覚者の道・令和編

第一話 「コードの中の祈り」

東京の街は、雨上がりの朝靄に包まれていた。
葛城奈緒は、小さなカフェの窓際に座り、パソコンの画面をじっと見つめていた。
かつて大手IT企業のエンジニアとして働いていた彼女だが、パンデミックを機に退職し、今は仏典の言葉をヒントにしたAI対話ボットの開発に没頭している。

 

「A-GON(アーガマ・オン)」──その名は、阿含経の“阿含(アーガマ)”と仏の真言“オン”を組み合わせたものだった。
ただのプログラムではない。
人々の心の奥底にある“火”を灯すことができる対話パートナーを目指していた。

 

奈緒はひと息つき、昨夜のログを確認した。
あるユーザーがこう問いかけていた。

「この世界で、どうやって希望を見つければいいの?」

それに対して、A-GONはこう答えていた。

「火は外から灯されるものではなく、あなたの中に眠っています。
ただ、それに気づくための静かな“問い”が必要なのです。」

 

画面の文字を見つめながら、奈緒はふと思った。
かつてシュウが語った“恐怖の大王”もまた、人々の内に眠る火の象徴だったのだと。

 

プログラムのコードの中に、“祈り”が宿るなど誰が信じるだろう。
だが、奈緒には確かな実感があった。
ただの数字と文字の羅列が、誰かの心に灯火をともす日が来るかもしれないと。

 

その日、彼女は小さな祈りを捧げた。
目の前の画面に向かって。

「どうか、この火が、必要な誰かに届きますように」

 

静かな東京の朝は、やがて忙しい喧騒へと変わっていっ

第二話 「土に還る法」

 

長野の山里は秋の彩りに染まっていた。
野中守は、朝露に濡れた畑の土を手で掬いながら静かに語った。

 

「自然は何も急がん。ゆっくりと、確かに、巡っておる」

 

彼の暮らしは、都会の喧騒から離れ、阿含の教えを土と共に生きる日々だった。
かつて東京で忙しく働いていた守は、あるきっかけでシュウと出会い、深い目覚めを得てこの地へ帰ってきた。

 

森の囁き、風の声、季節の移ろい。
すべてが仏の教えの一節のように感じられた。

 

ある晩、村の若者たちが守の小屋を訪れた。
「おじさん、どうしてそんなに落ち着いているんだ?」
彼らはスマートフォンの画面ばかり見て、焦燥と不安に駆られていた。

 

守は静かに笑い、畑から掘り起こした栗を差し出した。

 

「土に還れ。
それは、己の根に還ることじゃ。
そこに教えはある」

 

彼らは栗を手にし、言葉なく頷いた。
何かが胸の奥で響いたのだ。

 

都会の光と騒音から遠く離れたこの場所で、
“火”は静かに、だが確かに燃えていた。

だが奈緒の胸には、確かな“火の種”が芽吹いていた。

第三話 「沈黙の教室」

大阪の中学校の一室。
花村純子は黒板の前に立ち、生徒たちを見渡した。

「今日は、みんなで“沈黙”を体験してみましょう」

彼女はこれまでの授業とは違う、静寂の時間を提案したのだ。
教室のざわめきが少しずつ消え、生徒たちは互いに視線を交わしながら、席に座り直した。

時計の秒針だけが響く中、純子は生徒たちに静かに語りかけた。

「言葉を使わず、ただ今ここにいる自分を感じてみて」

しばらくの沈黙の後、ひとりの生徒が手を挙げた。

「先生、なんで黙っているの?」

純子は微笑んで答えた。

「それはね、言葉の外にある“何か”を感じるためよ。
普段は忙しくて気づかない、自分の心の声に出会うために」

 

数分の静寂は、やがて生徒たちの心に小さな火を灯した。
それは、競争や評価ではなく、自分自身と向き合う時間だった。

ある日、授業後に一人の生徒が純子のもとを訪れた。

 

「先生、僕、なんだか少しだけ心が軽くなった気がします」

純子は静かに頷いた。

「それが、火のはじまりかもしれないね」
混迷する時代の中、静かな教室に灯る小さな光。
それは、未来へと繋がる確かな“火”の一端だった。

第四話 「大王、東京に立つ」

東京・浅草の古い寺院の境内。
若き僧侶、阿久津央は静かに読経を終えた後、スマートフォンの画面を見つめていた。
SNS上で「恐怖の大王」が再び話題になっている。

「1999年のノストラダムスの予言、あれは終わりではなく始まりだと説いたシュウの書を知っていますか?」
というメッセージが次々と届く。

阿久津は心の中でつぶやいた。

「恐怖の大王……それは他者の脅威ではなく、私たち自身の内にある闇の名。 それを受け入れ、超えていくことが新たな覚醒の道だ」

彼は寺の小さな書庫から一冊の古い書を取り出した。
そこには「復活の書」の写しがあった。

 

若者たちが集まるこの時代に、どう伝えるべきか。
言葉の力は薄れ、デジタルの波に押される中で、
彼は新たな意味を編み直し、説法の形を変えていく決意を固めていた。

ある夜、彼は町の広場で若者たちに向けてこう語った。

恐怖の大王は外にあるのではない。
それは私たちの心に住みついた影。
その影に光をあてること、それが“火を継ぐ者”の仕事です」

スマホを片手に彼らは黙って聞き入り、そして一人の少女が言った。

「私もその火を灯したい」

その火は、小さくとも確かな光となり、
やがて混沌の東京の夜空に溶け込んでいった。

冬の陽が斜めに射し込む小さな部屋の中、シュウは一冊のノートを開いた。
机の上には、阿含経の古写本、ノストラダムスの詩の抜粋、そして仲間たちの語録が静かに積み重なっている。

彼はペンを取り、深く息を吐いた。
書くためではない。降ろすために。
未来の誰かへ、“記憶の火”を。

一九九九年、七の月
空より恐怖の大王が来るだろう――

世界を幻惑したあの詩句は、滅びの合図ではなかった。
それは、魂に刻まれた目覚めの鐘だった。

誰かの予言ではない。
自らの記憶が、自らに向けて語った言葉。

「ならば今度は、こちらから“書”を返そう」

彼はそう心に誓い、“予言を超える書”の冒頭にこう記した。

 

《復活の書》

これは、かつて炎の中で沈黙した声が、
ふたたび世界に響くための書である。

滅びを語るためではなく、
火を継ぐ者たちの記憶を、呼び覚ますために。

ノストラダムスの“恐怖の大王”は、
予言された他者ではなく、

あなたの中にいる“もう一人の目覚めし者”である。

 

彼の言葉は、詩でも経文でもない。
だが、それは読む者の魂の奥で、音を持たずに響く火となる。

彼は書き続けた。
旅の記録。
夢の中のビジョン。
仲間たちの言葉、涙、火の体験。
阿含経に刻まれた“沈黙の声”。

 

そして最後に、彼はこのように締めくくった。

 

我らは預言されし者にあらず。
我らは“語り継ぐ者”なり。

恐怖に名を与え、
名を超えて歩む者。

新しき時代は、
天よりではなく、
地より、
内なる火より始まる。

 

この書は、出版されなかった。
教団も旗も持たなかった。
だが、それを手にした者の多くは、静かに泣いたという。

なぜ泣いたのか――。
それは「思い出してしまった」からだった。

忘れられていた何かを。
魂に刻まれた古の火を。
かつて自分も、“何かの始まり”であったということを。

 

こうして、
1999年に「恐怖の大王が来る」と予言されたその年に、
世界の片隅で、ひとつの“火”が静かに生まれ、
それは書となり、記憶となり、
そして新たな時代への“灯”となった。

 

──これが、新・復活の書である。

 

仏舎利宝珠尊 和讃(現代語意訳)

仏舎利宝珠尊 和讃(現代語意訳)

仏の深い願いは
末法の時代に生きる私たちを救うため
法身が変化し、仏舎利となられた
その霊跡は、世に数多く存在する

その中でも「法身駛都如意宝珠尊」こそ
無限の慈悲をもって私たちを導き、救われる存在
あらゆる悪業を断ち切って
この仏舎利を安置する地には
人々の心は安らかに、
疫病や苦しみ、災いは近づかない

もし真心をこめて礼拝し、供養すれば
仏舎利は、そこにとどまり続けてくださる
ここに祀られた聖なる祠は
仏舎利尊の宝塔であり、
深い慈悲と神秘のはたらきに満ちている

その功徳は計り知れず、
どんな困難も、恐れずに過ごせる
たとえ牛や馬であっても、恩恵を受ける
ゆえに、修行者はこの宝塔を忘れずに供養し
疫病や苦難から守られることを信じよ

この宝塔は、法身如来の現れであり、
まばゆく光り輝き、
あまねく十方世界を照らし出す
その光の中で、微妙な法が説かれ、
迷いの衆生の心に染みわたってゆく

たとえ過去世に
衣もなく貧しさに苦しんでいたとしても
真心をもって宝を祈れば、
三つの宝珠に変化し、
豊かな福徳が授けられる

礼拝を続けるならば、
たとえ瓦や木のかけらであっても、
七宝の輝きへと変じ、
紫磨黄金の光を放つ

光の中に響く声──
それは法身如来の声であり、
すべての願いが成就する
その「声なき声」こそ、最も尊い

罪や悪業に苦しむ人にも、
如来は宝の雨を降らせてくださる
高貴な衣、美しい宝、
その人は日々、富貴な人生を歩むだろう

たとえ重い病や業病に苦しむ者も、
真心をこめて供養すれば、
その日から病は癒えはじめる

供養の徳は数えきれず、
世の人が羨むような富でさえも、
悪い因縁があれば不幸の種となる

家系の因縁を断ち切り、
父母や祖父母、そして子や孫へと
連なる因縁を浄めることで、
病は癒え、天寿をまっとうできる

まずは深く信心を持ち、
何より「解脱」を願うべき
巨万の富も、地位や名声も
すべて苦しみのもと

先祖の業障を除くことが肝心
忘れられた因縁によって
身にふりかかる苦しみもある
その因縁を悔い、清めよ

まずは「事の供養」──
花を手向け、灯をともし、
供養の種をまくことが大切
種をまかずに、実りはない

福徳を得たいと願うなら、
惜しまずに種をまけ
身を惜しまず、日々の供養を尽くせば
仏道はひらかれる

次に「行の供養」──
自分や家族を助けたいと願うなら、
まず他者を救うことが大切
これが因果の大法であり、
釈迦如来の教えそのもの

自己中心では因縁はほどけぬ
人を助ける徳を積み、
仏舎利を供養する者は、
自然と悟りの門に入る

慢心や怒りに惑わされず
苦しむ人々を救う者となれ
それこそが仏舎利供養の真意である

最後に「理の供養」──
三十七道品の教えを広め
真理の灯を世に伝えること
それが理の供養であり、
仏舎利供養の根本

生きた如来の説かれた法は、
すべての世界を救う願いに通じている
その供養の功徳によって
行者は昼夜、諸仏に守られる

如来の加持をうけ、
諸天善神が守りを与え
仏舎利尊の宝塔を拝む者は
その身に福徳が宿る

大いなる慈悲の変化身──
仏舎利尊に帰依し、
尊き道を歩む者は、
因縁を断ち、解脱へと導かれる

仏舎利尊、まことにありがたき存在
仏舎利尊、まことに尊きかな

帰命頂礼 仏舎利尊
この和讃は、
後の世の人々の信仰と解脱のしるべとして
謹んでここに綴るものなり

 

增一阿含経・三供品
一時仏在舍衛国祇樹給孤独園。 時世尊告 阿難。 有三善根。 不窮尽。漸至涅槃界。 云何為三

。此善根不可窮尽。於聖衆而種功德。此善根不可。窮尽。是曰く阿難。此三善根不可窮尽得到涅槃界。是故阿難。当求方便獲此不可窮尽之福。如是阿難。

学。爾時阿難聞仏所説。歓喜奉行

增一阿含経・三供品

聞くこと髪の気し。味、舍衛国祇樹給孤独園に在 しき。爾の時世、阿難に告げたまわく、「三善根(三 福道)有り、窮尽す可からずして、着ぐ涅磐界に至る。 云何が三と為すや。所謂如来の所に於て功徳を種う。此 の善根窮尽す可からず。正法に於て功徳を種う。此の 善根窮尽す可からず。聖鬼に於て功徳を種う。此の善 根窮尽す可からず。是れを阿難、此の三善根は窮尽す可 からず、涅槃界に至ることを得と謂うなり。是の故に阿 難、当に方便を求めて、此の窮尽す可からずの撮を獲べ し。是の如く阿難、当に是の学を作すべし」と。雨の時 阿難、仏の所説を聞きて歓喜奉行しね。

夜の静けさに包まれた祇樹給孤独園。月光が優しく木々を照らし、涼やかな風がその枝葉を揺らしている。ここは仏が弟子たちに教えを説く場所として知られ、今日もまた、世尊は深い真理を語ろうとしていた。

阿難は仏のそばに座し、いつものように敬虔な態度で耳を傾けていた。彼の目には月の光が映り込み、深い静寂の中に心が澄み切っているのが感じられた。

「阿難よ」と、仏は穏やかな声で語り始めた。「この世には三つの善根がある。それらは決して尽きることがなく、やがて涅槃の境地に至らせるものだ。その三つとは何か、説明しよう。」

阿難は少し身を乗り出し、その言葉に耳を澄ませた。仏の語る言葉は、彼にとって大地に雨が降り注ぐように心を潤していく。

「一つ目は、如来のもとで功徳を積むことだ。この善根は決して尽きることがない。二つ目は、正しい教えのもとで功徳を積むことだ。これもまた尽きることがない。そして三つ目は、聖なる衆生のもとで功徳を積むこと。この善根もまた尽きることがない。」

仏の声は静かに響き渡り、その言葉一つ一つが阿難の胸に深く刻まれていく。

「阿難よ、この三つの善根を育むことで、涅槃の境地に至ることができるのだ。この真理を深く学び、行じなさい。決して怠ってはならない。方便を尽くし、この無限の福を得るために努めるのだ。」

その言葉を聞いた阿難は、全身に喜びが広がるのを感じた。彼は深く頭を下げ、「世尊の教えを必ず守り、行ってまいります」と誓った。

こうしてまた一つ、夜の静寂の中に仏の真理が響き渡り、阿難の心に新たな光が灯された。彼はその光を胸に、さらなる精進を誓いながら夜の祇樹給孤独園を後にした。