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阿弥陀の光

阿弥陀の光

夕暮れの山寺に、風がひとすじ吹き抜けた。
老僧はゆっくりと石段を上り、灯明のゆらめく本堂へと入る。そこに鎮座しているのは、金色の光をたたえた阿弥陀如来像だった。

「命あるものすべてを救うべく、誓いを立てた仏──」
老僧の声は、木の梁に柔らかく反響する。
その御名は、阿弥陀如来。無限の寿命を持つことから、無量寿如来とも呼ばれる。限りない光、限りない命──それは智慧と慈悲の象徴であり、西方極楽浄土の教主として、衆生を導き続けてきた。

かつて、阿弥陀は四十八の大願を立てた。その中のひとつには、こう記されている。
「もし我が名を称える者あらば、必ず極楽へ迎え入れん」
だからこそ、人々は「南無阿弥陀仏」と唱える。自らの力ではなく、阿弥陀の力を信じ、すがって往生を願う──その心を、人は「他力本願」と呼んだ。

僧は、脇侍の聖観音と勢至菩薩にも目を向ける。二十五の菩薩を従え、雲に乗って往生者を迎えに来る来迎の姿は、まるで西の空から差し込む夕日そのものだった。

阿弥陀の印相は来迎印。施無畏印にも似ているが、親指ともう一本の指がわずかにねじれ、まるで「さあ、こちらへ」と手を差し伸べているようだ。装飾品はなく、静かに、しかし確かにこちらを見つめるその眼差しは、永遠に変わらぬ約束を宿している。

特殊な姿もある。宝冠を戴く阿弥陀、裸形の阿弥陀、そして振り返りざまに微笑む「見返り阿弥陀」。それぞれが、衆生との距離を縮めるための慈悲の姿だった。

老僧は膝をつき、低く真言を唱える。
「オン・アミリタ・テイ・ゼイ・カラ・ウン…」
オン──帰依の響きが胸に広がる。
アミリタ──不死の甘露が、心を潤す。
テイ──神聖な光が、瞼の裏を照らす。
ゼイ──清らかな風が、内なる塵を払う。
カラ──その働きは、すべてを包み込む。
ウン──一音に凝縮された仏の種子が、静かに魂を揺らす。

その夜、老僧の夢には、雲に乗った阿弥陀如来が現れた。
遠く西の空に広がる金色の光の中で、阿弥陀は穏やかに微笑み、ただひとことだけ告げた。

「さあ、帰ろう──極楽へ。」

西方浄土の誓い ― 法蔵菩薩の願立

遠い昔、まだこの宇宙が若く、無数の仏国土が輝きを放っていたころ。
彼はひとりの修行者だった。名を、法蔵菩薩という。

ある日、法蔵は無数の仏国土を巡った。黄金に輝く世界、宝石が地を覆う世界、香気が風に満ちる世界──それぞれに仏がいて、衆生を導いていた。しかし、どの国にも「救われぬ者」がわずかに残っていた。

ある世界では、信心を持てぬ者が置き去りにされ、またある世界では、罪深き者が救いから外れていた。

その光景を前に、法蔵は深く胸を締めつけられる思いがした。
「なぜ、すべての者を救えぬのか。なぜ、選ばれし者だけが仏国土に至るのか。」

彼は、すべてを救う国土を創ると決意した。
そのためには、まず理想の国土を思い描く必要がある。法蔵は、世自在王仏の前にひざまずき、静かに言葉を紡いだ。

「世自在王仏よ。私は願います。
どんな者も拒まぬ国土をつくりたい。
善も悪も、賢も愚も、老いも若きも、すべて等しく受け入れる国を──」

世自在王仏はその瞳で、法蔵の心を深く見つめた。
「法蔵よ、それは容易ならぬ道だ。
だが、もし本気で願うのなら、その願いを大誓として立て、成就するまで修行しなければならぬ。」

その瞬間、法蔵の胸に無数の光景が流れ込んだ。
罪人が涙を流しながら仏の名を称える姿、孤独な者が温かい光に包まれる姿、死にゆく者が微笑みながら西の空を仰ぐ姿…。

法蔵は深く息を吸い込み、やがて静かに、しかし揺るぎない声で誓った。
「私は四十八の大願を立てます。
もし、その誓いが一つでも果たされぬなら、私は決して悟りを得ず、仏とならぬでしょう。」

その中でも、ひときわ強く光る願いがあった。
──もし私の名を聞き、信じ、南無阿弥陀仏と唱える者があれば、必ず極楽浄土へ迎え入れる。

天地が静まり返る。
その誓いは、永遠の時を越えてすべての命を包む種子となった。

やがて修行を成就した法蔵は、阿弥陀如来として西方極楽浄土を開き、誓いの通り、すべての命を迎える存在となったのである。

西方浄土の誓い ― 法蔵菩薩の願立

遠い昔、まだこの宇宙が若く、無数の仏国土が輝きを放っていたころ。
彼はひとりの修行者だった。名を、法蔵菩薩という。

ある日、法蔵は無数の仏国土を巡った。黄金に輝く世界、宝石が地を覆う世界、香気が風に満ちる世界──それぞれに仏がいて、衆生を導いていた。しかし、どの国にも「救われぬ者」がわずかに残っていた。

ある世界では、信心を持てぬ者が置き去りにされ、またある世界では、罪深き者が救いから外れていた。

その光景を前に、法蔵は深く胸を締めつけられる思いがした。
「なぜ、すべての者を救えぬのか。なぜ、選ばれし者だけが仏国土に至るのか。」

彼は、すべてを救う国土を創ると決意した。
そのためには、まず理想の国土を思い描く必要がある。法蔵は、世自在王仏の前にひざまずき、静かに言葉を紡いだ。

「世自在王仏よ。私は願います。
どんな者も拒まぬ国土をつくりたい。
善も悪も、賢も愚も、老いも若きも、すべて等しく受け入れる国を──」

世自在王仏はその瞳で、法蔵の心を深く見つめた。
「法蔵よ、それは容易ならぬ道だ。
だが、もし本気で願うのなら、その願いを大誓として立て、成就するまで修行しなければならぬ。」

その瞬間、法蔵の胸に無数の光景が流れ込んだ。
罪人が涙を流しながら仏の名を称える姿、孤独な者が温かい光に包まれる姿、死にゆく者が微笑みながら西の空を仰ぐ姿…。

法蔵は深く息を吸い込み、やがて静かに、しかし揺るぎない声で誓った。
「私は四十八の大願を立てます。
もし、その誓いが一つでも果たされぬなら、私は決して悟りを得ず、仏とならぬでしょう。」

その中でも、ひときわ強く光る願いがあった。
──もし私の名を聞き、信じ、南無阿弥陀仏と唱える者があれば、必ず極楽浄土へ迎え入れる。

天地が静まり返る。
その誓いは、永遠の時を越えてすべての命を包む種子となった。

やがて修行を成就した法蔵は、阿弥陀如来として西方極楽浄土を開き、誓いの通り、すべての命を迎える存在となったのである。

 

初めての来迎 ― 誓いの果てに

西の空が、黄金の光で満ちていく。
阿弥陀如来は蓮華の台に座し、聖観音と勢至菩薩を両脇に従え、さらに二十五の菩薩を雲に乗せて従えていた。
その光は、昼の太陽にも夜の月にも似ず、ただあたたかく、限りなく優しかった。

今日が、その時だった。
法蔵菩薩として立てた四十八願はすべて成就し、いま、誓いの第一歩を果たす時が来たのだ。

迎えるべき衆生は、東方の小さな村にいた。
老いた女が、藁の寝床の上で静かに息をしている。
この世に頼れる者はなく、貧しさと孤独の中で生きてきたその人は、ただ一心に、胸の中で唱え続けていた。

──南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。

阿弥陀の耳に、そのかすかな念仏が届いた瞬間、世界の時がわずかに止まった。
蓮華はひとひら、女の枕元に舞い落ち、香気が部屋を満たす。

阿弥陀は雲を割り、そっと女の枕元へ降り立った。
来迎印を結び、静かに右の手を差し伸べる。
聖観音は金色の蓮を捧げ、勢至菩薩は柔らかな光で女を包む。

女は、まるで幼子のような安らかな表情で、その手に触れた。
瞬く間に、枯れた大地が金色の蓮池に変わり、空は瑠璃色に輝く。
遠くから流れる調べは、阿弥陀が誓いを立てたあの日から響き続ける、大願の旋律だった。

「さあ、帰ろう──」
阿弥陀の声は、言葉というよりも、心の奥で直接響いた。

そして、女は振り返ることなく、西方極楽浄土へと歩みを進めた。
彼女の足元には、無数の蓮華がひらき、そのたびに光の粒が宙へ舞い上がる。

阿弥陀はその姿を見つめながら、胸の奥で静かに思った。
──これが、私の誓いの始まり。
これから永遠に、この道を歩み続けよう。

西の空は、黄金の波が果てしなく広がっていた。

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無量の光、無量の命 ― 阿弥陀如来の誓い》

《無量の光、無量の命 ― 阿弥陀如来の誓い》

遥かな時の彼方、幾千もの仏国土が広がる彼方の世界。その一角に、名もなき一人の修行者がいた。彼の名は――法蔵(ほうぞう)。

法蔵は見た。無数の命が、苦しみと迷いの海に漂い、終わりなき輪廻の中に沈んでいくさまを。老い、病み、争い、愛し、また離れる――その繰り返しを。

「わたしは、すべての者を救う世界を築きたい」

そう誓った法蔵は、あるとき立ち上がり、果てなき宇宙を旅した。数え切れぬ仏たちのもとを訪れ、彼らの教えを学び、ついに一つの大願を心に描いた。

それは四十八の誓い。

中でも、ひときわ光を放つひとつの誓いがあった――第十八願。

「もし、我が浄土に生まれたいと願い、南無阿弥陀仏なむあみだぶつと、たとえ十声でも名を称える者があれば、必ずその者を極楽浄土に迎えよう。もしそれが叶わぬなら、我は決して仏とはならぬ」

この言葉とともに、法蔵は長劫の修行を経て、ついに**阿弥陀如来(あみだにょらい)**と成った。

その名は梵語でアミターバ(Amitābha)――「無量光仏」。限りない智慧の光を放つ仏。

また別の名はアミターユス(Amitāyus)――「無量寿仏」。永遠なる命の仏。

彼の住む世界は、西方十万億の仏国土を超えた彼方にあるとされる――極楽浄土。

この浄土には、苦しみはなく、争いはなく、命は朽ちることがない。花は常に咲き、鳥たちは仏法を語り、光は昼夜を問わず世界を照らす。

そしていまも、阿弥陀如来はその光と命をもって、衆生を見守っている。

 

ある密教の行者が、護摩の炎の前に坐し、静かに印を結ぶ。その唇からは、古より伝わる真言が静かに唱えられる。

オン・アミリタ・テイ・ゼイ・カラ・ウン。

それは、阿弥陀の智慧と慈悲の名を呼ぶ、命の祈り。

彼の声は、霊的な風となって宇宙を巡り、やがて西方の光へと届く。

 

「この名を呼ぶ者、心を向ける者は、たとえいかなる業を背負おうとも、我が浄土に迎え入れよう」

そう、阿弥陀は誓った。

光は尽きることなく、命は終わることがない。

人々が迷いの闇に立ち尽くすその時、無量の光は、そっと彼らの背を照らしている。

 

 

 

 

《灯火の名を呼ぶ者 ― 阿弥陀の名にすがりて》

風が冷たい谷を渡る夕暮れ、人里離れた山のふもとに、ひとりの老いた旅人が倒れていた。名を**信成(しんじょう)**という。かつては町の役人であったが、失政により人を傷つけ、名を捨ててさすらいの身となった。

「私は、取り返しのつかぬことをした……もう、生きる資格などない」

痛む足を引きずり、信成は岩陰に身を横たえる。胸に重くのしかかるのは、過ちの記憶、裁けぬ罪、そして孤独。

――そのときだった。

耳に、どこからか届く声があった。

 

「ただ、名を呼びなさい」

 

それは風の中の幻聴か、それとも遠い昔に聞いた誰かの言葉だったか。老いた心に、その言葉が、灯火のようにともる。

彼は、かすれた声で唱えた。

 

「なむあみだぶつ……」

 

もう一度。震える声で。

「なむあみだぶつ……なむ……あみ……だぶつ……」

 

すると不思議なことに、涙が溢れた。まるで、凍っていた川が、春の陽射しに溶けるように。苦しみが、ほんの少し和らいだ気がした。

 

その夜、夢の中に光が現れた。

光の中に坐す一人の仏。その顔は怒りでもなく、憐れみでもない、ただ、深い慈悲と静寂に満ちていた。

仏は微笑み、こう語った。

 

「そなたが名を呼ぶたび、我はそなたのそばにいた」

 

目覚めた信成は、頬をぬらす涙を拭わず、ただ、深く合掌した。

あの夜を境に、彼はどこか穏やかな目を持つ老人として、村人たちに慕われるようになった。朝には念仏を唱え、誰彼なく手を差し伸べ、静かに生を全うしていったという。

 

――その葬の日。

遠くの空に、蓮の花が咲いたという噂が村に広がった。

それはまるで、極楽浄土へと導かれる者の魂が、蓮に乗って旅立ったかのように。

 

「名を呼ぶ者は、必ず救う」

阿弥陀如来の誓いは、今もこうして、ひとりひとりの心の中で果たされている。

《西方十万億土の彼方 ― 極楽浄土の光》

その瞬間は、まるで夢から醒めるようだった。

重く閉ざされた瞼が開き、信成は静かに目をひらいた。見渡すかぎり、柔らかな光が辺りを包んでいた。そこには苦しみも、寒さも、飢えもない。ただ、あたたかな風と、やさしい音が、どこからともなく響いていた。

 

「……ここは……?」

 

信成が目にしたのは、まばゆいばかりの蓮の大地。金色の砂が敷かれたその土地には、無数の蓮華が咲き誇り、空には七宝の楼閣が浮かんでいた。池には清らかな八功徳水が湧き、水面には光が踊るようにきらめいている。

その池の名は七宝池(しっぽうち)。

香り高い水は、触れる者の心を洗い清め、どこまでも澄んでいた。

空には鳥たちが舞い、その羽音が仏法の言葉となって降り注いでいる。カラヴィンカ、共命鳥、孔雀……どの声も、心に深くしみわたるような、やさしい調べだった。

 

そのとき――

空のかなたから、光が射した。

金色の輝きの中から、一人の仏が歩み出てくる。胸に慈悲をたたえ、眼差しはすべてを包み込むように深い。

その姿を見たとき、信成は跪いた。

涙が、自然と頬を伝う。

 

「……阿弥陀如来……」

 

仏は、微笑んだ。

声はなかったが、心に直接響いてくる。

「そなたは、名を呼んだ。ゆえに、ここへ来た」

 

信成は、何も言えなかった。ただ、静かに手を合わせ、頭を垂れた。

あの日の念仏は、無駄ではなかったのだ。名もなき旅人の声すら、阿弥陀如来は聞いておられた。

 

ふと顔を上げると、彼の隣に、かつての家族の面影があった。母が、弟が、そして若き日の妻が、同じく蓮の上に立ち、微笑んでいる。

 

「……おかえりなさい」

 

その一言に、信成はもう何も問わなかった。

極楽とは、かつて求めていたすべてが、慈悲という光の中に還る場所だった。

 

阿弥陀如来の背後には、観音菩薩と勢至菩薩が立ち、そのすべての光景を、やさしく見守っていた。

 

ここは、無量光と無量寿の国。
迷いも苦しみも越えた、安らぎの世界。

そして、あらゆる衆生が、ただ念仏一つをもって迎えられる――真実の浄土である。

 

《灯火の名を呼ぶ者 ― 阿弥陀の名にすがりて》

風が冷たい谷を渡る夕暮れ、人里離れた山のふもとに、ひとりの老いた旅人が倒れていた。名を**信成(しんじょう)**という。かつては町の役人であったが、失政により人を傷つけ、名を捨ててさすらいの身となった。

「私は、取り返しのつかぬことをした……もう、生きる資格などない」

痛む足を引きずり、信成は岩陰に身を横たえる。胸に重くのしかかるのは、過ちの記憶、裁けぬ罪、そして孤独。

――そのときだった。

耳に、どこからか届く声があった。

 

「ただ、名を呼びなさい」

 

それは風の中の幻聴か、それとも遠い昔に聞いた誰かの言葉だったか。老いた心に、その言葉が、灯火のようにともる。

彼は、かすれた声で唱えた。

 

「なむあみだぶつ……」

 

もう一度。震える声で。

「なむあみだぶつ……なむ……あみ……だぶつ……」

 

すると不思議なことに、涙が溢れた。まるで、凍っていた川が、春の陽射しに溶けるように。苦しみが、ほんの少し和らいだ気がした。

 

その夜、夢の中に光が現れた。

光の中に坐す一人の仏。その顔は怒りでもなく、憐れみでもない、ただ、深い慈悲と静寂に満ちていた。

仏は微笑み、こう語った。

 

「そなたが名を呼ぶたび、我はそなたのそばにいた」

 

目覚めた信成は、頬をぬらす涙を拭わず、ただ、深く合掌した。

あの夜を境に、彼はどこか穏やかな目を持つ老人として、村人たちに慕われるようになった。朝には念仏を唱え、誰彼なく手を差し伸べ、静かに生を全うしていったという。

 

――その葬の日。

遠くの空に、蓮の花が咲いたという噂が村に広がった。

それはまるで、極楽浄土へと導かれる者の魂が、蓮に乗って旅立ったかのように。

 

「名を呼ぶ者は、必ず救う」

阿弥陀如来の誓いは、今もこうして、ひとりひとりの心の中で果たされている。

《西方十万億土の彼方 ― 極楽浄土の光》

その瞬間は、まるで夢から醒めるようだった。

重く閉ざされた瞼が開き、信成は静かに目をひらいた。見渡すかぎり、柔らかな光が辺りを包んでいた。そこには苦しみも、寒さも、飢えもない。ただ、あたたかな風と、やさしい音が、どこからともなく響いていた。

 

「……ここは……?」

 

信成が目にしたのは、まばゆいばかりの蓮の大地。金色の砂が敷かれたその土地には、無数の蓮華が咲き誇り、空には七宝の楼閣が浮かんでいた。池には清らかな八功徳水が湧き、水面には光が踊るようにきらめいている。

その池の名は七宝池(しっぽうち)。

香り高い水は、触れる者の心を洗い清め、どこまでも澄んでいた。

空には鳥たちが舞い、その羽音が仏法の言葉となって降り注いでいる。カラヴィンカ、共命鳥、孔雀……どの声も、心に深くしみわたるような、やさしい調べだった。

 

そのとき――

空のかなたから、光が射した。

金色の輝きの中から、一人の仏が歩み出てくる。胸に慈悲をたたえ、眼差しはすべてを包み込むように深い。

その姿を見たとき、信成は跪いた。

涙が、自然と頬を伝う。

 

「……阿弥陀如来……」

 

仏は、微笑んだ。

声はなかったが、心に直接響いてくる。

「そなたは、名を呼んだ。ゆえに、ここへ来た」

 

信成は、何も言えなかった。ただ、静かに手を合わせ、頭を垂れた。

あの日の念仏は、無駄ではなかったのだ。名もなき旅人の声すら、阿弥陀如来は聞いておられた。

 

ふと顔を上げると、彼の隣に、かつての家族の面影があった。母が、弟が、そして若き日の妻が、同じく蓮の上に立ち、微笑んでいる。

 

「……おかえりなさい」

 

その一言に、信成はもう何も問わなかった。

極楽とは、かつて求めていたすべてが、慈悲という光の中に還る場所だった。

 

阿弥陀如来の背後には、観音菩薩と勢至菩薩が立ち、そのすべての光景を、やさしく見守っていた。

 

ここは、無量光と無量寿の国。
迷いも苦しみも越えた、安らぎの世界。

そして、あらゆる衆生が、ただ念仏一つをもって迎えられる――真実の浄土である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梵名のアミターバは「量はかりしれない光を持つ者」[1]、アミターユスは「量りしれない寿命を持つ者」[1]の意味で[2]、これを漢訳して・無量光仏、無量寿仏ともいう

梵名は(अमिताभ, Amitābha)、あるいはアミターユス (अमितायुस्, Amitāyus)といい、それを阿弥陀と音写する。阿弥陀仏(阿弥陀佛)ともいい、また略して弥陀仏ともいう。

梵名のアミターバは「量はかりしれない光を持つ者」[1]、アミターユスは「量りしれない寿命を持つ者」[1]の意味で[2]、これを漢訳して・無量光仏、無量寿仏ともいう

真言・陀羅尼

小咒は、オン・アミリタ・テイセイ・カラ・ウン[注釈 7](oṃ amṛta-teje hara hūṃ)。

大咒(無量寿如来根本陀羅尼)は、ノウボウ・アラタンノウトラヤーヤ・ノウマク・アリヤーミターバーヤ・タタギャタヤアラカテイ・サンミャクサンボダヤー・タニャタ・オン・アミリテイ・アミリトウドバンベイ・アミリタサンバンベイ・アミリタギャラベイ・アミリタシッテイ・アミリタテイセイ・アミリタビキランデイ・アミリタビキランダギャミネイ・アミリタギャギャノウキチキャレイ・アミリタドンドビソワレイ・サラバアラタサダニエイ・サラバキャラマキレイシャキシャヨウキャレイ・ソワカ。

チベット伝承の「無量光仏心咒」は、オーン・アミターバ・フリーヒ(oṃ amitābha hrīḥ)[8]。

またはオーン・アミデーヴァ・フリーヒ (oṃ amideva hrīḥ)[9]、ཨོཾ་ཨ་མི་དྷེ་ཝ་ཧྲཱིཿ

チベット伝承の「無量寿仏心咒」は、オーン・アマーラニ・ジーヴァーンティーイェー・スヴァーハー(oṃ amāraṇi jīvāntīye svāhā)[8]。

 

『光の方へ ― :都市に響く念仏』

コンビニの祈り

東京・新宿。ネオンがちらつく雑踏のなか、片桐遼(かたぎり・りょう)はコンビニのレジ打ちをしていた。
深夜シフト。疲れた目、無言の客。SNSでは誰もが誰かを羨み、叩き、叫んでいる。

「死にたいって言葉、もう百回は見たな…」

スマホの画面を伏せ、遼はふとつぶやいた。
でも、言葉の裏にある“助けて”を誰が受け止めるのだろうか。

休憩室の隅、祖母の形見の数珠を手に取った。
彼女がよく唱えていた言葉が、遼の胸にかすかに浮かぶ。

「なんまんだぶつ、なんまんだぶつ……」

声に出したそのとき、不思議なほど、胸のつかえがふっとゆるんだ。

誰かが聞いている

翌朝、ネットの掲示板にひとつの書き込みが話題になった。

「深夜コンビニで『南無阿弥陀仏』ってつぶやいたら、不思議と心が落ち着いた。これって何の言葉?」

それに多くのリプライがつく。

「うちのばあちゃんも言ってた」

「浄土宗とか、浄土真宗のやつだろ?」

「念仏ってマジで効くの?」

「南無=帰依、阿弥陀仏=仏に…って意味らしいよ」

やがて、ある僧侶のアカウントが返信をつけた。

「念仏は、阿弥陀如来に“まかせる”という祈りです。あなたの苦しみを、抱えてくれる存在がいることを思い出す行いです。」

「まかせる…?」
遼はその言葉にひっかかった。
それは、「頑張れ」という言葉より、ずっと深い温かさを感じさせた。

デジタル念仏道場

数週間後、「念仏スペース」という試みがSNS上で話題になる。
スペース(音声配信)で、全国の僧侶がリレーで念仏を唱え続けるのだ。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏――」
その声をイヤホン越しに聴くと、不思議な安心感があった。

不眠に悩む会社員、SNS疲れの学生、病床の人たち…
誰にも会いたくない夜でも、誰かが祈ってくれていると感じられる場所。

遼も時々、無言でそこに入り、目を閉じるようになった。

「仏って…スマホ越しでも届くのかな」
彼は笑った。けれどその心は、確かに何かに触れていた。

第四章 都市に咲く浄土

ある日、コンビニにひとりの老婆が訪れる。
手にした小さなチラシにはこう書かれていた。

「誰でも入れる念仏会 都会の片隅で、光に出会いませんか?」

それは、小さな寺の集まりだった。
遼はなぜか惹かれ、休日に足を運んだ。

お経も法話も初めてで、最初は戸惑った。
けれど、皆がひとつの声で「南無阿弥陀仏」と唱えると、都市の喧騒が遠のいていく気がした。

そのとき彼は、気づいた。

極楽浄土とは、ただ死後に行く理想郷ではなく、
この現実の中に、光を見出す心のあり方なのだと。

他力の光、ここに在り

日常は何も変わらない。
レジには無言の客、画面には絶えない苦しみの声。

けれど、遼の胸には、ひとつの灯がある。

「南無阿弥陀仏」

この言葉は、誰かを裁くでも、励ますでもない。
ただ、共に歩む光の声だ。

遼は今日も、数珠をポケットにしのばせ、つぶやく。

「なんまんだぶ…」

この都市の片隅にも、阿弥陀如来の光は届いている。
そして、救いは今ここに、ひとりひとりの心のなかに、静かに生まれているのだった。

 

これは**准胝観音(じゅんていかんのん)**の真言です。
漢字表記にすると次のようになります。

オン モ・シュッタ・マニ ジュンテイ アバラ・ジッタ タニ・テイ ソワカ
(梵語:oṁ cundī svāhā などの音写)

意味の解説

准胝観音は、千の手を持ち、あらゆる衆生を救う女性形の観音菩薩です。
とくに滅罪・延命・福徳・智慧の増長などの功徳があるとされます。

オン(oṁ)
聖音。仏・法・僧の三宝を一体に表す始まりの音。宇宙の根源を呼び起こす。

モシュッタ(mo śuddha)
「清浄なるもの」「けがれなきもの」。心を清めることを願う意。

マニ(maṇi)
宝珠。智慧や慈悲の宝。衆生の願いをかなえる力の象徴。

ジュンテイ(cundī)
准胝観音そのものの御名。

アバラジッタ(apara-jita)
「無敵なる者」「決して敗れぬ者」。煩悩や悪業に打ち勝つ力を示す。

タニテイ(dhāriṇī)
「保持する者」「守護する力」。真理を保ち続ける力を意味する。

ソワカ(svāhā)
「成就あれ」「願いよ、かなえたまえ」という結びの言葉。祈りを完成させる響き。

まとめると、この真言は大意として、

「聖なる准胝観音よ、清浄なる宝珠のごとき御力で、すべての障害を打ち破り、私を護り、願いを成就させたまえ」

という祈りになります。

もしご希望があれば、この真言を現代語訳の祈りの言葉にして、より心に響く形に整えることもできます。

清らかなる御方よ、
宝珠のように輝く御心で、
迷いや苦しみを打ち破り、
私を護り、導きたまえ。

無敵の智慧と慈悲を、
この胸にとどめ、
願いと命を、成就へと至らせたまえ。