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第四話 四如意足の修行 ――意志が空を翔

第四話 四如意足の修行 ――意志が空を翔ぶ

夜明けの山は、雲の上に浮かんでいるかのようだった。
霧は薄く、空はまだ群青のまま。
真玄は山頂の岩座に坐り、風の音を聴いていた。
それは外の風であり、また、内なる風でもあった。

前夜の火の修行から、幾日が経った。
煩悩を燃やす炎は、いまや静かな光となり、
彼の心の底に、確かな明かりとして灯りつづけていた。

その朝、師は山頂に立ち、ひとひらの白い羽を手に持っていた。
羽は風に揺れながらも、落ちようとしない。

「真玄よ。
火の修行を終えた汝は、次に“風”の法を学ぶがよい。
これを“四如意足”という。」

師の声は澄みわたり、遠く谷に反響した。

「四如意足とは、四つの集中――
欲、精進、心、観である。
それぞれが“意志の翼”を生む。
正しく修すれば、心は空を翔ける。」

真玄は師の足もとにひれ伏し、問うた。
「師よ。意志が空を翔ぶとは、どのようなことでしょうか。」

師は微笑み、羽を掌に乗せ、静かに放った。
羽は風に乗り、舞い上がり、光の中に消えていった。

「欲の如意足――
それは“願い”の純化である。
煩悩の欲を離れ、真理を求める一念に変えるとき、
心は上昇の風を得る。」

真玄は目を閉じた。
心の奥に、小さな炎のような願いが灯っているのを感じた。
――真理を見たい。生の奥にある静けさを知りたい。
その願いが、身体の重さを軽くした。

師の声が続く。

「精進の如意足――
それは“風を送り続ける力”だ。
怠けの雲を払い、念々に心を運び続ける。
風が途絶えれば、翼は落ちる。
だが、一息でも風を忘れねば、空は汝を支える。」

真玄の呼吸は、静かに、しかし強く流れた。
その息が、意識の底を洗い流していく。

「心の如意足――
それは“風の中心”を保つことだ。
心が散れば、風は乱れる。
だが、心が一点に集まれば、風は自在に動く。」

真玄は一点を見つめた。
その一点は、外の岩ではなく、自らの内奥にあった。
彼の意識は次第に軽く、透き通るように広がっていった。

師の最後の言葉が、風に溶けた。

「観の如意足――
それは“風を見る者”になること。
動くことと、静まること。
生まれることと、消えること。
その両方を観じたとき、汝の心はもはや地に縛られぬ。」

その瞬間、真玄の身体はふっと軽くなった。
風が背を押し、心が浮かぶ。
山も、谷も、彼の意識のなかで遠ざかっていく。

眼を閉じると、風の中に、無数の光が見えた。
それは思考でも、幻でもなかった。
彼自身が風となり、空を翔けていたのだ。

どれほどの時が流れたのか。
やがて真玄はゆっくりと目を開け、
山頂の岩座に戻っていた。

師は微笑みながら言った。

「それが如意足の行である。
意志が純粋になったとき、心は空を翔ぶ。
だが、空を飛ぶことが目的ではない。
飛ぶ心が“どこにも行かぬ”と知るとき、
真の自在が生まれる。」

真玄は深く頭を垂れた。
風が頬を撫で、雲がゆるやかに流れていく。
そのすべてが、彼の内にある“空”そのもののように感じられた。

――燃える火を越え、今、風となった。
次に待つのは、光と大地の修行。
五根・五力へと続く道が、彼の前に広がっていた。

 

第三話 四正勤の修行 ――煩悩を断つ火

第三話 四正勤の修行 ――煩悩を断つ火

夜。山の風は冷たく、堂の灯明が小さく揺れていた。
真玄は独り、炉の前に坐していた。
灰の中に残る火はわずかで、赤い芯がかすかに光を放つ。
その光を見つめながら、彼は自らの心に潜む“煩悩の炎”を思っていた。

――四念処の修行を重ね、心を観じることを覚えた。
だが、まだ闇は尽きない。
怒り、貪り、惰性。
気づけば、その焔が自分の胸を焼いている。

そのとき、背後から師の声がした。

「真玄。
今宵は、火の修行を学ぶがよい。」

真玄は振り返り、深く合掌した。
師は静かに言葉を紡ぐ。

「四正勤とは、四つの努力――
一つ、悪を起こさぬ努力。
二つ、すでに起こった悪を断つ努力。
三つ、善を生じさせる努力。
四つ、生じた善を育て、保つ努力。
これらを“煩悩を断つ火”と呼ぶ。」

師は炉に薪をくべた。
パチパチと音が弾け、火が再び息を吹き返す。

「見よ、この火を。
放っておけば、灰に埋もれて消える。
しかし、正しく薪を与え、風を送れば、再び燃え上がる。
修行も同じだ。怠れば善は尽き、煩悩の冷えが忍び寄る。」

真玄は火を見つめながら問うた。

「師よ。煩悩は燃やし尽くせるのでしょうか?」

師は首を振った。

「燃やそうと思う心が、すでに煩悩を育てる。
火は“戦って”燃えるのではない。
ただ、燃えるべきものに触れたとき、自然に燃えるのだ。」

師は小枝を一本、火の中に落とした。
瞬く間に、青い焔が立ちのぼる。

「悪を起こさぬ努力――それは火を護ること。
欲望という冷風に吹かせぬよう、心を覆え。
すでに起こった悪を断つ努力――それは灰を払い、新たな空気を入れること。
善を生じさせる努力――それは新しい薪をくべること。
善を保つ努力――それは火を絶やさぬよう、静かに見守ること。」

真玄は深く頷いた。
心の中に、ひとつの灯が灯るように感じた。

やがて、師は火の前に坐り、目を閉じた。
真玄も同じように座を正した。
炎のゆらめきが、二人の顔を照らす。

師は言った。

「真玄。火を見よ。
炎は常に変化している。
それでも、燃えている限り“火”と呼ばれる。
人の心もまたそうだ。
変わりゆきながら、善を保ち続けるとき、そこに修行がある。」

真玄の胸の奥に、言葉が静かに沁みていく。
怒りも、恐れも、すべては燃えるために現れたもの。
それを恐れず、正しく扱うことこそ、火の道である。

炉の火が一段と明るくなった。
その光の中で、真玄の顔は穏やかだった。
彼はつぶやく。

「煩悩を断つとは、戦うことではなく、燃やし尽くすこと……。
その火は、慈悲の灯なのですね。」

師は微笑み、うなずいた。

「そうだ。
真の火とは、怒りをも包む慈悲の光。
燃やすのではなく、照らすのだ。
そのとき、四正勤は“光の行”となる。」

夜が深まり、堂の外には無数の星が瞬いていた。
山の静寂の中、火はゆらめき、
真玄の心にもまた、消えることのない炎が灯っていた。

この「第三話」は、火を中心とした象徴的修行譚として、
四正勤の実践(悪を防ぎ、悪を断ち、善を生じ、善を保つ)を情景と心理で表現しました。

 

第二話 四念処の修行 ――「観る者」の

第二話 四念処の修行 ――「観る者」の眼

夜明前の山は、息をひそめていた。
霧がゆるやかに谷を包み、鐘の音がひとつ、ふたつと響く。
弟子たちは瞑想堂に集まり、師の言葉を胸に刻んで座していた。

その中に、一人の若い弟子・**真玄(しんげん)**がいた。
彼はまだ修行の浅い行者で、昨日の師の言葉――
「正しく修すれば、自然に解脱は現れる」――
が、心の奥で静かに光りつづけていた。

だが、同時に疑いもあった。
「修行しても、なぜ何も変わらないのだろう。
自分の中に、まだ煩悩が渦巻いているではないか。」

師は堂の中央に坐し、弟子たちを見渡した。

「今より、『四念処』を修す。
これは、心を観るための初めの門である。」

師の声は、深く、静かだった。

「身を観ずること――これは“身念処”である。
呼吸を観じ、姿勢を観じ、動きの一つひとつに心を置け。
自分が“動かしている”のではなく、
ただ“動きがある”ことを観よ。」

真玄は目を閉じた。
息を吸い、吐く。
胸の奥に波のような音が満ちていく。
ふと、足の痛みが心を刺した。
だが師の声が再び響いた。

「痛みを嫌うな。
それを“痛み”と名づける心を観よ。
名づける前に、そこに何があるかを感じよ。」

真玄の意識は、痛みの中に沈んでいった。
だが、ある瞬間、痛みは「痛み」ではなく、
ただ熱と波動のような感覚の集まりに変わった。
そのとき、彼の胸の奥で、何かが“ほどけた”ように思えた。

師の声が続く。

「これが“受念処”――感受を観ずることだ。
楽・苦・捨の三受をただ観よ。
それを“私”が感じていると考えるな。
感じていることが、ただ起こっているのだ。」

朝の光が、堂の戸の隙間から差し込み、
真玄の頬をやわらかく照らした。

次に師は言った。

「“心念処”――心そのものを観ずる。
怒りがあれば怒りを、喜びがあれば喜びを、
そのままに映せ。
心を裁かず、整えず、ただ観よ。」

真玄の胸に、昨日の不安がよみがえった。
「自分はまだ悟れない」という焦り。
だが、その思いを押しのけずにただ観た。
焦りは風のように流れ、次の瞬間には跡形もなく消えていた。

師は最後に言った。

「“法念処”――あらゆる現象を法として観る。
生滅は絶え間なく、
現れるものはすべて条件によって起こる。
それを観じたとき、汝は“無常”の門に立つ。」

そのとき、真玄の心に一羽の雲雀(ひばり)の声が届いた。
彼は思った。
――雲雀も、私の呼吸も、この一瞬にだけ生きている。
その気づきの中で、すべてがひとつの光に溶けていった。

師は静かに言葉を結んだ。

「これが四念処である。
“観る者”が己を離れたとき、
真の眼が開かれる。」

堂の外では、朝陽が山々の霧を貫き、
黄金の光がすべてを包んでいた。
真玄はその光の中で、
初めて“見る”ということの意味を知った。

 

『殻を破る者 ――漏尽の譬え』  夕暮れの修行場。  山の端に沈みゆく光が、僧房の縁側を金色に染めていた。  師は静かに坐り、掌を膝に置いた。弟子たちはその前に膝をそろえ、沈黙の中に息を整える。  やがて、師が口を開いた。 「弟子たちよ。  もしも七科三十七道品の法を修し、成就する者があるならば――  その者は、たとえ『漏尽を得たい』と願わずとも、自然に心の解脱を得るのだ。」  弟子のひとりが顔を上げる。  その瞳には、わずかな驚きと、理解への渇望が揺れていた。 「師よ。なぜ、願わずとも解脱が得られるのですか?」  師は微笑み、庭の片隅にいる一羽の鶏を指さした。  その鶏は、巣の中でじっと卵を温めている。 「見よ。あの親鶏は、卵に語りかけることもなければ、『早く孵れ』と命じることもない。  ただ、静かに温め、時に冷ます。その温度がちょうどよいとき――  ヒナは自ら殻を破って出てくる。」  師は続けた。 「ヒナが殻を破ったのは、思いによるのではない。  ただ、親鶏が正しく世話をしたからだ。  それと同じく、修行者もまた正しい修行を積めば、  望まずとも心の殻が破れ、解脱が現れる。」  師の声は、山の風とともに響く。 「では、なにを修行すればよいのか?」  弟子たちは息をのむ。  師は静かに数えた。 「いわゆる――  四念処、四正勤、四如意足、五根、五力、七覚支、そして八正道。  これらを修する者は、すでに成仏の道を歩んでいるのだ。」  沈黙が戻った。  遠くで、親鶏が小さく鳴く。  その巣の中で、かすかな「コツン」という音が響いた。  ――卵が、割れ始めたのだ。  師は目を細め、微笑んだ。 「見よ。  これが、修行の自然の働きである。  正しく修すれば、解脱は求めずして来る。  まるで、春の光が雪を溶かすように。」  弟子たちは深く頭を垂れた。  夕闇のなか、光る一筋の煙が、山の端へと昇っていった。  その静けさのなかに、師の言葉が、いつまでも響いていた。

『殻を破る者 ――漏尽の譬え』

夕暮れの修行場。
山の端に沈みゆく光が、僧房の縁側を金色に染めていた。
師は静かに坐り、掌を膝に置いた。弟子たちはその前に膝をそろえ、沈黙の中に息を整える。

やがて、師が口を開いた。

「弟子たちよ。
もしも七科三十七道品の法を修し、成就する者があるならば――
その者は、たとえ『漏尽を得たい』と願わずとも、自然に心の解脱を得るのだ。」

弟子のひとりが顔を上げる。
その瞳には、わずかな驚きと、理解への渇望が揺れていた。

「師よ。なぜ、願わずとも解脱が得られるのですか?」

師は微笑み、庭の片隅にいる一羽の鶏を指さした。
その鶏は、巣の中でじっと卵を温めている。

「見よ。あの親鶏は、卵に語りかけることもなければ、『早く孵れ』と命じることもない。
ただ、静かに温め、時に冷ます。その温度がちょうどよいとき――
ヒナは自ら殻を破って出てくる。」

師は続けた。

「ヒナが殻を破ったのは、思いによるのではない。
ただ、親鶏が正しく世話をしたからだ。
それと同じく、修行者もまた正しい修行を積めば、
望まずとも心の殻が破れ、解脱が現れる。」

師の声は、山の風とともに響く。

「では、なにを修行すればよいのか?」

弟子たちは息をのむ。
師は静かに数えた。

「いわゆる――
四念処、四正勤、四如意足、五根、五力、七覚支、そして八正道。
これらを修する者は、すでに成仏の道を歩んでいるのだ。」

沈黙が戻った。
遠くで、親鶏が小さく鳴く。
その巣の中で、かすかな「コツン」という音が響いた。

――卵が、割れ始めたのだ。

師は目を細め、微笑んだ。

「見よ。
これが、修行の自然の働きである。
正しく修すれば、解脱は求めずして来る。
まるで、春の光が雪を溶かすように。」

弟子たちは深く頭を垂れた。
夕闇のなか、光る一筋の煙が、山の端へと昇っていった。
その静けさのなかに、師の言葉が、いつまでも響いていた。

 

若比丘修習随順成就者

若比丘修習随順成就者。雖不欲令漏

尽解脱。而彼比丘自然漏尽。心得解

脱。所以者何。以修習故。何所修習。

謂修念処正勤如意足根力覚道。如彼

伏鶏善養其子。随時蔭餾。冷暖得所。

正復不欲令子方便自啄卵出。然其諸

子自能方便安穩出殼。所以者何。以

彼伏鶏随時蔭餾冷暖得所故。如是比

丘。善修方便。正復不欲漏尽解脱。

而彼比丘自然漏尽。心得解脱。所以

者何。以勤修習故。何所修習。謂修

「一習時に覚習得と得卵自彼党習所欲如念処正勤如意足根力覚道。

「若し比丘、修習し随順成就する者は漏尽解脱せしめんと欲せずと難も而も彼の比丘、自然に漏尽し心に解脱を

得ん。所以は何ん。修習するを以ての故なり。何をか修習する所なる。調ゆる念処・正勤・如意足・根・力・ 覚・道を修すること、彼の伏鶏の善く其の子を養い、随時に蒸餾冷暖所を得、正しく復た子をして方便して自ら卵を啄きて出てしめんと欲せざるも、然かも其の諸の子自ら能く方便して安穏に殻を出づるが如し。所以は何ん、 彼の伏鶏随時に蒸餾冷暖所を得るを以ての故なり。是の

如く比丘よ、善く方便を修すれば正しく復た漏尽解脱を

「欲せざるも而も彼の比丘、自然に漏尽し心に解脱を得ん。
所以は何ん。勤めて修習するを以ての故なり。何をか修 「習する所なる。謂ゆる念処・正勤・如意足・根・力・

「覚・道を修するなり」