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Mac

お釈迦さま
優婆塞となるには、どのようにすればよいのでしょうか?

 

ニグローダの園に、朝の光が静かに満ちていた。
木々の葉は露を帯び、鳥の声はまだ眠りの余韻を残している。
その園に、マハーナーマは一人、胸に深い問いを抱いて立っていた。
――信じるとは、何なのか。
――正しく生きるとは、どういうことなのか。
彼はゆっくりと歩みを進め、世尊の前にひざまずいた。
額を地につけ、静かに口を開く。
「世尊よ。完全な優婆塞となるには、どのようにすればよいのでしょうか。」
その声は、震えを含みながらも、真剣だった。
釈尊は、しばしマハーナーマを見つめ、やがて穏やかな声で答えられた。
「もし信があっても、戒がなければ、その者は真の優婆塞とは呼べない。
精進し、清らかな戒を守り、信と戒の両方を身につけなさい。」
マハーナーマの胸に、その言葉は深く沈み込んだ。
――信じているだけでは足りない。
――生き方として、戒を体現せねばならない。
しかし彼の心は、まだ満ちてはいなかった。
再び頭を垂れ、問いかける。
「世尊よ。では、何をもって一切の優婆塞の務めを満たすとするのでしょうか。」
釈尊は静かに語られた。
「仏・法・僧の三宝に帰依し、生涯それを守ると誓えば、形式としては優婆塞である。」
だがマハーナーマは悟っていた。
これは入口にすぎない、と。
――形ではなく、実質。
――誓いではなく、生き方。
だからこそ、彼は再び問うたのだった。
釈尊は、彼の心の奥を見透かすように、さらに続けられた。
「信と戒があっても、布施がなければ、まだ具足とはいえない。
努力と工夫によって布施を実践し、信・戒・施の三つを円満に修めなさい。」
その言葉を聞いた瞬間、マハーナーマの内に、ひとつの光が差し込んだ。
――信は、心の向き。
――戒は、生き方の規律。
――布施は、他者への実際の働き。
信と戒は、自分を整える修行である。
だが布施は、世界へと心を開く修行だった。
釈尊はさらに語られた。
「どれほど苦しい修行であっても、自分のことばかり考えていては徳は生まれない。
他者に与えてこそ、徳は身に宿るのだ。」
マハーナーマは、はっとした。
――私は、信じることに満足していなかったか。
――戒を守ることに、安住していなかったか。
しかし、それだけでは、世界は変わらない。
自分だけが清らかであっても、他者の苦しみは消えない。
釈尊は、穏やかに、しかし力強く続けられた。
「徳がなければ、修行は続かない。
徳がなければ、因縁を断つ法も、途中で途絶えてしまう。」
その言葉は、マハーナーマの胸に、静かに、しかし確実に刻まれた。
――徳とは、目に見えぬ力。
――だが、それなくして、どの道も歩みきれぬ。
そのとき、彼の脳裏に、かつて聞いた一首の詩がよみがえった。
「種を惜しんで蒔かなければ、
実りを得ることはできない。」
少しの施しが、倍の果報となる。
湯を与えれば、温もりが返る。
水を与えれば、命が潤う。
マハーナーマは、ようやく理解した。
――信とは、灯をともすこと。
――戒とは、その灯を守ること。
――布施とは、その灯で、他者を照らすこと。
三つがそろって、はじめて道は完成する。
彼は深く礼拝し、心の底から誓った。
――私は信じる。
――私は守る。
――そして、私は与える。
その日から、マハーナーマの歩みは変わった。
信は心に宿り、戒は行いとなり、
布施は、世界に小さな光を灯しはじめた。
そしてその光は、やがて彼自身の闇をも照らし出すことになる――。

 

修行の根本となる信 摩訶男白仏。世尊

修行の根本となる信

摩訶男白仏。世尊。云何為満足一切

優婆塞事。仏告摩訶男。若優婆塞有信無成。是则不具。当勤方便具足浄戒具足信戒。

2

いつきいうばそ摩訶男、仏に白さく、「世尊よ、云何が一切優婆塞事を

湖足すと為すや」と。仏、摩訶男に告げたまわく、「若し優婆塞償有りてむ無くば、是れ則ち具せず。単に転が

現代語訳

しんかい使し浄戒を具足し信戒を具足すべし」

マハーナーマは仏さまに申し上げました。

「世尊上、完全な優要塞になるには、どのようにすればよろしいのでしょうか?」

仏さまはマハーナーマに告げられました。

「その者に信があっても成がなければ真の優婆塞とは呼べませんから、精進して浄液を守って、 信と娘の両方を身につけなさい」

1110

解説

さて、マハーナーマはお釈迦さまのお答えをうかがってから、「世尊よ、云何が一切優婆塞事

を満足すと為すや」と再び質問しました。

さきほどのマハーナーマの質問に対して、お釈迦さまは、

「仏の前で、私は死ぬまで仏・法・僧の三宝に帰依いたしますから、優婆塞として私をお認めく

ださい、といえば優要塞になる」

とおっしゃいましたが、これは要するに形式上のことです。深い中身については触れておられ

ません。ですから、マハーナーマは優婆塞事を満足するには、どうすればよいか、つまり、 「完全な優要塞になるには、どのようにすればよろしいのでしょうか?」

と、再び質問したわけです。

すると、お釈迦さまはマハーナーマに、「若し優婆塞信有りて戒無くば、是れ則ち具せず。当に動方便し浄戒を具足し信戒を具足すべし」と答えられました。これは、

「その者に信があっても彼がなければ、満足な優婆塞と呼べないから、精進して浄戒を守って、 信と旅の両方を身につけなさい」

という意味です。

優要塞になった以上、必ず信はあるはずです。もしも、仏さまの教えを信じる気持ちがなければ、なにも仏さまのところへきて、自分は仏・法・僧に一生陽依いたします、と誓うわけがありません。ですから、優婆塞であるからには、仏・法・僧を信じ仰ぐ、という心は必ずあるはずで

宗教においては信がいちばんの根本です。これがなかったならば、どうしようもありません。 信じたい、信じよう、信じる。この気持ちがあって初めて、お釈迦さまの教えを実行しよう、という気になるのです。そこで優婆塞になる。

皆さんはこのお経を読んで、二千数百年前にお釈迦さまがマハーナーマに説法しているお経なのだ、と思うようではいけません。お経というものは、お釈迦さまが今、この自分のために説いてくださっているのだ、と思って読まなければいけないのです。そうして初めて、お経と自分との間に血が通うわけです。

浄土真宗の開祖である親鸞上人(一一七三―一二六二)は、

「仏は親一人がためにこの経(『阿弥陀経」を説き給う」

というようなことを述べておられます。お釈迦さまは自分一人のために『阿弥陀経』をお説きになられたのだと確信しながら、親鸞上人は『阿弥陀経」をお読みになったとされておりますが、

これが本当のお経の読み方です。

「ははあ、二千数百年前にお釈迦さまがマハーナーマに、こういうふうに説教されているのか

というような読み方では、とてもお経の本質を見抜くことはできません。ましてや、そのお経

に書かれていることを現実に生かすことなど、絶対に不可能です。

「お釈迦さまは、この自分に対してお説きくださっている!」

そのように、心の底から感激して読むのが、正しいお経の読み方です。

なるほどたしかに、わたくしは自分が利口で、世の中の人はすべて愚かに見えていましたが、 悪かだと思っている連中がどんどん世の中に出ていって、利口だと思っている自分はうだつが上がらない。運が悪い。まさに「利口で貧乏する」だったのです。

「お前がチャンスに恵まれない理由が分かるか? それは、徳がないからだ。人が成功をつかむには才能だけではだめだ。徳が必要なのだ。徳がなければどれくらい才能にあふれていても、成功をつかむことはできない。では、徳を得るにはどうすればよいのか? 布施をせよ。布施をすれば砲はいくらでも出てくるのだぞ」

まるで、白隠禅師が語りかけてくるようでした。そして、白隠禅師は、三百年後に現われるわたくしのために、この『施行歌」を書いてくださったのだな、と確信しました。

正しく信を育てる戒

あなたがたもこの『一切事経』を、二千数百年前にお釈迦さまがマハーナーマに説いたお経だ、 と考えるようではいけません。「若し優婆塞信有りて戒無くば、是れ則ち具せず。当に勤方便し

浄戒を具足し信戒を具足すべし」とは、

「信があっても戒がなければいけないのだよ。おまえは戒を保っているか?」

とお釈迦さまが、今、自分に直接問いかけてくださっている言葉なのだ、と思わなければいけないのです。

ないのです。

阿含宗信徒諸君は解説宝生行を一生懸命に修行しています。このような修行をするからには、 信は必ずあるはずです。お釈迦さまの法を信じよう、お釈迦さまの成仏法を信じよう、と考えたからこそ入行したわけです。

ところが、信じただけではだめだぞ、とお釈迦さまは諭されていらっしゃる。

入行して三カ月あるいは半年経つと、職員や先達のところにいろいろな不平をいってくる人がいます。

「こんなに信仰しているのに、全然よくならない。こんなに信じていて、一生懸命に修行をしているのに、よいご利益がまったくない」

そういう声を聞きます。

しかし、お釈迦さまは、信じるだけではだめだぞ、とおっしゃっているわけです。たとえば、 阿含宗に入って、毎日、一生懸命にご宝塔に供養を捧げ、お経やご真言を読誦する。これは信です。それらを実行するわけですから、たしかに信はあるわけです。しかし、お釈迦さまは「信」 だけではだめだ、「戒」が必要なのだとおっしゃっています。

「戒」には、二つの意味があります。一つは修行者としてやってはいけないことの取り決め、もう一つは修行者としてやらなければいけないことです。

ところが、これをひっくり返している人が多い。やらなくてはいけないことをまったくしないで、やってはいけないことをせっせ、せっせと行う・・・・・・。それでいて、

「こんなに信じているのに!」

どと文句をいう。これではしかたがありません。信じるだけで、物事がうまくいくわけはありません、そうでしょう。自分は受験に合格するということを信じてさえいれば、勉強しなくても大学あるいは高校の入学試験に合格しますか?

そのようなことはあり得ません。立派な先生について勉強を教わる、そしてその先生を信じて、 先生のいうとおりに勉強し努力する。それで初めてよい結果が出てくるのです。信じるだけではしかたがありません。

もちろん、信じることが一番最初に必要です。ですから、信じなければいけません。しかし、 信じているだけでは足りません。当たり前のことですが、その当たり前のことが、いわれなければ分からないのです。これが凡夫の悲しいところです。

わたくしたちがやらなければいけない彼は、まず第一に、一日一回必ず勤行をするということです、そして、導師から授かった戒行・課行を必ず実行する、ということです。信仰を持つというのは、ただ種をまいただけにすぎません。その種から、すくすくと芽が伸びて、立派な花が咲くようにするには、いろいろな手入れが必要です。肥料も与えなければいけないし、雑草も抜かなければいけません。

この二つがそろってはじめて、「信」という種がすくすくと芽を出し、やがて花を咲かせ、実を結ぶのです。種をまいても、ほうっておけば枯れてしまいます。枯れないまでも健全に育っていきません。

修行も同じです。一生懸命に勤行をし、先祖のご供養をする。これは大切なことですが、それだけでは信仰の種をまいただけにすぎません。その種がすくすくと伸びていくためには、戒がな

ければいけないのです。

それでは、戒を具足すればそれでよいのかと申しますと、それでもまだまだ足りないとお釈迦

さまはおっしゃいます。

それではまだなにが必要なのでしょうか?

徳のもととなる布施の行

而不施者是則不具。以不具故精勤方便。修習布施。令其具足満信戒施満。

「而して悪さざる者は是れ則ち具せざるなり。具せざるを以ての故に精勤方便し布施を修習し、其れをして具足澱ぜしめ、伝むぎ減ならしむ」

現代語訳

「(信と彼がそろっても、)布施を行わなければ真の優婆塞とは呼べません。努力と工夫によって布施行を実践し、信と戒と施(布施)を円満に修めなさい」

ここでお釈迦さまは、布施をしなければ、信と変があっても完全な優婆塞とは呼べない、と説かれております。

なぜならば、布施によって初めて徳が生じるからです。信を持ち戒を保つということは、自分だけのことをやっているにすぎません。自分にとってプラスになることだけをやっているわけです。一方、他の人になにかを施すということは、他の人にブラスを与えることになります。

どのような難行苦行であっても、自分のことばかりを考えていたのでは、徳は生まれません。 他の人になにかを与えてこそ、自分の身に徳が生じるのです。人間というものは、徳がなければなに一つ成功させることはできません。これは、仕事でもなんでも同じです。

わたくしはいつも、

「人の不幸の元凶は因縁である。その因縁を切る成仏法を実践することによってのみ、人は本当

の幸福を得ることができる」

と申し上げております。しかし、不徳の身では、その成仏法でさえやり通すことができないのです。徳があってこそ、修行は順調に進みます。徳がなければ、因縁を切る修行でさえも途中でだめになるのです。修行に嫌気がさしたり、経済的に不如意になったり、あるいは周囲の者が意味もなく反対します。とにかく、うまくいかなくなってしまうわけです。

さきほど、白隠禅師の『施行歌」についてお話ししました。い切さを初めて身に染みて感じま

ために説いたものですが、その中に

 

さきほど、白隠禅師の『施行歌」についてお話ししました。

切さを初めて身に染みて感じました。「施行歌」とは、布施の行の大切さを分かりやすく民衆の

ために説いたものですが、その中に、

「富貴に大小ある事は蒔種大小あるゆへぞ

この世はわづかの物なればよい種ゑらんでまきたまへ

たねを惜みてうへざれば 穀物取たる例なし

田畑に麦神蒔ずして麦ひく取たるためしなしいつとためしむぎひへ壱升まきをけば 五升や壱斗はみのるぞや然れば少しの施しも果報は倍あるものぞ

湯や施し多ければ くわほうも多しと斗りしれ」

という言葉があります。わたくしは、これはまさに真理だと思います。

功徳の種をまかずに、徳の実が実るはずはありません。功徳の種を少しでもまくならば、必ずそれよりも大きな徳の実を得ることができるのです。功徳の種をまく、これこそが布施の行なのです。 より

 

如是我聞と「阿含経」 婆塞証知我。 如是我聞

如是我聞と「阿含経」

婆塞証知我。 如是我聞。一時仏住迦毘羅衛国尼拘律園中。爾時釈氏摩訶男来詣仏所。 稽首仏足退坐一面。白仏言。世尊。 者在家清白。乃至尽寿帰依三宝為優館

云何名優婆塞。仏告摩訶男。優婆塞

、至『寿尽くるまで三宝に帰依し、優婆塞とんらん是の如く我れ聞きぬ。一時、仏、迦毘羅衛国尼拘律園中に住まりたまえり。爾の時釈氏摩訶男、仏の所に来識し、仏の足に稽首したてまつり退いて一面に坐し、仏に白して言さく、「世敷よ、云館が愛で窓と名づくるや」 ど。仏、摩訶男に告げたまわく、「優婆塞とは在家清我れを証知したまえ」」と。

現代語訳

このように私は聞きました。ある時、仏さまがカビラヴァットゥ(迦毘羅衛国)のニグローダ (尼拘律)園におとどまりになっておられました。そこへ、在家の弟子であり、仏さまの従兄弟でもあるマハーナーマ(摩訶男)が、数人の在家信者を引き連れて現われ、仏足頂礼の礼をして仏さまの前に座り、質問いたしました。

「世尊よ、優婆塞(在家仏教徒)とは、どのような人に対して名づけられたものでありましょう

か?」

仏さまはマハーナーマに、

「在家の者が仏や卵となる僧侣のもとに行き、『自分が生きているかぎり、死ぬまでの今後一生を通して三宝に帰依いたします。私を優要塞としてお認めください』と申し出て、仏や僧侶がそれを認めるならば、その者は優婆塞となります」

と告げられました。

まず、最初に「如是我聞(是の如く我れ聞きぬ)」という言葉があります。ほとんどのお経がこの言葉で始まっておりますが、「私はこのように仏さまからうかがいました」という意味です。 この「私」とはだれか?

記憶力第一といわれたアーナンダ(阿難)であるとこれは、お釈迦さまの十大弟子の一人で、記憶力第一といわれたアーナンダ( されております。アーナンダという方は、二十五年間にわたってお釈迦さまのおそば近くに仕え、 その説法の一言一句を残らず記憶していました。お釈迦さまがお亡くなりになった直後、このアーナンダや大長老のマハーカッサパ(摩訶迦葉)を含めた五百人の仏弟子たちがラージャガハ

(王舎城)の七葉窟に集結し、お釈迦さまの教法の編纂を始めたわけです。

マハーカッサバが座長になり、アーナンダが自分の聞き憶えていたものを口述し、それを弟子

この社員で義論していくという形で、教法はまとめられていきました。

たち全員で議論していくという形で、教法はまとめられていきました。

たとえばアーナンダが、

「私は園精舎でこのような教えを拝聴しました」

と話すと、それに異論のある者は手を挙げて、

「それは私の記憶とは違う・・・・・・」

と自分の記憶している内容を述べたわけです。すると座長のマハーカッサパが、

「みなさんはどのように記憶しておられますか?」

と、他の弟子たちに諮り、それぞれが記憶をたどりながら、正しい答えを導き出してまとめていったわけです(『南伝律』「小品」十一抄)。そのようにして編纂されていった経典が「阿含経」 です。

ですから、「阿含経」に「如是我聞」という言葉が使われているのは当然です。ところが、仏滅後数百年経ってから創作された経典、たとえば『宏華経』や『聖戦」などの大乗経典も、 「阿含経」の形式をまねて「如是我聞」の四文字から始まっています。これは言語道断です。ほとんどの経典がこの「如是我聞」から始まるために、後世の人たちはすべてのお経はお釈迦さま一代の教説である、と思い込んでしまったのです。さらには、間違った教相判釈が立てられ、 「阿含経」は小乗経典という、まったく見当違いの評価を受けるようになってしまいました。

「如是我聞」はたった四文字の言葉ですが、これほど重要な意味を持っています。わたくしたちは、「如是我聞」を使うことのできるお経は「阿含経」だけなのだという真実をよく理解すると

共に、それを世間に広めていかなければなりません。

優婆塞とはなにか

それでは、お経の内容を解説いたしましょう。

ある時、お釈迦さまがカビラヴァットゥ(迦毘羅衛国)のニグローダ(尼拘律)園におられました。カピラヴァットゥというのはお釈迦さまの故郷で、現在のネパールのタライ地方付近であるといわれております。そのカビラヴァットゥにニグローダ(サンスクリット語ではニヤグローダ。 バニヤンの樹)という樹木がたくさん生えている林があり、その中の精舍、つまり道場にお釈迦

た。 さまは滞在されておられました。 そこへ、在家の弟子であり、またお釈迦さまの従兄弟でもあるマハーナーマ(摩訶男)が、数人の在家信者を引き連れて現われ、仏足頂礼の礼をしてお釈迦さまの前に座り、質問いたしまし

しゃくし仏門に帰依した者はすべてお釈迦さまの子であるという考えから、仏教徒を釈子あるいは釈氏といいます。しかし、ここに登場するマハーナーマはお釈迦さまと同じ釈迦族の人ですから、ここでいう釈氏は「仏教徒の」と訳すだけではなく、「釈迦族の」と訳してもよいでしょう。

「仏の足に精首したてまつり」とは仏足頂礼といい、五体を地につけてお釈迦さまのおみ足を額にいただく礼拝のことです。インドではこれがいちばん丁寧で、心からの帰依を表す礼とされております。仏足頂礼は五体を地につけて礼拝するので、五体投地とも呼びます。スリランカなどの南伝仏教の国では、パーリ語で「ブッダム サラナム ガッチャーミ〈われ、仏に帰依したて

自えて仏足頂礼の礼をします。わたくしたちは動行の時に膝をかがめて、

ております。仏足頂礼は五体を地につけて礼拝するので、五体投地とも呼びます。スリランカなどの南伝仏教の国では、パーリ語で「ブッダム サラナム ガッチャーミ(われ、仏に帰依したて

まつる)」と唱えて仏足頂礼の礼をします。わたくしたちは動行の時に膝をかがめて、

「オンザラバタタギャタ ハンナマンナノウ キャロミ」 と花押いたしますが、これは五体投地を簡略化したものです。

しかし、形の上では簡略化してありますが、心の中では五体を地につけてお釈迦さまのおみ足

をいただいてる、と観想して礼拝しなければいけません。

マハーナーマもこの時、仏足を頂礼してお釈迦さまにご挨拶し、

「世尊上、優婆塞とは、どのような人に対して名づけられたものでありましょうか?」

と質問したわけです。

優要塞とはパーリ語・サンスクリット語のウバーサカを漢字に音写したもので、普通は男性の在家信者を指します。これに対して女性の在家信者は優婆夷と呼び、同じくパーリ語・サンスクリット語でウバーシカーといいます。

か? それでは、マハーナーマはそのようなことも知らなかったのか、というとそうではありません。 逆に、彼は優婆塞の深い意味をよく知った上で、質問しているのです。それは、なぜでしょう

たとえば「音」 マハーナーマ自身は優婆塞についてよく知っているけれども、自分が連れてきた者たちはまだよく分かっていない。そこで、優婆塞の心構えを知ってもらうために、わざと自分自身も知らないふりをしてお釈迦さまに質問しているわけです。このような質問の仕方を起櫻間と呼びます。 仏教経典の中には、時々こういう起機問が出てきます。

の時に、無意痛、傷を以て問うて日さく、世尊は紗短期わりたまえり、歌今重ねて彼を問いたてまつる、仏子飲の因縁あってか名づけて観世音とかすや、と)」

と無尽意菩薩が仏さまに、観世音菩薩の名の由来についてお尋ねするところがあります。無尽意菩薩とは、無尽蔵の智慧による功徳と救済を象徴した菩薩ですから、そのくらいのことを知らないはずはない。

しかし、そばにいる者たちは知らないから、それについて仏さまから直接説明をしていただいて、皆に聞かせてあげようということで、無知な人たちになりかわって質問をしているのです。 マハーナーマもこれと同じなのです。

マハーナーマの赴機間に対して、お釈迦さまは「優婆塞とは、在家清白、乃至『寿尽くるまで三宝に帰依し、優婆塞と為らん我れを証知したまえ』」とお答えになられました。

「在家清白」とは、お釈迦さまに帰依して、仏教を信仰しようという清らかな心を持っている在家の人、ということです。「寿尽くるまで三宝に帰依し」とは、自分が生きているかぎり、死ぬまでの今後一生を通じて三宝に帰依いたします、という意味です。三宝とは仏・法・僧、つまり仏さまと仏さまの教法、そしてお釈迦さまの教法を実践する僧伽(教団)のことです。その三宝に対して、自分は死ぬまで帰依いたしますから、私を優婆塞としてお認めください、とお釈迦さまや師となる僧侶に申し上げ、それが認められれば優婆塞になるというわけです。 そうぎゃ

っれると道場にきて、わたくしと一

諸君も、

に対して、自分は死ぬまで帰依いたしますから、私を優婆塞としてお認めください、とお釈迦さまや師となる僧侶に申し上げ、それが認められれば優婆塞になるというわけです。

阿含宗に入行する時も同じですね。誓約書を提出して認められると道場にきて、わたくしと一緒にお護摩を焚く。続いて、ご本尊・真正仏舎利尊との仏縁を結ぶ灌頂を受け、これから一生懸命に仏舎利宝珠尊解脱宝生行(以下、解脱宝生行)をやっていきます、と仏さまにお誓いを立ててからご宝塔をいただきます。これも、このお経に則っているわけです。

そういうと、

「一生涯、修行するのですか?」

と聞く人がいるかもしれない。しかし、ひとたび入行して本当の仏さまの修行を始めたならば、 やはり一生涯にわたって仏さまの教えを守っていく、という気持ちが生ずるのは当然です。もしも、そういう気持ちが起きないならば、解脱宝生行を完全に修行したとはいえません。本当に修行をしたならば、必ずこの修行を持続させようという気持ちが起きるのです。それが起きないならば、本当に修行したとはとても考えられません。

「自分は生涯をかけて修行をする、というつもりで信仰をしているだろうか?」

と、よく考えてごらんなさい。もしもそういう気持ちがなければ、因縁を切ることなどとてもできません。もう一度それについて、自分の心に問いかけてごらんなさい。

出家仏教と在家仏教

出家仏教と在家仏教

「阿含経講義」の第一回目として、「雑阿含経・一切事経』(以下『一切事経』)の講義を行いま

「佛教語大辞典」(中村元著・東京書籍)で「阿含経」を引くと、

る。 【阿含經】あごんきょう 原始仏教の経典をいう。実際に釈尊が説いたと思われることばが数多く含まれている。南方系仏教では、長部(Digha-nikāya)・中堀(PMajjhima-nikāya). 相部 Samyutta-nikāya)・増支部(Anguttara-nikāya)・小部(PKhuddaka-nikāya)の五部に分けているが、北方系仏教では、長阿含・中阿含・増壱阿含・雑阿含という四種を数える。 漢訳の『長阿含経』には三十経が含まれ、『中阿含経』は二百二十二経、『増壱阿含経』は五十一巻、法数によって内容をまとめ、一法から十一法に至るまでを一まとめにしたので、この名がつけられた。『雑阿含経』は他の阿含経に収められない短い多数の経典を集録してあ

とあります。このように「阿含経」は、たくさんのお経が集まってできているわけですが、その中から特に重要なものを十経選ぶならば、わたくしはこの『一切事経』を迷わずその一つに挙げます。特に、在家として仏道修行を実践する人にとっては、いちばん重要なお経といえるでし

げます。特に、在家として仏道修行を実践する人にとっては、いちばん重要なお経といえるでし

ょう。それほど大切なお経です。

それはなぜでしょうか?

ふつう。 このお経に基づいて修行するならば、在家の者であっても出家以上の存在になり、現世で成仏することも可能である、と説かれているからです。

「お釈迦さまの仏教は出家仏教である」

と、仏教学者も一般の僧侶も考えております。仏教を出家仏教と在家仏教に区別する分類方法がありますが、出家仏教とは世を捨てて家族と離れ、僧侶として修行を進めていく、要するにお坊さんを主体とした仏教です。それに対して、出家しないで世俗で生活をしながら仏教を信心・ 修行していく、在家の人を主体とするのが在家仏教です。仏教学者や僧侶たちのほとんどは、 「お釈迦さまの仏教はすばらしいが、一つだけ欠陥がある。それは出家仏教だということだ。お釈迦さまの説く仏法は在家の者には修行できない」

と、主張してきたわけです。

ですから、わたくしが阿含宗を立宗して、

「阿含経に基づいた、お釈迦さまの真の仏法を修行しなければいけない」 と叫び始めた時に、学者やたくさんの僧侶たちがこのように批判しました。

「今さら、どうして釈迦仏教などを説くのか? なぜ阿含経という、小乗仏教のお経を今ごろ持

ち出してくるのか?」

というように。小乗仏教とは、自分の救済だけしか考えない仏教という意味です。

0111

「お釈迦さまの弟子たちは、自分が救われるために出家をして、いろいろな修行をしたのではないか。お釈迦さまはそのような弟子たちに法を説いたのだから、その説法をまとめた阿含経は小乗経典である」

と、わたくしは非難されました。

ですから、在家の方が「阿含経」の教えを世の中に広めていこうとする時、まず反対されるの

はその点だと思います。

「お釈迦さまの仏教は出家仏教ではないか。あなたは出家なのか?」

そういわれるでしょう。

それに対してどう答えればよいのでしょうか?

「ああ、そうですか。それは知りませんでした」

というようなことではしかたがない。

逆に、お釈迦さまの仏教を出家仏教と考えるのはまったくの間違いであり、勉強不足なのだと

教えてあげなければいけません。

お釈迦さまの仏教は出家仏教でもなければ小乗仏教でもなく、在家の者でも成仏できると説かれているのだ、ということがはっきり示されているのが、この『一切事経』なのです。 経文を読んでみましょう。

一切事経』を、令和の都市を舞台にした仏教小説風に翻案します。 🌆都市の中の静かな灯 ――マハナーマの問い――

『一切事経』を、令和の都市を舞台にした仏教小説風に翻案します。
🌆都市の中の静かな灯 ――マハナーマの問い――

 

 

その夜、東京の片隅にある小さな寺は、雨上がりの街灯に照らされていた。
コンクリートとネオンの隙間に残されたその場所は、まるで時間から取り残されたように、静かだった。
マハナーマは、仕事帰りのスーツのまま、境内の石畳を踏みしめていた。
スマホをポケットにしまい、深く息を吸ってから、本堂の前に立った。
そこには、年老いた僧がひとり、ほうきを持って立っていた。
だが、その眼差しは、年齢を超えた深さを湛えていた。
「……住職。」
僧は、ゆっくりと顔を上げた。
「どうしたのですか、マハナーマさん。」
マハナーマは一礼し、言葉を探すように、しばし沈黙した後、口を開いた。
「毎日、仕事に追われ、家庭を持ち、社会の中で生きています。
それでも……仏の道を歩んでいると言えるのでしょうか。」
住職は、ほうきを立てかけ、静かに答えた。
「家庭を持ち、社会で働きながらも、
仏と教えと僧のつながりを信じて生きようとする人。
その人こそが、現代の“優婆塞”なのですよ。」
マハナーマは、胸の奥に、わずかな安心が灯るのを感じた。
「では……在家の身で、仏の道を本当に生きるとは、どういうことなのでしょうか。」
住職は、境内の奥に見える高層ビルの灯りを見つめながら語り始めた。
「まず、信じる心だけでは足りません。
行いが伴ってこそ、信は現実の力になります。
正直に働き、他人を傷つけず、
自分の行動に責任を持つこと――それが“戒”です。
けれど、正しく生きるだけでも、まだ足りません。
分け合う心――時間、言葉、思いやり、そして必要ならお金――
それが“布施”です。」
マハナーマは、日々の忙しさの中で忘れがちなことを思い出すように、ゆっくり頷いた。
「信と戒と布施があっても、
教えを学ばなければ、方向を見失います。
だから、こうして寺に来るのです。
本を読み、話を聴き、静かに心を整えるために。」
住職は続けた。
「しかし、ただ聴くだけでは足りません。
心を込めて聴き、
それを覚え、
意味を考え、
日々の選択の中で生かしてこそ、
教えは“生きた智慧”になります。」
マハナーマは、スマホの通知音に心を奪われていた日々を思い出し、苦笑した。
「……なるほど。」
少し間を置いて、彼はもう一つの疑問を口にした。
「でも、住職……
自分の心は少し落ち着いてきましたが、
周りの人は相変わらず苦しんでいます。
自分だけが救われるような生き方で、いいのでしょうか。」
住職は、ほうきを手に取り、落ち葉を掃きながら、静かに答えた。
「それは、自分の心は整えられても、
他人の心に寄り添えない人の姿です。
自分だけは正しく生きているが、
誰かを正しい道へ支えることができない。
自分だけは学んでいるが、
誰かの迷いに光を手渡すことができない。
それは、“自分は安らぐが、他を安らがせられない”生き方です。」
マハナーマは、胸の奥が少し痛んだ。
「……では、自分も、周りの人も、共に安らぐ生き方とは、どんなものでしょうか。」
住職は、ゆっくりと掃く手を止め、まっすぐに彼を見た。
「それは――
自分が信じるだけでなく、
誰かの信を育てる生き方。
自分が正しく生きるだけでなく、
誰かが正しく生きるのを支える生き方。
自分が与えるだけでなく、
人にも与える喜びを教える生き方。
自分が学ぶだけでなく、
人にも学びの場を開く生き方。
自分が実践するだけでなく、
人を実践へ導く生き方です。」
夜風が、境内の木々を揺らした。
「そのような人のもとには、
職業も立場も違う人々が、自然と集まってきます。
その人の存在そのものが、
朝も、昼も、夜も、変わらず人を照らす灯となるからです。
そのような在家の仏弟子は、
この時代にあっても、決して多くはありません。」
マハナーマは、しばらく黙って空を見上げた。
ビルの谷間に、かすかに星が見えていた。
「……住職。」
「はい。」
「僕は、まだ何も成し遂げていません。
でも……今日から、少しずつ、生き方を変えていこうと思います。」
住職は微笑んだ。
「それで十分です。
仏の道は、完成ではなく、歩み続けることそのものなのですから。」
マハナーマは深く一礼し、夜の街へと戻っていった。
だが、その背中には、
ネオンにも負けない、静かな光が宿り始めていた。