ではなく
たきれることであって、それとজ あとは、自分のプライドをみたすために自取するという行為はぜったのあなるところか。 か行のそれとくらべてかなり異質なものであり、かつ、はるかに高度なものであるととは当然なことであるというべきだろう。たとえその原理はじものであったとしてもカッョクのとナの場合は、自分の生存の敵であるクグイスのヒナを育負いちげで集からほうき出すだけでよいのだが、人間の場合はそんななものではない。
マルツが言うように、それは、
けさせ、また態を保存する助けとして本をあたえるはかに、いろいろな問題に解答をあたえ、発明させ、詩を書かせ、本業をおこなわせ、商品を販きを、科学の分野で新天地をさせ、心の平和を達成させ、よりよいパーソナリティを
もろもろの活動において目ざましい成功を得させてくれる―― おれとかれの仲間の生活を向上さそういう、成冷の自動舗を、人間はだれでも持っているのである。人間はながい過去の歴史の上に、そういうものを積してきた。
それは、カッコウのヒナが、無意識の意識の記憶の中に、自分の生存を確実にするためをテーゼオ機構として組みこんで持っているように、人間もまた、自分の生存を確実のそういう一切の知恵を、自分の無意識の記憶の中に組みこんで持っていると
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このことを、ウイーナー博士は
「人間は目標志向の装置を持ち、目的達成の自動装置をそなえている」
という言葉で表現したわけである。
キャーナー教士は、サイバネティックスの理論において、すべての人間が、さきに追のァイブと第二のタイプの二つのキーヴオ機構を持っているという。二つのテーヴオ機あと連成するため、つねに正しい方向に自動的にすすむよう券界にたいして正しいF その後、動いてるを見出し、あたらしい考えやンスピレーションをこの二っである。この二つの後を人間に持っているというのだ、ジョン・フォン・アイャン博士も、名を「コンピュータ」ので
とマクスウェル・マルツ博士に書いている。
そらるそなことにこえるだろうが、十年前まで科学者たちはそれがわからなかった。
たしかにそれはその通りであろう。 電子をつくりあげ、装置を完成したとき
たちのつくり倒したものと、人間の持つすぐれた種秀とが、同じ原理ではたらくのではないかと気がついたのであったというのだから―― 、そのときはじめて科学者たちは、自分たそれでは、それまで、人間は、人間の持つこのすぐれた後重にだれ一人気がつくものがなかっ
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秘密の力に気がついているものがいたのである。 そうではない。気がついている者がいたのである。ごく一部の者であったが、人間、 サイバネティックスがこの機構を
あきらかにするはるか以とにかく、人間にすばらしい機能が秘められ




