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お釈迦さま
優婆塞となるには、どのようにすればよいのでしょうか?

 

ニグローダの園に、朝の光が静かに満ちていた。
木々の葉は露を帯び、鳥の声はまだ眠りの余韻を残している。
その園に、マハーナーマは一人、胸に深い問いを抱いて立っていた。
――信じるとは、何なのか。
――正しく生きるとは、どういうことなのか。
彼はゆっくりと歩みを進め、世尊の前にひざまずいた。
額を地につけ、静かに口を開く。
「世尊よ。完全な優婆塞となるには、どのようにすればよいのでしょうか。」
その声は、震えを含みながらも、真剣だった。
釈尊は、しばしマハーナーマを見つめ、やがて穏やかな声で答えられた。
「もし信があっても、戒がなければ、その者は真の優婆塞とは呼べない。
精進し、清らかな戒を守り、信と戒の両方を身につけなさい。」
マハーナーマの胸に、その言葉は深く沈み込んだ。
――信じているだけでは足りない。
――生き方として、戒を体現せねばならない。
しかし彼の心は、まだ満ちてはいなかった。
再び頭を垂れ、問いかける。
「世尊よ。では、何をもって一切の優婆塞の務めを満たすとするのでしょうか。」
釈尊は静かに語られた。
「仏・法・僧の三宝に帰依し、生涯それを守ると誓えば、形式としては優婆塞である。」
だがマハーナーマは悟っていた。
これは入口にすぎない、と。
――形ではなく、実質。
――誓いではなく、生き方。
だからこそ、彼は再び問うたのだった。
釈尊は、彼の心の奥を見透かすように、さらに続けられた。
「信と戒があっても、布施がなければ、まだ具足とはいえない。
努力と工夫によって布施を実践し、信・戒・施の三つを円満に修めなさい。」
その言葉を聞いた瞬間、マハーナーマの内に、ひとつの光が差し込んだ。
――信は、心の向き。
――戒は、生き方の規律。
――布施は、他者への実際の働き。
信と戒は、自分を整える修行である。
だが布施は、世界へと心を開く修行だった。
釈尊はさらに語られた。
「どれほど苦しい修行であっても、自分のことばかり考えていては徳は生まれない。
他者に与えてこそ、徳は身に宿るのだ。」
マハーナーマは、はっとした。
――私は、信じることに満足していなかったか。
――戒を守ることに、安住していなかったか。
しかし、それだけでは、世界は変わらない。
自分だけが清らかであっても、他者の苦しみは消えない。
釈尊は、穏やかに、しかし力強く続けられた。
「徳がなければ、修行は続かない。
徳がなければ、因縁を断つ法も、途中で途絶えてしまう。」
その言葉は、マハーナーマの胸に、静かに、しかし確実に刻まれた。
――徳とは、目に見えぬ力。
――だが、それなくして、どの道も歩みきれぬ。
そのとき、彼の脳裏に、かつて聞いた一首の詩がよみがえった。
「種を惜しんで蒔かなければ、
実りを得ることはできない。」
少しの施しが、倍の果報となる。
湯を与えれば、温もりが返る。
水を与えれば、命が潤う。
マハーナーマは、ようやく理解した。
――信とは、灯をともすこと。
――戒とは、その灯を守ること。
――布施とは、その灯で、他者を照らすこと。
三つがそろって、はじめて道は完成する。
彼は深く礼拝し、心の底から誓った。
――私は信じる。
――私は守る。
――そして、私は与える。
その日から、マハーナーマの歩みは変わった。
信は心に宿り、戒は行いとなり、
布施は、世界に小さな光を灯しはじめた。
そしてその光は、やがて彼自身の闇をも照らし出すことになる――。

 

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