如是我聞と「阿含経」
婆塞証知我。 如是我聞。一時仏住迦毘羅衛国尼拘律園中。爾時釈氏摩訶男来詣仏所。 稽首仏足退坐一面。白仏言。世尊。 者在家清白。乃至尽寿帰依三宝為優館
云何名優婆塞。仏告摩訶男。優婆塞
、至『寿尽くるまで三宝に帰依し、優婆塞とんらん是の如く我れ聞きぬ。一時、仏、迦毘羅衛国尼拘律園中に住まりたまえり。爾の時釈氏摩訶男、仏の所に来識し、仏の足に稽首したてまつり退いて一面に坐し、仏に白して言さく、「世敷よ、云館が愛で窓と名づくるや」 ど。仏、摩訶男に告げたまわく、「優婆塞とは在家清我れを証知したまえ」」と。
現代語訳
このように私は聞きました。ある時、仏さまがカビラヴァットゥ(迦毘羅衛国)のニグローダ (尼拘律)園におとどまりになっておられました。そこへ、在家の弟子であり、仏さまの従兄弟でもあるマハーナーマ(摩訶男)が、数人の在家信者を引き連れて現われ、仏足頂礼の礼をして仏さまの前に座り、質問いたしました。
「世尊よ、優婆塞(在家仏教徒)とは、どのような人に対して名づけられたものでありましょう
か?」
仏さまはマハーナーマに、
「在家の者が仏や卵となる僧侣のもとに行き、『自分が生きているかぎり、死ぬまでの今後一生を通して三宝に帰依いたします。私を優要塞としてお認めください』と申し出て、仏や僧侶がそれを認めるならば、その者は優婆塞となります」
と告げられました。
まず、最初に「如是我聞(是の如く我れ聞きぬ)」という言葉があります。ほとんどのお経がこの言葉で始まっておりますが、「私はこのように仏さまからうかがいました」という意味です。 この「私」とはだれか?
記憶力第一といわれたアーナンダ(阿難)であるとこれは、お釈迦さまの十大弟子の一人で、記憶力第一といわれたアーナンダ( されております。アーナンダという方は、二十五年間にわたってお釈迦さまのおそば近くに仕え、 その説法の一言一句を残らず記憶していました。お釈迦さまがお亡くなりになった直後、このアーナンダや大長老のマハーカッサパ(摩訶迦葉)を含めた五百人の仏弟子たちがラージャガハ
(王舎城)の七葉窟に集結し、お釈迦さまの教法の編纂を始めたわけです。
マハーカッサバが座長になり、アーナンダが自分の聞き憶えていたものを口述し、それを弟子
この社員で義論していくという形で、教法はまとめられていきました。
たち全員で議論していくという形で、教法はまとめられていきました。
たとえばアーナンダが、
「私は園精舎でこのような教えを拝聴しました」
と話すと、それに異論のある者は手を挙げて、
「それは私の記憶とは違う・・・・・・」
と自分の記憶している内容を述べたわけです。すると座長のマハーカッサパが、
「みなさんはどのように記憶しておられますか?」
と、他の弟子たちに諮り、それぞれが記憶をたどりながら、正しい答えを導き出してまとめていったわけです(『南伝律』「小品」十一抄)。そのようにして編纂されていった経典が「阿含経」 です。
ですから、「阿含経」に「如是我聞」という言葉が使われているのは当然です。ところが、仏滅後数百年経ってから創作された経典、たとえば『宏華経』や『聖戦」などの大乗経典も、 「阿含経」の形式をまねて「如是我聞」の四文字から始まっています。これは言語道断です。ほとんどの経典がこの「如是我聞」から始まるために、後世の人たちはすべてのお経はお釈迦さま一代の教説である、と思い込んでしまったのです。さらには、間違った教相判釈が立てられ、 「阿含経」は小乗経典という、まったく見当違いの評価を受けるようになってしまいました。
「如是我聞」はたった四文字の言葉ですが、これほど重要な意味を持っています。わたくしたちは、「如是我聞」を使うことのできるお経は「阿含経」だけなのだという真実をよく理解すると
共に、それを世間に広めていかなければなりません。
優婆塞とはなにか
それでは、お経の内容を解説いたしましょう。
ある時、お釈迦さまがカビラヴァットゥ(迦毘羅衛国)のニグローダ(尼拘律)園におられました。カピラヴァットゥというのはお釈迦さまの故郷で、現在のネパールのタライ地方付近であるといわれております。そのカビラヴァットゥにニグローダ(サンスクリット語ではニヤグローダ。 バニヤンの樹)という樹木がたくさん生えている林があり、その中の精舍、つまり道場にお釈迦
た。 さまは滞在されておられました。 そこへ、在家の弟子であり、またお釈迦さまの従兄弟でもあるマハーナーマ(摩訶男)が、数人の在家信者を引き連れて現われ、仏足頂礼の礼をしてお釈迦さまの前に座り、質問いたしまし
しゃくし仏門に帰依した者はすべてお釈迦さまの子であるという考えから、仏教徒を釈子あるいは釈氏といいます。しかし、ここに登場するマハーナーマはお釈迦さまと同じ釈迦族の人ですから、ここでいう釈氏は「仏教徒の」と訳すだけではなく、「釈迦族の」と訳してもよいでしょう。
「仏の足に精首したてまつり」とは仏足頂礼といい、五体を地につけてお釈迦さまのおみ足を額にいただく礼拝のことです。インドではこれがいちばん丁寧で、心からの帰依を表す礼とされております。仏足頂礼は五体を地につけて礼拝するので、五体投地とも呼びます。スリランカなどの南伝仏教の国では、パーリ語で「ブッダム サラナム ガッチャーミ〈われ、仏に帰依したて
自えて仏足頂礼の礼をします。わたくしたちは動行の時に膝をかがめて、
ております。仏足頂礼は五体を地につけて礼拝するので、五体投地とも呼びます。スリランカなどの南伝仏教の国では、パーリ語で「ブッダム サラナム ガッチャーミ(われ、仏に帰依したて
まつる)」と唱えて仏足頂礼の礼をします。わたくしたちは動行の時に膝をかがめて、
「オンザラバタタギャタ ハンナマンナノウ キャロミ」 と花押いたしますが、これは五体投地を簡略化したものです。
しかし、形の上では簡略化してありますが、心の中では五体を地につけてお釈迦さまのおみ足
をいただいてる、と観想して礼拝しなければいけません。
マハーナーマもこの時、仏足を頂礼してお釈迦さまにご挨拶し、
「世尊上、優婆塞とは、どのような人に対して名づけられたものでありましょうか?」
と質問したわけです。
優要塞とはパーリ語・サンスクリット語のウバーサカを漢字に音写したもので、普通は男性の在家信者を指します。これに対して女性の在家信者は優婆夷と呼び、同じくパーリ語・サンスクリット語でウバーシカーといいます。
か? それでは、マハーナーマはそのようなことも知らなかったのか、というとそうではありません。 逆に、彼は優婆塞の深い意味をよく知った上で、質問しているのです。それは、なぜでしょう
たとえば「音」 マハーナーマ自身は優婆塞についてよく知っているけれども、自分が連れてきた者たちはまだよく分かっていない。そこで、優婆塞の心構えを知ってもらうために、わざと自分自身も知らないふりをしてお釈迦さまに質問しているわけです。このような質問の仕方を起櫻間と呼びます。 仏教経典の中には、時々こういう起機問が出てきます。
の時に、無意痛、傷を以て問うて日さく、世尊は紗短期わりたまえり、歌今重ねて彼を問いたてまつる、仏子飲の因縁あってか名づけて観世音とかすや、と)」
と無尽意菩薩が仏さまに、観世音菩薩の名の由来についてお尋ねするところがあります。無尽意菩薩とは、無尽蔵の智慧による功徳と救済を象徴した菩薩ですから、そのくらいのことを知らないはずはない。
しかし、そばにいる者たちは知らないから、それについて仏さまから直接説明をしていただいて、皆に聞かせてあげようということで、無知な人たちになりかわって質問をしているのです。 マハーナーマもこれと同じなのです。
マハーナーマの赴機間に対して、お釈迦さまは「優婆塞とは、在家清白、乃至『寿尽くるまで三宝に帰依し、優婆塞と為らん我れを証知したまえ』」とお答えになられました。
「在家清白」とは、お釈迦さまに帰依して、仏教を信仰しようという清らかな心を持っている在家の人、ということです。「寿尽くるまで三宝に帰依し」とは、自分が生きているかぎり、死ぬまでの今後一生を通じて三宝に帰依いたします、という意味です。三宝とは仏・法・僧、つまり仏さまと仏さまの教法、そしてお釈迦さまの教法を実践する僧伽(教団)のことです。その三宝に対して、自分は死ぬまで帰依いたしますから、私を優婆塞としてお認めください、とお釈迦さまや師となる僧侶に申し上げ、それが認められれば優婆塞になるというわけです。 そうぎゃ
っれると道場にきて、わたくしと一
諸君も、
に対して、自分は死ぬまで帰依いたしますから、私を優婆塞としてお認めください、とお釈迦さまや師となる僧侶に申し上げ、それが認められれば優婆塞になるというわけです。
阿含宗に入行する時も同じですね。誓約書を提出して認められると道場にきて、わたくしと一緒にお護摩を焚く。続いて、ご本尊・真正仏舎利尊との仏縁を結ぶ灌頂を受け、これから一生懸命に仏舎利宝珠尊解脱宝生行(以下、解脱宝生行)をやっていきます、と仏さまにお誓いを立ててからご宝塔をいただきます。これも、このお経に則っているわけです。
そういうと、
「一生涯、修行するのですか?」
と聞く人がいるかもしれない。しかし、ひとたび入行して本当の仏さまの修行を始めたならば、 やはり一生涯にわたって仏さまの教えを守っていく、という気持ちが生ずるのは当然です。もしも、そういう気持ちが起きないならば、解脱宝生行を完全に修行したとはいえません。本当に修行をしたならば、必ずこの修行を持続させようという気持ちが起きるのです。それが起きないならば、本当に修行したとはとても考えられません。
「自分は生涯をかけて修行をする、というつもりで信仰をしているだろうか?」
と、よく考えてごらんなさい。もしもそういう気持ちがなければ、因縁を切ることなどとてもできません。もう一度それについて、自分の心に問いかけてごらんなさい。




