普賢 ― 遍く歩む者
夜明け前、まだ世界が名前を持たない刻。
地の奥から、ゆっくりと重い足音が響いてきた。
白い象が歩いている。
雪のように静かな体、しかし一歩ごとに、大地そのものが目を覚ます。
その背に坐す者は、剣を振りかざすことも、声を上げることもない。
ただ、そこに在る。
普賢。
遍く賢い者――
すべてを知るのではなく、すべてに赴く者。
彼の智慧は、思索の中に留まらない。
文殊が剣で迷いを断つなら、
普賢はその断たれた後の世界へ、実際に足を運ぶ。
泥に沈んだ者のもとへ。
声を失った祈りのもとへ。
誰からも見捨てられたと思い込んだ、その場所へ。
彼は言葉で救わない。
行動そのものが、すでに教えだからだ。
剣は、敵を斬るためにあるのではない。
五鈷杵は、力を誇るためにあるのではない。
それらは「誓いのかたち」――
三昧耶として、決して退かぬ意志を象っている。
女性たちが、密かに彼の名を呼んだのも、無理はない。
声を上げることさえ許されなかった時代、
普賢は、必ず“現場”に来たからだ。
泣く者のそばに坐し、
働く者の背を支え、
修行に迷う者には、ただ共に歩いた。
延命とは、時間を引き延ばすことではない。
生きている今を、正しく歩ませること。
だから普賢延命菩薩は、
三つや四つの象の頭をもって現れる。
一つの世界だけでは、救いきれないからだ。
辰の年、巳の年――
変化と脱皮の年に、
人は彼の名を思い出す。
「智慧を、どう使えばいいのか」
その問いに、
普賢は答えない。
ただ、象とともに歩き出す。
――ついて来られるなら、と。
遍く、賢く。
そして、決して立ち止まらずに。
オン・サンマイヤ・サトバンわ




