夜は深まり、空には雲ひとつなく、星々が鋭い光を落と実に、何かが降りてきていた。
真輝の呼吸は次第に変わっていった。
吸う息は氷のように冷たく、吐く息は火のように熱い。
その呼吸が進むほど、体の感覚は境界を失い、まるで身体そのものが呼吸へと変わっていくかのようだった。
千導が声を低く響かせる。
「恐れるな。
今、お前に課せられているのは、受け入れるという一点のみ。
呼吸は門。
意志は灯火。
その両方が揃った者に――守護神は宿る。」
真輝の心臓が大きく跳ねた。
意識は深い湖へ沈むようでありながら、どこか極端に澄んだ静けさに満たされていく。
そして――その時だった。
背後の闇の中から、風ではない風が動いた。
空気が震え、見えない圧力が部屋いっぱいに満ちる。
蝋燭の炎が長く伸びる。
影が揺れる。
だがその影は壁に沿うだけではなかった。
――ひとつ、炎の揺らぎとは無関係の影が立ち上がっていた。
真輝の意識の内側に、声が響く。
「目を開けよ。
だが肉眼で見るな。
心の眼で視よ。」
その声は、師のものではない。
男でも女でもなく、年齢も形も超えた響きだった。
真輝はゆっくりと意識を外へ向ける。
すると影が輪郭を帯び始めた。
最初は霧。
次に波紋。
そして光へ――。
その姿は、人であり、神であり、炎であり、静寂そのものだった。
まるで古代から呼ばれ、忘れられた時代の記憶が今再び形をとって現れたようだった。
千導が厳かに語る。
「――現界せよ。
これはその身に宿るべき徒弟。
名と使命を与えよ。」
光の存在が真輝へ近づく。
その足音はない。
だが大地そのものが踏みしめられるような重みがあった。
声が再び響く。
「我は、お前の過去の業を知り、未来の歩みを護る者。
闇を断ち、迷いを燃やす剣を持つ。」
真輝の胸が熱くなる。
そこに宿るものは恐れではなく、どこか懐かしい感覚――。
まるで、長い旅路の果てに帰るべきものと再会したかのようだった。
光が真輝の額へ触れるように降りてくる。
「名を刻め。
我が名は――」
炎が大きく揺れ、風が吹き抜けた。
その瞬間、真輝の胸に響く声がひとつの言葉を落とした。
「倶利迦羅(くりから)。」
その名が告げられると同時に、光は剣となり、龍となり、炎となり、真輝の背後へ溶けるように入っていった。
呼吸が止まった。
否――止まったのではない。
呼吸そのものが「彼」と共鳴し始めたのだ。
千導はゆっくりとうなずいた。
「……これでよい。
真輝、お前は今日より、守護を持つ者となった。
だが忘れるな――守護神とは力ではない。
試練だ。」
影の中で炎がゆらめく。
そして静かに――真輝の道が始まった。
守護神と共に歩む成仏の道。
光と闇の境界を往き、魂を救う者として。




