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三福道──覚醒の三つの扉」

「三福道──覚醒の三つの扉」

◆第一章 東京の片隅で

 湿った夜気が漂う都会。
青年・慧斗は、また今日も戻ってきてしまった。
師・玄照の“学舎”とも呼べない小さな部屋――いや、
ここだけが、心が息をつける場所だった。

「慧斗、今日も来たね。
――苦しいんだろう?」

 その一言で、心の奥の硬い壁が崩れそうになる。

「……自分でも、何に苦しんでいるのか、よくわからないんです」

 玄照はうなずき、静かに経典を開いた。

「では、今日は“三福道”から始めよう。
お前の心の迷いは、ここからほどける」

◆第二章 三福道 ― 無限の心を育てる三つの種

 師は古い紙に三つの文字を書いた。

「これは、仏陀が阿難に説かれた“無限の福を生む三つの根”。
これをね、私は“心の三つの扉”と呼んでいる」

●第一の扉:如来の所に功徳を種える

玄照は言った。

「如来とは、人ではなく“真理の働き”だ。
嘘のないこと、怒りのないこと、自分を失わないこと。
真理に触れ、そこに心を置く――それが第一の福だ」

慧斗は思った。
自分は、真理ではなく苛立ちに心を置いていた。
どれほど正しい言葉を言おうとしても、心が濁れば真理には触れられない。

●第二の扉:正法に功徳を種える

「正法とは、“心を誤らせない教え”のこと。
仏陀は単なる理想論ではなく、
心を変化させる“原理”を説かれた。
それを学び、守り、実践すること。
これが第二の福になる」

慧斗は胸が熱くなる。
正しい教えがあるのに自分は逃げていた。
逃げて傷つき、傷ついてまた逃げる。
その因縁の輪を断ちたい。

●第三の扉:聖なる修行者に功徳を種える

「これは、悟った人を拝むだけでは意味がない。
“修行する仲間”を尊び、支え合い、励まし合うことだ。
人は関わりのなかでしか成長しないからな」

慧斗は師の顔を見つめた。

「……僕は、師匠に福を積めていますか?」

玄照は笑った。

「お前の“求める心”そのものが、すでに福の始まりだよ」

その言葉が胸に刺さった。

◆第三章 三十七道品 ― 心の階段に足をかける

その夜、玄照はさらに言葉を続けた。

「慧斗。
三福道は、心を“無限の状態”へ開くための土台だ。
しかし、そこから先に進むためには“歩む道”がいる」

 師は七つの大きな円を描き、その中に数字を書いた。

四念処
四正断
四如意足
五根
五力
七覚支
八正道

「これは仏陀が悟りへ至るために歩んだ七科三十七道品
これを私は、
心を救い上げるための階段”と呼んでいる」

◆四念処 ― 心の観察

「まずは“心を見る”ことから始まる。
自分の苦しみを外のせいにしても、因縁は切れない。
怒りが起こった瞬間の心を、
悲しみが生まれる直前の心を、
ただ観るんだ」

慧斗は、会社で上司に怒鳴られた日のことを思い出した。
怒りが発火する一瞬――何かがカッと心を掴んだ。
あれを観るということなのか。

◆四正断 ― 悪を断ち、善を育てる

玄照は続けた。

「“悪を起こさないようにし、
起こってしまった悪をすぐに断ち、
まだ起きていない善を育て、
起こった善を強める。”

 ――これが四正断だ」

簡単そうで、実は最も大変な修行であった。

◆四如意足 ― 心の力を高める集中法

「これは、願い・努力・心・思念を調えて
一点に集中する技法だ。
スマホに心を奪われ続けていては、
絶対に身につかない」

慧斗は思わずスマホの重さを意識した。

◆五根・五力 ― 信・精進・念・定・慧

「五根は心の“芽”。
五力はその“芽”が力に変わった姿。
修行すると、この五つが勝手に強くなる」

芽と力。
慧斗は、自分の心が弱いのは、
芽を育てず踏みつぶしてきたからだ
と気づいた。

◆七覚支 ― 覚りを開く七段階

「念・択法・精進・喜・軽安・定・捨。
心が透明化すると、この七つが自然に立ち上がる。
悟りとは“作るもの”ではなく、
心が透明になったとき自然に現れる反応なんだ」

◆八正道 ― 歩むべき正しい行い

最後に師は言った。

「これは日常のすべてだ。
言葉、行い、職業、努力、念、定……
これらを正しく整えることで、
人は初めて“因縁の鎖”から脱出できる」

慧斗は深く息を吸った。
胸の奥で、何かが確かに変わり始めていた。

◆第四章 心の殻が割れる音

「慧斗よ、悟りとは努力の結果ではない。
努力“し続けた心”が自然に変化するとき、
心の殻が割れる。
それを漏尽解脱と呼ぶ」

玄照の目が優しく光る。

「今日、お前は三福道の“第一の扉”に触れた。
これから三十七道品の階段を一段ずつ登る。
必ず、お前の殻は割れるよ」

青年は静かに目を閉じた。

もう逃げない。
もう自分を欺かない。
心を濁らせてきた因縁の輪を、この手で断つ。

そう決意した瞬間、
都会の夜のどこかで
小さく、しかし確かな“ひび割れる音”が鳴った気がした。

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