ということでしょう。
法緒の「法」とは、歴史上実在の人物であるお釈迦さまが、そのご存命中にインドにおいてお思きになった法です。つまり「阿含経」であり、そこに説かれている七科三十七道品の成仏法です。お釈迦さまはここでは、「阿含経」に説かれている教えと成仏法を「法」と呼んでいらっしゃいます。この「法」を施すことによって、泥祖つまりニルヴァーナに入ることができるぞ、二ルヴァーナに入るだけの功徳が得られるのだぞ、とおっしゃっているのです。
この「五戒品・四』と「有無品・三」をこのままなんの注釈もなしに、大乗仏教の人たちに見
せたならば、彼らは異口同音に、 「なんだ、桐山頌雄は「阿含経」でなければいけないといっているけれども、中を開ければ大乗仏教と同じではないか。『法華経」や「阿弥陀経」に書いてあることと同じだ。それならば、なにも今さら「阿含経」を学ぶ必要はない」
しかしながら、大乗仏教で説いている法と、お釈迦さまが実際にお説きになられた法では、まるっきり違います。お釈迦さまが布施しなさいとおっしゃっているのは、ご自分が説かれた仏教なのです。「法華経」や「阿弥陀経」などのような、成仏法を持たない「法」ではありません。 お釈迦さまはご自身の入滅後に、ニセモノの経典が出現することは十分ご承知でした。そのこどは、すでに「一切事経」の講義で述べたとおりです(上巻・五〇一五一頁)。
覚えていない人は、きちんと読み返してごらんなさい。お釈迦さまご自身が、自分が説いているこの正法は、やがて世の中の表面から消えるであろう、とおっしゃっているのです。しかしながら、「七宝経」(本書一一―二八頁参照)で説いたように、正法は消えたままではなくて、必ず再
び出現するということも、お釈道さまは予言されていました。
その予言どおりに現われたのが、阿含宗です。今、阿含宗が世の中に出なかったならば、お釈あさまの真の仏法は滅びてしまいます。今こそ、お釈迦さまの本当の正法を広く施す時機です。 これほど正法の広施を必要とする時代は、かつてありませんでした。この広権の行で、梵行一つで成仏できるということを、お釈迦さまは『五戒品・四』と『有無品・三」の中で、はっきりとおっしゃっているのです。
法恩と報恩
『有無品・三」で、お釈迦さまは法施の行が布施行の中で最も尊いとおっしゃっておりましたが、 「有無品・五」では、いろいろな恩義の中で、法恩が最も尊いと説かれております。
わたくしたちはたくさんの恩(恩恵)を受けて、この社会に生きています。わたくしたちはい
ろいろな感を受けているおかげで、このように生きていくことができるのです。
「その恩の中で一番尊いのは、法の思なのだ」
とお釈迦さまはおっしゃっています。法の恩とは、仏法の恩という意味であり、「法恩を修行すべし」とは、
「その法恩に報いるための修行をしなさい」
という意味です。
わたくしが阿含宗を立宗し、命がけで布教伝道しているのも、お釈迦さまの思・仏法の恩に対するご週返しのためです。そのために阿含宗を立て、お釈迦さまの仏法を布教伝道しております。 このように悪に報いるための行を、昔から報恩謝徳の行と呼んでおります。報恩謝徳の行を実しない仏教徒は、本当の仏教ではないとさえいわれます。
わたくしはお釈迦さまから、仏法の恩を他のだれよりも多く受けています。今こうして法衣を着て、高いところから観法ができるのは、すべてお釈迦さまの成仏法のおかげです。お釈迦さまの成仏法を知らなかったならば、わたくしは今もこうして、この世の中に生きていることはできなかったでしょう。たとえ生きていたとしても。ろくでもない人間になって、多くの人に迷惑をあけていたと思います。お釈迦さまの成仏法によって、わたくしはなんとか生きていくことがで
きるようになったのです。したがって、そのご恩に報いなければなりません。
してきたのです。 わたくしはお駅さまの仏徳に感謝するために、法恩謝徳の行として阿含宗を立てました。人からなんといわれようと、なにをされようと、常に仏さまと相対する気持ちで、一生懸命に布教
おさまは、このお経で、
「唐思、注意と、悪にもいろいろあるけれども、注意こそがいちばん尊いものであるから、仏法を他の人にも施しなさい。法施を行いなさい」
と説かれているのです。
お釈迦さまから受けた仏法のご恩に報いるには、自分自身も他のだれかに法施をするのが最も
よいわけです。お釈迦さまのお考え、お釈迦さまの理想を広く世の人々に伝えることが、法恩に報いるいちばんよい修行なのです
。
法の世界に生きる広施の行
『五戒品・四』『有無品・三』『有無品・五」のいずれも、じつに短いお経です。しかし、わたくしたち仏教徒のあり方、修行への臨み方の根本について説かれている、非常に大切なお経です。 お釈迦さまは『五戒品・四」』で弟子たちに、「此の衆中に於て我一法を見ず」とおっしゃっておりましたが、阿含宗においても同じであるといわざるを得ません。
信徒諸君はいずれも熱心に勤行をし、熱心に道場修行をしています。しかしながら、はたしてお釈迦さまのご期待どおりに、広施の行をやっているでしょうか? 報恩謝徳の行をやっているでしょうか? いかがですか、やっておりますか?
広施の行、報恩謝徳の行をせずに、自分のお願いごとばかりしてはいませんか?
もしもそうならば、それは仏弟子のあるべき姿ではありません。
広施の行、法施の行を具体的な修行でいえば、まず挙げられるのがお導き行です。仏舎利宝珠
尊解脱宝生行をお勧めする修行です。また、準低尊真言行から勧めていくという方法もあります。
しかも広施なのですから、多くの人にそれらを勧めていくことが肝要です。それから、チラシま
品
七四
きや護摩木勧進も広施の行であり、法施の行であります。
諸君はお釈迦さまの弟子なのですから、「阿含経」でお釈迦さまがおっしゃっているように、 広く法を施す行をしなさい。わたくしたちはお釈迦さまに代わって、布教伝道の聖業を行ってい
ます。その認識を深く深く胸の中に叩き込みなさい。
法施の行をすることによって初めて、人は法の世界に生きる喜びと意義を得ます。法施をすることによって初めて、法の世界に生きる喜びと意義をあなた方は体験できるのです。それをやら
なかったならば、百年、千年と勤行をしても、法の世界に生きることはできません。やってごらんなさい。法施をすることによって、法の世界に生きる喜びと意義をあなた方は肌身を通して感じることができるのです。もしもそれをやらなかったならば、法の世界に生きることの喜びは、
諸君のものにはならないでしょう。
そのことをよく理解して、そしてすぐに実践してください。
これで「五戒品』『有無品』の講義を終わります。
同合の一つ。五十一巻で、数によって教説を整理し、一法から十一法まで順に並べてある。『五戒品』は一法について、「有無品」は二法についてまとめられたもの
大寮一年を十五日ずつに二十回線合
〇七三




