UA-135459055-1

第四話 四如意足の修行 ――意志が空を翔

第四話 四如意足の修行 ――意志が空を翔ぶ

夜明けの山は、雲の上に浮かんでいるかのようだった。
霧は薄く、空はまだ群青のまま。
真玄は山頂の岩座に坐り、風の音を聴いていた。
それは外の風であり、また、内なる風でもあった。

前夜の火の修行から、幾日が経った。
煩悩を燃やす炎は、いまや静かな光となり、
彼の心の底に、確かな明かりとして灯りつづけていた。

その朝、師は山頂に立ち、ひとひらの白い羽を手に持っていた。
羽は風に揺れながらも、落ちようとしない。

「真玄よ。
火の修行を終えた汝は、次に“風”の法を学ぶがよい。
これを“四如意足”という。」

師の声は澄みわたり、遠く谷に反響した。

「四如意足とは、四つの集中――
欲、精進、心、観である。
それぞれが“意志の翼”を生む。
正しく修すれば、心は空を翔ける。」

真玄は師の足もとにひれ伏し、問うた。
「師よ。意志が空を翔ぶとは、どのようなことでしょうか。」

師は微笑み、羽を掌に乗せ、静かに放った。
羽は風に乗り、舞い上がり、光の中に消えていった。

「欲の如意足――
それは“願い”の純化である。
煩悩の欲を離れ、真理を求める一念に変えるとき、
心は上昇の風を得る。」

真玄は目を閉じた。
心の奥に、小さな炎のような願いが灯っているのを感じた。
――真理を見たい。生の奥にある静けさを知りたい。
その願いが、身体の重さを軽くした。

師の声が続く。

「精進の如意足――
それは“風を送り続ける力”だ。
怠けの雲を払い、念々に心を運び続ける。
風が途絶えれば、翼は落ちる。
だが、一息でも風を忘れねば、空は汝を支える。」

真玄の呼吸は、静かに、しかし強く流れた。
その息が、意識の底を洗い流していく。

「心の如意足――
それは“風の中心”を保つことだ。
心が散れば、風は乱れる。
だが、心が一点に集まれば、風は自在に動く。」

真玄は一点を見つめた。
その一点は、外の岩ではなく、自らの内奥にあった。
彼の意識は次第に軽く、透き通るように広がっていった。

師の最後の言葉が、風に溶けた。

「観の如意足――
それは“風を見る者”になること。
動くことと、静まること。
生まれることと、消えること。
その両方を観じたとき、汝の心はもはや地に縛られぬ。」

その瞬間、真玄の身体はふっと軽くなった。
風が背を押し、心が浮かぶ。
山も、谷も、彼の意識のなかで遠ざかっていく。

眼を閉じると、風の中に、無数の光が見えた。
それは思考でも、幻でもなかった。
彼自身が風となり、空を翔けていたのだ。

どれほどの時が流れたのか。
やがて真玄はゆっくりと目を開け、
山頂の岩座に戻っていた。

師は微笑みながら言った。

「それが如意足の行である。
意志が純粋になったとき、心は空を翔ぶ。
だが、空を飛ぶことが目的ではない。
飛ぶ心が“どこにも行かぬ”と知るとき、
真の自在が生まれる。」

真玄は深く頭を垂れた。
風が頬を撫で、雲がゆるやかに流れていく。
そのすべてが、彼の内にある“空”そのもののように感じられた。

――燃える火を越え、今、風となった。
次に待つのは、光と大地の修行。
五根・五力へと続く道が、彼の前に広がっていた。

 

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*