――真理を観る眼
人は、生まれながらにして「何か」を探している。
それが神と呼ばれようと、法と呼ばれようと、真理と宗教対話三部作』を貫く精神の進化
この三部作は、宗教を語
ばれようと――
その名の背後には、ただ一つの問いが潜んでいる。
「私は、どこから来て、どこへ行くのか」。
宗教は、その問いへの応答として生まれた。
だが、応答が増えるほどに、人々は互いを隔て、
自らの信ずる形こそ真実だと主張するようになった。
そこに生まれたのが、第一部『群盲の象』で描かれた光景である。
それは無知の争いではなく、
真理のかけらを手にした者たちの、切実な迷いの物語であった。
第二部『盲者の光』では、
その迷いのなかにある“祈りの心”を見つめた。
信仰とは、真理を所有することではなく、
暗闇のなかにあっても、なお光を求める行為である。
そこにこそ、人間の尊厳と希望が宿る。
そして第三部『一滴の真理』は、
宗教という枠を超えて、
すべての存在がひとつの源に帰る道を描いた。
それは「悟り」とも「統合」とも呼ばれるが、
本質はきわめて静かで、やさしい。
それは、争いを終わらせる知恵ではなく、
初めから争いなどなかったと知る心である。
この三部作は、
宗教の差異を論じるための書ではない。
むしろ、“分かたれたものを一つに見る”眼を養うための道程である。
仏典の「縁起」も、キリストの「愛」も、
イスラムの「神への帰依」も、
同じ真理の別名であることを、
私たちは心の奥で知っている。
読者よ、
あなたがこの書を読むとき、
その心に生じる静けさこそが、真理の声である。
それは何かを信じることでも、否定することでもない。
ただ、「観る」ことである。
自らの心のなかに、盲者と光と、そして真理の一滴が
共に在ることを観る――そのとき、すべてはひとつに溶け合う。




