『群盲の象 ――光を求める三人の巡礼』
砂漠の果てに、一本の巨大な柱が立っていた。
風に削られ、幾千年の時を超えてなお、そこに在る。
人々はその柱を「象(ゾウ)」と呼んでいた。
なぜなら、誰もその全体を見たことがなかったからだ。
一章 キリスト教徒・ヨハネ
旅人ヨハネは、その柱の足元にひざまずいた。
彼はその冷たく滑らかな感触に手を当て、静かに祈った。
「主よ、あなたは愛そのものであり、すべてを包み給う。
私は見えぬ者、しかし愛によってあなたを知る者です。」
彼の心は謙虚であった。
彼は他者の立場を否定せず、愛によってすべてを受け入れようとした。
だが、彼に見えている「象」は、ただの一本の柱――足の部分だけだった。
二章 イスラム教徒・ハーリド
次に、砂嵐の中からハーリドという男が現れた。
彼は額を砂にすりつけ、アッラーの御名を唱えた。
「アッラーフ・アクバル――神は偉大なり。
我はただの塵、知ることも、導くことも神に委ねるのみ。」
彼は人間の限界を悟り、知を超えて神に委ねた。
彼にとって「象」は、空を覆うような大きな壁のように感じられた。
しかし、それもまた、胴の一部にすぎなかった。
三章 仏教僧・慧然(えねん)
最後に、静かな足音を立てて一人の僧がやってきた。
慧然は目を閉じ、手のひらで「象」を撫でながら言った。
「触れるたびに、異なる形を感じる……。
これは実体ではなく、因縁によって仮に現れているのだ。」
彼は執着を離れ、偏見を離れ、縁起の網の中で全体を観ようとした。
だが彼もまた、「尾の先」しか知らなかった。
第四章 真理の夜明け
三人は偶然、同じ夜に焚き火を囲んだ。
月明かりが砂丘を照らし、風が象の影を揺らしている。
ヨハネは言った。
「私は神の愛を感じた。だが、それがすべてではないのかもしれぬ。」
ハーリドはうなずいた。
「我らは限界ある者。だが、神は我らを通じて真理を語るのだ。」
慧然は目を細めて微笑んだ。
「もしそれぞれが見た部分を合わせるなら、
もしかすると……“象”の全体像が浮かぶかもしれません。」
そのとき、焚き火の炎が高く立ち昇り、
三人の影が一つに重なった。
まるで、見えぬ象がそこに姿を現したかのように――。
結び
真理は一つ。
だが、人間の理解は常に部分的である。
宗教は、その真理に触れようとした異なる手のかたちにすぎない。
もしも人が互いを否定せず、
その「部分の真理」を持ち寄るなら――
世界はきっと、
はじめて「象」の全体を観ることができるだろう。




