都市の僧侶
東京の雑踏のただ中に、小さな寺があった。
人々は寺を見ても足を止めず、ただ駅へ、オフィスへと急ぎ足で通り過ぎていく。
若い僧侶・蓮真(れんしん)は、本堂の片隅でノートPCを開いていた。
彼の「布教の道具」は鐘や木魚ではなく、キーボードとカメラだった。
SNSに説法を投稿し、動画で悩み相談を受け、時に配信で法話を語る。
だが、画面の向こうにいる人々の顔は見えない。
返ってくるのは「いいね」の数と、時おり届く匿名の罵声だけだった。
ある晩、配信を終えた蓮真は、画面に映る自分の顔を見つめた。
「……これが、本当に誰かを救っているのだろうか」
疑念は日ごとに深まり、僧侶である自分自身が空虚に沈んでいると感じた。
そんなある日、寺の門の前で一人の少女が泣いていた。
スマートフォンを握りしめたまま、「死にたい」とつぶやいていた。
蓮真は声をかけることもできず、ただ傍らに座った。
夜風が冷たく、沈黙が流れた。
やがて少女がぽつりと聞いた。
「お坊さんって、死んだ人のためにしか祈らないの?」
蓮真ははっとした。
――自分はこれまで、無数の「見えない他人」のために言葉を投げてきた。
だが、目の前にいる一人の涙には、言葉を持たなかったのだ。
蓮真は深く息を吸い、少女に向かって言った。
「祈りは、あなたが生きている今にも届くんだよ」
その言葉は、ネットのどんな説法よりも真実だった。
少女は泣きながらうなずき、握ったスマホをゆっくりと手放した。
その夜、蓮真は気づいた。
「賢人」とは特別な救世主ではない。
ただ、目の前にいる一人を救う心を持つ者。
そして、それが千に広がるとき、この時代に千仏が現れるのだと。




