私は北海道神宮に行って来ました。
雪解けの風が札幌の街を抜け、森の奥に建つ北海道神宮へと流れていく。
鳥居をくぐる人々の気配を見守るように、社殿の奥では三柱の神々が静かに声を交わしていた。
大国魂神(おおくにたまのかみ)は、大地を抱くような響きで語る。
「この北の地は、いまや都市となり、人々は車で走り、空を飛ぶ。だが、その根は変わらぬ大地ぞ。われはここに在りて、土と森を守る。」
大那牟遅神(おおなむちのかみ)は、力強くうなずきながら言う。
「開拓の時代、人々は荒野を前に涙した。だが、鍬を入れ、道を拓き、共に生き延びた。今もなお、人は挑み続ける――科学、技術、未知の課題に。われはその志を支え続けよう。」
少彦名神(すくなひこなのかみ)は、小さな姿で光を帯びながら笑う。
「人は弱き者。病に倒れ、不安に苛まれる。だがまた、酒を酌み交わし、知恵を重ね、心を癒す。現代の人々も、わたしの力を求めている。だからこそ、ここに座して、希望を授けよう。」
三柱の言葉は、風のように社殿を満たし、参拝に訪れた人々の胸に届いていく。
スマートフォンを手に祈る青年、子を抱き「健やかに」と願う母、静かに目を閉じる老人。
彼らは気づかぬまま、神々の声に包まれていた。
やがて、大国魂神が静かに結ぶ。
「われらは遠き神話の神にあらず。いまも、この街の空と土と人の心に宿り続ける。忘れるな、人よ。おぬしらの暮らしは、大地と共にある。」
その言葉に、雪解けの大地が柔らかく息をする。
北海道の春を迎える空の下、三柱の神々は現代に生きる人々を見守り続けていた。
春の札幌。雪解け水が道路の脇を細い川のように流れていた。
東京から移住して一年、大学生の俊(しゅん)は、まだこの土地になじめずにいた。
講義にもアルバイトにも行ってはいたが、胸の奥にはいつも問いがあった。
――自分は、何のためにここにいるのだろう。
友人関係もうまく築けず、将来の進路も見えない。
孤独の中で、ただ日々を過ごしていた。
そんなある日、俊はふと足を向けた北海道神宮で、静けさに包まれる。
参拝を終え、拝殿の前で立ち尽くすと、不意に風が頬を撫でた。
――大地を忘れるな。
どこからともなく、深い声が響いた。
振り返っても、人影はない。
しかし胸の奥にずしりと響く感覚が残った。
さらに、別の声が続く。
――道は拓かれる。人よ、挑み続けよ。
俊は息を呑んだ。
聞こえるはずのない声。それはまるで、自分を励ますような響きだった。
最後に、小さな囁きが耳をくすぐる。
――弱くてもいい。人は、人と共に生きるものだ。
涙がにじむのを止められなかった。
誰にも言えぬ不安と孤独に押しつぶされそうだった心に、その言葉は優しく溶け込んでいった。
拝殿の奥では、三柱の神々が静かに見守っていた。
俊は知らない。だが、その瞬間から、彼の生き方は少しずつ変わり始めていた。
第二章 風の声
あの日から、俊の胸の奥では、あの声が消えずに響いていた。
「大地を忘れるな」「道は拓かれる」「弱くてもいい」――。
大学に通いながらも、その言葉は心を離れなかった。
しかし日常に戻れば、悩みは再び重くのしかかる。
講義に遅れがちになり、友人からは距離を置かれ、アルバイト先でも些細な失敗に苛立たれる。
「……俺には、何もできないんじゃないか」
そんな思いに押しつぶされそうになった夕暮れ、俊は無意識にまた北海道神宮の森を歩いていた。
鳥居をくぐり、静まり返った参道を進む。
空は群青に染まり、社殿の灯りがほのかに揺れていた。
拝殿の前で立ち止まると、風がひとすじ頬を撫でた。
その瞬間、再び声が降りてくる。
――俊よ。
はっきりと、自分の名を呼ばれた気がした。
胸が震える。
拝殿の奥から、三柱の神々の声が重なって響いてきた。
大国魂神の低く豊かな声:
「おまえの足は、この北の地に根を下ろした。迷うことはない。大地は常に受け入れる。」
大那牟遅神の力強い声:
「若き者よ、試練を恐れるな。失敗もまた道を開く鍬(くわ)の一打ちぞ。汗も涙も、おまえを未来へ導く糧となる。」
少彦名神の柔らかな声:
「俊、おまえの弱さを恥じるな。人は互いに支え合うことで生きる。孤独に閉じこもるな、手を差し伸べよ。」
俊は、膝が震え、思わず拝殿に額をつけた。
涙が頬を伝い、声にならぬ言葉が胸から溢れる。
「……俺、怖いんです。未来が、失敗が、人に拒まれるのが……」
すると三柱の声がひとつに溶け、風となって答えた。
――恐れよ。しかし、その恐れを抱きながら歩め。われらはおまえと共にある。
俊の胸に熱いものが流れ込んだ。
不安は消えなかった。だが、その奥に小さな光が灯ったのを感じた。
拝殿を離れるとき、夜空に星が瞬いていた。
俊の心もまた、その星のように、暗闇の中で小さく光り始めていた。
ここで一気に「神々との直接的な邂逅」を描きました。
続編では、この体験を受けて俊が「日常の人間関係」に小さな一歩を踏み出していく場面(友人との和解、家族との対話、あるいはバイトでの挑戦)に繋げられます。
第三章 夢の大地
その夜、俊は深い眠りに落ちた。
気がつくと、自分は果てしなく広がる雪原に立っていた。
白銀の大地、凍てつく空気。けれども寒さはなく、ただ澄み切った静けさがあった。
遠くに三つの光が揺らめく。
ひとつは大地の奥から立ち昇る赤き炎。
ひとつは大河のように流れる青の光。
そして、ひとつは小さな星のように瞬く金色の光。
俊が近づくと、それぞれが声を放った。
赤き炎――大国魂神:
「俊よ、これが大地の心臓だ。人はその上に立ち、生きる。恐れるな、大地はおまえを見捨てぬ。」
青き流れ――大那牟遅神:
「これは人々の営みの流れ。試練と共に進む川ぞ。水はときに荒れるが、必ず海へと至る。おまえの道もまた、流れに抱かれている。」
金色の星――少彦名神:
「これは人の心に宿る火だ。小さき光であれ、闇を照らす力を持つ。俊、おまえの胸にも、同じ星がある。」
俊は雪原に膝をつき、涙が凍るほどに流れた。
自分の中に光がある――それを今、初めて実感した。
すると大地そのものが揺らぎ、巨大な影が浮かび上がる。
それは山々であり、川であり、森であり、北海道そのものの霊だった。
その声が、天地を揺るがすように響いた。
「人よ、わたしの子らよ。おまえの歩みは孤独ではない。山も川も、雪も風も、おまえを育む。忘れるな。大地と共にある限り、おまえは決して一人ではない。」
俊は震えながらも、両手を胸に当てた。
そこには確かに、小さな星が燃えていた。
――目覚めよ。
声と共に視界が白く染まり、俊はベッドの上で目を覚ました。
夜明けの光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
胸の奥に、夢の中で聞いた声がまだ響いていた。
その感想ーー
立派だぅぁ〜〜




