『炎の中の祈り』
1. 静寂の山
季節は移り、深い山奥。
苔むした石段の奥、不動明王を祀る古い堂が、ひっそりと佇んでいた。
山風が木々を揺らし、鳥の声も遠い。
その静寂の中、焚かれた護摩の炎が赤々と揺れている。
僧衣をまとう一人の若者が、ゆっくりと手を合わせる。
彼の額には、かつて戦いの証として刻まれた五つの梵字が、仄かに光を宿していた。
その者の名は――レン。
今はただ、**「祈り手」**として生きている。
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2. 祈りの意味
「すべての苦しみ、怒り、悲しみを越えた先に
なおも、救われぬ声がある。
その声のために、我はここに在り続ける。」
護摩木を一本、また一本と火に投じながら、レンは静かに唱える。
火は天へと昇り、煙が舞い上がる。
その煙の先に、人々の願いがある。
この炎は、破壊ではない。
憤怒でもない。
それは、再生を照らす明かりとなる。
かつて、自らの過去に焼かれ、死の地獄を歩いた彼が、
今では誰かの祈りの道しるべとなっていた。
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3. 炎の向こうに
護摩壇の奥、金色の像が微笑んでいる。
不動明王。
すべての戦いの始まりであり、終わりの姿。
だがレンは知っている。
あの憤怒の表情の奥に、誰よりも深い慈悲があることを。
ふと、焔の中に龍が一瞬だけ姿を見せた。
それは倶利伽羅剣に宿った魂か、あるいは導いてくれた明王たちか。
レンは静かに微笑み、目を閉じる。
「今度は、俺が守る。誰かのために――俺が、灯火になる」
焔がぱち、と音を立てて弾けた。
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4. 山を下りる
やがて、祈りを終えたレンは、ゆっくりと山を下りていく。
その手には剣も印もない。
だが、彼の歩む一歩一歩が、まるで道を照らす光のように感じられる。
春の光が差し、山桜がひとひら、彼の肩に舞い降りた。
――不動のごとく、進め。
燃えるような心を持ちながら、静かに、確かに――
そして、その背には炎のように揺らぐ希望が、確かに灯っていた。
完




