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『光の方へ ― :都市に響く念仏』

コンビニの祈り

東京・新宿。ネオンがちらつく雑踏のなか、片桐遼(かたぎり・りょう)はコンビニのレジ打ちをしていた。
深夜シフト。疲れた目、無言の客。SNSでは誰もが誰かを羨み、叩き、叫んでいる。

「死にたいって言葉、もう百回は見たな…」

スマホの画面を伏せ、遼はふとつぶやいた。
でも、言葉の裏にある“助けて”を誰が受け止めるのだろうか。

休憩室の隅、祖母の形見の数珠を手に取った。
彼女がよく唱えていた言葉が、遼の胸にかすかに浮かぶ。

「なんまんだぶつ、なんまんだぶつ……」

声に出したそのとき、不思議なほど、胸のつかえがふっとゆるんだ。

誰かが聞いている

翌朝、ネットの掲示板にひとつの書き込みが話題になった。

「深夜コンビニで『南無阿弥陀仏』ってつぶやいたら、不思議と心が落ち着いた。これって何の言葉?」

それに多くのリプライがつく。

「うちのばあちゃんも言ってた」

「浄土宗とか、浄土真宗のやつだろ?」

「念仏ってマジで効くの?」

「南無=帰依、阿弥陀仏=仏に…って意味らしいよ」

やがて、ある僧侶のアカウントが返信をつけた。

「念仏は、阿弥陀如来に“まかせる”という祈りです。あなたの苦しみを、抱えてくれる存在がいることを思い出す行いです。」

「まかせる…?」
遼はその言葉にひっかかった。
それは、「頑張れ」という言葉より、ずっと深い温かさを感じさせた。

デジタル念仏道場

数週間後、「念仏スペース」という試みがSNS上で話題になる。
スペース(音声配信)で、全国の僧侶がリレーで念仏を唱え続けるのだ。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏――」
その声をイヤホン越しに聴くと、不思議な安心感があった。

不眠に悩む会社員、SNS疲れの学生、病床の人たち…
誰にも会いたくない夜でも、誰かが祈ってくれていると感じられる場所。

遼も時々、無言でそこに入り、目を閉じるようになった。

「仏って…スマホ越しでも届くのかな」
彼は笑った。けれどその心は、確かに何かに触れていた。

第四章 都市に咲く浄土

ある日、コンビニにひとりの老婆が訪れる。
手にした小さなチラシにはこう書かれていた。

「誰でも入れる念仏会 都会の片隅で、光に出会いませんか?」

それは、小さな寺の集まりだった。
遼はなぜか惹かれ、休日に足を運んだ。

お経も法話も初めてで、最初は戸惑った。
けれど、皆がひとつの声で「南無阿弥陀仏」と唱えると、都市の喧騒が遠のいていく気がした。

そのとき彼は、気づいた。

極楽浄土とは、ただ死後に行く理想郷ではなく、
この現実の中に、光を見出す心のあり方なのだと。

他力の光、ここに在り

日常は何も変わらない。
レジには無言の客、画面には絶えない苦しみの声。

けれど、遼の胸には、ひとつの灯がある。

「南無阿弥陀仏」

この言葉は、誰かを裁くでも、励ますでもない。
ただ、共に歩む光の声だ。

遼は今日も、数珠をポケットにしのばせ、つぶやく。

「なんまんだぶ…」

この都市の片隅にも、阿弥陀如来の光は届いている。
そして、救いは今ここに、ひとりひとりの心のなかに、静かに生まれているのだった。

 

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