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三界を制する者──降三世明王伝

三界を制する者──降三世明王伝

まだ世界が、光と闇の境界に揺れていた頃。
欲望が都市の隅々まで浸食し、人の心は怒りと愚かさに曇り、正しさを見失っていた時代。

ある青年僧が、山中の古びた密教寺院に足を踏み入れた。
その寺には、ひとつの像が祀られていた。仏とは思えぬほど激しい怒りを宿した顔。四つの面、八本の腕、そして足元には何かを踏みつけている。

「これは……誰だ?」

僧が問いかけると、奥から、年老いた導師が現れた。
白い髭を撫でながら、静かに語り始めた。

「そのお方の名は──降三世明王(ごうざんぜみょうおう)
密教における五大明王のひとつ。真理に逆らう者を正す、怒りの仏じゃ。」

青年は目を細める。
「しかし、なぜそのような激しい姿を……」

導師は、焚かれた香の煙の向こう、像を見上げながら語る。

「この方の名は、トライローキヤ・ヴィジャヤ
サンスクリットで『三界に勝利せし者』。三界とは、欲界・色界・無色界――つまり、人が心を迷わすすべての世界のことじゃ。
欲望に溺れる者も、形に執着する者も、あるいは形すら超えて傲慢に浸る魂でさえ、この明王の前には屈するしかない。」

語りは、やがて神話の領域へと遡る。

はるかなる天の高み――
かつて、**大自在天(マハーイーシュヴァラ)**と呼ばれる神がいた。
ヒンドゥーの世界では「シヴァ神」として崇拝された存在。力と権威を誇り、すべてを制する者とされた。

その傍らには、妃の鳥摩(うま)
ふたりは天界の頂から、地上のものすべてを見下ろしていた。

だが、ある時、その誇りが傲慢に変わり、仏の教えすら無視するようになった。
慈悲も智慧も、自分の前では意味をなさない――そう考えるほどに。

そのとき、宇宙の中心、大日如来は決断した。

「法を乱す者には、怒りの姿をもって応えよう」

そうして生まれたのが、この明王。
怒れる守護者、降三世明王

彼は燃えるような青黒の身体で天から降臨し、四つの顔は四方を睨みつけ、八本の腕には金剛杵・剣・弓矢・羂索を持ち、光よりも速くシヴァ神とその妃を大地に押し伏せた。

それは破壊ではなく、転生だった。
シヴァ神すらも仏の智慧に帰依させる、その壮絶な光景こそが、この像の意味するところ。

「では、これは……敵を倒す像ではないのですか?」

青年の問いに、導師は微笑んだ。

倒すのではない。正すのじゃ。
怒りをもって怒りを制し、執着をもって執着を断つ。
この明王は、私たちの中に巣食う三毒――**貪(むさぼり)・瞋(いかり)・痴(おろかさ)**を照らす鏡でもあるのじゃ。」

寺院の奥、護摩の炎が焚かれていた。

導師は密やかに印を結び、真言を唱える。
「オン・アビラウンケン・バザラダトバン」

その音は、静かに青年の心を打ち、知らぬ間に彼の中の煩悩の影を焼き尽くしていった。

そして彼は知ることになる。

この時代にこそ、降三世明王は必要とされているのだと。
都市の交差点にも、無数のスマホの画面にも、怒りや妄想が渦巻く現代こそが、三界の縮図であるのだと。

だが、そのすべてに対して、彼の瞳はこう語る――

「迷うな。汝の中に、勝利はある」

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