普門の声を聴くとき
夜が明けきらぬ頃、山あいの小さな村にひとりの旅の僧が現れた。
その袈裟は風に擦れ、杖は幾度も道を踏みしめた痕を語っていた。
彼の名は慧真(えしん)。
世をさすらい、苦しみに沈む人々の声を求めて歩む者。
だが、今回の旅には特別な意味があった。
――この世に蔓延る数々の「難」を、仏の力によって救う術を伝えるために。
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ある日、村の一軒の家で火が上がった。
風は強く、火の手はまたたく間に広がった。
村人たちは水をかき集めて必死に火を消そうとするが、炎は暴れる龍のように家々を呑み込もうとしていた。
「観世音菩薩の御名を唱えよ」
慧真は炎の前に立ち、静かに声を放つ。
「南無観世音菩薩、南無観世音菩薩…」
その声に合わせるように、村の者たちも次第に唱和した。
風が止み、炎は不意に勢いを失い、まるで見えない手に押さえられるかのように鎮まっていった。
――まるで、火が“誰か”の意志に従ったかのように。
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別の日、子どもが川に落ちた。
濁流は激しく、救いの手は届かない。
だが、流れにのまれそうなその子の口から、かすかに聞こえた。
「…かんのん、さま…」
その瞬間、不思議なことが起きた。
流れが裂けたかのように、水が左右に揺れ、子どもの身体が岸に押し戻されていたのだ。
助け上げられたその小さな手には、川辺の観音像に供えられていた白い花が握られていた。
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人々は知ることとなる。
火難、水難、刃の災い、鬼や羅刹、怨賊に至るまで――
観世音の名を信じ、その名を唱えれば、どんな苦しみも乗り越えられるのだと。
観音菩薩は、老いた母にも、若い旅人にも、あるいは村の犬にすらその姿を変えて現れ、
声なき祈りに応えてくれるという。
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慧真はまた旅立った。
どこかで泣く者がいれば、そこへ向かい、
観音の「不思議な力」がただの伝説ではないことを、
静かに、確かに伝えるために。
それは、まさに『観音経』に説かれた霊験――
「一心にその名を称せば、あらゆる苦難、悉く解脱す」と。




