『因縁の小径
夜明け前の薄闇の中、老人は古い木のベンチに腰を下ろしていた。空にはまだ星が残っており、遠くから鳥の気配がわずかに響いてくる。
「……人間というのは、つくづく不思議な存在だな」
そうつぶやいたのは、老学者・綾部であった。彼は生涯を人間の「条件」について考えることに費やしてきた。だが、その探究は晩年に入ってなお、深まりつづけていた。
「人間の運命……いや、人生そのものといってもいい。これはな、ふたつの要素からできているんだ」
彼の隣に座っていた青年――名を透という――は、静かに耳を傾けていた。
「まずは、“因”だ。これはその人自身の内にある条件。たとえば体の健康、あるいは生まれ持った才能、性格、気質。目には見えぬが、確かに存在しているものだ」
透はうなずいた。自分の内にあるもの。それは時に力となり、また時に足かせにもなる。
「そしてもうひとつが、“縁”。外からやってくる条件だ。家族や友人、職場、あるいは時代や場所までもが、縁として人に影響を与える。誰と出会うか、どんな風が吹くか。それらすべてが“縁”だ」
綾部は、空を仰いだ。東の空が、わずかに白んでいる。
「人間の人生とは、この“因”と“縁”の交差点だ。まるで一本の道を、内と外から照らされた灯りが導いているようなものだよ。そして、その交わりの結果として、ひとつの“果”が生まれる。つまり、運命だ」
透は少し考えてから口を開いた。
「じゃあ、運命って……変えられるんですか?」
綾部は微笑んだ。
「もちろんさ。“因”も“縁”も、どちらも固定されたものじゃない。内的条件は修行や努力で磨けるし、外的条件も選び直すことはできる。だがな、それにはまず、自分の“因縁”を知ることから始めねばならん」
その言葉に、透の胸に何かが灯った。まだ確かな形を持たないが、静かに燃える光だった。
「世の中には、“因縁なんて迷信だ”という者もおる。だが、それは“因縁”という言葉の意味を知らぬだけだ。“内的条件と外的条件の総合結果”とでも言えば、少しはわかるのかもしれんが……」
綾部は肩をすくめた。
「だが私は、“因縁”という言葉の方が好きだ。まるで生き物のように、人間の本質を表している気がする。古めかしいが、真理はいつも古い衣を纏っているもんだ」
やがて朝日が、森の向こうから顔を出した。光の筋が差し込み、ふたりの影を長く引き伸ばしていく。
透はゆっくり立ち上がった。
「先生、僕も……自分の“因縁”を見つめてみようと思います」
綾部は、穏やかにうなずいた。
「そうか。それなら、まずは己の“因”を磨くことだ。やがてよい“縁”が引き寄せられてくるだろう」
風が吹いた。どこか遠くで、新しい一日が始まる音がした。
― 修行とは何を磨くのか ―
それから数日後、透は山の庵を訪れた。かつて綾部が若き日々を過ごしたという、静かな山里の庵だった。ここで、彼は「修行」というものの意味を体で知るために、しばらく独り暮らす決意をしたのだ。
「修行って、何をすればいいんだろうか」
透は、ふとした風に揺れる杉の葉を見上げながらつぶやいた。日々、薪を割り、水を汲み、粗末な食事をとる。ただ坐して、呼吸の音を数え、心の波を見つめる。
はじめはただ退屈で、頭の中には雑念ばかりが流れた。過去のこと、未来の不安、誰かへの怒り。だが、そんな雑念さえも「見つめる」ことから逃げずにいるうち、あるときふっと気づいた。
「この“修行”は、何かを“得る”ためではなく、何かを“見極める”ためにあるのかもしれない」
ある夜、灯を落とした庵の中で、彼は独り言のようにつぶやいた。
そのとき、不思議な静けさが彼の胸を満たした。まるで何かが整い、腑に落ちたかのような静寂――それは音も匂いもない、ただの「在る」感覚だった。
すると、かつて綾部が語った言葉が脳裏に蘇る。
「己の“因”を磨くとは、自分の持っている条件を、見極め、整えることだ。
だが“目覚め”とは、それらの条件を超えて、真実の自分に気づくということだよ」
透は、その意味を初めて実感として理解した気がした。
修行とは、自分を特別な存在にする魔法ではない。
それは、自分がもともと持っていた“目覚める力”に静かに火を灯す営みなのだ。
翌朝。彼は、庵の外に出て、日の昇る方角に向かって合掌した。
風がやさしく吹き、雲が割れ、光が山を照らしていた。
そしてそのとき、彼ははっきりと感じた。
「ああ、自分は生きている。そして、今ここに在る」――と。
それが、透にとっての「最初の目覚め」だった。
― 因果を越える智慧 ―
冬の終わりが近づいていた。山里にも少しずつ春の香りが混じるようになり、雪解け水のせせらぎが庵のそばを流れていた。
透は、変わらぬ修行の日々を送っていたが、心の内は大きく変化していた。坐るたび、呼吸に耳を澄ますたび、彼の中の何かが静かにほどけていった。
ある日、綾部がふいに庵を訪ねてきた。山道を一歩一歩踏みしめながらやって来たその姿は、かつてよりもさらに静かで、風のようだった。
ふたりは囲炉裏を囲み、何も語らず、湯を沸かした。
やがて、透が静かに口を開いた。
「先生……僕は最近、“因果”という言葉の重さを感じるようになりました」
綾部は、湯気の向こうからゆるやかにうなずいた。
「それは、よい目覚めだ。だが――」と、彼は湯呑みを置き、続けた。
「“因果”を知っただけでは、まだ“業”からは自由になれぬ。そこから先に、智慧が要るのだよ」
「智慧……?」
透は聞き返した。
「そう。因果の道理をただ受け入れるだけでは、人は宿命に縛られたままだ。だが、仏教が説くのは“因果を越える智慧”だ。つまり、自分の“因”を見極め、外から来る“縁”をよく観て、そこに流されずに生きる眼差し――それが“智慧”なんだ」
「流されずに……」
「たとえば、ある苦しみが自分の過去の“因”から来ているとしよう。それを“罰”だと思えば心は沈む。しかし、“これは学びだ”と受け取れば、同じ苦しみが“目覚めの縁”に変わる。智慧とは、物事の見方を変え、苦しみさえも修行に変える力だ」
透はその言葉を、まるで火に照らされた仏画のように、心に焼きつけた。
綾部は立ち上がり、庵の外を見た。そこには一本の古木があった。冬のあいだ枯れていた枝に、わずかに新芽が宿っていた。
「透よ。因果の法則は、宇宙の理だ。しかし、人間には“気づく力”がある。仏とは、因果の彼方にその“気づき”を生きた存在なんだよ」
そのとき、透の胸にある確信が生まれた。
「因果は、超えるものではなく、“照らす”ものかもしれない」
綾部は笑った。
「よく気づいたな。そうだ。因果の網の目を、智慧の光で照らす。それが“因果を越える”ということなんだよ。過去に流されず、未来に縛られず、ただ今ここに目覚めている――それが仏の智慧なのだ」
その夜、透は炉の火が静かに燃える音を聞きながら、ひとつの光が心に灯ったのを感じた。
「生きるとは、果を受け取ることではなく、果を照らすことなのだ」
そして彼は、静かに合掌した。
仏の道とは、どこか遠くにあるものではなく、この一歩の中にすでに在るのだと、彼は今ようやく知ったのだった。




