UA-135459055-1

息の奥にひそむもの

息の奥にひそむもの

庵の奥、朝の霧がまだ地を這っているころ。
若き修行者トウマは、蓮座の姿勢で静かに坐っていた。

「息を聴け」

かつて師がそう語ったとき、トウマはただ肺に出入りする空気を思い浮かべていた。
けれど、時が経ち、いくつもの夜を越えた今――ようやく、その意味が少しずつ、骨の奥にしみ入ってきた。

「息とは、ただの空気ではない」

トウマの中に、師の声が蘇る。
それは、「身の行息・入息」から始まり、「身の行息・出息」へと流れゆく、ひとつの旅のようだった。

身体のすみずみへと、息は巡っていく。
けれど、息が本当に目指しているのは、もっと奥深い場所――心だ。

「心の行息・入息」

「心の行息・出息」

脳の奥、ひらかれた沈黙の部屋に、ひと筋の気息が流れこんでいく。
チャクラ。
師がその名を口にしたとき、トウマにはまだ、それがどこにあるのか分からなかった。
だが今は、明確に感じる。前額に微かな脈動。喉奥に浮かぶ渦。胸に宿る静けさ。
そこに、気が集まっていく。

呼吸とは、単なる生理現象ではない。
それは、「気」であり、「息」であり、生命そのものを導く流れだ。
ヨーガの教えが語るように、息には“生気”がともなう――プラーナと呼ばれる、不可視の力。

トウマの内に、さらに深い呼吸がはじまる。

「心の解脱入息」
「心の解脱出息」

ああ――
この息は、心の縄をほどく。

想念がほどけ、煩悩が消えていく。
苦しみの芯が、ふっと抜けていくような感覚。
呼吸が深まるたびに、自我の輪郭が薄れていく。

そして、ついに訪れる。

「滅入息」
「滅出息」

もはや「自分が息をしている」という感覚すらない。
ただ、息だけが在る。
宇宙の静けさと同調した一呼吸が、トウマの身と心をすっかり包み込む。

気息は、最後に完全なる静けさへと至る。

「身止息」
「心止息」

動きは消えた。
息は止まった。
けれど、死ではない。
それは、あらゆる生命の“根”に触れるような、言葉にできぬ体験だった。

**

庵の外で、鳥が一声鳴いた。
トウマは、ゆっくりとまぶたを開けた。

世界は変わっていなかった。
だが、自分の「息」は――もう、あの頃の息ではなかった。

彼は知ったのだ。

「息」の奥に、仏の道があることを。

 

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*