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五つの灯 ― 修行者トウマの歩む道

『五つの灯 ― 修行者トウマの歩む道 ―』

山間にひっそりと佇む庵に、一人の青年が坐っていた。名をトウマという。
春の風は優しく、杉木立の葉を鳴らしている。だが、彼の胸の内は、今まさに嵐のようだった。

「この心の波を、どうすれば鎮められるのだろうか…」

師のもとで仏道修行に入って一年。だが、焦りと疑いが、彼の歩みを鈍らせていた。ある日、師は静かに語った。

「トウマ、お前に今、必要なのは五つの根だ。それをしっかりと育てよ。五根——信、精進、念、定、そして慧。この五つの力が、お前の内に宿らねばならぬ」

第一の根――信根(しんこん)

ある夜、トウマは灯明のもとに経を開いた。
“仏とは、どこに在すのか…” 彼の問いに、師はただ言った。
「仏は信じるところに在る。仏・法・僧の三宝を疑う心がある限り、その光は見えぬ」
その夜、彼は灯明に誓った。己が身を仏道に捧げると。信じること。それが歩みの始まりだった。

第二の根――精進根(しょうじんこん)

ある朝、雨の中で托鉢に出たトウマは、足元のぬかるみに何度も転んだ。
「なぜ、こんなにも困難が続くのだ」
呻いた彼に、師は笑って言った。
「転ぶ者は立ち上がる者である。努力を止めるな。精進とは、怠けぬ心だ」
彼は泥にまみれながらも、歩み続けた。その足取りに、揺るがぬ意志が宿りはじめた。

第三の根――念根(ねんこん)

日々の作務の中、トウマは心が散ることに悩まされていた。
斧をふるう手も、掃除をする箒も、いつしか心がどこかへ飛んでいる。
師は言った。
「念とは、今ここに心を置くこと。常に仏を念じ、気づきを絶やすな」
それ以来、彼は一つ一つの作務を、まるで仏に仕えるかのように丁寧に行った。

第四の根――定根(じょうこん)

夜の坐禅。心は千々に乱れ、過去や未来に彷徨った。
「静まれ…心よ…」
やがて彼は、呼吸の一つひとつに意識を置くようになった。
雑念は波のように来ても、ただ通り過ぎるだけ。静けさの中、トウマの心に一点の光が差した。
それは「定」――心の静まりだった。

第五の根――慧根(えこん)

ある日、老僧との対話の中でトウマは問うた。
「煩悩とは、なぜこれほどまでに強いのですか」
老僧は微笑んだ。
「強いのではない。ただ、お前がそれに光を当てぬだけ。慧とは、見ることだ。物の本質を、正しく」
その言葉に、彼の心はひらかれた。煩悩はただの影、光を当てれば消えていくものだった。

こうして、トウマの中には五つの灯がともった。
信じる力、怠らぬ力、忘れぬ心、静める力、そして見抜く智慧。

五根は、外界を認識する五官のように、内なる世界を照らす感覚でもあった。
そして彼は知ったのだ。
五根を育てるとは、煩悩の闇に灯をともすこと。すべては、そこから始まる。

 

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