四安那般那念法は、つぎの四法から成る。
勝止息法 奇特止息法
上止息法
無上止息法
である。
では、その「安那般那念法」とはどういう法なのか?
この中の、「奇特止息法」という文字に目をとめていただきたい。
「佛教語大辞典」によると、こうある。
【奇特】 特に異なっていること。不思議なこと。奇蹟。
つま今特近見店とは、顔を起こす力をあたえる特異な禅定法なのである。 このつの法は、すべて、奇蹟大神通力をあたえる特殊な法なのである。
では、その奇蹟とはなにか? 大神通力とはなんであろうか?
それは「解説力」である。
解説こと宇宙最高の奇蹟ではないのか。自分を変え、世界を変える、これ以上の奇蹟があるであろうか?
そして、この奇蹟の図録解説をなしとげる、因縁解脱力こそ仏法最高の大神通力なのである。したがって、この四つの法は、因縁解説をして成仏する大神通力をあたえる法なのである。
わたくしは、この四つの法は、四神足法の中の、「観神足法」とおなじであると考えている。というよりもら「観神足法」、あるいは「四神足法」そのものの具休的な説明・解説になっているのではないか、と思っているのである。そこで、アビダルマ仏教は、この四安那般那念法を、(わざわざ一科目立てることをせず)七科三十七道品の中に入れなかったのではないかとも考えられるが、しかし、やはりこの「科四品は、加えられなければならないものである。
それと同時に、阿含の型群が、四神足法を「一乗道」とした理由もうなずけるのではないか。
大神通力を得る禅定法
成仏法奥義————八科四十一道品
釈が教えた成仏法は、奇蹟を起こすためのものではない。
しかし、凡夫が成仏して仏陀になるということ自体、たいへんな奇蹟というべわざきではないか。それは、大神通力を持ってこそ、はじめてなし得る業である。平凡な人間が、平凡のままパッと仏陀に変身するわけではない。その修行課程において、修行者は、
通力神通力大神通力
が身にそなわるのである。
成仏法奥義—————八科四十一道品
それは、大神通力を得て成仏するためには、アビダルマ仏教の論師たちがま
くとめた「七科三十七道品」だけでは完全ではない、ということである。
もうひとつ、絶対に必要な法がある、ということである。
わたくしは、この法を加えて、成仏法を「八科四十一道品」とする。
それは、つぎのようになる。




