第四章 法念住 ― 真理に目覚めるまなざし
森の夜は、深く、静かであった。
アーナンダは、灯明も持たずに、木の根元に坐った。目を閉じ、ただ己の呼吸と共にある。
この夜、彼は、ある問いを胸にしていた。
(苦しみの根は、どこにあるのか?)
思い返せば、さまざまな「感情」「思考」「記憶」が、彼を悩ませてきた。だが、それらは単なる現象ではなかったか? なぜ、人は現象に巻き込まれ、迷い、煩悩にとらわれるのか?
その答えを、師はこう語っていた。
> 「アーナンダよ、汝は“法”を観ずして、ただ感情に揺れるばかりではないか。心に生じるもの、すべては“因と縁”によって生じる。
> それを見よ――すなわち“十二因縁”の観察である。
> 無明あれば、行あり。行あれば、識あり。識より名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死……」
アーナンダは、師の言葉を胸に、その因縁の連鎖を観ていった。
――無明。
(知らぬこと、気づかぬこと。真理を見ないまま生きること)
――行。
(無明から出た衝動、業の積み重ね)
――識。
(意識が生まれ、世界と自我が目覚める)
……と連鎖は続き、やがて「老い」「死」へと至る。
(このすべてが、苦の流れ。だが、その根源は、“無明”にあったのか……)
アーナンダの心は、少しずつ沈み込んでいった。
彼はまた、五蘊にも思いを馳せた。
色・受・想・行・識――すなわち、肉体、感覚、認識、意思、意識。
(これが「わたし」だと思ってきたものは、すべて集まりでしかなかった……)
彼は、自らの心身を、「自己」としてではなく、「法」として見始めた。
喜びも、怒りも、肉体の疲労も、思い出も――すべては因縁によって一時的に現れた、無常の現象であった。
それらを掴んで「これは私」と思うことが、苦のはじまりだったのだ。
彼の心は、深い沈黙のなかで、透き通っていった。
――すべてのものは、縁により生じ、縁により滅す。
――それが、「法(ダンマ)」である。
アーナンダは、静かに息を吐いた。
彼の内なる目は、ついに「真理の流れ」を見つめはじめたのだった。
煩悩は、ただ現れては消える泡。
「我」は、それに名前を与えていたに過ぎない。
――これが、法念住。
四念住の最後にして、智慧の扉が開く一歩手前の、最も深い観照。
夜が明け、東の空が白みはじめていた。
アーナンダのまなざしには、もはや揺らぎがなかった。




