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目覚めの書:第一章 チャクラの扉》

《目覚めの書:第一章 チャクラの扉》

その老人は、まるで時間に縛られていないかのようだった。

深い山奥の庵に住まう彼は、齢八十を超えているというが、その背筋はまっすぐに伸び、目には鋭い光が宿っていた。訪れた弟子の青年が三日三晩付き添っても、彼は一度も眠らず、まるで不眠という概念がこの世にないかのようだった。

「これがムーラーダーラの力よ」

静かに語ったその言葉に、青年は目を見開いた。

「体力が増すだけではない。病も、老いも、肉体の束縛も超える。だが、代償として——性の炎が心を焼く。だからこそ、力を得た者は“オージャス”へと昇華せねばならぬのだ」

老人の手が下腹を指した。

「第一の門は性腺。ムーラーダーラのチャクラは、力の源だ。目覚めた者は、三十歳の若者を凌ぐ。だが、本当の戦いはここから始まる」

青年は息をのんだ。

「次の門は——スヴァーディシュターナ。ここは戦士の座、副腎の火だ。勇気が欲しいなら、この門をくぐれ。恐れを焼き尽くす英雄のホルモンが湧き出す。死を恐れず、闘争を選び、信念を貫く者に、この力は宿る」

老人は目を閉じ、静かに呼吸を整えた。

「マニプーラ……太陽の力。胃から肝、膵臓に至るまで、内臓のすべてを制御できる。自分の肉体だけではない。他者の病も癒す力、それがここにある。肉体は意思の延長となる」

彼の掌が胸に移る。

「アナーハタ、心臓と胸腺の門。ここからは感覚が鋭くなる。目に見えぬ光、耳に聞こえぬ音……未来すら予感する。それは魂の知能、感性の覚醒だ」

そして、喉元に触れながら語った。

「ヴィシュッダ。言葉を超えた声を聴けるチャクラだ。空間に漂う“心の残響”と共鳴することで、過去の知性すら自分のものとなる。この肉体を超えて、霊的存在と繋がる門でもある」

最後に、彼の指が眉間をなぞる。

「アージュニャー。ここは、直感と知性の完成点。記憶は一度で刻まれ、分析と創造が同時に生まれる。思考は言葉の外側から流れ出す。そして……」

彼は静かに天を指差した。

「サハスラーラ。すべてのチャクラを統合し、聖霊と一体となる光の門。仏陀はここを開いた。人はここで“時空の外側”へと至る」

青年は、ただ茫然と聞いていた。

「だが、覚えておけ。この道はただの神秘ではない。力を求めるほどに、魂は試される。チャクラとは肉体の機能であり、精神の刃でもある。目覚めよ。そして、己の真の姿を見よ」

老人の言葉は、空気に溶けるように響いた。

——チャクラ。それは、心と肉体を結ぶ七つの門。

そして、魂の進化の階段であった。

第六話:超越知の門 〜アージュニャー・チャクラ〜

視界に広がるものすべてが、意味を持って流れ込んでくる。
風の流れ、葉の裏の小さな虫の動き、人の表情のかすかな揺れ——。遥の脳裏には、それらが無限の情報として、電光石火のごとく編まれ、理解され、整理されていく。

それは、まるで神の視点。

だが、その瞬間、彼の内に生じたのは静寂ではなかった。むしろ、暴風であった。

「……やめろ……これ以上、視えたくない……」

遥は額を押さえ、地に伏した。
すべてが視えすぎる。
誰が嘘をついているか、何が起こるのか、次に何を考えるか——。
視えてしまうことが、恐怖に変わる。

そして何よりも恐ろしかったのは、**「自分自身の未来」**であった。

——お前はやがて人を導く者となる。
——しかしその導きは、万人にとっての救いではない。
——お前の選択が、分断と死を招くかもしれぬ。

アージュニャー・チャクラ。
眉間の奥、知性と直感が交錯する「超越知の門」。
ここが開かれることで、人は神の思考に触れる。言葉を超えた純粋思考。帰納と演繹の一致。そして、一度触れた情報を完全に記憶する知能。

だがそれは、同時に“分裂の危機”でもあった。

次々に現れるヴィジョン。
過去世の記憶、未来の断片、他者の思念、自らが殺すかもしれない命。
それらが、彼の心を千の破片に砕こうとする。

「お前はまだ、統合に至っていない」
導師の声が、彼の意識の中心に響いた。

「視えるだけでは、悟りに至らぬ。
知ることは苦しみだ。
だが、知を抱きながらなお、心を清らかに保つとき、そこに“常楽我浄”が開かれるのだ」

遥は、自らの内に湧き起こる恐怖を見据えた。
逃げずに、知の光のなかに身をさらす。
情報の渦を越えて、その本質へと沈み込んでいく。

——すべては「一なるもの」だった。

「常」——時を超えた視点。
「楽」——存在の肯定。
「我」——分裂なき自己の光。
「浄」——あらゆる葛藤を赦す受容。

遥の瞳が、深い深い静謐を湛える。
彼は、自らの分裂を乗り越え、思考を越えた純粋知の流れと一体化した。

「私は、誰でもない“私”であり、すべての“私”である」

——門は開いた。
次に進むべきは、光の冠。

 

光の冠 〜サハスラーラ・チャクラ〜

静寂が、遥の意識を包んでいた。
それは音が消えたのではなく、音の本質と自らの存在が一つになったときに訪れる、完全なる沈黙——。

遥は、雪に覆われた山頂の石窟にいた。
導師との約束どおり、最後の行へと挑むため、ここへ来た。これまでの旅で七つの門をくぐり、すでに彼の身体も精神も、かつての凡人ではなかった。
だが、この頂にて試されるのは、「霊性の統合」である。

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