瞑想の道 〜ゴータマの旅路〜
あたりを静寂が支配していた。
夜空は深い群青に染まり、ただ一筋の風が、菩提樹の葉を微かに揺らす。
ゴータマ・シッダールタは、ゆっくりと目を閉じた。
――ここに、瞑想のすべてがある。
彼の心は、静かに、しかし確実に、深い内奥へと沈んでいった。
瞑想には、五つの段階がある。
それを、ゴータマは身をもって体験してゆくのだった。
第一の段階――集中の完成
最初に訪れたのは、精進の境地だった。
彼はひたすらに一つの目的へと心を向け、想念はみだれず、身体は安らぎ、どこにも動揺がなかった。
内なる静けさが、彼を満たしていた。
第二の段階――静寂の海
やがて心は、より深く沈み、自然に定に入っていった。
第一禅定、第二禅定、第三禅定、第四禅定――
意識は順々に段階を進み、すべてが静謐へと融けてゆく。
第三の段階――清浄なる思念
彼の心に、もはや何ものも浮かばなかった。
ただ喜びと楽しみのみが残り、それすらも消えて、
清らかで明るい、絶対不動の思いに満たされた。
その瞬間、心の眼が開かれた。
彼は見た――
第四の段階――過去世の流れ
彼の前に、無数の生涯の光景が展開しはじめた。
一生、二生、十生、二十生……無限の時の流れを、彼は遡っていった。
それは生命の根源をたどる旅であり、第一の智慧を得ることであった。
さらに彼は、ただ自分だけでなく、無数の存在たちの生死を透視した。
これが、存在を規定する宿業を見極める、第二の智慧であった。
第五の段階――解脱の瞑想
そして最後に、ゴータマは悟った。
四つの真理を、ありのままに見極め、
あらゆる存在からの解放と超越を完成させた。
これが、第三の智慧。
解脱の瞑想であった。
道は誰にでも開かれている
これはゴータマただ一人のための道ではない。
彼が最初に切り開いた道を、われわれもまた歩むことができるのだ。
「釈迦は天才だ。我ら凡人とは違う」と思うだろうか?
だが、天才が開いた道は、もはや誰のものでもある。
ニュートンが万有引力を発見したように、
いまでは誰もが、それを知ることができるようになったのだ。
もちろん、それは容易い道ではない。
だが、ゴータマは親切に、数多くの道しるべを遺してくれた。
それをたどれば、たとえ頂点に至らずとも、
その道程のいくつかを、自らのものとすることは必ずできる。
最初の小さな一歩を踏み出すだけでも、
そこにはすばらしい世界が広がっている。
なぜ、彼は瞑想をはじめたのか?
それは、四苦八苦を解決するためだった。
生まれることの苦しみ。
老いることの苦しみ。
病むことの苦しみ。
死ぬことの苦しみ。
さらに、
愛する者と別れる苦しみ(愛別離苦)。
憎む者と出会い、共に生きなければならない苦しみ(怨憎会苦)。
求めても得られない苦しみ(求不得苦)。
そして、心身そのものが苦しみの源である苦しみ(五陰盛苦)。
――人間のからだとは、苦しみを盛る器なのだ。
ゴータマはそれを知っていた。
そして、彼は瞑想によって、その究極の解決を求めたのである。




