准胝観音——七億の仏を生む母
山の奥深く、霧が立ちこめる寺院に、一体の美しい仏が祀られていた。その名を准胝観音——七倶胝仏母(しちくていぶつも)。この仏母は、七億の仏を生み出した母であり、慈悲と智慧をもって衆生を導くとされていた。
伝説の始まり
昔、ある国に慈悲深き女王がいた。彼女は子を持たず、民を自らの子のように愛していた。しかし、戦乱と病が国を襲い、多くの命が失われていく。女王は日夜祈った。
「どうか、この国の人々を救う力を私にお授けください。」
その夜、夢の中で黄金の光に包まれた女性が現れた。十八本の腕を持ち、三つの目で静かに女王を見つめる。
「我は准胝仏母。汝が求める慈悲の力を授けよう。」
目覚めると、女王の手には蓮の花が握られていた。国中にその話が伝わり、人々は准胝観音を祀り、祈りを捧げるようになった。すると、不思議なことに国の戦は終わり、病も次第に消えていった。
仏母の姿
准胝観音の姿は、どこまでも美しく荘厳であった。三つの眼はすべてを見通し、十八の腕はそれぞれ異なる武器や蓮華を持っていた。その中央の手は、人々に恐れを取り除き、真理を説く印を結んでいた。
密教の修行者たちは、彼女の名を唱え、その加護を受けたという。
「オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ」
この真言を唱えれば、どんな困難も乗り越えられると信じられていた。
子を授ける仏母
ある時、ある帝が世継ぎに恵まれず悩んでいた。彼は名僧・理源大師のもとを訪れた。
「どうか、我が家に皇子を授けたまえ。」
理源大師は微笑み、静かに准胝観音の前で祈った。そして七日七晩、経を唱え続けたという。すると、不思議なことに帝の妃は懐妊し、やがて健やかな皇子が誕生した。その皇子こそが、のちの朱雀天皇、さらには村上天皇へと続く血統であった。
それ以来、人々は准胝観音を安産・子授けの仏として深く信仰するようになった。
七倶胝仏母の力
准胝観音は単なる観音ではない。彼女は「七倶胝仏母」とも呼ばれ、七億の仏を生み出した存在だった。それゆえに、極楽往生を願う者、知慧と福徳を求める者、災厄を避けたい者は皆、彼女に祈りを捧げた。
ある修行僧が、厳しい山中で修行をしていた。ある日、彼は大嵐に遭い、命の危機に瀕した。その時、彼の前にふわりと光が現れた。そこには、美しき准胝観音が立っていた。
「恐れるな。汝が真に修行を続けるならば、我は汝を導こう。」
すると嵐は止み、僧の心には不思議な静寂が訪れた。彼はその後、大いなる悟りを開き、多くの弟子を導く名僧となった。
終わりなき慈悲
七倶胝仏母・准胝観音は、今もなお人々の心の中に生き続けている。
ある者は彼女に病の回復を願い、ある者は家庭の幸福を祈る。
どれほど時が流れようとも、彼女の慈悲の光は消えることはない。
人々の祈りの声が響くたび、彼女はそっと微笑みながら、優しく見守り続けている。




