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二、高められた聖者,斯陀含しだえ 高められたとは、なにが高められたのか

食管社のオーラば、青いすきとおったきよらかな光のもやてある

の明い感じがするが、一見、きよらかさに打たれる感じがする。わたくしが須陀 「

国を「きよめられた聖者」とよぶのは、そこからきているのである。

二、高められた聖者,斯陀含しだえ

高められたとは、なにが高められたのか?

(他ど力が高められたのである。聖者としての徳と力がそなわることである。

ごはかである。ほんとうの力、感から生じたものである。ほんとうのわ

自分を高め、成人を高め、社会を高めるものである、後から生じたのではあいりもあることはある。しかしそれは、究極的に自分をほろばし、他人を傷け、社会を指する。そういうものは真の力ではなく、「樹の力である。だからそういう力を、能力どよぶ。徳をともなわない力である。ほんとうの力は徳から

ずる。だから、想をたくわえることは力をたくわえることである。

凡夫が下運なのは、不帳だからである。徳を積めば福を得る。徳によって生じたかは、なにをしてもよい結果を生む。それ金額というのである。不徳の者はおがないから、なにをやっても中途半端になり、また、まわり合わせの悪い状況直すこともできず、失敗する。それ全不運といってあきらめるわけである。

きよめられて祖となった聖者は、つづいて、徳を高める新陀含の修行に人るのである。グルの指示にしたがって、「想」実践(行)の修行をする。同合格にしばしばがすでに尽き、発行すでに立ち、飛ばすでにだし、 (税)を受けざるを知る」とあるだけと前事は、この修行のことを

さすのである。

さすのである。

ひと口でいえば、運気を増強する。運をよくするのだ。

運が悪かったらなんにもできない。修行を成就することもできない。

斯陀含の聖者は、徳と力と智慧を身につける。彼には不可能がなくなる。

「斯陀含のオーラは、須陀洹よりやや光が強くなり、少し黄色味を帯びる。

三、次元を飛躍した聖者・阿那含みなさん

霊性関顕の体験をし、霊界と交流する力を持つようになった聖者である。

オーラは生き生きとしたオレンジ色である。ジェット機の吐き出す炎を想い

起こさせる色とパワーを持っている。

四、次元を超越した聖者,阿羅漢

ニルヴァーナに達した仏陀のことである。 霊界の最上界に位置する仏界の体現者である。

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第三章聖者へのつの

 

 

 

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