UA-135459055-1

仏舎利宝珠尊和讃 ― 末世を救う光 ―

仏舎利宝珠尊和讃
― 末世を救う光 ―

 

山の夜は静かだった。
杉の梢を渡る風が、庵の軒をかすかに鳴らしている。
炉の火は赤く揺れ、その光が壁に影をつくっていた。
青年は、師の前に坐していた。
長い沈黙のあと、青年は静かに口を開いた。
「老師……」
「仏さまは“抜苦与楽の観世音”といいますが、
本当に人の苦しみを取り去ってくださるのでしょうか。」
老師は、火を見つめたままゆっくりとうなずいた。
「うむ。」
「抜苦とは、苦しみを取り去ること。
与楽とは、楽しみを与えることだ。」
「仏とは、その二つを行う大慈悲の存在である。」
青年は少し考え込んだ。
「しかし……」
「人はどうして、こんなにも苦しまなければならないのでしょう。」
老師は、静かに言った。
「それは――因縁だ。」
炉の火がぱちりと鳴った。
「この世には、さまざまな因縁がある。」
「たとえば――」
老師は指を折りながら語った。
「家運衰退の因縁。」
「一生懸命働いても、
なぜか家がだんだん衰えていく。」
「良い時もある。だが長くは続かぬ。」
「見えぬ因縁が働いているのだ。」
青年は黙って聞いている。
「肉親血縁相剋の因縁もある。」
「親子や兄弟が、
どうしても争ってしまう。」
「愛しているのに、憎み合う。」
「これも因縁だ。」
老師の声は静かだった。
「夫婦縁障害の因縁もある。」
「夫婦の間に
絶えず悩みや苦しみが起こる。」
「そして――」
「中途挫折の因縁。」
「どれほど努力しても、
なぜか途中で失敗してしまう。」
青年は、思わず息をのんだ。
まるで、人生そのものを語られているようだった。
老師は言った。
「人の悲しみや苦しみは、
すべて因縁因果の道理から生じる。」
「だから――」
「苦しみをなくすには、
因縁を断つしかない。」
庵の外で風が鳴った。
しばらくして青年は言った。
「しかし、凡夫は
仏さまの言葉を聞かないことが多いですね。」
老師は苦笑した。
「その通りだ。」
「仏さまは、すべてをお見通しだ。」
「“そんなことをすれば不幸になる”
とすぐ分かる。」
「だが人間は――」
「楽しそうだからといって
やめない。」
「そして地獄の道へ進んでしまう。」
青年はうつむいた。
老師は続けた。
「それでも仏は、
凡夫を見捨てない。」
「さまざまな方便を使って
救おうとなさる。」
「それが――」
「大悲方便だ。」
火がまた小さく弾けた。
「凡夫は、すぐに愛想を尽かす。」
「夫婦でもそうだ。」
「最初は“生涯共に生きよう”と誓う。」
「だが、あまりに身勝手なら
やがて離れてしまう。」
青年はうなずいた。
「しかし仏は違う。」
老師の声は深かった。
「仏の慈悲には
限りがない。」
「どんな凡夫にも
愛想を尽かすことがない。」
「どれほど悪くても
見捨てない。」
「なんとかして救おうと
方便を重ね続ける。」
青年は、静かに息を吐いた。
「それが仏の大慈悲なのですね。」
老師はうなずいた。
そして、奥の棚から
小さな箱を取り出した。
ゆっくりと蓋を開く。
その中には――
小さな光の珠があった。
炉の火を受けて、
金色に輝いている。
青年は思わず息をのんだ。
「これは……」
老師は静かに言った。
「仏舎利だ。」
「仏さまは、末世の衆生を救うために
これをこの世に残された。」
そして老師は、ゆっくりと唱えた。
仏の慈悲のかぎりなく
大悲方便止まずして
末世の衆生救わんと
舎利をとどめ置き給う
変化法身仏舎利尊
納め祀れる霊詞なり
庵の中に
静かな光が満ちていた。
青年は、珠を見つめながら
小さくつぶやいた。
「これが……」
「末世を救う力なのですか。」
老師は答えた。
「そうだ。」
「仏舎利とは――」
「末世の衆生を救う
仏の力の本体なのだ。」
炉の火は静かに燃え続けていた。
そしてその夜、
青年の胸にも
小さな光が
灯り始めていた。

 

 

― 龍王と天部の誓い ―
春の雨が山を包んでいた。
杉の梢から落ちる水滴が、
庵の屋根を静かに叩いている。
炉の火の前で、青年は瞑想していた。
その前には、
水晶の器に納められた仏舎利。
黄金の珠は、
静かに光を放っている。
老師は低い声で言った。
「覚醒した舎利には、
必ず守護が現れる。」
青年は目を開いた。
「守護……ですか?」
老師はうなずいた。
「仏舎利は、
ただの遺物ではない。」
「仏の法身そのものだ。」
「だから、
それを守る存在がいる。」
その夜。
山に深い霧が降りた。
青年は庵の外に出て、
星のない空を見上げていた。
その時だった。
大地が
わずかに震えた。
遠くの谷から
低い響きが聞こえる。
――ゴォォォ……
風ではない。
雷でもない。
それは
巨大な何かの息だった。
霧の奥から
長い影が現れた。
それは
龍だった。
巨大な水晶の鱗を持つ
白い龍。
月のない空の下で
静かに空を巡っている。
青年は思わず膝をついた。
「龍神……」
龍は庵の上空を一周すると、
ゆっくりと降りてきた。
そして
仏舎利の上に
光を落とした。
その瞬間。
舎利が
強く輝いた。
黄金の光が
山を照らす。
龍の声が
心の中に響いた。
「仏の舎利よ。」
「我ら龍族は、
この光を守る。」
青年の胸が震えた。
だが、それだけではなかった。
山の森の奥から
さらに光が現れた。
赤い炎のような光。
青い雷の光。
金色の甲冑の光。
それは
天部だった。
護法の神々。
一人は
炎を背に立つ武神。
一人は
青い雷を纏う夜叉。
一人は
静かな光を放つ天女。
彼らは仏舎利の前で
静かに頭を垂れた。
炎の武神が言った。
「末世の衆生を救う光。」
「これを守るため、
我らはここに来た。」
雷の夜叉が続けた。
「闇の因縁は
必ずこの光を狙う。」
「だから我らは
剣を取る。」
天女は静かに言った。
「仏の慈悲は
尽きることがない。」
「この舎利は
その証。」
青年は震える声で言った。
「私は……
何をすればいいのでしょう。」
その時。
仏舎利が
静かに脈打った。
そして
小さな光が
青年の胸に
入った。
龍神の声が響いた。
「守るのは
我らだけではない。」
「人間よ。」
「お前もまた
守護者なのだ。」
山の夜は静かだった。
だが、その夜から――
庵の周囲には
見えない守護が満ちていた。
龍神。
天部。
そして
仏の光。
末世を照らす
宝珠舎利の守護は
いま始まったばかりだった。

 

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*